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②レポート詳

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②レポート詳
②リンク資料
4)ミトロビッツァ市へ立ち寄る
ウィキペディアによると、
「ミトロヴィツァ(アルバニア語:Mitrovica
/ Mitrovicë)、あるいはコソヴスカ・ミトロヴィツァ(セルビア語:Ко
совска Митровица / Kosovska Mitrovica)は、コソボ北
部にある町、およびそれを中心とした基礎自治体。ミトロヴィツァ郡にあ
り、その郡都である。コソボ紛争が 1999 年に終結して以降、町は南のアル
バニア人と北のセルビア人によって分断されている。町全体では、アルバ
ニア人が多数派となっている。町の北部は、コソボのセルビア人共同体の
事実上の首都となっている。」とある。
ミトロヴィツァ
プリシュティナ(首都)
この都市のことを知ったのは、以前テレビでこの都市
のことが放映されたこと。内容は、ある日本人の指揮者
が、対立しているアルバニア人とセルビア人の融和を少
しでも育もうと、両民族の音楽家による交響楽団を結成
し、この市を分断している通行止めの橋の上で演奏会を
実施させようと努力する話だった。
この放送を見ていたため、自分の目でその状況を確か
めてみたいとヴェビさんにお願いし連れて行ってもらっ
た。
放映当時(いつだったか思い出せないが)もこの川の
橋が利用不能になっており、今回訪れた時も利用不能
の状態だった。川の向こう側にはセルビア人が多数居住
アルバニア人が多く住む側から写したもの
研修員ダフェさんと
する地域、こちら側はアルバニア人が多数住む地域とな
っている。橋は歩道を除き全く通行不能だった。橋の
車道部分の真ん中には、鉢植えのコニファーで囲まれた芝生広場が設置されており、車は通れない状況
になっている。セルビア人が多く住む側から橋をみると、橋の手前の舗装がめくりあがっており、車に
対して橋が全く機能していないことが判る。人は両サイドの歩道部を使い自由に行き来していた。
橋の両側には治安維持軍と思われる兵士が各一人ずつ銃を持って警備をしていたが、私自身は、あま
り緊迫感はなかった。私は歩道を通り、セルビア人が多く住むほうに歩いていき、向こうの橋の入口か
ら写真を撮りましたが、行ったのは私だけでした。もう少し奥まで入っていきたかったが、皆が手招き
で私を呼ぶので写真だけを撮って帰った。実は、日本でこの地区を旅行している日本人の旅行の状況を
ユーチューブで見ており、セルビア人街も別段変わった状況でないことを理解していた。したがって、
セルビア人街へ行くことには別段抵抗はなかった。手招きして呼ばれたのは、次の予定の時間のためか、
別の理由なのか、尋ねなかった。深刻な民族問題を話しするには知識を持たないし、また英語力もない
ので。
②リンク資料
2013 年 11 月 12 日付外務省発表の「コソボ:地方選挙期間中における治安情勢に対する注意喚起(そ
の2)
」によると、
1.コソボ政府は,11 月 3 日(日曜日)に地方選挙を全土で実施したが,多くの自治体において投票
の結果過半数を獲得する政党がなかったことから,12 月 1 日(日曜日)に決選投票が実施されることにな
ったようだ。また,コソボ北部のミトロビッツァ市(Mitrovica)では,3 か所の投票所を暴徒が襲撃し
投票所が閉鎖されたことを踏まえ,当該投票所については 11 月 17 日(日曜日)に再選挙が実施される
こととなった。
2.コソボでは今回の地方選挙に関連してミトロビッツァ市においてセルビア系の候補者の自宅が爆
破される事件等や,3 日の投票日には上述の投票所への襲撃事件を含めて各種の事件等が発生した。
このためコソボ北部を中心に,地方選挙に関連して,今後も同様の事案が発生する可能性が排除できな
かった。
3.コソボでは,従来からアルバニア系とセルビア系両住民の対立が続いており,今後,地方選挙に
関係して更なる対立や事件が発生する可能性がある。
と、日本人渡航者に注意喚起がなされていた」。この外務省情報は、2014 年 5 月 22 日に失効してい
るが、ミトロビッツァ市の緊張はまだまだ続いているようだ。
上のウィキペディアによると、
「町の
北部は、コソボのセルビア人共同体の
事実上の首都となっている」ことから、
案内のヴェビさんに、共同体の通貨は
何を使っているのかを尋ねたところ、
コソボ国と同じユーロとのこと。
ちなみに、セルビア国はディナールを
使っている。
セルビア人が多く住む側から写したもの
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