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日本語環境版 82KB
20世紀ロシア文化の身体
― 序 説 ―
亀 山 郁 夫
【はじめに──身体論の文化史的パースペクティヴ】
19 90 年代 以降の日本のみならず、世界的ににわかに浮上してきた身体論をめぐる一連の議
論は、多くの、とりわけ若い世代の人間が、さまざまな形でハイパーリアルな空間にコミット
しはじめつつある現在の文化的状況と奇妙な齟齬をきたしているように見える。インターネッ
トなどの電脳スペースでのコミュニケーションに馴化した若者たちからすれば、身体性ないし
身体にかかわる問題は何よりも、その喪失が前提とされるべきであって、けっしてその獲得で
はない。人と人とが身体的に交差する場において、汗、血、その他の分泌物、排泄物など身体
的属性とみなしうるものの多くが、あるグロテスクなものとして忌避されるべきレアリアにカ
テゴライズされている。そこには、さまざまな感染症に対する恐怖、インフルエンザ、種々の
アレルギー、はたまたエイズに対する恐怖が渦巻いていることも確かだろう。思えば、現代ほ
ど、感染をめぐる話題が日常的な話題を占拠している時代はないともいえる。他方、さまざま
な電脳スペースにおける身体性の問題とは、人体が、それを所有する人間の固有性のシンボル
でもあり、アイデンティティの証しでもあるといった前提を葬り去ろうとしている。J・ボー
ドリヤールがかつて『コミュニケーションの恍惚』において予言したのは、われわれ人間の基
幹部分が頭脳と遺伝コードに集中され、それによって見捨てられる身体は「一種の広大な地理
的辺境」のようなものになるという事態だった。また、世界的に臓器移植が活発化しつつある
状況では、身体的レベルにおいて何をもってアイデンティティとするか、との疑問さえ起こっ
ており、アイデンティティ( ide nti t y)と いう用語そのものの自明性は失われ、ウィデンティ
ティ( w edent i ty)なる用語、すなわちマルチパーソナル的な身体の存在を示唆するターム
さえ現れている。こうした現代の問題意識をロシア文学ないしは文化の領域に照らし出すこと
によって見えてくるもの、それが、今回の報告のねらいだが、結論から先に言えば、報告の中
心はもっぱら、現代のロシアにおけるポストモダニズムの議論を、身体論の立場から裏付ける
ことになる。最近では、ワレリー・ポドロガ(ドストエフスキー論「皮膚なき身体」)、ヤム
ポリスキー(『悪魔と迷宮』)といったポスト構造主義の理論に精通した批評家が、主として
身体論の立場からロシア文学の見直しを行っており、それらの仕事についても、折りにふれて
紹介していきたいと思う。しかし、本題に入るまえにそもそも身体論なるものの定義をめぐっ
て、さらには、文化理解における身体論がどのような問題系を有しているかをめぐって、おお
ざっぱに整理しておくことにしよう。文学ないし文化における身体とは何か。身体は、人間の
ありとあらゆる行為の中心にあるものである限り、どのような文学も芸術も身体性の文化の一
端をになった営為と極論することが可能である。つまり、文化のありとあらゆるレベルで身体
の問題は介在する。たとえば、文学/文化のテクストを創造する、という行為自体もすぐれて
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身体的である。作家や詩人は手を使って書き、声を出して読み、視覚ないしは聴覚をとおして
読者ないし聞き手にそのメッセージを伝達する。したがって、文学的営為における身体のイメー
ジはすぐれてメタ文学的な意味を自ずからおびき寄せる。このような文脈から身体の問題を浮
上させたのが、 1 91 0年 代のロ シア未来派、わけても、フレーブニコフ/クルチョーヌイフに
よる『文字そのもの』や『筆跡そのもの』のマニフェストだった。従来、シニフィエのシステ
ムとして機能するものと見なされてきた文学テクストを、シニフィアンのシステムとして捉え
直そうとする試みだが(「手、それは意識だ」)、このアプローチは、やがてオベリウー、コ
ンセプチュアリズムでより大きく開花することになる。
次に、文学テクストにおける身体ないし身体的なるもののイメージの二項対立的な性質が問
題になる。文学/文化のテクストの解釈において身体的なるものは、つねにある種の二項対立
的なパラダイムのなかで思考され、身体的なるものに対峙する対立をどう措定するかは、それ
ぞれの時代、それぞれの作家たちにおいて異なり、かつまた、それ自体が長い歴史的変遷のプ
ロセスをもっている。単純かつ無前提に身体と人体を同一視することは許されない。たとえば、
19 世紀のロシア文学のテクストにおいて身体的イメージがどのようなかたちで前景化してき
たかを簡単に辿ってみる(ちなみに、ロシアの作家のなかでヤムポリスキーが対象としたのは、
ゴーゴリ、ドストエフスキー、チェーホフの三人だった)。たとえば、ゴーゴリの『鼻』。鼻
という身体的一部の欠損、喪失のモチーフが同時代の文学にとってどのような意味をもち、
ショックとして体験されたかを知るには、何よりもまず同時代人の読者の身体感覚のありよう
を探ることが不可欠であり、それを通してのみ、この作品のもつ異化効果の真のダイナミズム
を推し量ることができる。ドストエフスキーでは、『悪霊』におけるマリア・レビャードキナ、
『カラマーゾフの兄弟』におけるリーザ・ホフラコーワ。ヤムポリスキーは書いている。「奇
形それは、絶対的な個人であり、幾何学的規則性のトータルな拒否であり、偶然と瞬間の産物
である」と。このように考えるとき、いずれも身体的な奇形を背負った二人の登場人物は、た
とえば、『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフの系譜に立つ観念的な夢想家との対立のなかで、
個体としての際だった身体感覚を発散するだけでなく、聖性のシンボル足りえるのである。身
体的奇形の問題はさらに、ドストエフスキーにおけるサディズム、マゾヒズム、さらに分離派
の問題を考える足場となるだろう。トルストイのテクストもまた、おびただしい身体的ディテー
ルが登場し、彼の方法的原理の一つとしてこれに注目したのが、エイヘンバウム『若きトルス
トイ』だった。また、トルストイの『イワン・イリイチの死』も、身体論的立場から重大な問
題をはらんでおり、いくつかの研究がすでに存在する。チェーホフにおいては、《病い》をめ
ぐる言説を中心に健康と病い、エロスとタナトスの問題として提示できるかもしれない。とく
に参照すべき作品は、『黒衣の僧』である。身体と精神の分離、天才と凡人、といった二項対
立的テーマ。さらには身体の健康を取り戻すことが、精神活動に停滞を生むといった自己矛盾
の自覚。初期のチェーホフが眼光紙背に徹する姿勢で読んだマルクス・アウレリウス(「苦痛
とは苦痛をめぐる観念である」)、ソロモン『伝道の書』にも独特の身体論があり、『六号室』
のフィナーレにおいて門番のニキータに殴られる医師ラーギンの世界観は、観念的操作によっ
て身体的苦痛を無化しようとするニヒリズム哲学の限界と破綻を暗示する。
【象徴派における身体観】
20 世紀 に入ってから、身体的なるものをめぐるテーマはきわめて切迫した問題として詩人、
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作家、芸術家の意識に浮上してきた。「イエスは食べ、飲みはしたが、排泄はなさらなかった」
(ヴァレンティノス)という有名な神学上のアポリアがあるが、象徴派の詩人・作家たちは、
ソロヴィヨーフから受け継いだ観念的強度においてむしろ、身体性をきわだったものとして感
覚していた。しかし実際には、ソロヴィヨーフ自身においても身体性をめぐる問題はアクチュ
アルな意味を帯びていたのだ。象徴派における身体観を考えるときに、もっとも大きな問題性
をはらんでくるんは、ブロークとベールイである。ブロークにおいて、身体性の問題はまず、
分身のテーマに現れる。ヤムポリスキーは、これを印鑑と印影のイメージを用いて論じている
が、ブロークにおける「分身」のモチーフは、彼の超越的ヴィジョンにおける観念と身体の分
離の経験を暗示するものである(「エクスタシーにおいて魂は肉体のドッペルゲンガーに姿を
変える」シュテレンベルグ)。アンドレイ・ベールイの『ペテルブルグ』において、身体性の
問題は、まず、彼のゴーゴリ傾倒が物語る登場人物たちの内面への投入の拒否という形をとる。
『ペテルブルグ』とは、一種の仮面劇であり、仮面をとおしてその世界はより外的身体として
のテクストの性質を明らかにする。仮面もまた、すぐれて身体的なテーマとなる。また、ベー
ルイにおいて観念と身体の対立は、西と東の宇宙論的対立として認識されている。つまりここ
で、身体性の問題は、作家の 19 世紀 的な心理主義的傾斜に対する一種のアンチとして登場し
てくる。ベールイのこの姿勢は、登場人物たちの心理を斟酌しない、という新しいスタンスの
確立を物語っている。また、ベールイとアルゴナウタイ同盟における身体的なものの復権は、
終末の時代における身体の復権と二ーチェ主義の新しい読み替えの中から現れてきたことを思
い出さなければならない。アルゴナウタイ同盟の面々にとって、終末的時間とは、オーセン
ティックな身体感覚に溢れる時間だったのである。象徴派的世界観において、ニーチェ的二元
論、すなわちアポロン的原理とディオニュソス的原理が、しばしば、観念性と身体性の二元論
にスライドすることがある。
象徴主義における身体論を考える上でほとんど予言的ともいうべきテクストがある。それが
ブロークの『見世物小屋』( 19 06 )で ある。この作品では、身体的感覚=民衆的下層(デュ
オニュソス的世界)に対立し、二項対立化されるのは、ブローク自身の内なる終末論的な世界
観である(アポロン的世界)。だが、この作品においては、身体的なるものの観念にはいくつ
かの多層的な含蓄が込められている。第一に、ブロークがこの芝居の骨格に援用したコンメディ
ア・デラルテに象徴される民衆文化の代名詞としての身体性。『見世物小屋』第一幕前半で、
永遠の女性が現れた際の、神秘家たちの驚愕を表すト書きに注目しよう。また、木刀で頭を斬
りつけられた道化が血(「つるこけもものジュース」)を流すシーンなども、劇場的トリック
の露呈という手法を通して、象徴派の超越的観念、永遠に女性的なるもののヴィジョンの無益
さをアピールする印象的な場面といえよう。
『見世物小屋』は、象徴派演劇が陥った観念性、たとえば不動劇などにおける極度の神秘主
義からの脱却を意図するものでもあって、その上演にあたって、メイエルホリドがグロテスク
の理論を発想していく文化史的事実も見逃せない。メイエルホリド及びロシア・アヴァンギャ
ルドにおける身体感覚をめぐっては、楯岡さんの報告に詳しい。
ポスト象徴主義の一連の流れのなかで、まず、はじめに登場してきたのが、アクメイズムだ
が、アクメイズムのある意味での別名だるアダミズムに、身体的なるもの、そして地上的なる
の意識的なマニフェストが現れる。ニコライ・グミリョーフにおいて、男性的な原理が著しく
賞賛され、ストラヴィンスキーが好んで音楽を書いたセルゲイ・ゴロデツキーは異教神話に新
しい身体論の可能性を模索し、プリミティヴィズム運動の先駆者の一人となる。アクメイズム
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の作家のなかで、際だって身体的イメージを前面に押し出した作品に、ミハイル・クズミン、
アレクセイ・レーミゾフらの悪魔小説がある。彼らの作品においては、身体的なるもののイメー
ジが、セクシュアルなテーマに接続し、悪魔論の系譜に流入する。悪魔小説が際だって身体論
的観点から注意を引くのは、身体の奇形である。例えば、レーミゾフにおける『ザノファ』に
おける身体的奇形である魔女の存在についても注意を払う必要があるだろう。
アクメイズムの代表的な詩人マンデリシタームの最初の詩集『石』には、身体の復権ともい
うべきわめて身体感覚を漲らせている。石のシンボルとは、ヤンポリスキーによれば、「重力
の肉体へのダイナミックな浸透であり、言葉におけるこの重力の活性化」であるという。また、
グリゴリー・フレイジンは書いている。「詩人が神からみずからの使命の徴を受け取った後、
身体は反対に重力をともなう諸属性にとってかわられる」と。建築物が石を基礎として組み立
てられるように、詩のテクストもまた言葉である石を基礎に組み立てられ、揺るぎない外観を
勝ちえることになる。
【未来派の身体】
未来派以降の文学において、身体的感覚をみなぎらせたテクストは、多くの場合、ブローク
の『見世物小屋』を意識している。たとえば、フレーブニコフの初期の戯曲『死の誤り』には、
ブロークの影響が明瞭に見てとれる。しかし、未来派において、身体的なるもの、ないし身体
の論理が必ずしも全面的に受け入れられたわけではない。むしろ、未来派内部で、身体的なる
ものの理解をめぐって決裂した事件がある。それが、 19 13 年 12 月、 ルナ・パルク劇場でこの
『悲劇ウラジーミル・マヤコフスキー』と同時上演された『太陽の征服』は、太陽に象徴され
る旧秩序、すなわち象徴主義に対置された未来人たちの活躍が描かれるが、マレーヴィチによ
る幾何学的コスチュームデザインとデコレーションそのものが物語るように、人間の内的心理
の否定を前提としていることが挙げられる。彼らはむしろ、自我の問題に還元されやすい自然
主義的な身体を否定し、一種の四次元的な身体を夢想していた。『太陽の征服』の上演にあたっ
たミハイル・マチューシンやクルチョーヌイフは、マヤコフスキーの『悲劇』がはらむ肉感的
な身体性に必ずしも肯定的なまなざしをおくっていたとは考えられない。興味深いのは、マヤ
コフスキーが『悲劇』に登場させている「耳のない男」「口のない男」などのイメージが、じ
つは、カンバス上での身体の有機的かつ統合的イメージを否定するキュビスムの影響と同時に、
ニーチェの『ツァラトゥストラ』を起源としている事実である。
19 13 年の ルナ・パルク劇場で、『太陽の征服』と『悲劇』を、それぞれマレーヴィチとフィ
ローノフの二人が担当した事実はきわめて象徴的である。残念ながら、フィローノフがデザイ
ンした『悲劇ウラジーミル・マヤコフスキー』の舞台装置のエスキスもコスチュームデザイン
も残されていないので、比較すること自体が困難であるが、身体性の復権をめざした『悲劇』
に対して、マレーヴィチはボディラインを否定し、人間の心理だけでなく自然主義的な身体を
かたくななまでに拒絶しようとしていた。なまの身体をさらすことが、むしろ古い意味での芸
術システムの再興をうながすことを懸念したものでもあったのかもしれない。多くの人々はこ
こに矛盾が感じられるかもしれない。なぜなら、象徴派を敢然と否定しつつ登場したロシア未
来派は、身体的なるものの復権をこそめざしたと思われがちだからである。だがそうではなかっ
た。ロシア未来派が復権をめざしたのは、言語の身体性であったのである。そして言語をとお
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してのみ、身体感覚の拡張は実現されると考えていたように思える。そして拡張された身体感
覚の限界に存在するきわめて微細な感覚をこそ、フレーブニコフのいう「四次元」であり、マ
レーヴィチの「神」であった(また、『アエリータ』においてアレクサンドラ・エクステルが
デザインした未来のコスチュームにおいて、はじめて未来の身体というイメージが誕生し
た)。
身体論の立場から、革命後のロシア・アヴァンギャルドにおいて、注目されるのはむろん、
メイエルホリドの一連の実験であり、彼のとなえたビオメハニカとは、純粋に唯物主義的価値
観にのっとった身体運動そのものをダイナモとする演劇であった。
19 22 年4 月、旧ゾーン劇場で初演されたクロムランク原作『堂々たるコキュ』は、象徴派演
劇の中心をしめる約束劇の理念が、彼らの終末的、幻想的ヴィジョンのなかで開花しうるだけ
でなく、縦横無尽な身体運動と構成的な舞台装置をとおしても得られることを明らかにした。
メイエルホリドは書いている。「私は舞台装飾そのものを根絶してしまった。・・・・・・舞台は
裸になった。そこに参集していたのは、ひとえに俳優が演技するための道具だけであった」。
言葉と身体――俳優がそれらの限りない一致をめざすのがスタニスラフスキー・システムであっ
たなら、メイエルホリドがめざしたのはむしろ、セリフとは独立した身体表現の可能性だった。
俳優はそこでは、何よりもまず、演劇の素材たる身体のメカニズムに精通し、それを正しく使
いこなす能力を身につけなければならない。『堂々たるコキュ』から二ヶ月後に行われた「未
来の俳優とビオメハニカ」と題する講演で、メイエルホリドは、人間の生産活動における労働
ないし疲労と休息の問題にふれ、社会主義社会での労働は、容易に、快適に、かつ間断なく行
われねばならず、「芸術は、たんに娯楽としてではなく、労働プロセスに役立つ何か本質的に
不可欠のものとして新しい階級に利用されねばならない」と述べ、俳優に、外部から与えられ
た課題を即座に実現できるために、その身体(素材)を鍛錬しなければならない、と述べてい
る。体操、アクロバット、舞踏、ボクシングなどを取り込んだ、鍛錬された身体が観客のうち
に現出する興奮、メイエルホリドはそれを「掴奪(ザフヴァート)」と呼ぶ。 その一方、
フェックス・グループに見られるエクスツェントリカの手法などにも、別の形での身体性回復
の志向を見いだすことができる。マレーヴィチは自然主義的身体にはさほどの関心を抱かなかっ
たが、彼のライバルだったタートリンは、「素材の文化」という観念から出発し、方や、宇宙
ロケット時代に突入しようという時代に、あくまで人力による飛行機という一見、反時代的な
夢を語っている。レタートリンの夢想したタートリンは、もっとも原始的な意味における人間
の身体性の復権に力を注いだ芸術家だったのである。興味深い問題の一つとして、身体性の回
復=アジア回帰がある。これは、すでにスクリャービンにおける音楽の身体化に始まり、フレー
ブニコフの詩にまで溯るが、たとえば、ミハイル・マチューシンにおける身体感覚の拡張とい
う問題とも切り離すことはできない。四次元のテーマに深く魅せられていた彼は、やがて感官
の限りない進化を信じるようになり、自らのオルガニズムを完全に支配するという命題を立て
て、後頭部や脳天やこめかみから世界を見るすべを学ぼうとした。人間の身体的変容と生命感
覚への溢れんばかりの渇望。マチューシンの「ゾルヴェド」の理想は、やがて、ロシア・アヴァ
ンギャルド最後の光芒ともいうべきオベリウーの面々から大きな共感を呼ぶことになる。
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【プラトーノフにおける身体】
プラトーノフは、何よりも肉眼の作家であり、自らの視覚体験と身体感覚ないし皮膚感覚を
ぎりぎりませ近づけ、同一化しようとする驚くべき執念の持ち主だった。そうした彼を捉えて
いた認識論の根源には、心身二元論のゆるぎない構造が潜んでいる。そしてそれは精神と物質、
存在と物質の二元論の大きな構造的枠組みのなかに包含される。『土台穴』において、人間の
身体は、魂を閉じこめる檻ないし牢獄として意識されている。セイフリドを引用しよう。「魂
が住むことのできる物質世界は、魂に敵対し、エネルギー法則(死と崩壊へと向かう全物質の
万有引力)に従う。そのため、身体にとってのこの世界の絶え間ない危険は、身体の 中に「幽
閉され」強制的にその苦難をともにする「魂」にとっても脅威である。・・・・・・魂は死にかけ
た身体を見捨てることなく、ともに死ぬ」。さらにセイフリドによれば、プラトーノフにおけ
る実存とは、基本的な存在をかけた闘争、エントロピーの最終的勝利を引き延ばすことであ
る」。プラトーノフにおいて魂の牢獄として認識された身体は、逆に魂を保護する身体として
も意味づけられているということだ。だが、魂と身体が器と容量の関係において絶対に不可分
であり、一種の運命的共同体を形づくっている以上、身体は、当然のながら(「エントロピー
の最終勝利」を無限に遅らせるためにも)、限りない安全を保証されなければならない。その
ためには二つの方法が存在する。一つは、身体そのものが変容し、新しい身体、いうなれば、
不死の身体を獲得すること。ここに、フョードロフ的な身体論が介在してくる。そして他方、
より現実的な意味において、魂を保護するものとしての身体の安全をできるだけ永く約束する
ユートピアを創造することである。『土台穴』では、身体のもつ二つの側面、すなわち牢獄と
しての身体と、避難所としての身体のイメージが同時に提示され、避難所としての身体のイメー
ジは全プロレタリアート住宅、さらにはその延長にあるはずの共産主義的ユートピアへと結び
ついている。セイフリドによれば、プラトーノフにとって人間存在の物質への「完全な浸透」
こそが、宇宙の二大構成要素の対立の克服の前提条件としてあった。『土台穴』の一説を引用
しよう。「その時、若者の肉体とはどのようなものになり、どんな興奮する力で心臓は鼓動し、
頭は考えはじめるのだろうか?」
プラトーノフとの関わりのなかで、身体の変容という問題についても、いくつかの問題点を
提示しておきたい。20世紀のロシア文学で、身体の変容のモチーフが大きく取り扱われたこ
とはない。たとえば、文字通りの意味におけるカフカ的な「変身」のテーマは、私の知る限り、
フレーブニコフ(「密林」)以来まったく存在せず、現代文学ヴィクトル・ペレーヴィンの『虫
の生活』に直接受け継がれる格好になった。だが、別の形での変容のモチーフは存在する。フ
レーブニコフの『カー』における四次元的身体、フレーブニコフ自身の言葉を借りるならば、
「時間の関所はなく」「夢から夢を歩き、時間を横切り、時間のブロンズをかちえる」ヴィザ
ンチン風の浅黒い顔をもった、一種の透明人間である。だが、文学のテクストにおける変容の
問題とは別のレベルで、身体の変容の問題は議論されていた。それは主にフョードロフにおけ
る死者の復活のイデーから派生した問題系であり、進化論に対する独特のアプローチがそこに
見られる。スホヴォー・コブイリンから、ヴェルナツキー、ツィオルコフスキーらにおける新
しい身体、未来世界における身体をめぐる思索は、身体性の問題がもっとも切迫した意味をもっ
て論じられた場だった。しかし、その一方で、ブルガーコフが『犬の心臓』などで呈示してい
る臓器移植の問題、ヤンポリスキーが指摘しているトゥイニャーノフ『蝋の人間』における身
体の奇形をめぐる問題(これは原文が入手できないため未見)、さらには文化史的コンテクス
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トでは、レーニン廟及びレーニンの遺体保存をめぐる議論も、身体論の文化史においては重要
なテーマとなる。
【スポーツの身体】
19 30 年代 に入り、スターリン体制がゆるぎないものになるにつれ、身体的なるものへの回
帰が一種の政治的プロパガンダとしての役割を負わせられていく。ファシズム体制下でのドイ
ツと同様、みずからの国力を外的にアピールするため、スポーツの振興に力をいれた。 1 92 0
年代後半以降、ソビエトの文化においては、スポーツが重大な役割をにないはじめ、スパルター
ク(1 93 5) 、ロコモチフ(1 93 6) などのスポーツ振興団体が創設されていく(ディナモは
19 23 年の創 設)。スポーツ的身体のイメージは、絵画、映画、ニュースなど視覚メディアを
介して、人々の耳目に触れるところとなり、文学のジャンルは、当然の事ながら、視覚芸術に
遅れをとった。数少ない例外が、ウラジーミル・マヤコフスキーに国際スパルタキアーダ大会
に取材したドキュメンタリーである。当然の事ながら、視覚芸術に遅れをとった。
19 30 年代 から戦前にかけて流布した歌を引用しよう。
ꇷÓÚ‡Ú¸, ëÚÓËÚ¸
働け、建てよ
くよくよするな!
Ë ÌÂ Ì˚Ú¸!
ç‡Ï Í ÌÓ‚ÓÈ ÊËÁÌË
われらには新しい生活への
道が示されている
ÔÛÚ¸ Û͇Á‡Ì.
ÄÚÎÂÚÓÏ ÏÓʯ¸
Ú˚ ÌÂ ·˚Ú¸,
çÓ ÙËÁÍÛθÚÛÌËÍÓÏ -Ó·flÁ‡Ì.
競技者には
なれずとも
スポーツマンでは
あるべし。
この詩は、万人がスポーツをいそしむ者であれ、と呼びかけたプロパガンダである。こうした
スローガンは、多かれ少なかれ、近代国家がその発展途上で旗印に掲げた謳い文句であり、そ
こには積極的に軍事的な目的が隠されていた。アブラム・ローム監督『未来への迷宮(原題『厳
しい青年』)』におけるギリシャ的イメージ、スパルタ、オリンピアのイメージを記憶してい
る方も多いだろうし、アレクサンドロフ監督『サーカス』では、サーカス空間における身体の
拡張というモチーフに加えて、スターリンの巨大な肖像画を背に赤の広場を行進する主人公た
ちの勇ましい姿が描かれている。ロトチェンコによる一連のスポーツ選手たちの写真は、白海
運河建設に携わる労働者や運河そのものの構造美を写しとった一連の写真とともに、政治的か
つプロパガンダ的使命を否応なく帯びるものとなった。
全体主義文化におけるスポーツ的身体の復権という面で第一に考えるべきテーマは、サッカー
である。サッカーのテーマをいち早く文学に取り込んだのが、オベリウー時代のザボロツキー
(「サッカー選手」 19 26 )で あることは意外と知られていない。最近、話題になったN・ミ
ハルコフの『太陽に灼かれて』は、 19 36 年夏の第一次モスクワ公開裁判を歴史的背景として
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いるが、この映画のフィナーレで登場人物がうち興じるサッカーは、時代の鬱を払う娯楽とし
て描かれるだけでなく、不可視の全体主義権力に躍らされる哀れな人々の姿をも二重映しにす
るものだった。そして事実、 19 36 年に は、チモシェンコ監督の『ゴールキーパー (Ç‡Ú‡¸)』
(19 36 )が 大きな人気を博したことも記憶にとどめておくべきだろう。サッカーと芸術との
関わりでいうなら、 19 29 年に 完成されたショスタコーヴィチのバレエ『黄金時代』である。
台本を書いたのは、サッカー・ファンで演出家のA・イワノフスキーで、舞台は、国際見本市
『黄金時代』が開かれているとある外国の町。 19 29 年に 完成されたこのバレーは、ドイツ、
イタリアでのファシズムの台頭という当時の国際的状況をはっきりと浮かびあがらせるもので、
ファシストの青年男女たちのデカダン風の踊り(フォクストロット)と、ソビエトのサッカー
選手たちの健康で民族色豊かな踊りが交互に対比的に演じられる。また、ヴォローネジでの流
刑から戻ったマンデリシタームが書いた『スタンザ』( 19 37 )で は、19 37 年バ スクからサッ
カーチームが訪ソし、各地で親善試合を行った事実が背景にある。
すでに述べたように、身体賛美のモチーフは、彫刻、絵画、映画などのジャンルに主として
流れこんでいくが、なかでも特筆すべき人物は、今年生誕1 00 年を迎えるアレクサンドル・デ
イ ネカ (18 99 -1 969 )である。 19 20 年代 半ばからすでにサッカーをテーマとした一連のスポー
ツ画に筆を染めていたデイネカは、 19 30 年代に入ると、旺盛にそのテーマを膨らませていっ
た。「スキー選手 (ã˚ÊÌËÍË)」(1 93 1) 「サッカー選手 (îÛÚ·ÓÎËÒÚ)」(1 93 2) 、「ゴールキー
パー (Ç‡Ú‡¸)」(1 93 4) などである。また、3人の豊満な女性たちがヌードで戯れる「ボー
ル遊び」( 19 32 )の ような作品もある。しかし、そこに描かれた身体は、女性的というより
も、筋肉質のボリューム感に満ちており、性的な差異を明確にしようという意図はあまり感じ
られない。スポーツ絵画で知られるのは、「ダイヤのジャック」創始者の一人として知られた
コンチャロフスキー(1 87 6- 195 6) の「ピオネールたちの朝」( 19 39 )。森の中に差し込む
朝の光を浴びて散歩をする上半身裸の少年たちの姿が光彩陸離たる色彩感のなかで描かれてい
る 。高 さ9メ ートル、幅 14 ,6メ ートルの巨大なカンバスに描かれた「体育パレード」
(19 39 )で ある。絵画の中央には、ソビエト大会宮殿の模型が描かれている点も興味深い。
他に、サモフヴァーロフの「キーロフがスポーツ選手たちのパレードを迎える」( 19 35 )、
「スタジアムにて」(1 93 4- 35) がよく知られている。まばゆいばかりの陽光のもとで、は
ちきれんばかりの男女の行進やスポーツ競技に励む姿が描かれている。スポーツとほとんど同
じレベルで、労働や戦争の主題もまた、身体性のテーマと深く結びつくにいたった。1 93 7年
パリの万博のソビエト館を飾ったムーヒナの「労働者とコルホーズ女性( 19 36 )」 では、ハ
ンマーをもった労働者と大鎌をかかげた女性がそれぞれ体を全幅に広げながら舞踏する一瞬を
描き出している。興味深いのは、このムーヒナの彫刻が、労働者(都市)とコルホーズ(農村)
の融和というこの時代にとっては切実ともいえる社会的課題としての意味を担わされていたの
に対し、スポーツ選手のイメージがしばしば軍隊、ないし軍人のモチーフと一つに結びついて
いる点である。デイネカのスポーツ絵画においては、身体賛美のイメージが、反ファシズムの
国家戦略に深くからめとられていくプロセスを如実に物語るものといえる。皮肉なことに、
19 39 年に独 ソ不可侵条約が結ばれるにいたった。
【鋼鉄の身体】
19 30 年代 、身体性の賛美の陰で、死をめぐる関心は当然の事ながら、文化的伝統の片隅に
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追いやられた。死のイメージは隠蔽され、権力によるテロルの事実もすべての文学・芸術の関
心の外に追いやられた。死のテーマはひとまず犠牲のモチーフと重ね合わされることでようや
く命脈を保つことができたにすぎない。たとえば、 3 0年 代のデ イネカにおいては、スポーツ
絵画と祖国防衛をテーマにした絵画が交互に制作されていくが、彼が描いたイラストに一部死
者をモチーフとしたものがある。これは、第一次世界大戦を題材にしたアンリ・バルビュスの
『砲火』のイラストである。身体賛美の眩さの陰に、仮に死のイメージを探すことができると
すれば、それは犠牲、すなわち英雄的な死において他になかった。そこで、身体賛美のカテゴ
リーの中で死の主題と結びついたのが、ヒーロー像の問題である。ソビエト連邦英雄の称号の
導 入は 、19 34 年のことであり、その後、「ヒーロー探し」が社会主義リアリズムの第一の課
題となった。翌 1 93 5年 には、 スタハーノフ運動が大々的な盛り上がりを見せた。この運動の
キャンペーンのなかで浮かび上がったのが、プロメテウス神話である。ハンス・ギュンターの
指摘によれば、プロメテウス神話は、全体主義体制に共通するカルトの一つであり、ヒトラー
の『わが闘争』にもプロメーテウス賛歌が登場するという。 1 93 6年 6月 、『イズヴェスチャ』
に、ヤコブ・コロスの「開放されたプロメテウス」という詩が掲載された。この詩は、スタハ
ノフ運動参加者の士気高揚をねらうプロパガンダ詩だが、ここには炭坑夫である運動参加者が、
ゼウスの怒りを買って大地の底に閉じこめられた巨人族(プロメテウスは巨人族の子)のイメー
ジに重ねあわせられた。この時期、マンデリシタームはスターリンを賛える詩でこのプロメテ
ウス像をその中心的イメージに据えている事実も記憶しておきたい。さて、スターリンの関連
で問題となるのは、「鋼鉄の人」の名にシンボライズされる「鋼鉄の身体」のイメージである。
ニコライ・オストロフスキーの『鋼鉄はいかに鍛えられたか』( 19 30 -19 33 )を 引き合いに
出すまでもなく、鋼鉄の鍛造のイメージはボリシェヴィキのカードル養成を意味することになっ
た。しかし、この「鋼鉄の身体」もまた、ドイツ・ナチズムが好んで用いた身体のシンボリカ
でもあったことは記憶しておいてよい。兵士たちの「鋼鉄の身体」と青年たちの教育は、身体
の鍛錬を通して「鋼鉄のしなやかさ」に至るというのが、ヒトラーが好んだ理想的なヴィジョ
ンだったのである。
【性的身体】
19 30 年代 のスターリン文化は、その一方での身体礼賛のムードとは裏腹に、性的文化ない
しセックス文化の抑圧が進行した時代でもあった。『ロシアにおける性的文化の歴史』を書い
たコーンは、「性恐怖 (ÒÂÍÒÓÙÓ·Ëfl)」という概念でこの時代の性的文化を分析している。言葉
でそのシンボル的事件の一つとなるのが、 1 93 6年 に起こ ったショスタコーヴィチのオペラ『ム
ツェンスク郡のマクベス夫人』上演禁止である。しかしその風潮はすでに 19 20 年代 からあっ
た。1 92 9年 にモスクワを訪れたウイルヘルム・ライヒは、「性的自由」のかわりに、「ブル
ジョワ的な道徳志向」をその目にする。公的文化と大衆の意識の落差、あるいは性意識の落差
はきわめて大きなものがあったということだろう。ちなみに、ホモセクシュアリズム(「男色
(ÏÛÊÂÎÓÊÒÚ‚Ó)」)が全ソ中央委員会で禁止されるのは、 1 93 3年 12 月 17 日、 この法令に違反
した者は五年以下の禁固刑、幼児虐待などをともなう場合は八年以下の禁固刑が正式に法案化
さ れた (19 34 年3月7日施行)。「ブルジョワ搾取階級の腐敗の産物」であるとしてホモセ
クシュアリズム禁止の法令が出され、直接に反革命行為と結びつけられ、また、 19 35 年10 月
17 日には、ポルノグラフィー出版物、絵画、他の物品の製作、保持、宣伝、販売を禁じる法
59
令を制定し、1 93 6年 6 月2 7日 には、人工中絶禁止法が制定される背景にはいくつかの理由、
とりわけ、出生率の著しい低下があった(人口 10 00 人に 対し、1 92 7年 の45 人から 1 93 5年 に
は31 ,1人 にまで 下落)。
では、セックスと結びついた身体の問題はその当時、どのような広がりを持っていただろう
か。ソビエト文化の歴史をセクソフォビア(性恐怖)の視点からとらえたコーンの研究がいく
つか興味深い観点を提示している。全体主義社会における性的文化の抑圧という問題、さらに
「非個人化」という問題は、文学のテクストにもすでに姿を現していた。その一つがザミャー
チン『われら』( 19 24 )における完全に統括された性行動の社会であり、アンドレイ・プラ
トーノフの『アンチ・セクサス』( 19 26 )である。
アレクサンドル・エトキンドは書いている。「新しい社会は、一つのこと以外、すべての問
題を解決しえる。それは、性、家族、愛、セックスである。・・・・・この社会に幸せにいきるこ
とを強いるには、彼らを去勢するほかない。去勢は、・・・・・性、個性、愛をもつ個人に対して
文化と社会と権力の絶対的勝利を表す極限のメタファーとなる」性なき身体としてのコミュニ
ズム、あるいは性的差異の除去という問題が当然のことながら出てくる。プラトーノフにおけ
るユートピアは、「ブルジョワ的」な家庭制度の廃棄を前提に、それに対置される男性共同体
的な献身的なユートピア建設である。コーンによれば、それらは当然のことながら、作者たち
の「無意識の、潜在的なホモセクシュアリティ」を暗示するという。 1 92 0年 代の性 意識を如
実に反映する作品の一つに、イリフ・ペトロフの『金の子牛』に収められた「アダムとイヴを
めぐるゲインリフ氏の話」である。モスクワにアダムとイヴという名の若いコンソモールの男
女が「モスクワ天国」(「文化と休息の公園」)でデートをする。二人は木陰に腰を下ろし、
いろいろ話にふけるうちに、イヴは木の枝を折り、それをアダムにプレゼントする。そこへ一
人の男が現れる。たんなる管理人と思った二人は口論するが、挙げ句、アダムとイヴは公務執
行妨害で調書をとられる。この小さな事件で、高尚な政治の議論にうんざりした二人は、観念
ではなく体で愛し合うようになり、三年後には二人の子どもが生まれた。二人はその子どもに
「カイン」と「アベル」の名前をつけた。この単純な物語が意味しているのは、革命の理論に
熱中する観念的な若者たちの無性性という問題である。党幹部たちにおける「無性性
(·ÂÒÔÓÎÓÒÚ¸)」をテーマにした作品としては、オーシプ・ブリークの悪名高い「同伴者」など
の作品を挙げることができよう(「コムニストにほんものの女はいない」「女というのは恐ろ
しい代物だ。とくにコムニストにとって。どんな白衛軍の女よりも始末がわるい」)。
さて、身体論の視点から、こうした時代全体に瀰漫する性的抑圧の問題に独自のアプローチ
を示したのが、オベリウーの作家ヴヴェジェンスキーだった。彼の代表作の一つである戯曲『ク
プリヤーノフとナターシャ (äÛÔËflÌÓ‚ Ë ç‡Ú‡¯‡)』では、騒がしい客人たちを見送った後の夫
婦が、寝室で順々に衣服を脱いでいき、セックスを行おうとするが、男は直前でそれを拒否し、
自慰で欲求を満たした後、順々に衣服を身につけていく。女は女でやはり自慰で欲求を鎮めた
後、男を罵りながら、順々に衣服を身につけていくという奇妙な物語である。メイラフはこの
戯曲をめぐって、彼の「黙示録的な」動機を見いだし(「天国では、つまり黙示録のあとでは、
結婚はなくなり、性交もなくなる」)、ヴヴェジェンスキーにおける「アンチ・エロチカ」の
問題は、そうした宗教的な文脈の中で捉えなければならないと主張した。ヴヴェジェンスキー
のテクストに見られる終末論的モチーフについては多くの研究者が指摘するところだが、そも
そも、オベリウー全体にそうした精神主義的傾向が深かったと証言しているのが、同じメンバー
のひとりドゥルースキンである。彼は、オベリウーの面々は、身体はこの俗世界に生きていた
60
が、精神は、遙か彼方の黙示録的世界にあった、と述べている。また、俊英の批評家カーツィ
スは、ヴヴェジェンスキーの「アンチ・エロチカ」は現実化した黙示録後の世界すなわち「ソ
ビエト的天国」にはまりこんだのだと見なしている(ただし、それは地獄のパロディとしての
天国でしかありえない)。ヴヴェジェンスキーのおける終末的テーマがもっとも濃厚に、かつ
グロテスクな身体的感覚を漂わせているのが、『イワーノフ家のクリスマス・ツリー (ÖÎ͇ Û
à‚‡ÌÓ‚˚ı)』である。まず、注意すべきことは、大テロル時に書かれたこの物語の舞台設定が、
19世紀が終わろうとするまさに「黙示録の時代」 1 89 0年 代とな っている事実である(正確
には1 89 8年 )。明日にクリスマスを控えたプズイリョフ家が舞台(物語中、一度もイワーノ
フ家は登場せず、子供たちはそれぞれに別の姓を名乗っている)、乳母たちが子供たちの入浴
に余念がない。一才から八二才までの子どもが七人。最初の幕でカタストロフが生じる。「三
二才の子ども」ソーニャから性的侮辱を受けた乳母が斧で彼女の首を切り落としてしまうので
ある。乳母は捉えられて死刑となり、訪れたクリスマスの日、子供たちはみな(両親)それぞ
れに理由もなく死んでしまう。ドラマのすべての出発点がソーニャの性的侮辱(「あたしには
蝋燭なんていらない、あたしには指があるもの」「あたしのは小さいっていったけど、あんた、
ほんとうのことを言ったわ。そのほうがましよ。あんたのとは違うんだから」)があったこと
に注意しよう。これもまた、ヴヴェジェンスキーにおける性の否定、「アンチ・エロチカ」の
現れの一つと見てよいのだが、ここではそれが、こうした登場人物全員の死という凄惨な悲劇
を代償として成立する。だが、物語全体ははるかに存在論的な深みをかいま見せることになる。
メイラフはこの戯曲について「原動力とは、重力それ自体、痛みそれ自体であり、その属性に
まで貶められた担い手は、その主体ではない」「登場人物は言葉の本来的な意味における個性
ではない。戯曲のフィナーレですべてを運び去ってしまう死のみがリアルであるように思える」
と書いた。ヴヴェジェンスキーは自らが関心をとらえているテーマを三つ上げ、「時間、死、
そして神」と書いたが、身体のイメージをグロテスクなまでに強調しつつ、そこから彼が執拗
に切り落としていったのは、他ならぬ身体的感覚の一つとしての性であった。
このように述べてみれば、ヴヴェジェンスキーの世界における興味深い矛盾がひとつ明らか
になる。ヴヴェジェンスキーのテクストにおいて著しく前景化された身体的イメージが、同時
代の公的文化がたどった健康な肉体やスポーツ文化の奨励に見られる風潮に背を向け、身体の
否定という方向により深く傾斜しているという事実だ。「断頭」すなわち頭を切り落とされた
身体のモチーフへのこだわりは(他にも「陽気な男フランツ」等)、結局は精神(首以上)と
身体(首以下)の分離を通して、純粋思惟的な世界、頭脳のなかでの救済をあくまで求めよう
とする希求を示しており、この透徹したペシミズムゆえに、頭脳そのものの存在をも身体のカ
テゴリーに属するものとして否定せねばならない。そしてそれこそは、彼が現実に生の足場と
する1 93 0年 代に生きる力であり、あるいは、いよいよ黙示録的な様相をつよめる同時代その
もののイメージであったのかもしれない。ここで注意すべきことは、ヴヴェジェンスキーが、
理解とか意味といったカテゴリーに対して、いわば思考の道具たる言葉のオブジェへの「変容」
という謎めいた概念を対置していることである。メイラフによれば、この、オブジェへの言葉
の変容こそは、神との合一が起こり得る世界の終わりなのであり、そこにおいてこそ、ヴヴェ
ジェンスキーにおける、「すべての事件ののなかで最も究極的なものである死の意味が明らか
になるという。
最後に、ヴヴェジェンスキーが偏愛した「断頭」のイメージについて補足しておきたい。じ
つは、このイメージが、おもいがけずプラトーノフの作品にも登場する。『ジャン』の冒頭に
61
近い部分で、女友達ヴェーラの部屋を訪ねたチャガターエフが壁にかかる一枚の絵を注目しる
場面である。引用しよう。「その絵は、地球がまだがまだ平面とみなされ、空が近くに思われ
ていた頃の想像を描いていた。画面には、なにやら巨大な男が大地に立ち、空の円天井に頭で
穴をうがって、当時の奇妙な無限の世界である空の向こう側に肩までもぐりこんで、眺めてい
た。男は自分に無縁な未知の空間をあまり長い間眺めていたため、普通の空の下に残された自
分の身体のことを忘れ去っているのだった。もう半分の絵にも同じ情景が描かれていたが、状
況が異なっていた。男の胴体はやつれはて、痩せ衰えて、どうやら死んでいるようだった。そ
して、実際に果てがなく、そこからはこの貧しい平たい地球に戻ってくることのできぬ、新た
な夢幻の世界の探求者の頭は、ひからびきり、金盥に似た空の外面づたいに向う側の世界へ転
がっていた」
この奇妙なイメージに注目した研究者は何人かいるが、その中の一人、チャルマーエフは、
前半の絵に描かれた「巨大な男」をプラトーノフに影響を与えたツィオルコフスキーに結び付
けた。一方、二枚目の絵に注目したトルスタヤ・セガルはこう書いている。「人々はますます
自分の身体的な現実の外皮から遠ざかっていく。それは、旅人たちが、蜃気楼の輝ける光のな
かで消え、泳いでいる身体のない頭や、ボートや、鳥や、蜃気楼に変化していくのと同じよう
に。・・・・人間の理性が彼らの身体を棄てたのである」。
私見によれば、この二枚つづりのこの絵はプラトーノフに、おそらく精神と肉体の理想的な
融合、あるいは精神と肉体の悲惨な分裂という二つの対照的な世界観を示唆したのではないか、
と思う。天蓋に首を突っ込みながら、その隆々たる肉体を誇る第一の絵は、精神と肉体の合一
という、ユヴェナリウス的な理想、あるいは、まさに、ソビエト的身体の理想像ともいえるだ
ろう。と同時に、精神と物質、身体と魂の二分という観念に捉えられたプラトーノフにとって
も理想とみなしうる世界のシンボルだったのではないか。その一方、天蓋に首を突っ込み、老
い果てた肉体となった人間は、トルスタヤ・セガルがいうように、「理性が身体を棄てた」状
態を示すものであり、それはまさに観念というファナティズムにとりつかれた人間の悲惨さを
シンボライズする(たとえばそれは、チェーホフの『賭け』の世界にも通じるものがある)。
さらにこの絵には、より多義的、かつパラドキシカルな説明を加えることができよう。先にも
引用したイリフ・ペトロフの短編が暗示するような、ヴヴェジェンスキー風の、ソビエト的人
間(ないしは知識人)の観念論的な傾斜、そして身体否定、観念のテロルの犠牲となる民衆の
戯画である。むろん、首の部分により大きな真実を見ようとする権者の立場からすれば、その
痩せこけた身体は真理を求める者の運命と根拠づけることもできる。
ここで、かんたんに補足しておきたいのは、三島由紀夫の自死における「断頭」の意味であ
る。そもそも首と首以下の部分は同じ身体でも意味論的に別のカテゴリーに属する。養老孟司
は『身体の文学史』のなかで、三島における自殺の象徴的意味にふれ、彼の「文武両道」の思
想の矛盾に満ちた帰結を次のように分析している。「文武両道という表現は、首から上と、首
から下の身体運動の釣り合いを表現している。・・・・・・三島はもちろん首から上が行き過ぎて
いる。言語運動のいわば天才だからである」。その三島が、なぜ、後半生を首より下の肉体を
鍛練することに熱中したか、という文脈で話は続く。いずれにせよ、プラトーノフが『ジャン』
のなかでこの絵に寄せた意味付けはまだ明らかではなく、限りない多様性のなかに拡散してい
る。最近では、トマス・セイフリドが、プラトーノフとジョルジュ・バタイユの親近性を論じ
た文章の中でこの絵画のもつ意味を論じている事実を示唆するにとどめたい。
62
【オベリウーにおける死と身体】
性的な身体の忌避という問題から派生して、 19 30 年代 の文化において、身体と死という本
質的には、より密着したテーマとして語られるべき二項対立のイメージをテクストに焼き付け
たのは、オベリウーの作家たちだった。なかでも、ヴヴェジェンスキーほど死のイメージに傾
斜し、その造形に意匠をつくした作家は他にいない。オベリウーのなかで「極左」と宣言され
た彼は、読者の存在をほとんど顧みることなく、そのテクストは驚くべき非論理と矛盾に満ち
ている。だが、オベリウーの宣言が示したように、ヴヴェジェンスキーの世界は「最後まで読
み解けば、結果として無為意味の外観がえられる」。第一の彼のテクストを満たしているのは、
「世界の無関係さと時間の分裂」(アレクサンドロフ)の感覚である。彼のテクストに精神的
に近い作家として、アンドレーエフ、ブローク、ソログープ、フレーブニコフの四人の名前を
挙げたのはアレクサンドロフだが、この指摘は正鵠を射ている。アンドレーエフとソログープ
にみられる濃厚なペシミズムと死の礼賛を、ブローク風の見世物小屋的なカーニバル性と、フ
レーブニコフの卓越した言語でテクスト化した世界が、まさにヴヴェジェンスキーといったよ
いだろう。自らの死への馴化について、彼は「灰色のノート」で次のように書いた。「一度と
して、死を感じたり、理解したり、あるいは死を理解しようとしなかったりしたことはな
い」。ヴヴェジェンスキーが描きとろうとしたのは、まさに世界の終末の光景だった。「花た
ちの聖なる飛行では、頭を切り落とされた狂人フォミン王が世界を遍歴する。死をめぐっての
会話がふんだんに溢れるその世界は、カーニバル的ともいうべき両義的な鬱と笑いの交錯した
世界となる。すなわち、同じ不条理と非論理の世界にありながら、身体的なリアリティの強度
においてハルムスとは格段の違いが生じるのだ。
先にも述べたように、オベリウーにおいては、その観念論的志向とはうらはらに、身体的な
るものの関心が大きく浮上した。そしてその世界を、笑いと非論理(不条理)が支配する。笑
いは、突発的、かつ瞬時的な身体の動きをともなうため、優れて身体的なモチーフとなる。で
は、非論理ないし不条理はどうか。不条理とは一種の意味の迷宮であり、迷宮においては一切
の視覚的、観念的思考が剥奪されるという意味で身体的な意味をおびき寄せる。さて、ソビエ
トの公的文化は、身体と精神の一元化というユートピア・ヴィジョンの捏造にいとまがなく、
デイネカ、コンチャロフスキー、サモフヴァーロフらの絵画が映し出した現実もまた、一種の
未来的な志向を含み、そこに現実と間に著しい断絶が生じていた。今日の視点で眺めるならば、
それらの絵画がいかに現実から遊離していたかが明らかである。その一方、オベリウーの面々
は、身体と精神の乖離を、あるいは精神との一体性を失った身体的存在としての人間をオブジェ
とし、無意識の深層へと、微分化された内的意味の領域へと分け入っていった。オレイニコフ
は、「ごきぶり (í‡‡Í‡Ì˚)」(1 93 4) で、コップに落ちたゴキブりを人間をたとえつつ、「銃
殺刑」を待つ「動物」の心理をグロテスクに浮かび上がらせる。
ゴキブリはガラスに身をはりつけ
やっとのことで息をしながら、見つめている・・・・・・
もしも、魂があるということを知っていたら
死など彼は恐れるまい
63
だが科学は証明した。
魂は存在しない、と。
肝臓と骨と脂身――
これこそ魂を形づくっているものだ
【コミカルな身体】
ハルムスの人間観をめぐってアレクサンドロフが見事な比喩を用いている。「ハルムスの世
界にあっては、肯定的なるもの、良いもの、創造的なものに対するヒントすら出会えない。支
配するのは破壊的な力だ」「人間の生命はキュウリや、銅の燭台に等しい。それは価値あるも
のではなく、月並みで、ごくつまらぬもので、何十本もの同じようなマッチ棒が入っている箱
のなかの一本のマッチ棒なのだ」
では、ハルムスのテクストにおいて、身体はどのような相貌をかいまみせるのだろうか。
ハルムスの身体論に対して大きな影響を与えたのが、パーヴェル・フロレンスキー(『柱と審
理の確立』「では、身体とはいったい何か? 物理学者たちの物質として理解されているよう
な人間のオルガニズムの物質ではなく、その形態、その外的輪郭の形態、一個の全体としての
その成り立ち、それをこそわれわれは身体と呼ぶのだ」)についてはここでは触れないでおき
たい。こハルムスの世界において、有機的一体性を保持する人間、言いかえるなら、差別用語
ではあるがあえて用いるなら、五体満足の人間はまれにしか存在しない。ほとんどすべての登
場人物が、なんらかの欠損を抱え、それが精神的な意味における場合もあれば、文字通りの身
体障害者を意味する場合もある。まずは、コミカルな身体の例をあげよう。「第一に、第二に」
では、「バケツほどの背丈の男」が他の人間や動物たちと世界を旅する。ボケもまたすぐれて
身体的テーマとなる(「インクを買った老婆の話」)、さらには二つの部屋分もあるという「長
い、長い妻」。ところが興味深いのは、そうしたコミカルな身体、かつ奇形的な身体が、読者
に対してなんら扇情的な作用を及ぼさないという点である。ハルムスを読む読者が感じるのは、
基本的に不条理な出来事や偶然が醸し出す、それこそ不条理な笑いにちがいないのだが、その
多くをごく一般的な意味でのユーモアと呼ぶこともおそらくはできない。おそらく、その理由
は、ハルムスにおけるテクストの成り立ちそのものに関わる問題ではないかと思われる。
次に、身体の欠損という視点で考えてみよう。まず一例としてあげるのは、「スドゥイグル・
アプルの物語」である。これは、アンドレイ・セミョーノヴィチとピョートル・パーヴロヴィ
チの友人同志が朝の朝の挨拶を交わし、握手をしたとたん、アンドレイはピョートルに腕を抜
き取られるシーンではじまる。アンドレイは恐怖のあまり片手を振り振り逃げ出し、タルタレー
リン教授の家に治療のために駆けつけるのだが、そこにピョートルがやってくる。ピョートル
は教授の耳をかみ切り、アンドレイの腕と教授の耳を床に放り出したままどこかに姿をくらま
す。教授は床に倒れてうめき声を挙げ(「わたしの傷が燃えるように痛い、ジュースが流れ出
している」)、アンドレイは警察署に駆けつけるが、警察官一同が教授宅に着くと、そこでは
なんと教授の妻が、夫の希望にしたがい頬に耳を縫い付けている最中だった。一同に向かって、
教授は警察官に向かって耳は無事だといい、お休みなさいを言う。一同が眠りはじめると、再
びピョートルが現れ、睡眠中の彼ら全員の耳を切り取ってしまう。奇妙きてれつとしかいいよ
うのないテクストだが、この物語には、いくつかのプレテクストの存在が暗示されている。切
64
断された身体というモチーフは、ゴーゴリの『鼻』(このテクストが書かれたのは、1 92 9年 4
月とされているが、ゴーゴリ原作のショスタコーヴィチのオペラ『鼻』がレニングラードで完
成されたのは1 92 7年 のことであり、ハルムスもこの初演を観ていた可能性がある)、耳をか
み切るというモチーフはドストエフスキーの『悪霊』、傷口から流れだした血を「ジュース」
と呼ぶ部分は、ブロークの『見世物小屋』が暗示されている。しかし、いかに引用のモザイク
のようなテクストとはいえ、この作品の最大の特長とは、やはりここで起こる事件の動機付け
の欠如、あるいは、物語の方向性の予知不可能性である。読者は、たとえばショスタコーヴィ
チのオペラのように、感情移入することは不可能であり、可変的な身体の視覚的イメージをた
だ楽しむことができるだけだ。不条理をいうことはたやすいが、それにしても支離滅裂という
印象を受ける。これに匹敵するのは、おそらくクルチョーヌイフの未来派オペラ『太陽の征服』
ぐらいだろう。しかし、『太陽の征服』にはそのスラップスティック的な装いの下にきわめて
明確な主張と思想的な方向付けがあった。象徴主義の克服、新しい時間と新しい(四次元的な)
身体の獲得というメッセージである。この時代の未来派の詩人たちに、オベリウーにみられる
ペシミスティクな身体感を保持していたのは、フレーブニコフ一人だった。しかしフレーブニ
コフといえど、そのペシミズムは決して彼の世界観のドミナントではなかったのである。だが、
ハルムスにおいてはほとんどどのテクストにも意味論的な方向づけが見えてこない。ここにハ
ルムスの醍醐味があるともいえるし、一切の解釈の枠から逃れようとする(あるいは拒否しよ
うとする)ハルムスのラジカリズムの本質がある。
ハルムスの手法をめぐっては、絵画の方法とのアナロジカルな分析が有効であるかもしれな
い。ただしその際、外的な側面と内的側面の二つの分けて考える必要がある。たとえば、身体
の消滅というテーマは、明らかに抽象絵画の方法と理念に通底しており、マレーヴィチにおけ
るスプレマティズム絵画に通じる何かがある。だが、より内在的には、彼の方法はむしろフィ
ローノフに通じる部分をより多くもっているのではないか。ヤムポリスキーによれば、「ハル
ムスにおいては筆記と同時に世界が誕生する」という。つまり、ある種のアプリオリな想念な
いしプランを持たずに世界を誕生させることがハルムスの詩学の特質だというのである。フィ
ローノフは、その分析主義絵画の理念を唱えるにあたって、「カノン」と「ザコン」という二
つの考え方を示した。カノンとは一切の先見的なるものを意味し、ザコンつまりは、現実のオ
ブジェの外観の背後に隠れたきわめて多様な未知の可能性をもふくめた存在のありようを示す。
分析主義絵画がめざすのは当然ザコンということになる。そしてその、可能性の領域に入るに
は、作家はある先験的な意図にもとづいてテクストは形づっくてはならない。可能性の領域に
ある生のありようを微分化すること、ハルムスのテクストがすぐれて身体的であるとすれば、
それは彼が、人間の意識がコントロールできない身体性の領域へと大胆に踏み込んでいったか
らに他ならない。その点、ハルムスはテクストの全能性、ないしはテクストを書く作者の全能
性、さらにはテクストの表面における全能性という問題をはっきりと意識していたことがわか
る。そのことを裏付けるのが、まさに身体の喪失ないし消滅、身体をめぐるありとあらゆる「偶
然(出来事)」の記述であり、第二に、「奇跡」の問題である。
ハルムスにとってすべての出来事や偶然が奇跡として意味づけられる。奇跡とは空前絶後の
事件を意味だ。ハルムスのそうした意味づけは、彼がほとんど神の立場に立って、一切の先見
をもたずに世界を構築することを意味する。したがって、最晩年の散文『朝』にしろ、『老婆』
にしろ、全能者たる作家の全能性が保障されないという苦しみが、時として物語の発端で生じ
ることがある。それは、エクリチュールの行為そのものに関わる身体的苛立ち、これもまたハ
65
ルムスの作品にしばしば現れるモチーフの一つとなる。「テクストを生み出すことができない
テクスト」「不眠の夢」がそうである。そして奇跡者は、まず、そこに事物や現象の存在を命
じることになるのだが、仮に、なんらかのアプリオリな意志をもったとするならば、それは、
奇跡者としての彼の立場は失墜する。もはや身体の欠損、接着もすべては作者の思いのままな
のだ。したがって、このような言い方も可能だろう。彼は一切のクリシェから自由であろうと
したのだ、と。フランスの不条理演劇のみならず、筒井康隆、星新一の世界と比較してもハル
ムスの存在が色あせて見えないのは、そこで醸成されるユーモアが、ユーモアが発生するもっ
とも根源的な運動だということである。このユーモアは、マレーヴィチ的な構成の方法では不
可能であり、ひとえにフィローノフの分析主義的な偶然の論理を介してのみ可能となった。
ところが、奇妙なことに、ハルムスの不条理から生まれる世界が、すぐれてマレーヴィチ的
(無機的)である点にも注意しよう。ハルムスが数字や幾何学に対する独特の偏愛をもってい
たことが知られるし、それらのイメージは実際に彼のテクストにも登場するが、それは、その
テクストが喚起するものの反心理主義的な内容を暗示する。かつてフレーブニコフは、ザーウ
ミの詩が喚起する「意味」について言及したことがある。そしてその「それ自体としての何か」
の存在は、マレーヴィチがスプレマティズムの絵画が喚起する純粋感覚になぞることができる
ものでもあった。ハルムスにおける身体ないしオブジェの消失の問題は、たとえば、マレーヴィ
チのスプレマチズム絵画におけるオブジェクトの喪失と有機的に絡みあわせることができる。
たとえば、「出来事」の冒頭に収められている有名な「空色のノート」に登場する「目と耳の
ない赤毛の男」の物語。すべてが言語事象のみで成り立っている空間である。つまり、言語の
自在さのみが可能とする空間といってもよいかもしれない。だが、一切が喪失した空間は、そ
れがマレーヴィチ風の至高空間として意味付けることも可能だろうし、一種の意味の痕跡と呼
ぶこともできる。
では、偶然とは何を意味するのだろうか。アリストテレスによれば、偶然とは「現実(レアー
リノスチ)との出会い」であり、ヤンポリスキーによれば、「偶然の出会いは意識から意図を
排除し、惰性を無化し、原因を疑わしいものにする」という。それゆえ、「ハルムスのテクス
トはまさに、作家の意識と自意識が消滅するところで生じるのである」。
しかし、ヤムポリスキーの解説は次のような言葉で置き換えられないだろうか。あらゆる偶
然に奇跡を見るという感覚は、ハルムスの異様なまでの精神の集中力のしるしであると。われ
われが常日頃の経験から知っているのは、極度の精神の集中とは、一種の神経の散漫と限りな
く近く、一種の忘我状態を意味する。つまり、そこでは、喪失や転落といった偶然がひんぱん
に起こりやすいという事実だ。
【切断された身体、切断されるテクスト】
ハルムスのテクストの中心となるモチーフをめぐって暴力、殺人、消滅の三つを挙げたのは、
アレクサンドロフである。彼は、まったくの無動機殺人を描いた「マーシキンがコーシキンを
殺した」らにおける暴力と死のモチーフについて、「大衆の無関心であり、残酷さ」とし、ハ
ルムスは「町中での偶然を語りながら、マッスの意識を代表して語りを導く」と書いている。
このように、ハルムスの世界を覆っているのは反復と堂々巡りの日常性、グロテスクなまでの
無為、一種のエントロピー的な仮死である。では、そこから、作家の想像力はどのような方向
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へと向かうのか。ハルムスのテクストが、同時代の文化的モードが、規模的にも、テーマ的に
も「叙事詩的なカンバス」へと肥大化するなかで、ひたすらミニチュア的断片を志向している。
そこから析出されるのは、極限の、微分化された意味、というよりもむしろ意味の痕跡ともい
えばよい。ハルムスの詩学を特色づけるのは、第一に反復・連鎖・円環の手法である。これら
が読者に呼び起こすのは、ある種のカタストロフの予感なのだが、ほとんどの場合、それが身
体に対する暴力として現出する。「円環構造は、ヒーローの変身のモメントに結びつく」と書
いたのは、ジル・ドゥルーズだが、ヒーローの変身は、物語そのものの変身でもある。『偶然』
の世界では、ほとんどのページが暴力や身体の剥奪のイメージのオンパレードとなる。窓から
落ちた老婆を窓から見ている老婆がまた窓から落ち、それを窓から見ていた老婆が・・・・最
後にそれを目撃していた語り手はうんざりして、外に出かけていく(「墜落した老婆た
ち」)。6の数字の後にくる数字は7か8かをめぐって果てしもない議論を繰り広げるうちに、
ベンチから落ちた赤ん坊が顎の骨を折り、それをきっかけにようやく議論にけりがつく(「ソ
ネット」)。エンドウ豆を食べ過ぎて死んだオルロフの死をきっかけに、次々に人々が死に、
幾重もの不幸な出来事や死が羅列される。さらには「転倒」のモチーフも、オブセッシヴな狂
気をにじませながら頻繁に登場する。舞台に登場するプーシキンとゴーゴリがそれぞれ際限も
なく相手の体につまづいて倒れつづける「プーシキンとゴーゴリ」、指物用の糊を買いに家を
出た指物師が雪どけの道に転んで薬屋で絆創膏を貼るのだが、なんどやっても転び、顔中絆創
膏だらけとなって家に帰ったのはいいが、家のものに識別してもらえずに追い出される話
(「指物師クシャートフ」)。このようにハルムスの世界には、落下する身体、ないしは転倒
する身体のモチーフが登場するのだが、これらのイメージもまた、優れて身体的である。なぜ
なら、転落、ないし転倒は身体の重力ないし引力によて引き起こされるからだ(「転落」のモ
チーフをめぐっては、アンドレイ・ベールイの『魂の遍歴』も参照のこと)。ハルムスのテク
ストにおいて身体は、あたかも、攻め、苛まれ、打擲され、はたまた切断されるために存在す
るかのようだ。だが、そうした暴力や切断にともなうはずの苦痛はごく稀な例をのぞいてあま
り問題にされない。「リンチ裁判」で、群衆のサディズムの犠牲となった男の頭は抜き取られ、
地面をはう。せむし男がママーエフ教授のもとを訪れ、瘤を切断してくれと頼む。手術が行わ
れるが失敗する。この物語が面白いのは、身体の切断は、ナンバーリングによる物語の切断に
通じている点だ。「文学にしばしば見られる身体の切断や奇形化の記述はテクストそれ自身の
切断や奇形化のメタファーとなる」と書いたポール・ド・マンの言葉を思い出すのもよいかも
しれない。では、身体の一部が人体そのものの有機的な全一性から分離し、脱落するというイ
メージから何が見えてくるだろうか。そして、ハルムスのこの試みはどこに帰着させるべきな
のだろうか。そもそも、同時代のなかでのハルムスのテクストのもつ意味とはどのようなもの
であったのだろうか。そして、それはどの程度、現実からの抽出、あるいは現実の反映という
要素を帯びているのか。これらの問題設定はそもそも自家撞着の気配がある。なぜなら、ハル
ムスの物語創造とは、一切のカノンからの逃走であり、そもそも時代性との関わりなどうんぬ
んする余地などないように見えるからだ。たしかに、その意味では、ハルムスのテクストは、
現実との対応関係をもちえない。ただし、意味付けは別問題である。 1 92 8年 に書か れた『エ
リザヴェータ・バーム』は、 19 30 年代 のテロル時代における家宅捜査、連行という事態を予
言し、 1 93 0年 代、と りわけ彼の最晩年に書かれた「偶然」の多くが、そうした現実の不条理
を反映させていると捉えてもいい。しかしそれにしても、同時代の現実を暗示するディテール
は必ずしも豊穣とはいえない。むしろハルムスは、ソビエト的現実を極力排除するという作業
を意識しつつ、ソビエト体制下のみならず、世界内での根源的かつ絶対的不条理の観察者たら
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んと欲したのかもしれない。M・ヤムポリスキーは『起源としての恍惚』というハルムス論で
「歴史的テンポラリティを破壊する原子的モデル」とそのテクストのありようを規定した。ハ
ルムスは、非・歴史、非・意味的トポスへと逃走することでしか、時代へのプロテストを表現
しようがなかった、といえば、あまりにも単純化しすぎることになる。それよりもむしろ、そ
うした方法こそが、 19 30 年代 におけるアヴァンギャルドの宿命だった、と述べるほうがはる
かに理に適っているだろう。ちなみに、同じヤムポリスキーはまた、ハルムスが「歴史の終わ
りという問題設定を意識している」とも書いている。この言葉をさらに敷衍するなら、スター
リン時代の黙示録を彼は彼のみずからの微視的な肉眼を通して「創造」し記録していたともい
える。
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