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2009年 4月 1日 第 113号発行 【
毎偶数月 1□ 1日発行 1998年 5月 22日 第3種郵便物認可】
発行 :市民の意見30の会 ・東京
NO日 113
2009/4/1
、
。
軍 事 郵 便 ﹂ は き び し い検 間 を う け た
戦 地 から の ﹁
新 り の絵﹂第 回集﹄ 講 談 社刊より︶
﹁
す 氏 の意 見 113号 目 次
● 善 頭 障 ガ ザ いま 石 川逸 子
■ 特 素 1 ガ ザ の 占 領
ガ ザ の占領 を 考 え る 細 井 明美
2月 5 日緊 急 学 習 会 ﹁ガ ザ 侵 攻︱ ︱ イ ス ラ エルはな ぜ ガ
ザ を 攻 撃 し た のか ﹂ 早 尾貴 紀
● 米 ・ブ ツシ ュ政 権 の 8 年
悪 夢 の8年 間 を ふ り か え る︱ ︱ ブ ッシ ュ政 権 と 日本 のポ
チ たち 高 橋 武 智
■ 特 集 2 ■ 日 化 す る 現 在
労 働 者 の生存 権 を 守 る京 品 ホ テ ル闘争 渡 辺秀 雄
増 え る母子 家 庭 見 え な い自 立 への道 長 谷 川伸 子
﹁
年 越 し派 遣 村 ﹂ の意 義 と そ の後 の課 題 遠 藤 一郎
● 憲 法 9祭 は常 に新 し い 平 和 への理 念
海 の彼 方 に生 き る 9 条 ︱ ︱ カ ナ リ ア諸 島 ヒ ロシ マ ・ナ ガ
サ キ広 場 を 訪 ね て 宇 野 淑 子
● 運 動 の現■ か ら
東 海 地方 へのP A C 3 配 備 竹内 康 人
﹁
殺 す な !﹂ が 原 点 の死 刑 廃 止 を 求 め る小 さ な 試 み
加 賀 谷 いそ み
0 ﹁
海 賊 対 策 ﹂ と いう 名 の海 外 派兵 一
︲
海 賊 派 兵 と 海 賊 対 策 新 法 に反 対 し よう 1 2 世 紀 の ﹁
義
和 団事 件 ﹂ 愚 か な ﹁海 軍 オ リ ンピ ック﹂ 井 上 澄 夫
● な 兄広 告 運 動 車 騎 局 か ら
5月 3 日意 見 広 告 賛 同 締 め切 り 間 近 ︱ 葛 西 則義
●文 化
︽連 載 エ ッセイ ︾ 言 葉 の国 産 化 ① 鈴 木 一誌
タ ク シ ー ・ト ウ ・ザ ・ダ ー ク サ イ ド﹄
︽映 画 の紹介 ︾ ﹃
本 野義 雄
︽本 の紹 介 ︾宮 本 な お み著 ﹃
革 新 無 所 属﹄ 福 富 節 男
︽マンガ︾ ﹁ふし ぎ の国 のあ り か﹂⑮ ま つだ た え こ
● そ の他
、
事 務 局 だ より 横 田 か ら ベト ナ ム ヘ な ど と口川勇 一
5
ー
ョン
オ
4月 の読者 懇 談 会 のお 知 ら せ 2
ン
シ
イ
メ
フ
3 編 集 後 記 /会 計
読 者 のおた よ り 3
報告
◆ 本 号 のす べ て のカ ット 士口岡 セイ ◆ 題 字 安 西賢 誠
☆ 4月 の瞬者8醸 会のこ案内☆ ・
米国のテロ容疑者拷間を描 く映画 「
タクシー ト ゥ ザ ダ ー クサイ ド」上映会と高橋武智さん (本号執筆者)の お話 (P29参 照)
4月 ]3日 (月)午 後 6時 半 参 加費 500円 /場 所 :た んぽぽ含 (」R水 道橋駅 5分 ダ イナミックビル 5F)
国時 12009年
電話 i03-3238-9035 地
図ウェブ :http://www tanpoposya net/info/map htm (地
図は P25参 照)
当時
いた が
﹁天皇 陛 下 万歳 ﹂ ﹁日 本 男 児 こ ヽにあ り ﹂ と い った 文 は と ゞ
愛 し い人 と会 いた い﹂ ﹁
﹁
故 郷 へ帰 り た い﹂ と いう 文 は と ゞ
。
か な か った
、
そ う し た 検 閲 の張 を く ゞ って 工喜 は 妻 ・芳 子 へ何 通 も 便
。
りを出 す
そ こ には妻 の身 体 を いた わ る言 葉 のほ か に
、
美 校 時 代 木 皮 デ ッサ ン のた め にパ ン の み みを 焼 いて く れ
、
た姉
自 分 た ち の早 す ぎ る 結 婚 を 許 し て く れ た 規 兄 弟 への感 謝
。
が つゞら れ て あ った
。
コ 等 水 兵 にな った ら 休 みが とれ る のが た のし み ど う か 子
作 者 の経 歴 は 3 ペ ー ジ ︶
塗
昌
窪島 試 一部 ﹃
︵
無言館 の黄 戦没画学 生
墾扇
1614 12
31 3029
3631 32
供 た ち を 大 切 に﹂
。
そ ん な 言 葉 で む す ば れ た 便 りが 最 後 にな った
河 田 正 喜
発行者の住所 :〒 151-0051東 京都渋谷区千駄ケ谷42912-305 TELi03 3423 0185 FAXi03 3402 3218
ームページ i http:〃
郵便振替 i00120-9359506 eメ ール :[email protected] bi3 0be neip ホ
www lⅢCa apc or3/iken30
*隔 月刊続 読料 送 料とも年2500円 、一部400円 、65歳以上および身障者の方は年2000円 グ リーン会員の方は年1000円
ガザ
ガザ
ヽヽ
ま
ま
ま
重学途 上 の子どもたらは 瓦楳 の下荻き に
いま
ガザ
ヤヽ
ガザ
ガザ
時`
ま
ガザ そ のひとたちはな にをした
石川 逸 子
出 口 ・入 口をふさがれ 袋 9呑ズミにされて いるだけ︶
︵
ガザ そ のひとたちはなにをした
入植芳 に四〇%の土地も季われ ひしめき基らして いるだけ︶
︵
ガザ そ のひとたちはなにをした
先租法来 の土地を重われ 逃れてきただけ︶
︵
ガザ そ のひとたちはなにをした
故魚 車も 炎 上 し 野来市 場 は安瀑され
消 防暑が 国連事 務所が 難 氏 キ ャンプ の讐泰 暑が 瀑撃 さ れ
イ スラーム大 学 の夜谷 は崩 れ落ち 病 院も ねら われ
送ガ ラ スを 攻 ら れた略 いアパートで ひとび とは浜 え
ガザ
ヽ`
ま
主路もおりおり封鎖され 仕事 にも学校にも行けな いだけ︶
︵
市民の意見 N0113 2009/4/1
時`
ガザ いま その地で
ガザ いよ その地で
両腕 をも がれた 子どもたち
も が きながら息 絶 えた ひとび と
友 も ひとび とは逃 げ まど い
表 紙 絵 の作者
つこ
ヽヽしかわ ・ヽヽ
河 田 正 喜
かわぐち 。まさき︶
︵
1933年東京生 まれ。「
狼、私 たち」でH
氏賞。戦争を否定す る数多 くの詩作で知 ら
れる。「ガザ い ま」は、08年 12月末から
のイスラエルによる一方的な攻撃をきっか
けにつ くられたもので、ネット上で静かに
広まっている。詩集 ・著作 に 『
千鳥 ヶ淵ヘ
行 きましたか 石 川逸子詩集』(花神社)、
「日
Fヒロシマ ・死者たちの声』 (径書房)、「
「
従軍
本の戦争」 と詩人たち』 (影書房)、『
ニア
ジュ
慰安婦」にされた少女 たち』 (岩波
新書)、『
オサ ヒ ト覚え書 き』 (一葉社)な ど
、
0月 3
1 9 12 ︵
大王 じ 年 1
1 日 福 岡 県 山 門 郡 三橋 村 に
4男 1女 の次 男 と し て生 ま れ る。 ニ ツ河 尋 常 小 学 校 を 経
、
、
、
昭和6︶年 4月
て 県 立 中 学 伝 習館 を 卒 業 後 1 9 3 1 ︵
。
昭
東京芸術大学︶
現。
東京 美 術 学校 ︵
油 画科 に入 学 1 9 3 6 ︵
、
。
1
和1︶年 3月 卒 業 学 生 時 代 に同棲 し て いた 芳 子 と 結 婚
、
、
す る が そ の直 後 に 召 集 令 状 が 届 き 妻 子 を の こし て出
。
0︶年 1月 8 日、 南 方 へ向 かう 途
昭和2
征 す る 19 45 ︵
。
2歳 。
中 で輸 送 船 が爆 撃 さ れ戦 死 ︵
行方不明︶ 享 年 3
多数。
市民の意見 N0113 2009/4/1
ガザ いよ その地に イ スラエル棋は無差別瀑挙をおこな い
ガザ いま その地に イ スラエル戦艦はたえまなく砲撃をくわえ
ガザ いま その地に イ スラエル戦車はわがも の顔に整撃し
ガザ いま その地で
葬 列 はたえまなく
ガザ いま アメリカ議会は そのイスラエルを支持し
ガザ いよ その地で
ガザ ガザ ガザ ・・
ガザ そ の地は いま 水も 電 気も絶えかけ 奈 糧も危うく
ガザ そ の地で いま な が れ ながれ つづ け る 無キ の血
▼ 持 の作者について ▲
細井
明美
投 獄 の のち 強 制 労 働 収 容 所 へ送 り こま
。
か つて ナ チ スによ って行 な わ れ た 果
民 族 の排 除 を ユダ ヤ人 指導 者 は国 際 社 会 の
。
見 て いる前 で平 然 と 行 な った そ し て誰 も
。
が そ れ を 見 つ つも 沈 黙 し て いた 何 が 起
こ って いる のか を 報 告 し たも のは プ ロパ ガ
、
ンダと し て扱 わ れ 反 ユダ ヤ の レ ッテ ルを
。
貼 ら れ た ホ ロ コー スト は イ ス ラ エル の罪
を 隠 蔽 す る大 き な 役 割 を 果 た し た のだ ろう
。
か 19 4 8年 は パ レ スチ ナ にと っては ナ
、
ク バ であ る が イ ス ラ エルにと って は イ ス
。
ラ エル帝 国 建 設 の第 1歩 だ ﹁帝 国 ﹂ は 領
。
パ レ ス チ ナ を 追 わ れ た 人 び と の 一部 は
が住 み
ガザ は小 豆 島 ほど の土 地 に 1 5 0 万 人
、
、
人 口密 度 は 世 界 1と いわ れ ジ ャ
当 時 エジ プ ト 領 で あ る ガ ザ に た ど り つ い
。
た
◆生 存 不 可 能 な 場 所 ︱︱ ガ ザ
上 を 拡 大 す る こと を 国 是 と し て いる
れた
。
な った 追 放 を 拒 絶 し た パ レ スチ ナ 人 に対
、
、
、
し ては虐 殺 レイ プ 略 奪 投 獄 が行 な わ
、
れ
。
こ で ガ ザ 侵 攻 に対 す る 緊 急 特 集 を 組 み ま し た パ レ
本 誌 前 号 → 120
、
ス チ ナ に お け る占 領 問 題 は ガ ザ だ け で 語 り 得 る も の で はな く む し ろ 西
岸 地 区 の ほ う が 表 面 に 出 て こな い分 大 き な 問 題 を 含 ん で いる かも し れ ま
、
。
せ ん そ こで今 号 は 前 号 に ひ き 続 き ガ ザ に焦 点 を あ て つ つパ レ スチ ナ
。
占 領 ﹂ に つ いて考 察 し て み ま す
全 体 を含 め て ﹁
ガ ザ の占 領 を 考 え る
大 災 厄︶
◆ナクパ ︵
ガ ザ の問 題 を 考 え る前 に私 た ち はイ ス ラ
。
エル建 国 の歴 史 を た ど る 必 要 があ るだ ろう
1 9 4 8年 2月 イ スラ エル建 国 を 前 にし て
ユダ ヤ 人 指 導 者 は パ レ スチ ナ 人 の追 放 を 計
、
画 手 始 め に 地 中 海 沿 岸 の5 つの村 を 排 除
し た 。 イ ギ リ スは治安 維 持 の責 任 があ った
、
にも 関 わ ら ず パ レ スチ ナ 人 た ち がト ラ ッ
ク に乗 せ ら れ て国境 の外 に追 放 さ れ る のを
、
。
2
黙 認 し た そ の後 彼 ら は全 体 を 1 の地 域
、
に分 割 し て 軍 隊 を 配備 各 地 域 の町 や村 の
、
リ スト を 持 た せ 効 率 よ く パ レ スチ ナ人 を
。
排 除 し て い った こう し てイ ス ラ エル建 国
5 人 のパ レ スチ ナ人 が故
の前 にす で に 3
万
郷
、
。
か ら 追 放 さ れ た そ し て 残 り の人 び と を
。
追 放 す る た め に彼 ら は戦 争 を 利 用 し た す
な わ ち 戦 争 は パ レ スチ ナ 人 を 民 族 浄 化 す る
。
た め の手 段 だ った
、
1
建 国 後 5 0 0 の村 と 1 の 町 が 破 壊 さ
、1
0 0 万 人 のパ レ ス チ ナ 人 が 難 民 と
れ
バ ル ヤ 難 民 キ ャ ンプ だ け で 1 平 方 キ ロあ
た り 7万 4 0 0 0人 ︵
東京都区内 の人口密度
。
は1万3000人︶が住 ん で いる 出 生 率 も
、
高 く 1人 の女 性 か ら 5 ∼ 6 人 の子 ど も が
。
生 ま れ る し た が って毎 年 人 口が 3 ∼ 5 %
③
0
5
増 加 す る 人 口 の5 % は 1歳 以 下 の子 ど も
、8
。
たちだ また 0
年 の国 連 の食 糧 支 援 は
8万 2 4 0 0家 族 に及 び 、 0 % の住 民 が 国
︲
8
。
連 の援 助 な し では生 活 出 来 な い ガ ザ は住
民 が生 存 不 可能 な 地 域 の初 め て のケ ー スと
。
いわ れ て いる
だ この
的 な貧 困 は イ ス ラ エル の占
が
望
絶
。5 6 、
0年 月 ガ
領 政 策 と 大 き な関係 があ る
ザ で唯 一の発 電 所 が イ ス ラ エル の攻 撃 によ
り 破 壊 さ れ た 。 こ の発 電 所 は ガ ザ 地 区 の
。
5
4 % の電 力 を 担 って いた こ の攻 撃 は生 活
、
そ のも のを 破 壊 す る要 因 と な った ので イ
ス ラ エル の人 権 擁 護 団体 ベ ツセ レ ムは これ
。
を 国 際 法 違 反 だ と し て告 発 し て いる 同 じ
、
年 イ ス ラ エル ・シ ャ ロ ン首 相 に よ る ガ ザ
、
か ら の ﹁一方 的 撤 退 ﹂ が行 な わ れ 国 際 社
、
会 は非 常 に評 価 し た が さ ら な る貧 困 に人
。
び と を 追 いや った ガ ザ 北 部 にイ ス ラ エル
7
が 6年 の占 領 開始 後 す ぐ に つく った 工業 団
。
地 があ る そ こ で大 量 のパ レ スチ ナ人労 働
、
者 を 低 賃 金 で 履 い入 れ 経 済 的 にガ ザ 地 区
、5
を コント ロー ルし てき た が 0
年 のガ ザ撤
、
退 と 同 時 に同 工業 団 地 を 放 棄 大 量 の失 業
、
。
者 を だ し た そ の上 で 国 境 を 封 鎖 し て物
。し も
か 国際社 会 は ガザ から イ
流を 止 め た
市民の意見 N0113 2009/4/1
,(ィ
フ■ ,
ナザレ
。
さ れ たも のと し か 言 いよう が な い 同年 2
1
7日 、陸 ・海 ・空 か ら の総 攻 撃 で、 3 の
月2
2
、
、
0
病 院 6 の学 校 が破 壊 さ れ 4 0 0 0家 族
、
︲
が散 り ぢ り にな り 被 害 は 2億 ド ルと いわ
.
れ て いる 米 ハー バ ード 大 学 中東 研 究 所 の
サ ラ ・ロイ氏 は ﹁ハ マスを 叩く こと が攻 撃
。
の目 的 ではな い パ レ スチ ナ の抵 抗 精 神 ヘ
、
占 領 を 終 え る こと がも っ
の攻 撃 だ ﹂ と し ﹁
と も 重 要 。 も し こ のま ま占 領 を 続 け るな ら
。
さ ら な る暴 力 に向 か う だ ろう ﹂ と 言 う
◆西岸では土地 の細分化が進む
. ァィモナ
ヨルダン
ェジプト
、
ス ラ エルが 撤 退 し た のだ か ら パ レ スチ ナ
国 家 の建 設 は パ レ スチ ナ自 身 の責 任 であ る
、
と し た。 し か し シ ャ ロ ンが 中 心 と な っ
ュ
一
て策 定 し た ﹁ガ ザ 撤 退 案 ﹂ 0 石 長 ヽ
培 ョ命
、
こ で は 制 空 権 ・制 海 権 は イ ス ラ エル
コゆ
、
が掌 握 し 国 境 は イ ス ラ エル の管 轄 と な っ
。し も
か ガ ザ の人 び と が支 払 う 税 金
ハ
ナ
リ
ヤ 偽
、
一方 フ アタ ハが 実 権 を 握 る 西 岸 地 区 に
、
日 を 転 じ る と パ レ スチ ナ 人 の土 地 は 細 分
、
化 さ れ 国 家 と し て の経 済 活 動 を 維 持 でき
。
な いほ ど 切 れ ぎ れ に さ れ て し ま った ユダ
・
がエル シェバ
て いる
〕
‐
′
′
0“
ー′
(レス打
イス,こ,レ
は パ レ ス チ ナ 当 局 が徴 収 し イ ス ラ エルに渡
。
白 治 ﹂ だ ろう か 。
る これ が ﹁
、
8 1
0年 1月 4 日 イ ス ラ エルは ハ マスと の
、
停 戦 協 定 を 破 り これま で にな いほど の攻
、
。
撃 を し か け てき た 翌 H月 5 日 か ら イ ス
ラ エルは ガ ザ 地 区 に入 るす べ て の検 問 所 を
、
封 鎖 し 食 糧 ・医 療 品 ・燃 料 ・調 理 ガ ス ・
水 道 お よ び 衛 生 設 備 の部 品 な ど の供 給 を 大
、
。
幅 に カ ット し た す べ て あ ら か じ め計 画
す
′
(ノ
ン
レ
1巧
耐
鞘
ヤ人 の入 植 地 は オ ス ロ合 意 後 さ ら に増 え 続
、
、
け 通 り の名 前 も ユダ ヤ風 に改 め ら れ パ
レ スチ ナ人 が存 在 し て いた こと さえ 消 し去
、
。
ろう と し て いる 前 述 のガ ザ 撤 退 案 で は
、
﹁
O 西 岸 に高 さ 9 メ ー ト ル 長 さ 6 2 0 キ
。 0
ロメー ト ル の壁 を 建 設 0 4
万 人 の ユダ ヤ
人 入植 者 のた め に 4 0 0 キ ロ の高 速 道 路 を
、
。
建 設 0 東 エルサ レ ムを 孤 立 さ せ 西岸 地
、
区 と ガ ザ 地 区 を 分 離 ﹂と あ り ① の壁 の建
2
設 によ り 隔 離 さ れ た パ レ スチ ナ人 は 1 % か
。
ら4
5 % に増 え る つま リ ガ ザ 紋 退 案 は西 岸
、
地 区 と エルサ レ ムを イ ス ラ エル に統 合 し
ガ ザ を 監 獄 にす るた め の足 が か り だ った の
、
。3
9年 のオ ス ロ合 意 以 降 イ ス ラ エルは
だ
も ち ろ ん ア ッバ ス議 長 ラ ァタ 全 も ﹁
占領 ﹂
自 治 政 府 ﹂にな っ
と いう 言 葉 を 使 わ な い。 ﹁
、
た か ら と いう のが 理 由 だ が イ ス ラ エ ル
、
自治 ﹂
の ﹁
管 理 ﹂ は より 強 化 さ れ 実 態 は ﹁
。
か ら か け 離 れ たも のにな って いる
イ ス ラ エルが自 ら の野 望 のた め にパ レ ス
チ ナ の人 び と に強 いる植 民 地 政 策 と 民族 浄
。
化 に私 た ち は加 担 し ては な ら な い 前 述 の
、
サ ラ ・ロイ 氏 は パ レ スチ ナ にお け るイ ス
ラ エル の ﹁
管 理 ﹂ が 明 ら か にな る方 向 で の
。
国際援 助 が必要 だと言う 日本 政府 はす
195億円︶
で に ガ ザ 復 果 支 援 で 2億 ド ル ︵
、
の拠 出 を 表 明 し て いる が そ の援 助 のあ り
。
方 が 問 わ れ て いる
、
ほそ い 。あけみ 本誌編集委員︶
︵
市民の意見 N0113 2009/4/1
ガ ザ侵攻
イ スラ エルはなぜガザを攻撃 したのか︱
2 月 5 日 緊 急 学 習 会 の報 告
ガ
は レス
ザ
緊
ナ
習
会
パ
チ
急
学
映
画 ﹁レイ
ンボ ー ﹂ 上 映 の後 、 早 尾 貴 紀 ︵
はやお 。た
かのり︶さ ん に ガ ザ 侵 攻 の背 景 に つ いて話
し て いた だ き ま し た 。
● してイスラエルで働く
7
7
6年 か ら 8年 ま でイ ス ラ エルは西 岸 地 区
と ガ ザ 地 区 を 自 分 た ち の属 地 と みな し て い
ま し た。 も ち ろ ん住 民 には市 民権 は与 え ま
。
せ ん イ スラ エル によ るさま ざ ま な 規 制 が
、
パレ
働 いて いるた め地 場 産 業 が つく れず
スチ ナ人労 働 者 は し か た なく テ ル アビ ブ や
、
そ の近 郊 の工業 団 地 ・建 築 現場 へ 肉 体 労
、
、
、
、
働 者 清 掃 業 運 転 手 サ ービ ス業 皿洗
。
いな ど の職 を 得 て働 き に出 て いま し た す
賃 金 労 働 者 と し てイ スラ エル側 で働 く し か
。
な いのです イ ス ラ エルにと っても パ レ ス
、
チ ナ人 は従 順 で ヘブ ライ語 を よく 話 し し
かも 得 た賃 金 でイ ス ラ エル製 品 を 買 ってく
。
れ ると いう 非 常 にあ り が た い存 在 でし た
7 、 これま で の
そ んな な か で 8
年
不 満 の蓄
積 が爆 発 す る か た ち で最 初 のイ ンテ フ アー
ダ が ガザ 地 区 か ら起 こり ま し た。 こ のイ ン
7
テ フ ァー ダ は組 織 的 な 抵 抗 運動 と し て 8
年
。3
︲
か ら 9年 く ら いま で続 き ま し た 9
年 のオ
ス ロ和 平 合 意 と いう のは イ ンテ フ アー ダ の
ひと つの清 算 の形 でし た。 イ ン テ フ アー ダ
、
で崩 れ た 関 係 を ど う や って再 編 す る のか
これ が オ ス ロ合 意 だ った わ け です 。
、
と ころ で 世 界 中 が オ ス ロ和 平 合 意 を ひ
と つの基 準 点 と し て考 え て いま す 。 ハマス
な わ ち パ レ スチ ナ内 では資 材 や技 術 な ど の
、
持 ち 込 みは厳 し く 制 限 さ れ 経 済 発 展 の可
、
能 性 が な いた め 現 金 収 入 を 得 るた め に低
の両 親 や祖 父 母 を 持 つ2世 以 下 の世 代 と い
う 状 況 に な り ま し た。 つま リ ガ ザ 地 区全 体
。
が難 民 キ ャ ンプ だ と 考 え て い いと 思 いま す
9
7
4年 か ら 6年 の間 は エジ プ ト が管 轄 し て い
、
7 に第 3 中
ま し た。 6
年
次 東 戦 争 が始 ま り
イ ス ラ エル は ガ ザ 地 区 も 含 め た シ ナイ半 島
、
、
全 体 西 岸 地 区 シ リ ア のゴ ラ ン高 原を 占
。
領 下 に 入 れ ま す そ の後 エジ プ ト と イ ス ラ
、
エルは 和 平 合 意 を 結 び イ ス ラ エルは シ ナ
、
イ 半 島 を エジ プ ト に返 還 し ま す が ガザ 地
政 権 を ボ イ コ ット す る理 由 に ハマスは オ ス
ロ合 意 を 承 認 し な いか ら だ と いう のが あ り
ガ ザ 地 区 と いう と こ ろは非 常 に狭 いと こ
。
ろ です 英 語 で ﹁ガ ザ ・スト リ ップ ﹂。 ス
ト リ ップ は 切 れ端 と いう 意 味 です が 、長 方
0 m×9 皿=3 6 0 ぐ ら い
形 の形 を し て 4
k
k
面
、
のと こ ろ に 1 9 4 8年 前 後 に パ レ スチ ナ
。
人 が 難 民 と し て大 量 に逃 げ 込 みま し た 結
果 と し て人 日 の7割 が難 民 お よ び そ の難 民
区 は そ のま ま 現 在 に いた るま でイ スラ エル
。
の占 領 下 に あ り ま す
ま す 。 で は オ ス ロ合 意 と は 何 か ? ハマス
は な ぜ オ ス ロ合 意 を 遵 守 し な いのか ? そ
れ が今 回 のガ ザ 攻 撃 を 考 え る ヒ ント にな る
と思 いま す 。
0 オ ス 回和 平合 意 が も た ら し た も の
オ ス ロ合 意 と いう のは ア ラ フ ァトを 代 表
と す る フ ァタ ハを 中 心 に つく ら れ た P L 0
宋 レスチナ解放機構︶を 今 後 の交 渉 の代 表ら
ま り ﹁パ レ スチ ナ自 治 政 府 ﹂ と し てイ ス ラ
、
エルが 承 認 す る代 わ り に P L Oも イ ス ラ
エルを 国 家 と し て承 認 し ま し ょう と いう も
、
。
の です し か し す で に西 岸 地 区 にたく さ
、
ん でき て いた ユダ ヤ人 入 植 地 の問 題 そ れ
か ら イ ス ラ エルが管 理 し て いる 西岸 地 区 の
、
水を西岸地区から収奪して そ の多
水 の問 題 ︵
くを ユダヤ人 の入植地とイ スラ エルに送 ってい
、
、
る︶ 難 民 の帰 還 権 併 合 さ れ た エルサ レ
、
、
ム の問 題 ほ か にも 色 いろあ り ま す が オ
。
スロ
は 部棚 上げ にさ れま した し
で
意
合
全
3 から
かも 9
年
現在 に いた るま で西岸 地 区 の
中 の入 植 地 建 設 と いう のは 止 ま った た め し
、3
がなく 9
年 時 点 か ら 2 0 0 0年 ま で に入
0
0 人
植 者 の数 は 2
万 人規模 か ら 4
万
規
模
へと
、
5 人 を え て いま 。
倍 増 現 在 では 4
万
す
越
、
ま たガザ地 区 が 北側 の境 界線 も全 部 フ エ
3年 から です 。 8 の
ンスで封 鎖 された のは 9
9年
オ スロ合 意 により監 獄化 が始 まり ま した。監
獄化 のう え労 働 許 可が減 って いき 西岸 でも ガ
。
ザ地 区 でも 失 業 率 が高 ま って いきます イ ス
、
ラ エルが境 界線 を管 理 し つづけ 物 資 や技 術
市民の意見 N0113 2009/4/1
の持 ち 込 み も 規 制 し て産 業 は あ いか わ らず
。
発 展 しな い これ で不満 が爆 発 しな いわけ が
。
あ り ま せ ん 2000年 のイ ンテ フアーダは
オ スロ合 意 の7年 間 で何 も よく な らなか った
こと への落 胆 ・不満 の爆 発 だと いう こと にな
3 年 か ら 2000 ま で の7 間、
り ま す。 9
年
年
、
入 植 者 は 増 え 続 け 土 地 が ど んど ん収 奪 さ
、
れ 西岸 地 区 のなかはます ま す 寸 断 され てい
く 一方 で、 イ スラ エル側 への出 稼 ぎ 労 働 が出
。
来 な く な り ま し た し かも 7年 間 国 際 社 会
当時はフアタ全
が資 金 援 助 した結 果 ゴ 治 政府 ︵
、
の周 辺 にし か資 金 がま わ らず フアタ ハがど
。
んど ん利 権 団体 にな って いき ま した 地場 産
業 が な く 自 立 し た 経 済 が な いわ け です か ら
国際 社 会 か ら入 ってき た資 金 を 分 配す るしか
。
な い イ スラ エル ヘの出 稼 ぎ が でき な く な つ
た か わ り に 自 治 政 府 を 通 し て給 与 と し て配
。
分 されま し た そ のお金 のスポ ンサ ーは日本
3年 が
も 含 め た 国 際 社 会 。 オ ス ロ合 意 か ら 1
、
占 領 政策を
経 過 し ても 入 植 地 は増 え 続 け
中 の ユダ ヤ人 を 1人 残 らず 脱 出 さ せ自 国 民
に被 害 が お よ ぶ恐 れ を な く し た のです 。
● ハ マス は 何 を 要 求 し て いる の か
、
硫年 1月 に ハマスが選 挙 で勝 つと食 糧 医
、
薬 品 日常生活 物資 の搬 入がさらに厳 しく制
。8
0年 の初 めにはほぼ全 面 的
限 され始 めます
な締 め つけが行 なわれ国連 の配給 さえ滞 り ま
した。 1年 前 、そう いう 兵糧攻 めに耐え かね
た ガザ地 区 の住 人 が ラ ファの国境 の壁 を いっ
、
き に取 り払 い 過半 数 の人が よ ンプ ト側 に飛
び出 し て食 糧 や日常 品 の買出 し に出 て いった
。
事 件 がありま した 1年前 にす でにガザ地区
。
は極 限状態 に達 し て いたと い つこと です
ハ マス政権 は与 党 にな った直 後 か ら 現在
、
に いた るま で ﹁西 岸 地 区 の入 植 地 を 東 エ
ルサ レ ム の入 植 地 も 含 め てひと つ残 らず す
、
べ て撤 去 し 西岸 地 区 に食 い込 む よう に作
ら れ て いる分 離 壁 を 全 部 撤 去 し 、 領 空 権 と
て いる こと
領 海 権 を全 部 パ レ スチ ナ に与 え 国 境 の出 入
り を 自 由 にし た ら 、 我 わ れ は喜 ん でイ ス ラ
。
エルを 承 認 し よう 独 立 国家 と し て対 等 に
イ ス ラ エルと 交 渉 し よう ﹂ と 言 って いま す 。
。 、
非 常 にま っと う な こと だ と 思 いま す が
何 ひと つや め さ せ る こと が でき な か った ファ
タ ハに対 す る人 びと の不満 、落 胆 が当 然 硫年
の選 挙 にお け る ハマス支 持 に つな が って いき
ま した。
5 、
0年 当 時 のシ ャ ロン首 相 が ガ ザ 地 区 に
あ る 8 0 0 0 人 の ユダ ヤ人 入 植 地 と イ ス ラ
、
エル軍 の基 地 を 全 部 撤 去 し イ ス ラ エルは
ガ ザ か ら ﹁撤 退 ﹂ し ま し た 。 こ の状 態 を 幾
入 植 地 だ ら け の現 在 の状 態 と いう わ け です
そう ではな く て我 わ れ に完 全 な ひと ま と ま
だ か ら こそ イ ス ラ エルは ハ マスを 絶 対 に認
。
め ら れ な い ハ マスと 交 渉 でき な い理 由 は
、
。
そ こな ん です ね 宗 教 と は 関係 な く 本 当
に問 題 な のは オ ス ロ合 意 を 破 美 し ろと 言 っ
。
オ ス ロ合 意 に基 づ いた結 果 が
。
人 か の研 究 者 ら は今 回 の空 爆 が でき る下地
を つく った と 指 摘 し て いま す 。 ガ ザ 地 区 の
り の土 地 を 、 陸 海 空 の出 入 り の管 理 が自 分
た ち に ま か せ ら れ て いる 土 地 を よ こ せ と
、
一
言 って いるわ け です が そ れ が イ スラ エル
。
には耐 え ら れ な いこと な の です
、
、
3
に
話を 9
年
戻 す と オ ス ロ合 意 以降 イ
、
ス ラ エル は 外 国 人 労 働 者 政 策 を 転 換 し て
、
ガ ザ 地 区 ・西 岸 地 区 の労 働 者 の代 わ り に
、
、
、
イ ンド ネ シ ア フィリピ ン 中 スリ ラ
、
ンカ タ イ な ど の東 南 アジ ア、 そ れ か ら エ
、
ジ プ ト ヨ ルダ ンな ど の ア ラブ 諸 国 な ど か
ら労 働 者 を 入 れま し た 。 そ の結 果 不法 移 民
0万 人 に達 し て、 そ れと 同
労 働 者 だ け でも 3
、
規 模 の合 法 の外 国 人 労 働 者 も 含 め て 人 口
、
の1割 にも 達 す る ﹁
非 ユダ ヤ 人 ﹂ の存 在 は
現在 イ ス ラ エルにと って非 常 に大 き な 問 題
。
にな って いま す
1 0 0年 と いう 長 いスパ ン で みた と き シ
オ ニスト に は 西岸 地 区 も 含 め た パ レ スチ ナ
全 土 を 支 配 す ると いう 強 い意 志 と 政策 が あ
り ま す 。 ガ ザ攻 撃 と いう のは 別 にガザ 地 区
。
が欲 し いわ け ではな い ガ ザ 地 区 を 再占 領
し た いわ け でも な いん です ね 。 政 策 の 一環
と し て オ ス ロ合 意 に基 づ か な い交 渉 を パ レ
スチ ナと し たく な いた め に攻 撃 にう って出
、
。
。
て いく 欲 し いのは 西岸 地 区 肥決 な農 地
、
水 源 地 帯 東 エルサ レ ム周 辺 を 事 実 上永 続
。
的 な イ ス ラ エル領 にし た いわ け です そ れ
、
が 目 的 で ガ ザ 攻 撃 があ る の であ って ガ ザ
。
の再占 領 が 目 的 では な いと いう こと です
・︵
まとめ ・本誌編集委員 細井明美︶
市民の意見 N0113 2009/4/1
そ し て リ ー マ ン ・シ ョ ツクを 契 機 と す る世
界 的 な 経 済 危 機 ま こと に悪 夢 のよう
な年 月 だ った 。 し か し背 後 に は 長 い前 史 が
、
。
あ り ま た こ れ に つづ く 現 在 未 来 も あ る
、
、
以 下 筆 者 な り の見 解 を 展 開 し つ つ 煩 雑
、
、
さ を 避 け る た め 例 外 を のぞ き 個 々の人
名 や記 述 の出 典 な ど は明 示 し な いこと と す
。
フ
0
、
早 速 そ の例 外 だ が スーザ ン ・ジ ョージ
、
著 ﹃ア メ リ カ は キ リ スト 教 原 理主 義 ・新
、
保 守 主 義 に いか に乗 っ取 ら れ た のか ?﹄
、
タイト
︵
作品社 ︶は 一つ のイ デ オ ロギ ー ︵
、
、
ルには二 つの ﹁
主義﹂が並ぶが 後述 のとおり
、
単 一の星雲状態ととらえられる︶が生 ま れ 社
、
ヘゲ モ ニー を と る ま
会 各 層 に 食 い込 み
G8反対
で の過 程 を 精 密 に記 述 し て いる ︵
、
で来 日したとき の著者 に ついては 本誌 109
。
号を参 昭じ ジ ョー ジ は 策 動 開 始 の時 期 を
19 4 0 ∼ 0
5年 代 にま でさ か のぼ ら せ て い
、
。
る ハイ エク の思 想 を 出 発 点 と し 財 団 や
、
学 者 研 究 者 へ の潤 沢 な 資 金 援 助 マ ス メ
、
デ ィ ア や 司 法 への浸 食 を 着 実 に進 め つ い
。
に政 権 を ハイ ジ ャ ツクし た のだ
、
こ のう ち 日本 人 に馴染 み の薄 い ﹁キ リ
0◇◇◇0◇◇
艘
◇
、
スト 教 原 理 主 義 ﹂ か ら 解 説 す る と 福 音
、
、
派 と く に リボ ー ン派 を 指 し そ の信 徒 数
。
は 7 0 0 0 万 人 に 上 る と いう ﹁リ ボ ー ン
、
派 ﹂ には適 切 な 訳 語 が な いよう だ が 直 訳
、
す れ ば ﹁再 び 生 ま れ た 者 ﹂ つま り 信 仰 に
、
よ る 回心 を 遂 げ た 人 間 を 指 し ブ ッシ ユも
。
そ の1人 だ 彼 ら は キ リ スト再 臨 と いう 此
、
岸 で の ﹁天 国 ﹂ を 切 に求 め てお り そ の性
、
急 さ か ら より多 く の権 力 者 を 信 徒 に獲 得
ヽ
し よ う と す る点 で、 ﹁
不オ
新 保守主義 者 ﹂ ︵
コン︶と オ ー バ ー ラ ップ す る。 そ の 一派 と
し て、 ユダ ヤ人 に よ る国家 形 成 を 促 す シ オ
ニズ ムと 合 体 し た ﹁キ リ スト教 シオ ニズ ム﹂
、
、
ま で登場 し た のに は た ま げ た が こ こ でも
ネ オ コンが重 視 す る中 東 地 域 支 配 を 裏 打 ち
。
す る役 割 を 呆 た し て いる
、
、
他 方 世 俗 派 のネ オ コンだ が ジ ョー ジ
、
、
の注 釈 によ れ ば 米 国 では ﹁
新保守主義 ﹂
ヽ
と ﹁
不オリど の2語 を ほ と
新 自 由 主義 ﹂ ︵
。
んど 同義 に使 う そう だ 大 ざ っぱ と いう ほ
、
、
か な いが 米 国 生 ま れ で ヨー ロ ッパ で活
。
躍 す る彼 女 な ら では の指 摘 だ った
、
、
ヨー ロ ッパと 同 様 日本 でも 両 語 は異
な る意 味 内 容 を も つ。 そも そも 活 動 分 野 が
、
。
ネ オ コンは主 に国 際 政 治 の面 で 米
違う
自 由 の帝 国 ﹂ か ら ﹁デ モク
国 の古 き 自 称 ﹁
ラ シ ー の帝 国 ﹂ ︵
表現は藤原帰 一のもの︶ への
。
変 貌 を 追 求 す るイ デオ ロギ ーだ 冷 戦 終 結
、
後 の ﹁1人 勝 ち ﹂ 状 況 のな か で 権 力 の表
。
層 へ躍 り 出 たも の であ る
、
、
そ れ に対 し ネ オ リ ベ の方 は 国内 政 策
、
にか ん し て使 わ れ る のが普 通 で 自 由 な 企
、
業 活 動 と 市 場 万能 主義 のも と 規 制 緩 和 や
、
、
民 営 化 を 促 進 し 結 果 と し て 中 間 層 の分
解 ← 格 差 の拡 大 ← 貧 困 の全 般 化 ← 社 会 的 弱
。
者 の切 り 捨 てを も た ら し つ つあ る
、
先 ほ ど ハイ エク の名 を 挙 げ た が ネ オ リ
。
ベ の元 祖 と いう に ふさ わ し い人 物 こ の政
、
策 は ﹁サ ッチ ャー主 義 ﹂ と も 呼 ば れ ﹁年
越 し派 遣 村 ﹂ が悲 惨 な 帰 結 を 象 徴 し た ﹁
小
。
泉 改 革 ﹂ も 同 じ方 向 を 目 指 し て いた つま
リ ネ オ コ ンは 米 国 にし か存 在 し な いが 、 ネ
、
オ リ ベは今 や破 産 寸 前 な が ら これ ま で各
。
国 で の支 配 的 イ デオ ロギ ー だ つた
9 ・H夕の衝撃下に
やみ
1 、
2 0 0 1年 9月 1
日
米 国 の中 枢 部 に向
。
け て同 時 テ ロ攻 撃 が お こな わ れ た 想 像 を
、
絶 す る規 模 だ った が これ自 体 は戦争 行 為
、
と
呼
べ
ず
捜 査 や処 罰 な ど 司 法 的手 段 で の
、
。
み 対抗 ・
抑 止 しう るも のであ る ブ ッシ ュ
、
は 習﹂れ は 戦 争 だ ﹂と 叫 び ﹁
生 死 を 問 わず ﹂
匿う と 見 な す ア フガ ニスタ ン のタ リ バ ン政
。
権 への攻 撃 を命 令 し た
市民の意見 N0113 2009/4/1
米 国 民 が は じ め て体 験 し た ﹁
本 土攻 撃 ﹂
日本軍による ﹁
風船爆弾﹂をおそらく例外とし
︵
、
。
て︶だ つた こう し て ブ ッシ ュ ヽ
不オ コ
、
ンを 受 け 入 れ た と も ネ オ コンが ブ ツシ ュ
、
を 受 け 入 れ た と も 言 え る状 況 が 現 出 し 両
。
者 が ほと ん ど 重 な り あ った瞬 間 だ った 米
、
﹂の ﹁
国 民 への共 感 も 手 伝 い >
対 テ ロ戦争 ﹂
が 国 際 的 に 一定 の支 持 を受 け た こと も事 実
。
だ
6 日 目 に カ ブ ー ルを 空 爆 、 そ の
事件 から 2
1 カ月 後 に は カ ンダ ハルを 陥 落 さ せ た。 親
米 派 の カ ルザ イ が大 統 領 にな った のは 2
1月
、
、
2
2 日 の こと あ ま り にも 短 期 の戦争 であ り
これ を 詳 論 し た 本 は な いよう だ 。 大 事 な の
。
は 次 の1占小
だ ろう 対 ア フガ ン報 復 戦争 に
、
よ る 民 間 人 犠 牲 者 は 同時 テ ロ の犠 牲 者 を
、
。
上 回 った と いう 事 実 だ
。
。
二 つ の問 題 が 残 る 一つは 用 語 であ る
ブ ッシ ュは 誤 解 の余 地 な く ﹁対 テ ロ戦 争 ﹂
、
、
、
を 宣 言 し た の に そ し て 日本 政 府 は 多
、
く の国 同 様 、 そ れを 無 条 件 に支 持 し た のに
、
自 国 の行 動 に つ い て は ﹁テ ロと の戦 い﹂
と 和 ら げ た 表 現 で通 し て いる こと だ 。 ﹁戦
争 ﹂ を 放 棄 し た 国 の自 制 な のか ? いやむ
、
し ろ 現 実 の行 為 ・政策 を 言 葉 の スリ カ エ
。
でご ま か す 手 法 に注 意 を 喚 起 し た い
、
0
2世 紀 以 降 のす べ て の戦 争 と 同 じく こ
、
れも 全 面 戦 争 と し て展 開 さ れ た わ け で 後
。
方 や銃 後 にま で戦線 は拡 大 す る そ の重 大
、
な 側 面 と し て 米 国 では ﹁テ ロリ スト ﹂と
。
疑 わ れ た 人 間 の権 利 侵 害 が 頻 発 し た ﹁敵
、
性 戦 闘 員 ﹂ と し て拘 束 C I Aが外 国 にも
、
つ秘 密 収 容 所 と く に グ ア ンタ ナ モ収 容 所
、
への告 訴 な し の無 期 限 の拘留 と 数 かず の
。
問⋮⋮
、
呼 応 し て日本 も 外 国 人管 理 と 入 国 管 理
、
を 徹 底 さ せ す べ て の入 国者 か ら指 紋 を と
。 ク日
る に いた った
米 に共 通 す る価 値 観 と
、
、
は ま ず 人 権 抑 圧 の こと 生 か く て ま さ
し く 日本 は対 テ ロ戦 争 の 一翼 を 担 った のだ 。
や イ ラク戦 争 の犯 罪 を強く 必 要
ク ダ ・フ イ ン
は 大 量 破 壊 兵 器 の製
セ
サ ム
、
造 に着 手 し タ リ バ ンと つな が り も あ る ク
、
と いう 2大 ウ ソが 世 界 中 にま き 散 ら さ れ
。
イ ラ ク戦争 の準 備 が 始 ま った
、
ネ オ コン筋 に よ れ ば 父 ブ ッシ ュ政 権 が
1991年春︶の際 、 イ ラ ク 軍 を
湾 岸 戦争 ︵
、
そ の侵略 地 ク ウ ェー ト か ら追 い出 し な が ら
バ グ ダ ッド ヘの進 撃 を 断 念 し た あ の
、
﹁や り 残 し た 戦 争 ﹂ の完 遂 こそ 今 度 の戦
。
争 の真 の目 的 だ った はな か ら 目 の上 のタ
、
ン コブ フセ イ ンを 倒 す た め の大 ウ ソだ っ
、
湾岸 戦争 のさな か 我 われは ﹁ニ ュー ヨー ク ・
た ︵
、
タイ ムズ﹂ に反戦 の意 見広告を出 した。寒 い時 期
。
本誌 の発行 主
事 務所 での熱心 な討 論を 思 い出す
0
・
会
の
京
体 であ る ﹁
市 民 の意 見 3
東
﹂が生 ま れた
、
、
。
のは そ の活動 を通 じ てだ った だ が 湾 岸 戦争
、
、
後 日本 は掃 海艇 を 送 り ﹁
派 兵 国家 ﹂ への道 を
。
歩 み始 める︶
、
国 連 の議 場 で
フラ ン ス代 表 が イ ラク侵
、
傍 聴 者 を ふく
攻 に激 し い反 対 演 説 を ぶち
め割 れ る よう な拍 手 が起 こ った シー ンは今
、
も 忘 れ ら れ な い。 も ち ろ ん 日本 を 含 め 世
界 中 で史 上 空 前 の反 戦 デ モが 展 開 さ れた こ
。
・
︰・
・
レC立
じ・
4
同年 6月︶の ﹁イ ラ ク 情 勢 特 集 ﹂
本誌 8
号 ︵
、
ぼ く は ﹁即 時 無 条 件 撤 退 あ る の み
、
3
あ ら ゆ る努 力 にも か か わ ら ず 0
年 3月
。
0 、
2 日 米 英 軍 に よ る イ ラ ク攻 撃 開 始 4 月
、
9 日 に は バ グ ダ ッド 陥 落 フセ イ ン像 が 倒
さ れ る 。 5 月 1 日 に ブ ッシ ュ の主 要 戦 聞 終
。
結 宣 言 が 出 た ア フガ ン戦 争 と 同 じ く 短 い
、
戦 闘 だ った が 先 制 攻 撃 の 口 実 は 今 に いた
。
るも 実 証 さ れ て いな い
に
イ ラ ク 戦 争 か ら の出 日 と 戦 後 裁 判 の構 想 ﹂
、 .
。
を 寄 稿 し た 今 読 み返 し ︵
主 な内 容 は 1
。
原状復帰﹂しかな い 2
正当性なき戦争だから ﹁
、
旧 ユーゴ の場合 になら い ブ ッシ ュはじめ米政権
要人と小泉 ら有志連合 国 の指導 者 を戦後裁判 に
。
かける フセイ ンは湾岸戦争時 のクルド人 への毒
、
ガ ス使 用 のかど で 主要戦争 犯罪 人と対審 させ
.
る。 3 ﹁
戦争 犯罪 ・人道 にた いす る罪 への時効
不適 用 にか んす る鶴年 国連 総会 決議 ﹂がそ の根
、
。
拠︶ 趣 旨 に 変 更 の必 要 は な いと 思 う
、
む し ろ 昨 年 の本 誌 1 1 0 号 に 和 田 春 樹
、
ク
が ア メ リ カ の戦 争 が 終 わ った あ と に ア
、
メ リ カ を 裁 き 謝 罪 さ せ る こと が 実 現 でき
。
な か った ⋮ ⋮ と いう こと は ベ ト ナ ム戦 争
反 対 の 運 動 に参 加 し た 私 た ち す べ て の失 敗
市民の意見 N0113 2009/4/1
。
であ る ⋮ ⋮ ベト ナ ム で し た こと を忘
、
れ た 結 果 ア メ リ カ は イ ラ ク で の悲 惨 な戦
争 を 起 こ し た こと は いう ま でも な いク と 書
、
。
いてく れ た こと で 一段 と 意 を 強 く し た
、 ッ
、
ブ シ ユは こ の勝 利 を
開 戦 にあ た り
﹁中 東 全 体 の民 主 化 への第 1歩 ﹂ と 位 置 づ
。
け た ほ か な ら ぬ民 主 化 のた め 実 現 し た パ
、
レ スチ ナ 選 挙 が ブ ッシ ュが テ ロ組 織 と呼
随年 1月︶こ
ぶ ハ マ ス の 勝 利 に終 わ った ︵
と は皮 肉 の極 みだ 。
先 制 攻 撃 の根 拠 が な か った こ と を ブ ッ
シ ュは いや いや認 めざ るを え な か った。 結
、
、
果 は イ ラ ク 民 間 人 の死 者 数 は も と よ り
。
過剰報復戦争︶
米 軍 の死 者 数 の急 増 だ った ︵
、
好 意 的 に 解 釈 し ても フ セ イ ン打 倒 と い
、
う ﹁レジ ー ム ・チ ェンジ ﹂ に は成 功 し た が
ヽ
不︱ ンョイ ビルディング︶
主 的 な 国 づ くり ︵
。
に は失 敗 し た のだ
、
こ の戦 争 ・
で ネ オ コン の政 策 と ネ オ リ ベ
の政 策 が いか に相 互補 完 関 係 にあ るかを 見
。
ルポ ・
てお こう フリ ー ラ ン ス の堤 未 呆 の ﹃
、
岩波新書︶は 大 メ デ ィ
貧 困 大 国 ア メ リ カ﹄ ︵
、
ア に属 す る ジ ャー ナ リ ストと 異 な り 急 上
、
、
崩 壊 す る医 療 移 民 と いう
昇 す る貧 困 率
戦
﹁
名 の経 済 難 民 な ど 社 会 的 弱 者 に日 線 を あ わ
。
せ て いる
、
著 者 の最 も 鋭 い指 摘 は 弱 者 を 食 い物 に
、
ク
ヌ貝困 ビ ジ ネ ス﹂ そ の国 家 レ ベ ル の
。
する
も のが ﹁
戦 争 ﹂だ クと いう 箇 所 であ ろう
本誌前号参昭じ の流 れ のな か
争 の民 営 化 ﹂ ︵
、
で
戦争 請 負 会 社 が 下請 け ・孫 請 け ⋮ ⋮ の
、
﹁オ レ オ
錯 綜 し た 関 係 を 巧 み に使 い分 け
レ詐 欺 ﹂ より も 易 やす と 貧 困 者 を 軍隊 に釣
り あ げ て いく 仕 組 みを 暴 いて いく 。
、︲
衝 撃 的 だ った のは 2世 紀 の清 水 徹 雄 君
。
を 詳 しく 取 材 し た こと だ 清 水 君 と は ベト
1968︶に、 ベ ト ナ ム か ら
ナ ム戦 争 期 ︵
、
脱 走 し た 日本 人 米 兵 の名 前 で 徴 兵 制 のか
ら く り で前 線 ま で送 ら れ た。 当 時 は な か っ
、
自 己責 任 ﹂ と いう 批 判
た語 だ が 彼 には ﹁
、
、
も 寄 せ ら れ た が べ平 連 が ﹁
殺す な 殺 さ
れ るな ﹂ の原 理 か ら彼 を 守 り抜 いた こと は
。
選抜徴 兵制 ﹂ はな く
正 し か った 今 では ﹁
、
、
な って いる のに 現 代 の ﹁
清水 君 ﹂ は 永
住 権 を も って いると いう だ け の理 由 で州 兵
、
、
に リ ク ルー ト さ れ 過 酪 な 訓 練 の のち イ
ラ ク に派 遣 さ れ た の であ る。
や 用 置を め ぐ る 者 干 の考 察
1 ︶ 冷 戦 終 結 後 の 戦 争 の性 格
︵
、
米 国 1人 勝 ち の形 で冷 戦 が終 わ ってか ら
。
戦 争 の性 格 に大 き な 変 化 が起 き て いる
た と え ば 1 9 9 9年 の ﹁コソボ ﹂爆 撃 だ
、
、
が 人道 的 な危 機 と いう 口実 で N A T 0
。
軍 が セ ルビ アな ど に空 爆 を 加 え た ﹁人 道
、
的 介 入 ﹂ の美 名 で呼 ば れ た が 大 国 に よ る
、
。
﹁懲 罰 戦 争 ﹂ と いう のが 実 態 だ 結 果 米
。
軍 は コソボ に広 大 な 基 地 を 獲 得 し た
、
、
ア フガ ン戦争 イ ラ ク戦争 は す で に見
、
。
露骨 な ﹁
報 復 戦争 ﹂ だ
た と おり
、
、
両 者 あ わ せ て 大 国 と り わ け 米 国 の利
制 裁 戦 争 ﹂ の時 代 と 言 え そ う
益を はか る ﹁
。
だ 1人 勝 ち ← ﹁
単 独 行 動 主 義 ﹂ の矛 盾 が
こ こ に は し なく も 現 れ て いる。
、
、
劣 化 ウ ラ ン弾 な ど ま す ま
軍事 的 に は
す 残 酷 な 兵 器 を 使 う 精 密 爆 撃 と いう 特 徴 を
も つ。
2︶ ﹁1 0 0年 に 一度 ﹂ の 経 済 危 機 は 何
︵
を 語 るか
10 0年 に 一度と は、敗 戦直 後 の惨状を
、
。
思う とき 日本 には当 てはま ら ぬ話だ
、
経済 にからき し弱 いので 言葉 の面 から
、
、
迫 って いく しかな いが 最初 の段 階 で 金
、
融危機 が ﹁
実体経済﹂を危 う くす る と言
。
・リ アル ・ コ
とは
わ れた
済
ザ
エ
実
経
体
﹁
、
ノミー﹂の訳語だ。な らば 金 融経済を ﹁
仮
デリ
想 経 済 ﹂ と呼 ぶ のが適 切 では な いか ︵
、
バ テイブ =金 融派生商品 ほど 仮 想性 を鮮 やか に
。
派 生 ﹂ と いう 訳 語自 体 は正確 だ
示す 語 は な い ﹁
、
、
が 語 源 的 には ﹁
岸 辺 からあ ふれ る﹂意味 であ り
つまり ﹁
実体 経済 ﹂ から の逸脱 ・偏向 の意味 に近
。
い︶
自 己増 殖 した仮想世界 が実体経済を おお
、
い尽く し支 配す る姿 は 資 本主義 シ ステム
。
の崩壊 状態 でなく て何 であ ろう そう いう
、
議論 がど こからも出 てこな いだ け に 危 機
。
は 一段 と 深刻 と言 わねばな るま い
や ブ ツシ ュ政 権 と 日 本
ブ ッシ ュの任 期 に対 応 し た 日本 の首 相
10
市民の意見 N0113 2009/4/1
、 、
、
、
、
5人 だ
は
田
の
森
小
泉
安
倍
生
福
麻
、
1
6年9
が 最 長 の在 任 者 は小 泉 ︵
0年 4月∼0
、
月︶であ り 彼 に話 を 限 ろう 。
、
最 初 の訪 米 で小 泉 は テキ サ スは キ ャ ン
、
プ ・デ ー ヴ イ ッド の山 荘 に招 か れ ブ ッシ ュ
と キ ャ ッチ ボ ー ルを し た。 最 後 の訪 米 では 、
ブ ッシ ュに エルヴ ィ ス ・プ レ スリ ー の旧宅
、
に連 れ て行 っても ら い プ レ スリ ー の歌 を
ひんし ゅく︶を 買 った 。
歌 いま く って 饗 建 ︵
、
これ ら の エピ ソード が 示 す よう に 小泉 は
、
日本 の首 相 のな か で 米 大 統 領 と 最 も 親 密
。
な 関 係 を 築 いた 人 間 だ
2人とも世襲政治家︶
個 人 的 な つき あ い ︵
、
と と も に 小 泉 は ブ ッシ ュの政 策 の最 も 忠
。
実 な ポ チ でも あ った 2 つの報 復 戦争 を い
ち は やく 支 持 し ︵
サ マーワ ヘの陸自とインド
、
、
洋 への海自 の派遣︶ ネ オ リ ベ政 策 の面 でも
、
各 種 の規 制 を 緩 和 し と り わ け 郵 政 の民 営
、
。
化 を 強行 し た ﹁
改 革 の本 丸 ﹂ と 位 置 づ け
、
郵 政 解 散 を お こな い 反 対 派 に は刺 客 を 差
、
し向 け て 衆 議 院 の3分 の2 の議 席 を 獲 得
し た こと は 記 憶 に新 し い。
、
二者 択 一を 迫 る こ の手 法 自 体 対 テ ロ戦
争 への支 持 を か ち と った 際 のブ ッシ ュの手
。
法 に通 じ る も のが あ る
、
、
戦 後 日 本 で は 左 翼 にも 右 翼 にも 強 硬
、
な 反 米 派 が いた が 近 年 日本 人 のナ シ ョナ
リズ ム は も っぱ ら 中 国 や北 朝 鮮 に向 け ら れ
、
。
る よう に な って いる 関連 し て 小泉 の靖
、
ネ オ コン的 な 要 素 を も
国神 社 参 拝 強 行 は
。
感 じさせる
手 今 後 の展望 に か え て
新 大 統 領 オ バ マの政 治 力 には未 知 数 が多
、 り
と あ え ず 2点 を 指 摘 し てお く 。
いが
1 つは経 済 危 機 克 服 のた め思 い切 った 支
、
。
出 を し て いる ﹁
銀 行 国 有 化 ﹂の声 さえ あ り
共 和 党 が伝 統 的 に追 求 し てき た ﹁
小 さな政
府 ﹂ から ﹁
大 き な 政 府 ﹂ への転 換 を し つ つ
。
あ る 少 な く と も 従 来 のネ オ リ ベ路 線 と は
、
ネ オ コ ン的 な 単 独 行 動
一線 を 画 さざ るを え な く な って いると 見 え
。
フ
つ
外 交 政 策 では
主 義 か ら 国 際 協 調 路 線 へ舵 を 切 ろ う と し
、
。
て いる よう であ る と く にイ ラ ク か ら は
2 0 1 1年 ま で の軍 の完 全 紋 退 を 決 め た 。
主 要 に民主 党 の戦 争 だ った ベト ナ ム戦 争 と
、
同 じく 米 兵 を イ ラ ク人 に置 き 換 え る段 階
、
を 経 て 終 結 の過 程 に入 った と 言 え そ う だ 。
、
、
他 方 ア フガ ン戦 争 に ついては す で に
1万 7 0 0 0人 の増 派 を 決 めた 。 客 観 的 に
、
は対 テ ロ戦争 の主 戦 場 と し て 本 格 的 な ﹁ベ
ト ナ ム戦争 化 ﹂ の道 を た ど り つ つあ る のだ 。
﹁諸 帝 国 の墓 場 ﹂ と 呼 ば れ る ア フガ ニ ス タ
、
ン では アレ クサ ンダ ー大 王 ま でさ か のぼ
、
、
ら な く と も 大 英 帝 国 も 旧 ソ連 も 敗 退 を
。
米 軍 が 同 じ 運命 を た ど
喫 し た歴 史 が あ る
。
る公 算 は大 き い
対 す る麻 生 は ど う か ? 安 倍 内 閣 で外 務
、
大 臣 にな った と き ブ ッシ ュの中 東 民 主 化
、
、
路 線 の尻 馬 に乗 って 東 北 アジ アか ら 中
、
、
央 アジ ア ・コー カ サ スを 経 て 中 ・東 欧
自 由 と 繁 栄 の弧 ﹂
バ ルト 海 にま で延 び る ﹁
の形 成 に協 力 す ると いう 壮 大 な ヴ ィジ ョン
を ぶち あ げ た こと が あ る。 首 相 にな った今
、
、
こそ これ を 語 る絶 好 のタ イ ミ ングな のに
。
一言 も 触 れ な いのは奇 妙 だ お そ らく 外 務
官 僚 の作 文 を オ ウ ム返 し に し ゃべ っただ け
。
な のであ ろう
。
4 日 、 日米 首 会 談 が
2月 2
脳
急 還 開 か れた
冒 頭 オ バ マは ﹁日米 同 盟 の強 化 は米 国 の ア
ジ ア に お け る 安 全 保 障 の礎 石 G Iナー ス
トーンこ と 述 べた が 、 これ が自 明 のよう に
、
語 ら れ る こと 自 体 ブ ッシ ュ ,小 泉 関 係 の
。
負 の遺 産 と 思 わ ず に いら れ な い
外 交 が 得 意 ﹂ と いう 麻 生 の影 は薄 か っ
﹁
。
く 追 った が 、会 談
を
た テ レビ
報
道
注
意
深
、
の前 日 と 当 日 N H Kは ﹁
対 テ ロ作 戦 ﹂ と
。
いう 語 を 用 いた 日英 両 語 で新 聞 を チ ェ ッ
、
クし た が ど こ にも そう で つ単 語 は発 見 で
き な か った 。 N H Kが確 か な 情 報 源 な し に、
こんな 微 妙 な 単 語 を 使 う はず が な い。 往 路
、
の機 内 で 外 務 省 官 僚 が ブ リ ー フイ ング中
。
に洩 ら し た 用 語 ではあ るま いか これま で
、
幾 多 の外 交 交 渉 で 翻 訳 の詐 術 を 操 ってき
、
。
た外 務 省 の勇 み足 ま こと に恐 る べし
、
たかはし 。たけとも 本誌編集委員︶
︵
市民の意見 N0113 2009/4/1
労 働 者 の生 存 権 を 守 る
京 品 ホ テ ル聞 争
。
一の債 権 者 だ サ ンライズ は昨 秋 破 た んした米
。
国 リー マン ・ブ ラザ ーズ の中心的企業 であ る
2 0 08年 5月 1 日、ヨ昼爪ユニオ ン 上爪品
、
。
口
員∞名 最大時で0
組△
7名こ 結 成 を 通 知
支部 ︵
5月 8日に第 1回団体交 渉を開催 。 この交 渉 で
な アルの経営主体︶の小 林 誠
京 品実業株式会 社 ︵
社 長 が ﹁関 係 者 で協 議 し て土 地 ・建 物 を 売 却
。
0
0
日
に会 社 を 廃 業 し
月2
す る こと を 決 めた 1
。
従 業 員 を 全 員 解 雇 す る と 冒 頭 に発 言 理 由
﹂
0 円 以 上 の債 務 が あ り、 土 地 ・建 を 売
は6
億
物
、
、
却 し て清算 をす る 退職 金も払 え る と い つも
0%の退
130名分の退職金原資は、4
のであ った ︵
。
職付加金を含め2000万円強︶ 古屏桜会 員 ホ テ ル
やリゾ ート地 でのホ テル経 営 の失 敗 など は従 業
、
員 に周知 の事実 だが 本 業 の京 品 ホテルや飲 食
、
1
店 は直 近 2年 で売 り 上 げ 1億 円 1億 円 前 後
、
。
の営 業 利益 が出 て いた 当 然 組合 は廃 業 ・解
雇 の撤 回と 経 営 資 料 等 の提 示 によ る債 務 の詳
、
。
細 説 明を求 め 団体 交 渉 を繰り 返 した
0 日ま で連 日、交 渉 を 持 った。
0月 2
展日 の1
解一
しかし ﹁
売 買契 約 が成 立 し て いる ので廃 業 ・解
一
尾の決 定 は変 え ら れ な い﹂﹁
売 買 契 約 は守 秘 義
● 第 1 回 団 体 交 渉 で 廃 業 ・全 員 解 雇 の 通
務 があ る ので説 明 でき な い﹂と い つ小林 社 長 の
告 ! ﹁京 品 間 争 ﹂ が 開 始 さ れ る
、
0
J R品 川 駅 ・高 輪 日の京 品 ホ テルは 1871
く
日
の
団
1月 2
発 言 は変 わ らず 0
遅
体
交
渉
夜
、
、
。
︵
明治4浮士創業十現在一
昭和5︶ は打 ち切 られ 廃業 と全 員解 一
のホテルは 1930 ︵
展は強行 された
。
年 に建 設 さ れた港 区 の ﹁
歴史 的 建 造 物 ﹂ であ る
● 社 会 的 共 感 が 京 品 ホ テ ル の問 いを 支 え
。
自 主 営 業 ﹂ に突 入
約 130名 の従 業 員 の多 く は有 期 雇用労 働者だ
た ﹁
京 品 実 業 は唯 一の債 権 者 であ る サ ン ライズ
﹁リ ー マング ループ に営 業 譲 渡 さ れ る﹂と い
、
う 噂 か ら 組 合 づく り が は じ ま る。 登 記 簿 等
の意 向 を 無 視 し て労 使 紛争 を 解 決 でき な いの
、
によると サ ンライズ ファイ ナ ンス株 式 会 社 が唯
で 組 合 では サ ン ライ ズ を 使 用者 と す る 不 当
、
労 働 行 為 救 済 申 立 を し 従 業 員 の解 雇無 効 の
。
仮 処 分 を 求 め る訴 訟 を 起 こし た
0億 円 前 後 です べて の債 権 の
サ ンライ ズ は 2
、
。
唯 一の債 権 者 と な った そ のと
譲 渡 を受 け
た ん に不 良 債 権 の山 であ った 小 林 社 長 の借 金
、
は 品 川 駅 前 にあ る 一等 地 3 0 0坪 弱 の土 地
。
を売 却 し て大 も う け が でき る話 に大 変身 し た
、
や る気 のな い無 責 任 な 小 林 社 長 は 巨 額 の借
、
金 を 清 算 でき る し 一族 に は 6億 円 弱 が 入 る
、
と いう 構 図 だ か ら リ ー マング ルー プ の売 却
。
話 に の った 買 い手 は今 年 2月 に設 立 さ れ た
。
資 本 金 1 0 0 万 円 のLC ホ テ ルズ だ サ ン ラ
、
イ ズ が 融 資 を し てL C ホ テ ルズ が 買 え ば 僅
。
かな資 金 で路 線 価 側億 円 の土 地 を 取 得 でき る
サ ンライズ が転 売 し てシ ョッピ ング モー ルなど
。
を つく れ ば 100億 円を超 え る売 り 物 とな る
、
歴 史 的 建 造 物 であ る京 品 ホ テ ルを 守 り 廃
業 や解 雇 を 認 めず 店 舗 や ホ テ ル の営 業 再 開 を
、
0月 ︲ 日 か ら 合 員 が 合 活 動
求 め て 昨年 1
組
組
2
団体行動権 の行使︶と し て飲 食 店 3店 舗 と ホ
︵
。
テ ル の自 主 営 業 を 始 め た ホ テ ル前 で の ﹁
京
、
品 ホ テ ル の存 続 を 求 め る﹂ 街 頭 署 名 活 動 に は
近 所 の方 は も ち ろ ん ﹁お 母 さ ん に言 わ れ た ﹂
、
、
と いう 小 学 生 外 国 の商 社 マン 上 京 し た ビ
、
ジ ネ ス マン ホ テ ル出 入 り の業 者 な ど が応 じ
。 0日
2
る 3
1月末 で
間 で 2万筆 を 越 え る 署 名 ︵
5万筆︶が 寄 せ ら れ た。 職 場 存 続 を 求 め る聞
、
いは ﹁明 日 は わ が身 ﹂ と 受 け 止 め る多 く の
、
人 の共 感 を 得 て 労 働 組 合 の枠 組 みを 超 え た
。
闘 いに変 容 し た
ワ ″
市民の意見 N0113 2009/4/1
2月 27日 の 「
京品ホテル包囲 ・高輪デモ」(提供 ・渡辺秀雄)
● 自 主 営 業 は ﹁派 遣 村 ﹂ に つ な が る 生 存 権
を 守 る 聞 いだ
、
小 林 社 長 が 団 体 交 渉 を 一方 的 に打 ち 切 り
、
営 業 を 放 棄 し た た め 組 合 員 は やむ に やま れ
、
ず 自 主 営 業 と いう 間 争 手 段 で 廃 業 ・全 員 解
一
展 の撤 回 を 京 品 実 業 と 債 権 者 のサ ン ライズ に
。
要 求 し続 け た 自 主 営 業 は手 探 り で始 め たも
、
取 引 先 業 者 は自 主 営 業 に協 力 し てく
、
、
連 日 お 客 様 が たく さ ん来 店 し ﹁リ ー
のだ が
。
れた
マンに負 け る な !﹂ と 蟹 尾さ れ た 組 合 員 を激
、
。
励 し てく れ た 自 主 営 業 は 対 面 で接 客 でき
、
、
ると いう こと で 職 場 が交 流 の場 と な り 組
、
合 員 が 日 々勇 気 づ け ら れ ﹁
京 品 闘 争 ﹂を 継
。
続 さ せ る エネ ルギ ーを 生 み出 し た
廃 業 し た ホ テ ルや飲 食 店 で の自 主 営 業 は違
、
法 で は な いか と いう 質 問 を 受 け る こと が
、
。
あ った
ニオ ンは 団 交 渉 が拒 否 さ
東
京
ユ
体
第1回目の交渉から ﹁
売買契約 の締結﹂
れ た ので ︵
、
が解雇理由 としか説明しな い不誠実交渉でもあ っ
、
た︶ 組 合 活 動 ︵
団体行動権 の行使︶と し て自 主
営 業 を 行 な い廃 業 ・解 雇 の撤 回 を 求 め たも の
。
であ る 建 物 を 占 有 す る こと は 正 当 な 組 合 活
。
動 であ ると 裁 判 所 に対 し ても 主 張 し た
京 品支 部 は ﹁
年 越 し 派 遣 村 ﹂ の活 動 にも 参
、
加 し 健 康 上 の問 題があ る入村 者 を ホテルに受
、
け 入 れ 炊 き 出 し 用 の大 鍋 な ど の貸 し出 し を
。
行 な った ﹁派 遣 村 ﹂ の会 場 と な った 日比 谷 公
園 の使 用 に ついて違 法 性 があ っても 誰 も そ のこ
、
と を 指 摘 でき な いし 厚 生 労 働 省 が 講 堂 を 開
放 し た 金遅法性が解消された︶のは労 働 者 の生存
。
権 を否 定 でき な か ったた め であ る 京 品 ホ テル
。
でも 同 じ ことが言え る 自 主営業 は組合 員 の生
。
一
展用確保︶の保 障 を求 める聞 いでも あ る
存権 ︵
立 退 き ﹂ の決 定 と 強 制 執 行 に よ
● 不当 な ﹁
る 暴力 的な 排 除
、
1月 5日に 品
1
京 実業 は 組合 の自主営業 によ っ
てホテルを売却 でき な いことを理由 に ﹁
立退き ﹂
。
しんじん、
の仮 処 分を申 し立 てた 仮 処分 の審 尋 ︵
裁判所が民事訴訟の当事者や証人などに書面または田
2月 1
7日に打 ち 切 ら
頭で詳しく問いただすこと︶が 1
、
5日に出された。
れ ﹁
立退き﹂の決定 が1月 1
、
と ころで 審 尋 の過 程 で買 い手 のLC ホ テル
、
。
ズ が売 買 契 約 を解 除 し た 理由 は 二 つあ り 一
つは京 品 ホテルの存 続 を求 める署 名 が 5万筆 を
、
越え 社会 問題化 した京 品 ホテルの従 業 員 を解
つこと。
一
展して購入す ること で批判を受 け てしまヽ
5 円
一ろ 日 は不動産 価 格 の下落 で実勢価 格 は 2
億
、
0
程 度 となり 売 買 契 約 で定 められている 5
数
億
。
円 では大損 になると い つ現実的な問題 があ った
売 買 契 約 が事 実 上 破 た んし保 全 の緊 急 性 が
、
薄 ら いだ にも かかわ らず 十
昼泉地裁 は ﹁
立退 き﹂
。
の決 危 を出 した しかも この決定 では ﹁
事業 の
、
、
決 定 は 事 業 者 が自 由 に行 い得 るも のであ り
従 業 員 にお いて争 う こと が でき な い﹂ ﹁
仮 に解
一
展が解 雇権を濫 用 したも のとし て無効 であ ると
、
、
され ても 使 用者 が事 業 を廃止 した場合 に こ
れ を 再 開す るよう 請 求 す る権 限 は従 業 員 にな
。
い﹂と述 べて いる 大 不況 で会 社 整 理 やリ スト
、
ラの増大 経営 者 の利益確 保 のため の偽 装 倒 産
、
が横 行 す る時 代 に 労 働 者 は何 の異 議 申 し 立
。
。
ても でき な い 極 めて理不尽 な決 定 であ る
、
5日
1月 2
早 朝 1 0 0 0名 を 越 え る警 視 庁
、
。
機 動 隊 ら に よ って 強 制 執 行 が 行 な わ れ た
前 夜 か ら 集 結 し た支 援 者 ら 3 0 0名 が スク ラ
、
ムを 組 みピ ケを 張 って呆 敢 に抵 抗 し た が 1
。
時 間余 の闘 いでホ テ ルか ら 排 除 さ れ た 自 主
。
7
営 業 も 9 日 目 で断 ち 切 ら れ た
● 聞 い の 次 の ス テ ー ジ は ユ ニオ ンが つく る
、
組 合 員 は 聞 いの旗 を 降 ろ さず 闘 い続 け れ
し て いる。
ば
の は 開 け ると
勝
利
道
信
確
8 日、 総 評 会 で 闘 争 1 0 0 日 突
1月 2
館
﹁
破 ︱ 京 品 ホ テ ル闘争 勝 利 ︱ 連 帯 集 会 ﹂ が 開
、
、
。
催 さ れ 2 5 0名 が 参 加 し た ま た ﹁解 雇
7日 には 京 品 ホ テ
1 3 0 日 ﹂ にあ た る 2月 2
﹁
、
ル包 囲 ・高 輪 デ モ﹂を 設 定 し み ぞ れま じ り
、
の悪 天 候 の中 で 2 3 0名 が参 加 し て 地 域 デ
。
タイトル写真︶
モを 行 な う こと が でき た ︵
強 制 執 行 は労 使 紛 争 の解 決 に何 の役 にも 立
。
たな い 一
債権の回収をす
示品 ホ テルを売 却 す る ︵
る︶た め には労 使 紛争 の解 決 が 不 可欠 だ。債 権
者 のサ ンライズ が動 かなけ れば全 面 的な労使 紛
、
争 の解 決 が でき な いし サ ンライズ には労 使 紛
。
9日にはサ ンラ
争 を解 決 す る責 任 があ る 3月 1
リーマン ・ど フザーズ︶の拠 点 であ る ﹁
イズ ︵
六本
、
木 ヒルズ ﹂を 1000人 のデ モ隊 で包 囲 し サ
ンライズ に対 し て労 使 紛争 の全 面 的解 決を追 る
。
集 会 と デ モを 行 な う 争 議 を 勝 ち に導 く 第 2
0日記︶
3月1
ステージ は ユニオ ンが つく る。 ︵
、
わたなべ ・ひでお 労働組合東京 ユニオン執行委
︵
員長︶
市民の意見 N0113 2009/4/1
13
1266
22‐
18オフィスKビルlF 東 京ユニオン京品支部 TEL:0
●支援先 :〒 100023 新 宿区西新宿 7‐
増 え る 母 子家 庭
見 え な い 自 立 への道
福 岡 県 では パー ト の多 く は時 給 7 0 0 円 で
、
。
あ る この時 給 で9時 から 4時 ま で 休 憩 1時
、
0
日間働 いたと した
間を 引 いての6時 間 月 に2
、
ら いく らにな るか。 月 に8万 4000円 年 収
。
で100万 8000円 であ る 1日 7時 間 働 い
。
たと し ても 117万 6000円 に過 ぎ な い こ
、
の金 額 では児 童 扶 養 手 当 が満 額 支 給 さ れ るが
、
そ の年 額 ︵
錨年︶は子 ども 1人 で側万 640円
6万 640円 ︵
2人目分ではなくて、2人合
2人 で5
、
わせてである︶で パート収 入と合 わ せ ても それ
。
ぞ れ 160万 円足 らず にしかな らな い 多 く の
、
パート の求 人 では交 通費 の支 給 も な いので い
き お い自転車 通勤 圏内 で探 す こと にな る。
子 ど も が 小 さ いう ち は い いか も し れ な い
、
が 手 がかからな く な る のに つれ てお金 がか か
、
ごく 一部 の例を 紹 介 し た い。なお 例 に挙 げ た
、
ケー スは これま での相 談 経験 を 元 に典 型 的 な
。
例を創 作 したも のであ ることを お断 り し ておく
ま た 母 子家 庭 の実 態 や母 子家 庭 む け 政 策 等 に
、
、
ついて関心 のあ る方 は 厚 生労 働省 のHP の他
当 事 者 団 体 であ る N PO法 人 し んぐ るま ざ あ
、
。
国 に よ る 母 子 家 庭 対 策 は 現 在 ① 子 育 て , ず ・ふお︱らむ のHPを ぜひのぞ いてほし い
、
、
、
生 活 支 援 ② 就 業 支 援 ③ 養 育 費 の確 保 ④
③ ひ と り 親 の 子 ど も への 思 い
、
、
0
Aさんは3
代前半 で 小学校低学年 と未 就学
経 済 的 支 援 の4本 柱 とな って いるが 母子家 庭
、
、
。
の子どもが いる 離 婚 ほ夫 のDVが 原 因 で 最
が 増 加 す る 中 そ の重 点 は児 童 扶 養 手 当 の支
、
、
近 以前に暮 らした こと のある福 岡に越 し てき
給 等 の④ か ら② の就業 支援 策 へ つまり ﹁
福祉
。
。
。
た と い っても知 り合 いはほと んど いな い 子
から一
展用 へ﹂と 大 きく 移 され て いる
、
ど もを学校 に送 り出 し てから帰 ってく るま での
母 子 家 庭 が 福 祉 に頼 らず 母 の稼 ぎ で人 並 み
、
す なわち9時 から 4時 ぐら いま での間 に 自宅
の生 活 を 送 れ る よう にな る⋮ ⋮ そ れ は 目指 す
、
。
。
の近 く でパート で働 きた いと思 っている
べき 方 向 と し ては望 ま し いことだ ろう しかし
以前 の福 祉 レベルで母 子家 庭 が安 心 した生活 を
、
送 れ て いた かと いう と 決 し てそう ではな か っ
、
たし 現 在 の就 業 支 援 策 が有 効 に働 いて いるか
、
と い つと そ れも ま たかなり 疑 間 であ る。
、
私 はキ ャリ ア ・カウ ンセラーと し て 福 岡 県
で母 子家 庭 の母 親 の就業 相 談 に週 に1回乗 って
、
。
いる そ こで毎 回実感 す る のは 女 性 自 身 の就
、
業 意 欲 が いか に高 く ても 現実 には食 べていけ
るだ け の就 業 を 阻 む 壁 が何 重 にも 取 り 巻 いて
。
いると いう こと であ る つま り多 く の母子家 庭
、
は 就 業 支 援 が実 質 的 に機 能 し て いな いまま に
、
福 祉 が削 減 さ れ ると い つ 非 常 に厳 し い現実 の
ま っただ 中 に置 かれ ている のであ る。
、
こ こ では 母 子 家 庭 の母 が 再 就 職 ・転 職 を
、
目指 す 時 にど んな問 題 に直 面 す る のか に ついて
。
る こう う
で
い
条
件
仕 事 を 探 す 女 性 に対 し て
、
まとも に働 く 気 があ る のか﹂
は ﹁
考 え が甘 い﹂﹁
と いう ふう に思う 人も いるかも しれな い。
、
離婚 女 性 がす べて不幸 なわけ ではな いし 子
ども のた め にも 離婚 が ベストな 選 択 だ った場 合
、
も あ る。 し かし それ でも 親 の離 婚 ・転 居 ・転
校 など が子 ども にと つて負 担 であ ること は事 実
、
であ り 適 応 す るま でに 一時 期 不 安 定 にな って
も 不 思議 はな い。そう で つ時 期 には就業 を セー
ブし てでも 不安 な子 ども に 一時 期 きち んと つき
、
と が 後 のち のために非 常 に重要 な場 合
﹂
合う ︼
、
。
があ る しかし 数年 このよう な就業 を続 け て
、
いく と 収 入 増 が図 れる ステ ップ ア ップを す る
。
ことが難 しく な るのを想像 す る のに難 く な い
、
ま た 児 童 扶 養 手 当 の支 給 に は所 得 制 限 が
、
父からの養育費の8割
あ り 控 除 後 の年 間所 得 ︵
、
7万 円 、
相当額も加算︶が 扶 養 親 族等 が 1人 で 5
5万 円を超 え ると全 額 支 給 から 一
2人 で9
部支給
、0
。
に切 り 替 え られ 1
なされる
円
の
単
減
額
が
位
、
5万円 から
つまり 子 ども が2人 の場合 所 得 が 9
、
26 8 万 円 に増 加 す る間 は 児 童 扶 養 手 当 も
、
ど んど ん減 らされ て 給 与 が増 え ても総収 入 の
、
伸 びは抑 え られ そ の後 は完 全 に支給 停 止とな
。
る仕組 み にな って いる のであ る
③職業訓線を受ける余裕がな い
。
0
Bさん は3
代後半 で3歳 の子ど もが いる 出
。
産前 は派 遣 で働 いていた 今 はパ ートと実家 か
、
ら の援助 で何 とかや っているが 将来 のことを
、
、
資 格 をと って 一生 続 け られる仕事 に
。
思うと
就 きた いと思う
14
市民の意見 N0113 2009/4/1
0
Dさんは4
代後半 で高校生と中学生が 1人 ひ
。
つ 小規模 な会 社 の正社 員とし て事務 ・総務 ・
。
5
簡単 な経理など何 でも や ってきた 税 込 み2 万
、 っ
や と の 思 い で買 った 中 古 マ
円 の月収 か ら
0
ー ンも払 っている。と ころが 最近 、
ョ
3
0
0
0
ン
シ
ン
ロ
の
﹁
額 も 市 町村 税 非 課 税 世 帯 で月 額 1
特 別 な 技 能 も 資 格 も な い﹂ と自 認 す る女 性
万
、
、
。
。
は多 い 五 日工
刊な ら ﹁
だか ら事 務 でも ﹂と言 っ
円 同 課税 世 帯 で5万 1500円 でし か な い
経営者が 変 わり 来月 で辞 め て欲 し いと いわれ
、
、
。
たも のだ が 現 在 の 一般事 務 の求 人 は パソコン ・ つま り 奨学 金 や学 費 ロー ンを利 用す る にし て
ている
、
、
も 2∼ 4年 の生活 費 を貯 め て持 って いる人 で
ソフト のワー ド と エクセルの技 能 が ほぼ必須条
離 婚 前 から正社 員 で働 いてき た女 性 は 勤 め
、
、
。
な け ればと ても 利 用 でき な い制 度 な のであ る
件 であ り 誰 に でも でき る仕 事 ではなく な って
続 け られ る のなら余 裕 はなく ても何 と かな るが
、0 0
、
、
。
。
いる 意 外 に思 われるかも しれな いが 2
実 家 で生活 し て いる場 合 は いいかと いう と 今
代3
離婚 に伴 い転 居を強 いられ る場 合 も多 い ま た
、
代 の女 性 でも 職 場 にパソコンが本 格 的 に導 入
度 は親 の収 入 が合 算 さ れ て支 援 対 象 か ら外 れ
最 近 は リ スト ラやパワ 合 フで辞 めざ るを得 なく
、
。
。
され る以前 に結 婚 ・出産 など で退職 した者 そ
な ったと いう 相 談 も 増 え て いる Dさ ん のよう
てしまう こと があ る 生活費 援 助 のな い職 業 教
、
、
し て学 校 でも パ ソコン教育 を受 け な か った者 が
に経 験 があ っても 中途 採 用 の 一般 事 務 の相 場
育 制 度 は そ れが本 当 に必要 な人 にと っては画
、
。
。
5
に描 いた餅 でしかな いのだ
は正社 員 でも 1
少 なく な い 一般 事 務 の求 人倍 率 が非 常 に高 い
万 円 が いいと ころであり そ れ
、
。
でも応募 者 が殺 到 し ている
現 在 基 礎 講 座 を受 講 し た 程 度 では就 職 は お
③ 資 格 や 経 験 が あ って も 活 か せ な い
、
Cさんは0代 前半 。何とか正規 の職 に就 き た
ぼ つかな いのだ が それさえ も時 間 的経 済 的余
Dさ ん は前 年 の収 入 が多 いた め に児 童 扶 養
4
、
。
。
いと 思 い 自費 で医療事務講座を受講 し資格 を
裕 がな いた め受 け られな い人も多 い
手 当 は支 給 対 象 外 雇 用 保 険 が 切 れ る前 に再
、
。
と った しかし 求 職 し てみると ﹁
児 童 扶 養 手 当 支 給 水 準 世 帯 の母 親 向 け に
要経験 ﹂が
就 職 を決 めな いとたちま ち行 き 詰 ま ること にな
、
、
、
、
。
ー
は 高
にな っている ことが 多 く
る
費 と いう 国 の
あ
能
訓
進
度
が
条
件
結
局
別
の
パ
そ の見 通 しは厳 し い
等
促
制
が
技
練
、
。
ト職 に就 いた。
る これ は 2年 以上 の修 業 が必 要 な資 格を取得
この他 にも 短 時 間 の上 に不 規 則 な シフト制
、
、
8
カ月︶に
上限1
す る場 合 修 学期 間 の2分 の1 ︵
そ れほど高 度 でな い資 格 を 自費 あ る いは無
のパート が増 え てダブ ル就 業 を し よう にも でき
、
、
。
な い 家 族 の誰 かが心身 を壊 したとたんに生活
ついて経 済 的 な 支 援 をす るも の 対 象 とな る の
料 の講 座 で学 んで取 る人 は多 いが ここにも 問
、
、
。
は看 護 師 ・介 護 福 祉 士 ・保 育 士 ・理 学療 法 士 ・ 題 は多 い 業 務 独 占 資 格 でな い場 合 同 じ 年
のす べてが崩 れ る 子 ども が いると いう だけ で
。
作 業 療 法 士 ・教 師 な ど の専 門 資 格 返 済 の必
齢 で資 格を取 り た ての人と資 格 はな いけ れど経
、
、
、
。
しかし これらは母 子家 庭 特 有 の問題 であ ろ
要 がな いので 非 常 に良 い制 度 のよう に見 え る
験 5年 の人 が いた場 合 どち らが採 用 さ れ るか
、
、
。
う
が 利 用 でき る条 件 にあ る人 が ほと んど いな い
言 う ま でも な く 後 者 であ る 資 格 な し で採 用
か ? 実 は 母 子 家 庭 の母 の悩 み の大 部 分
、
、
。
0
と い つ不 思 議 な 制 度 でもあ る。
され るのは 新卒 か 2
は
代 ま でだ ろう
子 ども を 抱え る女 性 の従 来 から の悩 みと共
、
、
。
資 格 取 得 に は 大 学 や 専 門 学 校 な ど で学 ぶ
経 験 がな いから採 用 されな い だ から経 験 を
通す るも のであ るし 低 賃金 能 力 ・資 格 や経
、
、
、
こと にな る が 専 門 学 校 では 毎 年 の納 入 金 が
積 みた いのに そ の場 所 がな いと いう のが 現状
験 の問題 非 正規 雇用 から正規 雇 用 に移 る困難
、
。
100 円 を に え ることも
らしく な い。
さ
る
め
で
あ
万
超
ず
等 に悩 む 人 は 労 働 の規制 緩 和 と不況 の波 の
優
、
、
、
。
ど れも かな り の勉 強を要す るも のな ので 育 児
中 で 男 性 の中 でも ど んど ん増 え て いる ただ
母 子 家 庭 には そ れ ら の問 題 が最 も 端 的 に現 わ
、
。
れ 出 日が ほと んど見 え な い状 態 だと いえ よう
、
もう 1 つ母 子家 庭 の深刻 さを挙 げ れば そ の困
に加 え て就 業 と も 両立と い つわけ には いかな い
、
、
。
た めに 生 活 費 も 必要 であ る そ れな のに 支
、
援 が出 る のは後 半 の2分 の1 の期 間 であり 月
市民の意見 N0113 2009/4/1
15
難 さ が 間 髪 を お かず に次 の世 代 に受 け継 が れ
。
てし ま う と いう こと であ る 失 業 の深刻 さ は
、
ど の家 庭 でも 同 じ だ ろう が 働 き手 になり 得
る お と な が 1人 か 2人 か と いう のは や はり大
き な いと 言 え よう 。
違
、
はせがわ ・のぶこ キャリア ・カウンセラー︶
︵
﹁年 越 し 派 遣 村 ﹂ の意 義
と そ の 後 の課 題
、
9
0年 の年 始 め 東 京 ・日 比 谷 公 園 に開 村 し
た ﹁
王 ︱ スが多 く の関心を
年 越 し派 遣 村 ﹂ の一
、2 ︲
、
。
月 3日から 1月 5日ま で 実
集 めた 私 は 1
。
行 委 員 の1人 と し て参 加 した
、
開 村前 か ら待 って いた人を含 め 開村式 には
、
、
入村 者 ボ ラ ンテイ ア 報 道 陣 が 5∼6000
、
。
人 集 ま り 大 混 雑 の中 始 ま った 入 村 宿 泊 者
、
は 1月 1日 には 300人を超 え 屋根 が足り な
く な り 、交 渉 の末 2日 に厚 生 労 働 省 の講 堂 を
、
。
開 け させた 3 日 ・4日と正 月 休 みを返 上させ
、
厚 生 労 働 省 に追 り 5 日以 降 の屋 根 と 食 の確
、
、
保 総 合 労 働 相 談 窓 日 の開 設 生 活 保 護 申 請
、
。
の迅速受 理 支 給 対応 など多 く の成 果を上げ た
5 日 間 で 入 村 者 5 0 5 名 、 ボ ラ ン テイ ア
ー674人 、集 ま った物 資 カ ンパは大 量 で、米
、
、
、
リ ンゴな ど の果 物 タオ ル ホ ツカイ
や野 菜
、
、
口 マスクな どが大 量 にあまり 関連 団体 に引
き 取 っても らう 状 況 だ った。 カ ンパも 村 のカ ン
パ箱 に入れられた 2500万円超 と銀 行 振 り込
。
みを合 わせ5000万円近く にな った
。
あ っと いう 間 の6日間 だ った そ こで感 じ た
、
問 題 そ の後 引き継 がなけ ればならな い問 題点
、
を 以下 報告 す る。
1.﹁
非 正規 雇 用 問 題 は 貧 因問 題 で あ る ﹂ こ
、
。
と を 頭在 化 さ せ 社 会 化 さ せ た
、
、
日本 でも 急 速 な 非 正 規 化 が進 行 し 格 差
、
が進 み 年 収 200∼ 300万円 の労 働 者 の問
、
。
題 が指 摘 された 我 わ れも ハイ ウ ェイ の料 金
、
収 集 労 働 者 の年 収 が 民 営 化 非 正 規 化 の中 で
、
、
急 速 に引き 下げ られる中 むしろ旗 を掲 げ 貧
、
、
春 間 に取 り 組 んだ り 語
者 の行 進 を 提 起 し
学 学 校 の有 期 雇 用 契 約 外 国 人 講 師 の ﹁公 正 な
労 働 =ジ ョブ セキ ユリ テイを求 め る マー チ ・イ
ン ・マーチ﹂ に取 り 組 む な ど の活 動 を 始 めた。
、
しかし このよう な取 り組 み の全社会 的 波 及 は
、
。
そ う 簡 単 には進 ま な か った 提 起 の当 初 ﹁
世
界 第 2位 の経 済 大 国 で貧 困 が問 題 にな る のか﹂
と の疑 間が出 された ほどだ った。
、
今 回 の年 越 し 派 遣 村 の取 り 組 み は 派 遣 労
、
働 を はじ めと す る非 正 規 雇 用 制 度 が 労 働 者
、
を 人 間とし て扱 わず 商 品 =物 扱 いし て いる こ
、
、
、 、
と そ の中 で 職 を奪 わ れることが 即 食 を
、
奪 わ れ 屋 根 を 失 う こと に直 結 し てし ま う こ
、
と それほどま でに日本 のセー フティネ ット が
、
底 割 れし ていること 貧 困問題 が日本 社 会 の中
、
に深 く根 ざ し この克 服 のため の闘 いが待 った
な し の問 題 であ る こと を
。
た
、
満 天 下 に明 ら か にし
0年 間 、 造 改 革 の名 の下 に、 争 と
ここ 2
競
構
、
無 権 利 状 態 に追 い込 ま れ 労 働 者 同 士が分 断 ・
、
。
対 立 させら れ てき た そ の中 で蓄 積 され てき た
、
、
人びと の怒 り 鬱積 した思 いが噴 出 し 年 越 し
派 遣 村 に巨 大 な 手不ルギ ーを 集 め る こと にな っ
。
た
.
2 5 0 5 の 入 村 者 と 1 6 7 4人 のポ ラ
人
、
、 、
ン テイ ア ︵
市民運動 反貧困運動 個人 労働者︶
の結 合 体 と そ れ を 支 援 す る 全 国 運 動 の エ
、
、
、
ネ ルギ ー が 目 を 政 治 を 自 治 体 を 動
。
かした
、
派 遣 村 は 正 月 3 日 生 活 保 護 の速 やか な 受
、
、
け 入 れ 派 遣 法 の抜 本 改 正 公 営 住 宅 の開 放
。
な ど 具 体 策 を 厚 生 労 働 省 に要 求 し た 厚 労 省
、
、
は翌 4日 各 課 題担当 局 長 ク ラスの会 議 を開き
、
、
法 的 規 制 法 改 正 の要 求 を 除 き 派 遣 村 実 行
。
委 員 会 の要 求 の多 く を 受 け 入 れ た 期 間 限 定
、
、
であ った が 緊 急 シ ェルターが確 保 さ れ 各 入
、
所 場所 で の総合相 談窓 口が設 け られ 多 く の生
。
活 保 護 申 請 者 の受 け 入 れ が迅 速 に行 なわ れた
、
もち ろん多 く の不十 分な点 が指 摘 され るが 人
、
びと の集 ま った 手不ルギ ーが ほ ん の数 日 の内
、
、
、
に 国を 動 かす ま でに いた る 久 方 ぶり の 大
。
衆 運動 のダイ ナ ミズ ムを実感 した
、
。
︲
そし て そ れは当 然 にも 全 国 波 及 し て いっ
た
、 、
山 谷 寿 笹 島 な ど を は じ め と す る先 進 的 な
、
野 宿 者 支 援 越 冬 闘 争 にも 多 く の人 びと の支
。
各 関連自 治 体
援 と 連 帯 が寄 せ ら れ たと 聞 く
16
市民の意見 N0113 2009/4/1
。
の対 応 の変 化 も 報 告 され て いる
.
3 反貧 因 運 動を 中心とす る市 民運動と労
、
働 運 動 の 結 合 が 派 遣 村 の 間 いを ダ イ ナ
。
ミ ツク な も の に し た
労 働 運 動 が 反 貧 困 運動 生 活 保 護 申 請 支
、
、
、
援 多 重 債 務 者 救 済 屋根 のな い人 の支援 路
上 生 活 者 支 援 ︱ ︱ と 出 会 った のは ほ ん の最 近
、
o8 3 、
だ 0
1月 の
年 月 反貧 困 フェスタ の開催 0
、
反貧 困 キ ャラバ ン 反貧 困 一挨 大 集 会 で貴 重 な
、
、
。
出 会 いが 始 ま った そ れ が契 機 にな り 今 回
名 誉 村 長 を 多 重 債 務 者 救 援 運 動 の重 鎮 ・宇 都
、
宮 健 児 弁 護 士 に ま た村 長 を 自 立 生 活 サ ポ ー
ト セ ンタ ー ・も や いの湯 浅 誠 さ ん に担 って いた
、
、
。
だけ た 多 く の個 人 市 民 そし て労 働組合 が
所 属 を 越 え て結 集 でき た枠 組 みが こう し てでき
、
、
、
。
た 生活 保 護 申 請 生活 相 談 医療 相談 労
働 相 談 のスタ ッフが派 遣 村 で連 帯 でき た のも そ
は中 国 人 実 習 生 ,研 修 生 を 含 む 外 国 人 労 働 者
、
。
だ 年 越 し派 遣 村 では この問 題 は突 き出 しき
。
れな か った このことを き ち っと 位 置 づけ な が
、
、
、
ら 派 遣切り 一
履い止 め 解 雇 問 題 に対す る闘
。
いを強 化 し て いかなけ ればな らな い
、
えんどう 。いちろう 全国 一般労働組合全国協議
︵
会書記長︶
労 働 者 であ り
⑤ 非 正 規 雇 用 労 働 者 の圧 倒 的 多 数 は女 性 の
、
真 っ先 にリ スト ラされ て いる の
。
り組 む ことだ。
こに基 があ った
礎
、
、
こ のよう な 結 合 によ る運 動 労 働 運 動 の側 か
② それ でも 解 雇 された仲 間を支 え る闘 い 寮
、
ら
らど
ら
よ
こ
を
ば
え
会
れ
か
の
の
緊
的
か
退
言
労
運
動
去
規
制
避 難 所 fンェルター の全
﹁
社
働
﹂
急
、
うに
さ て いけ る
国
窓 口開 を 国 的 に ら
わ れ に問 わ れ て
の
か
が
的
設
発
展
設
置
総
合
相
談
全
作
せ
我
、
。
損
いる
せると同時 に 中途 解約 に対 す る派 遣先責 任 ︵
B
、
4 ナ シ ョナ ル セ ン タ ー を 超 え た 労 働 運 動
害賠償︶ 有 期 雇 用一
雇い止 めに対 す る一
展用基金 の
。
。
創 出 など の取 り組 みが求 められる
の 合 流 の き っか け に で き る か
、
2 月 ︲ 日、 開
の 本改 正 の問 いを し っかり進 める
セ ンタ ー
で
︲
式
連
合
非
正
規
派
遣
法
抜
村
3
③
、
こと が重 要 だ。﹁
全労
の龍 井 葉 二所 長 全 国 労 働 組 合 総 連 合 ︵
製 造 業 派 遣 は行 き す ぎ だ﹂ と
JM
連︶からは全 日本 金 属 情 報 機 器労 働 組 合 ︵
いう 発 言 が いく つか のと こ ろ か ら 出 てき て い
、
。
IU
る
︶
国
の
員
茂
委
長
全
合
連
絡
派 遣 労 働 者 38 4万 人 のう ち 製 造 業 派 遣
生
熊
実
労
働
組
協
。
6万 人 で7分 の1以下だ。製 造業 だけ規制 す
全労め の藤 崎 良 三議 長 が並 んで挨 拶 した
は4
議会 ︵
、
、
、
、
。
ればす む 問 題 ではな い そ んな ごま かし ではな
連 合 全 労 連 全 労 協 独 立系 を 問 わず 実
、
、
、
。
く
に多 く の労 働 組 合 員 が駆 け つけ た 何 より も
派 遣 法 の廃止 を目指 し つつ 当 面 釣年 以前
、
、
、
の業 種 規 制 登 録 型 派 遣 の禁 止 を 中 心 と す る
派 遣 切り への怒 り 職 と食 屋根 を失 った人 た
、
ち がそ こにおり そ の仲 間を放 置 し てお いて い
原 則 的 要 求 を 貫 く 抜 本 改 正 を 目 指 し て いかな
。
ければな らな い
、
④ 派 遣 労 働 者 を始 め 非 正 規 雇 用労 働 者 を
、
労 働 組 合 に組 織 し 労 働 運 動 の力 で企 業 ・資
、
本 を規 制 す る そ の問 いに正規 労 働者 の組 合も
。
合 流 させ て いく ことが求 められ て いる
いのかと い つ現実 の突 き つけ が組 織 の壁 を 壊 し
。
。
始 め ていた 少 なく とも私 にはそう 感 じ られた
今 後 の具体 的課 題 にな ると違 いが出 てく るかも
、
しれな い。しかし そ れを越え労 働 運動 の合 流
、
を作 り出す のは 現 場 の怒りとそれ に運帯 す る
⑥
運動 の力 であ ること はは っきり した
.
。
、
5 今 後 の 課 題 も いく つか 残 った
、
① 金 融 危 機 か ら 恐 慌 へと 言 わ れ る中 年 度
、
、
、
末 に向 け て 派 遣 切 り 期 間工切り 中 小 の倒
。
産 がさらに大 量 に発 生 す ると言 われ て いる 厚
8 万 70 0 0人 、民 間 調
生 労 働 省 の集 計 でも 1
0万人 以上 にな ると言 われ て いる。我 わ
査 では 4
、
、
、
れ の課題 は第 1に 派 遣 切り 一
展
展い止 め 解 一
9春 間 の 大 の課 と し て
を さ せな い聞 いを 0
最
題
取
市民の意見 N0113 2009/4/1
17
年赳 し派遣村 (提供 ・繁山達郎)
海 の彼 方 に生 き る憲 法 9 条
カ ナ リ ア諸 島 と は ど んな島 な のだ ろう か。
、
。
ス ペイ ン のど こ にあ る のか 一体 誰 が な ぜ
日本 か ら遠 く 離 れ た そ の地 に、 日本 の憲 法
。
。
を ﹁
奉 った ﹂ のだ ろう か 興味 が募 った
。
0時 間 、
成 田 空 港 を 発 って 2
後
☆ スペ イ ン 語 で 刻 ま れ た 憲 法 9 条
今 年 1月
私 は暗 間 に包 ま れ た ラ スパ ル マス空 港 に降
り 立 った。 日本 を 午 前 中 に出 て、 そ の日 の
、
う ち に 西 ア フリ カ沖 の大 西 洋 に浮 か が カ
ナ リ ア諸 島 グ ラ ン カ ナ リ ア島 に 着 いた の
。
だ った も ち ろ ん 9時 間 と いう 時 差 あ って
、
の こ と だ が 案 外 近 いと いう 実 感
。
だ った
、
ラ スパ ル マスは カ ナ リ ア諸 島 最
、
大 の都 市 で 日本 と の関係 が特 に深
く 、 遠 洋 漁 業 最 盛 期 には多 く の日本
、
漁 船 が港 を 出 入 り し 町 には 日本 人
、
漁 船 員 のた め の福 利 厚 生 施 設 や 日
。
本 人 学 校 も あ った そう だ
、
テ ルデ市 は ラ スパ ル マスか ら 南
。
5分 ほど の
に車 で 1
距 離 だ と いう 何
、
はと も あ れ 9条 の碑 を 確 か め な け
、
。
れ ば な ら な い 翌朝 早 速 テ ル デ市
。
の中 心 街 に向 か った
0キ ロの
グ ラ ンカ ナ リ ア鳥 は直 径 わ ず か 6
。
円 鉢 形 の火 山島 であ る 山 と 海 の間 に町 が
、
広 が り 起 伏 に富 んだ ハイ ウ エイ が南 北 を
。
繋 いで いる 快 晴 の青 い海 に は客 船 か商 船
、
。
か 大 き な 船 が ゆ つた り と 漂 って いる
、
車 が ひ っき り な し に行 き 交 い 噴 水 が勢
、
いよく 上 が る ロー タ リ ー で タ ク シー は止
、
ま った 。 辺 り に人 の姿 は少 な く オ フイ ス
。
街 の よ う だ った す ぐ 傍 に 小 さ な 公 園 が
、
。
あ った フ ェ ニ ック ス の樹 が 1本 す っく
、
と 立 って いる。 そ の奥 に 見 慣 れ た 景色 が
。
あ った 写真 や映 像 で何 度 も 見 入 った 9条
、
。
の碑 だ カ ラ フルな 額 縁 に納 ま った ま る
、
で建 物 の壁 の 一部 のよう な 畳 1畳 分 の平
。
和 の モ ニ ュメ ント 白 い陶 板 に濃 紺 色 で刻
、
ま れ た ス ペイ ン に よ る 日本 国 憲 第 9
語
法
。
プ
条 の全 文 であ る 私 に読 み取 れ る のは ﹁
18
市民の意見 N0113 2009/4/1
カナリ ア譜島 ヒロシマ ・ナガサキ広場を訪ね て
宇野 欄子
、
ス ベイ ン のカ ナ リ ア諸 島 に 日本 の憲 法
9条 の碑 が あ る。 初 め て そ う 聞 いた のは、
0
2 0 0 7 年 の秋 だ った 。 ﹁シ ロタ 家 の2
世
藤原智子監督︶と いう ド キ ュメ ンタ リ ー
紀 ﹂︵
、
映 画 の 2 回 目 の ナ レ ー シ ョ ン録 り の日
、
。
り
だ った
は 日 と
そ
の
関
わ
映
画
の
い
本
深
、
0世
シ ロタと いう ユダ ヤ人 家 族 が 激 動 の2
、
紀 に辿 った 過 酷 な 運命 を 縦 軸 に 平 和 と は
、
何 か 日 本 国 憲 法 9条 の理念 と は何 かを 考
、
。
え さ せ るも のだ った シ ロタ家 と は 憲 法
、
に男 女 平 等 を 盛 り 込 む こと に尽 力 し た ベ
。
ア テ ・シ ロタ ・ゴ ード ンさ ん の 一族 であ る
。
私 は そ の映 画 のナ レー タ ーだ った
。
V
藤 原 監 督 が 1 冊 の本 を 見 せ てく れ た ﹃
I V A I カ ナ リ ア﹄ ︵
船越博著︶と いう 題
、
。
名 だ った 黄 色 の派 手 な 装 丁 で て っき り
観 光 案 内 の類 か と 不審 に思 いな が ら 目次 を
、
追 う と ﹁日 本 国 憲 法 第 9 条 を 奉 る 町 ﹂ と
。
いう 小 見 出 し が 日 に飛 び 込 ん で来 た そ こ
は ﹁カ ナ リ ア諸 鳥 ﹂ の ﹁グ ラ ン カ ナ リ ア﹂
、
と いう 島 で そ の町 は ﹁テ ル デ市 ﹂ と いう 。
1 9 9 6 年 1 月 に碑 の除 幕 式 を 行 な った 、
0年 以 上 も 前 か ら 、 そ こ では
と あ る。 何 と 1
9条 が密 や か に息 づ いて いた のだ 。
グランカナ リア島の憲法 9条 の碑 (提 供 ・宇野淑子 )
ラザ ﹂ ﹁ヒ ロ シ マ ・ナ ガ サ キ ﹂ だ け だ 。 そ
う だ った 。 こ こは ﹁ヒ ロシ マ ・ナ ガ サ キ広
。
場 ﹂ と 名 付 け ら れ た のだ った そ の誕生 の
、
。
秘 話 は 明 日 のお楽 し み であ る 広 場 の生
、
み の マリ ア ・デ ル ・カ ル メ ン ・ソーサ ・
、
サ ンタ ナ さ ん が 翌朝 ホ テ ル に訪 ね て来 て
く れ る約 束 な のだ った 。
☆ N A T O 残 留 反対 闘 争 の中 で
カ ル メ ンさ ん の名 前 を 知 っ
マリ ア ・デ ル ・
、
。
た のは 2 0 0 8年 3月 だ った 藤 原監 督
、
が テ ル デ市 で 9条 の を 影 市 長 にも イ
撮
碑
0世 紀 ﹂改 訂
ンタビ ュー し て ﹁シ ロタ家 の2
、
。
版 が 製 作 さ れ た そ の中 で 市 長 の 日か ら
、
飛 び出 し た ﹁
推 進 者 ﹂ の名 前 そ れ が マリ
ア ・デ ル ・カ ル メ ン ・ソー サ ・サ ンタ ナさ
。
んだ った そ れ ま で に調 べた ど の記 録 にも
、
。
出 て いな い 初 め て の名 前 だ った
そ れからおよ
0 カ 月 、 いく
そ1
つか の ル ー ト
と く
多
の
人
の協
、
よう
力 を得 て
やく 消 息 を 尋 ね
、
イ ンタ
あ て
ビ ュー に ぎ 着
漕
。
彼女
け た のだ
は テ ル デ市 を 離
0数
れ てす で に 1
、
同 じ 島 のサ
年
ンタ ・ルシ ア市 で要 職 に就 いて いると いう 。
マリ ア ・デ ル ・カ ル メ ンさ ん は時 間 通 り
。
に現 れ た 青 いスー ツに身 を 包 んだ 小 柄 な
。
女 性 であ る 日本 人 によく 似 た抑 制 さ れ た
し ゃべり 方 に知 性 が 渉 み、 好 感 が 持 てた 。
﹁ま ず 1 9 8 6年 前 後 の状 況 を 説 明 し な け
。
れ ば なり ま せ ん﹂ と 静 か に話 し 始 め た
、
そ の当 時 の ス ペイ ンは N A T O残 留 の
是 非 と 米 軍基 地 を 巡 って大揺 れ に揺 れ て い
、
。
た 4年 前 の正 式 加 盟 は も と も と 国 民 の
。
支 持 で決 ま った こと では な か った そ の証
、
、
拠 に 直 後 の総 選 挙 では N A T O か ら の
、
脱 退 を 公約 し た 社 会 労 働 党 が 圧勝 ゴ ンサ
レ ス政権 が 誕 生 し て いた 。
、
し
と
ン レ
ゴ
こ
ろ
ス
そ
の
が
サ
が
一
政
権
転
。
欧
て N A T O残 留 に軸 足 を 移 し た E C ︵
、
州共同体︶ への加 盟 のた め に N A T O 残
。
留 は前 提 だ と 言 い出 し た のだ フラ ン コ没
、
後 民主主義 を 取 り 戻 し 経済 発 展を 目指 し
、
て いた ス ペイ ンにと つて E C加 盟 は悲 願
、
。
だ った そ し て 1 9 8 6年 残 留 の賛 否 を
。
問 う 国 民 投 票 が行 な わ れ る こと にな った
﹁ス ベイ ン中 で大 規 模 な 反 対 デ モが 起 き
、
ま し た し カ ナ リ ア諸 島 でも 県 や市 が率 先
し て反 対 運動 に立 ち 上 がり ま し た 。 我 わ れ
は ス ペイ ンが 中 立 政 策 を と る こと を 願 って
。
いた のです 特 に カ ナ リ アは戦 略 上 重 要 な
、
地 点 です か ら 軍事 基 地 にさ れ か ね ま せ ん﹂
。
結 果 は僅 差 で残 留 賛 成 が上 回 った 国 民
、
。
は 国 家 の理念 よ り も 経 済 に敏 感 だ った
、
0
﹁ス ベイ ン に は 5 の県 が あ り ま す が 県
を あ げ て N A T O に反 対 票 を 投 じ た のは 4
。
私 た ち が暮 ら す こ こ ラ スパ
県 だ け でし た
ル マス県 が そ の 一つです ﹂
マリ ア ・デ ル ・カ ル メ ンさ ん は当 時 テ ル
。
デ市 の市 議 会 議 員 だ った N A T O残留 は
、
阻止 でき な か つた が カ ナ リ ア住 民 が示 し
、
た平 和 を 希 求 す る熱 い思 いは 何 か の形 に
し て永 久 に歴 史 に留 め る べき だ と考 え た 。
、
﹁テ ル デ 市 が イ ニシ ア テ ィ ブ を と って
、
ス ペイ ン の4 0 0 の市 と と も に 非 核 宣 言
都 市 の運 動 を 始 め た のです ﹂
、
テ ル デ市 のサ ンチ アゴ市 長 は 核 廃 絶 や
、
。
平 和 に関 心 の高 い市 長 だ った 運 動 は実 り
1 9 8 7年 2月 、 テ ル デ市 を は じ め多 く の
。
都 市 が 非 核 平 和 都 市 を 宣 言 し た 米 軍基 地
。
の撤 廃 を 求 め る運 動 も 盛 り 上 が った
、
ち ょう ど そ の頃 テ ル デ市 で は空 港 と 結
。
ぶ 幹 線 道 路 を 整 備 中 だ った そ し て ロー
タ リ ー の脇 に 小 さ な 空 き 地 が で き る は ず
、
。
だ った そ こは フラ ン コ時 代 に弾 圧 さ れ
、
た あ る芸 術 家 の名 を 冠 し た高 等 学 校 の隣
り だ った 。 そ の空 間 の活 用 を 任 さ れ た のが 、
テ ル デ市 議 と し て文 化 活 動 の責 任 者 を し て
。
いた マリ アさ んだ った
﹁反 戦 と 平 和 を 象 徴 す る 場 所 に し た いと
、
。
提 案 し た ら 全 員 が 賛 成 し てく れ ま し た
、
そ こ で 戦争 の恐 怖 や悲 惨 を 象 徴 す る ヒ ロ
シ マと ナ ガ サ キ の名 前 を 付 け た の です ﹂
、
﹁日 本 の憲 法 9条 の こと は 平 和 運 動 を
市民の意見 N0113 2009/4/1
19
マ リア ・デル ・カルメンさんと筆者
し て いた 学 生 時 代 に知 り ま し た 。 素 晴 ら し
。
いと 思 いま し た は っき り 戦 争 を 否 定 し て
。
いま す 武 力 で物事 を 解 決 し な いと誓 って
。
いま す ま さ に平 和 のメ ッセ ー ジ です ﹂
、
。
﹁人 類 は 過 ち を 犯 し ま す だ か ら こ そ
、
戦争 を 放 菜 す ると いう こと を 常 に自 他 に
、9
条 の全 文 を 入 れ る こと こそ
示す た め に
が重 要 だ と 思 った の です ﹂
、
こ の提 案 は 全 会 一致 で採 択 さ れ 道 路 整
、
。
備 の完 了 を 待 つば かり と な った と こ ろが
。
思 わ ぬ障 害 に ぶ つか った 直 後 の選 挙 で市
、
議 会 の勢 力 図 が変 わり 推 進 力 と な つた市
。
。
長 が交 代 し た のだ こ の条 件 は宙 に浮 いた
、
サ ンチ アゴ 市 長 が返 り 咲 き 再 び 日 の目
。
を 見 た のは 4年 後 市 長 は直 ち に議 会 の承
、
認 を 取 り 付 け 今 度 こそ 実 現 の運 び と な っ
。
。
提 案 か ら 完 成 ま で9年 が費 やさ れ た
た
☆ 内 戦 の 記 憶 と 平 和 へ の メ ッセ ー ジ
。
6日、除
ー 9 9 6年 1月 2
幕式
。
﹁あ の夜 の こ と は 忘 れ ま せ ん 私 は市 議
、
を 辞 め 1 人 の テ ル デ市 民 と し て列 席 しま
し た 。 ヒ ロシ マと ナ ガ サ キ の市 長 か ら メ ッ
、
セ ー ジ が 届 き 日本 人 学 校 の生 徒 が読 みま
し た 。 サ ンチ アゴ市 長 と 日本 の総 領 事 が 除
、
幕 し て 最 後 に ベート ー ヴ ェン の第 9が演
、
奏 さ れ み ん な で声 を 合 わ せ て歌 いま し た ﹂
マリ ア ・デ ル ・カ ル メ ンさ ん は当 時 を 思
、
。
い出 し た
の
か
か
す
か に頬 を 緩 め た
、
サ ンチ アゴ 市 長 にも 面 会
私 は こ の午 後
。
。
す る こと が でき た 市 長 は言 った
﹁日 本 の憲 法 9 条 は貴 重 な メ ッセ ー ジ を
。
世 界 に送 り ま し た そ の理念 はま だ 達 成 さ
、
、
れ て いま せ んが そ れ でも 平 和 への道 を
、
、
築 く た め に 戦 争 への道 を破 壊 す る た め に
、
。
最 も 有 益 で 常 に新 し い理念 な の です 日
本 人 は大 事 にし な け れ ば な り ま せ ん﹂
、
と こ ろ で テ ル デ市 には 9条 の碑 の他 に
、
、
も いく つも の平 和 の モ ニ ュメ ント が 街
。
角 や公 園 に設 置 さ れ て いる 等 身 大 のジ ョ
ン ・レ ノ ンが ゆ つた り と 広 い歩 道 か ら 人 び
、
と を 眺 め やり 行 き 倒 れ た病 人 を 抱 え た マ
、
ザ ー ・テ レサ が 石積 み の台 上 で凛 と 背 筋
を 伸 ば し て いる。 非 暴 力 の象 徴 と も いえ る
、
ガ ンジ ー が 赤 い花 壇 の上 か ら憂 わ し げ に
、
。
世 情 を 見 つめ て いる いず れ の像 も 再 び
、
︲
き な 臭 く な った 2
世 紀 にな って 改 め て テ
。
ル デ市 が発 し た メ ッセ ージ な のだ
、
、
な ぜ 人 口わず か 9 万 のこ の小 さ な 街 が
。
か く も 大 き な 平 和 の砦 と な った のだ ろう か
。
マリ ア ・デ ル ・カ ル メ ンさ ん は明 か す
、
﹁フ ラ ン コ時 代 に 政 治 家 や社 会 運 動 の
、
リ ー ダ ー が逮 捕 さ れ た り 虐殺 さ れ た り し
ま し た。 テ ル デ でも 家 族 が行 方 不 明 にな っ
、
た 人 が たく さ ん いて 戦争 や独 裁 者 に対 す
る 感 がと ても 強 いの です ﹂
反
、
そ れ は ス ペ イ ン内 戦 と そ れ に 続 いた
フ ラ ン コ独 裁 時 代 の記 憶 だ った 。 内 戦 は
1 9 3 6年 、 共 和 国 政 府 に対 す る 軍 部 の
ク ー デタ ー で始 ま った 。 当 時 カ ナ リ ア守 備
、
軍 の司令 官 だ った フラ ン コは ラ スパ ル マ
。
ス の駐 屯 地 で全 国 民 に 蜂 起 を 呼 び 掛 け た
共 和 国 政 府 軍 と フラ ン コ率 いる 反 乱 軍と の
、
戦 いは お よ そ 3年 続 いた が 国 民 同 士 が敵
、
と 味 方 に 分 か れ て殺 し 合 う 悲 惨 な 戦 争
。
だ った
こ の内 戦 は 世 界 に 衝 撃 を 与 え た 。 義 勇
兵 と し て 共 和 国 軍 側 に身 を 投 じ た ジ ョー
、
ジ ・オ ー ウ ェルや 特 派 員 と し て馳 せ参 じ
、
た ヘミ ング ウ エイ は そ れ ぞ れ ﹁カ タ ロ ニ
ア讃 歌 ﹂ ﹁誰 が た め に鐘 は 鳴 る ﹂ な ど の名
、
。ピ
カ ソも フ ラ ン コの要 請 で
作 を残 し た
出 撃 し た ナ チ スド イ ツ軍 の無 差 別爆 撃 に抗
、
。
議 大 作 ﹁ゲ ル ニカ﹂ を 描 いた ロバー ト ・
キ ャパ は ﹁
斃 れ る瞬 間 の民 兵 ﹂ な ど の写 真
、
。
で 戦 争 の非 道 を 訴 え た そ し て これ ら の
、
作 品 を 通 し て 私 は ス ペイ ン内 戦 を 学 んだ
。
のだ った 彼 ら テ ル デ市 民 の平 和 への熱 意
、
の裏 に は そう し た自 国 の辛 い歴 史 の体 験
。
が横 た わ って いた のだ
マリ ア ・デ ル ・カ ル メ ンさ んも サ ンチ ア
、
ゴ市 長 も 憲 法 を 巡 る 日本 の動 き を 驚 く ほ
、
ど よく 知 って いた 。 だ か ら こそ 口を 極 め
。
て言 う のだ
、
う の ・よ し こ フリ ー ・アナウ ンサ ー︶
︵
﹁9条 を 提 案 し た 人 に深 く 感 謝 し ま す ﹂
﹁日本 か ら の素 敵 な プ レ ゼ ント でし た ﹂
、
、
日本 国 憲 法 第 9条 は 人 類 にと って 歴
史 が く れ た 叡 智 →えいち︶だ と 2 人 は考 え
。
て いる
20
市民の意見 N0113 2009/4/1
備反対デモ (パ
2月 の名古屋 での PAC3配
2009年
卜│
のら
9年 にか け て
1 9 9 8年 か ら 9
航 空自 衛 隊
AwAcs
浜 松 基 地 へと 空 中 警 戒 管 制 機 ︵
0
=エーワ ックス︶が 配 備 さ れ た 。 そ れ か ら 1
、
年 を 経 た 2 0 0 8年 5月 今 度 は浜 松 基 地
へと パ ト リ オ ット ミサ イ ル の改 良 型 のP A
C3 ︵
さ れ た。
パ ックスリー︶
が
配
備
、9
こ の0
1年 の動 き を み ると 9
年 に は AW
A C S の配 備 と と も に航 空 自 衛 隊 の広 報 館
、1
9 8 2年 の墜 落 事 故 以後 中
が建 設 さ れ
断 さ れ て いた ブ ルーイ ンパ ル ス の曲 技 飛 行
も 再 開 さ れ た 。 2 0 0 0年 に 入 ると A W A
、
C S は 日 米 共 同 訓 練 に投 入 さ れ さ ら にグ
アムや ア ラ スカ で の共 同 訓 練 に派 兵 された。
、
ま た 朝 鮮 半 島 への監視 行 動 や ワー ルド カ ツ
プ やサ ミ ット ヘの治 安 出 動 にも 使 われた。
2 0 0 3年 にイ ラ ク戦争 が 始 ま ると 、自
衛 隊 の海 外 派 兵 が お こな わ れ る よう にな つ
。
た 小 牧 基 地 のC l 3 0
は 浜 松 基 地 で空 色 に塗
、
装 さ れ 浜 松 基 地 か らも
3
3派 にわ た り 1 2 2人
。
が イ ラ ク に派 兵 さ れ た
浜 松 か ら 派 兵 さ れ て帰
、
国 し た自 衛 官 が 隊内 で
の パ ワ ハ ラ に よ つて 自
、
竹内 康 人
新 た な 人 権 回復 の間 いも 起 き て いる
実 際 に派 兵 が お こな わ れ た わ け であ る
。
、
8年
殺 し 遣 族 が損 害 賠 償 を 求 め る裁 判 も 0
。
に始 ま った
0年 の間 に、
こ の1
浜 松 は派 兵 の拠 点 と さ
、
れ
が
現 実 の軍拡 と 派 兵 への抗 議 行 動 と と も に
、
過 去 の侵略 戦争 に お いて浜 松 の陸 軍爆 撃 隊
、
が アジ ア各 地 でお こな った爆 撃 の歴 史 浜
、
松 で の毒 ガ ス訓 練 や戦 争 史 跡 の調査 米 軍
の空 爆 によ る死 亡 者 名 簿 の作 成 な ど を 進 め
、
てき た が 日本 軍 の アジ ア各 地 で の爆 撃 に
。
つ いては新 た な 発 見 があ った
、
たとえば 浜松 の陸 軍飛行学 校 はチチ ハル
方 面 でも毒 ガ スの投 下研究 を お こな って いた
、
が そ の研究 や訓練 は実 戦 に直 結 す るも ので
、
あ り チチ ハルで今 も 被 害 をも たら し て いる
。
遺 棄 毒 ガス弾 に関 す るも のもあ った
、
さ て 近 年 ア メリ カ は宇宙 支 配 を テ コに
、
グ ロー バ ルな 戦 争 を す す め てき た が そ の
﹁予 防 先 制 攻 撃 ﹂ を 支 え るも のが ﹁ミ サ イ
、
ミサ
ル防
あり
た
で
そ
の
め
の
衛
﹂
地
上
迎
撃
イ ルが P A C 3 であ る。ア メリ カ 軍 で の﹁
地
グ ローバルストライク コ
球 規 模 攻 撃 司令 部 ︵
マンドこ の設 立 は こ のグ ロー バ ル戦 争 を 象
。
徴 す るも のであ ると 思う
8 5月 に浜
PAC3は 0
年
松 基 地 へと 秘 密
。
裡 に 配 備 さ れ た 市 民 へ の広 報 は 配 備 後
。
だ った 浜 松 基 地 には高 射 教 導 隊 と 術 科 学
、
校 が あ り 配 備 さ れ た P A C 3 は教 育 と 整
、
。
備 用 であ る 配備 さ れ た直 後 の9月 に ア
メリ カ の ニ ュー メキ シ コ州 ホ ワイ ト サ ンズ
射 場 で浜 松 基 地 のP A C 3を 使 って の発 射
。
実 験 も お こな わ れ た
ミサ イ ル防 衛 と P A C 3 配 備 に反 対 す る
、9 2
動 き のな か で 0
年 月 に名 古 屋 ・岐 阜 ・
三重 ・浜 松 な ど の市 民 団体 が ﹁パ ト リオ ッ
ト ミサ イ ル配 備 に反 対 す る東 海 交 流会 ﹂ を
、
、
。
結 成 し 集 会 を 持 った 2月 末 には P A
C 3 の ライ セ ン ス生 産 を お こな って いる 三
、
菱 重 工 の小 牧 工場 か ら岐 阜 基 地 へと 警 官
、
、
を 3 0 0人も 動 員 し て 深夜 秘密裡 に P
、
。
A C 3 が 配 備 さ れ た これ に対 し 東 海 交
。
流 会 は 翌 日 に抗 議 の申 し 入 れを お こな った
P A C 3 は実 戦 では ア メリ カ の字 宙 支 配
の下 で の米 日 の共 同指 揮 に よ って使 用 さ れ
。
る こ のよう な P A C 3 の使 用 は集 団 的 自
、
。
衛 権 の行 使 であ り 交 戦 権 の行 使 であ る
こ の使 用 は 日本 国 憲 法 第 9条 を 破 壊 す る。
ま さ に ﹁P A C 3 の標 的 は第 9条 ﹂ であ る。
、
そ のよう な 動 き に抗 し グ ロー バ ルな 戦争
の時 代 を グ ロー バ ルな 平 和 の時 代 に変 え て
、
、
いく た め に 過去 の歴 史 に学 び 浜 松 を 再
び 派 兵 の拠 点 と し な い取 り 組 みを 地 域 か ら
。
進 め て いき た いと 思う
、
たけうち ・やすと 人権平和 ・浜松︶
︵
9々
市民の意見 N0113 2009/4/1
加 賀 谷 いそ み
私 たち の ﹁
共 同 声 明 ﹂ に異 論 があ る人 に
、
そ の人 個 人 で政 府 に アピ ー ルす る こと
﹁ベ ルト コ ン ベ ア ー式 の自 動 的 執 行 ﹂ を
を お勧 めす る ︵
首 相 官 邸 のホ ー ム ペー ジ に
、
﹁ご 意 見 募 集 ﹂ の コー ナ ー が あ り そ こ か
ら法 務 省 に意 見 を 送 る こと が でき る ︶。や っ
、
、
てみ れ ば簡 単 な こと な のだ が ふ つう そ
。
の 一歩 がな か な か 踏 み出 せな いも のな のだ
は
死 刑 に反 対 す る 理由 は個 個 人 そ れ ぞ れ に
、
いろ いろあ る か ら 賛 同を呼 び か け る ﹁
市
民 の共 同声 明 ﹂ の文 言 には非 常 に気 を つか
、
、
う 。 考 え てみ れ ば 今 さ ら な が ら 神 経 を
す り 減 らす 煩 わ し い企 画 に参 加 し てし ま っ
、
た も のだ と 思う が やり が いのあ る取 り 組
。
み であ る こと を 強 く 実 感 す る
潜 在 す る死 刑 反 対 の思 いを 世 論 と し て顕 在
。
化 した い
賛 同者 の信 頼 を 裏 切 ら な いた め にま ず 大
、
。
切 な のは 個 人 の人 権 を 尊 重 す る こと イ
ンタ ーネ ット で呼 び か け る のだ か ら 、 個 人
。
情 報 の管 理 を 徹 底 し な け れ ば な ら な い だ
、
から ﹁
市 民 の声 ﹂ は 賛 同 者 のリ スト を 絶
。
対 に公表 し な い
家 と 個 人 ︵一市民︾ と の関係 で考 え る こと
、
を 原点 にし た いか ら であ る。 そ こ に立 って
﹁
殺 す な!﹂が 原点 の
死刑 廃 止 を 求 め る小 さ な試 み
﹁死 刑 執 行 の停 止 と 死 刑 制 度 の廃 止 を 政
府 に持 続 的 に要 求 す る﹂ 目 的 で ﹁死 刑 廃 止
8年 2
を 求 め る市 民 の声 ﹂ を 結 成 し た のが 0
1
、
。
山田県下関市︶ 奥 田恭 子 ︵
月 廣崎隆 一 ︵
愛
、
、
媛県松山市 ︶ 井 上 澄 夫 ︵
埼玉県新座市︶ そ
し て私 ︵
秋 田県男鹿市︶の4人 が 共 同 代 表 と
、
な り 臨 機 応 変 に アピ ー ルを 発 し て イ ン
タ ーネ ツト で賛 同 を呼 び か け る。 あ る程 度
﹁
市 民 の共 同 声 明 ﹂ への賛 同 者 数 が ま と ま
り次第、
内閣官一
母 に
法 務 省 や首 相 官 邸 ︵
。 く も
い つ の死 刑 廃
送 る持 続 的 な 取 り 組 み
止 運 動 が す で に粘 り 強 い努 力 を 重 ね て いる
、
、
中 で あ え て行 動 を 起 こし た背 景 には 死
、
刑 判 決 が 急 増 し 死 刑 の隔 月 執 行 が定 着 し
。
つ つあ る こと への強 い危 機 感 が あ る 麻 生
、
内 閣 の森 英 介 法 務 大 臣 は 就 任 後 わず か 1
、
カ月 で 2人 の執 行 を 強 行 し 続 け て 4人 を
。
処 刑 した
死 刑 制 度 を 容 認 す る世 論 が 8割 と いう 中
。
で の実 に さ さ やか な 取 り 組 み であ る 当 初
は共 同 代 表 ら の持 つ個 人 的 な ネ ット ワー ク
、
を 通 し て呼 び か け た が 予想 を 超 え る迅速
、
な 反 応 に手 応 え を 感 じ オ ー プ ンなネ ット
ワー ク に び け る こと と な つ 。
は
か
た
同
呼
賛
。
す べ て個 人 に し て いる 死 刑 廃 止 問 題 を ︿
国
、
当時︶は 朝 日 新
主 張 し た 鳩 山邦夫 法 相 ︵
聞 で ﹁永 世 死 刑 執 行 人 死 に神 ﹂ と 耶
、
死刑執 行 は ﹁
社 会 正義 ﹂だ と
国 家 に よ る殺 人 を 正 当 化 す る彼
縮 された際
。
反論 し た
のそ の姿 勢 を 支 持 す る世 論 が多 か った事 実
、
は こ の国 の人 権 意 識 の未 熟 さを 反映 し て
、
、
。
いる そ う いう 中 で マス メ デ ィ アは最 近
死 刑 執 行 の事 実 を 伝 え るだ け で論 評 を し な
く な った 。 人 の生 命 ︵いのち︶を 何 よ り も
、
死刑執 行 を停 止 し た り 死刑制 度 を
尊重 し
廃 止 す る 国 が 7割 を 超 え る世 界 の大 勢 を 横
、
日 で にら みな が ら マス メ デ ィ アは国内 の
。
世 論 の反 発 を 恐 れ て沈 黙 を 決 め込 ん で いる
ジ ャー ナ リズ ム の使 命 を 自 ら 放 棄 し て恥 ず
。
か しく な いのか
死 刑 制 度 を 続 け る こと は ﹁国 家 反 逆 罪 ﹂
。
に 死 刑 を 適 用 す る こと に行 き 着 く と 思 う
、
戦争 法 体 系 が整 備 さ れ 自 衛 隊 が 反 戦 運 動
を 日常 的 に監 視 し て いる。 国 は 戦争 国家 化
を 進 め な が ら 反 戦 運 動 への弾 圧 を 強 化 す る
、
。
だ ろう し か し 死 刑 廃 止 の取 り 組 み は ﹁
殺
、
す な ︱﹂ を 掲 げ ﹁戦 争 協 力 拒 否 宣 言 ﹂ を
、
表 明 し て いる私 にと って 避 け て通 れ な い
。
課 題 な のだ
、
かがや 。いそみ 男鹿 の自然に学ぶ会︶
︵
*現在、森法相に3度目の死刑執行をしないよう
。
求める共同声明 への賛同を募 って います お問
い合わせは ﹁
死刑廃止を求める市民の声﹂のメー
さ い。
ルアドレスにご
連
絡
下
否↓
鋒0
死刑廃 止を求める市 民 の声 済 J︼
∼ D一
いJ00・
00﹂
く
0
市民の意見 N0113 2009/4/1
海 賊 派 兵 と 海 賊 対 処 新 法 に 反対 し よう !
愚 かな ﹁
海 軍 オリ ンピ ック﹂
井上 澄夫
加盟国︶に 軍事 力 を 行 使 す る ﹁海
際社会 ︵
、
賊 対 策 ﹂を 強 く 要 請 し て いる マラ ッカ海
、
峡 ペ ルシ ャ湾 と と も に 日本 の生 命 線 であ
る 海 の出 入 り 口 ・ソ マリ ア沖 ア デ ン湾 で
紅
、
資 源 の大 部 分 を 船
に ﹁
駆
海 上警 備 行 動 ﹂ を 発 令 し て護 術 艦 ︵
逐濫︶2隻 ﹁さ み だ れ ﹂ と ﹁さ ざ な み ﹂ の
と に かく 急 いで派 遣 す る﹀ こと を
艦隊を ︿
。
4 日、 海 自 隊
決 め た 海自 呉 基 地 か ら 3月 1
員 4 0 0名 と 司 法 警 察 権 を 持 つ海 上 保 安 官
麻生首相 は
れ た ら やり 返 さ な いと し ょう が な い﹂ と ま
、
で のべ て報 復 感 情 を 煽 って いる が 最 近 の
、
諸 世 論 調査 では 内 閣支 持 率 の劇 的 な急 低
、
落 にか か わ り な く 世 論 の過 半 数 が 海 賊 派
。
内 で行 き 詰 ま れ ば 外
兵 を 支 持 し て いる ﹁
に目 を向 け さ せ る﹂ と いう 首 相 の古 典 的 な
、
政 治 手 法 は 深 ま るば かり の生 活 不 安 を ガ
。
ス抜 き す る効 果 を 持 って いるよう だ
、
、
以下 海自 ︶
海 上自 衛 隊 ︵
ゆ︶け
れ征 ︵
国益 ﹂
舶 によ る輸 入 に依 存 し て いる 日本 の﹁
、
にか なう 中 国 も 艦 隊 を 派 遣 し て いる では
、
、
、
な いか バ スに乗 り 遅 れ るな 海 自 よ そ
、
と いう わ け だ 。 彼 は ﹁や ら
海 賊 に対 処 す る こと は
ゑわ口書体﹂
拠せ化の ﹁
﹁ア フ リ カ の角 ﹂ と 呼 ば れ る ソ マリ ア北
、
部 に面 す る ア デ ン湾 紅 海 の南 の出 入 り 口
、
に NATO ︹
北大 西 洋 条 約 機 構 ︺加 盟 の
、
、
欧 米 諸 国 と ロシ ア 中 国 イ ンド な ど の軍
、
。
艦 が 集 結 し て いる これ に今 後 日本 や韓
、
、
国 シ ンガ ポ ー ルな ど 8 カ国 が加 わ り 艦
5 カ国 にな る ︵
米海軍第5艦隊
隊派 遣 国 は 約 2
。
。
司令官︶ 派 兵 の大義 は ﹁
海 賊 対 策 ﹂だ こ
列
れ ほど 多 国 籍 の海 軍 が 同 じ 海 域 に集 結 す る
、
。
例 が 第 2 次 世 界 戦 争 後 あ った だ ろう か
。
まるで ︿
海 軍 のオ リ ンピ ツク﹀ であ る
扶清減洋 ﹂を掲げ
﹁
1900年︶で
いわ ゆ る ﹁
義 和 団事 件 ﹂ ︵
。
は 日本 を 含 め 8 カ国 が出 兵 し た そ のと き
、
、
討 伐 す べき 敵 は
強 の中 国 植 民 地 化 に抗 す る貧 し い農 民 た ち
。
けんびこ だ った 今 回 の
が主 力 の ﹁
拳匪 ︵
、
制 圧 の対 象 は ア デ ン湾 で武 装 し て外 国船
、
舶 を 乗 っ取 り 乗 員 を 人 質 にし て身 代金 を
。
要 求 す る ﹁ソ マリ ア の海 賊 ﹂ であ る
●麻生首相 の ﹁
購 余 の 一策 ﹂ =海 賊 派 兵
、
海賊対策 ﹂を
麻 生首 相 は昨年末 突然 ﹁
。
ぶち 上げ た 3度も の国連安 保 理決議 が国
、
8名 ︵
各艦 に
各艦 4名︶ 特 別 機 動 船 4 隻 ︵
2隻︶武 装 哨 戒 ヘリ 4機 ︵
各艦に2機︶と 海
。
自
を
て出 航 す る し か
別
隊
乗
警
備
﹂
せ
﹁
特
、
し自 衛 隊 法 2
海 上警 備行 動 ﹂ は
8条 にあ る ﹁
河村 官 房 長 官 でさえ ﹁原 則 と し て日本 の領
海 内 を 想 定 し て いる﹂ と 明 言 し て いる よう
、
に そ も そ も 外 国 で の活 動 ︵
作戦︶を 想 定
し て いな い。 麻 生 首 相 に よ る ﹁
海 上警 備 行
動 ﹂ 発 令 は 強 引 で恣 意 的 な 自 衛 隊 法 の拡 大
。
解 釈 であ り 明 白 な 脱 法 行 為 であ る
●危 険 な 海 賊 対 処新 法 の制 定
。
麻 生 首 相 は 先 の発 言 で こう 述 べ て いる
。
海 に は お 巡 り さ ん は いな いんだ か ら ﹂ こ
﹁
。
れ は意 図 し て ついた ウ ソであ る 日本 では
、
以下 海保︶で
﹁海 の警 察 ﹂ は海 上 保 安 庁 ︵
。
あ る 海 保 は マラ ッカ海 峡 に面 す る国 ぐ に
に浴浮騒扇仰の ノ ウ ハウ ︵
必要な知識 ・秘訣︶
を 提 供 し 同海 峡 で の海 賊 被 害 を 激 減 さ せ た
。
実 績 を も つ だ か ら ソ マリ ア の海 賊 に つ い
ても ア デ ン湾 沿岸 諸 国 に ノ ウ ハウを 提 供 す
。
る こと で被 害 を 減 らす こと が でき る
そ れ でも 麻 生 首 相 が ひ た す ら 海自 艦 隊 の
、
海 軍オ
派 遣 に こだ わ る のは 海 賊 対 策 の ﹁
リ ンピ ツク﹂ で世 界 の注 目 を 浴 び た いか ら
、
。
だ 米 海 軍 によ れば 諸 国 艦 隊 は 3月 初 旬
、
、
8隻 を拿
だほ︶ 海 賊 約
ま でに 海 賊 船 2
捕 ︵
2 5 0 人 を 拘 束 し た 。 首 相 は そ こ に参 加 し
。
て目覚 ま し い戦 呆 を あ げ た いの であ る
、
海 賊 派 兵 によ って海
麻 生 首 相 は 同時 に
市民の意見 N0113 2009/4/1
発 生海 域
。
にす る のだ 法 案 は海 自 が保 護 す る船 舶 に
、
。
外 国 船 ま で含 め る そう な れ ば 海 自 の活
。
動 は 際 限 な く 拡 大 す る 旧海 軍 の旭 日旗 が
ひるが こ る こ と に
世 界 のど こ に でも 翻 ︵
。
な る のだ そ れ だ け では な い。 法 案 は武 器
。
使 用 基 準 を 根 本 的 に変 え る 同 時 に諸 国 艦
隊 と 協 働 す る こと で ﹁
集 団的自 衛 権 行 使 ﹂
。
の事 実 上 の先 例 を 作 ろう と し て いる し か
アデン湾
。
も 海 賊 対 策 で海 自 を 派 遣 す る こと に国会 の
。
承 認 は必 要 な い 国 会 に ﹁
報 告 ﹂ す るだ け
で い い のだ
●先制攻撃できる
﹁
﹂の書 盟
自 衛 隊 の武 器 使 用
は これま で正当 防 衛 と
緊急 避難 の場 合 に のみ
。
許 さ れ てき た 個 々 の
、
る以 上 憲 法 9条 2項 で厳 禁 さ れ て いる交
戦闘︶に発 展す る事 態 を自 ら招 く ことを
戦 ︵
。
避 け ね ば な らな いから であ る
、
だ が 海 賊 対 処 新 法 は 日本 領 海 内 に限 つ
て海 保 のみ に許 さ れ て いる ﹁
危 害射 撃 ﹂を
、
。
海 自 に認 め る ﹁
危 害 射 撃 ﹂ で は 不審 船
、
を 停 船 さ せ るた め に船 体 射 撃 を 行 な い そ
の結 果 乗 員 が 死傷 し ても 違 法 性 は問 わ れ な
、
。
い 新 法 は 海 賊 船 が警 告 射 撃 し ても な お
、
民 間 船 舶 に接 近 し てく る 場 合 ︿
海 賊船 が
襲 撃 し て こな く ても ﹀ ﹁
危 害 射 撃 ﹂す る こ
と を 海 自 に容 認 す る。 こ の先 制 攻 撃 が た ち
ま ち交 戦 ︵
戦闘︶に転 じ る だ ろう こと は 容
。
易 に想 像 でき る こう し て ﹁
国 の交 戦 権 を
否 認 す る ﹂ 9条 2項 を 突 破 し よう と いう の
、
。
だ これ こそ 自 衛 隊 を ﹁
交 戦 でき る軍 隊 ﹂
にす る こと を 切 望 し てき た 改 憲 派 の悲 願 の
。 自
海 に ﹁
危 害 射 撃 ﹂ が許 さ れ
実 現 であ る
るな ら 陸 上 自 衛 隊 と 航 空 自 衛 隊 が 同等 の権
。
限 を 要 求 す る に 違 いな い こ れ を 憲 法 9
。
条 の危 機 と 言 わず 何 と 言 う か ﹁
危 害射 撃 ﹂
を 認 め る新 法 案 の条 文 は こう だ 。
、
海 賊 行 為 の制 止 に当 た り 海 賊 行 為 を
︿
、
、
行 って いる者 が 他 の制 止 の措 置 に従 わ ず
な お船 舶 を 航 行 さ せ て海 賊 行 為 を 継 続 し よ
、
う と す る場 合 にお いて 当 該 船 舶 ︵
海賊船
のこと ︶ の進 行 を 停 止 さ せ る た め に他 に手
隊 員 によ る防 衛 の対 象
自 己 ま た は自 己 と
は ﹁
使 用基 準 は緩 和 さ れず
段 が な いと 信 ず る に足 り る相 当 な 理由 のあ
、
ると き に は そ の事 態 に応 じ合 理 的 に必 要
、
と さ れ る 限 度 にお いて 武 器 を 使 用す る こ
法︶か ら ﹁職 務 に 伴 い
自 己 の管 理 の下 に入 っ
イ ラク特 措 法 ︶
た 者 ﹂︵
、
に拡 大 さ れ た が 武 器
市民の意見 N0113 2009/4/1
と も に現 場 に所 在 す る
PKO協力
他 の隊 員 ﹂ ︵
﹁駆 け 付 け 警 護 ﹂ も 禁
じ ら れ て き た。 ﹁専 守
防 衛 ﹂ が タ テ マ エであ
作図 ・西岡由香
外 派 兵 を 新 た な 段 階 に引 き 上 げ る こと を た
く ら ん で いる。 艦 隊 派 遣 の強 行 と 並 行 し て、
海 賊 対 処 新 法 案 を 国会 に提 出 し 早 期 成 立 を
は か ろう と し て いる こと でそ れ は明 ら かだ 。
、
ま ず 艦 隊 を 派 遣 し そ のあ と で派 遣 の根 拠
、
法 を 変 え 艦 隊 を 新 た な 任 務 に つか せ ると
、
。
いう ま さ に ド ク ま ぎ
る
サ
サ
れ
の
で
あ
手
法
、
時
注 意 し た い のは 新 法 案 が特 別 措 置 法 ︵
限立法︶ で は な く 恒 久 法 ︵一般法︶であ る こ
、
と だ 。 こ れ か ら 随 時 艦 隊 派 遣 でき る よう
竹
付
内
ル
︻
貧 XX
xガ 敬
と が でき る 。﹀
実 は こ の文 言 は
、2
0 0 6 年 9 月 に自
民党 国防 部 会 が策定 した海外 派 兵 恒久法
。
案 ︵いわゆる石破試案︶のも のと 同 じ であ る
つま り 海 賊 対 処 新 法 は 海 外 派 兵 恒 久 法 ︵一
。
般法︶に至 る踏 み台 な のだ
3
現 在 ア デ ン湾 で作 戦 中 の2隻 も の諸 国 艦
隊 は米 軍 主 導 の多 国 籍 軍 と N A T O加 盟 国
、
中国とイ ンドは別︶ 諸
軍 に大 別 で き る が ︵
艦 隊 間 の 海 賊 情 報 の共 有 化 は 進 み つ つあ
。
る 日本 の海 自 が 現 場 海 域 で作 戦 を 開始 す
、
る場 合 諸 国 の先 遣 艦 隊 と の情 報 交 換 は 不
。
可 欠 であ る 日本 政 府 は海 賊 対 策 でも ﹁
集
団 的 自 衛 権 ﹂ を 行 使 でき な いと いう 見 解 だ
、
が 日中 間 で現 場 で の連 携 を 追 求 す る方 針
。
だ 他 国 と 情 報 を 共 有 し つ つ作 戦 を 進 め る
。
こと は ﹁
集 団 的 自 衛 権 の行 使 ﹂では な いのか
0 ﹁
海 賊 ﹂の 正 体 と ア メリ カ の 対 テ 回戦 争
ソ リ の海 賊 は そ のほと ん ど が 元漁 民
ア
マ
。
ソ マリ ア近 海 の漁 業 資 源 は 日本 を
であ る
含 む 外 国 の大 型 ト ロー ル船 の乱 獲 で根 こそ
0年 代 に欧 米 の企 業 が
ぎ 奪 わ れ た 。 し かも 9
放 射 性 物 質 を 含 む 産 業 廃 菜 物 を 同 海 域 に投
、
。
海を殺 され 陸 で
棄 し漁 場 が破 壊 され た
かんば 2 と 内 戦 に 苦 し め ら れ た 元
早魁 ︵
。
漁 民 が 海 賊 に な った のであ る だ か ら こ の
問 題 は 外 科 手 術 的 な 軍事 的 対 応 では解 決 し
。
な い ソ マリ ア の社 会 と 経 済 を 立 ち 直 ら せ
。
る国 際 的 な 支 援 が今 こそ 必 要 な のだ
米 海 軍 が アデ ン湾 に いる のは ﹁
海賊 対 策 ﹂
自 体 が 目 的 では な い。 米 軍 の ア デ ン湾 展 開
は ア フリ カ北 部 の ア ル ・カイ ー ダ職 減 が 日
。
UN
的 であ る か つて国 連 ソ マリ ア活 動 ︵
OSO I
とし
リ に上 陸
ソ
ア
M
︶
の
て
マ
主
軸
し
ガ ィシ ュ ︵
モガディ
は
デ
た
米
海
隊
モ
兵
﹁
0
8人 を 無
1993年1
シオ︶の戦 間 ﹂ ︵
月
で
︶
1
、
。
惨 に殺 害 さ れ 米 軍 は全 面 撤 退 し た し か
、
し そ の後 地 上 侵 攻 には踏 み切 ら な いも の
、
の 人 口 の9割 が イ ス ラ ム教 徒 であ る 同 国
、
を ア ル ・カ イ ー ダ の温 床 と決 め つけ イ ス
ラ ム武 装勢 力 への ミサ イ ル攻 撃 を 繰 り 返 し
。
てき た だ か ら米 軍 は アデ ン湾 への諸 国 艦
、
隊 結 集 を 中 東 か ら ア フリ カ ヘの テ ロリ ス
ト 拡 散 防 止 の観 点 か ら 歓 迎 し て いる のだ 。
、
オ バ マ政 権 は ア フガ ニスタ ン ヘの米 軍 増
派 で同 国を 主 戦 場 に し パキ スタ ンにま で戦
。
火 を 拡 大 し よう と し て いる オ バ マ政 権 の
、
﹁海 賊 対 策 ﹂ は そ の実 対 テ ロ戦 争 の 一環
、
、
であ り 麻 生 政 権 は そ れ に便 乗 し て ジ ブ
、
、
チ のジ ブ チ港 イ エメ ン の アデ ン港 オ マー
ン のサ ラー ラ港 を 海 自 の拠 点 にし よう と し
4Pの地図参昭じ。 自 隊 は
て いる のだ ︵
2
外
衛
基
へ外 へと 展 開 す る た め海 外 に軍事 拠 点 ︵
。
地︶を 確 保 し よう と し て いる 海 賊 派 兵 と
海 賊 対 処 法 案 の成 立 を 阻 止 し よう では な い
o
1
9
3
日
月
年
記︶
1
︵
0
、
いのうえ 。すみお 本誌編集委員︶
︵
か
◎ 4 月 の読 者 懇 談 会 のお 知 ら せ
タ ク シー ・ト ゥ ・ザ ・ダ ー ク サ イド ﹂ ︵
米
◇ ﹁
国 ア レ ック ス ・ギブ 二十 監 督 ・脚 本 ・制作 ︶
上 映 十高 橋 武 智 さ ん の コメ ント +会 場 の皆
さ んと の討論
、
◎ ア フガ ニスタ ン のタ ク シー 運転 手 が ﹁テ ロ
、
容 疑 ﹂ のか ど で拘 束 さ れ 米 軍 に拷 問 さ れ
。
て死 亡 す る 米 国 の ﹁対 テ ロ戦 争 ﹂ の実 相
を え ぐ る追真 のドキ ュメ ンタ リ1 1
9P ﹁
映 画紹介 ﹂ ︵
本 野義
◎ 映 画 の内 容 は本 誌 2
雄 ︶を ご覧 くだ さ い
、
◎ 本 誌 8 P 高 橋 武 智 ﹁悪 夢 の8年 間 を ふり
かえ る︱ ︱ ブ ッシ ユ政権 と 日本 のポ チたち ﹂
も ご参 照くだ さ い
3
0 4月 1 日 ︵
月︶ 年後 6時 半 より
J R水 道 橋 駅 下 車 5分 日大
○ た ん ぽ ぽ舎 ︵
法 学 部 本館 裏 ダイ ナ ミ ックビ ル5 F︶
T E L 0 3 ︲3 2 3 8 ,9 0 3 5
市民の意見 N0113 2009/4/1
25
■ ︱
︱
日
日
︱
︱
日
日
︱
︱
︱
日
d
口定 見広 告 延団事務局か ら の報告 一
田同籍め切り間近︰
日
日
日
B
ロ
ロ
ロ
ロ
ー
ー
日
I
L
葛 西 則義 ロ
一
F
5月 3 日 の新 聞 紙 上 に、﹁9条 実 現 ﹂、﹁
非
武 装 ・不 戦 の憲 法 を 変 え さ せ な い﹂ の意 見
。
広 告 を 掲 載 す べく 活 動 し てき ま し た そ し
て 2月 6
1 日 か ら東 京 お よび 東 京 近 郊 の皆 さ
。
ま へ﹁
最 後 のお 願 い﹂と 3月 7 日 の集 会 ﹁
映
画 ﹃ア メ リ カ ば んざ い﹄ の上 映 と 藤 本幸 久
、
吉 岡 一 ・朝 日新 聞 記 者 のト ー ク﹂ の
監督
宣伝 チ ラシを 発送 しま した
6日 に
そ し て 2月 2
全
国 の 皆 さ ま へ ﹁最 後 の
。
お 願 い﹂を 発 送 し ま し た
今 回 は 3 月 7 日 の集
会 の模 様 お よ び 市 民 意
見 広告 運 動 事 務 局 から
のお 願 い に つ いて報 告
しま す 。
* * * * * * * * 米 * * * * * * *
、
集会 は 3月 7日 ︵
土 ︶ 午 後 1時 半 か ら
東 京 ウ ィ メ ンズ プ ラザ ホ ー ル で 開 催 さ れ ま
し た 。 映 画 と ト ー ク お よ び 広 河 隆 一さ ん の
、
、
イ ラ ク ア フガ ニスタ ン パレ スチナ の
︵
。
写真︶が 展 示 さ れ ま し た
吉川勇 こ
▼主 催 者 の 様 拶 ︵
、
海賊 策を 目 に
対
名
麻
生
首
が 相 手 から
相
、
か つ日本 の自
攻 撃 を受 け る前 に発 砲 でき
衛 隊 が恒 常 的 に外 国 人 を 攻 撃 でき る ﹁
海賊
。
対 処 新 法 ﹂ を 国 会 で通 そう と し て いま す
、
解 散 ・総 選 挙 は 早 け れば 5月 と 言 わ れ て
。
いま す 5月 3 日 の全 国紙 に全 面 広 告 で上
記 法 案 に対 す る私 た ち の意 見 を 伝 え る こと
。
は 大 き な チ ャ ン ス です 今 日 の集 会 が 5月
3 日 の意 見 広 告 運 動 を 成 功 さ せ る た め の推
ドライブ︶にな る こと を期 待 し ま す 。
進力 ︵
▼映 画 ﹃
ア メ リ カ ば ん さ い﹄ 上 映
0
8年 代 のレー ガ ン大 統 領 時 代 か ら 始 ま っ
、
た 弱 肉 強食 の新 自 由 主 義 が 一部 の人 び と
に富 が集 中 す る貧 困 ・格 差 社 会 を 発 生 さ せ
ま し た。 そ の 一部 の金 持 ち が私 利 私 欲 のた
、
め に行 なう 戦争 に 若 い貧 し い人 び と が生
、
活 のた め 生 き る た め に戦争 に参 加 さ せ ら
。
れ る そ し て戦 場 か ら帰 ってき て P T S D
.
吉 田 ↓氏 の ト ー ク
︵
心的外傷後 ストレス障生こ で苦 悩 す る様 子 が
。
生 な ま しく 描 か れ て いま す こ の状 態 は 極
め て近 い将 来 の日本 な のかも し れ な いと い
う 気 が しま し た 。
▼藤 本 率 久 監 督
作の動機は
、
藤 本 沖 縄 の米 軍基 地 に入 り 若 いと いう
、
よ り 幼 い素 顔 を み て これ が米 兵 な のか と
。
驚 き ま し た 貧 し い若 者 が リ ク ルー タ ー か
、
ら 聞 か さ れ た 大 学 へ行 け る、 奨 学金 がも
、
らえ る等 の話 は 訓 練 が終 わ って 1年 を 経
、
。
過 し た 頃 には ウ ソだ と わ か つてく る 更
、
に 4年 の任 務 を 終 え 無豊す
ア メリ カ に帰 っ
、
、
ても 就 け る仕事 は銃 を 持 った警 官 警 備
、
、
員 軍事 会 社 し か な く 夢 は無 残 に潰 え て
しま いま す 。 日本 の権 力 者 が 、 ア フガ ンを
は じ め と す る次 の戦争 は ア メリ カと 一緒 に
。
や ろ う と し て いる 日 本 の若 者 が 戦 争 に
な った ら ど う で つこと を 体 験 す る こと にな
る のか を 知 ら な け れ ば な ら な い。 そ のた め
に ア メ リ カ の現 状 を 見 る必 要 が あ ると 思 い
ま し た。
、
ll
さ
を
を
ん
て
映
岡
の
吉
画
見
感
想
、
、
吉 岡 自 分 は 半 年 以 上 イ ラ ク に いて
、
知 って いる 人 最 近 会 った 人 が 次 つぎ に殺
、
ま た 取 材 先 で何 百 人 も の死 体 を 数
される
。
え てき ま し た そう いう 体 験 の中 か ら私 自
、
身 P T S D状 態 で爆 音 に脅 え た り と 他 人
ひと︶ご と は 思え ま せ ん。
︵
ll今回の映画では、戦場および洗脳の現
場をあえて落としているように思うのです
、
が なぜですか
向校 を 卒 業 し た ば か り の若 者 が 3
藤 本 一
、
カ月 の訓 練 で 海 兵 隊 の命 令 が あ れ ば 人 を
、
殺 し ま す と 答 え る状 態 にな る こと を 短 い
。
時 間 で は わ か っても らえ ま せ ん そ のこと
は続 編 の映 画 で準 備 し て いま す 。
劣 化 ウ ラ ン弾 の被 害 を 受 け た イ ラ ク人 を
市民の意見 N0113 2009/4/1
、
治 療 し て いる 札 幌 で ア メ リ カ の若 い兵 士
、
、
が 人 生 を 切 り 開 く た め あ る いは大 学 に
、
行 き た いと いう こと で兵 士 にな り イ ラク
。
で戦 争 を し て いると いう 話 を し ま し た そ
、
れ に対 し イ ラ ク の人 か ら そう いう 動 機 で
、
イ ラ ク で人 を 殺 し て い いの です か と 問 わ
。
れ た こと は 忘 れ ら れ ま せ ん
︱︱吉岡さんはどう思われますか
、
吉 岡 最 初 イ ラ ク人 は フセ イ ン の圧 政 か
し
ら
ま し 。し
を
に
え
た
的
た
米
軍
意
好
迎
解
放
理
か し 1 ∼ 2 カ 月 す ると 米 兵 の本 当 の姿 ︵
由もなく イ ラク人を拉致したり現金を盗んでい
く︶を 知 り ま す 。 そ れ に対 し て イ ラ ク人 が
、
、
報 復 す る と 米 軍 は 1人 殺 さ れ るた び に
0 、0 、
懲 罰 的 報 復 と し て 1人 3人 1 0 0人 の
。
イ ラ ク人 を 殺 し ま す 何 の罪 も な いイ ラク
市 民 の血 が 流 さ れ て いる こと を 忘 れ てはな
り ま せ ん。
軍基地再編について
、
藤 本 ア メ リ カ は 次 の戦 争 の た め 世 界
。
中 の ア メ リ カ基 地 の再 編 を 考 え て いる そ
、
の 一つが 日 本 の金 を 使 い グ ア ム移 転 で
、
6 0 0 0 億 円 辺 野古 基 地 の整 備 に 1兆 円
。
の金 を 出 さ せ よう と し て いま す か つ基 地
、
再 編 の協 定 を 結 び 政 府 が 変
わ つて も 金 を 出 さ せ る よ う に
、
し よ う と し て い る。
一方 日
本 の 一部 の権 力 者 が 日 米 の軍
事 的 一体 化 を 進 め よ う と し て
いま す
日本のメデ ィアに 一言
吉 岡 イ ラ ク 戦 争 の本 当 の理 由 を 見 極 め
。
て ア メリ カと つき 合 わ な いと いけ な い そ
、
し て日本 の今 後 を 考 え 軍事 の日米 一体 化
、
のみ が語 ら れ る状 態 にな って いる現在 国
、
民 が 政府 を 変 え さ せ 絶 対 に戦争 し な いよ
う にす る必 要 が あ り ま す 。
︱︱監督、最後にメッセージを
藤 本 ア メ リ カ の若 者 も 好 き で 軍 隊 に
。
行 って いるわ け で はあ り ま せ ん 他 に道 が
、
。
な いか ら 軍隊 に入 って いる 若 者 に夢 の
あ る社会 を 作 ら な いと 戦 争 は止 め ら れ な い
。
のだ と 思 いま す
▼広 河 臣 ↓さん の写真 展
ア メリ カ の攻 撃 を 受 け てガ レキ と な った
、
、
イ ラ ク ア フガ ニスタ ン そ し てイ ス ラ エ
ルに より破 壊 さ れ た パ レ スチ ナ の写 真 が 展
。
示 さ れま し た
、
映 画 では 戦 争 を 仕 掛 け た ア メリ カ の社
、
会 の苦 悩 写真 展 では攻 撃 を受 け た 側 の悲
。
惨 さ が映 し出 さ れ て いま す
、
映 画 と 写真 展 が相 ま って 戦争 の悲 惨 さ
。
が 一層 リ ア ルに表 現 さ れ ま し た
▼結 び
、
、
集会 は 多 く の方 がた の参加を いただき
。
盛 況裡 に終 了 しま した
、
藤本監督 吉 岡記者 が指摘 し て いるよう
、
に 軍事 の日米 一体化 が進 められ て いる現
、
、
在 これ を 阻止 す るた め にも 皆 さ んと 力
、
を 合 わ せ 5月 3 日 の意 見 広 告 を 成 功 さ せ
。
。
た いと 思 いま す ご支 援 を お 願 いしま す
* * * * * * * * * * * * * * * *
市 民意 見広 生 局 か ら のお願 い
、
6
日 に最 後 のお 願 いを 全 国 の
2月 6
1日 2
、
。
賛 同者 の方 が た に発 送 し ま し た そ の結 果
、
、
賛 同金 広 告 チ ラ シ グ ッズ ・書 籍 の要 求
。
が多 く 寄 せ ら れ る よう にな り ま し た
3 日 在 、 集 ま った 賛 同金 は 、新 聞
3月 2
現
への意 見 広 告 掲 載 のた め の 日 標 額 であ る
、
2 5 0 0 万 円 に対 し よう やく 2 0 0 0万
。
円を超 しま した
、
5月 3 日 の意 見 広 告 を 成 功 さ せ る た め
定 額 給 付 金 の 一部 を 意 見 広 告 の賛 同金 と し
、
、
て 支 給 に先 立 ち 前 倒 し で振 り 込 み頂 く
。
よう お 願 い いた しま す
︵
募 金 の目標 額︶ 2 5 0 0万 円
︵
掲 載 時 期 ︶ 2 0 0 9年 5 月 3 日
︵
掲 載 紙 ︶全 国紙 と 地方 紙
2
賀 同 金 の送 り方 ︶ 2 0 0 9年 4月 1 日
︵
。
必 者 で郵 便 局 か ら お振 込 み 下 さ い
個 人 ・1 日 2 0 0 0 円
団体 ・1 日 4 0 0 0円
賛 同 金 の振 り 込 み先 ︶
︵
り︲
遇毬基
郵 便 振 替 口座 番 号 oP S ,
加 入 者 名 市 民意 見 広 告 運 動
、
かさ い 。のりよし 意見広告運動事務局︶
︵
7′
ワ0
市民の意見 N0113 2009/4/1
、
デザ イ ン こと に雑 誌 や書 籍 のデザ イ ン
、
を 自 嘲 を 込 め て ﹁切 った 貼 った の世 界 ﹂
と 呼 ぶ こ と が あ る。 任 侠 映 画 で見 知 った
、
﹁斬 った 張 った の世 界 ﹂ のも じ り で た し
、
か に エデ ィ ト リ ア ル やブ ツク デザ イ ンでは
ひ ん ぱ ん に ゲ ラ や 図 版 を 切 って 貼 る。 昨
、
今 は デジ タ ル化 の浸 透 で ﹁
切 った貼 った ﹂
、
も 減 り つ つあ る い っぽう モ ニタ ー のな か
、
で あ いか わ ら ず ︿
切 る =カ ット ﹀ と ︿
貼
る =ペー スト ﹀ を 繰 り 返 し て いる。
、
切 る に は 鉄 が 貼 る にはピ ンセ ツト が必
、
。
須 だ デザ イ ンに は 鉄 とピ ンセ ツト が重
要 な 道 具 だ と いう
。
わ け だ 出 番 が減 っ
、
た と は いえ 鋏 とピ
、
ンセ ツト は デザ イ
ナ ー に と っ て の精
神的な拠 り所 だと
。
感 じ る 長 いあ いだ勤 め てく れ た スタ ッフ
、
が 独 立 す る 際 は 使 い慣 れ た 鉄 と ピ ンセ ツ
ト を プ レ ゼ ント す る。 2 0 0 8年 には、 9
、
年 間 い っし ょ に し ご と を し た 女 性 3 人 が
。
鉄 と ピ ン セ ツト を 持 って羽 ば た いて い つた
、
鉄 と ピ ン セ ツト に つ いて 日 ご ろ不 思議
、
。
に思 う こと が あ る エンピ ツを は じ め 周
辺 に は高 品 質 な 国産 品 が溢 れ て いる にも か
、
、
か わ ら ず こと 鉄 とピ ンセ ツト に限 っては
これ ぞ と いう 製 品 に出 会 った た め し が な い。
鉄 は ﹁ド ボ ﹂ や ﹁アド ラー ﹂ と い った ブ ラ
、
ンド のド イ ツ製 だ し ピ ンセ ットも スイ ス
、
。
製 の ﹁エレ ム﹂ だ ど ち らも デザ イ ン の
。
手 本 と 仰 ぐ 国 の製 品 であ る のが象徴 的 だ
、
理 由 は いろ いろあ る のだ ろう し 和 鉄 や
、
毛 抜 き には上質 のも のがあ るはず だ が こ
、
こ では 飛 躍気 味 に こう 言 ってみた い。 国
産 品 で優秀 な 鋏 と ピ ンセ ツト が見 つか ら な
、
い のは ﹁デザ イ ン﹂ と いう 言 葉 を 日 本 語
、 。
に翻 訳 でき な か つた か らだ と 明 治 期 以
、
、
、
、
降 デザ イ ンを 意 匠 図案 設 計 商 業 美
、
術 な ど さ まざ ま に言 い換 え よう と し てき
、
。
た が いず れも 消 え て い った ﹁デザ イ ン﹂
な る概 念 を つ いに国 産 化 でき な か った ゆえ
、
言 葉 の国 産 化
に
作 業 の要 であ る鉄 とピ ンセ ツト を 作 り
、
と いう 仮 説 だ 。 優 秀 な 鉄 と ピ
得 な か った
ンセ ツトを つく ろう と の意 欲 に駆 り 立 てら
。
れ な か った と 言 う べき かも し れ な い
、
友 人 に スポ ー ツ ・ジ ャー ナ リズ ム に詳
し い編 集 者 が いる。 彼 によ れ ば 、 た と え ば
、
野 球 の記事 に し ても ア メリ カ の新 聞 と 日
、
。
本 の新 聞 で は 書 き ぶり が 大 き く ち が う
、0
ア メ リ カ の新 聞 では 1
年 後 に記事 を 読 ん
、
でも ゲ ー ム の流 れ と ポ イ ント が わ か る よ
う に書 か れ て いる。 対 し て日本 の新 聞 で は 、
、
。
0
1年 後 に読 む に耐 え な い な ぜ な ら ば ﹁
亡
き 母 へ捧 げ た逆 転 ホ ー ム ラ ン﹂ と い つた ぐ
、
あ いに ど ち ら かと いう と 人 間 ド ラ マに関
。
。
心 が寄 って いる か ら だ 彼 は言 う わ が 国
への スポ ー ツ ・ジ ャー ナ リズ ム の定 着 を め
、
ざ し て 自 分 は ア メリ カ の新 聞 でゲ ー ム の
。
記 事 を 読 む 訓 練 を し てお く
、
テ レビ で大 リ ー グ の実 況 を 見 ると 日本
。
のと は 印 象 が ち がう 個 人 の思 い入 れを 振
り 払 う か のよう に、淡 々と ゲ ー ムが進 行 し
、
。
て いく 選 手 た ち と と も に グ ラ ウ ンド と
、
。
いう 場 も ま た 主 役 のよう だ ゲ ー ムと は
プ レイ ヤ ーと 場 と の遭 遇 に よ つて起 き る 予
。
想 の つか な いド ラ マだ
、
美 技 は も ち ろ ん選手 個
、
人 の功 績 な のだ が 同 時
にゲ ー ム に属 し て いる感
。
があ る 場 が主役 だ か ら
、
こそ 市 民 は 大 挙 し て球
。
場 に駆 け つけ る の では な いか 良 い悪 いで
、
、
は な く わ が 国 民 は ︿ベ ー スボ ー ル﹀ を
、
ゲ ー ム﹀ を ︿
野球 ﹀ に ︿
試 合 ﹀ へと 国 産
︿
。
化 し た のだ
、
﹁デ ザ イ ン﹂ は な ぜ 日 本 語 に変 換 でき
、
。
な か つた のか 同 じ よう に 身 近 な 言 葉 の
国 産 化 の度 合 いを 考 え てみ る のも よ いだ ろ
、
う 。 略 語 化 さ れ た ﹁デ モ﹂ は は た し て国
、
産 化 し た のか か た や ﹁テ ロ﹂ は国 産 化 し
。
てほ し く な い⋮ ⋮
、
、
すずき 。ひとし グラフィックデザイナー 題
︵
字デザインも筆者︶
28
市民の意見 N0113 2009/4/1
監 督 ・脚 本 ”ア レ ック ス ・ギ ブ ニ1/製 作 ”
、
、
、
ア レ ック ス ・ギ フ エー E ・オ ー ナ ー S ・
シ ップ マ ン /米 国 2 0 0 7 年 ︵1 0 6
0
分 ︶ / 第 8 回 米 ア カ デ ミ ー 長 穂 ド キ ュメ
ン タ リ ー賞 受 賞 作 品
● 自 主 上 映 用 D V D貸 出 申 し 込 み 先 一ア
ム ネ ス テ ィ ・イ ン タ ー ナ シ ョナ ル 日 本 ・
00いヽ東 京 都 千 代 田 区
東 京 事 務 所 / 〒 さ ユ,
神 田 錦 町 2︲2 共 同 ビ ル 4 F / ﹁mF 8 ︰
ωリュ∞3
0、NN ﹁>X ”Oω,
ωいユω︲
0ミN∞ mユゴい〓¨
芥 0う0天o⑥いヨヨ秘 F q・
﹄
只 担 当 ・川 上 ︶
蟹 工 船 ﹂ の作 者 小 林 多 喜 二は 1 9 3 3
◆ ﹁
、
、
年 築 地 警 察 署 で拷 問 さ れ 無 残 に殺 害 さ
、
、
れ た が 犯 人 は特 定 さ れず 誰 も 罰 せ ら れ
。
る こ と は な か った 1 9 4 2 ∼ 5年 の言
目
、
、
論 弾 圧事 件 ︵いわゆる横浜事件︶で は 戦 後
5∼ ︲
年 の実
拷 間 を 実行 し た警 察 官 3名 が 1・
、
刑 判 決 を受 け た が 講 和 条 約 によ る恩 赦 で
、
。
釈 放 一方 で っち あ げ 裁 判 で有 罪 と さ れ
、
た被 告 た ち の名 誉 回復 は 裁 判資 料 が残 っ
。
て いな いと の理由 で却 下 さ れ て いる
、
◆ 権 力 犯 罪 の中 でも 最 も お ぞ ま し い拷 問 は
。
不幸 にし て過 去 の悪 夢 ではな い そ れ でも
1 9 4 9年 、 紛争 下 の民 間 人 や捕 虜 への人
道 的 扱 いを 定 め た ジ ュネ ーブ条 約 の加 盟 国
、
の間 では 公 然 と は行 な わ れ な く な つて い
。
1
た 9 ,1後 の米 ブ ッシ ュ政 権 が テ ロ容 疑
、
者 に対 す る拷 問 を 半 ば 公 然 化 し た のは 国
。
際 的 人 道 水 準 への挑 戦 だ った
、
◆ こ の映 画 では ア フガ ニスタ ン の僻 村 出
、
身 のタ ク シ ー運 転 手 が テ ロ容 疑 で逮 捕 さ れ
5 日後 に拷 問 さ れ た 死 体 と な って返 さ れ た
、
事 件 を 軸 に 2 0 0 2年 以降 ア フガ ニスタ
、
、
ン イ ラ ク グ ア ンタ ナ モ ︵
キ ューバ︶ で
行 な わ れ た数 かず のグ ロテ スクな拷 問 ・虐
、
。
待 の実 態 が 当 事 者 の日か ら語 ら れ る 水
、
、
、
責 め 無 理 な 姿 勢 の強 要 裸 にし て辱 め る
、
、
。
睡 眠妨 害 大 によ る脅 迫 等 々 2 0 0 6
、
年 イ ラク ・アブ グ レイ ブ刑 務 所 で の虐 待
、
が 明 る み に出 て米 議 会 でも 問 題 にな った が
上官
裁 判 に かけ ら れ有 罪 と な った のは最 下 級 の
。
兵 士 ば かり 水 責 めを 推 奨 し た 当 時 のチ ェ
イ ニー副 大 統 領 や刑 務 所 の兵 士 を 激 励 し た
、
ラ ムズ フ ェルド 国 防 長 官 はも ち ろ ん
。
は残 らず 訴 追 を免 れ た
。
◆ 拷 間 は時 に皮 肉 な 結 果 を 生 む 2 0 0 3
、
、
当 時 のパ ウ エル国 務 長 官 は国 連 で
年 2月
﹁イ ラ ク が ア ル カ イ ダ に 軍 事 訓 練 を 施 し て
いた と の テ ロ
の証 言 が得 ら れ た ﹂ と
者
容
疑
、1
年 後 こ の証 言 が拷 問
得 々と 報 告 し た が
によ り む り やり 得 ら れ た ウ ソ の自 白 だ つた
、
こと が 判 明 パ ウ エル長 官 は 大 恥 を か いた
と いう 挿 話 も 興味 ふか い。
、
◆ 2 0 0 6年 ま で に ア フガ ニスタ ン
と イ ラ ク で身 柄 を 拘 束 さ れ た 人 は実 に
、
8万 3 0 0 0人 に のぼり そ の誰 ひと り と
、
し て裁 判 を受 け て いな いと いう のも 驚 く
。
べき 話 だ 前 述 のタ ク シ ー 運 転 手 の家 族 に
、
も ﹁本 人 の死 因 は 他 殺 ﹂ と し か 書 か れ て
、
いな い通 知 書 が 1枚 届 け ら れ た だ け そ れ
も 英 語 な の で家 族 は読 めな か った と いう 。
◆ オ バ マ新 大 統 領 は グ ア ン タ ナ モ収 容 所
、
の閉 鎖 を 宣 言 ﹁ア メリ カ は拷 間 は し な い﹂
と 述 べた 。 そ の言 葉 が信 用 でき る か どう か
、
、
は 彼 が 非 米 国 民 への秘 密 拘 禁 の中 止 こ
、
﹁テ ロと の戦 い﹂
れま で の被 拘 禁 者 の釈 放
の名 のも と に行 な わ れ た 数 か ず の人権 侵 害
への責 任 追 及 と 被 害 者 への補 償 を 実 行 す る
。
か否 か に か か って いるだ ろう
、
もとの 。よしお 本誌編集委員︶
本 野一
霧雄 ︵
タクシー ・トゥ ・ザ ・ダークサイド﹂特別上
☆ ﹁
5
P2
映会を開きます ︵
参
照
︶
3日 ︵
J
4月1
たんぽぽ舎 ︵
月︶午後6時半 /会場 ¨
R水道橋駅下車5分︶
0の会 ・東京
参加費 ¨500円/主催 ”市民の意見3
市民の意見 N0113 2009/4/1
29
犯罪のおぞまし
ステール写真提供 :ア ムネステ ィ ・インターナショナル日本
福富 節 男
。
け ら れ て いる 議 員 バ ッジ を ズ ボ ン の裾 に
、
、
着 け ず に本 会 議 に出 席 し た り
つけ た り
ト
自
ラ
由ア
去 30
島義
昼 召o
宮 本 な お み著 ﹃
革 新 無 所 属﹄ T ロ
こ の ス ト レ ー ト す ぎ る タ イ ト ルを 見 て、
手 に取 ろう と す る人 がど れ だ け いるだ ろう
、
。
か と 心 配 し た し か し 読 み進 め るう ち に
、
無 所 属 と は ど う いう こと か 革 新 と は何 を
す る こと に よ って革 新 と 言 え る かを これ ほ
面白 い話 を 入 れ な が ら議 員 の特 権 意 識 を 耶
。
輪 し つ つ的 を はず し ては いな い
、
こ の本 にあ る宮 本 の区 議 会 報 告 か ら ま
、
。
ず 項 目を列 挙 し よう 議 員 バ ス ン装 着 反 対
日照権 問題と高 層 マンシ ョン建 設 反対 、議 員
、
報 酬 引 き 上 げ 反 対 保 育 園 の障 害 児 入 園 差
、
別 住 民基 本台 帳 の コンピ ュータ記 録 化 の問
、
題 臨 時 職 員 な ど 不 安 定 労 働 力 の待 遇 引 き
、
ュ ニティ構 想 の問 題、コンピ ュー
上げ 区 ので ヽ
タ配置 に ついての債 務負 担 行為 に対 す る監 査
、
、
請 求 訴 訟 日黒清 掃 工場建 設計 画 ︵
外国人︶指
、
。
否 など ここでは行 がたり な い ⋮ ︰
、
政党
、
、
こう し
な
い
は
に
た
本
問
出
い
宮
題
会
つ
つ
。
そ
常 に新 し い視 点 と 実 践を 見 出 し て ゆく
のよう な と こ ろ に本 書 の面 白 さを 読 者 は見
、
。
出 す だ ろう いち いち紹 介 を し ては 本 の
大 部 分 を こ こ に書 く と いう 不 可 能 な こと に
。
手 を 染 め てし ま いそう であ る 清 掃 工場 建
設 計 画 反 対 は リサ イ ク ル条 例 の直 接 請 求 に
。
発 展 す る 宮 本 のこ の請 求 に対 す る党 派 の
対 応 は 読 者 の楽 し み のた め に こ こ には紹 介
し な い。 コンピ ュー タ の問 題 は事 務 処 理 の
レ ベ ル向 上 と いう 単 純 な と こ ろ に陥 ら ず 、
、
。
漏 洩 問 題 人 権 問 題 に連 な る
。
さて ﹁
無 所 属 ﹂と は何 だ ろう か あ る集 団
、
に属す れば 集 団 の上部 を ご主 人様 にし てし
ま いかね な い。宮 本 はど こに所 属 した のか?
、
人びとと言おうが 人民と気
F登夢でのも の ︵
張つ つが勝手である︶の中 にあ る のだ。 そ の上
で ﹁
革 新 ﹂と は何 か? そ れら の人びとが求
、
、
めるも の 必 要とす るも のを 自 由 と人権 の
、
、
立 場 特 権 と は違 う 立 場 で 素 直 に汲 み取
ること であ ろう 。本書 のタイト ルの意味 す る
ことが明瞭 にな る。宮 本 のこの素 直 さを育 ん
。
だ源 はど こか 美 し い第 1章 を み てほし い。
、
こ の紹 介 では 反 P K O法 を 訴 え る内 田
、
弁 護 士 を 擁 し て の参 院 選 挙 な ど 議 員 後 の
、
宮 本 の活 動 に触 れ な か った が ﹁市 民 のひ
ろば ﹂ と 私 た ち が名 づ け た 拠 点 は こ の反 P
評 者 が問 題 を あ え て列 挙 し た のは
内 では議 員 た ち が手 分 け 分 担 し負 担 を 軽 減
、
す る のだ ろう が や る気 のあ る無 所 属 議 員
が直 面 し負 担 し な け れ ば な ら な いも のは ど
のよう に多 様 か を 知 っても らう た め でも あ
。
る こ の多 様 さ の中 の連 関性 が重 要 な のだ 。
議 員 当 人 にと つて の大 変 な こと が読 者 に
さ ま ざ ま な 関 心 を も た ら す のだ 。 た と え ば
、
障 害 児 保 育 に つ いて労 働 組 合 は 劣 悪 な 労
K O運 動 の中 で宮 本 が ﹁
市 民 の政 治 ﹂ を 標
。
傍 し て獲 得 し た も のであ る
、
ふくとみ ・せつお 本会会員︶
︵
ど 良 く 伝 え る 本 はざ ら にあ るも の では な い
、
と 確 信 し 広 く 読 ま れ る必 要 が あ ると痛 感
し た 。 日 本 の政 治 状 況 が何 と か な ら な いか 、
そ れ を ど こ か ら始 め た ら よ いだ ろう と いう
、
。
問 いに 自 然 な答 え を 与 え て いる か つて
単 純 に ﹁地 域 か ら ﹂ と 標 語 的 に言 う 傾向 が
。
流 行 し た こ の本 の場 合 は そ の傾向 と は話
、
。
が違 う 地 域 のど のよう な 問 題 が あ り そ
れを ﹁
革 新 ﹂ 的 に実 践 す る こと が書 か れ て
。
いると いう わ け だ
メ デ ィ アと し て A 3 表 裏 両 面 の ﹃
目黒区
判
、0
民新 聞﹄ を 創 刊 し 2
年 間 の区 議 生 活 中 に
2 2 6号 も 発 行 し続 け た 。 そ れ が本 書 のも
と に な つた 。 概 し て議 会 報 告 のた ぐ いは多
く は独 り よ が り か 、煩 雑 だ が形 式 的 な話 の
、
。
羅 列 にす ぎ な い 評 者 の知 る限 り では 中
働 条 件 にさ ら に保 母 の負 担 増 加 を 強 いると
いう 点 か ら 1歩 も 切 り 開 ︼
﹂う と いう と こ ろ
。
が な い 従 って障 害 児 保 育 の問 題 は前 進 し
宮 本 は 1 9 7 1年 初 め て目 黒 区 議 会 議 員
。
に当 選 し た 日 黒 区 民 と 宮 本 議 員 を つな ぐ
山 千 夏 の国 会 報 告 は そ れ ら と 類 を 異 にし て
。
いた 宮 本 の区 議 会 と いう 場 で の省 戦 ぶり
、
は 下手 す る と 陳 腐 矮 小 にな ると こ ろが避
市民の意見 N0113 2009/4/1
巳ntl心
★ 4月 6日 (月)辺 野古新基地建捜反対 防衛省 月偶行
19:00場
動 18:30∼
所 :防 衛省正 門前 (」
R・ 地下鉄市 ヶ谷駅下車徒歩 7分 )主 催 :辺 野古 へ の
基地建設を許 さない実行委員会 (連絡先 :携 帯 090・
一坪反戦地主会関東ブ ロック〕)
3910・ 4140〔 沖縄 ・
◆ この対防衛省月例行動は毎月第 1月 曜 日に行なわれて
います。 市民の意見 30の 会 ・東京は 3月 2日 の月例行
動に参加 し、 4月 以降も毎月参加することにな りました。
みなさん、バ、
るつてご参力B下さい。市民の意見 30の 会 ・
東京事務周
いらない !原 子力空母」
☆ 4月 12日 (日)「
暮パ レー ド4・
ー プエ ング 14:00出
1213i30オ
発 〔
雨天決行〕
集合場所 !ヴ ェルニ ー公園 (京浜急行汐入駅から 徒歩 5
分/」 R横 須賀駅下車徒歩 1分 )主 催 :「いらない 1原 子
力空母」(連絡先 :電話 045・ 788・ 0838中
森圭子)
つ
や恐 ナ
土ちっ
ユOθユ r.2ど・
☆ 4月 25日 (土)チ ェル ノブイ リ原発事故から 23年
「4・ 25柏 崎刈羽原発運転再開 NO!」 ∼原発に頼 らな
い地 域 づ くりを目指 して ∼ 13!00∼
16!00講
師 !矢 部忠夫 (柏 崎市議会議員 )場 所 :恵 比寿 区民会館
(」 R・ 地下鉄 日比谷緑恵比寿駅下車徒歩 5分 、 03・
3461・
3453)参
主催団体 :原 発
加費 :800円
とめよう 1東 京ネ ッ トワー ク (連絡先 :原 子力資料情報
03・3357・3800〕/た んぽぽ舎 〔
03・3238・9035〕他 )
室〔
☆ 4月 25日 (土),こ そ声をあげよう !教 育を子 ども
たちのために4・ 25集 会 特別講演 「
教育 と自由」益川
敏英、パネルディスカ ッシ ョン :小 森陽一 /木 附千晶/
藤日英典/本 田由紀 13i30開 場 14:00開 会 場所 :
九段会館 (地下鉄東西線 ・半蔵門線 ・新宿線九段下駅 A
4出 □よ り徒歩 1分 )資 料代 :800円
(高校生以下は
無料)主 催 :教 育を子 どもたちのために 4・ 25集 会実
6656)
行委員会 (連絡先 i携 帯 090・ 1859・
☆ 4月 26日 (日)《わだ つみ フォー ラム》キムはなゼ
耕かれたのか 韓 日 ・朝鮮人 BC級 戦犯問題が問 いか
けるもの一 講師 :内 海愛子 14:00∼
場所 :わ だつ
こえ記
28。
13本
みの
念館 (支京 区本郷 5・
郷 ・赤
・
門 ア ビタ シオ ン 4階 、電 話 FAXi 0 3・ 3815・
8571)参
カロ費 :無 料 共催 :日 本戦没学生記念会 (わ
だつみ会)/わ だつのこえ記念館 ※ 参考文献 :内海愛子著 『
キムはなぜ裁かれたのか一朝鮮人 B
C級 戦犯の軌跡』(朝日選書、 2008年 )
☆ 5月 2日 (土)《アジアをむすぶ平和の広場》あんにょんハイサイ ・わくわくコンサー ト 14:
30開 場 15!00開 演 19:00終 演 出演 :韓国 ・
希望の歌 コッタジ/韓 国 ・トヌム (民族楽器チー
ム)/寿 〔KOTOBUKI〕
/生 日卍とラヒンカユマンギ/ア エ☆ユエ ット (在日コ リアン)/
琉球舞踊/朝 鮮舞踊/辺 野古 ・高江の映像とアピール/在 日コ リアンのアピールなど 場所 :上野公
園野外ステージ (水上音楽堂、」R上 野駅 〔しのばず出□〕徒歩 5分 /京 成線上野駅徒歩 2分 )主 催 :
あんにょんハイサイ実行委員会 (間い合わせ先 :電話/FAX 03・
5680,3017)◆
入場料 :
全席自由/前 売 り1500円 、当日2000円 、小中学生無料
31
市民の意見 N0113 2009/4/1
一
、
4月 後 半 の事 務 局 は
、
横 日か ら ベ ト ナ ム ヘ な ど
■毎 年
、
意 見 広 告 運 動 の締 め 切 り 直 前
、
でご送 金 が殺 到 し スタ ッフ
。
は 処 理 にう れ し い悲 鳴 です
、
ま だ の方 は早 急 に 1 日 でも
。
早 く お送 り く だ さ い
東京版︶の投
■ ﹃
朝 日新 聞 ﹄ ︵
参 加 し よう と
れ る抗 議 行 動
に出 来 る だ け
省 前 で行 な わ
毎 月 第 1月 曜
、
日 の夜 防 衛
く な って いる
、
こと を 反 省 し
の行 動 が 少 な
。
い︶
、
、
0
■ 3 の 会 事 務 局 で も 最 近 街 頭 へ出 て
汗ユ 一
沼一
る・
君 く ﹁明 日 も 晴 れ ﹂ を ぜ ひ ご 覧 く だ さ
スタ ン デ イ ン グ行 動 の メ ンバ ー村 雲 司 さ ん
、
の意 見 が 出 た あ と の3月 7 日 に は そ れを
⑥
見 てき た と いう 人 も多 数 参 加 し た そう です
ミ電電電
会 員 の大 木 晴 子 さ ん のサイ ト J古
︵
8¨
書欄 ﹁
声 ﹂ に載 った ﹁一人 で
、
も でき る行 動 ﹂ を めぐ る やり 取 り は かな
り の反 響 を よ ん で いま す 。 新 宿 西 日 広 場
吉川 勇
いう こ と が 話
し合 わ れ ま し
。
た 3月 2 日 は冷 た い風 の吹 く 寒 い夜 でし
、0
たが 3
の
の
会
事 務 局 メ ンバ ー や会 員 が 7
。
名 ほど参 加 しま し た 本 誌 編 集 委 員 会 か ら
、
も 4人 です ︵
写真は左から編集委員 の天野恵
、 、
、
一さん 私 会計担当 のKさん 撮影は大木晴子
、
。
さん︶
次 回 は 4月 6 日午 後 6時 半 市 谷 の
。
。
防 衛 省 正 門前 集 合 です ご 一緒 しま せ ん か
、
、
■ ち ょ っと い い いや か な り い い話 を ご
。
紹 介 会 員 の島 田清 作 さ ん か ら連 絡 が あ り
ま し た。 横 田基 地 飛 行 差 止 め訴 訟 の東 京 高
、
裁 判 決 で 差 止 め 要 求 は却 下 さ れ 最 高 裁 上
、
告 中 だ が 騒 音 被 害 に ついては原 告 側 に国
、
。
の賠 償 金 支 払 いが 決 定 し た 原 告 の 1 人
、
田中 広 司 さ ん は 横 田基 地 の米 軍 は ベト ナ
、
ム戦争 に大 き く 関 わ った そ の騒音 被 害 の
、
賠 償 で得 た金 は いま も 被 害 に苦 し ん で い
、
る ベト ナ ム の人 び と の こと を 思う と す ん
、
な り と は受 け 取 れ な い 有 効 に使 いた いと
、
、
と いう 連 絡 です 。 私 は 京
希 望 し て いる
ベトナムの子
都 に いる会 員 の関 谷 滋 さ ん ︵
。
供たちを支援する会会長︶を ご紹 介 し ま し た
、 ト
ベ ナ ム南 部 の ベ ンチ ェ省 と 北
こ の会 は
部 のバ クザ ンで障 害 を 持 つ児 童 た ち を 支 援
、
、
す る施 設 を 運 営 し てお り 関 谷 さ んも 毎 年
。
何 度 も ベト ナ ムを 訪 問 し て いま す 田中 さ
5 円 の寄 が送 ら れ てき た
ん か ら は会 に 1
万
付
。
そう です 年 間 予算 1 0 0万 円 ほど の会 に
、
と って こ の寄 は た い ん有 難 いこと だ
付
へ
、
0数 年 前
と 関谷 さ んは感 謝 し て いま す 。 4
の心 の痛 みを 持 ち 続 け てお ら れ た 田中 さ ん
。
の行 動 に胸 打 た れま す
。
■ も う 一つ い い話 事 務 局 スタ ッフ の佐 橋
弥 生 さ ん が エ ス ペ ラ ント 語 で歌 う 憲 法 9
条 の入 った C D が 5 月 3 日 に 発 売 予 定 で
。
。
す 3 月 に録 音 が完 了 し ま し た これ は か
って 0年 安 保 聞 争 に関 わ った さ ま ざ ま な 立
6
憲 法 9条 阻止 の
場 の人 た ち が作 って いる ﹁
会 ﹂ が 中 心 にな って歌 って いる ﹃
戦争 の放
、
棄 交 響 曲 第 9 条 ﹄ と いう C D で 詞
、
は第 9条 曲 は ベート ー ベ ン の ﹁
合 唱交 響
、
、
。
出 ﹂ です 日本 語 英 語 エス ペ ラ ント語
、
によ る独 唱 や斉 唱 のほ か カ ラオ ケ版 も つ
。
いて いる そう です 定 価 未 定 です が 5 0 0
、
ご希 望 の方 は事 務 局 の
。
円 く ら いと のこと
佐 橋 ま でお申 し込 みを
4名
■ 6月 の無 言 館 ツ アー の参 加 希 望 者 は 3
、
。
にな り あ と 数 名 な ら ま だ 加 わ れま す ご
。
希 望 の方 は早 急 に お申 し込 みく だ さ い
、
日本 ﹃
市 民 の意 見 ﹄ の発 送 は 郵 送 か ら 宅
、
。
急 便 利 用 に変 え ま し た そ のた め 規定 の
、
重 量 ま で は 何 を 入 れ ても い いこと にな り
、
さま ざ ま の友 誼 団体 か ら チ ラ シを 同封 し
。
てく れ と いう 希 望 が多 数 来 て いま す な る
、
べく 便 宜 を 提 供 し てき た の です が あ ま り
、
にそ れ が多 く な ると 何 を 受 け 取 った のか
、
も わ か ら ず わず ら わ し いと いう ご意 見 も
。
寄 せ ら れ て いま す どう し た ら い いも のか
。
。
悩 ん で いま す ご意 見 お 聞 か せく だ さ い
OC\
Oω\ユO﹁
記︶
︵
、
よしかわ ・ゆう いち 事務局 ・編集委員︶
︵
市民の意見 N0113 2009/4/1
事蒜8だ よt,
246,000
131,500
12.000
680,500
カ ンパ
145,152
銀 行利息
支 出計
9,471.121
次期へ の繰越
4.残 高の 内訳
9,507,145
前期 か らの繰越
1921500
1,208,717
128,395
立替金 ('8)
預 り金清算 ('9)
127,588
預 り金 ( ' 1 )
19,CЮ
0
158.115
立替金清算 {・
2)
収入計
1,172.693
集会入場料
雑費
60,960
。
少 しず つ暖 かく な り春 はも う す ぐ 学 校
、
へ社 会 へと 巣 立 って ゆく 若 者 た ち の 緊 張
と 突 顔 が ま ぶ し い季 節 です 。
、
、
さ て 今 期 会 計 は ホ ン のわ ず か です が
。
赤 字 と な ってしま いま し た
176,715
F/1基 金
預 り金
2.715.820
1,190,816
計
9.471.121
36
市民の意見 N0113 2009/4/1
通 信 費 の支 出 が い つも よ り多 く な って い
、
ま す が これ は 3月 7 日 上 映 の ﹁アメリ カ
ば んざ い﹂ を 少 し でも 多 く の方 に観 て いた
、
だ き た いと お知 ら せ のは が き を お送 り し
、
。
た た め です お かげ さま で当 日 は 多 く の
。
方 に来 場 し て いた だ く こ と が でき ま し た
、
講 演 会 の収 支 に つ いては ま た 次 期 会 計 で
。
報 告 いた し た いと 思 いま す
、
、
尚 前 号 の会 計 報 告 の中 で 1 カ所 印 刷
。
に誤 り が あ り ま し た 残 高 の内 訳 欄 の預 り
、
、
金 の金 額 が 1 2 2 5 2 0 1 1と な って い
、
、
ま し た が 正 し く は 1 2 2 5 2 0 1 です 。
。
K︶
︵
条約基金
訂 正 し お 詫 び申 し 上 げ ま す
1 ) 意 見広告賛同金、グ ッズ等
注 (ネ
売 上の預 り金 。 ( * 2 ) 意 見 広 告事
務所費、光熱費立替 1 1 ∼ 1 2 月分清
算。 (*3)ニ ュー ス111号 の印刷
(*4)講 演会 の お知 らせ は が き代
¥48.560及 び切手、電話代。 (*5)
30の 会A4封 筒作成料 ¥85,437、 イ
ン ク トナ ー 代 ¥1?,513。
(*6)
ニ ユー ス 原 稿 、 緊 急学 習会 映 画 上
映機 器 使 用 料 、講 師調 礼 金 な ど。
(*7)ス タ ッフ交通費補助 12∼ 1月
分 ¥92,300他 。 (*8)意 見広告事務
所費2∼3月分 ¥110,000、 その他光
9)意 見広告
熱費等 ¥18,395。 (ネ
賞同金預 り分清算。今期の会計には
ニ ュー ス112号 の印刷費が含 まれて
お りませんので次期の会計に繰 り越
します。
、
。
府 跡 魯 迅 の墓 な ど も 見 てき ま し た
。
◆ 帰 ってき て か ら 半 年 ぶ り に 広 島 へ 連
。
休 中 の平 和 公 園 は 桜 が ち ら ほ ら 昨 年 は
6 00tl
96380
110,Oal
編集 籟社
24.710
会場 費
交通費 ('7)
事務所費
光熱費
手数料
、
◆ 無 能 な 麻 生 首 相 解 散 ・総 選 挙 の ゆ く
、
、
え 小 沢 民 主 党 党 首 の金 権 疑 惑 オ バ マ
、
を 選 ん だ 米 国 の混 迷 朝 鮮 民 主 主 義 人 民
北朝 鮮 ︶ の ミ サ イ ル 迎 撃 を め ぐ
共和国 ︵
、
る き な 臭 い動 き 変 わ ら ぬ 生 活 不 安 と 貧
、
、
困 ﹁海 賊 対 策 ﹂ と 称 す る 派 兵 ど こ を
。
取 って も よ い ニ ュー ス が な い で す ね た
、
だ 都 立 七 生 養 護 学 校 の性 教 育 関 連 裁 判
編集費 f6)
都 教 育 委 員 会 が 教 員 を 処 分 し た のは
78,070
102,970
、
(単位 :円 )
ア ウ シ ユビ ツ ツと ビ ル ケ ナ ウ の収 容 所 ヘ
、
、
行 った の です が 原 爆 資 料 館 沖 縄 の平
、
和 祈 念 資 料 館 ひ め ゆり 平 和 祈 念 資 料 館
、
な ど と や や 違 う コ ン セ プ ト だ つた よ う
。
に 思 いま す 韓 国 の独 立 記 念 館 も 人 形 や
ジ オ ラ マな ど を 使 って迫 力 が あ る の です
、
が ア ウ シ ュビ ッ ツは そ う いう ジ オ ラ マ
、
、
が ほ と ん ど な く 髪 の毛 や 没 収 物 建 物
跡 や 書 類 に 語 ら せ る の が 中 心 だ った も の
。
で 記 録 し 記 憶 す る こ と の難 し さ を 思 い
ます。 ︵
諸橋泰樹︶
。
● 会 員 のご 逝 去 の報 を いた だ き ま し た
しろうず︶滋 さ ん ︵
神奈川県逗子市︶
◎白 水 ︵
。
謹 ん でご 冥 福 を お 祈 り 申 し 上 げ ま す
、
次号
▼編 集 委 員 天 野 恵 一 有 馬 保 彦 ︵
、
、
、
、
担当 ︶ 井 上 澄 夫 佐 橋 弥 生 杉 内 蘭 子
、
、
、
、
高 橋 武 智 西 田和 子 古 澤 宣 慶 細 井 明 美
、
、
、
本号担当︶
道 場 親 信 本 野義 雄 諸 橋 泰 樹 ︵
、
吉 川 勇 一 吉 田和 雄
154,725
で
241.326
印刷費 ('3)
発送費
4)
通信費 (・
5)
消耗品費 (・
裁 量 権 の乱 用 にあ た り 違 法 だ と し た 東 京
、
。
地 裁 判 決 が 明 る い ニ ュー ス です
、
5
◆ 0年 に 出 か け て 以 来 久 し ぶ り に 上 海
、
。
に行 き ま し た 列 強 に よ る 侵 略 と 抵 抗 と
バ ンド︶な ど に み る コ ロ エ ア ルな 文
外灘 ︵
、
、
化 の足 跡 そ し て急 速 に 進 む 開 発 に 人
間 や歴 史 は 複 雑 だ な あ と 思 う こと しき り
。
16.320
中 国 共 産 党 の第 1 回 大 会 が 開 か
、
大 韓 民 国 の臨 時 政
(会費小計 )
障害者 会費
5.387.770
会基 本会計
291,000
1 . 収 入
一般会費
協力会費
敬老会費
36.024
▲
支
3.収
出
2.支
21,697
ース販売
ニュ
` S等
ハッ
シ 販売
でし た
2009年
1月 ∼ 2月 会廿
れ た ﹁一大 会 址 ﹂ や
市民の意見 30の 会 ・東京
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