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取り返せないことを取り返す

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取り返せないことを取り返す
Essay
2009 年 4 月 23 日 (2009-07)
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取り返せないことを取り返す
大江健三郎氏は,朝日新聞に「定義集」
というコラムを時々書いていますが,2009
年 4 月 21 日朝刊のこのコラムに掲載された
《【取り返せないことを取り返す】同世代,
通い合う「せりふ」》には,私の共感を誘
うものがありました.また,この文章に触
発されて,いろいろと思うところがありま
した.
却の罪と誤りに気がつくのは,しばしばほ
とんど取り返しがつかなくなった時にであ
るようだ.』 ある程度以上の年齢の人は
誰しも,この文章に思い当たることがある
はずです.これを書いた木下順二氏の代表
作である「夕鶴」が様々な形で上演されて,
多くの人々の心を打ったことは当然だった
と思います.
大江健三郎氏は,私と同世代の人で,私
が 1955 年(昭和 30 年)に東大教養学部に入
学したとき,大江氏は1年上の学年に在学
していたはずです.しかし,彼は文科2類
(現在の文科3類に相当),私は理科1類
の学生でしたから,知り合うことはありま
せんでした.ただ,当時彼が学内誌に何か
を書いていたという記憶が私にはあります.
大江氏は,文学部仏文学科卒業とほぼ同時
に芥川賞を受け,作家への道を歩み出した
ことはよく知られています.
忙しい毎日を送っている現代人には,忘
却は当たり前のことになっています.思い
出したくないことを本当に忘れてしまうこ
とは,その人にとって幸せだとも言えるか
もしれません.そのような中で,忘れない
でいても,時の流れが私たちを否応なしに
取り返しのつかないところにまで運んでし
まうこともあると思います.私自身に関し
ては,このような場合の方が多いと思える
のですが,それは単に,自分の記憶力を過
信しているということなのかもしれません.
上記の「定義集」の内容を簡単に言えば,
大劇作家であった木下順二氏の,「どうし
ても取り返しのつかないことをどうしても
取り返すために」書かれた戯曲やエッセイ,
更には井上ひさし氏の近作戯曲と,大江氏
自身の言葉によれば「老年の」大江氏自身
の思いを重ね合わせたものです.
私は,教育と研究をする職に就いて,長
い間忙しくしていましたが,その中で,こ
ういうことをしてみたいと思いながら,実
際にはできなかったことが数え切れないぐ
らいあったというのが実感です.それらは
取り返せないことなのですが,自由に使え
る時間が多くなった今,それらをできるだ
け取り返す努力をしようと思っています.
しかし,全ての事象は時間の関数なので,
完全に取り返すことは絶対にできないこと
はよく分かっています.時間は一方向にし
か流れません.残念ながら,こればかりは
何ともできません.
この定義集の文章の中に,木下順二著
「忘却について」から次の文章が引用され
ています.『(前略)私たちは,忘れては
ならないことを実によく忘れる.あるいは
忘れてしまおうとしたがる.そしてその忘
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今の私の第一の関心は,読もうと思って
いたが読んでいない本を読むことです.本
を読んで,若い時ならば簡単に分かったと
思えたはずのことが,今ではそうでないこ
ともありますが,逆に,若い時の分かり方
は十分でなかったのではないかと思えるこ
ともあります.読む対象が文系の本の場合
には,明らかに今の自分の方が理解力の点
で昔の自分を上回っていると思います.こ
れは「亀の甲より年の劫(功)」のお蔭です.
理系の本の場合は,そう簡単ではありませ
んが,時間を十分にかけることができる今
の方が,広く深く把握することができるか
もしれないという期待感を持っています.
理系の本,とくに物理学関係の本を読む
場合は,数式を理解して計算もしなければ
ならないことは当然ですが,必要な数学の
記憶は段々に取り戻せるように感じていま
す.大学に入学したあとの 1 年半ほどの間,
私が本当に勉強したのは数学(数学者の数
学ではなくて自然科学や工学のための基礎
数学と言うべきでしょう)だけだったと思
っているのですが,これが今になって役に
立つことは嬉しいことです.私は,本来数
物系の学科に進むべき理科1類の学生でし
たが,とりたてて数学ができるわけではな
いという自覚があって,大学受験のためと
同じぐらい一生懸命に,微分積分やベクト
ル解析,はたまた数理統計学の演習問題に
取り組んだものでした.
自分の心身の状態が何時まで今と同等の
水準にあるかが最大の問題ですが,健康が
続く限り,勉強を続けて,取り返すという
よりも,新たな知識をしっかりと自分のも
のにしたいと思っています.何のためにそ
んなことをするのかと問われれば,そうし
たいからと答えるしかありません.ヒラリ
ー(Edmund P. Hillary)が,「エヴェレス
トがそこにあったから登った」と言ったの
と似たようなことだと思います.(おわり)
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