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月刊 人外妄想図鑑 【巨人族(グラン・オム)】

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月刊 人外妄想図鑑 【巨人族(グラン・オム)】
月刊 人外妄想図鑑 【巨人族(グラン・オム)】
ひよこマッチ
!18禁要素を含みます。本作品は18歳未満の方が閲覧してはいけません!
タテ書き小説ネット[R18指定] Byナイトランタン
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁ノクターンノベルズ﹂﹁ムーンライトノ
ベルズ﹂﹁ミッドナイトノベルズ﹂で掲載中の小説を﹁タテ書き小
説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は当社に無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範囲を超え
る形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致します。小
グラン・オム
さくらばさくら
説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
月刊 人外妄想図鑑 ︻巨人族︼
︻Nコード︼
N7329V
︻作者名︼
ひよこマッチ
︻あらすじ︼
グラン・オム
176センチの身長と名前以外は平凡な桜庭桜と言葉は通じるけ
ど声を発さない巨人族の男性とジェスチャーで異世界コミュニケー
ション。
後にいちゃラブ︵予定︶の人外×平凡女の異世界トリップ小説。人
外度低めです。
桜視点、巨人さん視点、わけました。重複している視点もございま
すのでご注意ください。最新話は両方とも一番下に設置いたしまし
1
た。本編は完結で、番外編を掲載中。■■■ H27.8.5拍手、
こそーっと更新しました︵現在全4話︶
一迅社メリッサ様からH27.7.2に書籍化致しました。
2
Chapter 01. 私はカナヅチなんですけども
さくらばさくら
私の名前は桜庭桜。
親のネーミングセンスを疑うばかりの名前だが、本人達は改心の
一撃といわんばかりに、満面の笑顔で﹃いい名前じゃない﹄と口を
揃える。
だったら、自分の名前を改名してほしい、と切実に思うが、意味
のないことなので割愛する。
姉妹は普通の名前なので、完全なる嫌がらせだろう。
平々凡々、可もなく不可もなくといった私は、近所の市立小学校、
中学校に通い、偏差値がそこそこの女子高を卒業し、女子短期大学
に入学して、そこそこの中小企業に事務員として、新入社員からそ
こそこの事務員になったところだった。
後は、しいて言うなら、無駄に身長が高いせいで、未だに彼氏が
いないぐらいだ。
そんな私が、普通じゃなくなった日がきた。
+ + +
3
気がつけば、溺れていました。
私はカナヅチなので、短い生涯を閉じたと思ったら、猫の子みた
いに、襟首の辺りを掴まれて一気に水から引き上げられました。
咽ながら、持ち上げた人物と目が合う。
インディゴ
ファイアブルー
いつ櫛を通したか分からないほどの、ぼさぼさの灰色がかった紺
色の髪︱︱︱夜明色の髪と、同色の無精ひげ。
長い前髪の間から炎が高温になったときのような青火の鋭い瞳は
驚いたように見開かれていた。
浅黒い肌をしている、少し頬の扱けた外人風の男。
176センチと無駄に大柄な私を持ち上げても、足元はブラブラ
している。
つまり、目の前の人は私よりも、かなり背が高いということにな
る。
多分、2メートルは超えている。
男は口を開いたが、すぐに閉じて、難しい顔をしていた。
すとん、と私を地面に降ろす。
私はわけも分からず、自分の濡れた身を抱きしめながら、辺りを
見渡す。
4
数秒前まで、普通に会社に出勤しようとして、歩道を歩いていた
のに、ぱっと見ても深い森の中だ。
一面木々に覆われて、右も左も分からない。
私が溺れていたのは湖で、助けてくれたのは目の前の男のようだ。
釣りの道具があることから、男が釣りをしていたらしい。
たったそれだけだった。
混乱に身をまかせるがまま、オロオロしてると、ばさ、と上から
布が振ってきて、私の身を包んだ。
どうやら男が自分のコート?のようなものを貸してくれたらしい。
どちらかというと、マントようなものだった。
ぽん、ぽん、と頭が撫でられる。
不安で、不意に涙が流れてきそうになって、男に詰めるように様
々なことを問いかけたが、一言も返ってこなかった。
手振り身振りで何かを訴えている。
時折、なにか言いたそうに口を開いては、閉じた。
最初は明らかに外人顔だったので、言葉が通じていないのかと思
ったが、違うらしい。
﹁︱︱もしかして、話せないんですか?﹂
5
こくり、と男が頷く。
私は目を見張り、反射的に謝った。
言葉を発せられない人間に疑問ばかりをぶつけるなんて、何たる
非道だろう。
男は困った様子で﹃気にするな﹄というように、首を横に振った。
それから、ジェスチャーでなんとなく、風邪を引くといけないか
ら、自分の家で、服を着替えなさいと言っている様だった。
躊躇いがちに頷くと、釣り道具を放り出したまま、近くに置いて
あった西洋風の剣だけ手にすると、指をさして私を案内した。
パンプスでよろめきながらついていくと、すぐに引き離され、そ
れに気がついた男は戻ってくる。
私の体をひょい、と抱き上げた。
お姫様抱っこである。
恥ずかしくて、慌てて濡れていることを理由に降ろしてといった
が、男は首を横に振り、すごい速さで森を駆け抜けていった。
これが、私と、彼の出会いであった。
6
+ + + 数分後には、男の家に着いたらしい。
簡素なログハウス︱︱︱なのだが、男の大きさに比例して、普通
のログハウスよりも1.5倍はあろうかという巨大さである。
男は蹴破って玄関を開けると、一人暮らしなのか雑然とした居間
を通り抜けて、さらに必要最低限の物しかない寝室らしい場所に入
ると、椅子の上に降ろした。
箪笥から男のものらしいシャツとズボンとベルトとタオルを私に
預けて、扉を閉めて出て行った。
どうやら、着替えろということらしい。
私はタオルで水分を拭い、差し出されたものに着替えた。
周りを見ると、椅子もベットも箪笥も机も、大きさは1.5倍は
ある調度品ばかりで、自分が小人になったような気分だった。
この176センチの私が。
大抵男の視線が同じぐらいか、ヒールのある靴を履くと見下ろす
形になる私が。
男を見上げて、大柄な私を簡単にお姫様だっこまで。
少しだけ正気を取り戻してみれば、なんとも恥ずかしいやらで、
頬が熱くなるのがわかった。
7
シャツもズボンもぶかぶかで、何度も折り返して、なんとか引き
ずらずにすんだ。
ベルトがなければ、ズボンがすとーんと落ちるほどである。
隣の居間からは、がちゃがちゃと慌しい音が聞こえる。
意を決して、濡れた衣服とマントを手にして、そろ、とドアから
顔を出すと、男はすぐに気がついて、ソファーを勧めてくれた。
私は貸してくれた服のお礼をいって、座った。
濡れた衣服に気がついたようで、居間と繋がるキッチン︱︱なの
かよく分からないけど、釜戸と流し台のようなものがあるので︱︱
から桶のようなものを差し出し、入れるように指さした。
ふと、私を見て男が固まった。
前髪が長いせいで、どこを見てるか分からないが、原因は私しか
いないだろう。
﹁⋮あの﹂
びく、と声をかけた途端に男は、顔を逸らして、寝室に入ってい
った。
丈の長いベストのようなものを手にして戻ってきて、私に着ろと
差し出してきたので、よく分からないままそれを羽織った。
8
寒そうに見えただろうか?
消えていた暖炉には火が灯されており、室内は少しずつだが暖か
くなっていった。
それから、すぐにお茶かハーブティーのようなものを出してくれ
た。
お礼を言って、ありがたく頂戴した。
やはり片手にあまる木のマグカップを両手で触れると、じんわり
と熱が染み込んでいく。
冷えた体に、暖かい液体が通過すると、少しだけ、ぐちゃぐちゃ
に絡まっていた思考が、正気に向かいつつある。
男の気遣いに、泣き出しそうになるのをぐっと、堪えて男に向き
直った。
聞かなければならないことは山ほどある。
でも、私は、最初に聞いておきたいことがあった。
﹁あの⋮ここは、日本、ですよね?﹂
その日本であれば、まったくの愚問だが、聞かずにはいられなか
った。
男は困った様子で、首を横に降った。
9
Chapter 01. 私はカナヅチなんですけども︵後書き
︶
ワード
ランタン
夜の荒野を彷徨う愚者よ、進むがよい。
右手に古びた杖を持ち、左手に錆びた角灯。
汝が踏みしめた覚束ない勇敢な一歩が、やがて後ろから続く愚者た
ちを﹃道﹄となろう。
その背中は続く愚者の﹃道標﹄となろう。
黄金の月は、ただ冷たく汝を見下ろす。
いつか彼らは気がつく。
この道は名もなき愚者の第一歩から、続くものであると。
たとえ汝が後ろから来る愚者の存在を知らずとも。
ランタン
角灯は汝の足元を映し出す。
彷徨う偉大なる愚者よ︱︱お前の故郷は見えない。
進むがよい始まりの愚者よ︱︱︱お前の故郷は、まだ見えない。
︻イス神の福音書 二章十七節︼
10
Chapter 02. 異世界の洗礼でした アメリカ、中国、アフリカ︱︱︱と、記憶にある限りの国を挙げ
て、最後には﹃地球﹄まで聞いたのに、男の首が縦に振られること
はなかった。
落胆する私に、男は少し待つようにと、隣の部屋に入っていく。
寝室ではないが、開けた途端に、どこかで荷物が崩れたのか、物
音と埃が部屋から出てくる。
どうやらこの男、掃除という概念がないようだ。
残された居間も、用途の分からないものが立てかけてあったり、
毛皮が畳まれていたりと雑然としている。
帰ってきた男は、丸められ紐で括られた皮のようなものを手にし
てた。
ぱんぱん、と大きな手で、埃を払っているので、年単位で使われ
ていなかったのだろう。
テーブルの上に広げる。
どうやら、地図のようだった。
森、川、湖、山はどこでも共通のようで、すぐにわかる。
分かったから、頭が痛くなる。
なにせ、湖の周辺は森と川と山ばかりだし、一部分だけしかない
11
周辺地図のようだが、どう考えても、さきほどまで私が歩いていた
出勤の道と場所ではない。
男が運んできたときは小さく見えたが、広げるとわりと大きかっ
た。
A4サイズよりも大きいぐらいなのに、男の手が大きすぎて小さ
く見えていたようだ。
文字は英語っぽいが、やはりどこか違う。
・・
見たことのない文字が幾つか混じっており、読めない︱︱︱はず
なのに、私の頭は、それを理解していた。
ありえない事に、一瞬、背筋が冷える。
溢れ出そうな混乱を懸命に押し込めるようい努めた。
男が地図を指差したのは、湖の絵。
慎ましき雛湖。
⋮⋮変わった名前の湖だ。
いや、それよりも、ここは多分だが、私が溺れていたところでは
ないだろうか?
尋ねると、男が頷いた。
そこからつつ、と指が滑り、森の中を抜けて、森を指したまま、
停止した。
12
先ほどの荷物置き場に突進していく。
戻ってくると、手には羽ペンとインク瓶が握られていた。
インクの蓋を開けると、テーブルにおいて、羽ペンの先を入れた
が、その大きさに今度は驚いた。
男が持つと丁度いいが、私が持つと絶対大きいだろう。
インクはそうでもないが、羽ペンの羽の部分は私の顔の大きさ以
上はあるだろう。
男は器用に地図に、このログハウスの絵を書き加えた。
それからもう一度、湖から森を抜けて家と指が滑る。
どうやら、私と男が通過した道らしい。
男の示すことが本当であるなら、私は通勤途中に突如湖に現れた
ことになる。
まさか、そんな非現実的なこと、ありえない。
男は悪人には見えないが、言っていることは本当なのだろうか?
嘘をついていないと、断言できない。
言葉は喋ってないけど。
極論かもしれないけど、攫ったのが男だとしたら︱︱いや、そこ
で湖に投げ捨てる意味が分からない。
目を覚ませるだけにしたって、揺らしたり、叩けばいい話だ。
13
そもそも、あれほど人のいた場所から白昼堂々と人攫いができる
はずないし、気絶した私を運んでいたなら誰か彼か気がつくだろう。
前髪も長くて顔がハッキリしない男は怪しいが、でもやっぱり悪
人には見えない。
︱︱そうだ!携帯!
もし私が溺れていた所に、鞄が落ちていれば︱︱鞄があるかも、
陸地にあるかもわからない︱︱可能性は低いけど、水没してなけれ
ば、使えるはず。
私はいてもたってもいられず、立ち上がった。
男がぎょっとしたのが分かる。
そのまま、玄関を飛び出すと、私は全力で走り出した。
+ + +
深い森を駆け抜ける。
足元には辛うじて、獣も道のようなものがあり、それを辿ってい
く。
先ほどは、あっという間に湖から家まで辿り着いたはずなのに、
全然湖が見えてこなかった。
男は私を抱えていたにもかかわらず、すごい速度だった事に今更
14
ながら驚く。
森は目印になるようなものはないが、方向は間違ってないはず。
どれくらいかかったか、心臓が破裂しそうになりながら、ようや
く湖に到着した。
とても、足が痛い。
釣竿を発見して、辺りの短い草原を探そうとすると、がさ、と横
から音が聞こえて、もう男がやってきたのかと身構えた。
木陰から出てきたのは、猪だった︱︱いや果たして、猪、なのだ
ろうか?
猪のシルエットだが、毛並みが緑色と黄色の縞模様だった。
普通の猪の大きさなど、知りもしないが、絶対にデカイ。
大型犬よりも体格がよく、へたすると自分の腰よりも大きいだろ
う。
おまけに、角が生えており、頬まで裂けたような大きな口からは、
立派な牙が下顎から歪に生えていた。
猪が口を開くと、粘着質な黄土色の涎が毀れた。
じゅうう、と音を立てて涎が、まるで硫酸のように、草を溶かし
ていく。
﹁ひっ!﹂
15
思わず喉を鳴らして、一歩下がる。
なにせ、現れた猪は一頭ではない。
群れらしく、ぞろぞろと、五頭⋮いや、後ろにプラス二頭ぐらい
いる。
どうみても、友好的ではない︱︱それどころか、私は彼らにとっ
て餌であると、その鈍い灰色の目が語っていた。
豚のような鼻息も荒い。
踵を翻そうとした瞬間、激しい足音を上げて、猪?の群れが私に
向かって突進してきた。
もうだめだ。
このよく分からない山中で、猪に食べられて、生涯を迎えるなん
て︱︱︱そこそこ、普通に生きてきた私の最後としては、とびっき
り異常な終わりである。
愚鈍そうな姿をしてるのにもかかわらず、一頭が私の身長ほど飛
び上がった。
大きく口を開きながら、涎を撒き散らしている。
それを目の当たりにして怯む足。
16
まったく、動かない。 死んだ。
インディゴ
刹那、夜明色の風が強く吹いた。
なにが起こったのかわからなかったが、ぎゃんと犬が叩かれたよ
うな声が響き、足元がすくい上げられるような感覚についで、私の
視界はぐるりと回って、高くなっている。
男だ。
この独特な髪の色は、たぶん、先ほどの巨大な男。
気がつけば、私は男の丸太のような腕に抱き上げられていた。
何も言わずに、唐突に走って出てきた私を彼は追いかけてくれた
のだ。
感謝と、恐怖で混乱しながら私は、思わず首元に縋り付くと、そ
れに答えるように、ぎゅと、支えていた左腕が一層強く抱き寄せら
れた。 同時に襲い掛かってきた異形の猪たち。
男は手にしていた剣を構えた。
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圧倒的だった。
巨大な体からは考えられないほど、男は素早く︱︱︱そう、私を
抱えているにもかかわらず︱︱︱猪の牙を避け、的確に剣を振り下
ろしていく。
一頭、二頭と、真っ二つにしていくが、剣筋がまるで見えなかっ
た。
まるで、魚でも捌いているかかのように、すぱん、と切れて、黒
い血が噴水のように噴出した。
しかし、男が返り血を浴びることもなく、移動している。
次に三頭が同時に襲い掛かってくる。
もうだめ、と思ったが、男の腕の辺りが輝き、剣を握る拳を突き
出す。
すると拳の先から、光を帯びた魔方陣のようなものが空中に飛び
出して、一瞬にして体が覆われるほど広がると、まるで壁ができた
ように、三頭がそれに激突した。
悲鳴を上げて、千鳥足になる猪。
魔方陣が消えて、男は剣を振り上げる。
また剣筋はまったく見えずに、猪が三頭ともやはり真っ二つにな
った。
18
私は人の強さなんて、テレビでやっている格闘技の大会とかぐら
いでしかお目にかかったことはないが、この男の強さは尋常ではな
いとわかる。
動物とはいえ、生命の奪略の場面を見たことすらない。
それを本能的に危機を感じ取った残りの猪が、散り散りに逃げて
いった。
どうやら、七頭だけかと思ったら、もっといたようだ。
時間にして、十数秒。
どれだけ男が強いのかをどう言葉にしていいか分からない。
それに、なんだ、あの魔方陣のようなもの︱︱︱本当は魔法なん
じゃないかって、薄々気がついているが、信じたくはなかった。
信じてしまったら、ここが⋮⋮本当に異世界いるような気がして、
怖かった。
もうあの猪を見た時︱︱いや、よく分からない文字が読めた時に
は、わかっていたのかもしれない。
ただ、認めたくなかっただけで。
ほとんど、この時には、ドッキリとか、私が騙されれるとか、誘
拐されたのではないか、という考えは、なかった。
19
私は、ただ呆然としていた。
剣を一振りして、滴る黒い血を振り払い鞘に収め、息を詰めて微
動だしない私に気がついたようで、男は困ったように、力強く抱き
しめて、私の頬を撫でた。
硬く大きな指だが、意外と暖かい体温に、私の強張った体を弛緩
させた。
のろのろと視線が合うと、男はほっとしたように目元を和らげ
る。 ファイアブルー
目つきは鋭いのだが、青火の瞳はどこまでも優しい色を称えてい
る。
だから、片手で持ち上げられた時も、下ろされた時も、すぐに警
戒心というものが男に対して芽生えなかったのだと今更ながら思っ
た。
黙って出てきても、追いかけてきてくれた。
最初から、ずっと、男は私を気遣っていてくれたのだと、ようや
く気がついた。
﹁あ、りがとう、ございます﹂
20
首を横にふり男はぽんぽん、と労うように私の背中を叩いてから、
木の根のような所に下ろす。
立ち上がろうとすると、首を横に振って、私が起き上がるのを制
する。
と思ったら、足首を掴まれた。
﹁え、ええ??﹂
やっぱり、警戒は必要だったのだろうかと思いながらも、さして
抵抗もなく、されるがままだった。
そして、ぽたぽたと落ちる朱色の液体に目を見張った。
私、靴、履いてなかった。そうだ。パンプスは水に濡れて中がぐ
ちゃぐちゃだったので、家の中は素足で歩いていたんだった。
そして、森を走り抜けてきた時に、石か何かを踏んだのだろう。
少し足が痛かったが、まさか切っていたなんて、おまけに泥だら
けだった。
意識すると、痛みが増す。
親指の付け根上がりから、ざっくりといっているようだ。
﹁︱︱︱︱︱っ﹂
21
男の起こした行動に叫ばなかった自分を褒めてやりたかった。
・・・・・
足を高く上げると、男は巨大な身を屈めて、傷と泥のついた私の
足を口に含んだ。
22
Chapter 02. 異世界の洗礼でした ︵後書き︶
[民族学者アルジャン=オットの研究手帳] ︱︱巨人族抜粋 年頃の男女が会話もなしにツガイになるのは難しいのではないかと、
思われたが、意外にも多くの夫婦が存在する。
どうやら、年頃の娘が男を見初め、声をかけ、男がそれに声を発す
ると恋人同士︱︱を通り越して、夫婦になるらしい。驚くことに、
トンベアムール
それで成立するらしい。
グラン・オム
一説によると﹃一目惚れ効果﹄とも言われている。
他の種族ではあまりないことで、一説によると巨人族のハーフが滅
多にいないのも、このせいではないかと言われている。
今後も、調査が必要である。
それに図鑑に書き込むことは憚られるが、どうやら夫が妻に対して、
グラン・オム
奴隷のように甲斐甲斐しいのは、どうも夜の営みが激しい?ねちっ
グラン・オム
こい?らしい。巨人族の男は体に見合った性器であるせいかもしれ
ないが⋮羨ましい限りである。
さすがに実地の調査はできなかったが、夜に巨人族の里を歩くと、
女性の艶声に事欠かない。
考えてみると、朝に未婚の娘と妊婦以外に歩いているところを見た
ことがない⋮⋮それをどう解釈するべきか、悩むべきところである。
23
Chapter 03. 日本人だから? かっ、と頭まで血が上るのがわかる。
絶対、顔は真っ赤だ。
傷口がチリチリと傷むのに、くすぐったい︱︱むず痒い?
男の口の中に、自分の足の小指以外が咥えられた衝動は、強烈な
ものだった。
彼の短い時間の中で垣間見た行動を考えてみれば、怪我をして、
泥まみれだから、それを拭おうとしているのはわかる。
生暖かく濡れた分厚い舌が、足の裏を這う。
痛みを伴いながら、土を傷口から吸い出そうとしている。
ぞわ、と肌が粟立つ。
その感覚と、丹念に舐められる感覚に 感じたことのないものが
背筋を這い上がる。
年齢=恋人居ない暦である私にとっては、混乱と動揺しかやって
こない。
しらない、というほど初心ではないし、年がいってるせいで、そ
れなりに色々と耳に入ってる。
24
それにしたって、刺激が強すぎる。マニアックすぎる。
足舐めるって。
﹁っ⋮まって、や︱︱っ﹂
甲高く上がりそうになった声を手の甲を当てて押さえ込む。
たしかに自分の喉から発した声なのに、自分の声ではないように
聞こえた。
どうみたって、後ろに湖があるのだから、それで足を洗えばいい
話だ。なんだって、わざわざ、泥だらけの足を口に含む必要がある
というのだ。
男の親切心︵?︶に蹴りで返すのは、気が引けたが、このままで
はどうしていいかわからない。
なにせ、名前も知らない初対面の男である︱︱いや、性別は関係
ない。誰が同じことをしても、私はおんなじ気持ちになっただろう。
申し訳ないのか、恥ずかしいのか、痛いのか、もうわけがわから
ない。
意を決して、私は思いっきり足に力を込めた。
︱︱︱が、まったくもって動かなかった。
25
体勢が体勢だし、舐められて体から力は抜けるし、なにより男の
力が強すぎるのだ。
男は力を入れてるように思えないのに、びくともしない。
懸命に反抗するも、傷を追った足は土踏まずの所をがっちりと押
さえ込まれているため、足の指しか動かないし、動かすと傷が痛い。
もう片方の足だって脛を掴まれて、足の指が舌から逃げるように、
もぞもぞとしか動かない。 もうだめだ。
口を空ければ変な声が出そうだし、頭が沸騰しそうで、でも蹴り
倒すことすら叶わず、もう男が自分の足を舐める姿を見ていられな
い。
顔を逸らし、目を瞑り、口を押さえて、やり過ごすしかなかった。
だが、耳まで防ぐことはできずに、ぐちゅぐちゅと唾液と血液の
混じった音が聞こえてくる。
恥ずかしい。
いっそ羞恥で死ねるレベルだ。
二度、泥と血と涎を吐き出した男は、三度目は傷口をゆっくりと
26
舐めた。
﹁っ︱︱︱﹂ 最初の二度は、大型犬が好意的に頬を舐めるぐらいのものだった
のに、今度は傷口を労わるように、ねっとりと、分厚い舌が這う。
時折、ちゅ、ちゅ、と音と立てては吸われた。
男の唾液が、足の裏に緩慢に流れていく感触が生々しい。
だが私には甘受するよりほかなかった。
どのくらい、その羞恥の責め苦に耐えたのか、ふいにぴたり、と
止まる。
数秒をおいて、私はそっと目を開けた。
私を見つめたまま男は、どこか呆然としているようだった。
ここぞとばかりに私は口を開いた。
今を逃して、また足舐め地獄に落ちたら、どうしていいかわから
ない。
﹁っ、お願い、です︱︱︱お願いですから、足の泥を落とすのは後
ろの湖にしてください﹂
27
長い前髪の隙間から男が大きく目を見開くのがわかる。
勢いよく、背後を振り返る。
それから、ぎ、ぎぎ、と壊れかけのカラクリ人形のように、こち
らを振り返った。
浅黒い肌でも、頭に血を上らせているのがわかるぐらい、頬が真
っ赤になっており、自らの腕で口元を押さえて、狼狽した様子で視
線を泳がせている。
その様子は、まるでエロ本がベットの下から出てきたような少年
のような純情なリアクションである。
本当に、気がついていなかったようだった。
そのことに、私の方が驚きである。
もしかして、この男︱︱外人の年齢など定かではないが、年は四
十代ぐらい?︱︱実は鈍いのか、天然なのだろうか。
項垂れたように、その場所に手を着いて、男は巨漢を縮こまらせ
る。
﹁いえ、な、なんというか、そんな萎縮されても﹂
28
男は頭を下げて、そのまま土下座した。
﹁ひえ、えええ!!え、あの︱︱なんていうか、こちらこそ、ご迷
惑をおかけしているというか、とりあえず顔上げてくださいぃぃぃ
!﹂
驚きすぎて、裏声で変な奇声を上げてしまった。
男は少しだけ、こちらを伺うように顔を上げた。
物凄く困ったような顔で、いい年の親父であろう男は、今にも泣
き出しそうである。
︱︱︱え、ええ??私、私のせい??違うよね?違わない??
数秒前まで主に被害者だった私が、まるで加害者のような罪悪感
に押しつぶされそうなんですが。
さが
これが、もしかして日本人としての性なんだろうか。
そもそも土下座されたことなんてない︱︱ってか、こんな大きな
親父に土下座されたら、それは、私の恐怖とか、怒りとか、ぶっと
ぶよね︱︱いや、そうパニックになっている場合ではなかった。
29
﹁そのっ、いや、治療のためだったんですよねっ!わかってます、
むしろありがとうございます。だからとりあえず、湖の水で口濯い
でください!私、素足で歩いてたんですよ??﹂
じゃないと、なんか私が居たたまれない上に、微妙に精神的にダ
メージを受けるんですけど。
とりあえず、近寄って巨漢の手を引いて湖の方に引っ張る。
ちょっと動いたら頭がくらくらした。
なんだろう?
貧血になるほど、出血したようには思えないが。
途端に、のろのろと起き上がった彼が、誘導しようとする私の体
をひょいと持ち上げる。
すぐに男は己の袖口で、足の裏の土を拭う。
そう、きっと私がちょっと敏感に反応しすぎただけで、男には普
通のことだったのかもしれない。
先ほど見たログハウスの中は、そんなに生活水準も高そうじゃな
かったし、そもそも人里じゃなくて一軒しかたっていなかったのは
なんでなんだろう。
だが、先ほどの戦闘の素早さなど嘘のように、やっぱりのろのろ
と歩き、時々、ちらちら、と私を伺う様に視線を投げてくる。
30
視線が飛んでくるたびに﹃いや、大丈夫ですから﹄と、答えてお
こう。
とりあえず、男に何度もうがいをさせて、口の中のことは私もそ
れで忘れよう。
まだ恋人もいないのに、足は知らない男に舐められたという、精
神的なダメージはあるけれど。
それが終わってから、私も自分の足を洗った。
ほとんど血は止まっていたが、少し痛む。
すると男の腕が光り、やはり魔法のようなもので、私の足の怪我
を一気に治した。
それに、私は甲高い声で奇声を上げてしまった。
31
Chapter 03. 日本人だから? ︵後書き︶
グラン・オム
[民族学者アルジャン=オットの研究手帳] ︱︱巨人族抜粋 ドラ・オム
﹃この世の最後の女が竜人族か巨人族だったとしても、ツガイがい
るなら手を出してはならぬ。自分の命が惜しいなら﹄︱︱︱栄えあ
るトュルキル領地の迷える若き青年の理想の花嫁探しの旅 第六巻・
最終章﹃遺言﹄より抜粋
ベット・オム
上記の言葉は、世界でも有名な南国出身の獣人のプレイボーイの男
の半生を綴った書物で、たしか数年前に絶版になったように噂で聞
いた。非難を浴びはしたが、民俗学者としては、そこそこ面白かっ
たといえよう⋮⋮男と女性たちの夜の描写が生々しくはあったが、
艶本として購入したわけではなく、様々な種族の女性の研究材料と
して︱︱︱中略︱︱︱ともかく、内容はお察しの通り、生涯をかけ
て、理想の花嫁を探し、様々な種族の女性と恋に落ちた男の話であ
る。
グラン・オム
彼が138歳になった時に、西の都で出会った身長247センチの
巨人族の女に一目惚れしたのだ。
その場でたまらずに口説き、手を握ったらしいが、それにはツガイ
グラン・オム
がいたようで、その場で切りつけられたという。
グラン・オム
後に領地の最高裁判で目撃者が巨人族の女を口説き、ツガイの目の
前で手を握ったと証言すると傷害罪で拘束されていた巨人族の男は
ベット・オム
青年を半殺しにしたにもかかわらず、無罪となった。当然の結果で
ある。
青年が獣人でなければ死んでいただろう。
32
ドラ・オム
ちなみに竜人族の女には、口から火を吹かれて、ミディアムにされ
たらしい。
33
Chapter 04. これが、恋?
男の手︱︱手首に近い腕の辺りが淡く光り、手のひらの上に小さ
な魔方陣みたいなのが出現したと思ったら、傷口が熱を持っていた。
数秒が過ぎると、足の裏には痛みはなかった。
驚いて男を見ると、まるで自分のことのように、ほっとしたよう
に微笑を浮かべていた。
なんか、それを見ると自分も大丈夫なのだと安堵できる。
﹁足⋮⋮あなたが、治してくれたんですか?﹂
なぜかすこしだけ男が目を見開いたような気がしたが、すぐに目
元を和らげる。
男が頷き、私は頭を下げて感謝を伝えた。
どうして私の足の裏の怪我が治ったのかなど、原理も方法も微塵
もわからないが、男の起こしたアクションで私の傷が癒えたことだ
けが事実である。
﹁私、重いですよね。すぐ、おり︱︱わっ﹂
34
もう平気だと思い、男の腕から降りようと身を乗り出すと、その
気配を察したのか︱︱今考えてみれば、左腕一本で私を抱き上げて
いるのもすごいが︱︱右手で私の体を包み込む。
されるがままになってると、男は上手に体制を建て直し、私を左
腕のポジションに戻す。
ぴったりと体を寄せて、右手で退路を塞ぐ。
まるでジェットコースターの安全バー並みに安定感を感じる。つ
まりは私が暴れても、動くようなものではないだろう。
男からは微かに漂う汗の匂いに混じって、甘い匂いがした。
意図がわからずに、顔を上げると、男の顔がやけに近くにあった。
先ほどよりも、しっかりと抱き寄せられているせいだろう。
心臓が高鳴った。
こんな間近で、男の顔を見たことなどない。
物心ついたときには、肉親ですら、こんなに近くによったことは
ない。
よく考えてみれば、この体制、片手で持ち上げられているので、
お姫様抱っことまではいかないが、それに近いくらいの密着である。
右半身に寄り添う男の体温がてても心地いいなんて、口が裂けて
もいえない。
35
これは恥ずかしいだけ。
ただの羞恥。
懸命に意識しないようにしている私の努力など男は気がついてい
ないようだ。
ただ私を見下ろして、困ったように首を横に振っている。
首を捻る私が男の行動の意味をわかってないことがわかったよう
で、顎の髭を人差し指、中指、親指でなぞりながら、視線を落とし
て男は逡巡しているようだ。
その男臭い仕草に、なぜか体が熱くなる。
よくわからない現実を突き付けられて、それを理解しようとする
だけで、精一杯だったせいか、男などあまり見ていなかったような
気がする。
インディゴ
最初に鮮やかなインパクトのある夜明色のボサボサの髪は、現代
日本では絶対見かけないであろう。
学生時代のクラスメイトが髪をブルーブラックに染めていたが、
あれは光が反射しないと気がつかない。
校則が厳しかったので、目立たないようにはしていたのだろうけ
ど。
でも男の髪は、紺色が基本色で、それに深みのある黒味が加わっ
ているといった感じだ。
36
浅黒い肌も、手伝って、日本人離れした風格は人目を引くだろう。
顔立ちは堀が深く、そこそこ整っているような気もするが、前髪
が邪魔で全貌を明らかにしていない。
でも、間違っても一般的に想像する王子様のように美形というわ
けじゃない。
年齢も若くても三十代後半ぐらいだろうし。
男は巨漢だ。
二メートル以上は確実にある。
体つきもひょろりとしたものではなく、服越しにも引き締まって
いるのがわかるし、太い首も、私を軽々と抱き上げる腕も、椅子の
ように微動だしないので、よほどの筋力と体力を有してる。
胸板も硬くて、わりとムキムキなんだろう。
こんな鍛えている人は、街中を歩いていても滅多にお目にかかれ
ないだろう。
アスリート選手だって、こんなに体格がよくなったりしない。
骨からして、作りが違うのか。
︱︱︱ただ、目の色だけは文句なく美しい。
陳腐な言い方しかできないが、宝石がはめ込まれているみたいだ。
37
ファイアブルー
炎が高温時に見せる青火。
私は青とも水色とも付かない透き通る色が大好きだった。
なにより、この男は言葉は発さないが、その分表情と目元に出や
すいのではないかと思う。
だから、男の目も好きかも︱︱と思考が散乱しだして収集がつか
なくなってきたので、私は考えるのをやめた。
考え込んでいたのは長い時間だったか、短い時間だったか、男は
不意にこちらを向く。
私の足を掴んだ。
それからしゃがみ込んで、地面を叩き、首を横に振る。
私の足と地面が駄目。
﹁あ、私が素足だから、地面を歩かないほうがいい、ということで
すか?﹂
正解だったようで、男は笑みを浮かべて頷く。
いやでも、私をずっと抱えて歩いては、さすがに疲れるのではな
いだろうか。
私は体型は標準的だけど、身長が高い分、重いのだ。
38
﹁でも、腕疲れるでしょう。大丈夫です﹂
言外に下ろしてくれと訴えると、男は困ったように眉根を寄せ、
首を横に振って、じっと、こちらを見ている。
昔飼っていた大型犬が、お母さんに、ご飯を直前に﹃マテ﹄をさ
れて従順にしたがうんだけども、もういい?もういいよね?って請
うような瞳は。
きゅん、ときて、無性に﹃いいよ﹄っていってしまいそうになる
感覚。
だが初対面だし、男は犬では︱︱︱多分、犬属性の性格をしてい
ると思われるが︱︱ないし、それにここまでよくしてもらっていて、
さらに迷惑をかけるなんてできない。
しばし、睨みあったまま、沈黙が落ちる。
意外に強情な人のようだ。 地面へと、下ろしてくれる気配はない。
﹁大丈夫ですよ⋮私、気をつけて歩きますから、ね?﹂
もう一度頼むと、男は不本意だったようで、少し考え込んだ後、
渋々私を地面に下ろした。
39
下ろされて、男の体温が遠ざかると、なんか寒い。
そう考えて、ちょっと抱き上げられることに慣れていた自分に、
また恥ずかしい思いが込み上げてくる。
釣竿とバケツと荷物を手にすると、男はついておいでと手招きし
た。
先ほどのログハウスに戻るようで、往復した獣道ともいえぬ道へ
と入っていく。 足の裏に土の感触から、短い草の感触が加わる。
何かを踏みつけても、走ってさえいなければ、切ることはないと
思うが、地面を見ながら歩く。
私を抱えて走ったときとは比べ物にならないほど、ゆっくりと男
は歩んだ。
時折私を振り返っていたので、歩調を私に合わせているのかと思
えば、動きがおかしい。
よく見ると男の顔は地面を見ているようだった
これまた30センチはあろうかという大きな足で、獣道にある石
や小枝を、道の脇に寄せていた。
手元では自分の服に引っかかる枝を折って、私が通ったときにあ
たらないようにしている。 もしかして、男にとっては私を抱えて走るほうが楽だったのだろ
うか。
40
こんな風に気を使いながら歩くよりは。
ものすごい申し訳なさと、それから少し嬉しいという矛盾した気
持ちが、ごちゃ混ぜになって、自分がよくわからなくなる。
ただ先ほどから、ずっと心臓が高鳴っているのだ。
初対面だ。
迷惑をかけている。
なのに、なんで、この人はこんなにも優しいのだろうか。
果たして、私はここに来る前に、男性に真摯な優しさを受けたこ
とがあるだろうか?
家族や友人にならあるかもしれない。
昔から、いいなぁと思う人は私よりも背が低い人だった。
成長が早かった私は中学時代から、大体のクラスの九割の男子が
自分よりも身長が低く、整列をすると女子の列の一番最後だったの
だから、当然の結果だ。
思春期だった頃に言われた暴言が原因で、告白なんて一度もでき
なかった。
口にしたのは仲が良かった男子で彼にとっては、ただの他愛ない
冗談だったのかもしれないが、ひどく心に突き刺さったのを今でも
覚えている。
41
私は曖昧に返した。
そこで泣くほど弱くもなかったし、かといって笑い飛ばせるほど
強くもなかった。
なんで、こんな大昔のこと思い出しているんだろう。
いつの間にか、私は立ち止まっていたらしく、数歩先を歩いてい
た男が、不思議そうな顔をして、振り返っていた。
いやだなぁ、私。
ちょっと優しくされたくらいで、すごく舞い上がってる。
たぶん、この男は人間が出来ているのだ。
優しくて、真面目で、いい人だから、私にも優しく出来るのだ。
男からみたら私は迷子で危なっかしいから、きっと保護してくれ
ようとしているんだろう。
でも、困った。
顔が熱くなってるから、私、ものすごく真っ赤になってるんじゃ
42
ないだろうか?
全身が心臓になったみたいに、ドキドキも全然収まらない。
なんだろ、こんなの初めて。 長い時間静止していたせいか、男の視線が不安げな色を帯びてく
る。
それにまた、私はドキドキする。
頭の中が熱くなって、頭がガンガンする。
手やら額から汗が滲んでくる。
これって、恋? 手足に力が入らない。
胸というか、息が苦しくなってるような感じがする。
まるで、風邪でもひいているみたいに、地面が揺れて、眩暈が︱
︱︱⋮?
驚いた様子の男が私に手を伸ばす姿が、ぐにゃり、と歪んだ。
43
Chapter 04. これが、恋?︵後書き︶
[世界の不思議な種族図鑑]第五巻 著 アルジャン=オット
ファン・オム
★★★ 純人族
オム
現代では絶滅した古代種。
この世のすべての人族の始祖といわれているが、その実態も多くの
謎が残っている。
その姿を見たものは数が多くはなく、写実も現存しているものが少
ないため、正確かどうかはわからないが、ミュゼ博物館に飾られて
いる多くの源流となった種族が並んでいる﹃最後の箱舟﹄の絵画か
ら、ほかの並んでいる種族から比較し、推測すると、女性は身長1
55センチから160センチ。男性は175センチから180セン
チぐらいだろうか。描かれているのは男女共に﹃ジャッポン民族﹄
プティ・オム
なので、他にも存在したといわれる民族は身長は不明である。
グラン・オム
巨人族、小人族の姿に酷似しているが、彼らの種族の特徴はなんと
オーグル
オーグル
いっても耳が丸かったらしい。
鬼族のような耳だが、鬼族のように額から角は生えていない。
サヴァン
ディリジェ
特殊な魔法を使う者はごく少数おり、彼らは学者と呼ばれており、
他の種族にない力を持っていた。
ノーファン・オム
サヴァン
彼らが永遠の生命を持つといわれる鉄と賢者の石で出来た﹃道標﹄
と呼ばれた人造純人族を生み出した学者の死亡で、大陸暦187年
に絶滅されたと発表されている。
ファン・オム
純人族は、この世のどの種族よりも弱いであろう。
しかし、その﹃柔軟な命﹄を持つが故に、我らが地上に住まう種族
44
オム
は、すべて彼らから派生したのである。
我ら、この世に生きる人族存在こそが、彼らの生きた証ともいえよ
う。
45
Chapter 05. 風邪でした
海の底から浮上でもするように意識が覚醒していく。
そこで自分が眠っていたのだと気がついた。
瞼越しにも、強くはない光が差し込んでいるのがわかり、うっす
ら瞼を開く。
ぼやけている視界。
目覚まし時計は鳴っていないが、とても長い時間眠っていたよう
で気だるい体を起こそうとする。
会社に遅刻する前に起きなくては、刷り込みに近い反射だった。
体を起こそうとして、ようやく異変に気がついた。
なぜか手足が重くて、動かない。
視界が鮮明になってくると、見慣れた自分の部屋でもない。
﹁⋮⋮っぁ、れ?﹂ 声も辛うじて出せたというくらいに掠れている。
横から息を呑む音が聞こえた。
混乱に体に鞭打って起き上がろうとすると、額から落ちて、布団
46
の上に転がった。
水を含んだ、布?
上半身は辛うじて腕で支えながら起こせたが、軽い眩暈。
座っているにも関わらずふらふらする。
勢いよく倒れこみそうになるが、まるで自分の手が子供の手のよ
うに感じるくらい大きな手が、私の肩を支えていた。
インディゴ
視野に広がる夜明色。
そこで、ようやくこの家に戻る道で自分が倒れたのだと自覚した。
心臓が高鳴って、頭が痛くて、手足に力が入らなくて、目の前が
歪んだと思ったら電気のスイッチを切ったみたいに真っ暗になった
のだ。
考えてみれば、湖で溺れて、足を切って、日ごろ滅多にする事も
なくなった全力疾走して、わけのわからない野生動物?と命を狙わ
れて、ずっと混乱していた。
体への負荷は勿論、精神的にもきていたのだと、今更ながら思い
至る。
︱︱︱風邪だったのか。
その前まで、色々嫌なことを思い出したり、発熱のドキドキを男
47
への好意だと勘違いしていたのか。
そうして、片付けてしまえば一番いいのだろう。
私は男の触れる温もりと厚意に、心を揺らしながら、それが収ま
るのを待った。
このシンプルというか質素な作りの室内を眺めて、溺れた後に乾
いた服に着替えたときに借りていた部屋だと気がついた。
横に備えてあった木のコップを男が私の口元に運ぶ。
中はお茶のようで、飲み物だとわかった途端に無性に喉が渇いた。
男に支えられながら、温めのお茶を数度にわけて飲み干した。
ちょっと薬っぽいアールグレイみたいな味がしたが、喉がカラカ
ラだったので、止まらなかった。
もしかしたら、飲んだことはないが漢方みたいなものなのだろう
か。
胃の中が暖かくなっていくのがわかる。
男がゆっくりと私をベットに戻す。
やつれたとはいわないが、なんだか男がとても疲労している様子
である。
また、迷惑をかけてしまった。
48
急に気分が落ち込み、謝罪すると、男はなにか言いたげに口を開
いたが、飲み込むように閉じて、首を横に振った。
ばっと、男が私から離れると、地面に正座して︱︱︱またひれ伏
した。
巨漢を縮こまらせて、床に土下座。
﹁ひえ、えええっ!!!??﹂
意味も分からず、また裏声で奇声を上げてしまった。
起き上がれなかったので、ベットの上で転がって端まで寄ってい
く。
ダブルベットどころか、キングベット以上はあろう大きさのベッ
トなので、体が動かないのも手伝って、移動に時間がかかった。
よくわからないが、なんか謝られているのは察した。
これだけよくしてもらって、むしろ自分の方が迷惑をかけている
のだから、こちらが土下座したほうがいいのではと思うほどだ。
その意を伝えて、顔を上げてもらった。
椅子に座ろうとする男は困った表情で、なぜか浅黒い肌でも判別
がつくほど真っ赤である。 49
⋮⋮私が寝ている間に、いったい何があったんだろう。
問い詰めたい気もするが、男は声が出ないのだから、仕方がない。
男は起き上がって、ベットの真ん中に私を戻そうとする。
ちらりと男が私に投げた視線が合うと、恥ずかしそうに視線をそ
らした。
え、まさか、私が男になにかやらかしたのだろうか?
夢遊病の気もないし、寝相は悪くないはずだし、歯軋りだってし
てるとか、友人や家族からは聞いたことはないが、風邪を引いてい
たし、寝ぼけていたとかだろうか。 ぐるぐると、様々なことが頭を過ぎる。
男は私に掛け布団を肩までしっかりと被せてから、私を指差し、
ベットを指差して、指を二本立ててみせる。
﹁私、二時間も寝てたんですか?﹂
居間のほうに、古時計?柱時計?螺子巻き式の時計のようなもの
があるので、時間という概念はあるはずだ。
一から十二まで書かれていたので、一日も二十四時間のなんじゃ
ないか、と勝手に思っていた。
男は首を横に振る。
50
もしかして、一日は十二時間とかではなないよね。
男はもう一度指を二本立て、最後に人差し指と親指の間の感覚を
大きく広げる。
指の二がもっと大きい、という意味だろうか。
私が寝ていたというのはあっているらしいが︱︱︱二が長い?
﹁⋮⋮二十時間?﹂
さらに男は駄目押しするように、また指の感覚を広げる。
﹁ふ、二日?﹂
こくり、と男が頷く。
寝てた寝てたと思ってはいたが、まさか二日も寝ていたなんて。
どうりで全身がだるいはずだ。少し節々も痛む。
布団の上に落ちた布を拾い上げて、横にある桶のようなものに、
水が張ってあり、それにつけて軽く絞ると私の額の上に乗せる。
ここ︱︱たぶん違う世界︱︱でも、風邪を引くと、頭を冷やすの
は一緒なんだな、茫洋と考える。
51
きっと、男はずっと私を看病していてくれたのだろう。
名前も知らない身なりも違う怪しい女を。
ずっと。
男は椅子から立ち上がり、背を向けた。
﹁っぁ﹂
私は男の袖を掴んでいた。 男は目を見開いて固まって、私は自分の顔が熱くなるのが分かる。
これではまるで子供ではないか。
さっと謝罪して手を離すと、男は一度こちらに方向転換してから、
ぽむぽむ、と頭を撫でた。
その顔は穏やかなもので、さらに羞恥が増した。
部屋から出て行って戻ってきた男は、お盆に暖かな食事を載せて
戻ってきた。
とても美味しそうな香りが広がって、私のお腹が控えめながら鳴
り、男は苦笑を浮かべて、サイドテーブルに食事を置くと、私を起
こした。
布団で簀巻きにしてから。
52
﹁ん、ん?え、あれ?﹂
キングベット以上はあろうかというベットの掛け布団なので大き
い、それを体に巻きつけられて、二倍の大きさになった私は手も出
せずにもぞもぞする。
男は気にした様子もなく、膝の上に移動させられていた。
首を傾げる私に、サイドテーブルのお盆を膝の上に乗せて、男が
スプーンを手にした。
まさか、と背筋に風邪のせいではない冷や汗が流れる。
その後は、想像通りの羞恥プレイが待っていた。
東洋人は若く見えるというが、もしかして例外なく、外人︵っぽ
い︶男からみると、私は子供のように見えているのだろうか⋮⋮?
53
Chapter 05. 風邪でした︵後書き︶
︻とある巨人族の聖職者の両親による正しい巨人族の求婚︼
私は巨人族の女である。
今日は私の三十歳の誕生日。ようやく私も成人の年となった。
朝起きると両親が⋮否、母はまだベットから出てきていないので、
朝食を作っていた父が挨拶の変わりに﹃おめでとう﹄と声をかけて
きた。
私は﹃生んでくれて有難う﹄と感謝の言葉を口にして、二人で朝食
を食べ、終わった辺りで母が腰を抑えながら、覚束ない足取りで出
てくる。
珍しいこともあるものだ。父も驚いたようすで、すぐに手を貸して
いた。雨が降るかもしれないと思ったが、娘の誕生日を祝うために
出てきたのだと思うと胸が熱くなり、母と熱い抱擁を交わした。父
同様に感謝を告げる。母は部屋に戻り、父は近所の家に移動した。
昼ぐらいになると身なりの整えた母と近隣、親戚、友人の女が集ま
ってくる。多分狭い村なので、村の半分近くの老若の女が成人祝い
に、刺繍の美しい綺麗なドレスやら髪飾りを用意して、部屋で私を
美しくしてくれる。
この日だけは、私は村で一番綺麗な女だ。
数時間後、白いドレスに身を包んだ私は逸る思いに任せて、ある男
の家の扉を蹴破っていた。目的の男は、ふっとんだ扉が当たったよ
うで地面に転がり伸びていたが数度蹴りを入れると、よろよろと起
き上がった。
﹁オトンヌ=アジャン、私を娶りなさい!!﹂
54
生粋の村生まれで、外にも出たことがない私は、生まれて初めて他
人の男に話しかけた。煩いくらい、心臓が高鳴る。
男はものすごく呆けていた。それはそうだ。彼は六十歳近い聖職者
で、私よりも一回りも違うのだ。二メートルの私と身長が十五セン
チしか変わらない。
男は泣き出しそうな満面の笑顔で応の答え、私のファーストキスを
奪い抱き上げると、素早く寝室に移動した。
鍵を閉めて、私をベットに放り出すと、雄雄しく覆いかぶさってく
る。
新婚の蜜期だ︱︱そう、私たちは結婚した。
55
Chapter 06. 木こり? 朝が来て、目が覚める。
小人になったような感覚を覚える他人の寝室に、私はやっぱり夢
じゃなかったんだ、とどこか他人事のように認識していた。
﹁ふぅ⋮夢オチとかじゃないのね﹂
さすがに今日は驚く気力がなかっただけかもしれないが。
昨日よりも体調は随分いい。
最高というわけではないが、微熱、それから頭と喉が多少痛む程
度で平気だった。
これくらいなら、会社にも行ってるレベルだ。
人様の、それも男のベットでのうのうとお昼ぐらいまで眠ってい
た私は恥ずかしいやら、申し訳ないやらで、静かに顔を出すと、男
はほっとした様子だ。
﹁おはようございます。ベットありがとうございました﹂
私が告げると、途端に眉根を寄せた。
56
やっぱり声が本調子でないことに気がついたらしい。
上着を一枚追加し、食事を取った後、あの薬っぽいアールグレイ
を飲んだ。
なんだか無性にトイレに行きたい。
心配してもらってるのに、トイレと騒ぐのはなんだか乙女として
失格な気がしたが、生理現象なので仕方がない。
トイレを貸して欲しいと告げると、男は頷くと、私をそっと抱き
上げる。
というか、なぜ抱き上げる?
わからないが、トイレが先だ。我慢しよう。
寝室の横には短い廊下があって、扉が二つついている。台所の横
だ。
一つ目が洗面所とトイレになっているらしい。
ホテル並みとはいわないが、想像していた田舎のトイレよりは清
潔感がある。
鉄?で出来たタンクと蓋のない洋式っぽい形だ。
トイレットペーパーはなくて、新聞紙の硬さの茶色の紙のような
ものを揉んで使うようだ。
使い方は用を足した後に、横に置いてある桶の水を入れて、レバ
ーを引くと流れていくという、さして現代と変わらない。
57
ただ排泄物が消える穴がないので不思議だったが、薄らと魔方陣
?が出現して、水ごと消えた。
思わず目が点になる。
そうですか、魔法トイレですか。
洗面所︱︱といっても、鏡と桶と歯ブラシのようなものがあるだ
けの簡素な︱︱の使い方も教わって、桶にも水が張ってあったので、
顔を洗った。
歯ブラシの換えがないようで、洗口液のようなもので口を洗って
くれといわれた。
ううぅ、歯ブラシが欲しい。
ともかくトイレだ。
私はお礼を言って、扉の鍵を閉めた。
すっきりして出て行くと、居間で短いナイフで木を削っていた彼
はそれを置いて木屑を払うと、近寄ってきて私を抱き上げた。 だからなぜ一々私を抱き上げるの?
そう思ったのだが、あれよあれよという間に寝室に入り、私をベ
ットに下ろし、布団を被せた。
お願いだから、安静に︱︱彼のジェスチャーを理解できなかった
58
が、ベットに起き上がると困ったような顔して、自ら横になるとほ
っとしていたので間違いないと思う︱︱と、ゆっくりと休養をとっ
た。
彼はいい人だ。間違いない。
本人もどこにいるか分かっていないのに、彼からしたら言動も怪
しかろう女に︱︱なにせ私からしたら彼の行動は不可解なところも
あるのだから︱︱衣食住を提供している。
幸い?ジェスチャーと、私と一方的な質問に首を振って答えるの
で何とかなっている。
今思えば、よく彼に日本語が通じてるものだ。 それはいいのだが、なんか彼はちょっとズレている?善人過ぎる?
⋮⋮なんていうのか、過保護すぎるのだ。
本当に私を子供だと認識しているのではないかと思い、年齢を告
げたところ、彼は目が落ちそうなほど大きく見開いて、パクパクと
口を陸に上がった魚みたいに開閉していた。
どこまで子供だと思っていたのだ、問い詰めたい気分に駆られる
が、何とか耐える。
だがなぜか一層過保護になったような気がする。
59
なんだかずっと寝ていたせいか眠れない。
まだ日だって高い。
寝室で一人になると不安が溢れてきて押しつぶされそうになる。
なぜここに自分がいるのかわからない、どうやって帰るのかもわ
からない。
わからないことばかりで、苦しかった。
途中泥沼に沈むような思考を、小気味よいテンポの森に響くよう
な音が遮る。
どうやら外らしく、それも結構近い。
気になって玄関から顔を出すと、彼は外で木を切り倒していてび
っくりした。
暖炉にくべる薪なのか、鉈を片手に手際よく樹齢百年というよう
なしっかりとした巨木を解体している。
見事なまでの手捌きというか、慣れている。
もしかして彼は﹃木こり﹄をしているのだろうか?
まるで昔幼児向けのアニメで見た御伽噺の妖精︱︱︱いや、あれ
は小人だったし、三角帽子を被っていないけど︱︱と姿をダブらせ
てしまった自分に苦笑を浮かべる。
が、私に気がつくと、困ったように戻ってきて、ベットに戻され
てしまった。
60
もう少し見たかったけど、駄目らしい。
またお姫様抱っこで寝室に戻される。
だが先ほど前の不安が随分和らいできた。きっと家の外から木を
切る音が聞こえていたからかもしれない。
いつのまにか、私はうとうとしていた。
61
Chapter 06. 木こり? ︵後書き︶
次世代型住宅用魔術システムトイレ ≪新トワレット≫
今世紀最大のトイレ革命!現在まで排泄場所契約を余儀なくされて
いた家庭栽培が大好きな貴方に朗報です!
当社で発売した≪新トワレット≫は排泄物の紙だけを除き、火魔法
で焼却処理。自分の畑に肥料として即座に御使いいただけるように
なりました。
現在まではトイレをお買い上げの際に排泄場所契約のために毎年の
費用がかかりましたが、これなら不要!家庭栽培している貴方にも
ぴったり!
一度、魔術士による場所設定をしたら、それ以後はメンテナンスが
簡単!魔力補充石を一年に一度放り込むだけ!
さあ今すぐ貴方も≪新トワレット≫にお取替えしませんか?
いまならもれなく排泄時の音も外に漏らさない消音魔方陣も無料設
置!さらに五個の魔力補充石をお付けしてたったの破格の3G!!
さあ、今すぐご注文を!
︻遍くヴィーヴル商会︼通販係まで、ふくろう便をゴー!
︱︱︱皆様の笑顔と快適な生活を支える︻遍くヴィーヴル商会︼よ
り
62
Chapter 07. 魔法、ですかね?
二日目、まだ少し体は気だるいが熱は下がったようだ。
喉は大丈夫だが、逆に寝すぎで頭が重い。
さすがに二日︱︱いや、意識のなかった日を入れると四日も世話
になっているので何か彼にしたかった。
なにせ、財布もなんにも持っていない、お礼らしいお礼も出来て
いない。
幼いころに祖母と見ていた昔の浪人は一宿一飯でも家人に恩を感
じて用心棒とかになってたし、四宿五飯ぐらいの私は用心棒は無理
でも、家事ぐらいは手伝える。
昨日から忙しいそうな彼に手伝いを申し出ると、ぶんぶんと大き
く首を横に振られた。
せめて夜は招かねざる客である私がソファーで寝ると言ったのだ
が、一瞬の間を置いて、彼が真っ赤になる。何故?わからないが男
はそれも駄目だと首を横に振っている。
それにしたって暇だ。
彼は私の首裏に触れた。
あまりにも自然に回されたので身じろぎもしなかったが、暖かく
て大きな手。
気をつけているのだが、彼の唐突な行動にはドキドキさせられる。
63
彼は気にした様子もなく、ほっとした顔をしてみせた。
そうか、熱を測っていたのか。
ここでは、首の裏を触れるのが、これが普通なのだろうか?
ちょっと待っていてくれと、ジェスチャーしたので、私は大人し
く待った。
玄関横の勝手口みたいなところを通り抜けていくと、なにやらば
しゃばしゃと水の跳ねる音が暫く聞こえて、開けっ放しだったので
覗くと彼が戻ってきたところだった。
袖口が濡れていて、手になにか握り締めている。
そこには井戸のようなものがあった。
石煉瓦で積み上げられて桶を中に落とすのではなくて、田舎に行
くとよくあるレバーを何度も押してるとポンプ式のようなもので、
その蛇口のようなところから水が滴っている。
日当たりのいい開けた場所で、男の巨大なシャツやズボンの洗濯
物がはためき、さらに奥では自家栽培しているらしく、耕された畑
に花や葉が綺麗に整列している状態だ。
そのまま彼は寝室に入って、シャツとズボンを持ってきて差し出
すので受け取った。
実はちょっと汗かいたから、汗臭いかもと思っていたのだ。 一応、頭に載せていた布で体は拭いたが、頭は洗えなかったわけ
64
だし。
箪笥に入っているのは分かっていたのだが、さすがに、この寝室
の主人に断りもなく手をつけるには気が引けた。
寝室で着替えようと思ったら、彼は私を抱き上げる。
もう事あるごとに抱き上げられており、慣れてきた自分が怖い。
汗臭いと思うので、あまり密着されると、恥ずかしい。逆に彼か
らはいい匂いがする。
﹁どこか行くんですか?﹂
寝室に戻されるのかと思ったら、素通りした。
彼は苦笑して、首を横に振り、短い廊下を抜けて、一番奥の扉を
開けた。トイレの隣だ。
二坪ほどの狭い部屋にさらに扉がついている。
そこに衣類を置くような棚があって、そこに服を置くように彼が
促す。
さらに扉を開けられ、私は驚いた。 ﹁お、お風呂!!﹂
65
感動のあまり、私は叫んでいた。
薄暗い部屋は、濡れてもいいように壁と床が石畳になっており、
檜風呂みたいな浴槽がある。
タオルをかけるところらしい手すりと、桶をひっくり返したみた
いな巨大な椅子。
上半身が映るくらいの鏡と石鹸を置く棚が設置されている。 換気のためか小さな窓が一つを、彼が少し開けた。
窓には目の細かい網戸のようなものが張ってあり、外からは見え
ないようになっていて、取り外しもできそうな感じだ。でもちゃん
と光だけは入ってきているので明るい。
しかし、蛇口がない。
まさか井戸の方から桶で何度も運ぶのか?
空っぽの浴槽は、普通の家の浴槽の二倍はあろうかという大きさ
だ。
私には超ゆったりサイズだが、彼にとっては丁度いいぐらいなの
だろうと思う。
何度運べばいいかなど、想像がつかないが、お湯を運ぶ前に汗だ
くになるんじゃないだろうか。
その杞憂など彼は気にした様子もなく、手の中に持っていたらし
い水色のビー玉みたいなものをひょい、と浴槽の中に放り込んだ。
こつん、と浴槽の底にビー玉が当たったような音がした刹那。
66
ばっしゃああああん。
まるで巨大が水風船が割れたように水が弾けて、その飛沫が石畳
を塗らした。
﹁のぇ、ええええっ!!﹂
裏声で奇妙な絶叫をあげた私になんの罪があろうか。
空だったはずの浴槽は八割ほど水で満たされて、ちゃぷちゃぷと
揺れている。
至急説明を求めたが、それは言葉が通じないので要領をえなかっ
た。
水を縮める?大きいのを小さく?
すごく気になる。いったい何がどうなっているのだろう。
きっと魔法なんじゃないかと思うのだけど。
それはさておき、まだ湯気は上がっていないので、もしかして水
風呂主流なのかと思ったが、男は次に赤いビー玉のようなものを浴
槽に放り込んだ。
チャポンとそれが沈むような音がした刹那。
67
じゅわぁああああ。
一瞬にして、部屋一面に水蒸気が上がる。
少し温い熱風が全身に触れる。
﹁ひぃええええ!!﹂
またしても裏声で奇妙な絶叫をあげてしまった。
それもすぐに霧散して、浴室が暖かくなる。
浴槽の水面からは、湯気がでていて、もう水ではないことを教え
てくれていた。
これも魔法なのだろう。
呆然としていると、珍しく彼が長い前髪の間から無邪気な笑顔を
覗かせていて、不覚にもドキッとしてしまった。こちらに気がつい
て、笑いを収めると、生暖かい目で見られた。
なにがなんなのか。
ぽんぽん、と私の頭を撫でると、風呂に入るように促された。
シャンプーとリンスがなかったが、石鹸があるのだから、文句は
ない。
しかもいい匂いだと思ったら、彼に抱き上げられたときにいつも
68
感じる香りだったせいか、妙にドギマギしてしまった。
+ + + ﹁すみません、先にお風呂お借りしまして﹂
風呂を上がると、彼は首を横に振って苦笑する。
その頬が少し赤いけど、まさか私の風邪がうつったとかじゃない
よね?
大丈夫なんだろうか?
どうやら彼は地図や羽ペンを出してきた物置部屋の隣︱︱の物置
を改造しているらしい。
大きな居間とキッチン、寝室、浴室とトイレ、残り部屋二つとい
った普通の間取りなのだ。
天井も高く、壁も分厚くしっかりとした作りで、家自体が彼のサ
イズだが。
残りの部屋二つはどちらも完全に物置化していたようだ。
地図が出てきた部屋も荷物が乱雑に投げ込まれていたが、隣の物
置も負けてはいなかった。
しかし、無理やり地図の部屋に押し込んでいるようだ。
69
長い木の板がその部屋に運ばれてきて、部屋に閉じこもって何か
を物音を立てている。
本当に、なにしてるんだろう??
﹁なにかお手伝いさせていただけませんか?﹂
置いてもらっているばかりで、なにもできないのは心苦しい。
彼は少し躊躇ったが、私の手にしている風呂に入る前の衣服をち
ょんちょんと指差した。
それから大き目の樽と洗濯板と石鹸を手に戻ってきた。
﹁ああ、これを洗濯、するんですね﹂
彼が頷き、手招きする。
台所横の扉を開けっ放しにして、井戸ポンプで水を桶に入れてく
れた。
お礼を言って、暖かい日差しの中、一日中洗濯物と格闘していた。
なにせ、私は洗濯機でしか洗濯物を洗ったことがない。洗濯板と
いう存在と使い方は知っているけど、使ったのは今日がはじめてで
ある。
70
やっぱり﹃使う﹄というのと﹃知って﹄いるのは別物で、悪戦苦
闘していた。
時折、扉の向こうから視線を感じて顔を上げると、作業を止めた
彼が、こちらが幸せになるくらい嬉しそうな微笑を浮かべていた。
胸がギュウギュと掴まれたみたいに痛む。
+ + +
その夜、私はとても大きな鳥の羽音を聞いた気がした。
だが、その脳裏に浮かんだのは美麗に空を翔る大鷲やらの姿では
なく、昔パニック映画でみたような恐竜のような凶暴なものが浮か
んだ。
ここは違う世界なのだ。
あの猪のような恐ろしい生物だったらどうしよう。
自分を餌としかみないような︱︱私は子供のように布団を被って、
縮こまった。
時間がたってるから大丈夫かと思ったが、やっぱり駄目だ。
怖い。この世界は空想でもなく、現実で、ありえないことではな
いのだ。
71
なにせ、もうありえない事など、溺れた日に十分味わったのだ。
私が知らないだけでありうること。
がちゃ、と玄関が開いた音がして、心臓が止まるかと思った。
だけど微かに足音がした。
泥棒かと今度はそちらの心配をしていたが、たぶん彼の足音だ。
あんな巨人なのに、音がほとんどしなくて、滑るように歩くのを
私は知っている。
また扉が静かに開く音がした。
どうやら夜に出かけていたらしい彼が戻ってきて、二、三度、玄
関を行ったりきたりする音が続いて、なんでか、ほっとした。
体から力が抜けて、その内私は眠った。
72
Chapter 07. 魔法、ですかね?︵後書き︶
︻この世で最も気高き魔力の詐欺師であり恐れ多くも数多の神々に
八百長を挑む魔術師たちの作り出した生活魔法小話百選︼ 著者:
モンテ・アン・クー
第二章 砂漠におけるペテン師たちより 126ページ抜粋
3.圧縮魔法 属性:水
砂漠に住まう種族が水を集めるため開発したといわれている魔法。
空気中の水分を凝縮したり、砂漠植物の中の水分を効率よく抽出す
るために編み出されたが現代まで改良されたようだ。圧縮された形
は魔術師にもより、その形態を保つのは魔術師の力量と言われてい
る。
だが大体は、1リットルの水を六分の一ぐらいの大きさにするのが
限界だといわれているが、中には10リットルの水を赤子の拳ほど
に凝縮できるものがいるらしい。そんな大きな魔力を持つ偉大なる
詐欺師はほんの一握りで、滅多に会うことはないだろう。
時々、圧縮を解除するのに失敗して水浸しになる者たちも少なくな
い。
現在では果実ジュースや、ワインの製造の工程で使われることが多
く、多くの工場には専属の魔術師が3∼5人は専属で存在する。
彼らの力量がジュースやワインに影響するといわれており、就職の
際にはかなり厳しいチェックが入るらしく、その分給料がいいので
かなりの倍率で人気の職業である。
最も多く在籍しているのは名門ワイン工房︻レザン・バン︼で︵大
陸暦991年現在︶確認されるだけでも、16名の詐欺師が在籍し
73
ている。
そのワインは最低でも一本2Gの破格である。
74
Chapter 08. 私の部屋 本当に風邪じゃないよね?
なんだか妙に彼は気が沈んでいるように見える。
時々、朝食の手を止めて窓の外を眺めるので、大丈夫か聞いても
首を横に振るだけだった。
彼は容貌には似合わない弱弱しく儚げな微笑を浮かべている。
雨が降っているからだろうか。
窓ガラスを叩く小雨に、私も釣られて外を眺めていた。
なんだかよく分からないが流れるように続く、この生活に早くも
慣れてきている。
だけど、心の奥で小さな不安をいくつも抱えて、彼の存在で安堵
して、でも惰性に流されていく。
彼の優しさに甘えて、このまま生きていくのだろうか。
そう考えて、頭を振る。
帰りたい。
どうやって、どんな風に?どうやって来たかもわからないのに?
75
家に帰りたい⋮はずだ。
でも、どこかで、頭の片隅で理解している。
私は︱︱⋮⋮
朝食後、大きすぎる食器を洗い終えると、彼はテーブルで待って
いてくれないかとジェスチャーする。
逆らう理由もなく、座っていると、彼は更にごちゃごちゃとした
物置から︱︱途中で一度すごい音がした︱︱地図を手にして戻った。
自分の家を指してから、すーっと、指を移動させる。
どうやら一番近い村?町?らしい。
ここに言葉をしゃべる人がいるので、行こうというようなジェス
チャーをした。
﹁え??本当に!﹂
彼が苦笑を浮かべて頷く。
なんですぐ言わなかったんだと思わなくもなかったが、私は風邪
を引いてたし、完治するまで、かなりの距離を歩かせることを躊躇
ったのだろう。
76
地図で見た限りでも、遠そうなのだ。
この家から泉の距離が結構あったが、それを五キロと仮定しよう。
男がすごい速度で獣道を走りぬけたので、感覚がいまいち分から
ないが、多分、それくらいあるはず。今思うと男が私を抱えながら
走った体力も速度も尋常ではないように思える。
それで第一間接とちょっとぐらいの幅があり、村?は間接が五個
⋮いや、六個ぐらいあるかもしれない。
ということは、少なくとも25キロ∼30キロ近くある。
始めて一人暮らしする時に、駅から徒歩十五分って近いじゃない
!と、即決で安い賃貸を借りたが、それは直線状の話であって、実
際歩くと30分近くかかった。
しかも行きが下りの坂道で、帰りがのぼりの坂道。
そのおかげで、三ヶ月で五キロも痩せたが、耐え切れずに引っ越
した。
そんな話をすると姉と妹が大爆笑してた記憶がある。
いや、話を戻そう。現実逃避はよくない。
徒歩十五分は大体一キロぐらいだったはず。 しかも、この地図が間違ってないなら︱︱︱道がない。あるけど、
村?に繋がっている道に行くまで、約15キロぐらい。つまりそこ
まで獣道ということになるだろう。
77
一時間で四キロ。五時間で二十キロ⋮⋮七時間ぐらいだろうか⋮
⋮道が舗装されたアスファルトの一本道だと仮定してである。獣道
+村に繋がる道がカーブしている。
果たして七時間で付くのだろうか?
勿論答えはNOである。
すくなくとも休憩時間もなく半日歩いて到着するかどうか︱︱︱
しかも、あの凶暴な動物に遭遇しなければであるが、たぶん彼が居
れば大丈夫のような気がする。
⋮⋮無事に、たどり着けるのだろうか、私。
思案に耽っていると、彼がとりあえず明日、雨が止んでからとジ
ェスチャーしていた。
彼は私が口にせずとも、行きたいのだとわかってるようだった。
でも直に行きたくはないという不思議な気分だ。
なんでか、わからない。
どちらにしても雨の降る山道は危なくて、自殺行為だと聞いたこ
とがあるので、森も同じようなものだろう。道がグチャグチャだし。
ともかく一日でいけない距離ではない。
78
だけど辿り着いたって、帰れる方法が分かるとも限らない。
あまり落胆しないように、帰れればラッキーぐらいの心構えにし
ておこう。
そのショックに立ち直れるかわからない。
+ + +
﹁え、こっち?﹂
しばらく彼の手伝いをした後に、午後になってお風呂に入った後
︱︱とてものんびりと贅沢な日々を過ごしている︱︱彼が手招きす
る。
物置の隣の物置だ。
そこに入れ、と彼が指差したので、躊躇わずに扉を開けた。
ぐっちゃぐちゃだった部屋は、こざっぱりしていて、清掃も行き
届いている。
寝室だった。
ベット、机と椅子、衣装箪笥と必要最低限であるが、その大きさ
を見れば、誰のために誂えたものかよく分かる。
79
彼が寝るには足のはみ出そうなベット。
彼が座ると壊れてしまいそうな椅子と小さすぎる机。
彼の服が入るとは思えない衣装箪笥。
彼がずっと忙しそうにしてた理由はこのためだったのか︱︱︱私
は涙が溢れてきた。
なんとなく、言葉にされたわけでもないのに﹃もし帰れなくても、
ここに居ていい﹄と言ってくれているようで、その優しさに泣き続
けた。
慌てて私を片腕で救い上げて慰めるように、私をあやす。
それにまた涙が出て、彼に縋り付きながら、何度もお礼を言った。
帰れなくてもここにいていいかと尋ねると彼は切なそうな嬉しそ
うな顔で笑って頷いた。
迷惑をかけてごめんなさいと何度も謝ると、彼は首を横に振って、
何度も私の涙を拭っていた。嗚咽を零す私の背中を大きな掌がなで
る。
私には縋るものがない。この大きな手以外になにもない。
わからない。
私はなんにもわからない。
分かってる。
なんとなくわかってる。
80
気が付かない振りしてるだけで、きっと私、元の世界に戻れない。
でも誰も言ってくれないから、現状も理解できないから、ちゃん
と誰かの言葉で聞きたいのだ。
彼が話せないというのなら、ほかの人にでもいい。
誰でもいい。
いい年して、涙が止まらない。
ようやく涙の収まった所で彼は、私を小さなベットに︱︱私にぴ
ったりのベット︱︱に横たえさせると、布団をかけてくれた。
もう寝なさい、というように、優しく私の頭を撫でた。
81
Chapter 09. 声 外は晴れていた。
瞼越しにでもわかるほどだ。
いつもと違う場所から光が差して少し驚いた。
初めて彼の寝室以外にで寝ていたのを思い出し、体を起こしなが
ら、ふと気がついた。
ハンガーに上下のスーツが掛かっている︱︱それはいい。その下
には、ローヒールのパンプスがそろえておいてあるのもいい。
その隣のハンガーに厚手のタイツとワイシャツがあるのもいい。
さらに隣に、ブラジャーとパンツがハンガーに掛かってるのこと
に気が付いて真っ赤になった。
洗った記憶がない。
というか、桶にいれたまま、すっかり忘れてた。
きれいに洗ってあるということは、つまり私以外の人間が洗った
のだ。
いや、単刀直入に言おう。
彼が洗ったのだ、私の下着を︱︱︱善意、彼の善意であるのはわ
かっているのだが、すごいダメージを受けながら、もう一度、ベッ
82
トに戻ってしまった私にどんな罪があるというのだ。
扉の向こうから漂う美味しそうな匂いに負けて、朝食へと向かっ
た。
下着を着けて。
悩んだが背に腹はかえられない。
だって、ずっとノーパンノーブラだったんだから、気持ち悪かっ
たということもある。
そんな健康法実践してませんから。
どんな顔して会えばいいかわからなかったが、彼はいつもどおり
だった。それが救いだ。見た目で分かる変化ではないけど。
少しだけ、気になることがあった。
どうして、私の会社に行くためのスーツが﹃黒﹄いんだろう。
パンプスも﹃黒﹄。
なんで?どうして﹃黒﹄い?
まさか、別のものと一緒に洗って彼が誤って染めたのだろうか?
ざわざわと、足元から崩れ落ちそうな不安に首を横に振って、居
間へ向かうと、彼は台所で食事の支度を終えていたようだった。
83
その美味しそうな匂いに、大きな背中に、優しい気配に安堵の息
が零れ落ちる。
ふと、私の視線を感じたのか、鍋をかき混ぜていた彼が振り返り、
一度びくり、と肩を震わせたが、やんわりと笑みを浮かべた。
なぜ、ちょっと引きつっているのだろうか?
もしかして、洗濯もののせいですか?
男に自分の下着を洗わせておいて平然とできるほどの気骨は私に
はなく、頬が熱くなるのを感じながら、朝の挨拶と洗濯物と部屋の
お礼を言った。
今日も手伝えなかった。
彼の起床は日の出と一緒ぐらいなのだろうか。
七時に目覚める私の何時間前だろう。
﹁あの今日晴れたんですけど、その村?に行くんですか?﹂
少しの間をおいて、こくりと彼が頷く。
部屋のベットの下には、サイズの近そうな靴が置いてあったので、
大丈夫だろう。
靴ズレがしやすいほうなので、新しい靴を買ったときは絆創膏を、
踵や足の小指に張って防衛していたが今回は我慢しなければ。
でも、その心配も杞憂となった。
84
+ + +
着るようにと渡されたフード付の若草色のマントを羽織り、襟元
の紐を蝶々結びで止める。
それほど長くはなく、腰を少し過ぎた程度のポンチョのようなも
のだった。
靴は履いてみると、少し大きいぐらいで大丈夫そうだ。
先に出て待っていると、後から玄関の鍵を閉めた彼はいつものシ
ャツと緑褐色のズボンと膝丈の黒革のようなブーツを履いていて、
膝丈ぐらいのマントを羽織っている。マントはブーツと同じような
色で紐ではなくてボタンで留めるタイプのもののようだ。
う、オーダーメイドのようにびしっと決まっている。
当然のように私に手が伸びた。
あまりにも自然で私は避けることもできなかった。
﹁あ、あの∼⋮本当に、このままずっと行くんですか?大丈夫です
か?﹂
私が不安になるのもしょうがないと思う。
85
小さいとはいえ鞄と剣を下げているにも関わらず、彼は私を抱き
上げた。
これから最低でも25キロ以上の距離がある筈だ。
それも道なき道の森を歩くのだ。
ただですら背が高い。だが体型には気を使っていたので、身長に
対する標準体重だろう。
それでも結構な重さである。
降りようとする私を力強く抱えなおして、彼は大丈夫だというよ
うに抱きしめて、静かに笑う。
また、あの石鹸のいい匂いがして、鼓動が早くなる。
そんな私の様子に気がつかなかったようで、男は少しだけ走るか
ら、しっかり捕まってくれと私の手を首の後ろに回した。いつもの
シャツの感触ではなく、目の細かい麻のような感触。
う、うう、いっつも胸の辺りを掴んでいたから、何気に恥ずかし
い。
一層顔が近くなって、鼓動は更に早まる。
音が聞こえていたらどうしよう。
ひ、ひえぇ∼∼と叫びそうになったが、なんとか堪えた。
相変わらず私を抱えているにも関わらず、恐ろしいまでの速度で
86
森を駆け抜けていった。
バイクは乗ったことないが、こんな感じだろうか。
目まぐるしく、木々が視界を流れていく。
風が靡くのを感じながらも、尻を乗せている腕は備え付けの椅子
のように微動だしない。
そっと、気がつかれないように視線を上げて横顔を眺める。
表情も特に変わりはない。息も切れていないし、汗の一つすらな
い。
だが、少し妙な事に気がついた。
インディゴ
ぼさぼさの夜明色の髪が風に舞い上がり、ちらりと隠れていた耳
が覗いた。
その上の部分が少し尖っているのだ。
すぐに髪で隠れてしまったが、見間違いだろうか。
小首を傾げて、彼の耳に手を伸ばす。
﹁︱︱︱っ!﹂
彼が鋭く息を呑む音がして、急ブレーキ。
慌てて手を引っ込める。
87
え、ええ?耳弱い人だったの?いや、そうではなくて、髪越しの
感覚でも、ちょっとだけ耳尖ってるのがわかったんですが、本物で
すよね?柔らかかったし。
ぎくしゃく、と彼が此方に視線を流した。
頬も、触れた耳までも真っ赤になっているのが、間近なのでよく
分かる。
﹁し、失礼しました。珍しい耳だな、と思って﹂
彼は暫く目を細めて、嗜めるように私を見つめた後、小さくため
息をついて、動き出した。
なんか?すこし動きが鈍くなったような⋮⋮弱点だったのだろう
か?
驚くことに一度だけ私に水分をとらせるために休憩をしただけで、
それから一時間以上、彼は私を抱えて走り続けた。
食事後だったし、あまりの安定した走りと、人の暖かさに、少し
うとうとしてしまった。
道らしい道が出てきて、ようやく彼は緩やかにスピードを落とす、
ゆっくりと歩み始めた。
さすがに足元が安定したので、降りようかと思ったが、彼は断固
として拒否した。
88
子供をあやす様に私の頭を撫でて、そのまま歩き出した。 年齢を言ったのに、やはり更に過保護になっているような気がす
る。なぜ。
それから、恥ずかしながら寝てしまった。
できれば彼が気がついていないことを祈りながら、顔を引き締め
る。
この先に、私の現状を理解しているとか、なんでかを教えてくれ
る人がいるかもしれないというのに、なんでこんなに私は緊張感が
ないのだろう。
最初はあったのだが、腕の中が心地よすぎて、駄目だ。
どれくらい歩いたのか︱︱ちょっと寝てたので分からないが︱︱
右手の方向に、煙が上がっているのが見えた。
集落が近いのだろう。
だが、彼は集落を避けるように細道へと曲がってしまった。
﹁あっちじゃないんですか?﹂
彼は首を振って、曲がった先の方向を指差す。
片手だけのジェスチャーなので分かりづらいが、あちらは小さい
ので用がない??とにかくあっちに行くといわれた。よく分からな
89
いが、抱きかかえられているのでどうしようもない。
すぐに私にとっては標準サイズの家が見えた。
彼にとっては聊か小さいものだろう。
額を打ち付けるかもしれない。
家の前の開けた場所で、私を下ろした。
彼の家とは違い梃子で馴らしたような白壁で小奇麗でははあった
が、現代日本の建築物とは到底思えなかった。
庭には花々が咲き乱れて、木彫りのウサギがいくつか置いてある。
ずっと揺られていたので、ふわふわとした感覚を覚えながら、立
って彼を見上げる。
彼はいつかみた儚げな表情で笑って、家に進み出た。
私も続き、彼がリーフの掛かった木製の玄関をノックする。
よく見ると玄関の扉の部分が低い位置にあった。
これは私の背が高いせいで、そう感じているだけなのだろうか?
普通は扉の半分ほどか、ちょっとしたぐらいのはずだが。
そんなことを考えていた私は次の瞬間固まった。
﹁我がプティアミよ︱︱グラン・オムのジェアンだ。相談したいこ
90
とがある。お前の家に招いてくれ﹂
獣の唸りのように、低音だった。
腹に響くような心地がいい音だったが、今は私を青ざめさせるに
は十分だった。
私は彼の背を見つめながら、大いに混乱した。
彼が、喋った。
91
Chapter 10. ただそれだけのこと
初めて聞く声は、優しい音をしていた。
それに僅かな焦りが隠れている。
この家の人がプティアミで、彼が︱︱︱グラン・オム?ジェアン?
分からない。
私は名乗りあいもしていないから、彼は私の名前を知らないし、
私も彼の名前を知らない。
グラン・オムが名前なのか、それともジェアンが名前?
それすらも分からない。
頭を誰かに殴られたみたいに、痛い。
心臓が握りつぶされているかのように、苦しい。
押し寄せたのは、強烈な混乱と、眩暈を起こすような動揺と、息
すら許さない悲しみだった。
あぁ、そうか。
彼は、私と︱︱、私と話すことすら嫌だったのか。
喉から声が出ないのではなくて、彼の意思で私と話すことを拒ん
92
だのか。
唯一わかったのはそれだけだった。
足元すら覚束なくなるような衝撃に、よろめいて数歩下がった。
彼は優しい人だ。
だから私を見捨てられなかっただけ。
本当は、私を嫌いだったのに、態々助けてくれたんだ。
出会った時は混乱して、自分でもよく分からないことをしたし、
彼には手間をかけてしまったし、危険にも曝してしまった。
考えてみれば迷惑以外に私が彼に与えたことなどない。
この数日、寝室を追い出して、食料を奪って、彼の自由を奪って
いる。
それは変えようもない事実だ。
嫌いな人間にも、良心と、慈悲を持って接してくれたのだ。
逆の立場だったら?
私だったら、きっと行き倒れの人間など助けたりしない。
一瞬心配はするだろうが、他に人がいたなら、その人が助けるだ
ろうと、通り過ぎるだろう。
せめて警察を呼ぶぐらいだ。
でもあの場所には人がいなくて、だから彼は仕方なく助けてくれ
93
たのだ。
それに対して、私は感謝するべきだ。
嫌われていても衣食住は安定していたし、ひどい目には一度も会
わなかったのだ。
それどころか、部屋まで与えられて︱︱︱ソファで寝てた彼が、
自分の寝室に戻りたかったから、余っていた部屋を新たに与えた?
私が、自分で、出て行かなかったから?
そうだ、私は︱︱いつだって︱︱︱あそこを、でていけたのに、
でていかなかったから?
冷や水を浴びたような気分だった。
考えもしなかった。
相談。
私のことだろう。
ここにつれてきたのだから。
単純にどうして私がここにいるのか話が聞けるかもと思っていた
が、実際は私をここに預けるつもりできたのかもしれない。
でも、戻れなかったら、あの部屋にいていいって︱︱︱⋮そうか、
言ってない。ただ頷いただけ。
94
きっと、迷子の女が哀れで、彼は頷いただけだ。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
彼と家から出てきた人は、何やら話をしていたが、私の耳には届
かなかった。
風が吹いている音のように、意味もなく耳朶をすり抜けていく。
彼が振り返り、大きく目を見開いた。
﹁︱︱わ、たしっ﹂
彼がオロオロとした様子でふらつく私に手を伸ばすが、その優し
さに、また胸が痛くなった。
私は後ろに下がると、彼は戸惑ったように、ぴたりと止まった。
すぐに懇願するような顔で、一歩こちらに近づくが、私は更に一
歩下がった。
喉から懸命に絞り出す声が掠れて、鼻の置くがつん、と痛くなる。
﹁⋮ごめんな、さい⋮﹂
言葉も交わしたくないほど嫌な女なのに、側でのうのうと甘えて
95
しまって。
ここかどこかも分からないからといって、縋っていいわけじゃな
い。
あまりにも優しすぎて、大きな手を放せなかった。
居心地がよくて、離れたくなかった。
﹁⋮私、迷惑、を⋮⋮かけてっ⋮﹂
目頭が熱くて、目じりに涙が溜まっていくの分かるが、私は懸命
に堪えた。
ここで泣いて、これ以上迷惑なんてかけられない。
彼が首を横に振る姿に、私は思考が中断されて、ただ優しい彼を
心配かけないように笑った。
きっと今まで微笑んできた中でも、一番下手くそな笑顔だっただ
ろう。 でも、そうじゃないと、きっとまた追いかけてきてしまうから。
なんでもないような口ぶりで。 ﹁ごめんなさい︱︱もう、大丈夫。助けてくれて、ありがとう。今
まで本当にありがとうございました﹂
96
彼が最初の頃のように、なにか言いたそうに口を開いては閉じる。
だが、やはり私に声をかけることはない。
また一歩踏み出そうとするが、私は首を横に振って後ろに下がっ
た。
﹁あの、後は自分で何とかしますから︱︱⋮なんのお礼もできずに、
ごめんなさい﹂
私は頭を一度下げて、すぐに彼に背を向けて、歩き出した。
彼の顔を見れるはずもない。
数歩で、涙が頬を伝う。
嗚咽を漏らさないように、手の甲で口を押さえる。
こんな風に泣くのはいつぶりだろうかと、関係ないことが頭に浮
かんだが、なぜか不意に少し前だったような気がした。
でも湧き上がる悲しみに、浮かんだ光景が流されていく。
必然と足が速くなり、どれくらいの距離が開いたのかわからない
が、いつの間にか私は走り出していた。
気がつけば、森の奥深くへ入ったのか、道は足元から消えていた。
97
迷惑かけてた。
それは最初から分かっていた。
でも、彼はあまりにも優しくて、私を壊れ物みたいに接するから、
申し訳なく思っていたけど、嫌われてるなんて、少しも思わなかっ
た。
厚意に甘えて、図々しくも胡坐をかいていた自分を呪ってやりた
い。
気がつかない振りをしていただけだ。
居心地のいい場所から︱︱︱自分で、出て行くことなんて、でき
なかった。
己の醜悪さに吐き気がする。
そのお礼も満足にできずに出てきた恩知らずな女。
疾走と嗚咽で、呼吸すらままならずに、立ち止まって大きく喘ぐ。
大きな木に手をついて、凭れる。
体の震えは止まらず、零れ落ちる涙も枯れることはない。
ただ子供みたいに泣きじゃくりながら、私は今更ながら気がつい
た。
たとえ嫌われていたとしても、言葉を話してくれなくても、彼が
助けてくれたことにはかわりがない。私は感謝すべきことなのだ。
98
でも、私には素直に感謝できなかった。
たった数日。
言葉も交わしたことがない。
それでも。
与えられた親切に。
降り注ぐような優しさに。
ファイアブルー
私を見つめる青火の瞳が。
感じたことのない安らぎを。
心を溶かす様な情熱を。
そうか︱︱︱だから彼に素直に感謝できずに、逃げ出してしまっ
た。
嫌われている事実がただ恐ろしかった。
そして、更に迷惑をかけて、それ以上嫌われたくなかった。
あぁ、私、彼が⋮⋮好きなんだ。
99
Chapter 10. ただそれだけのこと︵後書き︶
永遠に続く歌はない
永遠に続く命はない
この世界に生まれたが故に、死に向かう宿命を持つ者たちよ
ファン・オム
ドラ・オム
純人族よりも長く生き
竜人族より早く死ぬ
我らにできるのは、ただ人生を輝かせるだけ
時間は無限ではない
常に影の如く我らを追ってくる
だから、我らは恋をする
人生をもっとも輝かしい光で満たすために
クシロフォヌ/歌劇≪綴るアヴォシェヌの悲劇≫第四章・暗澹より
/大陸暦115年
100
Chapter 11. 零れ落ちる 自分の存在するこの場所が、何処なのかも分からない。
どうして自分がここにいるかもわからない。
きっと、あれだ。
今は危機的状況ってやつで、これは危険時のドキドキを恋のドキ
ドキと錯覚してしまうとかいう、釣り橋効果なんじゃないだろうか。
よく、テレビとかでやってるでしょう?
恐怖の時と、恋愛の時のアドレナリンが似てるだか、同じだとか、
なんだとかで。
そのせいで、側にいた異性を好きだと錯覚するって。
だって、たった数日で恋をするなんてありえないんじゃない?
だから、違う。
この鋭い胸の痛みも。
世界が終わったかのような喪失感も。
101
もう、どうやって自分を慰めていいのか、全く分からなかった。
強い日差しを浴びながら、目元も赤く腫れているのではないかと、
自分でも思うほど泣いた。
ヒリヒリと涙を零すたびに目元が傷む。
涙の染み込んだ若草色のマントが重々しい色に変わり、広がって
いく様は心の色をそのまま表しているかのような自分そのものだっ
た。
真新しい若草色のマント。
買いなおしてもぶかぶかのシャツとズボン。
大きめの靴。
動けば微かに彼と同じ石鹸の香りが鼻腔を掠めた。
身を包む総てが目の前に居ない彼の存在を知らしめて、いっそう
涙を煽った。
熱を出しても看病してくれるぐらい優しい人で。
あんなに大きくて森であった猪なんかものの数十秒で屠ってしま
うのに、料理がとても上手で。
木こりみたいなことをしてるかと思えば、チマチマと何かを器用
に削ったり。
102
足を怪我しても俊敏に手当てするのに、後ろに湖に気がつかずに
舐めてしまったり。
部屋を与えられて涙する私を撫で続けたり。
思い出す記憶の中に悲しい記憶など一つもなくて、その事実が私
を苦しめ︱︱︱それでも、なお優しい人に嫌われているのかと思う
と、立ってもいられなくなる。
抱き上げる大きな手。
右側面に惜しみなく触れる温もり。
私は︱︱多くのモノを彼から与えられていた。
気がつけば木に凭れるように地面に腰を下ろし、殺しきれない声
が零し、しゃくりあげながら、自分を守るように身を丸めていた。
+ + +
どれくらい泣いていたのか、その衝動が収まりかけたが、やって
きたのは強烈な虚脱感だった。 ここは危険な場所。
それでも、擁護していた彼の元から、自分で出てきたのだ。
103
生きなければ、と。
なにかしなくては、と。
理性が働きかけるも、体は動く気配はなかった。 この苦しみは、どうすれば終わるのだろう。
ふと、いつの間にか日が翳ったことに気がついた。
一体、どれだけの時間が経過したのかもわからず、時計もなけれ
ば、携帯電話もなくて、時間を指し示すものは太陽の傾きしかない。
ファイアブルー
のろのろと視線をあげて、私は固まった。
インディゴ
揺れる夜明色の髪。
そして、目尻に涙を溜めた青火の瞳が此方を伺っている。
彼の顔は苦痛に歪んでいた。
私に傍らで膝を突いて、手を伸ばしたまま、触れようか、触れま
いかを悩んでいるかのように、空中でゆらゆらと揺れている。
口も聞いてくれなかったが、本当は触れたくもなかったのだろう
か。
最早、私に対しての嫌悪感を繕えないのだろうか。
104
あれだけ涙を流したというのに、まだ癒えない傷口から血が溢れ
てくるように、零れてくる。
﹁⋮⋮っ、どう、してっ﹂
彼の面立ちがさらに歪み、拷問にでも耐えているかのようだった。
驚くべきことに、マントの下のシャツが朱色に染まっていた。
彼の腕から血が流れているのだ。
﹁⋮っ、お願い、だから﹂
口を聞くのも、触れるのも嫌ならば、それほど私のことが嫌なら、
どうして放っておいてくれないのだろう。
腕を治療することすらしないで、なぜ私を追いかけてくるのだろ
う。
わからない。
彼の事が何一つわからない。
﹁もう優しくしないで︱︱⋮貴方に、優しくされたら、私、嬉しく
て、苦しいの﹂
105
彼の善意が、私を傷つけてやまない。
いっそ、最初から冷遇されていた方が、彼に何にも感じずにすん
だはずだ。
でも、そんな彼じゃないから、好きになってしまったのだ。
彼は困惑げな表情で、なにか言いたげに口を開閉しては、首を横
に振って、耐え切れずに視線を逸らした私を覗き込もうとする。
わからない。
たった数日のことだ。
それで、彼を理解などできるはずもない。
でも、今、やらなきゃいけないことだけはわかる。
側にいるのが苦しくても、私が最後に彼にして上げられることな
のだから。
シャツの袖を引っ張るが、私の力では簡単には千切れずに、私は
彼にシャツの肩口を掴ませると、体重を掛けて、後方に下がった。
びり、と肩口から綺麗に袖の部分が避けて、逆に彼の方が驚いて
目を白黒させている。
涙を拭い、そのシャツと離れた袖を手に、彼の傍らに膝をついて
立つ。
106
﹁私に︱︱っ、触れられるのは嫌かもしれませんが、どうか我慢し
てください﹂
無抵抗をいいことに彼をシャツを捲ると刺青が施されている腕の
手首と肘の間に、刺されたような傷跡があった。
ほとんど血は止まっているらしいが、マントで血を拭う。
生々しく肉が捲れ上がっている傷口はナイフで刺したというには
小さいような気がする。
原因など分からないが、私は彼の傷口にそっと唇を寄せた。
びく、と彼の体が大きく跳ねる。
驚いた様子だが、突き飛ばされもしなかったので、私は止めなか
った。
でも、怖くて彼を一瞥もできなかった。
周囲を舐めて、血と汚れを地面に何度も吐き出す。
まるで、最初にあった日に足を怪我した私と治療する彼を思い出
して、また泣き出しそうになったのを堪える。
傷口に涙は痛むだろう。
最後に千切った袖を包帯代わりに巻きつけて結んだ。
﹁もう私のこと、追いかけなくてもいいですから⋮⋮戻って治療し
107
てくださいね﹂
ただ傷口だけを見つめていた。
私が触れたことで彼の顔が嫌悪に歪んでいたら、また泣き出して
しまうかもしれない。
﹁さよなら、︱︱︱っ﹂
名前を呼ぼうとして、また自分は彼の名前を知らないことを思い
出して、自嘲を浮かべた。
怪我人を放っておくなんて、我ながら白状だと思いながらも、別
れの挨拶だけ辛うじて述べて、私は彼に背を向けた。
ほとんど体力の残っていない体に鞭打って、地面を蹴った。
膝がガクガクと震えているのが自分でもわかる。
﹁え?﹂
だが私が歩いたのは、数歩だけだった。
ふわり、といつものように浮遊感。
ついで、太い腕が私に回って、硬い胸板に当たって、温もりが訪
れる。
108
横抱きにされて︱︱︱彼の腕の中にいた。
今まで一番強く、苦しいほどに私は抱きしめられていた。
﹁︱︱⋮どう⋮して⋮?﹂
私を放っておいてくれないの、と続くはずの言葉は、途中で途切
れた。
彼は俯いたまま首を横に振って、その場で膝を突いた。 二本の太い腕で、きつく私を拘束する。
﹁な⋮んで?﹂
彼が、泣いているの︱︱︱?
ファイアブルー
青火の瞳から溢れる涙は浅黒い頬を伝って、雨のように絶え間な
く私に降り注がれていた。
109
ペイカルト
Chapter 11. 零れ落ちる ︵後書き︶
オプスキュール
︱︱︱の歴史書によると、黒領地の東に存在する第四領の領主、つ
まりは一般的には﹃第四魔王﹄と呼ばれている職業であるが、これ
は世襲制ではない。その領地は﹃力﹄の存在が総てであり、暗殺で
ペイカルト
あろうが、決闘であろうが、領主を殺した者が新たなる領主となる。
そのため第四領は地位や財産を目当てに、下克上を狙う狡猾な魔族
ディアーブル
を筆頭に業の深い数多の種族の欲望の巣窟となっていた。現在では
第百五十八代目の﹃第四魔王﹄で名前のない魔人が120年に及ぶ
統治で安定しつつある。
登場した歴代の﹃第四魔王﹄の中に、実にユニークな記録を閲覧し
ディアーブル
た。七十七番目の﹃第四魔王﹄である。現領主である百五十八代目
オリゾン
グラン・オム
の魔人と同等かそれ以上と歌われている。
ディアーブル
七十七番目の領主はなんと、白領地の巨人族であり、先代の四十二
年統治していた七十六番目の魔人に若い頃に妻を殺され、復讐を果
ペイカルト
たし、七十七番目の領主となったようだ。しかし七十六番目の死を
見届けた後、つまりは第四領の領主に就任し地位と名誉を手にして
数秒後、妻に謝罪しながら、自害したといわれている。
著ラガ=ラクシ/︻歴史書から読み取る埋葬された数多ある恋︼下
巻/大陸暦477年
110
Chapter 12. 第三者
どうして、貴方が泣くの?
どうして、そんな悲しい顔をするの?
私は自分から貴方の元を発ったのだから、もっと嬉しそうにして
くれてもいいぐらいだ︱︱なのに、腕の中でもがき、出て行こうと
すると彼の腕の力が強まった。
ぽたぽたと降り注ぐ涙。
それを眺めて、私もまた涙が溢れてくる。
どうして、と問いを投げても、彼はやはり答えずに、泣きながら
首を横に振っている。
私は腕の中で身を丸めて、ただ二人で嗚咽を零しながら、抱き合
っていた。
困らせたくなくて出てきたのに、こんな顔をさせるなんて。 もう私はどうしていいのか分からなかった。
それでも、この腕の中に居たいだなんて、考えている自分が、わ
からない。
その時だった︱︱︱ワザとらしい咳が聞こえたのは。
111
+ + +
﹁うぉほんっ!そろそろ、君達二人の誤解を、解きたいと思うんだ
が、いいかな﹂
彼の背後から、小さな影が現れた。
先ほど尋ねていった家で、彼と話していた少年だ。
額に汗を浮かべて、肩で息をしながら呼吸を整えているところを
見ると、もしかして彼も追ってきてくれたのだろうか。
﹁⋮⋮プティアミ﹂
のろのろ、と彼が俯いていた顔を上げる。
やはり話をしてくれないのは、私だけなのだと思うと、この腕の
中に居るのが居たたまれない。
腕の中を出て行こうとすると、彼が首を横に振って、抱きしめる
腕に力を込める。
その様子に、少年はため息をつくと、苦悩しているように額を押
さえた。
動作に品があって、とても大人っぽい。
見詰め合っていたが、諦めたように視線がこちらに向けられた。
112
なんだか、茶毛のトイプードルを思い出すのはなぜだろう。
ふわふわのミルクティー色の髪に、くりんとした新緑みたいな爽
やかな色の目。
あまり派手な感じではないが、外人の子供である。
眼鏡をかけていて、ちょっと知的だ。
﹁ご挨拶が遅れました。僕はプティ・オムのリュゼと申します。そ
の男のアミです﹂
外人なのだから、プティオムがファーストネームで、リュゼがフ
ァミリーネームだろうか?
男の﹃アミ﹄と言ったが、それはなんなのだろう。
回らない頭で茫洋と流暢な日本語を聞き流していたが、丁重に頭
を下げられて、私も涙を拭いながら、彼の腕の中で頭を下げる。 ﹁あ、え?⋮桜庭桜と申します﹂
びくん、と彼の体が大きく跳ね上がったような気がしたが、彼は
涙も拭わずに、私を見つめている。
その瞳は、なんと表現していいかわからないが、喜びと悲しみが
113
ごちゃ混ぜになっている。
はっと、私は彼に名乗っていないことを恥じた。
疎まれて当然である。
しかも、反射的にとはいえ、先に少年に名乗ってしまった。
﹁すみません⋮私は桜庭桜と申します。助けていただいたのに、名
乗りもせず、失礼いたしました﹂
彼は一瞬目を見張ったが、すぐに頷いた。
悲しみが薄らいで、浅黒い頬を染めて嬉しそうに微笑む彼に、ほ
っとする。
と思ったら、すりと彼に頬擦りされた。
﹁んっ﹂
私の頬に触れる彼の頬。
嫌ではなかったが、見た目よりも硬い髭がくすぐったくて、もぞ
もぞと動く。
突然とはいえ、距離が近すぎる。
﹁え?あの?⋮ん、くすぐったい⋮ちょ、まっ⋮﹂
114
ペットにでも頬を寄せているような感じだが、驚く私が抵抗らし
い抵抗を見せないと、幾度も頭や頬の辺りに頬摺りしてくる。
名前が分からず、どうやってこれを止めればいいのでしょうかね。
⋮⋮私は彼に嫌われている︱︱んだよね?
すると、また彼を嗜めるような咳払い。
﹁ごほぉんっ!失礼。ファーストネームがサクラバで、ファミリー
ネームがサクラでよろしかったでしょうか﹂
﹁あ、逆です。ファーストネームが桜。ファミリーネームが桜庭で
す﹂
執拗なまでの彼の頬摺りがぴたり、と止まり、彼は無表情のまま
少年を睨みつけた。
どこか呆れた様子の少年から、ため息が毀れる。 ﹁グランアミ、我慢しなさい。君は彼女と話ができない状態なので
しょう?⋮⋮ジェアン﹂
115
むっとした彼と呆れ顔の少年が暫し睨みあったが、彼は少年より
も子供のようにふてくされた様子で顔を逸らした。
それよりも、気になることがある。
﹁ちょ、ちょっと待ってください。リュっ︱︱うぐっ﹂
リュゼさん、と言おうとすると、俊敏な動きで私の口を大きな手
で塞ぐ。
彼を見上げると、首を横に振っている。
その顔は物凄く不機嫌そうだ。今にも唸りそうなほどだ。
吃驚した。
こんな表情はじめてだった。一緒にいた時にこんな顔したことが
ない。
﹁思慮不足で失礼いたしました。僕のことは、プティアミとでも呼
んでください。彼のことはジェアンと﹂
少年がそう言うと彼はそろり、と手を離して、私を伺っている。
彼の行動と、少年が改めたことから考えると、リュゼと呼ぶな、
ということだろう。
そして、私を世話してくれた彼はジェアンさん。
116
彼に問いただそうと思ったが、話せないということが本当なら無
駄ということだ。
﹁え、っと⋮プティアミさん?その、彼が⋮私と会話が、できない
ってどういった意味なのでしょうか?﹂
困惑を繕うこともできずに、リュゼさんに聞くと、苦笑を浮かべ
て頷いた。
﹁やはり、知らずに誤解なさっていましたか。グラン・オムの男は
日常的に血の繋がりのない女性と話す習慣がないのです。地域にも
よりますが、せいぜい話をしても、三親等以内ですので﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮は?﹂
言葉は分かるのに、その短い解説の意味を理解するのに、長いこ
と時間がかかった。
グラン・オムという意味は分からない。
が、彼を指す言葉なのだろう。
つまり、彼は他人の女とは会話しないと言っているように聞こえ
る。
117
﹁⋮⋮あのー⋮グラン・オムって、なんですか?﹂
リュゼさんは眼鏡越しの瞳には、できの悪い生徒を見守る教師の
ような生暖かい色が浮かんでいた。
﹁グラン・オムは、種族や民族の名称です。巨人の種族と言えばよ
ろしいでしょうか?たしか貴方の世界も肌の色や国や言語で種族が
隔たれていたと読んだことがありますが﹂
グラン・オム
つまりは、巨人族ということだろうか。
リュゼさんの年齢は分からないが、彼はとても頭がいいことだけ
はわかった。
こちらが分からないということを理解しているのだ。
グラン・オム
﹁違ってたらすみませんが、巨人族の方は︱︱その、他人の女性と
話をしたりしない、ということですか﹂
﹁ええ、間違いはありません。法律があるわけではありませんが、
不文律の戒律のようなものがあります﹂
不文律の戒律って︱︱どんな種族だ。
思わず突っ込みを入れそうになったが、よく考えると海外には女
性は目元以外晒してはいけないという民族だっているし、首に輪を
毎年はめて長くすると美人とかいう方々もいらっしゃるのだ。
118
一概に違うなどとは判断できない。
いや、そうであってほしいと願っている自分がいる。
﹁ですから彼が話さないからといって、貴女の存在が迷惑だという
ことは一切ありません﹂
﹁そ、そう、なんですか?﹂
視線を彼に戻すと、こくこく、と頷いている。
だとしたら、先ほどまでの、私の胸のモヤモヤと涙は何だったの
だろうか。
目元が赤くなるまで泣いた私って︱︱⋮逃げるように、彼の元を
去る必要は全くなかったのだろうか。
誰もいないところで思う存分、叫びたい、ジタバタしてしまいた
くなったが、人目があるので懸命にこらえる。それは言ってもらわ
ないと絶対に分からない。
今自室に駆け込んで布団を被って、バタバタしたい。
このよく分からない不完全燃焼の想いを、発散してしまいたい。
﹁もしよろしければ、今までどおり、彼の元で暮らしてもらえませ
んか﹂
119
﹁え?で、でも﹂
それはリュゼさんが決めていいことなんだろうか?
グラン・オム
﹁巨人族にとって戒律とは約束事のようなものですが、とてもそれ
を生活に馴染むほど重んじています。ですが、彼はそれを幾つも破
って貴女を保護しています。とても貴方をお慕いしていなければ、
できることではありません。僕からも是非お願いいたします﹂
戒律を破ってまで︱︱︱それは、私が破らせてしまったのだろう。
申し訳ない反面、それでも、なお私を側においてくれたという事
実に、胸が熱くなる。 そうだというなら。
先ほどまで、封印しようとした、この想いは。
このままでも、いいのだろうか?
﹁⋮その、一緒にいても⋮いいですか?﹂
私はおずおずと期待を込めて、彼を見上げると、彼は頬を染めて
頷いた。
その表情は幸福と言わんばかりの顔で、私は安堵と同時に、よう
120
やく嫌われていないのだという事実をかみ締めていた。
また、涙が零れ落ちそうになる。
﹁ありがとう⋮ジェアンさん﹂
ファイアブルー
交錯していた瞳。彼の青火が蕩けるような熱を灯してして︱︱︱
気がつけば、驚く私が瞳いっぱいに映し出されていた。
ちゅ、と小さな音。
インディゴ
唇に触れる柔らかな感触。
夜明色の髪が私の頬を擽る。
あれ︱︱︱私、今、キス、されてる?
121
Chapter 12. 第三者︵後書き︶
[民族学者アルジャン=オットの研究手帳] ︱︱巨人族抜粋 地方によっても異なるが、彼らはとても不思議な習性を持っている。
血の繋がらない男女が話をしないことも含まれるだろうが、男女の
会話が成立し、婚姻関係となると、なぜか自分の家で初夜︱︱彼ら
の言葉では蜜期と呼ばれている。夜ではなく期というのは初夜が一
日ではなく数日から一週間程度続くせいだと言われている︱︱を迎
える。
その間、同居している身内は大抵巨人族の里に建られている教会で
寝泊りをするのだ。教会はいついかなるときもそれを拒まないよう
だ。
それから、新婚生活が始まると、夫婦は同じ寝室で生活するにもか
かわらず夫は妻の為に新しい部屋を準備する。これは自分の家に妻
の居場所があるということを言外にアピールしているようだ。主に
妻が月経になった時に使用される。夫は妻を自分の性欲から妻を守
るという意味合いがあるらしい。このことから、巨人族の里では、
ベット・オム
蜜期が終わって、真っ先に妻の部屋を作る夫は、かなり性欲が強い
と言われている。
そして、頬擦りだ。これは獣人の四本足の間では求愛行動だろう。
だが婚姻した男女には朝の挨拶代わりに使われている。種族にもよ
って異なるが多くの夫婦は挨拶に頬に口付けるのが一般的だ。しか
し、彼らは夫婦になると挨拶は頬擦りになる。その経緯や詳細は未
だ不明である。
夫から頬擦りすることもあり、妻から頬擦りすることもある。
回数が多ければ多いほど、欲求不満の度合いを示すと言われている
が、はっきりとはしない。
122
Chapter 13. な、なんで?? R15︵前書き︶
キスだけですが、若干濃厚なため︵当社比1.5倍︶念のため、R
15にさせていただきました。
123
Chapter 13. な、なんで?? R15
気がつけば、草の上に寝転がされ、その上にジェアンさんが覆い
かぶさっていた。
ちゅ、ちゅ、というリップノイズ。
それが大混乱する私の耳朶に届き、唇には幾度も暖かく柔らかい
感触。
ファイアブルー
視野いっぱいに広がるジェアンさんの顔。
とろりと熱に浮かされたような青火の双眸が私だけが映し出され
ている。
あまりにも自然に唇が重なっていて、反応に遅れていた。
え、あれ、な、なんで私、キスされてるの??
﹁︱︱まっ⋮っ⋮ぁ⋮ジェアン、さっ︱︱んんっ﹂
ようやく意識を取り戻し、頭に血を上らせながら、やめさせよう
と彼の腕を掴んで押しのけようとした。しかし、体格差か力差か、
びくともしなかった。
124
口を開いた瞬間、ぬるり、とした感触が口内に滑り込んできた。
分厚く、大きな舌が、歯列の隙間から、私の舌に直接触れた。
ぞく、と背筋に電気が走ったような感覚。
驚愕の反動で彼の舌を噛んでしまったが、それすら構う事もなく、
すでに歯列内に入った舌が、私の舌を探り、絡んでくる。 顔を背けることすら、できなかった。
軽いリップノイズは、ぐちゅぐちゅと唾液の絡まる音に変わる。
﹁っ、んぅ⋮っ⋮、ん⋮⋮っ﹂
ただ下腹の辺りが熱くなり、激しすぎる口づけに、息もできずに、
頭がくらくらする。
大きな手が宥めるように、私の髪を梳く。
それに不安が薄れていき、逆に安堵が湧き上がり、心地のいい快
楽に任せて力が抜ける。
彼を押しのけようとしていた手にも力が入らない。
全身が熱い。
頭の中がふわふわする。
125
彼から与えられるものを受け入れるので精一杯で、もう思考が動
かない。
ぶち、となにかが弾け飛ぶような音と同時に涼しくなった。
だが、それに意識を割ける余裕はなかった。
流れ込んでいる彼の唾液を飲み込んでいるのか、彼に唾液を啜ら
れているのかもわからない。
ただ彼の舌で引っ張りだされた私の舌が吸い上げられるたび、く
らくらと眩暈にも似た感覚に体が震えた。
︱︱︱あぁ、どうしよう。私。
くちゅ、と音を上げて、彼の舌が引き抜かれた。
互いの唇から唾液が銀色の架け橋となって、ぶっつりと切れた。
頬から伝う唾液を彼の指が、優しく拭う。
いつもと変わらずに包み込むような穏やかな微笑に、だけど熱の
篭った瞳と微かに上がる息に、覚えるのは羞恥だけだった。
︱︱︱嫌、じゃない。 126
茫洋と彼を見上げていると、その唇が動いた。
﹁さ﹂
もしかすると、その一音の後に﹃くら﹄と続くのではないかと、
胸が高鳴る︱︱刹那。
ゴキャッ
鈍い音と共に、視界の隅で完全に意識の外にいたリュゼさんが手
にしていた何かをフルスイングしたのが見えた。
それがジェアンさんの頭部横に綺麗にヒットしていた。
僅かに上半身がよろめいたジェアンさんのコメカミの辺りから、
たら、と血が一筋流れた。
リュゼさんが手にしていたのは弓のようなものだった。
肩を怒らせながら、ずれた眼鏡を直す。
あまりの驚きで声がでない。
﹁⋮⋮⋮ジェアン。君は彼女を守りたくて、僕を尋ねてきたのです
よね?﹂
127
リュゼさんは先ほどまで柔和な微笑を浮かべていたというのに、
ごっそりと感情が抜け落ち、表情の消えた顔で淡々と呟く姿は、異
様に怖かった。
私に発した言葉ではないのに、恐怖を覚えるほどである。
というのに、言葉を投げかけられた当の本人は、はっとした様子
で、真っ先にリュゼさんの目元を大きな手で覆った。
﹁み、見るな!リュゼ!﹂
それが、彼の第一声である。
恥ずかしがる暇もなく、私は脱力してしまった。
傷の痛さでもなく、恨み言でもなく﹃見るな﹄って⋮⋮ジェアン
さん⋮⋮。
﹁⋮⋮目の前で盛ったのは誰ですか﹂
と、素直に目元を覆われたままのリュゼさんが、至極最もな事を
ぼそりと言うと、ジェアンさんは目に見えて、うろたえていた。
ちら、と私に視線を送って、彼は赤い頬の色味を更に増す。
口をパクパクさせて何かを訴えようとしているのはわかるが、思
128
考がまだ上手く回らない。
﹁リュゼっ!﹂
耐え切れなかったように、ジェアンさんが半分泣きそうな顔でリ
ュゼさんを呼ぶ。
﹁レディ・サクラバ。彼は無粋かつ野蛮な行為を心から謝罪してお
ります。無礼ついでに申し上げますが、目の毒ですので、身なりを
整えていただけるとありがたいのですが﹂
﹁え?﹂
まさかと思いつつ、涼しくなった胸元に手を当てると、前が完全
に肌蹴ていた。
自分で脱いだ記憶がないということは、彼しか考えられない。
ジェアンさん、いつの間にっ!
気だるい体を起こし、慌ててシャツの前を止めようとして、手が
止まる。
ついていた丸い木のボタンが⋮⋮なかった。
﹁え?ボタンが??﹂
129
襟元だけ息苦しかったので開けていたので残っていたが、二番目
から四番目のボタンはなく、その通してあっただろう糸だけがつい
ている。
それだけで、事態を察したらしいリュゼさんは、解決方法を投げ
てくる。 ﹁でしたら、マントを回転させて、正面を横にもってきてください﹂
﹁は、はい﹂
広がっていたマントを手繰り寄せて、正面の部分を横に持ってく
る。
マントが妙な着こなしになってしまったが、なにも言うまい。
前を全開で、ブラ丸出しよりは全然いい。
若干それでもお腹の辺りがスースーする?ウエストが緩い??
﹁︱︱︱っ!!﹂
ボタン式のズボンの前開きも全開だった。
慌てて、ボタンを閉めなおす。
いつの間にか自分の目も手で覆っていたジェアンさんを恨めしく
130
睨んでしまったが、途中から完全に流されていた自分も居たのは事
実だ。
﹁それから、彼の事はグランアミと呼んでください﹂
﹁グランアミ⋮さん?﹂
﹁どうやら貴女が迂闊にジェアンと呼ぶと、その⋮⋮今と同じ事態
が発生する場合がありますので﹂
﹃同じ事態﹄という言葉に、顔が熱くなる。
思わず、胸元とズボンを押える。
﹁僕も彼のアミとして謝ります。申し訳ありません。彼が日頃はと
ても温厚で、もの静かなのです。こんなことをするなんて︱︱︱僕
としても想定外のことでした﹂
なんだか悲しげな物言いに引っかかりを覚えるも、リュゼさんは
首を横に振る。
掌越しにも、ジェアンさんは、罰の悪そうな顔をしているのが分
かる。
﹁もうよろしいですか?﹂
﹁⋮はい﹂
﹁では、ここらは危険ですので﹂
131
ちらっ、と両手を下ろしたジェアンさんに﹃危険﹄の言葉の所で
視線を送り、私に戻す。
もう無表情ではなく、柔和な顔をしていた。
﹁僕の家に戻りましょう。込み入った話はそれからで。距離は4キ
ロほどだと思いますが、大丈夫ですか?﹂
﹁だ、大丈夫です。あ、すみま︱︱︱﹂
立ち上がろうとすると、ジェアンさんが手を伸ばしてくれる。
困った顔なのに、頬が赤い。
その手を掴み、立ち上がろうとした瞬間。
﹁あ、あれ?﹂
足の裏を地面につけた筈なのに、かくんと膝から落ちる。
地面は土だったので痛みはないが、そのまま力が入らずに、座り
込んでしまう。
﹁腰が、抜けたんですか⋮⋮﹂
132
リュゼさんの呆れた声に、私は羞恥で前かがみで両手で顔を覆っ
てしまう。
原因は間違いなく、ジェアンさんでだった。
死ねる。
私、今なら悶死できる。
というか、さっきじゃなくて、今、走り去りたい。
133
Chapter 13. な、なんで?? R15︵後書き︶
リュネット
≪水晶眼鏡≫最新フレーム続々登場! リュネット
リュ
最近目が悪くなっちゃって⋮でも、水晶眼鏡って、フレームが鋼や
ネット
鉄で出来ていて、重いんでしょう?目が凝っちゃうわ。それに水晶
眼鏡ってお高いんでしょう?
そんな方に超必見!!
東方から取り寄せた柔軟軽素材の竹を使用したことにより、業界初
の最軽量4.8gを可能にいたしました。勿論、使用されている遠
近両用の白水晶の厚みは従来と変わりません。
リュネットソレイユ
でも日差しの下で使うと、目が熱くなるというお要望にお応えして、
外出用の黒水晶による新たに≪黒水晶眼鏡≫を開発いたしました。
これなら水晶部分が黒いのに内側からの視界は従来と変わりありま
せん!
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134
Chapter 14. 普通の﹃人﹄
逃げ出せないので、しばらく恥を顔を隠してやり過ごした。
ようやく収まって、ちらりと顔を上げると、ジェアンさんがうっ
とりとした瞳で私を見ていた。 その瞳にまた羞恥が湧き上がるも、懸命に押し殺す。
私のせいで時間を取らせてしまっている。
そして、彼らは根気よく私の都合に付き合ってくれている。
申し訳ないやら、情けないやら。
ジェアンさんの瞳から、そっと視線をはずすと、そこにいたリュ
ゼさんがやたら生暖かい目で私たちを見守っていることに気がつい
た。
縁側で孫たちが遊ぶのを眺めているお爺ちゃんのような目である。
なんだろう。
よくわからないが、気恥ずかしい。
﹁それでは参りましょうか。歩けないようなので、ジェアンに抱き
上げさせますが、よろしいですか?﹂
135
﹁は⋮はい。ご迷惑おかけしました﹂
どんなに年にみても15歳ぐらいの子供みたいな顔なのに、悟り
きったような顔をされてるせいか、やっぱり子供相手のような口調
ではなく、敬語になってしまう。
ジェアンさんが、こちらを気遣うように手を伸ばしてきて、ゆる
りと私を掬い上げた。
﹁すみません、よろしくお願いします﹂
戸惑いながらお願いすると、彼は頬を染めて、嬉しそうに頬擦り
してくる。
硬い毛並みが、正直くすぐったい。
﹁ん、っ、あの、じぇ⋮じゃなかった、あのグランアミさん﹂
ぴた、と頬擦りが止まって、がっかりしたように見えたのは、私
の妄想なのだろうか。
﹁ジェアン、僕の家に戻りますよ。森の中で日が暮れては、話どこ
ろではないですからね。それとも彼女に野宿を味合わせる気ですか
?﹂
﹁⋮⋮わかってる﹂
136
少し不貞腐れたように答えると、ジェアンは大きな手でリュゼさ
んに手を伸ばすと、ひょい、と軽々しく肩に荷物のように抱えた。
え、えええ∼∼!!
思わず心の中で叫びをあげてしまう。
私を片手でお嬢様抱っこのようなものをしながら、反対側でリュ
ゼさんを担ぐって、どんだけ力持ち?二人合わせたら百キロは軽く
超えているはずだ。
二人が二言、三言交わした後、物凄いスピードで、ジェアンさん
は森を駆け抜けた。
+ + +
リュゼさんの家に戻ってきたのは、すぐだった。
本当に四キロもあったのだろうかと思うほどの距離で、私がここ
を全力で走り去っていたはずなのに、実はそれほど離れていなかっ
たのか。
137
それとも、やたらめったらジェアンさんが早かっただけなのか。
﹁わっ!﹂
ジェアンが停止して、大きく動いたと思ったら、ぽい、と肩から
リュゼさんを投げ捨てる。
それから、私の体を両手で包み込むように抱えなおした。
﹁ぷ、プティアミさん??﹂
投げ捨てられたリュゼさんは大丈夫だろうかと思ったが、案外猫
のようにしゅた、と地面に足をつけて綺麗に着地していた。
﹁あぁ、平気です。いつものことですから﹂
そうですか。と納得していいものかよくわからず、リュゼさんが
家に入っていき、招かれる。
﹁お邪魔します﹂
リースのついた扉を抜けた室内は、懐かしいぐらいの大きさだっ
138
た。
ジェアンさんの家も家具も巨大であったせいだろう。
しかし、少しリュゼさんには大きすぎるような気がした。
奥のキッチンに行った彼がお茶を手に戻ってくると、室内を見渡
していた私に苦笑を浮かべた。
﹁父の代から周辺に住む他種族と交流が多かったもので、彼らが過
ごし易いように立て直したんです︱︱どうぞおかけください﹂
ソファーに下ろされるのかと思ったら、ジェアンさんは私を抱え
たまま腰を下ろした。
当然のように、私はジェアンさんの膝の上に座らされている。
腰が抜けて動けないので、私は赤くなるほかない。
リュゼさんは、呆れたような視線をジェアンさんに送ったが、彼
は不思議そうに小首をかしげている。
結局諦めたように、首を横にふり、淹れたての茶を進めてくれた。
できれば諦めないで頂きたかったが、すぐにお茶に意識が向いて
しまった。
139
﹁ありがとうございます﹂
泣くに泣いていたので、喉が渇いてしょうがなかったのだ。
ジェアンさんの膝の上のせいか、少し遠いテーブルのため身を乗
り出しながら私がコップに手を伸ばすより先に、彼がコップに手を
伸ばしていた。
普通のコップと大きめのコップがあったのだが、普通のコップを
手にして、私に渡してくれた。
﹁あ、ありがとうございます﹂
こういう、細かなところで気がきくんだよなぁ、この人は。
温かいお茶を啜りながら、大きめのコップを手にしたジェアンさ
んにちらっと見上げると、すぐにこちらに気がついて、目元だけで
笑った。
彼が笑うと、ほっと安心してしまうのが、自分でも不思議だ。
さっきの、キスも⋮⋮嫌じゃなかった。
三人で一息ついた後、真剣な表情でリュゼさんが、話を切り出し
た。
140
モデスト・プーサン
﹁ジェアン。彼女は⋮⋮ファン・オムですね?生き残りですか?﹂
﹁わからない。慎ましき雛湖で溺れていた。確認したが角はなかっ
た﹂
﹁まさか、アンティキテ・リュイヌ?﹂
﹁わからない﹂
﹁ですが、可能性は高い。グラン・オムよ。君だって﹃ルマルカー
ブルの奇跡﹄を読んだだろう?創作にしろ、真実にしろエルフ領地
のファン・オムもアンティキテ・リュイヌから現れたはずだ﹂
ふぁんおむ?あんて︱︱⋮⋮??
自分の事を話しているのだろうが、イマイチ内容が理解できない。
一番重要な所の単語がわからない。
かろうじて湖の名前と、﹃エルフ﹄という、たしか精霊のような
名前だけが分かった。
二人とも物凄く真剣に話しているので、割り込みづらいのだが、
自分のことなのだから、しっかりと知っておきたい。
﹁あの?﹂
﹁申し訳ありません﹂
リュゼさんが、拳を口元に押し当てて、新芽のような瞳を伏せた。
いうべきか、いわないべきか、と逡巡しているようだった。
だが、彼の判断は早かった。
141
﹁レディ・サクラバ。今の会話の内容を説明するより先に、幾つか
質問があるのですが、許していただけますか?﹂
﹁え、はい﹂
反射的に返事をすると、リュゼさんは、僅かな空白の後に、小さ
く息を吐き出す。
そろり、と此方を伺うように、視線を上げた。
﹁貴女はこの世界のことを如何ほどお知りでしょうか?﹂
と言われて、私は押し黙る。
この世界︱︱︱地球でも、日本でもない、世界。
魔法があって、見たことない野生動物がいて、耳の尖った人が目
の前にいる世界。 たしかに数日過ごしたとはいえ、ジェアンさんと話ができなかっ
た分、よく分からないことの方が圧倒的に多かった。
私の困惑を悟ったようで、リュゼさんが改める。
﹁申し訳ありません。質問が悪かったのですね。貴女はどちらから
いらしたのでしょうか?世界の名前か、国の名前が、あればお願い
142
いたします﹂
そこで、私はジェアンさんに投げかけたような言葉をつらつらと
並べた。
地球、アメリカ、アフリカ、中国と次々と国の名前をあげ︱︱最
後に私が住んでいた日本を告げた。
彼は瞳を細めて、注意深く聞いていた様子だったが、聞き終わっ
た後に、首を横に降った。
﹁⋮⋮ジュット﹂
呟かれた言葉の音の暗さと、険しい表情に、不安が過ぎる。
それを感じ取ったように、ジェアンさんが眉根を寄せて、ぎゅっ
と私を強く抱きしめた。
思わず、彼の袖を握り締めてしまう。
﹁リュゼ﹂
﹁あぁ⋮不安がらせたようなら、謝ります。どうも僕にも信じられ
ないことだ。もうひとつ聞かせてください。貴女は﹃人﹄ですね?﹂
一瞬、彼が何を問いたいのかわからなかった。
143
﹃人﹄?なんで、そんな当たり前のこと、言われているのかがわ
からない。
もしかして、﹃人﹄ではないように見えるのだろうか? どこをどう見たって、私は平々凡々な女だ。
ちょっと背が高くて、名前が変わっているだけの。
でも、プティアミさんの目は切迫し、言葉での回答を望んでいる
ように思えた。
﹁え∼と、普通に﹃人﹄ですけど﹂
どう表現していいのかわからないが、彼は笑おうとして、失敗し
たかのように、顔をぐしゃり、と歪めた。
リュゼは眼鏡を外し目元を覆うと、ひどく疲れた様子でソファー
に凭れた。
﹁何からお話するべきか⋮⋮いえ、すべてを話すとなると、今日だ
けでは足りない。先に貴女が知らなければいけないことを掻い摘ん
でお話しましょう﹂
もう一度体を起こし、眼鏡をつけると、彼は長い息を吐き出した。
144
Chapter 14. 普通の﹃人﹄︵後書き︶
ワゾー・オム
︻とある聖職者の友人の鳥人族︼
樹齢何千年と思しき大樹の十メートルほど上に、奇妙な空間があっ
た。中は四十畳ほどの天井の高いワンフロアーのど真ん中で、青年
が脹脛から徐々に鳥足になった四本の爪を一本だけ、器用にコツコ
ツと床を突付いていた。
腕を組み、不規則に音を響かせながら、とある方向をちらちら不安
プティ・オム
そうに眺めている。
小人族の集落である。
﹁⋮⋮リュゼの旦那なら間違いないと思うんですがねぇ﹂
昨晩から眠れずに一日中、悶々と部屋の中央をぐるぐる回り続けて
いる。
あまり頭のよろしくない自覚のある青年は、自分が行けば、耐え切
パーティ
れずに口を開いてしまうだろうし、なおかつ状況を悪化させる恐れ
があるということをよくわかっていた。この軽口で道連を救ったこ
グランアミ
ともあるが、状況を不利にさせたほうが圧倒的に多い。
プティアミ
大きな友の伝言を伝えに行ったときに、自分よりも三十歳近く年上
の小さき友には、くれぐれもこないようにと念を押されてしまった。
プティ・オム
﹁来るなって言われたってなぁ⋮おぃちゃんだって、かかわっちゃ
ったんだし⋮もし﹂
グランアミ
シス
大きな友が狂ってしまったら?
いくら六徒の一人であり、﹃神弓﹄の二つ名があり、小人族の中で
145
プティ・オム
プティアミ
も最強と呼び声の高い小さき友でも、彼を押さえ込めるはずはない。
元々小人族は他の種族に比べて、身体能力が勝るところはほとんど
グラン・オム
ない。
シス
逆に巨人族は体の頑丈さが並ではない。
おまけに相手は同じ六徒だ。分が悪いのは目に見えている。
ただ青年は悶々と、部屋の中心をグルグル回り続けた。
146
Chapter 15. 重なる手
﹁この世界の名はパラディモール。大まかに大小7の大陸から形成
されています。我々がいる大陸はヴェルセット大陸です。ここまで
はよろしいですか?﹂
全然、よろしくない︱︱︱そう叫びそうになったのを腹の奥で堪
え頷いた。
きっと彼らには当たり前のことで、それをわざわざ説明してくれ
ているリュゼさんに叫べは、ただの八つ当たりにしか過ぎない。
反射的に沸き起こる否定を抑えるので、精一杯だった。
ジェアンさんとは短い期間、リュゼさんにいたっては会って数時
間しかたっていないが、それでも彼らは信頼に値すると思う。言葉
も態度も私を気遣っていてくれた。
とくに私はジェアンさんを信じている気がする。
その人が信じる人なら、信じれる。
﹃パラディモール﹄という世界。
﹃ヴェルセット﹄という大小七つ大陸。
147
正直、覚悟はしていた。
ここは、きっと私の世界ではないと、どこか予感していた。
現実味を帯びていなかったあやふやな世界が、彼の言葉によって
少しずつ頭の中で形成されていく。
﹁大陸が開拓され、ある程度安全な場所は、ほぼ領地になりますの
でオリゾン。魔族の国が形成されている非安全地帯をオプスキュー
ル。未踏、もしくは未開拓地をランド。ここはオリゾン︱︱︱アル
カンシエル王国の、西方のル・マン地方、オット子爵領地のプティ・
オムの村落の一つでシャン村といいます﹂
オリゾン。
オプスキュール。
ランド。
アルカンシエル王国。
ル・マン地方。
オット子爵領地。
プティ・オムの村落のシャン村。
148
なにそれ、なんなのそれは。ぐるぐると、頭の中でまったく聞い
たことのない単語が回る。
﹃ここまでは、大丈夫ですか﹄とリュゼさんの問う声が妙に遠い。
大丈夫じゃない。
私は大丈夫なんかじゃない。
聞きたくない。なんにも聞きたくない。
今更、私は気がついた。ジェアンさんの声を今日始めて聞いたか
ら、本当に今更。
・・・・・・・
話している言葉が違う︱︱︱私は日本語で話しているはずなのに、
口から出ているのは日本語ではないし、リュゼさんの話す言葉も、
思い返すジェアンさんの言葉も、日本語じゃない。勿論、流暢な英
語でわからないというわけじゃない。音、そのものが違う。
・・・・・
でも、私は彼らの言葉を殆どわかっている。
聞き覚えのない音を頭が理解してる。
音を立てて、足元から︱︱私の根底が、何かが崩れ落ちる感覚。
それに反して蓋をしていたはずの不安が一気に溢れ、異世界なん
だろうと認識をしだした途端に、頭の回路が繋がったように、鮮明
149
に言葉を解読している。
オリゾン。オプスキュール。ランド。
さっきまでは、ただの国とか場所の名前のようにカタカナの羅列
だった。
でも、今ならはっきりとわかる。
オリゾン
オプスキュール
白領地。
ランド
黒領地。
灰荒野。
プテ・オム
それから、プティ・オムは小人族だ。
本当に、私に、なにが起きたというのか。
喋れもしないし、聞きなれないフランス語なんかを急に喋り理解
したらこんな感じだろうか。
気持ちが悪い︱︱︱自分に対して、物凄い違和感を覚える。
寒くないのに手が震える。
リュゼさんを直視できずに、視線を彷徨わせる。
視界に廊下に積みあがっている本の背表紙に、もはや混乱を通り
越して恐怖を覚えた。
150
︱︱︱︱歌劇≪綴るアヴォシェヌの悲劇≫ 著クシロフォヌ
ミミズが這うような見知らぬ文字だが、読めた。
そういえば、私。
地図の文字も読めた。
言葉もわかる。
なにこれ?なに?なんで?いったい、誰が、私に、なにを??知
らない。私はこんな言葉知らない。ちがう。ちがうちがう私は︱︱
っ!!
ふわり、と。
151
独特の甘さが、鼻腔を掠めた。
同時に、ぎゅう、と痛いくらいの抱擁と温もり。
のろのろと顔を上げると、苦悶を浮かべたジェアンさんが目じり
に涙を溜めて、なにか言いたげに口を開閉している。 視線が絡むと、首を横に振って、私の手に触れた。
力を込めていたせいか、握り締めていた震える拳を大きな手のひ
らが包み込む。
自分でも驚くほど頑なに握ったようで、すぐに開けないほどだっ
た。
掌からは、血が滲んでる。
爪が食い込んだのだろうという認識だけで、麻痺した思考が痛み
を感じさせなかった。
出会ったことの足の傷と同じように、彼は僅かに避けた傷口に口
付けるように舐めると、ようやくちりり、と痛みが走った。
すぐに光が爆ぜて、掌から傷が消えた。
それから、ゆるり、と大きな掌と私の掌が重なり、太い指が私の
指と絡んだ。ぎゅと彼が掌を握る。
なんだか、私は泣きそうになった。
152
変わらない。
彼は変わらない。
自分だけで精一杯だった私は気がつくのが遅れた︱︱︱彼の手も、
また震えていることに。
私を心の底から心配してくれる、この優しさが、会ったときから
ずっと変わらない。
そう、だから、私。
この人を、好きになってしまったんだ。
不意に、強張っていた体から力が抜けた。
少しだけ、今少しだけでいいから、この優しさに甘えたい。これ
までも甘えてしまったけど、もう少しだけ甘えよう。
ファイアブルー
私は彼の手を握り返すと、ジェアンさんは驚いたような顔を見せ
た。
インディゴ
夜明色の前髪の隙間から覗く、青火色の瞳が大きく見開かれてい
153
た。
ぴたり、と。
彼の手の震えが止まった。彼も強張っていたようで、体から力が
抜けたらしく、目元を和らげて安堵の表情で、すりすりと私に頬擦
りしてくる。
ついでになぜか、ちゅ、ちゅ、という音と一緒に、頭上に柔らか
な感触がある。
嬉しいかも、と感じる私はだいぶ駄目人間だと思う。
でも、なんだか、あの日から、長いことジェアンさんに守られて
て、夢心地で足元がふわふわしているような感覚が抜け落ちたよう
な気がする。思考が今までより、ずっと鮮明だった。
そう、ここは異世界。
私はここにいる。
ここに今、ちゃんと存在している。
ジェアンさんと出会ってからの事全てが、現実だというなら、夢
じゃないというなら、嘘じゃないというなら、私は全力で現実と向
かい合おう。
154
だって、それがきっと普通だ。
﹁大丈夫です。話を中断させて、すみません⋮⋮その、私、母国語
で話していたと思ったんですが、どうやら私の方が、お二人と同じ
言葉を喋ってたんですね。それで少し動揺してしまいました﹂
﹁そう、ですか⋮⋮お話を進めても?﹂
リュゼさんは、こちらを心配げに伺うような目をしていた。
﹁続きを、お願いします﹂
もう私はきっと大丈夫。
この手の温もりがあるなら、私はきっと耐えられる。
私とジェアンさんの絡まる手に、リュゼさんがやんわりと微笑を
浮かべた。
155
Chapter 15. 重なる手︵後書き︶
︻伝説の武道家キュールダン師匠の燃える野郎のクッキング︼ リィ
1.まずは人数分の米を用意しろや!
アジ
リィ
2.仕留めたばかり︱︱ふん、男なら肉ぐらい自分で狩ってこんか
い!!︱︱の???の挽肉を米の三分の一ぐらい準備せんかい!
3.鍋に1、2を流しこめや!塩コショウを適量に突っ込めや、ご
ぅら!!料理は気合じゃい!
アジ
4.腕が痺れるほど、死ぬ気でかき混ぜろや、三十分じゃい!!
???の挽肉に火が通って、米が軟らかければできあがりじゃ
い、ヴォケ!!味見をしないやつは死刑じゃい!
5.まずは寝ている妻の様子を伺い、寝ているようなら無理に起こ
さないようにしよう。もし起床していて大丈夫そうならば優しくベ
ットから起こし、︵※必要な場合はナプキンを用意し、首元に当て
るか、膝の上におくとポイントがとても高い︶自分の胸にもたれさ
せながら、スプーンの半分程度の量を掬う。︵※女性の口は男のよ
うに大きくはないので、たくさん乗せると、食べられない可能性が
ある︶この時には必ずふーふーと息を吹きかけ︵※恥ずかしがるな
!男ならこれくらいの愛嬌が必要だ!そして、妻の舌が火傷したら
お前はどう責任をとるんだ!!︶あら熱を取り、妻に食べさせる。
しかし﹃もういいわ﹄と言われたら、無理に進めないこと。逆に吐
いてしまう可能性がある。この時、必ず水と事前に薬を用意してお
リィ
くこと。︵※気が利くところを、ここでアピール︶そして、頬にう
っかり、うっかり、もううっかりと手が震えて、米がついてしまっ
た場合は仕方がなく、ぺろり、と舌で舐めとること。︵※幾ら妻の
頬が熱で高潮して色っぽくても、病人を襲ってはいけない。これで
我慢しよう︶
156
そして、最後に早くよくなるように願いを込めての、軽いキス︵※
お前の病気を俺はもらっても、お前が良くなるなら本望だ、のアピ
アジ・リゾット
より
ール。くれぐれもディープキスは体力を奪うのでNG︶
第3章 寝込む妻のための料理 ︱︱︱︱正体不明のファイルが開いたらだいぶ前のあとがきに乗せ
るやつだった⋮⋮︵涙
157
Chapter 16. 帰還手段
アンティキテ・リュイヌ
﹁現時点で貴女に何が起こったか正確にはわからず、推測の域をで
ませんが古代遺跡が関係しているのだと思われます﹂
さきほどは、不明瞭で頭の中で変換されない音だったが、今度は
はっきりと聞こえる。
アンティキテ・リュイヌ
﹁古代遺跡、ですか?﹂
オーソドックスに浮かんだのは、エジプトのピラミッドだった。
後はカンボジアだったかアンコールや、ギリシャにあったのがア
クロポリス⋮だったっけ?モロッコとのヴォルなんとか遺跡という
ぐらいなら、年末の特番でやっていたのを流し見てた記憶がある。
懸命に薄れた脳内情報を探るが、でてくるものは少ない。
元々あまり興味はなかったせいかもしれない。
だけど、名前の感じから私の感覚での遺跡とはどこか違うように
思える。
そもそも、この世界は今更だが魔法があるのだ。
158
オリゾン
﹁昔、人が作った遺跡です。人が最盛期であった頃の文明だと伝え
られ、研究者達も多くおりますが、基本的に白領地で発見された遺
跡は国保有や種族保有という関係もあり、ほとんど解明らしい解明
はされておりません。数十年前にも、遺跡の解明の途中で遺跡の総
てが吹き飛ぶという事故が多発してから、手をつける国は数えるほ
どです﹂
噛み砕いて、私はリュゼさんの言葉を吟味する。
考えよう。
ちゃんと考えて、自分で判断せねば。
昔の人が作った遺跡︱︱︱超高度文明というやつだろう。
現代人だって難しいのに、古代に生きていた人は機械なしにピラ
ミッドまで作ったという感じだろうか。
ナスカの地上絵だって、制作方法や意図は未だにはっきりとして
いないという。
国有ということは、私の感覚でいう世界遺産?
現代でいう象徴ではない国王が居り、国王制度が残るというなら、
盟約、宗教、金銭の方面で制限がかかったのかもしれない。研究者
はごく一部なんじゃないだろうか。
しかも、巨額の金をかけても、事故で遺跡ごと失ってしまうリス
クは避けられない。
159
そのため、保留されているわけだ。
つまり、それほどの利益にならないことなのだろう。
危険性を考えれば、種族保留も、似たような理由なんじゃないだ
ろうか。
しかし、それと何で私の関係︱︱︱もしかして。
モデスト・プーサン
﹁私が溺れていた慎ましき雛湖の周辺にも遺跡、が??﹂
アンティキ
よく漫画とか小説でのパターンだと、こう遺跡から出てくるのが
基本じゃなかっただろうか。
モデスト・プーサン
この世界でも通じるのかわからないけど。
テ・リュイヌ
﹁はい。まさに慎ましき雛湖の水中に人が作り出したであろう古代
アンティキテ・リュイヌ
遺跡が沈んでいるのです﹂
私が溺れていた足元に古代遺跡があるとなれば、疑って普通だ。
ほかに何らかの要因がなかったとなると、殊更怪しい。
アンティキテ・リュイヌ
﹁ですから、僕の知識不足で申し訳ありませんが、なにか稀有な要
因が重なって、古代遺跡が動き出したのではないか、と推測いたし
ました﹂
160
そして、私が現れた。
運良く、ジェアンさんに拾われた、ということだ。
私は一度深呼吸して、真っ直ぐにリュゼさんに向き直った。
﹁プティアミさん、貴方の推測でかまいません。教えてください。
私は︱︱⋮元の世界に帰れますか?﹂
初めてまともに対話をしている人がリュゼさんだけなので、断言
はできないが︱︱︱この世界の人が知識水準が高いならば別だけど
︱︱︱彼は物凄く頭のいい人だ。
何一つ分からない人間に一から物事を教えるのは、どんなことで
あれ実は物凄く難しいことだと、教師だった姉から聞いたことがあ
る。
この世界に関して無知だった私が、輪郭でも掴めたのは、リュゼ
さんだからだろう。
少なくともうら若い外見には似合わないほどだ。
間違いなく私よりは頭がいい。
その証拠に彼は、私の質問に困惑も驚きもみせなかった。
161
彼は私の心が落ち着いて、自分から言うのを待っていたのだろう
と思われる。
むしろ、ジェアンさんがビックリしたらしく、ぎゅ、と私を抱き
しめている腕の力を強めた。
振り向かなくても、不安そうな顔をしているのがわかる。
﹁可能性が全くないわけではありません。ですが限りなく低いです﹂
やっぱり︱︱︱そうなんだ。
だけど、言葉が分かったり読めたりした時の衝撃はなかった。
﹁ですが、もし望むなら、ジェアンは全力で助けてくれるでしょう。
金銭面でも、戦力面でも、彼は元冒険者ですから、長い旅も絶対と
はいえませんが安全性は高いとは思います﹂
⋮⋮えーと、旅から突っ込むべきか、ジェアンさんさんから突っ
込むべきか悩む。
もしそれでも帰りたいなら、ジェアンさんが助けてくれる?
ありがたいのだけど、なぜだろう?
それに、なぜ長旅になってしまうことが前提なのだろう?
私の言いたいことを察したようにリュゼさんが、眼鏡を真ん中の
162
部分を押し上げながら、苦笑する。
グラン・オム
﹁もし帰還をお望みになるなら、まずは遺跡調査からしなければな
りませんが、それは所有者である巨人族の村長に許しを請います。
幸い村長の娘婿がジェアンの弟なので、説得自体は難しくありませ
んが、問題は彼らの民族は移住しておりまして、168キロほど先
のペイ・ナタルに住んでおります﹂
ひゃ、ひゃくろくじゅうはち、きろ。
しかも村長の娘婿がジェアンさんの弟さんって、どんな偶然だ。
車があれば、なんとかなりそうだが、どう見たって、ここの移動
手段は徒歩か馬ぐらいに思える。
馬は乗れないから必然的に徒歩となるけど、一体、何日⋮⋮
﹁大凡女性の足で、最低片道四日ほどかかります﹂
ありがとうございます。リュゼさん。でも私の足では絶対四日で
はつかないと思います。私は常日頃は平らなコンクリートの道しか
歩いたことない。
体力もそれほどあるほうじゃないので、往復十日ぐらいだろうか。
その分の食料やら水やらを考えれば、ジェアンさんに頼らざる得
ないのだけども。
163
﹁それから、どうにか泉の水を抜くことに成功しても、当ては在り
ませんが専門の遺跡調査の者を探し、どのような現象が起こったか
を解読してもらう必要があります。無論、貴方は人なので、もしか
したら案外調査の者は不要かもしれませんが⋮⋮それが、選択肢の
一つ目です﹂
それだけでも、眩暈を起こしそうな途方もない計画と労力と金銭
ということである。
﹁では、二つ目、三つ目もあると期待しても?﹂
﹁旅の中では一番楽な手段が一つ目ですが、それでも聞きますか?﹂
アンティキテ・リュイヌ
一応聞いたのだが、やはり選択肢の二番目も似たり寄ったりだっ
た。
モデスト・プーサン
慎ましき雛湖の古代遺跡で判明しなかった場合、もしくはそこま
オプスキュール
でに辿りつかない、危険な魔物や非友好的な魔人なる種族が徘徊す
る黒領地の﹃黒の塔﹄という場所を尋ねるのが、確実に帰れるか帰
れないか分かる方法なのだという。
何千キロか、何万キロの旅を徒歩か馬で。
しかも、魔物から身を守るすべは私にあるとは思えない。
アンティキテ・リュイヌ
そして﹃黒の塔﹄というのも古代遺跡らしく、正確な位置は不明
なのだという。いまだに冒険者達が一攫千金を狙って伝説の塔を探
164
しているが、まだ見つかってないらしい。
雲や霞を捕まえるような行為。
つまり、ほぼ帰還は無理だと言われたに等しい。
事実として、受け入れてしまった。
むしろ、帰れるのか帰れないか、分からないより、ずっと身の振
り方がある。
帰れない︱︱︱⋮断言されたようなものなのに、先ほどより私は
ショックを受けていなかった。
きっと、この手の温もりがあるから。
165
Chapter 16. 帰還手段︵後書き︶
︻とある聖職者の鳥人族と小人族の友人たち︵数日前︶︼
﹁リュゼの旦那!見てくださいよ、これ!﹂
にやにやと嫌らしい笑みを浮かべながらと彼が戦利品といわんばか
りにメモしたらしい商品の名前が書かれた紙が鼻先に突きつけられ
る。
衣類や日用品の羅列と傾向から、すぐに頭の中で推測される。
すべて女性物のようだ。身長は165cmから185前後。選び方
が杜撰なので女性本人がもしくは他の女性が依頼したものではない。
スカート類や化粧品の類が一切かかれていない。多分男だ。それも
無骨で女性に慣れていない。多く必需品の欠如があり、注文の順番
に統一性がなく、思いついた順番なのだろう。慌ているのが手に取
るように分かる。その男は突然身一つの女性を受け入れた。そうで
なければ、女自身の持参した荷物があるはずだ。
依頼した男に身近な女性はいない。そうであれば、先にそちらに頼
んでいるだろう。裕福な一人暮らしだ。村や町にはすんでいない。
それなら、そこで買っているはずだ。隠居もしくは理由があって人
里からは離れた生活をしている。もしくは家から離れられない事情
があるのだろう。それに東で作られる、とても高価な櫛を買ってい
るところから、男は突然やってきた女に入れ込んでいるらしい。
鳥人族、特に目の前の青年の宅配は普通よりも桁がひとつ違うぐら
いの金銭を要求してくる。かける金額から垣間見える執着が半端で
はない。
どんどん、頭の中に見知った人物像が浮かんでくる。そもそもこの
166
鳥人族の青年がはしゃいでいるのだから、共通の知人なのだろう。
二ページ目のベットマットまできて、確信をえて頷いた。
巨人族の男は妻の部屋の箪笥や机などの調度品は木を切り倒すとこ
ろから自分で作るらしい。特に巨人族のベットは頑丈にできていて
美しく巨大だ。そのため、諸国の貴族に重宝されている。しかし、
そんな彼らもなぜかベットマットは作れないらしい。裁縫が苦手な
のだろう。
グランアミ
﹁おやおや、大きな友に結婚祝いの準備をしなければなりませんね﹂
﹁早っ!旦那、理解するの早すぎ!!﹂
﹁ダウ、レザン・バンの白ワインと赤ワインを一本ずつ、買い付け
ておいてください。48年モノですよ。あの年は最高のワインだ。
口当たりもいい﹂
﹁うわぁあ!そんなの送るんですか?家一軒立つじゃないですか!﹂
﹁かまいませんよ。めでたいことです﹂
シス
それに六徒として賜った報酬にはほとんど手をつけていないのだか
ら、ここぞとばかりに使わねば。
鳥人族の青年が自分のことに用に喜んでいるのはこのためか。青年
は彼に拾われたも同然で、英雄視しているところがあるのだ。
﹁みてください。実はおぃちゃんも、もう買ったんですよ﹂
﹃男女の正しい結婚生活の手引きと、有意義な夜の生活を続けるた
めの体位﹄手渡された本をぱたん、と閉じる。
﹁ま、まさか、こ、れだけ?﹂
﹁あはは、まさか。そいつはおまけです﹂
巨人族の新婚家庭に何を送っているんだと冷や汗を流したが、胸を
167
なでおろし、今度は立派な大きな箱を手渡される。開いて、ぱたん、
と思わず、即効で閉じてしまった。
﹁ダウ、君の勇姿は忘れません﹂
思わず青年に弓を構えてしまった自分に何の罪があるのか。
詠み人知らず様のコメントで妄想させていただきました。ありがと
うございますw他の所だともっと長くなりそうだったので、ここの
リュゼさん視点⋮紙を突きつけられてから、十数秒後でした。
168
Chapter 17. 絶滅種の私?
思わず握り締めた。
ぎゅう、と握り返される大きな手。
﹁もし帰らず、こちらで生活をする場合も、ジェアンが衣食住の全
てを提供してくれるでしょう﹂
だから、なぜジェアンさん!?
いや、それは、そのありがたいというか、確かに先立つものがな
いと定住も難しいと思いますけど、衣食住って今と変わらない感じ
もするんですが。
﹁安全性から考えて、このままジェアンの家で暮らすのが、僕とし
てはお勧めです﹂
﹁で、ですが、ご迷惑がかからないように、自活の道を選びだい︱
︱︱でぅっ!﹂
ぎゅうう、とジェアンさんの手が少し痛いほど強く握られた。
そう思った時には、彼は体を丸めて、肩口に顔を埋められて、も
のすごく変な声を上げてしまった。
よく分からないけど、彼が首を横にふっているのはわかる。
169
髭と髪の毛がくすぐったい。
﹁訂正させていただきますが、ジェアンは貴女のことをちっとも、
全然、全く、これぽっちも、迷惑だと思っておりません。むしろ喜
ぶでしょう﹂
だからなぜ、リュゼさんが断言を??
顔を埋めたままのジェアンさんにおろおろしながらリュゼさんに
顔を向けると、少し困ったように、眉根を寄せてた。
﹁それに、貴方が自活なさるのは、とても困難です﹂
﹁難しいのですか?﹂
﹁はい﹂
リュゼさんはあっさりと頷いた。
﹁その要因は二つ。一つ目は貴女がここの世界の住人ではないため、
生活習慣などが違いがあります。ですがそれは努力次第で解決され
ると思います。幸い読みには問題がないようですし﹂
元々事務処理の仕事をしてたのだって、パソコンだし、なにか特
技らしい特技もあるわけじゃない。
170
たしかに、仕事をするとなると、ちょっと困るけど、がんばれば
どうにかなるだろう。
一人暮らしだし、家事手伝いの延長ぐらいなら可能だ。
人付き合いがあまり得意というほどではないから、大きな屋敷と
かじゃなくて、小さな家の手伝いとかというのは贅沢だろうか?
そういうサービス業みたいなのは、景気に左右されるから危うい
けども、他には何ができるだろう。
漢字検定とか、簿記検定とかじゃなくて、なにか手習いでもして
おけばよかったと思ったが、一応私の人生設計では、異世界トリッ
プというものが一切入っていなかったのだから、今更しょうがない。
後は針子とかだろうか。
裁縫は苦手じゃないが、繕い物程度で、ほとんどは電気ミシンで
終わらせてしまう。
文明の機器というのは偉大だ。
ミシンなしで服を縫うとか、以ての外だろう。
そうなるとやっぱり、家事手伝いぐらいだが、薪をくべるキッチ
ンならば料理には自信がない。
できれば雇い主が、仕事覚えるまで置いてくれるような心が広く
て人で優しいといいな︱︱︱ぽん、と頭の中にジェアンさんが浮か
んで、一人で恥ずかしくなった。
171
動かなくなったが、彼は未だに私の肩に顔を埋めている。
﹁二つ目は貴女の種族です﹂
種族?民族とかではなくて??
﹁貴女は気がついていないようですが、私たちは﹃人﹄ではありま
せん﹂
一瞬、リュゼさんが何をいっているのか理解できなかった。
﹃人﹄ではない?
種族?
﹁ええっと、私にはお二人とも普通の﹃人﹄に見えますが﹂
リュゼさんは髪の毛を掻きあげて、自分の両耳を見せた。
先が尖っているのがわかる。
そういえば、ジェアンさんも耳が尖っていたので、すごく珍しい
と思って、触ってしまったのだけど︱︱︱すぐに窘められてしまっ
たが。
172
プテ・オム
・・
グラン・オム
﹁僕は人ではなく、小人族です。彼は先ほど言ったように巨人族で
す﹂
小人と巨人。
まさに二人ぴったりだなと思うが﹃人﹄じゃない?
大きさが違うだけじゃないの?
ファン・オム
﹁この世界では人を純人族と呼び、そして既に︱︱︱絶滅していま
す﹂
その予想外の言葉に、私は反応が遅れた。
ひとが、ぜつめつしている︱︱︱まるで、そう、テレビのアナウ
ンサーが遠くの国の出来事を語るように、リュゼさんの言葉が空々
しく素通りしていく。
意味を理解しているが、理解していない。
173
現実味が全然ない。
いや、彼らが人ではないというのなら、人ごとなのかもしれない
が︱︱ああ、違うそうではなくて。
つまり、この世界に﹃人間﹄がいない、ということだ。
ぐりぐり、とジェアンさんが、肩口に顔を押し付けてくるくすぐ
ったい感触に意識を戻す。
膝の上が慣れてきている自分が少し怖い。
﹁え∼と、絶滅危惧種ではなく⋮その、すでに絶滅しているという、
過去形ですか﹂
自分で言っていて、なんだか他人事のように感じる。
確認のために問うが、リュゼさんは頷く。
﹁はい、そうです。貴女が現れるまでは﹂
人の居ない世界︱︱︱世界中どこにいたって、人種は違えど、人
が居ない場所などない。だから、その人が全く居ないという感覚が
いまいち分からなかった。
174
道を歩けば、知らない人が周囲にいる。
名前も顔も知らないけど、たしかに人が大勢いた。
当たり前の事だった。そんな当たり前のことが、当たり前ではな
くなった。
でも、私は意外と落ち着いていた。
目の前に大きさは違えと、人の形をしている者たちがいるからだ
ろうが?言葉が通じているから?
人の絶滅が事実だというのなら、気になることがある。
そして、彼らが私を人だと気がついたように、他の人たち︱︱人
と呼んでもいいのだろうか?︱︱も気がつく可能性がある。
それで、リュゼさんが耳をみせたのか。
﹁︱︱︱簡単な見分け方法が、耳なんですか?﹂
﹁はい。東の方には、少数派ですが耳の丸い種族もおります。です
ファン・オム
がその者たちには、類に漏れず﹃角﹄が生えているものですから、
少し純人族のことを知っていれば﹂
見分けがつく︱︱︱いいかけて、リュゼさんが言葉を噤んだ。
175
人が絶滅しました、と人の形の種族の方々に言われ、びっくりは
したが、イマイチ自分以外が絶滅しているということがピンとこな
い。
最初の数日で異世界だと理解し、今日この異世界を受け入れた。
どこか頭の中で、私が居たところとは別の世界だとわかってたか
ら、そんな世界なのだ、と受け入れてしまったのかもしれないが。
私が恐れたのは、私という絶滅種を周囲が︱︱人ではない方々と
いえばいいのだろうか?︱︱どう見るか、である。
私は平々凡々たる人間だが、人間であること自体が、﹃稀有﹄で
あるなど考えもしなかった。
﹃稀有﹄である。
つまり、良くも悪くも目立つのだ。
そして、私のような凡庸な人間︱︱人間だから、良くも悪くも興
味を惹くのだろう。
黒髪の人間の中に金髪の人間がいたら、視線が向かうように。
女性の中で一人だけ男性がいれば意識するように。
176
最悪の状況が脳裏を過ぎる。
二人の様子から、憎まれるべき存在ではないだろうが、その逆が
怖い。
﹁自活とは少々異なりますが、この領地の持ち主であるオット子爵
ファン・オム
イミタシオン
の保護下、もしくは国王の保護下で一生、贅沢三昧な生活をするこ
ファン・オム
とも可能でしょう。純人族は全ての人ならざる者の種族の始祖。全
ての国は純人族を公に発見した場合は蔑ろにできませんので﹂
ファン・オム
贅沢三昧というからには、予想通り絶滅した純人族の行いが悪か
ったということはないようだ。
全ての種族の始祖ということは⋮⋮言葉が通じるネアンデルター
ル人的な扱いだろうか?
しかも恐ろしいことに、﹃公に発見した場合﹄である。
その言葉の裏から読み取れるのは﹃公に発見されなかった場合﹄
は同じ待遇になる可能性が低いということである。
さて、ここで脳裏に動物園のパンダが浮かんでくる。
絶滅危惧種である彼らは、交配相手を何千万円だかかけて呼んで
いるらしい。彼らは可愛いし、ぜひとも増えてほしいとは思うが、
まさに今の私はパンダに近い。
177
それを自分に置き換えると、ただ愉快な贅沢三昧という保証はな
いように思える。
確かに手厚く保護されるかもしれない。
・・・・
しかし、遺伝子の近い相手で︱︱︱絶滅危惧種を、増やそうとす
る輩がいても可笑しくない。
きっとそれは悪意はない。
仲間を増やしてやろう!という善意から⋮だから恐ろしい。
私たち、人間が絶滅危惧種にしたことを、しようとしていること
を︱︱︱私にされないと誰が断言できるだろう。できれば、されな
いと断言してほしいところだ。
そして、次に宇宙人が脳裏に浮かぶ。
未知の生物の生態系が判明しておらず、その生物が目の前で無防
備に転がっていたらどうか?
よく宇宙人の解剖されている映像を入手したとかって、テレビで
流れたときな﹃あはは、合成だよねこれぜったい﹄なんて妹が笑っ
ていたけど、今は笑えない。全然笑えない。
むしろ感情移入しそうだ。
言葉の通じるが姿の異なるネアンデルタール人を、人類はどう扱
うのだろう?
178
そのまま私にもトレースされて、言葉の通じる純人族を彼らはど
う扱うのでしょうか?という疑問にぶち当たってしまう。
そうでなくても、働かずして贅沢三昧なんて、小市民を主張する
私には耐えられたことではない。
切実に自活の道がほしい。
﹁その大きなメリットの反面、デメリットもまた大きいですよね﹂
・
﹁多分ですが、今あなたの頭の中で思い浮かべているようなことだ
と思われます﹂
・・・
﹁⋮⋮絶滅種を︱︱現時点では絶滅危惧種ですけど︱︱それを、増
やそうと考える方もいるかもしれない?﹂
リュゼさんは肯定も否定もせず、苦笑だけを浮かべた。
できれば、否定してほしいところだ。
なんてはた迷惑な。
言葉が通じれば回避できる可能性もあるが、国ひとつの方針とし
て決定されてしまえば、私にはなすすべはないと思われる。
逃げる?どこに?それすら私にはわからない。
元の世界に?それこそ、どうやって?
179
かといって、今の段階では国の方針が重要となってくるが、王制
がとられているというのなら、王個人の意見だけで押し切られる可
能性とてある。
私自身が欲望をそそるかどうかは別として、象徴として王家に召
し上げられ︱︱うん、想像拒否。
﹁っ!﹂
数秒の間を置いて、私の肩口から獣が唸るような低い音が聞こえ
て、さらに驚いた。
腕の力が強まり、かなり苦しいことになった。
そして、自分に向かったわけではないが、背後からの強烈な圧迫
感に、ぶわっ、と一気に鳥肌がたって︱︱︱声が出なかった。
ミシミシと足元で嫌な音がする。
﹁ジェアンっ﹂
僅かに焦った様子のリュゼさんに彼の名前を呼ぶ。
直ぐにジェアンさんから腕から力が抜け、それと一緒に鳥肌が治
まっていく。
180
よくわからないけど、今の感じはジェアンさん??
少し浅くなった呼吸を整えていると、プティアミさんにいたって
は額に浮かんでいた汗を拭っているようだった。
﹁︱︱︱⋮⋮す、まん﹂
ジェアンさんの掠れた声が、胸が痛むほど弱々しい。
ファイアブルー
そちらの方が驚いて振り返ると、表情はないものの、地面に向け
られた青火色の瞳には、悲しみと困惑と、微かに怒りが見て取れた。
﹁じぇ⋮グランアミさん、大丈夫、ですか?﹂
もしかすると、彼は優しい人だから、私のことを思って怒り、悲
しんでくれたのかもしれない。
そっと彼の頬を撫でると、のろのろと顔を上げた。
まるで子犬のように、瞳を細めて、伸びた私の手に擦り寄るよう
に顔を寄せる。
ぎゅう、と繋いでいるほうの手が強まる。
彼は顔を摺り寄せた私の掌に、口付けた。
181
Chapter 17. 絶滅種の私?︵後書き︶
IFエンディング﹃名前呼ばれてプッツンで即効強制蜜期﹄のジェ
アンさん視点も読みたいな∼ということで、菊月さまのご要望によ
り、桜さん視点の後にちょびっとですが、加えさせていただきまし
た。よろしければごらんくださいww
ですが、加筆により若干ダークエロR15仕様になってございます、
ご注意ください orz
182
Chapter 18. 掌のキス
彼は長いこと、私の掌に繰り返し口付けていた。
その姿は憔悴しきっているようで、酷く胸が痛くて、振り払える
なんてとてもできずに、なすがまま、ジェアンさんの大きな掌に預
けてしまう。
反面、頭の中ではぐるぐると、﹃掌のキス﹄の意味が巡っている。
学生時代に習ったことを今でも覚えてる。
オーストリアの劇作家だったと思ったが、フランツ・グリルパル
ツァーという人がいて﹃接吻﹄の中で、様々な種類があると言った。
有名だから、一文ぐらいは聞いたことがあるかもしれない。
手なら尊敬。
額なら友情。
頬なら厚意。
唇なら愛情。
瞼なら憧れ。
腕と首は欲望。
それ以外は狂気の沙汰。
183
そして︱︱︱掌の接吻は﹃懇願﹄。
勿論、種族も文化も違うのだから、ボディーランゲージとしては
違うのかもしれないが、まるで自分が懇願されているようで、密か
に今考える自分を殴ってやりたかった。
なぜ彼が、こんなに傷ついているのか。
話の流れからして、私の話が原因なのはわかる。
よほど、繊細で純粋な人なのかもしれないけど、私のせいで傷つ
いたというのなら、どうにかしてあげたいのに、私は何をしていい
のかわからない。
おろおろするばかりで、癒してやることすらできない。
私は平気だから︱︱でも、正直、最悪の結果に怯えている。
私のために苦しまないで︱︱彼が私のために怒りを覚えてくれた
ことに、私は⋮喜びを感じた。
最低だ。私は最低だ。
自分を騙すような空々しい言葉ばかりで、慰めの一つも浮かばな
い。
184
でも、私は。
不意に、ぽろり、と彼の目尻に溜まった温かい涙が頬を伝い、私
の掌に零れ落ちた感触に、いてもたってもいられなくなった。
言葉は話せなくても、いつだって彼は私を慰めた。
だというのなら、私にも。
私も。
腰が抜けていたが、ぐ、と足に力を入れると、なんとか動いた。
動いたことで、びくっとジェアンさんが肩を跳ねさせて、両方の
手を離さないように手に力を込めて、悲しそうに私を見つめる。
私は彼を脅えさせないように、優しく笑うように努めた。
子供のような無防備に泣きながら、おずおずと彼は手から力を抜
いていく。ずっと握り締めていた手を私が解くと悲しげに瞳を細め
た。
185
だけど、彼は私の行動に、瞳を大きく見開いた。
インディゴ
私は彼と正面に向きあうような形で、手を伸ばし夜明色の髪を撫
でた。
異世界にきて、混乱する私に、彼がしてくれた様に。
何度も何度も。
ファイアブルー
私は膝立ちになって、彼の宝石みたいな青火の瞳から零れ落ちる
涙を拭った。
部屋を用意してもらって泣きじゃくる私の涙を、彼が拭ってくれ
たように。
優しく壊れ物を扱うように。
私は両手を広げて、大きな彼の体を、頭を抱きしめて、その背を
擦る。
彼がいつだって、私にしてくれたように。
186
ありがとう︱︱︱ありがとう、ジェアンさん。
何度感謝しても、しきれない。
たとえ言葉はなくても、私は貴方に溢れんばかりの優しさを貰っ
た。目を閉じて、耳を塞ぐのは終わらせて、この信じがたい現実を
受け入れてた。
きっと、私は帰れても、帰れなくても、貴方のことは一生忘れる
ことがない。
だから、泣かないで。
今の私は、貴方のお陰で。
貴方がいるから。
どうか。
なかないで。
187
わたしのこころにすみついた、たいせつなひと。
微動だにしなかった彼がぎゅう、と私の体を痛いくらい抱きしめ
て、微かに嗚咽を零した。
私はこの世界がまだ怖いし、考えもまとまらない︱︱︱でも、き
っと大丈夫。
貴方が側にいてくれるなら。
どんな選択も、胸をはって自分の意思だといえる。
もしかしたら、その選択は貴方をとても困らせてしまうかもしれ
ない。
でも、側にいてくれるのでしょう?
今だけでもいい、彼らの言葉がすべて嘘でもいい、私は信じる︱
︱︱貴方を信じる。貴方を心から心配してくれる大切な友達の言葉
を、貴方の言葉だと。
188
貴方が、私を見捨てないのだと。
だったら、きっと大丈夫。
私は。
無抵抗だったジェアンさんの腕が動き、ぎゅう、と音がしそうな
ほど、私を痛いほど強く抱きしめた。
殺された嗚咽が、震える体が、触れた肌から振動で伝わってくる。
インディゴ
涙が枯れるのを待ちながら、夜明色の髪を梳いていると、不意に
彼が抱きついたまま、顔を少しだけ上げた。
﹁︱︱︱っ!﹂
189
音はない。音はでていないけど︱︱︱︱彼の唇が動く。
さくら。
体が一気に熱くなる。
直視できないのに、視線を逸らせない。
さくら。
音もなく名前を呼ばれ、私は嬉しいのに涙が出そうだった。数え
るほどしか彼の声を聞いていないのに、頭の中で彼の声が私の名前
を呼んでいる。
大きな手が私の左耳に触れる。
涙を流しながら、私の名前しか知らないみたいに何度も唇で象り
ながら、それでも左耳に指が淵をなぞり、指が溝に這い、耳朶に触
れる。
意味が分からない以上、振り払うこともできない。
190
彼は瞳を細めながら、もう片方の私の手を取ると、先ほどのよう
に何度も掌に口付けた。
﹁ん⋮っ⋮﹂
だが、左耳に指が這う度に、掌に口付けられるたびに、彼の唇が
名前を象るたびに、この背筋を鈍く這い上がる感覚は一体何なのだ
ろう。
体が芯から熱くて、抑えようもなく震える。
何度も、何度も︱︱︱まるで、神聖な儀式みたいに。
呼ばれて、触れられて、口付けられて︱︱︱全身から緩やかに力
が抜けて、膝で立っていることも出来ずにガクガクと足が震えだし
た。
191
Chapter 18. 掌のキス︵後書き︶
汝は世界で最も小さな王国に君臨する王よ。
その存在が汝を生み出した幾百の神々に勝り、その存在が汝の人生
の歓喜の美酒ならば、永遠の鎖に繋がれよ。
その存在は汝の絶対たる神、その存在は汝の絶対の法。
汝は巡る世界で離別した女王を探し出した王。
汝は今生に許される︱︱︱その麗しき服従と、甘美な屈服に溺れ、
死が二人を別つとも、再び巡り合うことを、今許される。
幸運の王よ。
己の命に刻み給え、女王の名前を。
幸福の王よ。
己の唇に刻み給え、汝の女王の唇の感触を。
オレイユ
優しき鎖に繋がれし王よ。
唯一無二の女王と、耳飾の交換を。
︻イス神の福音書 二十七章九節︼
192
Chapter 19. トイプードルの消失
ゴッ
近くから鈍い音がして、体をビクつかせてしまった。
私ははっと、熱に浮かされたような意識を正常に戻して、目を瞬
かせた。
は、恥ずかしい。
相手を慰めようとすることに頭がいっぱいで、頭を撫でたり、抱
きしめたりしているが、相手は子供じゃなくて、成人男性であるこ
とを再認識する。
彼を見れば、私の左耳に触れ、掌に口付けたまま、眉根を寄せて
いる。
不機嫌そうだが、視線は私の後ろだった。 背後から、冷気が漂っているような気がしているのだけど、気の
せいだろうか??
193
よく考えると⋮⋮いくら彼が泣いているからといって、人様の家
で、しかも世帯主の前で!
さぁ、と血の気が引いていくのがわかる。
﹁⋮⋮⋮ジェアン﹂
冷たいものを含む声色が背後から、呟かれる。
心臓が破裂しそうなほど、ばくばくいっている。お化け屋敷に入
ったときに、次の角から何が出てくるのか分からない、のドキドキ
である。
そろり、と背後に視線を送る。
眼鏡越しに、にっこりと笑ったリュゼさんが︱︱目は笑っていな
いが︱︱テーブルの上に身を乗り出し、ジェアンさんの弁慶の泣き
所を弓で殴ったらしい。
その音が、先ほどの部屋に響くような音だったのだろうかと、冷
や汗が出る。
ゆっくりと、彼は体を自分の座っていたソファーに戻す。
手には弓が握られたままだ。
194
﹁⋮あの⋮す、すみません﹂
とりあえず、リュゼさんの威圧的な迫力に負けて謝罪する。
﹁いえ、レディサクラバ。貴女ではありませんよ。ねぇ、ジェアン
?﹂
﹁⋮あ⋮⋮あぁ⋮﹂
固まっているジェアンさんが怯えたような目︱︱違う意味で泣い
ているようにも思える︱︱で、リュゼさんを見つめて、辛うじてこ
くこくと頷いている。
怖い、怖すぎる、リュゼさん。
さっきの音が、キスした時のように弓で殴った音だというのなら、
ジェアンさんの足は大丈夫なのだろうか。
折れててもおかしくないぐらいの音だったような気がするんです
が。
ぎゅ、とジェアンさんが私を自分の胸に抱き寄せる。
195
それにドギマギしながらも、背後のリュゼさんが、無性に気にな
る。
さすがにさっきの今で、放置できるほど、私も図太い神経をして
いない︱︱︱でもキスの時から学んでいないのだろうか⋮あ、ちょ
っと私、涙が。
胸に顔を押し付けられているせいで、二人が見えないが、ずっと
無言だ。
ただ時々、ジェアンさんすりすりと頬擦りされている。
緊迫した空気のまま、二人が見詰め合っているらしいのだが、様
子は窺い知れない。
﹁嫌だっ﹂
﹁拒否は聞きません﹂
そして唐突に、ジェアンさんの否定の言葉が少し語尾が強く放た
れる。
が、リュゼさんがあっさりと拒否する。
??
よくわからないやり取りをしていたのだろうか?
196
グランアミ
﹁いいですか、大きな友。貴方がいると、話のじゃ︱︱︱話が進み
ません﹂
今、邪魔っ!リュゼさん、絶対邪魔って言いかけたよね!?
何か揉めているのよりも、リュゼさんの秘めている心の声が聞こ
えたような気がして、そっちのほうがびっくりする。温厚で知的紳
士っぽいけど、実は腹に一物抱えているタイプなのだろうか⋮⋮?
脳内でリュゼさんのイメージを若干修正する。
﹁だからといって、俺が部屋を出る必要性は感じない﹂
どうやら、リュゼさんが他の場所に行けといっていて、それをジ
ェアンさんが拒否しているといったところだろうか?
﹁俺は︱︱彼女の側を離れる気はない﹂
真剣な声色に、ドキっと胸が高鳴る。
たとえ彼がそういった意味で言ったわけじゃないだろうが、顔も
熱くなる。
197
﹁ジェアン﹂
静かなる声だ。
それには違う意味にでドキッとする。
見なければいいのに、そっと背後に視線を動かしてしまう。
プラス
+腹の底から冷えるような眼差し︱︱しつこいようだが、目は笑
ってない︱︱で、やんわりと完璧な微笑を浮かべている。
寒い。なんだか、物凄く寒いですが。
﹁僕の家の菜園に雑草が多いとは思いませんか?﹂
え?と思ったのだが、反論を許さない冷淡な音を含んでいる。
他愛のない話ではないことは理解できた。
198
﹁リュ︱︱﹂
﹁菜園に雑草が、多いですよね?﹂
﹁おれ︱︱﹂
﹁雑草が多いですよね?﹂
ジェアンさんの言葉の発する音に合わせたようにはっきりとした
口調で被せてくる。
反論は許さないようだ。
それを悟ってか達観したように瞳を細めたジェアンさんが口を閉
じる。リュゼさんが、にこにこと完璧な微笑を浮かべたまま、短い
沈黙が降りた。
一瞬、リュゼさんが弓を強く握り締めたのが見えた。
よくわからない緊迫した空気が流れる。
﹁僕の家の、菜園に、雑草が多いので、抜いてきていただけますか
?小一時間ほど、お願いします﹂
199
慇懃無礼と思われるほど、丁重に頭を下げるリュゼさん。
ほんね
だけど、﹃お前は邪魔だ。しばらく出てけ﹄というリュゼさんの
声が言葉に被って聞こえたのは気のせいだろうか?
私はもう一度、脳内でリュゼさんのイメージを修正した。
⋮⋮第一印象の茶毛のトイプードルの面影がありません、お母さ
ん。
がっくりと肩を落として、泣いているジェアンさんは、こうして
リュゼさんの家を小一時間ほど追い出される羽目になりました。
200
Chapter 19. トイプードルの消失︵後書き︶
月刊人外妄想図鑑のイラストをまたしてもいただきましたwwあぁ、
もう鼻血とよだれでひよこマッチが大変です︵笑︶素敵で無敵なイ
ラストの数々、どうぞご覧くださいww
詠み人知らず様
http://3965.mitemin.net/i32138
/
http://3965.mitemin.net/i32203/
Regulus様
http://3169.mitemin.net/i32067/
イラストを見ただけで幸せ感と爆笑感がいっぱいwwさぁあなたも
今すぐみてみん様で検索!!﹁幻のエクスシスト﹂﹁遠慮という言
葉﹂﹁参謀リュゼの失策﹂でヒット間違いなしw名前を聞いただけ
でドキドキできたら、もう今日から貴方も月刊人外妄想通ww
Regulus様、詠み人知らず様、本当にありがとうございまし
たww orz
201
Chapter 20. 過保護で心配性?
巨大な革の手袋を慣れたようにどこからか取り出してきたリュゼ
さんは、それをジェアンさんに手渡すとそのまま本当に外へと追い
出した。
﹁これで静かになりましたね﹂
なんだか、このあしらい方に二人の連れ添った時間の長さが伺え
る。
年の差はあるのだろうが、とても仲のいい友達なのだろう。
薄々気がついてはいたけれど、力関係において、年下であろうリ
ュゼさんが圧倒的に強いというのは、驚いていた。
数歩進んでは何度も振り返り、戻ってこようとするジェアンさん
は、まるで怪我して保護された動物が野生に帰される瞬間のようだ
った。
玄関前の庭に出るまでに、かなり時間がかかった。
呆れた様子のリュゼさんに言われて、彼になぜか私が庭の雑草抜
きをお願いすることになった。
202
ギュウギュウと私を抱きしめた後、涙ながらに出て行ったけど⋮
⋮??
グラン・オム
まさか⋮いまだに子供扱いされて︱︱︱いや、でもそうだったら、
そのキスとか⋮しないよね?まさか巨人族の伝統的ななにか、とか
なんだろうか?
異性と言葉を交わせない種族だ、大いにありうる。
なにがあっても不思議ではない。
﹁レディサクラバ。続けてもよろしいですか﹂
﹁あ、はい。もちろんです。お願いします﹂
私が頭を下げると、彼は眼鏡越しにやんわりと瞳を細めた。
﹁勿論可能性ならば無限にあるでしょうが、僕が提示でき、貴女と
ジェアンが実行可能範囲内の選択はお話したとおりです﹂
つまりは、大まかに選択肢は二つ。
彼が提示したのは帰る道を探すか、帰らぬ道を探すかである。
元の現代日本に帰還を目的とした場合。
203
アンティキテ・リュイヌ
一つ目は、慎ましき雛湖の古代遺跡を捜索して、原因を突き止め
る。
帰還方法として、最も安全パイだろう︱︱︱私がこの世界に来た
入り口のようなものであるなら、出口が備わっている可能性が極め
て高いからである。
アンティキテ・リュイヌ
勿論原因が、古代遺跡だと仮定しての話だが。
反面、デメリットとして、ジェアンさんに迷惑がかかる。
研究者や魔法使い?のような人達を雇うとなると、莫大な資金が
かかるのは目に見えているが、それを個人で賄うとなると、半端な
金額ではないことが予想される。
失礼ながらジェアンさんは︱︱えーと、その、裕福そうには見え
ない。
なのに私の我侭で強引に金策に走ってもらうとなると、借金ぐら
いしか想像できない。
私が借金すればいい話だが、現在身分などあってないようなもの
だ。
貸してくれるような所はないだろう。
できるかぎり、彼に恩返しをしたいと思っているが、借金だけを
残して、自分だけ家に帰るって⋮⋮ありえない。絶対、無理。どれ
だけ人でなしなんだ、私。
二つ目は、旅に出て﹃黒の塔﹄という伝説上の建造物を探すとい
う話だ。
これもデメリットはジェアンさんについてきていただくとなると、
驚くほど長い間私の都合に拘束してしまうことになる。
204
見つかれば、願いが叶うとか、そういう次元のことなのだろうか
??
先ほどのリュゼさんの話では若干省かれてしまったが、伝説上の
という時点で、難しいだろう。
モンスター
それがあるのが、魔物が徘徊する非友好的な種族の王国というの
だから、しゃれにならない。運動神経は悪くないと思うが、初日に
あったような野生動物+αみたいな生物と対峙したら三秒で死ぬ自
信がある。あの時はジェアンさんがいて、運がよかったのだ。
ファンオム
後、彼は提示しなかったが︱︱無謀だとか、ありえないとか思わ
・・・・・・・・・・
れるかもしれないが︱︱純人族の形跡を追う事も、帰還の手がかり
ファンオム
を掴めるのではないだろうか?
・・・・
その絶滅した純人族もまた﹃異世界トリップした人﹄、もしくは
﹃その末裔﹄という可能性が皆無ではないからだ。
・・・・・
想像の域をでないが、私は異世界トリップしてここにいるのだ。
だが、これが事実だとしても﹃絶滅﹄したとなると、帰還した人
間がいるという可能性は限りなく低い。
そして、帰らないという道を選んだ場合だ。
205
一つ目は、ジェアンさんとこのままあの家で暮らすということだ。
リュゼさんは進めてくれたが、実際のところジェアンさんから直
接聞いたわけではないが、迷惑していないとはいうけれど。
本当に⋮⋮⋮いい、のだろうか?
彼はとても優しい。共同生活するには、素晴らしい相手だと思う。
できたら、私だって、このままのほうがいい。
右も左も分からない上に混乱していた私を受け入れて、こうして
私の為に道を模索してくれている。
だからといって、私は甘えすぎなのではないだろうか?
たまたま私を拾った人︱︱いや、巨人さんなのに、彼の人生?︱
︱︱巨人生?いや、もう人でいいか︱︱に私という負担を一生涯負
わせることになるなんて。
だが私の自活の道は限りなく、低いのだという。
習慣や道具の使い方は覚えていけばいい。どこか遠くの田舎とか
島国から来たとかいえば、風習が違うと納得ぐらいはしてくれると
思う。
206
種族。
絶滅種の人。
簡単に耳で見分けられてしまう人間。
まさか、人間であることが、一番のネックになってしまうとは思
わなかった。
だって、生まれたときから周囲には人間以外はいなかった。
みんな、耳が丸いのが普通で、そんな当たり前のこと、生まれて
から考えたことすらなかった。
二つ目は、その特性を生かして、保護してもらう方法だ。
できたら、これは避けたい。
最終手段にしたい。
絶滅種として、大事にされることは間違いないだろう。
だが、王国にしろ、子爵家にしろ、権力が集まる場所というのは、
表舞台が華やかであればあるほど、裏舞台はその逆というのが世の
常だ。
つまり、権力、派閥争いに、ましてや宗教争いなぞに巻き込まれ
れば、ひとたまりもない。
私は己が極々平凡である自覚があるし、後ろ盾がない以上、王宮
の権謀中枢で生き残れる未来のビジョンがまったく見えない。
207
いや、もしかしたら考えすぎで、花よ蝶よと手厚く保護されるの
だろうか?
だけど、働きもしないで、ゴージャスなぐーたら生活を保障され
る︱︱︱のも小心者なので避けたい。
地に足をつけた地道で静かな生活が、私は性格にあっているのだ。
本当はOLではなくて、公務員になろうと思っていたぐらいだ。
ただ不景気だったせいで、就職倍率が半端じゃなかったので、諦
めたが。
それにしたって、難しいことだ。
今まで生きてきて、これほど悩まされたことがあるだろうか。
﹁どれも時間制限があるものではありませんので、何日でもゆっく
りお考えください。質問も僕でわかることでしたらお答えさせてい
ただきます。もし分からないことであれば、時間はいただきますが、
ご回答できるように努力いたします﹂
リュゼさんは、こちらの気持ちを察して宥めるように優しい声を
出した。
さっきの消えたトイプードルが戻ってきたような気がしたが、錯
208
覚であることを伝えておこう。
すぐに冷たい声色に切り替わり、私の背後に凍えるような視線を
向ける。
﹁︱︱︱だから、ジェアン仕事に戻りなさい﹂
はっと振り返ると、雑草を握っているジェアンさんが膝を抱えし
ゃがみ込んで、開け放たれている玄関から覗いていた。
ジェアンさんはいい年の親父なのに、可愛いと思った私は大分や
られているらしい。
209
Chapter 20. 過保護で心配性?︵後書き︶
[アルカンシエル・タイムズの記者ロンジェ取材メモ] ︱︱︻遍
くヴィーヴル商会︼抜粋 家に在宅していても買い物ができると中流階級から貴族、果ては王
族まで強い支持者を持つ通販会社。通販業界自体が歴史があるわけ
ではないが、︻遍くヴィーヴル商会︼が業界最大手であり、﹃通販﹄
の元祖であるといわれている。鳥人族運送の独自のルートを確保し
ており、ふくろう便が到着してから五日以内に届くようだ。
カタログは季刊発行されており、普通に買うよりも安価。品質も確
かであり、実は労働階級でもお金を貯めて買う人間が多い。本屋で
もカタログは購入可能だが、カフェなどにも置いてある。
年間50G以上のお買い上げでシルバー会員となり、カタログが注
文せずとも無料で家に直接送られ、年間100G以上お買い上げの
お得意様にはプレミア会員となり特権として、全国どこでも送料が
無料となる。
そしてプレミア通販カタログ︵ゴールド︶をプラス年二回、発送し
ている。貴族の中では通販浪費は一種のステータスであり、プレミ
ア会員は一目置かれている。
そして一部ではプレミア通販カタログ︵ローズ︶というものがあり、
その通販内容は一切極秘であるらしい。主に顧客が男性という噂も
あるが、真偽のほどは定かではない。
とてもじゃないが、俺の安月給では100Gなんて大金は逆さにな
ってもでてきやしないぜ。
余談だが、プレミア会員NO77には、リュゼという小人族の六徒
210
の名前が記載しているともっぱらの噂だ。
︻遍くヴィーヴル商会︼のコメント多く頂きましたwwありがとう
ございますw
211
Chapter 21. 絶叫
﹁幾つかお聞きいたしますが﹂
﹁はい、どうぞ﹂
泣く泣く追い払われたジェアンさんに苦笑しながら、私はリュゼ
さんに向き直った。
きっと私の心配をしてくれているのだろうと思う。
日本人って童顔に見えるっていうけど、年齢は言ったはずなのに、
相変わらず過保護である。
でも嬉しいって思う私もだめだめ人間だ。
﹁帰還方法ですが、最初に提示していただいた慎ましき雛湖の古代
遺跡を調査するとなった場合にかかる費用と時間はどれくらいでし
ょうか?﹂
さまざまな角度から、確認していかないと判断が難しい。
﹁正確とはいえませんが、調査にかかる時間にもよります。二人の
大魔術師と三名の研究者を雇って一年で調査が終わると仮定して、
費用は230Gは最低かかります﹂
212
Gというのがお金の単位なのだろうか。
聞いといてなんだが、万円という単位は日本だけだった。
私の疑問が顔に出ていたのが、リュゼさんは苦笑を浮かべて頷い
た。
﹁失礼しました。Gというのが金銭の単位が二番目に高いもので、
1Gで大体労働階級の成人男性が一ヶ月で稼ぐ金額です﹂
つまり成人男性の年収が︱︱ここが十二ヶ月で一年と想定してだ
けど︱︱﹃12G﹄と考えると、本来なら成人男性を五人雇って﹃
60G﹄であろうが、大魔術師と研究者は存在自体が少ない職業な
のだろう。
遥かに上回っているのがなによりの証明だ。
一年でそれだけかかるが、解読できずに何年もかかる可能性もあ
る。
しかも、私が自活できない=お金が稼げないのだから、やはりジ
ェアンさんに頼ることになるが、それほどの負荷をかけられるはず
もない。
やはり、自活できないのが苦しい。
元々、二番目の帰還方法は想定範囲外だ。
213
ファン・オム
﹁でしたら、純人族が、王宮や領主に温情を求める場合は、宗教、
権力争い等に巻き込まれる確立はいかほどでしょうか?﹂
﹁そう、ですね﹂
リュゼさんは困ったというよりは言い辛そうだった。
﹁これも僕の想像で申し訳ないのですが、この国の王権を握るカー
ファンオム
ヴェリア=グラシキ=アルカンシエル王は少々血の気は多いですが、
善政の人格者です⋮⋮ですが、敬虔な純人族信仰の徒であり貴女を
全力で保護することは間違いありませんが、残念ながら、王国の象
徴として祭り上げられることは必至でしょう﹂
﹁︱︱︱増やされる可能性も?﹂
﹁絶対にないとは断言できません。現在王子が二人おりますが、一
人は隣国の姫を正妻に娶っておりますが、もう一人の王子は身分の
低い妾だけしかおりません。そして、彼のほうが年若いのですが母
親が正妃であるため、身分が高く﹂
﹁第一王位継承権をお持ちなのですね﹂
頷くリュゼさんの想定では、その王子の正妃として、組み込まれ
る可能性が高い。
ものすごく頭が痛い話ではあるが。
214
ファンオム
ファンオム
﹁絶滅寸前には純人族は純人族とのみ結ばれるという掟のようなも
のがあったようですが、現在貴女は最後の女性ですので﹂
﹁その掟も適応されない、と﹂
﹁ええ﹂
これが家で見ているテレビの月9のストーリーなら、妹は確実に
舌打ちしているところだ。
なんだ、この難易度の高い不条理さは⋮⋮泣きたい。
普通の生活が一番難しいなんて。
﹁レディサクラバは王宮に温情を?﹂
なんだかリュゼさんの言葉は王宮はお勧めできないというような
口ぶり。
思案げというよりは、なにか心配事があるらしく、此方を伺って
いるような感じだ。
﹁⋮⋮野垂れ死によりはましですが、最終手段にしたいと思ってい
ます。戻れないなら、私の望みは平穏な生活ですから﹂
そこまで答えて、はっと先ほどの言葉を思い出す。
ファンオム
敬虔な純人族信仰の徒。
つまり、この世界では﹃人﹄は⋮⋮崇められている?信仰されて
215
いるということは、純人族自体が、宗教の偶像崇拝というわけだ。
ファンオム
﹁︱︱︱もしかして、純人族を信仰している国は複数あるんですか
??﹂
嫌な予感に少し早口で問うと、リュゼさんは﹁ええ﹂と頷く。
さい、あく︱︱ちょびっと涙でてきた。
頭を抱えそうになる私を、誰が責められようか。
絶滅種を信仰しているというのは不思議な話だが、リュゼさんが
心配するのも仕方がないと思う。リュゼさんが王宮を進めないのに
納得したと同時に冷や汗が流れる。
たとえば、分かち合うことができない一つの飴玉を、三人の子供
が欲しいとする。
全員飴玉が大好きで子供たちは、それがどうしても欲しい。
さて、子供たちはどうするか。
216
簡単だ。
彼らは喧嘩をするのだ。勝者が飴玉を奪う。
ファンオム
つまりは純人族信仰の名の下に、国同士が戦争を勃発させる可能
性がある。
いくら、私が望んでいなくても。
オリゾン
オプスキュール
﹁僕が知る限り、十二国の内の国教になっているのは四国です。こ
れはヴェルセット大陸の白領地のみと考えてください。黒領地は国
交がほとんどありませんので、あるかどうかはさだかではありませ
ん﹂
飴玉が欲しい子供は三人ではなく四人。しかも、最低で四人、だ。
戦争︱︱︱その言葉に、くらくら眩暈がする。
私はありがたいことに戦争を知らない人間だったが、現在でも地
球のどこかで起きている戦争は悲惨であることぐらいは理解してる。
本当の意味で理解できてないかもしれないが、戦争を忌避する道徳
は持ち合わせてるつもりだ。
絶滅危惧種としてだけではなく、宗教的な絡みがあるとなると、
完全にお手上げである。いや、絶対に王宮には行きたくない。
﹁不可抗力ではありましたが、本当にお騒がせして申し訳ありませ
ん。王宮の温情は諦めます﹂
217
私は頭を下げて、謝罪した。
彼にとっては私は戦争の火種なのだ。
いや勿論、国同士が同盟を結んでいたりして、戦争なんて起きな
いかもしれないが、それでも可能性は低くないと遅ればせながら自
覚した。
それでもなお、リュゼさんもジェアンさんも、こうして私の意志
を尊重してくれる。
私は今、本当に優しい人たちに巡り合ったのだろう。
﹁不可抗力なのですから、謝罪は必要ありません。貴女に何一つ非
はありませんよ。ただ、僕もアルカンシエルの一国民として、回避
したい事態だと思っています。国王が上手く立ち回り、勃発しない
可能性もありますが﹂
でも起きる可能性もある。
ならば、私の選択する道ではない。
となると、やっぱりリュゼさんがお勧めしたように、ジェアンさ
んの元で今までのように暮らすのが最良の選択のように思える。
218
﹁ジェアンの所はお嫌ですか?﹂
﹁いえ!そんなっ⋮見知らぬ他人なのに、本当によくして頂きまし
た﹂
まるで脳内を見透かされたように、絶妙なタイミングで言われて、
あわてて首を横に振る。
﹁ですが自活の道がなく、ジェアンさんのところでお世話になると
いうことは、その⋮私という負荷を一生涯背負わせることになりま
すから﹂
﹁ただ拾っただけのジェアンに、そこまでしてもらっては申し訳が
ない?﹂
こくり、と頷くと、リュゼさんは妙な苦笑を浮かべた。
﹁失礼ですが、レディサクラバはジェアンを男女の感情で慕ってい
るようにお見受けいたしますが﹂
﹁えっ⋮あ、そ、その⋮⋮﹂
ずばりと核心をつかれて、しどろもどろで、先ほどよりも上手く
返答ができない。
慕っているよう、なんてものじゃない。
たった数日で︱︱︱そう、淡いなんて、自分を誤魔化せなくなる
くらい、好きになってしまった。
219
キスされても、抵抗らしい抵抗もしなかったし、さっきも掌にキ
スされて、耳触られてたけど、そのままだったし。見ようによって
は、バレバレなのだろう。
元の世界に帰れないなら、いっそ生涯、この異世界に根を下ろし
て生活しようと考えている。
一人立ちしたときに似ている気がする。
当然家族や友人達に電話で会話したり、お正月やお盆に実家に帰
省して会うこともできないのは悲しいし、会いたい。
最後にちゃんとお別れができなくて、心残りだ。
せめて、私が無事であることだけでも伝えたいと思う。
だからって、ずっと不幸で苦しんでいては、生んでくれた両親に
も、大切な姉妹や友人たちにも悪いんじゃないだろうか?
だって、私は彼らに幸せになって欲しいと願っているから︱︱だ
から、高慢だといわれても、きっと彼らも同じ風に考えてくれるの
ではないかと思う。
だから、もし︱︱︱もし許されるなら、私はジェアンさんの側に
居たい。
それが、今の私の一番の幸せ。 きっと、一生の幸福なんじゃないかと、思う。
220
﹁⋮⋮はぃ﹂
顔が熱くて火が出そうだ。
こんな若い子に、言われるとなんだか居た堪れないが、事実だ。
﹁よかった。これから、ジェアンのことで幾つかお知らせしたいこ
とがあったのです﹂
﹁おしらせ、ですか?﹂
安堵のため息と共にリュゼさんは畏まったように、真っ直ぐに私
を見た。
﹁巨人族とは大陸の中でも独自の文化を持つ種族の一つでして、不
文律の戒律があるとは申し上げましたが、戒律の数が多々ありまし
て、少々説明を省いたところがあるのです﹂
﹁他人の異性と会話できない事以外のことで、ですか?﹂
﹁ええ、大変申し訳ありません﹂
言葉とは裏腹に、リュゼさんはにっこりと満面の笑顔を浮かべた。
え、なんだか寒気がするのは気のせいだろうか?
221
﹁一つ目は、言葉です。他人の女性が話しかけても、未婚の巨人族
の男性が言葉を返そうとすることはまずありません。あれは本来あ
りえませんが、ジェアンは何度も貴女に話しかけようとしていまし
たが﹂
﹁え⋮と、ええ、何度か。でも、それは、ジェアンさんがお優しい
からでは?﹂
思い返しても、片手ほどは私の言葉に声を発そうと口を開閉して
いた気がする。
﹁他人同士である巨人族の男女にも例外はあります。女性が男性に
言葉をかけて、男性がそれに応える場合もあるのです﹂
﹁︱︱︱その例外が、私とジェアンさんの状態、ということですか
?﹂
なんだろう。いったい。
生命の緊急時の場合のみ、とかじゃなさそうだけど。
もしかして、彼にとっては不名誉なことだったりするのだろうか?
﹁ええ、そうです。ジェアンは貴女の言葉に応えたいと、何度も思
ったということです﹂
﹁その例外、というのは何でしょうか?﹂
222
やや回りくどい言い回しのリュゼさんに意味が分からず小首をか
しげる。
﹁求婚です。女性から、男性に、どんな言葉であれ、言葉をかけれ
ば、それは求婚になるのです。そして、ジェアンは貴女の求婚に何
度も応えようとしているのです﹂
じょせいから、だんせいにことばをかけると。
どんなことばでも、きゅうこんに。
﹁え?﹂
わたしは、じぇあんさんにこえをかけてる。
わたしはじょせいで、じぇあんさんはだんせいで。
わたしは、じぇあんさんにきゅうこんを。
223
﹁︱︱︱︱︱ぅうううえええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!?
??﹂
じぇあんさんは、わたしのきゅうこんにこたえようとしてる。
224
Chapter 22. 頬擦り
叫び終わったかどうかで気がつく。ふわりと体が浮いていたと思
ったら、もう慣れてしまった腕の中にすっぽりと納まってしまった。
絶叫の原因が、私を片手でお姫様抱っこしている。
﹁じぇ︱︱︱﹂
ジェアンさんと呼びかけようとして、思いとどまる。
名前は呼んでは駄目で。
﹁ぐら︱︱﹂
グランアミさんと呼びかけようとして、思いとどまる。
話しかけても駄目なのか。
225
喉元まででかけた様々な言葉を辛うじて飲み込んで、口を閉じた。
私が話しかけると、求婚になってしまう真偽は。
そんな私の求婚に応じようとしているのか。
まだまだいいたいことがいっぱいあるのに、本人に聞きたいこと
があるのに、言いたいことが言えずに、口をパクパクさせるだけ。
﹁⋮⋮リュゼ﹂
﹁なにもしてませんよ﹂
怒気を孕んだ声で名を呼び、ジェアンさんが瞳を細めて、リュゼ
さんを睨みつけている。
リュゼさんはやれやれといった様子で、首を横に振っている。
﹁ち︱︱︱﹂
違います。叫んだのはリュゼさんが原因じゃありません。むしろ
貴方と戒律のことなんですけども︱︱と、誤解を解くこともできな
226
いなんて。
グラン・オム
それをすることすら、巨人族に求婚になってしまうのか。
もどかしい。
物凄くもどかしい。
彼の襟元を掴んで、首を横に振るも、彼の視線はリュゼさんに向
いてしまっている。
今更ながら、ジェアンさんが私といて日頃感じていただろうもど
かしさのようなものを知ることとなった。彼が半泣きになっていた
のがよくわかる。
彼は強い。
初日の事で、私はそれをよく知っている。
そして、彼の怒りの矛先が目の前の若者に向いているのだ。他人
を殴るジェアンさんは想像つかないが、怒りとは、我を忘れさせる。
自分の友達を誤解で殴ってしまったら、きっと後悔する。
彼は、優しい人だから。
否定︱︱︱否定しなければ。
227
そして、これからやることを、激しく後悔することになるが、だ
が、はっきりいって、私は焦っていた。
﹁お前は、彼女に何を、し︱︱︱っ!﹂
搾り出すような声色が途中で止まる。
びくっ、と彼の体が大きく跳ねて、停止ボタンを押したように止
まった。
よかった、私の意志が通じた!
私は彼の肩口に顔を埋めて、左右に首を振った。
たしか彼が私が自活の道を選ぼうとしていた時に、否定の意味で
肩口に顔を埋めて振っていたのを、真似たのだ。どうやら、これが
否定の意味で間違いないようだ。
228
ほっとしたのもつかの間。
﹁あ、それはマズイですよ﹂
リュゼさんの僅かに呆れたような声が聞こえた気がした。 ファイアブルー
え?と顔を上げると、浅黒い肌なのに、耳まで真っ赤になってい
る茫洋としたジェアンさんが、青火色の瞳を潤ませて、私を見下ろ
している。
な、なんだろう︱︱この醸し出される大人の男の色気?のような
ものは。
思わず腰が引けるというか、体が熱くなるというか。
あれ、なんかデジャブ?
﹁んっ﹂
優しく親指で頬を撫でながら、私の耳穴に中指を入れようする。
私には右耳を触っては駄目だと態度で示しておきながら、なぜジ
ェアンさんは触れているのだろう。
229
くすぐったくて身をよじる。
ちろり、と大きな舌が、私の唇をなぞると、混乱する私の口唇の
間から入ってきて、くちゅりと音を立てて私の舌に絡んで︱︱︱小
一時間ほど前に起きた現象を繰り返していた。
つまり、すでに床に押し倒されていた。
﹁まだ話の途中で、お伝えしてない一つなのですが﹂
やけに冷静なリュゼさんの声が遠い。
同時にマントを掻い潜って、大きな手が私の体のラインをなぞっ
ていた。
その度に体が震える。
﹁っ、んっ⋮っ、ぅ﹂
完全に声を上げる暇もなく、舌を絡められて、唾液もろとも吸わ
れる感覚に腰が砕ける。
明瞭な快楽だった。
今度は最初の時よりも、彼の意思が私にも感じ取れるというか、
今度はズボンのボタンがはずされている感覚が朧げながらわかった。
230
﹁ん、ぅんっ︱︱!!﹂
拒もうと手を伸ばしたが、力ではまったく適わずに、ぐい、と太
ももまで引きずり下ろされる。
腹の辺りを撫でられて、ぞくり、と肌が粟立つ。
ぶる、と思わず体が震える。
﹁一説によると巨人族の頬擦りは、夫婦の朝の挨拶に多用されます
が、相手に性的な要求を、欲求不満であることをアピールする行為
だと言われております﹂
え、えうぇええええええ∼∼∼!!!
口が塞がれているので、心の中で悲鳴を上げると、救済を求める
ように声の方向を見た。
息も絶え絶えの私から、ジェアンさんが顔を上げた。
刹那。
231
ソファーの背を蹴って、跳躍するリュゼさんの姿が目に入った。
その後はスローモーションだった。
リュゼさんは空中で体を捻り、計算されたかのように美しい角度
で、ジェアンさんの頭部へと体重の乗った回し蹴りを決めたのが、
見えた。
+ + +
﹁この状態になったら、股間を全力蹴るぐらいをいたしませんと、
頑丈な体の作りのジェアンには効きませんので。貞操の危機ですか
ら、どうぞお気になさらずとも、ええ全力で蹴ってやってください﹂
見事な着地を決めた後、私に背を向けて、リュゼさんは淡々と告
げた。
股間を蹴り上げるって、男性には物凄い、痛いんですよね?
232
父がサッカーのテレビ中継とかで股間にサッカーボールが当たる
と、なぜか呻きながら自分の股間を両手で覆うほどなのに、同性と
して勧めることなのだろうか?
私の横には、頭を抑えて悶えるジェアンさんが、涙目でよろよろ
と起き上がった。
﹁レディサクラバ。身なりを整えていただけますか﹂
﹁のひゃ!すみません﹂
ズボンが膝まで下ろされているのを思い出して、慌てて正す。
ジェアンさんも背中を向けている。
両手で顔を覆って、なんだか身を小さく縮めている。
﹁未婚の巨人族の男に頬擦りは危険ですので、お控えください﹂
﹁は、はい﹂
それ以外に何を言えようか。
たとえ私が否定の意味で顔を擦り付けていただけだが、それが頬
擦りに間違えられたのだが、返事以外に言えない迫力である。
そして、はっと気がつく。 233
名前を告げた後から、何度も彼に頬擦りされているような気がす
る。
﹁逆も同じ意味があります﹂
私、声に出していってないよね?なんだろう。この絶妙なタイミ
ング。
リュゼさんが只者ではないことだけは、よくわかったけど。
でも、その性的に求められていたことに驚きはしたけども、嫌じ
ゃないって︱︱︱私、変なのだろうか。むしろ、嬉しいだなんて。
﹁もう身支度はよろしいですか?﹂
﹁はい﹂
立ち上がってソファーに戻ろうとすると、ぐい、と腕を掴まれた。
ジェアンさんだ。
そして、まだ誤解したままのようだ。
言葉もかけられない。
肩口に顔を寄せて首を横に振るのも、頬擦りに勘違いされてしま
234
うので、できない。
どうしよう。
このままだと、二人の友情に亀裂が入るのではなかろうか。
かといって、まだ彼に素面で求婚できる覚悟はない。
﹁あっ⋮プティアミさん。グランアミさんにお伝えください。プテ
ィアミさんはなんにもしておりません、説明で少し驚いただけです、
と﹂
﹁だ、そうです。わかりましたか、ジェアン﹂
なぜか、どんよりとした表情で、彼は了承したように頷いた。
﹁それから、巨人族の戒律を知らずに⋮⋮その、ずっと話しかけて
しまい、失礼いたしましたと、お伝え願えますか﹂
﹁それは別にいいんじゃないですか?彼は喜んでおりましたし﹂
え、そんなものなんですか、巨人族の求婚とか、この世界の認識
って。
気がつけば、ぎゅっと抱きしめられて︱︱︱頬擦りされている。
235
さっきはくすぐったい程度だったのに、今度は物凄い羞恥で顔が
熱くなるのが分かる。
求められている。
私が、彼に求められているのだと、強く思い示される。
恥ずかしいのに、胸の中に沈殿したわだかまりの様な物が徐々に
薄れていくのが分かった。
236
Chapter 22. 頬擦り︵後書き︶
[世界の不思議な種族図鑑]第七巻 著 アルジャン=オット
ワゾー・オム
★★★ 鳥人族
女性の平均身長168cm、男性平均身長182cm。人型であり
背中に二枚の翼、四枚の翼、六枚の翼を持ち空を飛行することので
きる種族。足は四又の鳥足。嘴のある種族もある。
ソム・デニエ
種族全体としては同族意識が強く、集団での行動に長ける。反面、
和否者と呼ばれる全身に色彩を持たない突然変異の固体に忌避感が
あるようだ。
一部の鳥人族を除けば、共通するのは夜目が利かず、陸を走るのが
速くはない。それから獣人族とは本能的にそりが合わないようだ。
ゴジェゴジェなどの大木を自然に利用して、高い場所に巣を作るが、
種族によっては寒くなると南へ渡るので、巣を複数持っているのも
珍しくはない。
237
Chapter 23. 耳に触れる意味
あれよあれよというまに、ジェアンさんがリュゼさんによって叩
き出された。
不服そうなジェアンさんが、私を下ろした後、屈んで自分の頬と
私の頬を摺り寄せてから︱︱若干、髭がチクチクしたが︱︱ちゅ、
ちゅと私の頭に口付けを落としてから。
⋮⋮なんていうことだろう。
私は極々自然に、それを甘受していた。
彼が背を向けたあたりで、その自分が自然に受け入れているとい
う異常性に気がつく。
顔が熱い。たぶん、顔は真っ赤だろう。 自分は昔から、少し流されやすいところがあるとは思ったが、こ
れは流されすぎではないだろうか?
恥ずかしくて、リュゼさんの顔は見れなかったが、幸いリュゼさ
んは冷えたお茶を入れなおしに台所へと向かっていたところだった。
自重しなくてはと、己の頬をぺしぺし叩き、ソファーに腰掛けな
がら、頭を冷やす。
238
彼は巨人族で、他人の男女は会話をしないこと。
それから、女性から話しかけると求婚の意味があること。
帰還方法も話し合っていたはずなのに、巨人族の戒律の方が強烈
すぎて、ほとんどが頭から抜け落ちてしまっている。
暖かいお茶を有難く受け取って、自分を落ち着かせるために一口
喉に流し込む。
背後が少し騒がしく、ジェアンさんじゃない人の声が聞こえたよ
うな気がして、慌てて耳を髪の毛で隠した。
だがリュゼさんが話しかけてきたので、そちらに向き直る。
気のせいだっただろうか?
﹁レディサクラバ。話の続きを宜しいですか?﹂
﹁はい、お願いいたします﹂
向き直ったリュゼさんは、穏やかな微笑を浮かべていた。
グラン・オム
﹁察しているかとは思いますが、ジェアンも貴女を娶りたいと願っ
ているのです。でも言葉に応じなかったのは貴女の様子から巨人族
の戒律など知らずに、話しかけていると理解したのでしょう﹂
239
事実、私は知らなかった。
というより、そんなこと考えもしなかった。
てっきり、彼は喉が悪いとかで、言葉を発せられないのかと考え
ていたくらいだ。
﹁ですが、その⋮⋮もし話しかけたのが、私じゃなくても﹂
きゅ、と胸が締め付けられるように苦しい。
思わず唇をかみ締めてしまった。
その可能性は簡単に想像できるのに、私の頭はそれを拒絶する。
言葉で発するのも、嫌だった。
最後まで言い終えることなく、消えた言葉にリュゼさんは苦笑し
て首を横に振る。
ありえません︱︱︱と断言したことに、私は困惑した。
﹁僕は彼とは幼馴染で、彼の性格はよく理解しているつもりです。
長いこと共に冒険者として、大陸中を駆け回って⋮⋮時には、ヴェ
ルセット大陸を飛び出してまで⋮⋮本当に、長かった﹂
240
リュゼさんは、老人が昔話をするように遠くを眺めるような瞳を
する。
表情はどこまでも柔らかい。
その様子からも、本当に二人は長いこと共に過ごしした良き友だ
ったのだろうと、私にもわかった。
彼は実は若々しい見た目よりも、ずっと年なのだろう。
信じがたいことだが、たぶん私よりも。
考えてみれば、幼馴染だと二人は言っていた。
その片方が三十歳を超えているであろう︱︱外人の容姿はあまり
よくわからないが若くはないはずだ︱︱いい年の男性だ。
だとすれば、もう片方も同じ年齢であっても可笑しくはない。
グラン・オム
﹁世界は広いのですよ、レディサクラバ。巨人族では彼は身長が低
く︱︱︱﹂
彼の身長が低い?
正確な身長は知らないが、確実に二メートルは超えているだろう。
瞳を瞬かせると、リュゼさんは付け加えた。
グラン・オム
﹁あぁ、巨人族の男性は平均身長が三メートル、女性は二メートル
半だといわれています。多くの種族のように面立ちの美醜ではなく、
男性⋮たぶん男女共だと推測されますが、身長が高ければ高いほど
241
魅力的という風に解釈されています。加えて、女性は情熱的である
ことに﹂
背が高く、情熱的︱︱︱となると、やっぱり自分には当てはまら
ない。
人の女としては身長が高い方ではあるが、二メートル半というの
は⋮⋮でも、そう考えるとジェアンさんは女性の平均身長ぐらいな
のだろうか?
それに私は情熱的というタイプではない。
どちらかというと、流されやすいという自覚がある。
グラン・オム
やはり私が巨人族に魅力的であるとは到底考えられない。
グラン・オム
グラン・オム
﹁巨人族では魅力的とはお世辞にも言えませんが、彼はとても強く、
誠実な男です。それに巨人族はつがいに、とても一途なのです﹂
﹁つがい、ですか?﹂
耳慣れぬ言葉に小首を傾げると、彼は笑った。
グラン・オム
﹁伴侶、夫婦︱︱︱巨人族にとっては自分の半身といっても過言で
はありません﹂
グラン・オム
つまり、巨人族は妻や夫に一途であるということ。
242
誠実で自分を愛してくれる夫というなら女性には魅力的だ。
グラン・オム
リュゼさんが言いたいのは、巨人族以外の女性に、彼が好意を持
たれても不思議ではないということだ。そして、彼はジェアンさん
に好意を寄せていた女性を知っているのだろう。
﹁つまり彼に愛してほしいと話しかける女性がいたということです。
でも彼は未婚を貫いている︱︱その意味をご理解いただきたい﹂
つきつけられる事実に、私は胸の苦しみが喜びなのか悲しみなの
かが分からなくなった。
好意を持った女性がジェアンさんに話しかけていたということ。
そして、未婚であるということはジェアンさんは応えなかったと
いうこと。
リュゼさんの言葉に嘘偽りがないなら、私は本当に彼のお眼鏡に
適ったということだが、そういった経験が少ないから、情けないこ
とに私はジェアンさんの心を疑ってしまう。
実際に、彼は声を発していない。
・・・・・・
﹁彼は声を発するだけで貴女を娶る事もできましたが、彼の願いは
﹃貴女を愛する﹄こと。そして、﹃貴女に愛されること﹄だったの
だと思います。だから答えなかったんでしょう﹂
243
またしてもリュゼさんは絶妙なタイミングで口にした。
グラン・オム
﹁貴女はこの世界にやってきて混乱していたようですし︱︱︱彼ら
巨人族に恋人という概念はありませんからね﹂
﹁え?﹂
﹁好きだと思ったら、恋人という期間をおいたりはせず、即つがい
に⋮⋮夫婦になりますから﹂
恋人という概念がないって。
なんだか、本当に異世界の人ではない者と向き合っているんだな
ぁとしみじみと感じた。
いわれてみれば、まだ異世界にきて数日。
急にジェアンさんと新婚になったといわれれば、さらに自分が混
乱するのは目に見えている。ジェアンさんは彼なりに気遣ってくれ
ていたのだろう。
色々な意味で私は彼に守られていたのか。
グラン・オム
プティ・オム
﹁巨人族にとっては、つがいとの愛が、生涯ただ一度の恋なのです。
我ら小人族のように伴侶を病や事故でなくして、立ち直って再び愛
を掴むなど、彼らには絶対にありえないことなのです。だから彼ら
のつがいに対する愛情は深く、盲目的なのです﹂
244
︱︱︱たった一度の恋。
言葉にするととても素敵だけど、リュゼさんが言ったように、反
面、相手を失った時に再び立ち上がるのは難しいのではないかと思
う。
﹁彼はもう貴女を愛してしまった。ですから、他の誰かを愛するこ
とはない。たとえ、貴女が元の世界に帰って、二度と会えずとも﹂
﹁っ﹂
彼の側に居る選択をするというのなら、私の帰還の道はかき消さ
れるだろう。
ジェアンさんに、苦しい思いをしてほしくはない。
淡い思いですら、否定される苦しみは自分もよく分かっている。
今だって、私は胸の奥でジェアンさんへの燻る炎を消すことに、苦
痛を覚えている。
﹁もし、この世界に残るというのなら、彼の伴侶という選択も入れ
てほしいと、僕も願っています﹂
﹁⋮⋮は、ぃ﹂
245
語尾が弱弱しくなってしまった。
今の私に選択はあってないようなものだ。
ただ、様々な理由を付けて躊躇い、不安に襲われて、飛び込むだ
けの勇気がないだけで︱︱︱もう、私の取るべき道は、ひとつしか
ないように感じられる。
これが普通に、元の世界での出来事であったなら、たぶん迷いが
なかったことだろう。
でもやっぱり、国際結婚っぽいから悩んでいるんだろうか。
ありえないことを思いながら、苦笑を零した。
﹁叫ばないとお約束いただければ、もうひとつ面白い話を﹂
﹁⋮⋮クッションをお借りしてもよろしいですか﹂
またジェアンさんがダッシュで来てしまう可能性がある。
にこにこと笑うリュゼさんに嫌な予感を感じながらも、聞かずに
はいられなかった。
グラン・オム
この世界のこと、巨人族のこと。
246
生れ落ちた赤子は無知だ。私も同じように無知であるのに、知恵
や異なる世界観がある分、厄介だ。
すこしでも情報が多いほうがいいのだが、リュゼさんの笑顔が正
直怖い。
どうぞと促されて、クッションをひとつ胸に抱えて、リュゼさん
の話に防衛の体制をとった。これさえあれば、叫びそうになったら、
顔を埋めればいい。
﹁自分と他人と違うところがあると、気になったりしますよね﹂
﹁え?⋮ええ、まぁ﹂
曖昧に答えを返しながら、今までの会話の流れにはそぐわない話
に小首を傾げた。
でも言われてみれば、彼らの耳が尖っているのは気になった。
ファン・オム
ジェアンさんの耳も尖っていて掴んでしまったが。
イミタシオン
﹁我らの始祖の人ならざる者は、純人族の丸い耳がもの珍しかった
ようです。同胞はほとんど耳が尖っていましたからね﹂
イミタシオン
逆も一緒なんだ。
﹁人ならざる者﹂といっても、なんだか﹁人﹂に近い気がする。
私は思わず、苦笑した。
247
やっぱり、珍しかったのだろうか。
さっきジェアンさんも熱心に私の耳を触っていた。
ファン・オム
﹁興味があるが、相手は偉大なる純人族ですからね。普通は触れら
れない。ですが、信頼の証として彼らが耳を触れさせてくれたとい
イミタシオン
う話です︱︱︱最も文献が数多く残っていたわけではないので確か
ではありませんが、それが変化して、我ら人ならざる者は耳に触れ
るという行為に意味を見出したようです﹂
一気に話の雲行きが怪しくなった。
﹁特に男女の間では耳に触れ合うのが、愛の囁きと同等の意味を持
ちます﹂
﹁っま、まさか、右耳を掴んじゃったりしたら﹂
耳に触れるという行為が特別だというのなら、私は彼に︱︱︱た
ぶん、私はひどい顔をしていただろう。
﹁細かく分かれていますが、右耳は﹁体﹂を示しますからね。掴ん
だりしたら⋮⋮﹂
﹁つ、つかんだりしたら⋮?﹂
﹁⋮⋮一般的には、異性に性交を強請る行為に値します﹂
﹁∼∼∼∼∼∼っ!!!!﹂
248
発作的に叫びそうになって、クッションに顔を埋める。
首も耳も熱い。顔は言うまでもなく。
つまり移動の途中で、私は⋮⋮突然﹁Hしましょうよ﹂とジェア
ンさんに強請ったことになる。
な、なんてことをっ!私の馬鹿っ!
知らなかったとはいえ、触れてしまったものだから、走っていた
ジェアンさんが急停止したのか。睨まれるのも仕方がなかったのだ。
今更ながら、本当にジェアンさんが大人でよかった。
リュゼさんは暫し時間をくれたようで、身悶え続けていたが、ぜ
ーはー言いながら、私は顔を上げた。
﹁それから、もうひとつ⋮⋮左耳は、﹁心﹂を示します﹂
﹁こ、ころですか?﹂
目が合うと、にっこりとリュゼさんが笑う。
249
もう、よろよろしている私に、彼は完璧なまでに追い討ちをかけ
てきた。
﹁未婚者の場合は、耳に触れるのは相手に心を捧げるという意味。
耳たぶに触れるのは、つがいになることを望むという意味。耳の溝
に触れるのは相手を守りたいという意味。耳の穴に指を入れようと
するのは、相手の心に入りたいという意味。耳の淵をなぞる行為は、
相手の長い時間が、一生が欲しいという意味﹂
脳内で意味を咀嚼するのに、随分かかった。
ジェアンさんは私の左耳に、全部︱︱︱私の左耳に。
私の左耳に、耳たぶに触れて、溝に指を這わせて、耳穴に指をい
れようとして、耳の淵をなぞっていた。
﹁掌に口付けをしておりましたが、あれは﹁懇願﹂の意味合いがあ
ります。もう、解ると思われますが、ジェアンもまた貴女に求婚を
していたのですよ﹂
私は悲鳴を上げることすら忘れて、呆然とリュゼさんを信じられ
ない気持ちで眺めていた。
250
人間、混乱が極まると声すら出ないのか。
まさか、プロポーズを第三者の言葉から聞くとは思わなかった。 251
Chapter 23. 耳に触れる意味︵後書き︶
オレイユ
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252
Chapter 24. 私の決意
﹁少しだけお待ちいただけますか?﹂
こくこく、と私は息を詰めた状態で、無言のまま頷く。
むしろ、今、一人になりたい。
少しの間でいいから、頭を冷やさせてほしい。
リュゼさんは苦笑を浮かべて、居間を出て行って、何処かの部屋
の中に入っていったのか扉が開いて閉まる音がした。
私の心を読んでいるのではないかというほど、絶妙なタイミング
で姿を消した。
多分、私はひどい顔をしているだろう。
額から汗が噴出しているのがわかるし、手汗が凄い事になってい
る。
ぎゅうぎゅうと、力いっぱい胸に抱きしめていたクッションに、
顔を埋めた。
253
﹁∼∼っ!∼∼∼っ、っ!!!﹂
声なき悲鳴をクッションに吸い込ませて、足は意味もなくバタバ
タと動く。
この衝動を、どうやって消化していいかわからない。
後から後から湧き上がる羞恥が私を苛む。
ジェアンさんが、私に求婚、していた。
私の求婚︱︱まったくもって、意図はしていなかったが︱︱に応
えていた。
リュゼさんの話が事実なら、彼は望んでいる。
どうりで、ジェアンさんが部屋から出て行くのを渋ったはずだ。
何度も戻ってくるし。その答えに返事もしていないので、気になっ
て当然だ。
254
言い訳になるが、知らなかったのだ。
とても切迫した顔で⋮⋮強い意志を宿す瞳で、私の左耳を触れて
いると思ったが、まさか︱︱︱プロポーズだったなんて、思いもし
なかった。
そもそも、なんで、あそこで?
もしかして、頭を撫でるとか、抱きしめるとか、涙を拭うのにも、
求愛の意味があったのだろうか。
だとしたら、その意図なく行っていた自分が非常に恥ずかしい。
一体、どんな顔をして会えばいいのだろうか。
そもそも、私の何処に魅力を感じたのだろうか⋮⋮そこまで思い
至ってがっくりとする。
私自身に魅力があるとは到底考えられない。
ここで私は右も左も分からない状態で彼には迷惑ばっかりかけて
いた。それに彼の前ではずっと泣いていたような気もする。
人、だから?
でも、彼がそんなこと気にしているように思えない。
なにも聞かず︱︱いや、話せない状態だったけど︱︱ただ、守っ
てくれていた。
255
彼は、本当に私が好きなんだろうか。
私はジェアンさんを信じているし、ジェアンさんが信じている、
リュゼさんを信じると決めた。
リュゼさんの言葉を疑うわけではない。
しかし、リュゼさんの言葉はあくまでも、リュゼさんの推測での
言葉なのだ。
世界の情報とは別のものだ。
ジェアンさん本人の口から、彼自身の思いを聞いたわけではない。
それが、私を不安にさせる。
一人で悶々としていると、リュゼさんが私に断りをいれて、開け
放たれている玄関から、外に出て行った。その姿を見送りながら、
小首を傾げた。
その手には、タイトルは見えなかったが革表紙の高そうな本と、
なぜか片手に弓が?
ともかく、気を落ち着かせるため、乱れたであろう髪の毛を手櫛
で直してから、お茶を一口啜った。だいぶ温くなっていた。
256
そもそも、私はなんでこんな風に動揺しているのだろうか。
自分がなんとも思っていない人間に好かれても悪い気分ではない
だろうが、慌てるほどのことではない気がする。
吃驚はするだろうけど、こんなに長く引きずることはない。
彼だから。
ジェアンさんだから。
自分が好きな人が、自分を好きかもしれない。
そう思うと、妙に落ち着かないのだ。
本当に両思いなのだろうか?
でも、恋人ではなくて、突然結婚だなんて︱︱︱と考えて、私は
257
先のことに身悶えている。
唐突ではあるけれど、嬉しいのだ。
でも、万が一彼の思い違いだったら、私はどうすればいいのだろ
う。
私みたいな平凡な女と︱︱だけど、存在だけが厄介な︱︱︱結婚
して、その実態に愛想をつかして、ジェアンさんの心が離れていく
かもしれない。
そう思うだけで、胸が痛んで泣きそうになる。 彼の手を取ってしまいたい。
でも、彼にはちゃんと考えて決めてほしいとも思っている。
その上で、私を選んでほしいと。
だって、彼と私は出会えただけでも、奇跡みたいなものだ。
好きになって、相手も好きになってくれるって、元の世界でも味
わえなかった奇跡だ。
それが本当で、彼の愛が真実だというのなら、ここは天国に違い
ない。
258
実はもう私はとっくに死んでて、死後の世界とか、そんな感じな
のではないだろうか?
両親や友人と離れ離れになって悲しい思いをしてる。
でも私は今、決して不幸ではない。
思考がいい方向へ悪い方向へ目まぐるしく往復して、おかしくな
りそうだ。
恋って、こんなのなのだろうか?
冷静じゃなくなって、感情の起伏が激しくなっている。
今まで生きてきて恋をしていたと感じさせる淡い感情が、ただの
憧れだったのではないかと思うくらいだ。
大きく深呼吸を繰り返して、クッションを横に放る。
それから、私は一気にお茶を飲み干す。
だん、と音がするくらい、乱暴にテーブルにコップを置いてしま
った。
259
自分の今からしようとしていることが、信じられない。心臓が早
鐘のように脈打ち、頭の中がぐわんぐわんする︱︱彼も、さっき同
じような思いをしたのだろうか。
私にプロポーズした時のように。
断られるかもしれないと怯え、受け入れてほしいと願う。
今更ながら、私の両親はどうやって、どちらがプロポーズしたの
だろう?たぶん父からだとは思うが、想像つかない。
勢いよく立ち上がったが、少しだけ足が震えていた。
彼が私を好きかどうか、確証はもてない。
でも、ひとつだけ、私にはっきりとわかっていることがある。
︱︱︱彼が好きだ。
260
出会って数日だろうとか。
なにを馬鹿なとか。
でも自分でも、信じられないくらい︱︱︱私は彼が好きなんだ。
後悔したくない。
怯んで、この日のことを、なかったことにしたくない。
私は開け放たれた玄関へと一歩踏み出した。
261
Chapter 24. 私の決意︵後書き︶
きみ
︱︱︱ここではっきりと、させておく。
人ならざる者たちの崇拝する純人族はまやかしでしかないよ。
われら
純人族は、愛に喜び、愛に迷い、愛で狂い、時に進むべき道を間違
っても︱︱︱それでも生きている限り、醜態を曝して、足掻いて前
に進むしかないんだ。
われら
きみ
それが、純人族だよ。
ヌフ
どうだい?人ならざる者たちと、なんらかわらないだろう?だけど、
これが真実さ。
われら
幻滅したかい︱︱純人族の九徒よ。
︱︱︱さる純人族の男の記録に残らないある問いの答え
262
Chapter 25. 踏み出した一歩
誰かの悲鳴が聞こえたような気がした。
気が高ぶりすぎて、風と木々の音もおかしく聞こえているのだろ
うか?
落ち着け、私︱︱︱何度も自分に言い聞かせるが、脈打つ心臓も、
頭に上る血も、全く平常に戻る気配はない。
むしろ、自分が焦っていることに気がついて、更に焦ってしまう。
玄関の一歩前で足を止める。
大きく何度か深呼吸したが、思考は落ち着かず、結局私はそのま
ま玄関を出た。
視界に入ったジェアンさんは、すぐに此方に気がついて、やっぱ
り柔らかく微笑んだ。
その姿を眺めているだけで、嬉しくなる。
好きなのだ。
彼が。
263
彼に歩み寄ったはいいが、色々言いたい事があるのに、いざ目の
前にすると、なにから言っていいのか分からない。頭の中がぐちゃ
ぐちゃだ。
口を開閉して悩み続けたが、彼は根気良く私の言葉を待って、見
下ろしている。
あー、うー、と言葉にならない音を発して、すぐに私は窮地に陥
った。 この世界に何故、私がいるかわからない。
元の世界に帰れるかもわからない。
もし誰にも迷惑をかけずに簡単に元の世界に戻れる方法があった
なら、私はきっと悩むだろう。
元の世界には大切な家族だって仲のいい友人だっていて、多少の
悩みを抱えていたが、考えてみれば、それなりに私は幸せだったの
だ。
毎日の仕事︱︱時々サービス残業の時もあったけど︱︱も嫌いっ
てほどでもない。
給料は最悪というほどはなかったし、雀の涙ほどだが、ボーナス
も出た。
見たかった話題のミステリードラマも録画したまま放置してたし、
毎月第三土曜日が高校時代からの友達とボックス席のあるお決まり
の居酒屋で、女子会があるのだ。
264
そこらへんのデパートで買えるからいらないって言ってるのに、
送られてくる荷物には野菜やお米が︱︱時々入ってるお見合いの写
真には辟易したが︱︱送られてくる。
苦笑しながら携帯に手を伸ばして、実家の両親に近況報告という
名のお礼の電話をするのだ。
あの平凡で退屈な日々でも、私は十分良かった。
漫然としていたが、強い不満などない。
でも私は彼を愛したい︱︱︱そして愛されたいのだ。
自分でも我侭で非道な人間だと思う。
私の心の中の天秤は、常にゆらゆら揺れている。
最初は﹃帰りたい﹄に完全に秤の重さは傾いていたのに、ジェア
ンさんの存在が何もなかった反対側に乗って、それに付属するこの
世界を拒絶することができなくなった。
元の世界に帰りたい。それと同じくらい、彼がいるこの世界に居
たい。彼の側に居たい。
いつの間にか、同じくらいの重さで秤は不安定に揺れた。
265
そして、ふとした瞬間に﹃帰りたい﹄という願いよりも、ジェア
ンさんに傾くのだ。
もっと時間があったなら、比重はジェアンさんへ傾くだろう。
恋人として、ゆっくりと確かな愛を育みたい。
その秤を完全にジェアンさんに傾ければ、私に迷いはなくなるん
じゃないかと思う。
でもジェアンさんには、﹃恋人﹄という概念がなくて、即結婚が
主流なのだ。
ラブラブというほどではなかったが、仲がよかった自分の両親み
たいに、お互いがお互いを想いやれるようにありたい。
たぶん早すぎる。
早すぎるだけで⋮⋮嫌じゃない。戸惑っているのだ。
彼と共にある未来を。
出会って数日で未来を望まれるとは思いもしなかったから。 自活して、地に足が着いたら、この想いと向き合おうと考えてい
たから、なおさら。
266
だけど機を逃したら、二度とジェアンさんは私にプロポーズをし
てくれないかもしれない︱︱︱たとえ両思いだったとしても、同じ
世界の住人ではない私たちの未来は、悲惨なものかもしれない。
現時点でも、大きな文化差がある。
私が知らないだけで、なにか決定的なものがでてくるかもしれな
い。
でも︱︱︱それでも、私は彼という存在を失いたくない。
たとえ、結果的に、故郷を捨てるという選択をしてしまうことに
なっても。
﹁か、屈んで貰ってもいいですか?﹂
ファイアブルー
彼は青火色の目を見開いて、数秒固まった後、ゆっくりと私の前
で膝をついた。その状態で、ようやく目線が同じぐらいだ。
267
ジェアンさんは浅黒い肌を耳まで赤く染めて、戸惑いの表情を浮
かべている。
私は伸ばされた無骨で大きな手を思わず両手で握り締める。
グラン・オム
畑仕事をしていたので、手袋越しでもかまわない。
未婚の女が、未婚の巨人族の男に話しかける意味を、もう私は理
解してる。
それでも、勇気を振り絞って、話しかける意味を貴方はわかって
くれるだろうか。
﹁私は元の世界に帰りたい気持ちがあります﹂
びく、とジェアンさんの手が震えた。
細められた瞳には悲しい色が浮かび、苦しそうに面立ちが歪む。
しばしの間、地面に向けられた視線を上げたジェアンさんは、虚
ろな表情を浮かべた︱︱︱暗い笑みのような、悲しみにくれている
ような。
少しでも私を帰したくないと思ってくれているのだろうか。
これから先のことなど、誰にも分からないが、今ひとつ確かなこ
とがある。
268
﹁でも⋮⋮それでも、貴方が、好き︱︱︱好きです。私は貴方の側
に居たい﹂
私は大きなジェアンさんの掌に口付けた。
泥のついた手袋越しだっていい。
︱︱︱私は懇願、した。
完全に矛盾している。
帰りたいと願いながら、それでも貴方の側にと願う私は。
拒まれることを怯えながらも顔を上げると、一瞬別人かと思うほ
どだった。
彼が瞳を潤ませて、微笑んでいた。
それだけなのに、飢えた獣と対峙したような迫力と、ゾクゾクと
するような男の色気を溢れさせて、彼が唇を開いた。
269
﹁さくら﹂
熱っぽく掠れた声が、私の名前を紡いだ。
それだけで、体が震えるほどの喜びが奔った︱︱︱彼が、私を、
受け入れてくれたのだ。
﹁︱︱︱っ、はぃ﹂
同時に、恥ずかしながら、あまりにも甘い低音に腰が砕けそうに
なった。
耳元で囁かれていたら、多分、本当に地面に座り込んでいただろ
うと思わせるほどだ。
270
﹁ずっと⋮⋮お前の名を、呼びたかった﹂
﹁ジェ、アンさん⋮﹂
私は反射的に名前を呼んでしまい身構えたが、一瞬手に力が篭っ
ただけで、彼は何かに耐えるように瞼を伏せる。前のように襲い掛
かってくることはなかった。
浅黒い頬には、静かに涙が零れ落ちた。
彼が顔を上げて微笑む。
﹁一緒に家に帰ろう︱︱︱俺の、俺だけのつがい﹂
私は躊躇いがちに頷いた。
271
彼は帰ろう、と言ってくれた︱︱︱つまり、私を家族だと認めて
くれているのだ。
﹃つがい﹄と言葉には、まだ耳慣れないが、それでも﹃妻﹄とし
て認めてくれたのかと思うと、胸が高鳴る。
ただですら頬が真っ赤になっているとわかるぐらいなのに、さら
に熱くなる。
そして、私が掴んでいた彼の大きな手が離れて、太い腕が私を包
み込もうと伸びてきた。
私を抱きかかえるのだろう。
もうあまり違和感のなくなった行動に、私は抵抗などしなかった。
刹那。
きぃん、と耳鳴りがした。
まるで山頂に近づくにつれて、気圧のせいで痛むように。
痛みというほどではなかったが、圧迫感のようなものに、私は咄
嗟に耳を押さえる。
272
ジェアンさんは驚愕の表情で、横を向いた。
そこには、リュゼさんの姿。
息継ぎもしないで、何かを小さく呟いていた。
またしても忘れていたことに気がついて︱︱もしかしたら、恨み
言?を呟いている?︱︱謝罪するよりも先に、リュゼさんがジェア
ンさんに向かって矢を持っていないのに弓を射抜くように構えた。
弓と体が、淡い青白い光に包まれている。
ティフォン・クディア
そして、今まで話していた言語とは異なる響きの言語を力強く発
した。
オヒャディ
﹃姿なき神の晴嵐の鉄槌﹄
リュゼさんが弓を限界まで弾いた途端、一メートルはあろうかと
・・・
いう巨大な輝く魔方陣?が弓の前に現れて、ぎょっとするより早く、
陽炎でも見ているかのように、空気が歪んだ。
そして、ビィインと音を響かせて、指が弦から離れる。
273
﹁なぎゃっ!﹂
﹁りゅ、リュゼ!!?﹂
同時に強烈な風が砂埃を上げて、目も開けてられなかった。
思わず髪の毛を押さえ、身を小さくして、目を瞑る。
﹁ぐぁっ!!﹂
風で木々が激しくざわめく音に混じって、近くで短い男の悲鳴︱
︱︱続いてドンッと体に響くほどの音。それから、連続的に何かを
へし折るような音が続いて、遠ざかった。
凄く嫌な予感がする。
それでやっと風が収まって、そろりと目を開けると、ジェアンさ
んは居なかった。
﹁え?﹂
居るのはリュゼさんだけで、対角線上のジェアンさんが居た場所
から森の方向へ、細くはない木々が強引に折られたように倒れてい
た。
274
それが、森に果てしなく続いているのだ。
グランアミ
﹁大丈夫ですよ。レディサクラバ︱︱いえ、失礼、マダムアジャン。
大きな友は頑丈ですから﹂
混乱する私に落ち着かせるように柔らかい声が響く。
もしかして、もしかしなくても?
魔法?で、リュゼさんがジェアンさんを吹っ飛ばした!?
﹁ぬぅえ、ええええ!??﹂
私の指先がリュゼさんと木々の折れた森の中を往復する。
木々が折れるくらいの衝撃だというのに﹃頑丈﹄で済まされるは
ずがない。
というか、マダムは既婚者につける敬称だとしても、アジャンっ
てもしかして、ジェアンさんの苗字ですか。
﹁僕としたことが、ひとつ言い忘れておりまして﹂ 私の言葉ではない言葉と行動で、察しのいい彼が意味を分からな
いはずもないだろうが、答えず笑い、その笑顔が半端なく優しくて
275
逆に怖い。
家の中で会話していたときと変わらずに、冷静に告げた。
もしかして、そのひとつを言い忘れたから、帰ろうとしたジェア
ンさんに魔法?を放ったのだろうか??いや、そんな、まさか??
グラン・オム
﹁巨人族の男はつがいと言葉を交わした後、つがいを家に連れて帰
る習性があります﹂
もうなんと答えて言いかわからずに呆けていると、リュゼさんは
倒れた木々の方向に視線を向けた。つられて私も視線を向ける。
確かにジェアンさんに﹃家に帰ろう﹄と言われた。
結婚したなら、普通は一緒の家に住むんじゃないだろうか?こっ
ちは違うのか?本当にジェアンさんは大丈夫なのか?と私が混乱し
たまま考えていると、彼は微かに喉で笑った気配がした。
﹁個人差はありますが数日から一週間程度の﹃蜜期﹄に入るためで
す﹂
﹁み、つき??﹂
最初につがい、と聞いたときのように耳慣れない言葉だ。
276
グラン・オム
﹁一般的に﹃初夜﹄や﹃蜜夜﹄と言いますが︱︱︱巨人族のつがい
は﹃初夜﹄が長すぎて、﹃夜﹄ではなく期間を表して﹃蜜期﹄と呼
ばれるようになったようです。それをお伝えするのを忘れてて﹂
﹁︱︱︱⋮⋮⋮は?﹂
グラン・オム
﹁ついでに婚礼の儀は﹃蜜期﹄の後が巨人族では普通です﹂
思わず目を見開いて、リュゼさんを呆然と見下ろした。
そうか、結婚すると﹃初夜﹄があるとは分かっていたが︱︱︱婚
礼前!?しかも私﹃つがい﹄って呼ばれたのだから、今結婚したこ
とになったんじゃ!?
つ、つまり︱︱︱そ、それって、い、今から!?
声が出なくて、ぱくぱくと、口を動かしていると、彼はこくりと
凄くいい笑顔で頷いた。
グラン・オム
﹁僕も驚きました。巨人族の男は妻ができた瞬間、妻を抱えて何百
キロ先にある家だろうとかまわずに、全速力で走りますからね。ご
アミ
説明できる時間があるなんて⋮⋮我慢強いというか、無駄に理性が
というか︱︱︱あ、そうそう友を代表して、お祝い申し上げます。
グラン・オム
後日、祝いの品を送らせていただきます。今の古代魔術で多少体力
を削いだとは思いますが⋮⋮巨人族の夜は長いと申しますので、ご
自愛ください﹂
277
話の流れから、嫌な予感しかしないんですが!
どどどど、音と砂煙を上げて、倒れた木々の向こうから、何かが
やってくる。それに気をとられている間に、リュゼさんは、さっさ
と自宅に入ると、無情にも玄関の鍵を閉めた。
﹁え?ぁ?﹂
私は放置されて立ちすくむ。
どうしろと!?この後、私にどうしろと!!?︱︱︱というか、
絶対わざとですよね!
わざと言わなかったんですよね!その﹃蜜期﹄のこと!
さっき言う時間たっぷりありましたよね!?
悶絶としている最中、強く風が吹いたと思ったら、すでにジェア
ンさんの腕の中にいた。しかも止まらずに、彼はそのまま走ってい
る。
葉っぱやら、白い羽がついていて、若干ボロボロだが、大きな怪
我はないようだ。
進路はジェアンさんの自宅である。
278
しかも、凄い速度だ。
やってきたときの速度の1.5倍くらいある。
﹁ここは邪魔が入る︱︱さくら、家に帰るぞ﹂
﹁じぇ、じぇっ、ジェア、さっ!﹂
帰るぞ、っていうか、もう帰路ですよね!?
というか、心の準備が!!
いつもは彼の腕の中でも感じぬ振動と風圧で、舌を噛みそうにな
りながら、辛うじて名前を呼びかけると、彼は熱っぽい視線を向け
た。
彼は手袋を脱ぎ捨てると、反論に口を開けた刹那、彼は指を私の
口内に突っ込んできた。
﹁話は後で聞く︱︱速度を上げるから、喋ると舌を噛むぞ﹂
﹁んくっ︱︱︱!!?﹂
言うが早いか、ぐん、とジェアンさんの速度は上がり、私はジェ
279
アンさんの指を噛んでしまった。
家についてからじゃ拙いような気がするんですけど!?
私の心の叫びも空しく、残念ながらジェアンさんに届くことはな
かった。
そして彼にとっての﹃後﹄が、﹃蜜期の後﹄だと、この時の私は
考えもしなかった。
280
Chapter 25. 踏み出した一歩︵後書き︶
これが出会い編の桜さん視点の終わりでございますw
新婚編にはいるのですが︱︱︱桜さんの苦難を最初から書くか、割
愛しようか⋮⋮蜜期入れると、多分仕事が多忙で遅筆の関係もあい
まって、今年中はジェアンさんエロのターンになりそうで怖い;;
でも次は一応、ジェアンさん視点⋮な、長いなぁ;もう月刊じゃな
いですよね︵涙︶
こっそり巨人さん24のあとがき追加いたしましたw
281
Chapter 26. 流されてます R18
高速移動も終わり、強い風圧がやんで、ようやく家についたんだ
と悟った。
玄関を抜けて家に入っていく。
ずっと揺れていたせいか、止まっても意識がフワフワする。
降ろされたら平衡感覚が危なそうだと思ったが、抱きかかえられ
たまま、床に降ろされる気配はない。
ちゅる、と音を立てて、口から指が抜かれた。
太い指を二本もずっと入れられていたせいか顎が痛むが、何度も
振動で噛んでしまったので、ジェアンさんの指の方が心配だったが、
どうやら大丈夫のようだ。
結構強く噛んでしまったと思ったが、歯形すらついていなかった。
﹁ぁっ⋮﹂
銀色の糸が指と口に繋がっている光景だけでも、恥ずかしいのに、
引き抜いた唾液まみれの指をうっとりとした表情でジェアンさんが、
舐めた。
その上、指を口に含んで、じゅぶじゅぶと音を立てて、唾液を啜
っている。
282
﹁じぇ、ジェアンさんっ!﹂
さすがに恥ずかしすぎて声をかけると、ゆっくりと指を口からだ
し、頬を染めて、微笑を浮かべた。
﹁ん⋮⋮お前は⋮唾液も甘いのだな﹂
いや、それ多分、リュゼさんの家でいただいた紅茶の味だと思わ
れます。 だが反論よりも先に、口の端に流れた唾液を舌で舐めとられ︱︱
︱そのまま口を塞がれた。
﹁ぅ、んっ!﹂ 大きな舌が唇から進入して、瞬く間に舌を絡められた。
ぞく、と背筋を電気が駆け抜けるような感覚。
頭の中が蕩けるように気持ちがいいし、嫌じゃないけど、脳裏に
リュゼさんの﹃蜜期﹄の話が過ぎって、胸を押し返してみるもビク
ともしなかった。
283
顔を背けることも出来ずに、甘受するしかなかった。 息も出来ないほど激しくなると、もうリュゼさんの言葉が思い出
せなくなる。
ただ残るのは、わずかな本能的危機感。
ジェアンさんは動きだして︱︱︱私の身体を弄びだした。
﹁んんっ!﹂
さすがに彼の手を止めようとしたのだが、大きな舌で引っ張り出
された舌がぢゅるちゅる、と唾液と共に吸い上げられて、眩暈にも
似た強い刺激に体が強張った。
私の意志とは関係なく体が震える。
全身熱くなり、頭の中が真っ白になっていく。
その間も身に纏う衣服が肌蹴させられているようで、冷たい空気
に触れ、ジェアンさんの大きな掌が私の肌を直に這った。
体勢を変えられるたび、ジェアンさんも肌蹴ているようで、浅黒
い肌と自分の肌が触れる。
伝わる温もりが、ひどく心地よくて、離れがたいと思う自分に驚
いた。
284
﹁⋮⋮さくら﹂
息苦しいまでのキスが終わり、ようやく地面に足からゆっくりと
降ろされた。
いつの間にか、お風呂の脱衣所まで移動していたようで、乱され
ていたと思った衣服は︱︱︱何一つ身に纏っていなかった。
熱い頬に、さらに熱が集中する。
慌てるも、久々の地面で平衡感覚はなく、長く深いキスのせいで
ふらつき、ジェアンさんに抱きとめられた。
﹁え?あ⋮⋮っ!﹂
脱がされているとは思ったが︱︱︱まさか、ジェアンさんも脱い
でいるなんて。
裸同士で抱きあっている。
それでも、十分にハードルが高い。
だが更なる過酷な事実には、混乱するばかりだった。
服の上からは分からなかったが、見事に割れている腹筋が目に入
る。考えてみれば、私を片手で抱き上げて、長い時間歩いていても、
疲れていない様子だったので、当然だろう。
285
いや、それは凄いことだけど、今はそれどころではなかった。
腹部に、熱くて、硬いものが当たっている。
ジェアンさんのつがいになるまで︱︱つまり、つい先ほどまで︱
︱生まれてから恋人もおらず、経験がないが、それなりに年なので
知識はある。
それが、なんであるか、分からないほど初心ではない。
が、夫婦?のような関係になって、一時間も経過していないので、
ここまで考えてはいなかった。
そもそも、ジェアンさんとは出会って数日である。
故に額に嫌な汗が滲む。
﹁じぇじぇじぇ、じぇあんさっ︱︱⋮﹂
思わず声が震えてしまう私に一体何の罪があろうか。
ジェアンさんにも罪があるわけではない。
286
でも。
︱︱︱大きすぎる!!!
一般的な男性の大きさなど知る由もないが、自分に対してジェア
ンさんが立派であることが、よくわかる。身長が高いということも
関係しているだろうが、これは無理だ。
正直、下を向くのが怖い。
肌に触れている熱い部分は、私の臍から、鳩尾を超えるほどだ。
彼が動くと先っぽが、胸の谷間に︱︱︱しかも、いや、たぶんだ
けど、かなり、太いような、気がする。
にちゅ、と小さいが粘着質な水音。
熱い液体が胸に触れて、緩慢に肌を流れていく感触に震えた。
見れない!下見れない!
287
色々なものが込み上げてきて、思考が鈍くなるくらい頭が熱い。
絶対無理︱︱︱訴えかけるようにジェアンさんを見上げると、彼
は潤んだ瞳を気持ちよさそうに細めて、より一層私を抱き寄せた。
﹁ぁあっ﹂
﹁さくら⋮すまない⋮少しだけ、いいか?﹂
﹁えっ?﹂
え、ええええ!!いいか、いいかって!少しってなに!?少しっ
て!?
混乱する私がぱくぱくと、口を魚のように開閉している間にジェ
アンさんは、それを私の腹にこすり付けるように小刻みに動き始め
ている。
溶けた蝋のように熱い液体が溢れてきて、肌に擦り付けられてい
る。
それはジェアンさんのものを滑りやすくしているようで、にちゅ
にちゅ、という音がぐちゅぐちゅ、という音に変わっていく。
目の前で起きている事とは、不似合いな微かに甘い香りが鼻腔を
掠めた。
脳の許容範囲を超えた事態から、はっと意識を取り戻す。
色々駄目だと声を上げようとした口を開いたが︱︱︱︱
288
﹁先に出さないと、お前を滅茶苦茶にしそうだ⋮⋮自制がきかない﹂
︱︱︱と熱っぽく呟かれて、すぐに口を閉じた。
滅茶苦茶って!滅茶苦茶ってぇぇ!お願いしますから、自制して
くださいぃいぃ!!
ジェアンさんのそれで、滅茶苦茶にされたらと考えて軽く青ざめ
た。
もしかしたら、涙がでているかもしれない。 どうしていいかわからないまま、ジェアンさんの胸辺りに顔を押
し付けてやり過ごす。
胸の谷間から、先っぽがっ!
﹁︱︱︱っ﹂
少しだけ荒いジェアンさんの息が詰まり、びくびくと震えていた
大きなものから、大量の白濁が吐き出されてた。
289
一度では出し切れなかったようで、二度、三度と続いた。
腹に叩きつけられるように掛けられて、白い飛沫が胸の辺りまで
飛んでくる。
そのまま、どろり、と腹部から、太ももに流れていった。
終わった。
ようやく、終わった。
胸を撫で下ろした私は、身体から力を抜くと、ぐい、と身体を反
転さえられた。
﹁え?ええ??﹂
背中をジェアンさんに預けるような形になり︱︱︱今まさに熱を
吐き出したはずのジェアンさんのものが背中に当たっていた。
硬くて、熱くて、さっきと変わらない大きさであろう、ものが。
息を呑んで、思わず仰け反る私の背中の中心に走る窪みに先端が、
つつ、と腰の辺りから上に向けて緩やかに滑る。
思考がぴたり、と停止する。
290
ちゅ、ちゅ、と前かがみになって、ジェアンさんが頭の天辺に口
付けた。
﹁すまない⋮⋮今度は、一緒に﹂
私が正気に戻って、なにが、と問うよりも先に、ジェアンさんの
大きな掌は私の胸を包むように触れて、太い指が、私の股の間に滑
り込んだ。
くちゅ、と音がしたのは、己のものか、ジェアンさんのものか、
わからない。
だけど、私の身体は刺激に震えていた。
291
Chapter 26. 流されてます R18︵後書き︶
月刊人外妄想図鑑のイラストをいただきましたw鼻血を噴出しなが
ら、ひよこマッチはメロメロでございます∼wさくらさん、キュー
トww
皐月様
http://4323.mitemin.net/i34087/
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癒されイラスト、ここにあり!しかもちょびっと、ひよこマッチも
出演させていただいちゃったりww皐月様本当にありがとうござい
ますw
さぁ、貴方も今すぐ、コピペでゴー!
292
Chapter 27. つがいの勤め? R18
ほとんど、なにが起こったのかわからないまま。
私は与えられる刺激に身悶えるだけだった。
大きな手で秘部と胸の突起を弄られて、今まで感じたことのない
快楽に身体は一気に熱くなる。
慣らすように入り口に触れてくるジェアンさんの指を濡らしてし
まった。
自分ですら、意識して触れたことのない場所に、他人の指が触れ
ている感触に頭がクラクラする。
押し広げようとする指の質量と未知の感覚に、思わず腰が引ける。
だが背中には太くて熱いものが押し付けられている。
ジェアンさんの指はぴったりとそこに吸い付いたように追ってき
て、抵抗を削ぐように胸の突起を強く摘まれる。
予想はしていたが、ジェアンさんの指は太い。
私の親指だって、彼の小指ほどの大きさはないだろう。
駄目だと考える頭に反して、体はトロトロと蜜を零している。
﹁だ、だめぇ、ジェアンさっ︱︱︱⋮﹂
﹁まだ早い︱︱ほら﹂ 293
拒否の意を示した私に、おかしな返答が投げられた。
だが、それを考える余裕は私になかった。
ジェアンさんが私から溢れたものを指に絡めて、入り口を押し広
げていく。
痛みらしい痛みはないけど、体内に異物が入ってきて身震いする。
やっぱり、指でも十分に太かった。
それでもジェアンさんの愛撫は優しいのに容赦がなく、秘部の突
起を弄られるたびに、足に力が入らない。
どんどん指の抽出が早くなると、目の前に閃光が走り、背中に熱
いものがかけられた。
身体も頭もふわふわして、真っ白に蕩ける。
﹁︱︱︱っぁあ!!﹂
私は彼に抱きしめられたまま、力の入らない膝を床につけること
もできずに、延々と吐き出されたものを背中で受け入れるしかなか
った。
その後は、意識が朦朧としていて、よくわからない。
294
+ + +
気がつくと脱衣所からお風呂に移動していたようで、私は風呂用
椅子を抱え込むように凭れていた。
お尻の下には、バスタオルが敷かれていて、タイルの冷たさは感
じない。
いつの間にか、お風呂は沸いていた。
荒い呼吸を整え、この現状を切り抜けるために冷静になろうと思
うのだが、なぜか頭の中がふわふわして、思考がまとまらない。
高まった身体の熱も一向に落ち着かない。
認めたくはないが、先ほどまでジェアンさん指を受け入れていた
場所が欲するように蠢いているのが自分でも分かる。
水音と彼の気配がするので、近くにいるのだろう。
足の辺りにまで熱い水飛沫が飛んできている。
胸も背中も彼の白濁に塗れて、肌を緩慢に伝う感触が生々しい。
彼から漂う甘い匂いは石鹸の香りかと思っていたが、どうやらこ
295
の白濁のようだった。 性行為には不釣合いな甘さは、花のようでもあり、樹液のようで
もある。
嗅いだことがあるようでない気がする。
ただ嫌ではなかった。
すぐに彼は私を抱き上げて、風呂用椅子に腰掛けたジェアンさん
の膝の上に。
蒸気を上げる濡れたタオルで顔を拭われ、目を瞑るように言われ、
そのまま彼の腕の中で髪を洗われていた。
放心状態だったが、やけに彼が頭を洗ってくれる指が気持ちよか
った。
何度か髪を濯がれて、今度は彼が私の身体を洗うのがくすぐった
くて身じろぐ。
﹁ぁっ⋮ジェアンさん⋮自分でっ、しますから﹂
それ以上に、タオルじゃなくて素手でという事実が羞恥を誘う。
さっきまで、自分はタオルで体を洗ってませんでしたか、ジェア
ンさん。
力の入らない身体で、大きな手から逃れるように身を捩る。
296
﹁駄目だ。これは⋮︱︱つがいの勤めだ﹂
﹁んんっ⋮つ、がいのっ﹂
微笑を浮かべる彼は、キスを頭に落とした。
つがいの勤めということは、私が彼の妻として受け入れなければ
いけないことなのだろうか。
あまりにも彼と私の夫婦の認識が違いすぎる。
尋ね返すよりも先に、足の爪先から、臍も、胸の先端に至るまで、
ジェアンさんの手で洗われて、整えたはずの息が上がっていく。
﹁ひぃうっ!ジェアンさんっ⋮っ、そこっ、やぁっ!﹂
﹁大丈夫。ちゃんと綺麗に洗う﹂
お尻の間の自分では直接触れないであろう箇所まで、指で無駄な
ほど丁寧に。
逃げようとする泡まみれの身体は、ジェアンさんにすぐに抱えな
おされ、彼も泡まみれになっていく。
﹁ん、くぅっ︱︱﹂
聞いたこともない自分の声が、風呂場に反響して、恥ずかしい。
懸命に声を殺したが、長くは続かなかった。
297
再び潤う秘部を長いこと丁寧に洗われて、頭の中が何度も真っ白
になった。
考えたくない、ないけど。
初めてで︱︱それも、指だけで、こんなに気持ちいいなんて。
彼が好きだから、なのだろうか?
それとも⋮もしかして、元々Hな女だったのだろうか? 未経験のくせに猥談に耳を傾けてしまう私むっつりなのかもしれ
ないとか、ちょっと思ったことはあったけど、こんなのって⋮⋮お
かしい。というか、信じたくない。
だけど、その疑問が解決することもなく、下肢から訪れる圧倒的
な甘い痺れに思考が散漫になっていった。
+ + +
ようやく湯船に浸かった頃には、もう私は大分体力を使い果たし
ていた。
298
ジェアンさんに背中を預けるような形で座った。
前に一人で入ったときは、首まで完全に浸かっていて、かろうじ
て顎が水面に出ている程度だったが、彼の膝の上に座っているせい
か首は出ていて呼吸がしやすい。
お湯が少し冷めてしまったような感じもするが、火照った体温に
は丁度いい。
ゆっくりと息を整えて、ようやく現状に気がつく。
﹁ジェ、アンさん﹂
ぺろぺろ、と私の右耳を大きな舌で舐めていた彼は、耳の後ろの
辺りに吸い付いた。
もしかしたら、キスマークがつけられたのかもしれないが、私の
頭の中は、それどころではない。 それから少し身体をずらして私を覗き込む。
﹁どうした?﹂
どうした、ではない。
お風呂に一緒に入って身体を洗うのは百歩譲って、風習だとしよ
う。
299
ジェアンさんが望むなら、先ほどのことが無しであれば受け入れ
ようとも思う。
ちょっとバカップルみたいで、恥ずかしいけど。
でも、これは多分、違う。
違って欲しい︱︱︱いや、本当に切実に。
彼の膝の上に座る私の股の間から、太腿の肉を押し退けるほどの
質量を持った物が顔を出しているのは、何かの間違いだと言って欲
しい。
見なくても、はっきりと自身を主張していた。
最初にお腹に触れていた時と変わりない大きさである。
反り返っているようで、私の秘部ピッタリに添えられている。
太腿に挟まっている異物が気になってモゾモゾしていると、ジェ
アンさんが片目を細めて、息を詰めた。太腿の間のものがビクビク
と痙攣するように動いた。
﹁っ⋮⋮あまり動くな⋮出してしまう﹂
300
湯船に!?
それは困る︱︱︱けれども、察して欲しかったのだ。 一般的に恋人や妻の股の間に、はちきれんばかりの性器を太もも
に挟めて座らせるものだろうか?あまりにも自然に挟まっていたの
で、太腿の間で動かなければ気がつかなかったかもしれない。
いや、その前に二回もあれだけ放っても、こんなに元気なんて⋮
これが普通??
わからない。
恋人や妻になったことがなかったのでわからない。
でも、誰か違うと言って!?
﹁あ、あの⋮⋮お願い、します﹂
﹁ん?﹂
というか、それを当然のようにやっている彼になんと注意すれば
いいのだろうか。
ジェアンさんは天然っぽい所もあるから、うっかりとかであれば
︱︱︱いや、本気だったら、本気で涙が出そうだ。いや、毎回こう
301
だったら、泣く。
直接、口にするのも憚られて、もう一度、ジェアンさんにも分か
るように太腿をすり合わせた。
﹁⋮その⋮抜いて、くださぃ﹂
お尻に当たっているとかなら、まだよいとしても、股に挟んだま
ま入浴するなんて。
私は太腿から、それを避けてくれるように懇願した。
︱︱︱言葉のチョイスを間違ったと、私が身をもって知るのはす
ぐであった。
302
Chapter 27. つがいの勤め? R18︵後書き︶
昔々、三人の悪魔がおりました。
赤い悪魔は炎を操り、青い悪魔は水を操り、黄色い悪魔は雷を操
る。
村を切り裂き、町を焼き尽くし、国に災い。
彼らの足跡に不幸が続く。
三人の悪魔がやってきた。
巨人族の里にやってきた。
夫婦の家にやってきた。
夫婦は新婚で蜜期。二人以外は誰もいない。
悪魔はしめしめ笑って、無防備な彼らに忍び寄る。
だけど、夫婦の家は頑丈で、炎でも水でも雷でも壊れない。
あまりの煩さ、巨人族の夫が目を覚ます。
裸の巨人族の男、炎の悪魔を素手でめっためた。
隣に夫がいないと巨人族の妻が目を覚ます。
303
下着姿の巨人族の女、雷の悪魔を剣でめっためた。
ついに巨人族の里が目を覚ます。 大勢の裸の巨人族の男が取り囲み、水の悪魔はめっためた。
夜が明ける。世が明ける。
巨人族の夫婦、お風呂に入って、蜜期の続き。
三人の悪魔はもういない。
不幸の足跡、もう終わり。
とある巨人族に伝わる子供の寝物語﹃三人の悪魔﹄/作者不明/
年代不明
304
Chapter 28. たぶん誤解です! R18
横たえられた身体。
唇に触れる柔らかな感触。
乾いていた喉に流れ込む液体。
ファイアブルー
定まらない視点に青火が存在して、安堵に身体から力が抜ける。
身体がだるくて、コップを持って飲むこともままならない状況だ。
自分が放った︱︱放ちすぎたせいで、喉が渇いていた。
もう何度意識が遠のいたかわからない。
茫洋とジェアンさんから与えられる水であろうものを、数度、喉
を鳴らして嚥下した。
潤いを感じたころ、ジェアンさんは私の頬を優しく撫でた。
優しく額に口付けられる。
﹁さくら﹂
あまり好きではない自分の名前が、低く艶めいた声で宝物のよう
305
に呼ばれて、不意に胸が熱くなった。
﹁ジェ、アンさん﹂
同じように大切に聞こえるように願いながら呼んだ。
一時的に潤ったとはいえ、喉から出たのは、掠れた声だった。
先ほどまで、声を上げていたのだから︱︱︱そこまで思い出して
はっと、なった。
股の間に挟まる巨大なジェアンさん。
擦れてしびれる様な感覚。
風呂場に反響、自分じゃないような甲高い声。
言葉のチョイスを間違って、おぼろげではあるが、ひどくの気持
ちのいい目にあってしまった事を。
太ももの辺りに弾ける、溶けた蝋のように熱い雫。
思わず顔を向けてしまったので、今まで視界に入れないようにし
ていたものが、ばっちりみえてしまった。
想像よりもずっと大きかった。
306
しかも、﹃え、500mlのペットボトル!?﹄と思わんばかり
の太さである。
そのぱっと見た印象は、エイリアン映画とかに出てきそうな、グ
ロテスクさであった。
浅黒い肌の色よりも、ややローズピンクがかっているが、その愛
らしい色合いに似合わず血管が浮き上がり、先端が膨らんでいる。
びくびく、と痙攣して、先っぽから液体が零れ落ちている。
ぶらぶらしているものですら、巨大だ。
ゴルフボールなど目ではない。
﹁︱︱︱っ!!﹂
叫ばなかった自分を褒めてやりたい。
だが視線がはずせないし、見なかったことにはできない。
考えてみれば、ジェアンさんの指だって、浅くは入れられたが、
それでも大きかった。私の指がソーセージだとするなら、ジェアン
さんはフランクフルトである。
それすらちゃんと受け入れるかわからないのに、ペットボトル︵
500ml︶だなんて。
307
⋮︱︱︱私はジェアンさんを愛している。
でも、それとこれとは別だ。
まったくもって無理だ。
正直、入る気が全然しない。
確実に身体が壊れるOR大切な所が裂け︱︱って、ほとんど同じ
意味合い!?
ようやく気がついたが、あつらえ向きに、すでに私はジェアンさ
んのベットの上で押し倒されている。
これ以上にない危険な状態である。
﹁じぇっ、んっ︱︱!﹂
私が声を上げるより先に、唇は塞がれていた。
当然のように舌が口内に入ってきて、風呂場でのように彼は身体
308
を弄りだした。
すぐに頭が朦朧としてくる。
そんな時、脳裏にふとリュゼさんの言葉が過ぎった。
﹃貞操の危機ですから、どうぞお気になさらずとも、ええ全力で蹴
ってやってください﹄
凄く痛いのだろう。
躊躇っている間にも、意識が光悦としてくる。
本当に、このままだと、私︱︱︱裂けるかもしれない?!と、生
存本能もしくは危機感は、ここにきて多少は働いたようだった。
私は反射的に蹴り上げた。
彼の股間を。
+ + +
309
私の足首辺りが、ジェアンさんの股の間のナニを蹴り上げた。
彼が眉根を寄せて、息をつめる。
男性の急所である。
痛かったのだ、と後悔と罪悪感が胸を締め付けた︱︱︱のは本当
に少しの間だった。
﹁えっ?﹂
びゅる、と音を上げて、勢いよく白濁が足に降り注いだ。
身を震わせ吐き出したジェアンさんは僅かに頬を染めて、困った
というように苦笑を浮かべた。
それは、悪戯をした子供を見守るような慈悲深い笑みである。
てっきり、物凄く痛がられるか怒られるだろうと思っていたため、
おどおどと私は、伺うように彼を見上げる。
﹁さくら﹂
ちゅう、と彼が瞳を細めて、私の額に口付ける。
310
ファン・オム
﹁俺は、どんな純人族の愛の形も⋮⋮お前の愛であるなら全て受け
入れよう﹂
うっとりするぐらい、気持ちのいい低音だ。
だけど、なにやら私の金的蹴りは許してくれたようだけど、私の
行動とジェアンさんの発言が噛み合っていないような気がする。
何をとてつもなく勘違いをしているような気がするのはなぜだろ
う?
不吉な感じがする。
﹁あの、え?ジェアンさん??﹂
﹁大丈夫だ﹂
と、言いながらジェアンさんは何故か、体育座りみたいに膝を立
てた私の足を左右から手で押さえている。
そして、その足の間にジェアンさんのペットボトル︵500ml︶
が顔を出した。
311
﹁ちょっ、ま︱︱ひぃいぃっ!!!﹂
今度はびっくりしすぎて、完全に悲鳴を上げた。
が、動きは止まらなかった。
股の付け根と膝の間ぐらいから、ジェアンさんが出たり入ったり
している。
全然、大丈夫じゃない。
﹁ち、ちがっ!ちがいますからっ!﹂
意識がはっきりしている分、首を横に振って否定する。
なんだかよくわからないことになってるが、多分ジェアンさん、
何か誤解してませんか!?
グラン・オム
それとも、もしかして巨人族的なものなんですか!?
﹁ん⋮⋮違う、のか?﹂
﹁ち、違います!﹂
よく分からないが、全力で否定しておく。
ジェアンさんは考え込むように小首を傾げている。
腰を揺らしたままなので、太ももの間にも、お腹の上に、熱いも
312
のが滴ってるんですけども!?
﹁そうか、すまなかった﹂
ふと彼が納得したように微笑み、足の間から自身を抜いた。
ほっとしたのもつかの間。
彼は私の両方の足首を掴んでいる。
なぜか、とてつもなく嫌な予感がするんですが。
﹁こうか﹂
私の両足の裏に、熱くて、硬くて、太い︱︱︱ペットボトルが挟
められた。
313
Chapter 28. たぶん誤解です! R18︵後書き︶
︻とある聖職者の鳥人族と小人族の友人たち 3︼
﹁話をする前にひとつ。﹃術式の精密さと魔力の濃度における魔法
発動の効果と、偶発的に齎されている平和の足跡﹄という本をご存
知ですか﹂
知るわけがない。
鳥人族の青年は首を横に振った。
小さき友が読むような、曰く﹃優しい魔学書﹄は、ほとんどが様
々な分野の専門書である。
話は脈略もなく、がらりと変わったが、大抵、前の話と繋がって
いたりするので、迂闊に聞き流せない︱︱いや、時々まったく関係
ないときもあるけれど。
﹁791年にヴォーナ=ボステビアという聖職者が発行した本で、
この方が魔力には濃度があり﹃魔圧﹄があるという概念を生み出し
たといわれております。本格的な研究こそ行われませんでしたし、
当時は嘲笑されたようですが、現代ではボステビア氏は﹃魔圧の父﹄
とも呼ばれています。この本を読んで849年に、モステロ=カジ
ュ=フォロヴァスタル卿が私財を投げ打って、世界初の魔圧計測器
を︱︱︱⋮﹂
﹁旦那、簡潔にお願いします﹂
ジャっポン民族特有の謝罪方法をしそうなほど深く頭を下げると、
小さき友はやれやれといった様子で頷いた。話が繋がってると分か
314
る前に眠ってしまう。
﹁魔圧のことは、さすがにパラスに習っているでしょう﹂
魔法を習うときに、聞いたような事がある。
たしかに魔力には祈言や魔方陣の術式の精度と、篭める魔力の濃
さ薄さで威力が決まるのだという話を聞いたことがある。だから、
最初に習うのは、持っている魔力の高め方だった。魔力を濃くする。
魔力を圧縮するのだ。
﹁魔族達が白領地に本格的に撃って出てこないのはこのせいです。
黒領地の魔力濃度は、白領地よりも高い。つまり﹂
﹁黒領地から遠ざかれば遠ざかるほど、魔族は弱くなるから﹂
﹁ええ。黒領地ほどの力を発揮できません。魔法もそうですが、肉
体的にも惰弱になる種族も多い﹂
逆に白領地が撃ってでられないのもこのせいだ。
強すぎる魔力を制御できなかったり、聖域で魔力が高まるのとは
逆に、魔域と呼ばれる場所では、魔力が濃すぎて、発狂するものや、
肉体発火するらしい。強い魔力は毒にも薬にもなる。
すべての場所や生き物は魔力を帯びている。少ないか多いかの違
いはあるが。たとえば、河の近くで水魔法を使うと、川辺の魔力を
吸い取って、その威力が上がるし、逆に砂漠で同じ魔法を使っても
威力は劣る。
しかし、それがなんだというのだ。
テールサント
﹁つまり、詠唱破棄でも、通常と変わらぬ威力の魔法を強引に駆使
できる歩く﹃聖地﹄と呼ばれるほどの男の魔力が⋮一説では精液は
圧縮された魔力とも言いますし⋮⋮一人の女性に集中するというこ
315
とは何を示すのかということです。正直僕には想像できかねます﹂
316
Chapter 29. 今日は何日? R18
足。
正確には、足の裏だ。
ジェアンさんは、私の両足の裏でペットボトル︵500ml︶を
挟んで︱︱︱⋮
世の中にそういったことで気持ちよくなる方々もいらっしゃるの
は知ってますが、聞いているのと体感するのは別物だった。
ジェアンさんが気持ちいいなら、別にいいかなぁとも思わなくも
ないけど、でもっ︱︱足の裏ですよ!
抵抗するも、彼の力は元々半端ない。
軽く私の足首を掴んでいるようでも、かなり強いのだ。
ジェアンさん、足の裏ですよ!私の足の裏!お風呂では、いつも
洗ってますけど、性器を踏むための足の裏じゃないんですよ!
私の言葉に﹁さっき、洗っただろう?﹂と彼は気持ちよさそうに
トローンとした目をしながら、不思議そうに小首を傾げてみせた。
びくびく、しているのが足の裏に伝わってくる。
少しでも接触面を減らそうと足の指を動かすも徒労に終わった。
﹁それに俺もちゃんと洗ったし、お前の足は風呂場から地面につい
317
ていない﹂
そうですけど、そういうことじゃなくて!!!
精神的に思いませんか!?
﹁さくら、俺はお前の愛が嬉しい⋮⋮っ﹂
息を詰めたジェアンさんの堪えるような色っぽい表情に、くらっ
ときてしまった。
彼がいいなら、別にい︱︱︱いやいやいや!でも視覚的に不衛生
だし!⋮それでジェアンさんが喜んでくれるなら構わ︱︱まずい、
まずいと思うよ︱︱︱⋮⋮
無限のループに嵌って悩み続ける間に、足には熱いものが放たれ
ていた。
+ + +
答えのでないまま、彼は私に覆いかぶさってくる。
いよいよ、ペットボトル︵500ml︶で生命の危機にたたされ
るのかもしれない。
318
﹁さくら、愛している﹂ だけど、その一言を囁かれると、どうしても舞い上がってしまう。
ドキドキが激しくて、全てを許してしまいそうになる。
だが抗って、﹃ジェアンさんを受け入れるのは、すぐには無理﹄
という自分の意思を伝えたい。
この唇が離れたら︱︱︱と成すがままの私に、ジェアンさんの口
付けが深くなって、同時に大きな手に胸を愛撫される。
また頭が朦朧とするほど、気持ちがいい。
先端を摘まれる度に、全身が電に打たれたかのような刺激に、跳
ねる。
愛撫で息があがっていくのに、物凄いディープキスで呼吸もまま
ならない。
今までの中で一番長いキスだろう。
一度離れてと、肩に手を置いて押しのけようにも、びくともしな
い上に、顔を背けようとしても、ジェアンさんの唇が追ってくる。
鼻腔から空気を吸い込むことすら間々ならず、結果。
319
﹁っ!⋮んんっ⋮んぅっ、ぅん!︵ちょっ、まっ︱︱︱息できなっ
!死ぬっ!︶﹂
快楽と、酸欠の私は、必死で彼の顔を押しのけようした。
なんとか窒息死寸前で、ジェアンさんは顔を上げた。
ファイアブルー
大きく喘ぎながら、朦朧とする意識の中で、細められた青火の双
眸が恐ろしいほど、らんらんと輝いているのが窺えた。
背筋がゾクゾクとした。
百の言葉よりも雄弁に、愛を語る。
空腹の肉食獣が獲物を前にして、舌なめずりしていそうな、飢え
た色︱︱︱ジェアンさんは、私を欲していた。
理解する。
本能的に、理解する。
あぁ、この人、私を︱︱︱絶対に手放す気はない、と。
320
私は、もう。
逃げられないのだと。
+ + +
正直、それからの事は良く覚えていない。
彼の指と唇が全身の至る所に触れて、息つく暇もなく何度も執拗
に高みに追いやられて、ジェアンさんの吐き出す熱を感じていた。
たぶん、浴びていない場所などないぐらい。
彼の体温が必ず触れていて。
ベットとお風呂の往復して。
昼も夜もなくて。
ずっと。
321
﹃愛しい、俺のつがい﹄
ジェアンさんの低く艶めいた声で、耳朶から愛を注ぐように囁か
れていた。
+ + +
私は朝日を浴びて、ぼんやりとしており、何が起きたのか分から
なかったせいか、眩しくて長い間、瞬いていた。
わかっていることは、寒い、ということ。
なんだか、無性に肌寒いのだ。
ちゃんと布団と寝巻きを着て寝ているはずなのに、無意識に温も
りを求めて動くが、求めているものはない。
ふと香る、花のような薫りに安堵を覚える。
322
それから、身体が半端ではなくダルイ上に、関節が痛む。
お腹が痛い?︱︱︱重いというのだろうか。
これは何度も経験がある。
﹁ぁっ﹂
しまったと、反射的に思った。
この感覚。
見なくても下肢の感触から、アレだとわかった。
月のものだ。
なんの対策もした記憶がなく、ベットと寝巻きを汚したくなくて、
起き上がろうとするも、力が入らなかった。
視界の隅で何かが動いたと思ったら、ジェアンさんだった。
ベットの横に正座をしているようで、背中を丸めて、ベットに頭
を乗せてたまま、こちらを窺っている。
﹁動くな。欲しいものがあるなら、俺が行く。お前は寝ていろ﹂
なぜか哀愁を漂わせて、力なく微笑んでいる。
323
﹁⋮身体が⋮⋮そう、お前の身体が⋮第一、だからな﹂
なぜか涙目で告げられて、私は非常に反応に困ったが、ちょっと
可愛いと思ってしまった。
﹁、たし⋮っ﹂
声がかすれて、上手くでてこない。
ジェアンさんは察したようで、さっと素早く動いて、枕もとのテ
ーブルに置いてあったらしい水差しを手にする。
口移しで何度か嚥下を繰り返して、一息つくことができた。
彼は口の端に流れた水をちゅ、ちゅ、と音を立てて吸っているの
を感じた。
それが終わり、もぞもぞと緩慢にジェアンさんが再びベットに頭
を預けようとしているところで、かっと顔が熱くなる。
い、今、私っ︱︱︱!!
口移しで、水を何度も飲ませてもらっていたのを普通に受け入れ
ていた。
おまけに、口の端に流れたのを吸ってるジェアンさんを自然であ
324
ると、認識していた。
数秒のことだが、驚いた。
それで堰を切ったように、断片的にだが、一気に記憶が蘇り、耳
元まで熱くなった。
自分のものとは思えないような媚びる様な嬌声。
室内に響く粘着質な音。
触れる温もり。
滴る汗。
降り注ぐ白。
全てを塗りつぶすように与えられる強烈な快楽。
ファイアブルー
ジェアンさんが浅黒い頬を染めて幸せそうに微笑み、青火の双眸
が飢えて揺れる。
﹃お前は唾液も、汗も、涙も︱︱この愛も、甘いのだな﹄
﹃あぁ、そう⋮上手だ、さくら⋮っ﹄
325
﹃もう少しだ、っ、頼むから⋮⋮もう俺を煽るな⋮壊したくなるっ﹄
﹃呼べ⋮っ、俺の名前をもっと︱︱︱﹄
﹃愛しているっ、さくら⋮っ﹄
甘く痺れるような低音。
全部がいっぺんに甘い夜の出来事︱︱いや、昼だったり、夕方だ
ったり、朝だったりしたような気もするが︱︱ぶるり、と身体が震
えた。
全身に残る刻まれた快楽の感触。
ひとつになっていないことに驚くぐらい、延々と私たちは睦みあ
っていた。
途中から、なんとなく私の身体が受け入れるようになるまで待っ
ているのだと察した。
一応、予定日は記憶にある限り、十日ぐらい先、だったような、
気が︱︱︱異世界生活の数日を抜いても、あれから、何日経ってい
るのか聞くのが怖い。
﹁えっと⋮⋮ごめんなさい?﹂
﹁⋮⋮さくら﹂
326
これは体内リズムだから仕方がないと思うのだけど、ジェアンさ
んの落ち込みようが半端ではないので謝ってみた。
グラン・オム
私の月のもので巨人族の蜜期とやらを中断させてしまったのだろ
う。
まさか、異世界生活数日で夫ができるとは︱︱︱︱というか、段
取りを全部吹っ飛ばして行き成り初夜がくるなどとは夢にも思わな
かったから。
月のものの対策などしていなかった。
というか、今もしていないから、ベットがどうなってるか気にな
る!
あんまり表情は変わらないが、すこし不機嫌そうだし、ウルウル
させている瞳を時々逸らす。
なんか、こう罪悪感が。
﹁お前が⋮悪いわけではない﹂
手を伸ばして頬を撫でると、手首を掴んで頬擦りするジェアンさ
ん。
327
瞳を細めていて、気持ちよさそうって、え?ええ??
﹁俺たちがつがいであることはかわりない。ゆっくり、愛を深めて
いけばいい﹂
でも、すりすり度が半端じゃないんですけど!??
髭がちくちくするし、そんなにされたら摩擦で火がでそう︱︱︱
って、掌に猛烈にキスしてらっしゃるし!?噛みッ︱︱︱ぺろぺろ
もご遠慮ください!!って、あれ??
﹁ジェアンさん⋮どうか、したんですか?﹂
時々、視線を逸らされるのかなと思ったら、常に同じ方向︱︱た
ぶん玄関だ︱︱を一瞥しているようだった。
その言葉に、あからさまに不機嫌そうに顔を顰めた。
328
Chapter 29. 今日は何日? R18︵後書き︶
汝が望まぬとも善良な敵はやってくるだろう。
たとえ昼でも朝でも夜でも、汝の都合も構わずにやってくるだろう。
汝の﹃人生の時間﹄という最も尊い宝を奪いに。
そして彼の敵が善良であればあるほど、汝は無抵抗に奪われ続けな
ければならないのである。
︻イス神の福音書 十六章二節︼
329
Chapter 30. 訪問者の安否不明
﹁ん。誰かきてる﹂
ジェアンさんは告げたまま、私の指の又を丁重にペロペロされて
いて全く動く気はないらしい。
あぁ、手が⋮⋮唾液まみれに⋮⋮
私が出てもいいが、起き上がるのも時間がかかるし、この世界で
知り合いといばプティアミさんだろうが、私に用事ということはな
いだろう。
あったとしても、私は純人族で目立つから、家主が出たほうがい
いと思われる。
最も、ここはだいぶ人里離れているので、見てる人もいないと思
うけど。
それに確認したいこともあるのだ。
彼を促すと、少し険しい顔で頷いて、私の部屋を出て行った。
そして、のろのろと私は起き上がる。
気になること︱︱︱ベットと下着である。
330
月のものになるときは、必ずベットにバスタオルを引いて、汚れ
ないように予防していたのだが、その感触はネグリジェ越しにない。
もしかすると、染み込んでたりしたらと慌てていた。
布団を捲ると血の痕跡はなく、驚くことにネグリジェも平気だ。
ほっと胸を撫で下ろす。
﹁う、うぅう﹂
が、これ一式全部ジェアンさんが意識のない私に着せてくれたの
だろうと事実に、思わず頬が熱くなる。
ネグリジェをたくしあげると、ぎくり、とした。
足がまだら模様に⋮⋮犯人は分かりきっていることだが、悶え死
にそうだ。
気を落ち着けて、下着︱︱ボクサーパンツみたいなのがどうなっ
ているのか、気になって思わず手をかける。
﹁え、早っ!﹂
視線を感じて顔を上げると、ジェアンさんが戻ってきた。
険しい顔をしているが、頬が赤い。 331
﹁さくら⋮月のものの時はつがいを誘ってはいけない﹂
違っ!いや、下着がどうなってるか気になっただけですからって、
早く帰ってきすぎですよジェアンさん!そして誘ってません!
大変な事になったのは言うまでもなく⋮⋮
誘ってませんという事を理解していただくまで、大分時間がかか
った。
イマイチ、ジェアンさんが納得しているか怪しい。
+ + +
それで訪問者とちゃんと話し合ってきたのだろうか?
玄関に行って帰ってきたぐらいの短い時間だったような気がする
んだけど。 ﹁ん⋮⋮穏便に﹂
穏便!?なにが?!
いや、そういうことじゃなくて︱︱︱って、まだチラってみたか
332
ら、玄関にいるんじゃ?
まさか、こんな辺鄙な所に押し売りやセールスはないと思うけど。
﹁え∼と⋮プティアミさんが、いらっしゃったんですか?﹂
当たり障りなく、近所︱︱といっても、物凄い遠いけど︱︱のご
友人の名前を出してみるが首を横に振った。
違う知り合いがきたのかと思ったら。
﹁⋮⋮わからない﹂
﹁えーと⋮⋮知らない方がいらっしゃったんですか?﹂
それで分からないのかなと思ったが、首を横に一度振る。
﹁︱︱︱すぐ扉を閉めた﹂ なぜっ!?ってか、なぜ視線を逸らすのジェアンさん!?もしか
して本当に玄関に出ただけとかって、オチなの!?
私がもう一度、玄関に促したのは言うまでもない。
先ほどの二の舞になるかもしれないので、下着を確認するのは後
にした。
333
サイドテーブルの水差しからをもう一杯貰い、飲み終わった辺り
で戻ってきた。
その太い腕には、箱を携えている。
プティアミ
﹁小さき友から、食料が送られてきた︱︱︱他にも貰ったが、これ
は俺は使わん、お前が使えばいい﹂
ででん!
と、効果音がつきそうなほど、箱が室内に置かれた。
ジェアンさんが持っていると、さして大きくないように見えたが、
間近でみるとかなりでかい。
大きさ的に一畳分の大きさがあろうものだった。
彼は軽々と持ち上げていたが、床に置いたときの音が結構重かっ
た気がする。
まさか、人とか入ってないよね。
﹁え?﹂
﹁中身は女物の必需品らしい︱︱化粧水や、スカート類だと言って
いた﹂
﹁いいんですか?﹂
﹁かまわない。使わないなら、物置に入れるか捨てるぐらしか思い
つかない﹂
334
﹁あ、ありがとうございます﹂
﹁ん﹂
ジェアンさんは頷き、手を伸ばしかけて止め、切なそうに瞳を伏
せた。
と思ったら首を横に振っている。挙動不審だ。
尋ねても苦笑を浮かべて、首を横に振るだけだった。
一体、どうしたのろう??
ともかく後で、ゆっくり見てみよう。
空気が乾燥しているわけじゃないけど、肌がカサカサしたら痒く
なってしまうタイプなのでありがたかった。
別に用意してもらったズボンでも構わないけれど、スカートある
に越したことはない。
なんか、もろ私の為に用意させてしまったんじゃ。
しかし、なぜにプティアミさんはジェアンさんに送ったんだろう?
﹁でも、これ随分、散財させてしまったんじゃ⋮⋮﹂
﹁結婚祝いの一部でもあるから、素直に貰って構わんと思う︱︱︱
その内、祝返しを買って送るから﹂
335
⋮⋮結婚の祝い返し、あるんだ、異世界。
すごい謎の多い世界すぎる。
結局、ジェアンさんに散財させてしまったので、謝罪した。
﹁つがいだから、当然だ﹂
与えられる言葉と確かな居場所にジェアンさんに抱きつきたくな
ったが、自重して、今度は改めてお礼を言った。
彼は頷き、宝物をかみ締めるように微笑を浮かべた。
﹁俺こそお礼を言わせてくれ﹂
﹁え?﹂
﹁さくら⋮俺のつがいになってくれて、ありがとう﹂
その言葉に、涙が出そうだった。
声をだしたら涙が零れそうで、懸命に堪えて、私は何度も頷いた。
+ + +
ジェアンさんのご友人に祝われているということは、素直に嬉し
336
い。
どう考えたって私は突如現れた不審人物な上に、ややこしいとい
うか面倒な存在であるが、ちょっとは受け入れられていると思うと
ほっとする。
﹁その⋮洗濯をしてくる﹂
なんか妙にソワソワしだしたけど、大丈夫なのだろうかジェアン
さん。
﹁だったら、私もお手伝いを︱︱﹂
﹁いい。大丈夫だ。お前は月のものなんだ、ゆっくり休め。空腹に
なったら、その時は俺を呼んでくればいい﹂
﹁あ、でも⋮⋮じゃあお言葉に甘えて﹂
なんか、逆に気を使わせてしまったのか、困ったような表情にな
ったので、引き下がることにした。
たしかに、この疲労感ではまともに仕事もできないだろう。
月のもの腹の痛みより、この筋肉痛が辛い。 ジェアンさんは、手を伸ばし、顔と近づけて︱︱︱頬擦りされる
のかと思ったら、触れる直前の形で止まり、ぶるぶる震えていたが、
ベットサイドに顔を埋めた。
337
しかも、なんかブツブツ言いながら、呻いているし。
﹁だ、大丈夫ですか、ジェアンさん?どこか具合が﹂
﹁⋮⋮⋮︱︱︱か﹂
﹁え?﹂
﹁⋮こし、少しでいいんだ﹂
顔を上げたジェアンさんの瞳には大粒の涙が光った。
﹁⋮⋮触れても、いいか﹂
い、いまさら!?昨日のまで、あーんなことや、こーんな18歳
未満お断り的なことしてたのに︱︱︱なぜ、いきなり!?
グラン・オム
巨人族的ななにかですか!?
滅多にない上目遣いで眉根を寄せて、布団をギュウギュウに掴ん
でいる姿。
いい年の男が号泣の気配を感じさせているのに、相手がジェアン
さんであるせいか﹃可愛い﹄とキュンときた私って、もしかしたら
Sっ気があるのだろうか⋮⋮それとも、相当、彼に惚れ込んでしま
っているのか。
つがいなのだから、と頷く。
338
彼は微笑んで、やはり摩擦が出そうなほど、頬擦りしてから︱︱
︱頬擦り︱︱ほほ︱︱︱ちょ、まっ!耳をぺろぺろはご遠慮くだ︱
︱︱ぎゃっ!どこ揉んでるんですか!?全然少しじゃないんですけ
ども!?
彼が部屋から出て行くのは、随分後の事だった。
⋮⋮ジェアンさんのなにかを決意したような目が、若干怖いんで
すが、大丈夫だろうか、私。
後々、開けた箱の中に入っていた言ったとおり、様々な女性の必
需品があった。
実に気の利く御仁だったらしく、暇つぶし用であろう雑誌や本も
入っていた。
月刊﹁ルソン・コケトリ﹂3月号 ︱︱︱驚いたことに私の知る
グラン・オム
雑誌よりはページ数半分ほどだが、B5サイズぐらいの仮綴のファ
ッション関連のものや、料理本、特に巨人族が乗っている﹃世界の
不思議な種族図鑑﹄なるものは、大いに興味を引いた。
それに﹃今更、誰かに聞けるわけないじゃない!お、教えなさい
よ!︱︱箱入りツンデレ子とうっかり鬼畜先生、大人の常識マナー
講座﹄とか、旅行雑誌の﹃いい旅ぶらり散歩道ハッピー&スイーツ
DEアルルカンシエル︵街歩きマップ︶﹄やら﹃アルカンシエル☆
339
ウォーカー﹄の読破は必要不可欠だろう。
ぱらぱらと流し捲っていたのだが、すごかった。
カラーはさすがにないが二色刷り印刷まであるし、差し込まれた
イラストは芸術的な感じで、コラムとかあるんだと、全部出し終わ
る前から読み始めてしまった。
てか、プティアミさん、必需品より本多い⋮⋮いや、ありがたい
んですけど。
きっと自力で学べということなのだろう。
グラン・オム
巨人族の男性平均身長300cmって⋮⋮プティアミさんの約二
倍??
グラン・オム
それを考え見ると、本当にジェアンさんは背の低い男性らしい。
勿論、巨人族の中ではだけど。
だが最後の底の方にあったプティアミさんからの手紙に、私は頭
を痛める事となった。
340
Chapter 30. 訪問者の安否不明︵後書き︶
エルフ
ツンデレ子﹃べ、別に貴方が好きなわけじゃないんだからね!﹄
鬼畜先生﹃おや、嫌いな長命種族と結婚したのですか、獣人娘は心
が広いですねぇ﹄
ツンデレ子﹃そ、そうよ!アンタみたいな鬼畜、私以外じゃ制御で
きないでしょう!し、しっかり養いなさいよ!﹄
鬼畜先生﹃ふふ、まったく⋮さて、結婚のお返しはどうしましょう
かね?﹄
ツンデレ子﹃え、結婚した時って、お返しするの?素直に祝われて
おけばいいじゃない﹄
鬼畜先生﹃いけませんよ。これから親族やご友人となる方々に、お
礼のひとつもしなければ、今後不利益な状況になった時に、大変な
思いをされるのは貴方なんですからね。お礼のひとつもできない嫁
エルフ
か、と私の母や姉妹達に、ねっちねち言われるのは嫌でしょう?た
だですら長命種族は礼儀に煩いのですから﹄
ツンデレ子﹃⋮⋮絶対、嫌!ど、どんなお礼をすればいいのよ!教
えなさいよ!﹄
リュネット
焦るツンデレ子、水晶眼鏡を光らせる鬼畜先生。
鬼畜先生﹃やれやれ、ツンデレ子は相変わらずですね。いいですよ。
教えて差し上げますよ⋮⋮貴方もう生徒ではないので、勿論、お礼
はベットの中で﹄
ツンデレ子﹃な、もうっ、ば⋮馬鹿!﹄
︻お祝い返し︼
結婚に限らず﹃お祝い﹄としてもらった物にたいしての返礼。直接
341
会って御礼を言うのが好ましいが、遠方、相手が多忙で難しい場合
は御礼の手紙を早めに書くのが基本。
大体、頂いたお祝いをお金に換算して、その三分の一∼半分程度が
相場。御礼の手紙の書き方と例文と、他のお祝い返しの種族別の一
覧は121Pを参照。
今更、誰かに聞けるわけないじゃない!お、教えなさいよ!︱︱箱
入りツンデレ子とうっかり鬼畜先生、大人の常識マナー講座/第四
章﹃結婚のマナー﹄より/著・マグマグ560
342
Chapter 31. つかの間の休息
月ものになってから数日が経った。
風呂とベットの往復を思えば、穏やかで静かな生活である。
ゆっくりさせてもらったおかげでフラフラせずに立てるようにな
り、私は頂いた荷物の整理と、把握に努めた。
月経用の下着がボクサーパンツで紐でウエストを調節するように
なっている。
宛がう部分が二重構造になっており、その間に血を吸収する薄い
専用パットのようなもおのを︱︱普通の布でも可能らしいがちゃん
と専用布が用意してあった︱︱横から入れる。
時折、それを替えても、これは水には溶けるらしく、トイレに流
すだけである。
そして下着の布が、凄い。
通り抜けたら、逆戻りしないという優れもので、常にさらさらと
普通の下着と変わらない履き心地なのだ。
勿論、専用布があるのでちょっと厚手の感覚だけど。
﹃今更、誰かに聞けるわけないじゃない!お、教えなさいよ!︱
︱箱入りツンデレ子とうっかり鬼畜先生、大人の常識マナー講座﹄
で、ツンデレ子に先生が教えてくれるのだが、衣類全般が高めで、
なおかつ月経用下着はさらに高価なようだ。
343
なんでもこの部分の布がスライム製であるせいだとか。
⋮⋮いや、そもそもスライムって?
脳裏には小学生の頃、理科の実験でスーパーボールを作ろうとか
の実習があった。
それで失敗するデロデロの半固形状態になったのを男の子がスラ
イムと呼んでいたような気がするけど定かではない。
後でジェアンさんに聞くことにしよう。
ただショックだったのは、衣服の大きさがあわないことより、日
常の下着が全て紐パンだったことだった。
布地の面積が⋮⋮これを常に履くのか、とちょっと涙。
上はコルセットだし、靴下はガーターベルトだし。
どこぞの貴婦人!?と思うが、これが普通の女性の下着姿らしい。
予想はしていたが、なんて大変なんだろう。
特にコルセットの紐が前についているやつはいいんだけど、後ろ
についていると体が硬いから自分で結べない。
じぇ、ジェアンさんに頼んでもいいものだろうか??
それからジェアンさんの用意してくれた寝巻きはネグリジェ一枚。
ちょっと大きすぎるけど。最初に貰ったシャツが大きいので寝巻き
にして、着まわすしかない。
344
プティオム
プティアミさんからも寝巻きを幾つか貰ったが︱︱︱忘れてた。
プティオム
彼は小人族。
女性ものの寝巻きは小人族サイズ。
大き目のものを用意してくれたのだろうが、女性の平均身長14
0cm。男性並みに背が高いとして、155cm。︵BY[世界の
不思議な種族図鑑]第四巻︶
私にしたら、小学高学年ぐらいの服である。
すごくデザインが可愛かったので着てみたのだが、完全にベビー
ドール。
胸元は紐で調節できるし、ゆったりとしているので入ったけど、
丈が︱︱︱太もも半分程度から付け根の極ミニである。
しかも薄い。すけすけである。
⋮⋮⋮うん、可愛いデザインだから、夏にこっそり着よう。
ワンピースは、膝下ぐらいでなんとか大丈夫だけど、胸がきつか
った。 調整すれば入るだろうか。
ジェアンさんは裁縫道具を持っていたが、私の手には大きすぎる。
それを見越してか丁度よい裁縫道具に、様々な色の糸に、布切れ、
レース。
どこまで気がつくんだろう。あの人⋮いや、あの小人は。
345
でも寝巻きが小さかったことを考えると、意外とうっかりしてい
るんだろうか?
まさか、わざと⋮じゃないよね? 身体を気遣って、休んでいてといわれても、時間を持て余した。
荷物の把握に、衣類の調節︱︱ボタンをつけるぐらいの裁縫しか
してなかったので、手間取った︱︱が終わると本を読むくらいしか
ない。
一日中、食べて寝ての繰り返し。
家事をしているジェアンさんを横目に読書など、間違っているよ
うな気がする。
邪魔はしたくないけど、少しぐらい役に立ちたい。
そこでプティアミさんの手紙にあったとおり、﹃お願い﹄する。
こんなことでと思ったが、あっさりOKをくれた。
多少、効果が強すぎたようで、ジェアンさんの寝室に連れ込まれ
たが、なんとか事なきを得た。
これは、方法を改善しなければならないと思う。
だけど、ジェアンさんと一緒に台所に立つと、とても嬉しかった。
彼のエプロンは大きすぎるが、プティアミさんの箱に入ってた。
346
凄い白いレースとフリルだったが、我慢しよう。
優しい旦那︱︱無意識にセクハラしてくるが︱︱と、料理だなん
て、なんか本当に新婚だと、照れてしまう。
台所の使い方が分からず、習いながらなので、逆に手間をかけた
かもしれない。
でも、やっぱり妻たるもの夫に手料理を作りたい。
すぐは無理でも、いずれは。
野菜を切ることすらジェアンさんが嫌がったために、野菜を洗っ
たり、味見したり、盛り付けたり︱︱︱やってることは、子供のお
手伝いだが、一歩前進である。
やはり異世界のせいか気になることばかりで、結局私はジェアン
さんを質問攻めにしていたが、彼は丁寧に教えてくれた。
ジェアンさんは元々多弁ではないようで、私が黙ると静寂に包ま
れる。
だが、注がれる青火色の瞳の視線は、優しい。
沈黙も苦ではなかった。
でも低い声が心地良く、ついつい声を聞きたくて話しかけてしま
う。
プティアミさんの手紙での教えもあって、問題はあるものの満ち
347
足りた新婚生活を過ごしていた。
でもやっぱり、無意識なのだろうがセクハラが多いので、彼がい
うように発散方法を検討しなければいけないだろうか。
口とか、手とか、足って!?
ジェアンさんが外に洗濯物を干している間に物置に向かった。
プティアミさんの手紙に書いてある通り存在した﹃男女の正しい
結婚生活の手引きと、有意義な夜の生活を続けるための体位﹄を拝
借した。
私は首を横に振っていた。 無理!絶対無理だけど!日常のセクハラも困る!
これは少し保留しよう。
でも猶予はない。
月のものが終わったら、彼は望んでいるようだし、その時に前の
ように執拗に愛されたら正気を失うような気がする。
そして、一番の問題は︱︱︱⋮⋮
+ + +
348
﹃﹃﹃さくら、愛している﹄﹄﹄
重なった低くて艶めいた声が、頭を真っ白にした。
いつもは、聞くと幸せになるあの声は、淫靡に響いて、私を乱し
た。
+ + +
﹁ぁっ!﹂
自分の跳ねた反動で驚いて起きた。
一気に目が覚めて、荒い呼吸を整えながら周囲を伺う。
自分の、と言うまで随分慣れた、ジェアンさんから貰った自室で
ある。
間違っても、ジェアンさんの部屋ではない。
349
はぁ、と長いため息をついて、口を伝っていたらしい涎を大きい
シャツの袖で拭った。
恐ろしく重大な問題である。
夢見が悪い︱︱︱いや、悪い夢というわけではない。
ジェアンさんの夢ばかりみるのだ。
自分の夫の夢なのだから、いいとは思うが、ここ数日連続で︱︱
︱物凄くエロエロな夢を見続けている。
それはもう、想像を絶するエロさなのだ。
びっくりするぐらい。
普通の夢は、辻褄があわなかったり、曖昧だったり、すごく思い
込んでいたりするものだが、ここ暫くの夢は違う。
常にジェアンさんの寝室。
妙に生々しいし、ずっとジェアンさんに愛される夢なのだ。
しかも、日毎にエスカレートして︱︱︵18歳以下お断り︶︱︱
︱なのである。
起きると殆ど夢の記憶は曖昧になるのに、ジェアンさんに愛され
ていた事だけは鮮明に覚えている。
も、もしかして、欲求不満なのだろうか、私は⋮⋮
350
朝起きて、横にジェアンさんがいないとちょっと寒いような気も
するし、隣で彼が寝ていると、とても安心できるけど。
﹃⋮⋮夜は、俺の夢を見て欲しい﹄
月のものになった初日に、ジェアンさんがいい声で告げたのが思
い出される。
﹃頑張ります﹄なんて答えたが、難しいだろうなぁと考えていた。
だというのに、頑張りもしないで連日連夜である。
︱︱︱私ってやつは。
精神的ダメージに、ちょっぴり涙を浮かべながら、今日も汗とそ
の他を流しに風呂場へと向かった。
351
Chapter 31. つかの間の休息︵後書き︶
拝啓 マダムアジャン様
日光を浴びて育つ、新芽の喜びを申し上げます。
シャン村の小人族のリュゼです。
この度は大きな友であるジェアン=アジャンとの、ご結婚おめで
とうございます。
お二人が末永く健康をお祈りし、生涯の伴侶、永遠のつがい、失
われた半身を見つけましたことを、心よりお祝い申し上げます。
ジェアン宛てに気持ちばかりのお祝いの品を送らせていただきま
した。
特に元のいた場所よりも種族が多く、この世界でのある程度の常
識が必要かと思われましたので、少々本を入れさせていただきまし
た。
是非、お読みいただければ、幸いです。
末長く、お幸せに。
+ + +
352
さて、本題ではございますが、蜜期をご経験されて、巨人族のつ
がいに対する性欲の強さはご理解いただけたかと思います。
基本的にジェアンに悪気はありませんので、広い心で許してくだ
さい。
友として僕も謝罪いたします。
他種族の雄ならば、多かれ少なかれ美しい女性に目移りするやも
しれませんが巨人族は一途です。
その分つがいにのみに発情し、性欲が集中しているようです。
そのため、それを遮る者には容赦しません。
もし、あなた自身が遮ったとなると、我慢はするでしょうが、爆
発したときに大変な目︵主に性的な意味合い︶に合われると予測さ
れます。
特に月経はお気をつけください。
不文律の掟のようですが、巨人族の夫は月経中の妻に触れないよ
うにしております。
そのため、終わった後、反動で執拗に愛されるようです。ですが、
途中で何度か発散させておけば、なんとかなりますので、どうぞ手
でも口でも足でも愛して差し上げてください。
ダウという鳥人族の知人が送りになりました結婚祝いの本を、ジ
ェアンは多分、物置に無造作につっこんでいるでしょう。
そちらを探してご参照ください。
353
タイトルは﹃男女の正しい結婚生活の手引きと、有意義な夜の生
活を続けるための体位﹄。32∼35P、もしく78∼80Pをご
推奨いたします。
僕の分かる範囲で︻安心安全、巨人族のつがいとの楽しい新婚生
活︼の綴り、添付いたしましたのでご参照ください。
+ + +
︻安心安全、巨人族のつがいとの楽しい新婚生活︼
1.長期間、性交を拒む場合は計画的に。ある程度発散しましょ
う。
2.拒むときは全力で︵※そうでなければ脳内で都合のいいよう
に解釈されます︶
3.大方ジェアンに悪気はありません︵※何かあった場合は、ど
うしてそうしたのか彼の話を最後まで聞いてあげましょう。基本的
に彼は嘘をつきません︶
4.お願い事がある場合は、上目遣いで。ボディタッチしながら。
︵※できたら御礼にキスのひとつでもしてやってください︶
5.今まで女性との接触がなく朴念仁ですので、できるだけ広い
354
心で接してください。
6.暫く家からは出れないでしょうが、蜜期が終わり半月もすれ
ば落ち着くはずです。
7.未婚の男性の名前を呼ばないように。基本的に会話もNG。
贈り物も受け取ってはいけません。特に手渡しは相手の生命の危機
から絶対不可。︵今回のようにジェアン宛てに送られたもの、女性
からは受け取り可︶
なお、この三枚の手紙は読み終わった後に、証拠隠滅のため数分
で溶けます。
しっかりとご記憶のほどお願いいたします。
355
Chapter 32. この想い R18
︱︱︱この日がきてしまった。
朝起きて、真っ先に思ったのは、それだった。
身体は軽く、異常はない。
今日の事を考えて、寝付けなかったが上に、夜にはあのジェアン
さんの夢でまたいっぱいいっぱいになっていた。
四人って!?
ジェアンさん四人って!?
ちょっと泣きそうになったというか、泣いていたというか︱︱︱
それは夢なので置いといて、問題は現実にあるのだ。
月経は終わった。
中断されていた蜜期の開始である。
私としては大好きな人と初めてを過ごせるのは嬉しい。
だけど、プティアミさんの手紙のとおりに、発散とやらをしてな
いのだ。
356
ジェアンさんに言い出すタイミングもわからなかったし、自分か
ら、性欲を発散しますか?などと聞けなかった。
その私の意気地のなさで、なかなか大変な日常だった。
まだ月経が終わっていないというのに、ジェアンさんのベットに
三度もつれ込まれた。
事なきを得たが、セクハラも凄かった。
台所で作業中に突然、胸は揉まれるし、テーブルに据わらされた
と思ったらソファーで隣に座っていたら、気がつくと、それとなく
押し倒されたし。
よく考えたら、襲われたときにそれとなく、発散しますかと︱︱
︱いやでも、手とか足とか口って!︱︱聞けなかった。
ともかく、彼が蜜期を望んでいるのがよくわかった。
今晩︱︱大変なことになるのだろう。
しばし、己の想像で布団の中をジタバタしていたが意を決して起
き上がった。
今までだって︱︱︱18歳以下お断り︱︱︱とか、︱︱︱18歳
以下お断り︱︱︱とか、色々と凄いことしてたじゃないか。
女は度胸だ。
357
そして、ネグリジェを着替えて、寝室の扉を開けようとしたが、
なにかに当たったような音がして、少ししか開かなかった開かなか
った。
なんだか出鼻をくじかれたような気分である。
﹁あれ?﹂
しかし、なんでまた扉が?
またジェアンさんが床に何かを放り投げたままで、それが私の力
では動かないようなものだったのだろうか? 家事に長けているイメージのあるジェアンさんだが、実は掃除が
微妙。
必要最低限で、しかも切迫しないとしないらしい。
もちろん、美味しい食事を作れるし、洗濯も衣服を破かなければ
︱︱︱特に脱水なんて半端ない︱︱︱完璧である。
良妻賢母ならぬ、良夫賢父になれるぐらいだ。
でも、片付けるのが面倒のようで、一度出したものを物置に放り
込んだまま忘れてたり、壁に寄せたまま放置していたりするのだ。
意外な弱点?である。
358
ようやく自分の仕事を発見して、こっそり掃除したりする。
残念ながら、置かれた物のあまりの重さに動かなかったりするん
だけど。
いや、それよりも扉が開かないのは困った︱︱︱閉めてから、も
う一度開けたら拍子抜けするくらい、すんなりと開いた。
よかった。
そう思ったのも束の間。
ファイアブルー
眼前に、待ち構えたかのようなジェアンさんが︱︱︱その熱っぽ
い青火色の瞳と視線が交わる。
一瞬、閉めようかと迷ってしまったが、すでに彼の腕の中にいた。
彼の名前を発した時には、ジェアンさんの寝室である。
え、まだ朝というか、早朝なんですがっ!!??
残念ながら、私の予想通りだったらしい。
359
﹁さくら﹂
あれよというまに、服が脱がされて︱︱︱すぐにジェアンさんも
裸になった。
しかも、彼はもう準備が万端というか、睦み合う気満々のようで、
立派なものが自己主張なさっていた。
ベットに横たえ、上からジェアンさんが覆いかぶさってくる。
長く、深い口付け。
このキスだけは、いつも抗えなかった。
たぶん、私はジェアンさんとのキスが好きなんだと思う。
ちょっと触れるだけでも、凄く気持ちがよくて、幸せな気持ちに
なる。
中断されるまで続けられていた蜜期の時を身体は覚えているせい
か、指先と舌が全身を這うたびに、思考が蕩けていく。
﹁じぇ、あん、さっ⋮まだ、あさ⋮っん﹂
﹁月のものは、終わっただろう?それに︱︱︱﹂
﹁ん、ぁっ﹂
360
ジェアンさんの太い指を秘部は、くちゅ、と水音をあげて迎えた。
快楽と羞恥に私の丸い耳まで真っ赤になっただろう。
かき混ぜるように第一間接まで入れられてから、ゆっくりと指先
を抜かれると、カーテン越しの朝日に銀色の粘着質な糸が煌いた。
ジェアンさんは飴でも舐めるみたいに、その指に舌を這わせる。
﹁俺はもう我慢なんて⋮できない﹂
﹁じぇ、あん、さっ︱︱﹂
ファイアブルー
潤んだ青火色が細められた。
大きな手は太ももに添えられて、私の中心にジェアンさんが顔を
埋めた。
その光景にくらくらしながら、分厚い舌が蠢く感触に、耳を塞ぎ
たくなるような自分の甲高い声が寝室に響いた。
+ + +
361
﹁︱︱︱いい、か?﹂
幾度も高みに追いやられて、ぐったりとしていた私に、ジェアン
さんが恐る恐ると言った様子で声を掛けていた。
朦朧としている頭では、意味を理解できず、彼を茫洋と眺めてい
た。
ジェアンさんの太い指が中で広げられた。
ようやく意味を察して、言葉を発するよりも先に指をきゅうきゅ
うと締め上げた身体が恥かしかった。
頷くと、彼はあの巨大なものを押し当てた。
﹁っ︱︱︱︱、っくぅ﹂
予想通り、引き裂かれるような強烈な痛みが走る。
ぎゅ、とシーツを握り締めて耐える。
前に試したときのように、たまらずに悲鳴を上げて、中断させて
362
しまった。
だから、私は声を懸命に殺した。
指とは違い、熱くて、硬くて、圧倒的な塊。
もしも蜜期の最初の日に入れようとしていたなら︱︱︱ジェアン
さんが慣らし続けてくれなかったら、揶揄なしで裂けていただろう。
ず、ずず、と揺さぶられながら時間をかけて、ゆっくり。
太くなった先端を飲み込んだと思ったら、ジェアンさんの微かな
呻きと共に、中に熱いものを注ぎ込まれた。
﹁︱︱︱すまない﹂
何度か先端をソコに押し当てて、中に出された経験もあったはず
だ。
一体なんの謝罪なのか。
うっすら瞳を開けると、ジェアンさんは少し困った様子で眉根を
寄せている。
363
﹁っ、お前が痛がっているのに、俺ばかり、気持ちよくなって⋮⋮
止まらない﹂
ファイアブルー
青火色の瞳から涙が零れそうだった。
だが腰は捕らえられたまま、ほとんど萎えることのないジェアン
さんが吐き出したものを潤滑に、更に奥へと入ってくる。
﹁すまない、さくら﹂
伝えたいことが沢山あるのに、乾いた喉から意味の成す音がでて
こない。
遠慮なんてしなくていいのだ。 謝る必要はないと。
痛くても、私もジェアンさんと一つになれて嬉しいのだと。
ずっと我慢させてごめんなさいと。
364
私を愛してくれてありがとう、と。
なんだか、とても長い間待ちわびていたような気がする。
出会ってからの日々が頭を過ぎる。
ファイアブルー
思えば、何度も泣いて、彼を困らせてばかりで。
優しい青火色の瞳に見守られて、私はゆっくりと地に足をつけて、
この世界と向き合えた。
貴方に出会えて、本当によかった。
痛みに声を発することもできなくて、冷や汗だけが流れていく。
口付けには、顔が遠すぎて。
もどかしくて、私は握り締めていたシーツを手放して、笑みを作
る。
365
︱︱︱貴方を、愛しているのだと。
その尖った両耳に想いを込めて触れた。
どうか、この愛おしいという気持ちの少しでも、貴方に伝わりま
すようにと祈りながら。
ずん、と強い衝撃が走り、一気に最奥まで貫かれた。
366
Chapter 32. この想い R18︵後書き︶
こころ
世界は私の愛を許さない。
この胸の内を打ち明ければ、世界は貴方を許さない。その生も、存
在すらも許さない。
言葉を交わすことも、永劫に叶わない。
たった一言、伝えることすら。
ファイアブルー
許されるのは青火色の双眸を眺めるだけ。
それでも、私は貴方の耳に触れたかった。
︱︱︱︱最後の純人族の失われた日記より
367
Chapter 01. 巨人族は純人族の夢を見るか?
プティアミ
これは事件︱︱大事件である。
プティ・オム
小人族の小さき友であったなら、きっと﹃生涯最大の珍事件にし
て、誇り高きイス神の齎した試練と奇跡の具現化﹄などと、よく分
からないことを言っただろう。
いや、奴のことはどうでもいい。
グラン・オム
俺は巨人族の聖職者である。
グラン・オム
他の同胞達は激減する女性に危機感を覚えて、地方の巨人族と共
に住むことを決断し、旅立ってから十数年が経過した。
ワゾー・オム
無事に到着したらしく、年に一度、鳥人族郵便で、弟から達者だ
と知らせが入ってくる。
アンティキテ・リュイヌ
俺の一族は代々聖職者で湖に沈む︱︱と、言い伝えでは残ってい
るが誰も見たことがない︱︱古代遺跡を守る役目を担っており、共
に行くことをやめた。
ファン・オム
もはや廃れたかけた純人族信仰の遺跡を守ってるなんて、馬鹿ら
しいかもしれない。
俺自身も聖職者だが、強い信仰心があるわけではない。
368
しかし、俺の親父の、親父の、親父の︱︱そう、何百年も、何千
年も前から、この伝説の場所を守り続けているので、やめる、と言
えなかった。
弟は村長の娘と結婚して、入り婿となったので、残れるはずもな
い。
だが伴侶のいない自分が、最後の守護者となるだろう。
ファン・オム
それに弟も聖職者でありながら、まったく純人族の存在を信じて
いない。
いや、昔はいたかもしれないが、今はいないと思っているぐらい
だろう。
プティアミ
俺だって︱︱そう、俺だって、今日までは。
+ + +
プティ・オム
明日は小人族の小さき友の所に遊びに行く日だった。
アンティキテ・リュイヌ
モデスト・プーサン
やつらが魚を食べたいと先月言っていたので、それを手土産にし
ようと、古代遺跡の沈むといわれる慎ましき雛湖で糸を垂らしてい
た。
不謹慎ながら、この湖は魚が豊富だ。
369
アムール・リーヴル
ファ
すでに、バケツの中には三匹の魚が泳いでおり、持ってきた本は
エルフ
無駄になったようだ。
ン・オム
数年前に長命種族の領地で販売された恋愛書で、なんと題材が純
人族の若い娘が主人公になっているのだ。
作者がまったく表に出ていないのに、爆発的にヒットしている。
ファン・オム
勿論、純人族信仰をしている聖職者からは、大きく非難を浴びて
いるらしいが、俺は中々面白いと思う。
絶滅した種族の生態が娘だけとはいえ、克明に描写されている。
エルフ
アンティキテ・リュイヌ
一時期、販売禁止も噂されたが、今でも続編が続いているのだか
ら、大丈夫だったのだろう。
ファン・オム
これのせいで、ずいぶん昔から長命種族の領地の古代遺跡で発見
ファン・オム
された純人族がいるのではないか、などと噂されている。
エルフ
なにせ、内容が長命種族の王の弟と恋に落ちた純人族とそれを阻
む王の息子といういう三角関係で、実際二人のモデルとなったであ
ろう王族がいるせいだろう。
プティアミ
全部、小さき友の噂話で、確かではないが。
ぼんやりと、六匹目を吊り上げていると、湖面に大きな気泡が弾
けて、俺は身構えた。
瞬時に、竿から剣に持ち替えた。
370
大昔に冒険者をやっていた時からの癖で、ほとんど無意識だった。
この世界に、魔物は多く存在するし、水に住む魔物も珍しくない。
じっと、目を凝らすと、水面から一瞬、指のようなものが飛び出
して、驚いた。
プティ・オム
もしかして、近隣の小人族が俺に悪戯しようと、湖に飛び込んで
溺れたのかとも思ったが、そんなはずはなかった。
俺は朝から、ここで釣りをしていた。
これだけ見晴らしのいい湖で誰かが入ったのなら、さすがに分か
るだろう。
グラン・オム
・・・・
しかし、次に出てきた掌に慌てて、衣服らしいものを掴んで、強
プティ・オム
引に湖から引きずり出した。
小人族ではなかった。
ついでにいうと、同胞である巨人族でもなかった。
・
姿形は近いが、見たこともない衣服に身を包んでおり、身長の高
さが微妙だった。
プティ・オム
詳しくはないが小人族の平均身長がだいたい女性の140cmか
ら高くても150cmぐらい、男性が150cmから160cmを
超える者はほとんどいないはずだ。
371
グラン・オム
かといって、巨人族の、平均身長は女性250cm前後で、男性
は300cm前後。
グラン・オム
俺は実に小柄で、最後に計ったときは232cmほどしかなかっ
た。
ほとんどの巨人族の女性から見下ろされるぐらいだ。
下手すると、力で負ける可能性もあるほどだ。
自分の身長から推測すると、多分170cmと少しといったとこ
ろだろう。
どちらともつかない大きさである。
水を吐き出し、咽ながら、それが此方に視線を寄越した。
︱︱︱目が合い、息が止まりそうだった。
象牙色の肌。
肩を超えた程度の濡れた黒髪。
オーグル
黒曜石のような神秘的な瞳。
大昔に東国で出身の鬼族の男性を見たことがあるが、あっさりと
した面立ちは、毛色は違えど近いものがある。
ファン・オム
その種族は純人族に近く、耳が丸みを帯びているが、頭に角が生
えているという。
水で張り付いた黒味の強い衣服から、はっきりとする丸みを帯び
372
た体は女性なのだろう。
眉根を寄せて、苦しげに、息を求めて喘ぎ、口から水とも涎とも
付かないものが端から零れていく。
潤んだ瞳︱︱溺れていたのだから、当然だが︱︱は吸い込まれそ
うだった。
ゾクゾクと背筋を駆け上がる、不穏な感情。
思わず声をかけそうになって、慌てて口を閉じた。
グラン・オム
グラン・オム
巨人族の女は情熱的で、嫉妬深い。
故に巨人族の男は、妻以外の女とは会話をしていけないのだ。
未婚でも、せいぜい許されるのは身内ぐらいなものだろう。
俺に姉妹はいないし、母も他界しているが。
いままで冒険者として、世界を見ていた俺だが、その戒律を破っ
たことはない。
仲間たちも男ばっかりだったし、ほかの種族も大体、知っている
ので、女たちは声をかけてきたりしない。
かけてきても、返事を期待したりはしない。
俺はゆっくりと怯えさせないように、地面に下ろす。
ともかく、濡れたままでは、風邪を引いてしまうかもしれない。
俺は畳んであったマントを手にして、女にかけてやった。
373
膝から下が生足で、身長の差からか、胸の谷間が︱︱︱ともかく、
目のやり場に困る。
オーグル
なぜこんなところに東国の鬼族がいるのか分からないが、角が髪
の毛に隠れて見えないようなので、確認のため、ぽんと、頭を撫で
︱︱もう一度、ぽんと頭を撫でる。
⋮。
⋮⋮⋮。
⋮⋮⋮⋮⋮。
時間にして数秒。
俺は意識を失っていたのではないだろうか?
︱︱︱角が、ない。
だけど、耳が丸いという、その事実。
ファン・オム
まさか、いやまさか︱︱︱本物の純人族?いや、馬鹿な。そんな
はずがない。
374
かの種族は、絶滅しているはずだ。
現状を理解していないのか女性が立て続けに質問してくるが、俺
は逆にそのことを問いたくて⋮⋮しかし、声が発することもできず
に、手振り身振りで問うも徒労に終わった。
﹁︱︱もしかして、話せないんですか?﹂
質問のひとつも答えなかった俺に、彼女が問いかけてきて、頷く。
声は出せるが、女性とは話せない。
﹁ご、ごめんなさい、気が付かなくて⋮⋮﹂
と、再び目尻に涙が溜まっていくのが見えて﹃気にするな﹄と何
とか伝えることができた。
頼むから、そんな目で見ないでくれ。
奥底から湧き上がるものを懸命に押さえ込みながら、もしかする
と自分が欲求不満なのかと、本気で思ったが、その懸念を振り払う。
いつまでも、ここで立ち往生しているわけにもいかない。
俺は手振り身振りで、風邪を引くといけないから、俺の家で、服
を着替えるといいと、時間がかかったが伝えることができた。
375
遠慮がちに彼女が頷き、森には魔物も時々でるので、剣だけ持っ
て、早足に帰る。
もう、すでに大分時間がたっており、彼女は自分で気が付いてい
ないのか、寒さのせいなのか小刻みに震えているのだ。
小さな悲鳴が上がり、背後を振り返ると、歩きなれていないのか、
彼女はヨロヨロしている。
少し躊躇ったが、風邪を引いても、自分の魔法が効果があるかわ
からない。
そう判断して、瞬時に彼女を抱えると、足早に自宅へ戻った。
376
Chapter 01. 巨人族は純人族の夢を見るか?︵後書
き︶
エルフ
ちなみに、彼が呼んでいた長命種族の領地で販売された本はこんな
感じ←
ファン・オム
[ルマルカーブルの奇跡]第三巻 著 レディ・ティエル
ファン・
光と共にルマルカーブルの古代遺跡から現れた伝説の純人族の娘は、
神秘的な黒髪と黒目と、丸い耳の妙齢の女性だった。
王の弟に保護され、二人はいつしか恋に落ちた。
オム
だが、異種族であるが故に隔たれた壁、元の世界に家族を残す純人
族の娘。
諦めようとする二人の間に、娘を見て一目で恋に落ちてしまった第
三王子︱︱︱揺れ動く、王弟と娘。王家を巻き込んで、今、二人の
愛が試される!激動の第三巻!
377
Chapter 02. 破られた戒律
すぐに、家が見えてきた。
グラン・オム
巨人族の同胞たちにが最後にといって、皆で建ててくれた家だ。
本当は隣に神殿でも作るかという話だったのだが、紆余曲折を経
プティ・オム
て、隣に建ったのは倉庫のようになってしまった。
プティアミ
簡素だが、湖にも近く、小さき友がいる小人族の里も、さほど時
間がかからないので、いいところだと思う。
一人暮らしではあるが、さして問題はない。
元々、ほかの種族との、付き合いが得意ではない。
グラン・オム
俺に限った事ではなく、巨人族の男は、集落では過ごし易いもの
の、たとえば違う閉塞的な村や小さな町では、戒律のせいで、女性
の扱いが難しい。
うっかり返事をしようものなら、同胞の女性の痛い視線を受ける
だろう。
要領のいい弟なら、独り言と称して、戒律を零すだろうが、咄嗟
に俺はどう答えていいか分からず沈黙するだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。
彼女を抱えたまま、居間を突き抜けて、寝室の椅子に彼女を下ろ
378
すと︱︱彼女には大きすぎるようだが︱︱衣服とタオルを提供する
と、部屋の外に出て扉を閉める。
すぐに暖炉に火を入れようとして移動しながら、はっとした。
そのまま、地面に両手をつけるような形で、項垂れる。
触った。
触ってしまった。
グラン・オム
未婚の俺が、初めて会った女に触れて、あまつさえ抱き上げてし
まうなど巨人族の男としては、あるまじき行為である。
よく考えてみれば、身内以外の女性と二人っきりなんて許される
グラン・オム
ことではない。 俺は今日、巨人族の戒律をいくつ破ったのだろう。
幸い同胞の女性たちはいない。
それとは別に、初めてばかりの経験で、頭に血が上っていくのが
わかる。
ファン・オム
すでに、目の前に純人族を生で見て、舞い上がっていたのかもし
れない。
自粛せねば、自分がどんなことをするのか、わからない。
気を引き締めねば。
379
ファン・オム
ファン・オム
だが、なにも分からない純人族を水濡れのまま放り出すわけには
いかない。
まがなりにも、俺は聖職者である。
アンティキテ・リュイヌ
立場的には神にもっとも近いと歌われた純人族と一般人である。
ファン・オム
ましてや、自分たちの同胞が何百年も守り続けていた古代遺跡か
ら純人族が現れたともなれば、自分の立場は従者に近い。
俺はのろのろ、と己を叱咤すると、起き上がり、急いで暖炉に火
を入れた。
春になったとはいえ、まだ夏ではない。
水を茶器にくみ上げて、洗った火の魔石を入れて、少しだけ魔力
を込めると、それに反応して、火の魔石が熱を持ち、暖かくなって
いく。
この火の魔石というやつは、寒い時期は重宝する。
コップを用意して、趣味で育てている庭の薬草でお茶を入れた。
丁度よく髪が少し濡れた彼女が扉から不安げな顔を出したので、
ソファーを進めた。
やはり予想通り服は大きすぎたようで、袖と裾を幾重にも折って
出てきた。
ベルトを渡しておいてよかった。
380
﹁あ、あの、乾いた服を貸してくださって、ありがとうございます﹂
と躊躇いがちにだが、お礼を言ってきて、驚いた。
ファン・オム
なんて、優しい純人族の娘だろう。
グラン・オム
この世界は本当に緩やかにではあるが、女性の数が少なくなって
いっている。
種族さもあるようだが、それが原因で、この森で育った巨人族は、
比較的女性の多い同胞たちの下へと移動することとなった。
村落の人口が100強で、女性は四人に1人ぐらいの割合だ。
そのため、女性は大切に扱われる︱︱そう、とても甘やかされて
育つのだ。
悪いことではない。
このままいけば、もっと少なくなるのだから、大切にされて、し
かるべきである。
グラン・オム
巨人族は、元々力に特化した体の大きな種族で、猪突猛進なとこ
ろがある。
それに、この戒律があるためか、女性陣は強い立場にあり、優し
くされて当たり前であり、お礼を言うなんて滅多ことではない。
全員が全員とは言わないが、父も母に尻にしかれていた記憶があ
る。
381
感動を覚えながらも、気にしないでくれ、と首を横に振る。
彼女の手には、先ほどまで来ていた濡れた衣服を胸に抱えていた
ので、台所から桶を持って、服と桶を交互に指差すと彼女は理解し
たようだ。
そのままだと、乾いた服とて濡れ︱︱fん×え@$fd*○#!
!!
⋮⋮叫ばなかった自分を、褒めてやりたい。
衣服を桶に入れると、無防備になった襟元から覗く、象牙色の柔
らかそうな谷間。
先ほどは体にぴったりしていた服だったが、俺の服が大きい上に、
身長差があるので、上から覗くような形になってしまっているのだ。
﹁⋮あの﹂
掛けられた声に、母親に怒られた子供のように、びくっと体が反
応してしまった。
慌てて目を逸らし、寝室へと向かう。
仕舞い込んでいた冬用のベストを持って戻り、視線を向けぬよう
に手渡した。
382
彼女は小首を傾げたが、素直にそれを着た。
俺のベストでは丈が長すぎるようだが、前のボタンを止めると、
こちらからは見えなくなった。
頼むから脱いでくれるな。
ようやくひと段落して、ソファーでテーブルを挟んで向かい合い
になり、彼女にお茶を差し出した。
﹁あ、ありがとうございます。いただきます﹂
やっぱり、お礼をいって、温かい茶を飲むと、ほっとした様に顔
を緩ませた。
それには俺もほっとしていたが、すぐに、泣き出しそうな顔にな
ったが︱︱彼女は泣かなかった。
気丈な娘のようだ。
意を決したように、彼女は顔を上げる。
﹁あの⋮ここは、ニホン、ですよね?﹂
ニホン?
ファン・オム
それが、純人族の国の名前なのだろうか。
383
若いころに冒険者と旅をしており、様々な国や町に立ち寄ったり、
耳にしているが、初めて聞く音だった。
首を横に振ると、まくし立てるように、幾つもの国の名前を羅列
したが、やはり俺の耳には聞いたことのある音はなかった。
悲しませたくないのに、首を横に振るたび、彼女は泣きそうだっ
た。
俺は困りながら、少し待つように促して、冒険者時代の荷物が、
そのままつっこんである物置部屋に久々に踏み入ると、地図を手に
した。
一番最初に冒険に出たときに購入したものだ。
我ながら、物持ちがいいものだ。
ブフ
モデスト・プーサン
飛牛の皮に刻まれた近辺の古い地図をテーブルに広げた。
彼女が最初に現れた聖域である慎ましき雛湖を指差す。
﹁私が、溺れていた、所ですか?﹂
彼女は理解したようで、俺は頷く。
次にそこから数キロ先の指を差したが、何もない。
そうか、昔の地図だから自分の家が書き込まれているはずもない。
俺はもう一度立ち上がって、もう一度物置部屋に向かい、荷物に
384
埋もれたテーブルの引き出しから、インクと羽ペンを持ち出し、家
の形を地図に書き込んだ。
﹁こ、こが、現在地ですか?﹂
俺が頷く。
彼女はしょんぼりした様子で、その地図をじっと見詰めていた。
385
Chapter 02. 破られた戒律︵後書き︶
ファン・オム
[世界の不思議な種族図鑑]第二巻 著 アルジャン=オット
グラン・オム
★★★ 巨人族
女性の平均身長250cm、男性平均身長300cmの純人族に酷
似した姿をしているが、耳が尖っているのが特徴。
種族的にとても力が強い。女性も自分の体重以上の物を持ち上げる。
女性は情熱的であることが美徳とされ、男性は身長が高いことが美
徳とされている。
グラン・オム
この種族は女性が嫉妬深く、身内以外の女性と口を聞いたり、ひと
つの部屋に一緒にいることも許されないため、巨人族の男性には不
文律の戒律となっている。
ちなみに男性は温厚で物静かだが、女性と真正面から接することが
少ないので純情であるらしい。
世界でも数本の指に入る女性至上主義。
386
Chapter 03. 自覚
言葉をかけることもできず彼女は項垂れたままだった。
どれくらい時間が流れたが、顔を上げたと思ったら、すく、と立
ち上がって、駆け出した。
唐突な行動に一瞬、戸惑う。
そのまま、玄関を開けて飛び出すと、森へと走っていってしまっ
た。
これには、驚くしかない。
暫し呆けてしまったが、剣を片手に、慌てて俺も彼女に続き、玄
関を飛び出した。
昼間とはいえ、武器も持たずに森を歩くなんて︱︱︱武人ならば
素手でも平気かもしれないが、筋肉のほとんどないであろう柔らか
な彼女は凄腕である確立は低い。いや、皆無に違いない。
すでに周囲を一瞥するも、彼女の姿はない。
目を瞑り聴覚に集中すると、かなり遠くで軽い足音が届いた。
387
方向としては、先ほど彼女が溺れていた泉だ。
戻ろうとしているのだろうか?
何故かわからないが、強烈な不安に駆られる。
自分しか湖に行かないので、家から続く草が踏みなされた程度の
獣道を、迅速に駆け抜けていたが、途中で錆びた鉄のような香りが
僅かに鼻腔を刺激して足を止めた。
剥き出しの土の上に歪に広がっている朱色は、まだ固まっていな
かった。
彼女に乾いた服は渡していたが、靴は渡さなかった。
元々はいていた靴は水でぐちゃぐちゃだったが、俺の予備の靴で
はあまりにも大きすぎると思ったのだ。
行き成り家を出て行くとは思わなかったのだ。本当に。 素足のまま森を駆けて、切ったのだろう。
俺は自身の失態に青ざめた。
この周辺の森の魔物ならば、俺が気配を絶たない限り近寄ってこ
ようとはしない。
奴らに知性はないが、生存本能が忌避するのだ。
388
せいぜいでてくるのは、俺の力のほうが格段に勝っているのを、
感じることができない小物だろうが、彼女が命を守れるとも思えな
い。
それに血の匂いに惹かれて、森の奥から凶悪な魔物が出てきてし
まうかもしれない。
もし、そうなったら、そう、なってしまったなら、俺は︱︱⋮⋮
+ + +
サングリエ
縞猪の群れ。
血をかぎつけてきた魔物に彼女は囲まれていた。
正面に九頭。背後に五頭。
獲物の目の前に現れ、それに意識が反れた間に、背後から襲うの
だ。
雑食の奴らは獲物の肉と、魔力を吸収したくて堪らないというよ
うに、口から強烈な胃液を足らしている。
389
これには、多くの冒険者たちが命を落としてきた。
ものの数十秒で、彼女の姿を目視することができたが、その光景
に背筋が凍る。
冒険者として幾多の修羅場や死闘を繰り返してきたが、俺は自分
の死を目の前にしても、これほどかつてない恐怖を感じたことがな
かった。
反射的に触れた剣の柄に触れた指先が震えているのが自分でもわ
かるほど。
まるで初めて剣を手にとり、生命を奪ったときのように、足が竦
み、滲む手汗で柄が滑り、額から噴出した汗が、顎を伝い地面に一
滴落ちた。
︱︱︱頭が︱︱︱真っ白で︱︱︱俺は︱︱︱動けなかった。
サングリエ
彼女の正面の縞猪が跳躍する。
同時に背後から、もう一頭突進してくる。
サングリエ
単体でも能力の高いが、この連携こそが、縞猪の最大の強みであ
った。
サングリエ
同時に俺も足に力が入り、跳躍すると同時に、剣を抜いていた。
愛剣が空中の縞猪を真っ二つに切り伏せ、それが地面に落ちるよ
りも先に、彼女の体を己の腕に抱え、背後から迫る一頭を切り捨て
390
る。
魔力の揺れで、視界に入らずとも、場所はわかった。
距離があったために首と胴体こそ離れなかったが、即死の手応え
である。ふっと蝋燭の炎が消えるように生命の魔力が霧散する。
彼女が俺の首に腕を回す。
その細い腕は︱︱︱体が、震えていた。
答えるように、その華奢な体を強く抱き寄せる。
この日こそ、冒険者として培われた反射神経を感謝した日はなか
った。
ほっと暖かい感触に胸を撫で下ろすも、次に湧き上がったのは純
然たる怒りだった。
サングリエ
こんな風に彼女を怯えさせる目前の縞猪が、なにより一瞬動くこ
とのできなかった自分の不甲斐なさが︱︱なにより腹立たしかった。
サングリエ
獲物を横取りされたと思ったのか、それとも獲物が増えたと思っ
たのか縞猪は、即座に襲い掛かってきた。
一頭、二頭を屠り、振り返りもせず、背後の一頭を屠る。
これでは八つ当たりではないか。
391
自覚があるも、止まらない。
殺気を放てば、すぐに群れは立ち去るだろうが、あえて気配を抑
えた。
タトゥワーズ
一気に前から三頭、後ろから一頭が襲い掛かってくる、腕に刻ま
れた防護の詠唱刺青に魔力を込めると、一定量に達した時点で拳の
ディユーアルミュール
先に魔法円陣が描かれ、一気に展開された。
俺と彼女の体が﹃神々の鎧﹄が発動され、防壁となって攻撃を防
ぐ。
サングリエ
縞猪が弾かれた瞬間、防壁を解除し、一気に四頭を屠った。
サングリエ
ようやく敵わないと本能的に悟った縞猪が散り散りに逃走してい
く。
サングリエ
それらを追って、一頭残らず︱︱いいや、この森の全ての縞猪を
葬り去りたい衝動に駆られたが、腕の温もりを思い出して、奥歯を
噛締めて踏みとどまった。
そして、己の御しがたい衝動に、激しい動揺を覚える。
ディアーブル
己の奥底に、こんな魔人のような残虐性が眠っていることに。
それを己の内側から、あっさりと呼び起こす彼女の存在に。
392
なにより、腕の中の彼女を失うのが、怖いことに。
あぁ︱︱⋮⋮そうか。
滴る黒い血を薙ぎ払って、鞘に剣を収める。
それから、体を強張らせてしがみ付く彼女を、一層抱き寄せた。
感情に振り回されながら、その柔らかい頬を撫でる。
ただそれだけで、心が揺らぐ。
グラン・オム
そうか、俺は︱︱⋮
巨人族の男にあるまじき行為であることを自覚しながらも、この
心地のいい衝動に振り回されるがまま、彼女の頬に幾度も触れた。
緩慢に顔を上げた彼女の、吸い込まれそうな神秘的な黒い瞳に俺
が映る。
グラン・オム
ゆっくりと、だけど確実に満ちていく。
俺の巨人族として欠けていた心が。
393
﹁あ、りがとう、ございます﹂
たどたどしい感謝の言葉。
グラン・オム
短い時間だが、彼女の行動や言動でなんとなく察していた。
きっと彼女は知らないのだ︱︱︱巨人族の男に声をかけることが
求婚の意味だと。
声をかけられれば、俺が心が震えるほど喜び、感じたことがない
ほど高ぶるなど。
返事を堪えて、誤魔化すように首を横にする。
欠けた心を満たす存在である彼女を守るのは、俺にとって至極当
然のことなのだ︱︱︱そう、俺の全ての奉仕は、彼女のためだけに
存在するのだ。
伝わらないだろうが、その背中をぽんぽん、と軽く叩く。
サングリエ
それから、彼女の足裏の治療をするために、縞猪の流した黒い血
を避け、彼女が背を預けられるほどの木の根に腰を下ろさせる。
足首を掴み、身を屈めて覗き込む。
彼女は驚いたようだがなすがままで、自分の怪我にようやく気が
ついた様子だった。
親指の下の辺りで、幸い深くはないが、出血量が多い。
394
治療したほうがよいだろう。
だが、その前に足の泥を落とさなくてはと、俺は彼女の足の親指
からから咥えた。
痛むのか、彼女の体がびくん、びくんと何度も足が跳ねる。
タトゥワーズ
血を吸い上げ、泥を舐めて落とすと、一度、二度、地面に吐き出
した。
チャージ
いつでも展開できるように自然治癒力の活性である詠唱刺青に魔
タトゥワーズ
力を溜め込む。
手首に近い詠唱刺青が服越しに燐光を放つ。
三度目に静止の言葉と共に、逃げようとする足を追いかけて更に
口にすると、舌で傷口を舐めると、ぴくん、と彼女の足が口の中で
跳ねた。
やはり痛むのだろうか。
申し訳なくなり、顔を上げると、足を高く上げられて、白くほっ
そりとした脹脛が曝されている。
口元を手の甲で押さえて、顔を朱色に染めた彼女の横顔。
指の隙間からは抑えられぬ荒い呼気が零れ、その逸らされた目は
潤んでいる。
ぞくっ、と感じたことのない衝動が俺の背中を駆け上がった。 395
Chapter 03. 自覚︵後書き︶
[民族学者アルジャン=オットの研究手帳] ︱︱巨人族抜粋 グラン・オム
﹃触らぬ巨人族の女に災いなし﹄︱︱世界の諺
グラン・オム
ファン・オム
巨人族は閉鎖的な民族であるが故に大陸史の表舞台に出てくること
は滅多にない。最後の純人族の多くいた従者の一人﹃語るラコンテ﹄
ぐらいだろうか。
グラン・オム
地味ともいわれている民族だが、上記の言葉は有名であろう。
最初の諺は、何千年も前から伝わっており、女性至上主義の巨人族
の女を酒場で見かけても、その尻を撫でてはいけないという警告で
グラン・オム
ある。
グラン・オム
巨人族の女だけならば、一発殴られて、前歯を一本か肋骨を折られ
る程度で済むが、もし巨人族の男が周囲にいたなら、たとえ同郷の
グラン・オム
グラン・オム
女ではなくとも、触れた男を八つ裂きにするだろう。
巨人族の男は温厚で物静かというが、それは巨人族の女がかかわっ
グラン・オム
ていなければ、である。
私の友人である巨人族の男は、魔法の展開の失敗で顔の半分の火傷
を負わせ、右目を失明させかけてしまった。私が心から謝ると、あ
っさりと謝罪を受け入れてくれた。失明はしなかったが、大怪我だ
ったし、火傷の跡も残ってしまったのに笑っていた。ワザとじゃな
いのだから、叱責などないと。なんという大らかさだろう。
だが友人は他愛のない茶の席で、社交辞令として﹁お前の妻は美し
いな﹂と言ったところ、私は半殺しにされた。
396
Chapter 04. 涙 この感情は一体、自分のどこに眠っていたんだろうか?
頬を赤らめて、耐える彼女の姿に体が熱くなる。
内側から溢れてくる感情の奔流に振り回されるがまま、己の意の
ままに俺は彼女の傷に舌を這わせる。 この傷を癒したい。
そう思ったのは嘘じゃない。
しかし震えながら甘受する彼女の姿に、自分を制御できないくら
い興奮しているのも事実だった。
﹁っ﹂
彼女の荒い吐息が耳朶に心地いい。 もっと聞きたい。
もっと、その甘い声を。
ちゅ、と啄ばむように何度も口付けて、もう血の止まった足裏の
傷を執拗に舌で嬲る。
397
いっそ、このまま︱︱︱⋮⋮
動物的な本能に意識が飲まれようとした最中、ぱちゃん、と水が
弾けるような音で目が覚めるように、鮮明に理性を取り戻し、体が
強張った。
魚が跳ねたのだろうか、そんな音だった。
今までの興奮が嘘のように、全身から血の気が引く。
最初は単純に傷口から土を拭い去りたいだけだったというのに、
この失態。
我に返り、むしゃぶりついていた足を、口から開放する。
己の口と彼女の足の裏が唾液で繋がっている淫靡な光景に、頭が
くらくらする。
ぶつん、と唾液の橋が切れて、ようやく彼女の足の現状を目にし
た。
血の止まった足の裏は、己の唾液でベトベトだった。
踵の部分から、唾液が滴るのを見たとき、自害したくなったほど
だ。
398
いや、彼女から罵倒され、拒絶され、厭われるくらいなら、そう
したほうがましかもしれない。
想像だけというのに、心が軋む。
俺は、一体どうしてしまったのだろう。
彼女に会うまでの俺は、どうやって理性的に振舞っていたのだろ
う。
わからなくなる。自分が、わからなくなる。
﹁っ、お願い、です︱︱︱お願いですから、足の泥を落とすのは後
ろの湖にしてください﹂
彼女の声に、はっと意識を取り戻し、茫洋とする頭で意味を噛み
砕く。
足の泥を落とすのは後ろの湖︱︱︱⋮後ろの湖︱︱⋮何度も頭の
中で彼女の声を反芻させて、ばっと背後を振り返る。
湖だ。水だ。足を洗うことのできる水がある。それも盛大にある。
再び、血が頭に上っていくのが分かる。
どうやら、会って数時間足らずというのに、俺はよほど彼女に飢
399
えているらしい。
プティアミ
もしこれが、小さき友や弟だったら、間違いなく、湖で足を洗っ
てから自然治癒魔法を施しただろう。いや、深くないなら、手当て
して終わったかもしれない。
だというのに、彼女の傷を舐めるだなんて。
そーっと、彼女を振り返ると、赤い顔をして、荒い息を整えなが
ら、困ったような顔をしている。
それに、この体制。 熱くなった顔を、腕で隠すが、耳まで真っ赤になっているだろう。
彼女は気がついていないのかもしれないが、足を大きく開いて︱
︱勿論、ズボンははいているのだが︱︱俺を足の間に受け入れてし
まっている。
傷を負ってない足すら、俺は抵抗できないように抑え込んでいた。
俺は何をしているんだ。
泣きたい。
ファン・オム
言葉は発せない︱︱︱その代わり、純人族の﹃ジャッポン民族﹄
の伝統的な謝罪の体制になると、誠意が通じたようで、彼女は慌て
ていた。
400
この体制は精神的に苦痛だが、それで彼女が許してくれるなら、
俺は何だってするだろう。
彼女に嫌われたら、俺はどうすればいいのだ。
口を漱いでと、むしろ俺を労わるような言葉に感激するも、彼女
の優しさが今は痛い。
俺は、すぐに足を治療した。 どうやら彼女は魔法を知らないようで、驚いた様子だった。
魔法を知らない者がこの世界にいることに驚きはしたが、彼女の
感謝に胸が暖かくなる。
そして、彼女が腕から降りようとするので、慌ててそれを制し、
いっそう抱き寄せた。
また足を怪我したらどうするんだ。
彼女は素足だというのに。
少し鈍っている頭で考え、彼女の足を掴み、地面をたたき、首を
横に振ってみる。
彼女は理解したようで、俺は言葉に頷くが、それでも降ろせと言
ってきた。
俺は首を横に振って拒否する。
しばしの無言の攻防が続いた︱︱︱彼女が口を閉じたなら、互い
401
に無言になるのだが。
しかし、俺は﹃大丈夫﹄という言葉に仕方なく地面に彼女を降ろ
した。
無性に左腕から消えた温もりが悲しい。
それを誤魔化すように、ほったらかしにしていたつり道具と、バ
ケツ、鞄を手にした。
いつもの馴染んだ道具なのに、触れる冷たさに、がっかりとする。
俺はどうも、彼女に触れたくて仕方がないらしい。
彼女を誘導するように、先頭を歩く。
歩きやすいように道の障害物を足で払い、彼女が引っかかりそう
な枝を手折る。
本当は俺の靴を貸そうとも思ったのだが、あんな小さい足ではす
ぐに、すっぽ抜けてしまい、それのほうが危ないだろう。
そうして、半分ほど進んだあたりで、彼女の足音が止まる。
振り返ると、頬を赤らめて、瞳を潤ませた彼女が俺を上目遣いで
見つめている︱︱︱身長差があるのだから当然なのだが、どうも本
能を刺激してやまない。
そんな顔しないでくれ。
俺の理性があっけなく崩壊しそうだ。
402
だが、無言のそれが伝わるはずもなく、胸を押さえた彼女は眉根
を寄せて、熱い吐息を吐き出した。
ほんのり汗ばんだ肌はひどくさわり心地が良さそうだった。
︱︱︱ぞくぞくする。
下っ腹が熱くなっていく感覚。
自分があと50歳若かったら、間違いなく抱き寄せて、今日あっ
たばかりの名前も知らない彼女を時間も場所も構わずに、滅茶苦茶
にしていただろう。 しかし、そんな下世話な感情を持った自分を殴ってやりたくなっ
た。
ぐらり、と大きく彼女の体が揺れた。
俺の心臓が凍てついた。
辛うじて地面に倒れこむ前に、受け止めることができたが、彼女
は意識がないようで、目を瞑ったまま、ぐったりと俺の腕の中に納
まった。
403
体温が先ほどとは比べ物にならないほど、高い。
俺は彼女を抱えて、走りだしていた。
なんてことを。
なんてことを、俺はしたんだ。
プティアミ
オム
前に博学な小さき友が言ってたのを聞いたことがあったはずだ。
ファン・オム
純人族がとても弱い生き物だということを、この世界の人族の何
よりも惰弱な肉体を持つのだと︱︱︱そうして、呆気なく絶滅した
のだと。
敵を切り裂くような頑丈な爪もなく、相手に噛み付くような牙も
なく、空を飛ぶことのできる翼もなく、魔力を対価に魔法をつかう
こともできず、強靭な力もなく、素早く移動することもできず、自
己再生能力も低い。
極寒の真冬で、極暑の真夏で、その数を減らして。
大陸暦元年の時には、もう世界中に数えるほどしかおらず、何千
年も前に絶滅した種族なのだ。
彼らが生き延びていたのは、種族が身を寄せ合って、知恵を出し
合ったからだ。
だが彼女には身を寄せ合う同胞はもう、この世にいないのだ。
404
プティアミ
そう、俺は確かに小さき友から聞いていた。
なのに、この失態。
もっと、大切にしなければ︱︱もっと、もっと、俺が注意を払わ
なければ、俺が、俺が彼女を守らねば︱︱︱っ。
混濁する思考と、震える体。
それは自分だったのか、彼女だったのか。それとも両方であった
のか、わからない。
でも、涙を流してたのは、間違いなく自分だった。 ようやく俺は気がついた。
俺は、この温もりを失っては、もう一人で生きていくことすらで
きないのだ。
405
Chapter 04. 涙 ︵後書き︶
[民族学者アルジャン=オットの研究手帳] ︱︱純人族抜粋
ファン・オム
世界の種族の根源である純人族は、どの種族よりも肉体的にか弱い
とされている。
オプスキュール
様々な文献から読み取れるように、急激な温度変化に弱く、世界に
ある黒領地の毒沼に近寄っても、火山地帯の炎の大地に入っても、
ほとんど生命の望みは薄い。
血液が体内から三分の一が流れるまず助からないとも、個人差はあ
サヴァン
るようだが水中に数分と入ってもいられないらしい。
魔物から身を守る術をほとんどもたず、学者が作ったといわれる魔
法道具だけが、彼らの命綱だったとされている。
そう考えると、この大陸は彼らにとっては非常に住みづらい場所だ
ったのだろう。
エルフ
寿命も長くても、たったの百年であるらしい。
共に生まれた長命種族の子供が成人するとしには、老衰していると
いうことになる。
大陸暦元年には数が老若男女合わせて、4名しか確認されておらず、
彼らは何百年も閉鎖的な﹃黒の塔﹄で近親者の婚姻を繰り返してい
サヴァン
たために、さらに数を激減したようだった。
彼らは学者の一族で、最後の一人まで古代遺跡を蘇らせ旧世界の研
究をしていたというが、その資料は﹃黒の塔﹄に保管されたままで
ある。もし万がそれらが流出したとしても、我らはその光輝く文字
を解読する術はない。
ただ彼らは、驚くほどに﹃柔軟な命﹄を持っている。
406
・・・・
これは歴代の研究者たちの命題でもあるだろうが、はっきりとはい
オプスキュール ディアーブル
ファ
えないが彼らの特性は驚くことに、どの種族とも、子をなすことが
できるといわれている。
ン・オム
大陸で法が規制されていなかった頃黒領地の魔人たちがこぞって純
人族狩りをしたというの有名な話だ。その被害者数は正確には記載
ドラ・オム
されていないが、何百とも何千とも言われ、奴隷のように扱われた
エルフ
という。彼らの数が激減したのは想像に容易い。
ディアーブル
ダークエルフ
寿命の長い生物は繁殖が難しく、理知的な長命種族や、竜人族とは
違い、欲望に流される魔人や長命種族にこそ、人の血が多く流れて
いるとは皮肉なものである。
407
Chapter 05. 決意
﹁あの、自分で食べれますから﹂
体に布団に巻かれた彼女は、腕を出そうとしているのか、もぞも
ぞしながら、上目遣いで訴えてくる。
ディアーブル
出会った時の俺なら、間違いなく負けていただろう。
今も少し負けそうだが心を魔人にしなければ。
俺は自分でも強引だと思いながらも、その言葉に首を横に振って、
アジ・リゾットを掬ったスプーンを彼女の口元に持っていく。
少し困ったように俺を見ていたが、三日前に倒れるまで歩き続け
たことを考えると、彼女もよほどの頑固者なのだろうと思ったが初
対面での遠慮からくるものだったのかもしれない。
あの時は、本当に生きた心地はしなかった。
それから丸二日眠っていた間、俺はずっと一睡もできずに世話を
︱︱⋮⋮頭に上る血を下げる。
きっと、そのときのことを彼女が知ったなら、こんな風に平然と
俺と会話ができないだろう。
408
意識のない彼女に水と食事を与えるために。
汗を拭い、汗を吸った服を変えるために。
そんな免罪符で、彼女に口付けて、布越しにまろやかな肌に見て
触れてしまった。
彼女は気がついていないようだが、そんな俺が謝罪するのは当然
だった。
ひどい罪悪感と、すこしの光悦が入り混じる。
だが顔色がよくなってよかった。
﹁⋮⋮⋮お願いします﹂
しばしの睨みあいの後、消え入りそうな声で告げた。
頬をほんのりと染めて、口を開ける。
この家にあるスプーンや食器は、巨人族専用のもので大きく、彼
女には小さな唇で懸命に開く。
まるで雛に餌を与える親鳥のような気分だ。
﹁っ、おいしい﹂
花が綻ぶように笑う彼女に、俺もたぶん笑っていた。
俺の料理が口に合ってよかった。
409
慈しみの心が根底にあるのは間違いないが、時折、ちらりと覗く
赤く小さな舌が、白い並びのいい歯列が、俺の心を揺さぶる。
あの小さな唇に己の唇を寄せていた感触を思い出しては、居たた
まれなくなる。
心臓の音が彼女に聞こえているのではないかと思うほどだ。
﹁もう、お腹いっぱいです⋮ありがとうございます﹂
苦行とも至福ともつかない時間が終わる。
﹁あの美味しかったです、ゴチソウサマ﹂
頷いたか俺は﹁ゴチソウサマ﹂が、なんなのかわからなかった。
彼女のことがもっと知りたいのに、声は出せないので、聞き返せ
ない。
諦めて、俺は彼女のぐるぐる巻きの布団を解いて、ベットに横た
えさせてやる。
肩を超える黒髪がふさぁ、とシーツに広がった。
本当に美しくて綺麗な色の髪だが、少し絡まったところがあるか
らブラシが必要だ。
410
俺は身なりに無頓着で、そんなもの持ってない。
そんなに食欲がなかったようで、半分も口にせずに残してしまっ
た。
プティ・オム
それでも食事をできたのだから、回復の兆しといってもいい。
ファン・オム
もしかすると、体の大きさに比例して、純人族は小人族ほどの食
事の量だけしか食べないのだろうか。
グラン・オム
よく考えると、アジ・リゾットを巨人族の標準の皿によそったが、
スプーン同様に大きかったのかもしれない。さっきのコップも手に
余るようだった。
改めて作るか買うかしたほうがいいかもしれない。
プティ・オム
小人族のものなら⋮⋮小さいかもしれない。
彼らの身長は大きくても俺の腰を超えるぐらいで、彼女は胸の辺
りまである。
食器類は逆に小さいかもしれない。
やはり作るという結論を出して、周囲の木で適切なものがあった
かを巡らせる。
不安そうな彼女の頬を撫でて、眠るように促して、部屋を出て行
こうとすると、﹁オヤスミナサイ﹂と声をかけられたが、やはり俺
にはわからず、一度頷くだけにとどまり、寝室から出た。
411
エルフ
アムール・リーヴル
もう一度、じっくりと長命種族で発行された恋愛書を読み直そう。
ファン・オム
あれは恋愛が軸ではあるが、純人族の女性の生態が事細かに書か
れていた。
きっと多少の差異はあるかもしれないが、ためになるだろう。
彼女が快適に生活するには、もっと色々なものが必要になるはず
だ。
せめて必要最低限は用意してやりたい。
コミュニカシオン
食器類を台所に片付けて、荷物起き場になっている部屋に入り、
どこに入れたか思い出せない通信石を探した。
ワゾー・オム
それがあれば、鳥人族の一部のサービスである緊急の配送便が利
用できる。
半径千キロ以内なら、どこにでも駆けつけるし、こちらの頼んだ
品を集めてくれるだろう。
なくても金さえしっかり渡せば代用品も見つけてくるはずだ。
俺は音を立てないように気をつけねば。
積みあがってるものを崩すと、冒険者時代の危険な魔法道具が作
動してしまうかもしれない。
どこにあるかすっかり忘れた俺は、隈なく物置を引っくり返すこ
とになった。
考えれば考えるほど、彼女に必要なモノが出てくる。
412
部屋だって、いつまでも俺の部屋ではまずい。
俺は別に居間のソファーに眠ればいい。冒険者時代から、外で雑
魚眠することだって珍しくなかったのだから、それから考えれば天
国だし、十分安眠できる。
こころ
問題は俺の精神だ。
自分の部屋の、自分のベットで、彼女が眠っているのだ。
部屋には鍵だってない。
入ろうと思えば、いつだって入れ︱︱︱そう、俺は彼女にとって
危険な存在なのだ。
理性的に振舞いたくとも、ゆらゆらと彼女の一喜一憂に揺れ動き、
グラン・オム
夜中に彼女の頬をこっそりと撫でてしまうくらい危険なのだ。
グラン・オム
もう俺は巨人族の聖職者として、どれだけ戒律を破ったのだ。
巨人族の女性に嬲り殺されても不思議ではない。
ダークエルフ
だが、彼女を放り出すことなど、到底俺にはできない。
したくない。
考えたくもない。
側にいたい。
彼女を、守りたい。
ディアーブル
何より恐ろしいのは、魔人や長命種族だ。
413
ディアーブル
彼らは種族や個別によってひどく欲望に流されやすい。
ダークエルフ
ディアーブル
ほとんどの魔人は強靭な肉体や、再生能力を持ち、魔力も強い。
ファン・オム
長命種族にしたって、魔人ほどの強靭な肉体は持たないが、魔力
は同じくらい強く、彼らは身軽で素早い。
・・・
その種族たちは、法律の制定されていなかった時代から、純人族
は彼らに狩られ続けていたのだ。
もう全滅したと伝えられているが、もしココにいると知ったら︱
︱︱⋮⋮
心臓が凍てつくような思いだった。
冒険者として幾つもの修羅場をくぐってきたし、時には彼らと対
立し、屠ってきたこともある。
腕が立つと自負はしているが、その時には仲間がいた。
それに、一度に襲われれば、いくら俺とて、太刀打ちできないだ
ろう。 ﹁俺は⋮⋮﹂
彼女を守れるのだろうか?過ぎった疑問を打ち消すように頭を横
に振って、俺は止まっていた手を動かし始めた。
俺は彼女を守るのだ。
414
そのためには、やらねばならないことは、山ほどあるのだ。
その日から、俺は忙しかった。
415
Chapter 05. 決意︵後書き︶
パーティ
エルフ
︻とある巨人族の聖職者の弟による世にも珍しい巨人族の求婚︼
プティアミ
シス
俺は兄と小さき友とさまざまな種族の数名の道連で長命種族領を歩
いていた。
このところ複数の土地で魔物の増加に伴い六徒に王国より正式な調
査が依頼され奔走していた。もしかすると、この事件は世界を揺る
シス
がすほどのものとなるかもしれない。
兄も六徒の一人であるがため、俺も付き添うことにした。
いつものことだ。兄は不器用というか巨人族らしい巨人族である。
女との会話を拒み、ある時は女が止まる宿には泊まれないと外で野
宿したこともあった。難儀な人である。
そのせいか父も心配して、俺をいつも一緒に行かせる。俺も兄ほど
ではないが武術にも魔術にも、心得があるし、家で心配しているよ
りはましだ。尊敬もしてるし、助けになってやり︱︱︱⋮⋮ふわり、
と香る汗は花の香りがした。
年は四十台ぐらいだろうか、この領地に似合わない巨人族の女性で
オレイユ
ある。身長は二メートルもないかもしれない。赤毛で褐色の肌、彼
女も冒険者らしい。耳に耳飾もない。未婚だ。きっと俺の住んでい
た所の女だ。どこかで見たことがある。そうあの時は未成年だから
何も思わなかったが、俺はもう成人しているのだ。
どきどきする。胸が破裂しそうだ。
彼女が俺の不躾な視線に気がついたようで、目があった。
頭の中でからーん、ころーんと協会の鐘が鳴って、今まで生きてい
た世界が灰色のように思えた。彼女も同じだったのか大きく目を見
開いていた。その表情が、年上なのに可愛い。好きだ。いや、愛し
416
ている!
﹁俺の妻になってくださいぃぃぃ!!!!﹂
俺は全力で駆け寄りながら、滑るようにジャッポン民族特有の謝罪
体制に入り、大通りのど真ん中で叫んでいた。
しまった!普通は逆だ!しかし、叫んでしまったものはもうしょう
がない!俺はこの女が否と言ったら自害する所存だ。
その決意が伝わったのか、女は頬を染めて頷いた。可愛い!綺麗だ
!もうお前しか見えない!愛してる!名前も知らない、我が妻!
俺は彼女を担いで、領地を疾走する。一秒でも早く家に戻って、彼
パーティ
女を愛さねば!
背後から兄と道連が叫んでいたが、どうでもいい。
ついでにいうと、世界を揺るがす事件もどうでもいい。目の前の名
前もしらない妻より勝るものは何一つない。俺はそう断言できる!
俺は薔薇色の新婚の蜜期に向かって百キロ先の村まで、自分の家ま
で彼女を抱えて、全速力で走り続けた。
417
Chapter 06. 衝撃の事実︵勘違い︶ 朝、ソファーからぼんやりと起き上がる。
アムール・リーヴル
昨日のよりは恋愛書を読み返したり、探し物をしたりで、かなり
遅い時間に寝てしまったが、体はいつもどおりに起きる。
食事を作り終えた後、俺は昨日の夜に書いていた﹃彼女に必要な
物のリスト﹄を確認する。
衣服、下着等の衣料品や生活必需品は大丈夫だと思うが、ほかに
何が必要かよくわからないが、言葉を発せられないので、確認のし
ようがなく、結局念入りにチェックするしかなかった。
若い頃に母親が亡くなってから、女性というものに直に接する機
エルフ
アムール・リーヴル
ファン・
会がなかったので、なにが必要かということがイマイチわからない。
オム
長命種族領地から発行された恋愛書の第一巻で主人公である純人
族の若い娘がこの世界に戸惑わないように、優秀な侍女達が用意し
た品は一部しか掲載されていなかった。
残念だったが、それでも随分と役に立った。
それでも娘は戸惑っていたというのだから、十分ではなかったの
だろう。
彼女を困らせるわけにはいかない。
あの綺麗な髪のために獣の毛を使ったブラシではなくて、木を彫
418
オーグル
り出して作った東方で女性が使う櫛を送ってみようか?
たしか鬼族の知り合いが弟に進めて、髪にいいから︱︱本当か嘘
かわからないが︱︱と嫁にプレゼントしていた気がする。手には小
さすぎて、数日で壊したと言っていたが。
繊細で独特な東方の模様が刻まれ、見た目も楽しめる。
彼女は華奢なので壊したりしないだろうし、壊れても気に入った
ならまた送ればいい。
俺はリストに書き込む。
後は今日の月が出るまでに考えよう。
そのリストをポケットに仕舞って、次は洗濯だ。
彼女が溺れていた時に来ていた服を忘れていて、改めて洗いなお
したのだが、どうも一晩放置していたせいか微妙に生乾きの嫌な匂
いがとれない。
二回、三回と、破かないように︱︱自分の服はよく破くのでスト
ックが多い︱︱慎重に洗う。
そして裏庭に干そうとしたが、ハンガーが適当なサイズのものが
ない。
グラン・オム
巨人族専用のハンガーで、袖を通そうとすると、破けそうになっ
た。
仕方なく二つに畳むような形で干しているせいか、一部の乾きも
悪い気がする。
419
至急サイズの小さいハンガーを作ろう。
幸い手先は器用だ。
大きさは薪でも作れるぐらいだ。
薪を手に取り一つ、二つを手早く形作り、三つ目の途中で彼女が
寝室から顔を出した。
顔色はすっかりよくなって安堵したが、まだ本調子ではないよう
で、喉が昨日よりよくなったというだけで、掠れている。
まだまだ油断ならないだろう。
プティアミ
食事を終えて、トイレの使い方を教えて︱︱こないだ小さき友に
進められて取り替えたばっかりなので、綺麗だった︱︱俺はハンガ
ーを作る。
戻ってきた彼女を寝室に戻した時、彼女が困惑げな顔をしていた。
﹁私はもう、いい歳なんで、子供扱いされると恥ずかしいのですが﹂
子ども扱い?
俺はそんなことしていない⋮⋮はずだが?
俺の態度で彼女を子ども扱いしたように受け取られたのだろうか?
420
﹁私今年で︱︱︱﹂
しかし彼女が次の瞬間、自分の年齢を口にした時、俺は固まった。
彼女は成人していなかった。
三十歳にもなっていなかったなんて!
まだまだ子供じゃないか!
体の丸みも女性らしかったので、てっきり⋮⋮成人女性かと思っ
ていた。
いやでも二十歳を超えているから、ギリギリセーフなのか!?そ
れともアウトなのか??
俺の思考は彼女が現れて目が合ったときぐらいに乱れ、混濁した
が、なんとか胸の中の荒れ狂わんばかりの動揺を表に出さないよう
に頷き、寝室の外に出ることに成功した。
己の本能に強固な鎖を巻きつけて、心の奥底に仕舞いこんだ。 俺は子供に⋮⋮欲情していたなんて。
がっくりと項垂れて、ハンガーを作っていたが、うっかり指を切
ってしまった。
421
午後からは予定通り、彼女の衣装ダンスやらベットやらを作るた
めに、近くの手ごろな木を斧で伐採して、昨晩作った設計図どおり
に長さを計りながら、鉈で寸断していく。
途中で彼女がベットから出てきて、玄関から覗いていたのに気が
ついて、寝室に戻した。
好奇心が旺盛なようだ。
最初に目が会った日も、溺れていて混乱していたものだと思った
が、あれは子供だからだったのだろうか?
俺は一日中悶々としながら、木を切り続けた。
日が傾いてきたので、木々を放置して家に戻る。
明日も天気がよさそうなので、木々は大丈夫だが彼女の洗濯物を
取り込み、荷物を移動させて空になった物置部屋の窓際に干してお
く。
夕食を作っていると、ちゃんと寝ていたらしく寝ぼけ眼の彼女の
姿に、奥底から湧き上がる危険なものを慌てて沈めた。
彼女は子供。
彼女は未成年。
俺は頭の中で何度も呪文のように唱え続けた。
どうか俺の動揺に彼女が気がつきませんようにと、内心祈った。
422
Chapter 06. 衝撃の事実︵勘違い︶ ︵後書き︶
※ヒロインさんは成人しています。巨人族にとっては成人年齢が三
十歳なので、巨人さんの感覚ではヒロインさんは17歳∼19歳ぐ
らいの年齢に感じております。
423
Chapter 07. 天からの使者 ワゾー・オム
月が昇って二時間ほどが過ぎた頃に、外で羽音が近づいてくるの
コミュニカシオン
が聞きこえた。
昨日の夜に通信石で頼んでいた鳥人族の緊急配送便がやってきた。
かなり早い。よもや次の日にくるとは思ってなかった。
玄関前の拓けた場所に、剣と金貨を片手に待機する。
少ししてから暗闇を切り裂くような白光が、羽音を響かせながら、
緩やかに地面に舞い降りた。
白銀の髪に、白い肌、背中から伸びる白い翼。
目だけが唯一、空のような色をしてる。
ワゾー・オム
鳥人族の鳩種は種族の多くが灰色と黒の羽か両方をあわせた斑を
持つらしく、白というのは実に珍しいようだ。
﹁ダウ﹂
﹁いやぁ∼、ご無沙汰してます。ジェアンの旦那﹂
シス
﹁旦那はやめろ﹂
﹁だけど六徒に呼び捨ては拙くないですかねぇ。様ってのは嫌がる
し﹂
当たり前だ。仲間に様と呼ばれて嬉しがる者などいないだろう。
424
ワゾー・オム
鳥人族の青年は軽口は相変わらずで、肩を竦めただけだった。
ダウは冒険者時代に共に旅をしていた一人で、鳩族の中でも魔力
が飛びぬけているらしく、魔法自体は得意ではないようだが、魔力
の痕跡も辿ることが可能で、尚且つ、その持久力と素早さから﹃空
の最速﹄という二つ名まで持っているのだ。
冒険者は有名になると二つ名が与えられるのだか、ランクが高く
ないとそうはならない。
現在も冒険者と配送業の二束わらじで生活しているらしい。
彼を使える人間は限られている。
仲間か金持ちかである。
﹁さすがに早いな﹂
﹁そりゃあ、おぃちゃんは割高ですけど、その分早いってのが、こ
の商売の売りですからねぇ﹂
ボ
一人称が﹃おぃちゃん﹄なのがいまだに謎だが、悪いやつではな
い。
ン・サック
ダウは物質の重さや大きさを無視するといわれている肩掛けの魔
法の鞄に手を突っ込んだ。物が入ってるとは思えないほどペラペラ
なそれだが、かなりの容量が入る。
425
﹁あぁ、そうだ、旦那の弟さん、元気にしてるんですかぃ?﹂
﹁聞くな﹂
﹁まぁ、嫁さん貰ったんだから、家でにゃんにゃんですかねぇ﹂
にやにやと笑うダウに、俺は思わず眉を顰める。
シス
前に国から六徒として正式に依頼された中で魔物の調査をしてい
エルフ
グラン・オム
ファ
たのだが、これが実に危険で厄介な仕事だったのにもかかわらず、
グラン・オム
弟は故郷に近い長命種族領で巨人族の女性を見初めたのだ。
ン・オム
本来巨人族の男からの女に話しかけることは憚られるのだが、純
人族の﹃ジャッポン民族﹄の伝統的な謝罪の体制で、それを謝りな
がら求婚したのだ。
弟はまだ33歳と若かったので、自分の欲望を抑え切れなかった
のだろう。
グラン・オム
しかも求婚に成功した弟は、女を抱えると走り出した。
パーティ
俺や道連の声など、ツガイを得た巨人族の男の耳には届きもせず、
いえ
重要な調査の最中に自宅に帰ってしまった。
グラン・オム
巨人族の習性なのだが、住処に連れ帰って愛するのだ。
グラン・オム
それから、一週間は部屋から篭って出てこない。
もし巨人族の夜の営みを邪魔しようものなら、恋する馬の道を阻
むが如く、危険な目に合うであろう。
それも蜜期を邪魔すれば、いくら親兄弟とはいえ殺される。
426
パーティ
呆然とする道連は最低限の者たちしか呼ばれておらず、その後は
困難を極めたこともあって、それは未だに昔の仲間では笑い話にな
っている。
グラン・オム
巨人族の愛は時と場所を選ばないというが、まったくだ。
今、まさに俺もそれを味わっているのだが。
いえ
まだ言葉すらも話したことのない名前も知らない女性︱︱いや少
女のために、自分の住処に居場所を作ろうとしている。
これは普通、蜜期の後にやることだ。
グラン・オム
妻のために最高の部屋を用意しようというのは、巨人族の習性だ。
いえ
そこで考えて、はっ、と俺は自分の住処に彼女のために部屋を作
ろうと必死になっていることに気がついた。
なんて恥ずかしい。これが習性か。穴があったら入りたい。
その行動をしている最中だとういうのに、自分でまったく気がつ
かなかった。
彼女が体の調子が戻ったら、部屋を移動してもらおうなどという
生易しい感情で動いていたわけじゃないことに気がついて、わずか
に自分を恐れた。
彼女が何をしたいのか、何を望んでいるか、考えているようでい
て自分の感情に振り回されている。
427
無意識というのは恐ろしいものだ。
ボン・サック
自分の行動に痛む頭を抑える横で、目録を読み上げながら、数々
の品を魔法の鞄から出してくる。
衣料品、箱に入った小物、ベットマット、日持ちする食料品、靴
やらなんやら、小さな鞄から溢れるようにでてきて最終的に、山が
二つ分くらいになった。
﹁これ、苦労したんですぜぇ。探すの﹂
小さな桐の箱を開けると、ホワイトピンクの花が彫られた黒色の
櫛が入っていた。
素晴らしいのかなどわからないが、とても愛らしい品で彼女にぴ
ったりだ。
彼女が気に入ってくれるといいと思う。
思わず口元を押さえる。
にやけている間抜け面を晒していることを気つかれないといいの
だが。
桐の箱をポケットに仕舞った。
﹁すまんな﹂
﹁へぃ、労いどうもです﹂
428
全部出し終えたようで、足りないものは別の物で補ってくれたよ
うだ。
目録を読み俺に返した後、膨大な賃金を受け取ったダウがにやに
やと意地の悪い笑顔を浮かべた。
﹁旦那もついに結婚かぁ。おぃちゃんも嫁欲しいなぁ﹂
﹁よ︱︱っ﹂
思わず叫びそうになって、口を押さえる。
多分、目録の用品から、女の住人が増えた事を容易に想像できた
のだろう。
これさえなければ、とてもいいやつなのだが。
﹁そうでしょ?だって旦那、前はほとんど無表情だったのにねぇ。
そんなにニコニコされたら嫌でもわかりやすよ﹂
グラン・オム
﹁⋮⋮嫁などいない。これはそんなんじゃない﹂
グラン・オム
グラン・オム
﹁またまたぁ、未婚の巨人族の男が家に女連れ込むなんて嫁しかな
いと思いますがねぇ。特に旦那みたいな巨人族らしい巨人族の男は
さ。これ、おぃちゃんからの結婚祝いですぜ?ちょっと遅かったか
な﹂
ボン・サック
ダウは最後に魔法の鞄から本と箱に入った何かを手渡してくる。
装丁の重厚さから魔法書か何かかと思い、一ページ開くと﹃男女
429
の正しい結婚生活の手引きと、有意義な夜の生活を続けるための体
位﹄という文字が目に入って、ばたんと閉じた。
本でこれなのだから、箱は恐ろしくて開けられない。
﹁お前はっ∼∼∼﹂
﹁へへ、必要なかったですかねぇ﹂
﹁くっ⋮⋮ともかく、他のやつらには漏らすなよ。頼むから﹂
頬が熱くなるのを感じながら、情報だって金になるのだから、追
加料金を投げつけると、ダウは金貨を受け取って半金貨を投げて返
した。
なぜだか、嫌な予感がする。
プティ・オム
顎に生えてる銀色の無精ひげをなぞりながら、にやにやしてる。
プティアミ
﹁ここに来る前にちょいと、小人族に用事がありましてねぇ﹂
﹁ばっ!小さき友に!?﹂
﹁へへへ、ここんとこ世界じゃ嫌な話ばっかりですからね。いいじ
ゃないですかたまには、めでたい話も︱︱めでたい話、なんですよ
ね?﹂
急激に俺の顔色が変わったことで、ダウは不安そうな顔になった。
430
そう俺は自らの思考に、蓋をしていたのだと思い知った。
プティアミ
小さき友︱︱︱とても賢い彼なら、もしかしたら彼女がどうやっ
てきたか、そして帰ることができるのかがわかるかもしれない。ど
うやって誰が保護するべきかも。
プティ・オム
小人族の集落は、走れば彼女を連れていったて一日を往復するこ
とだって可能だ。
いえ
力ばっかりで頭の弱い俺より、よっぽど頼りになる。
プティアミ
彼女は、この住処にいて、自分が守ると勝手に決めていたのだ。
いつもなら一番に頼る小さき友の事など考えずに、この場所に彼
女をずっと留めようとしていたのだ。
彼女は言ってない。
一言も﹃ここにいたい﹄なんて。
俺の家に住んで、守ってくれることを望んでいるなどと。
知らない世界。同胞の一人もいない世界。命を狙われるであろう
世界。果たして彼女がそんな場所に嬉々として住みたいと思うだろ
うか?
否、そんなはずはない。
むしろ彼女が望むことは、帰ることではないか?
自分が今までいた場所に、戻ることでは?
431
まったく見ようとしていなかった自分の強烈な独占欲と、執着心。
彼女のために、彼女の望みを︱︱︱そう表では考えながら腹の底
に滞る黒く淀んだ己の欲望のままに行動していたのだ。
﹁⋮⋮訳ありですか?﹂
口を開いても俺はなんと答えていいかわからず、懸命にふらつく
足を大地につける。
ダウは察して申し訳なさそうな顔で、白い翼をがっくりと落とし
ていた。
﹁すみません、旦那⋮⋮おぃちゃん、リュゼの旦那にしか言ってま
せんや。春風を運ぶブリーズの安らぎと、この誇り高き羽に誓って
︱︱まさか、やばいことだなんて﹂
﹁いい⋮⋮いいんだ﹂
頬を流れる汗を拭い、俺は首を横に振った。
むしろダウが会わなければ、俺は彼女をこの場所に拘束し続けて
いただろう。
いずれ欲望に負けて、彼女の言葉に声を発して、逃れないように
戒め続けるのだろう。
それこそ逃げようとするなら、どんな手を使ってでも。
432
盲目的なまでに、俺は心底彼女を欲しているのだと思い知った。
﹁⋮旦那⋮⋮おぃちゃんは、過去に三度も命を救われやした。それ
もなんの対価も求めず。だから決めてる。おぃちゃんは、旦那がや
べぇことになったら、命投げ出してでも助けますぜ。たとえ旦那が、
どこぞの皇女を攫ってきたって、他人の妻を攫ってきたって、この
プティアミ
﹃空の最速﹄のダウは旦那の味方だ。たぶん、リュゼの旦那だって
そうでしょう﹂
﹁そう⋮そうだな⋮我が小さき友に﹂
ありがとう、そう呟くと、ダウは首を横に振った。
まだ大丈夫だ。
俺はまだやり直せる︱︱︱彼女を、彼の元へ連れて行こう。
そして彼女がもし、元いた場所に帰りたいというのなら、俺は今
度こそ全力でそれを支えよう。
何一つ、彼女が望むのなら惜しむものなどない。
彼女が笑うなら、俺は。
それからなんといってダウを納得させたのかわからないが、彼は
何度もこちらを振り返りながら、白い羽を力強くはばたかせて、月
夜に消えいく。
433
ふらふらしながら俺は、山になった荷物を家の中へ運んでいく。
ソファーに寝転んだが、全く寝付けずに、ただぼんやりと天井を
眺めていた。
434
Chapter 07. 天からの使者 ︵後書き︶
ボン・サック
魔法の鞄の取扱説明書
ボン・サック
このたびは魔法の鞄をお買い上げいただき、誠にありがとうござい
ます。ご使用になる前にこの﹃取扱説明書﹄は大切に保管してくだ
さい。
使用上のお願い
★火の近く、高温になる場所、油煙の多い場所では使用、または保
管しないでください。燃えてしまった場合は中に入っていた道具の
すべてが失われてしまいますのでご注意ください。★容量は約百三
十キロまでの無機物しか入りません。生物はお入れできませんので
ご注意ください。★入り口三十センチ以上の物も入れれるような萎
縮魔法がかけられていますが、お出しするときにお気をつけくださ
い。★手洗い可。ただし中の物を入れたまま洗濯されると、湿って
しまいますのでご注意ください。★お子様の手の届くところに置か
ないでください。★破れた場合は中身の道具が出てきます。ご使用
の際に確認してください★軽量軽減の魔法により鞄の重さしか感じ
ませんが、年に最低でも三度のメンテナンスを推奨しております。
どんな高級品をお入れしても、入れた本人にしか取り出せません。
ですが破損や全焼による消失は、当社で一切責任を負いません。ご
注意ください。
全国魔術師道具共同組合連合ポルト・オートマティック
巨人さんの名前発覚!その名もジェアン!フランス語で巨人︵たぶ
435
ん︶!はい、すみません、そのまんまです⋮⋮。他に全然思いつき
ませんでした。
436
Chapter 08. 雨、降る 雨が降っていて、ほっとした自分に、心底嫌気が差した。
プティ・オム
朝食後、俺は彼女に小人族の集落が近いことを教え、そこに雨が
上がったら行こうと伝えた。
彼女はとても驚き、地図を眺めながら、喜びと困惑を浮かべてい
た。
言葉を話せるやつがいたなら、彼女にとってはいいことだ。
一人で勝手に彼女の部屋を用意したが、俺は一度だって彼女の意
見を聞こうと思わなかった。
話せないから聞いても無駄だと、彼女もきっと俺に同じ事を思っ
ているのだろう。
胸が苦しい。
彼女の願いを叶えたいのに。
一分一秒でも、それから遠のきたい。
矛盾した心を抱えながら、じっと自分が作った彼女の部屋を眺め
る。
あの部屋を彼女のために作ったことで、彼女に少しでも、ここを
気に入ってくれればいいなと思いながら、風呂上りの彼女に部屋を
437
贈った。
彼女は直ぐに自分のために作られた部屋だと気がついたようだ。
なにせ家具の大きさが俺には小さすぎる。 ﹁ありがとう⋮っ﹂
彼女は涙を滲ませながら、何度もお礼を言った。
どうやら彼女の意見も聞かずに作った部屋ではあるが、喜んでく
れたようだった。
﹁かえ、帰れなくてもっ、ここにっ、いていいですか?私、ここに
いてもいいの?﹂
涙声で訴える彼女に、俺の胸の奥からあふれる矛盾する感情はよ
り一層、混乱を誘った。
熱く清らかな慈愛と、黒く粘着質な欲望が鬩ぎあう。
いてくれ。
ずっと、ここに。
帰したい。
願いを叶えたい。
手放したくない。帰したくない。帰れなければいい。
438
お前のために、なんでもしてやりたい。
そのためなら、どんなことだってする。
だから、帰らないでくれ。
帰してあげるから、帰らないでくれ。
抱きしめるぬくもりが、俺の欲望を引き寄せる。
このまま︱︱いっそ、このまま、この小さなベットで、彼女を優
しく抱き壊してしまおうか。
力を持つ俺には、きっと息をするよりも簡単にできてしまう。
このひ弱な愛しき女性を、卑劣な方法で繋ぎ止めることなんて、
簡単なことだ。
﹁ごめ、んなさい。めいわくかけて、ごめんなさいっ、﹂
子供のように泣きじゃくる彼女の涙が手に零れ落ちて、はっと我
に返る。
気がつくと、彼女は泣きながら謝っていた。
どす黒い何かが、一気に霧散していく。
きっと⋮⋮どんなに卑劣な方法を駆使しても、本当に欲しいもの
は得られない。わかっていても、求めずにはいられない。
439
俺は彼女を寝かしつけて、部屋を出た。
プティ・オム
窓の外に視線を送ると、とっくに雨は上がっていた。
この分なら、明日は小人族の集落に行くことになるだろう。
長いため息が零れ落ちる。
たった一人の女性に合わせて天秤のように揺れ動く、己の感情を
制御もできず、ただ翻弄されていると友人達が知ったらどう思うだ
ろうか。
+ + +
シス
﹁⋮⋮六徒のジェアン、か﹂
思わず囁き、自嘲を零す。
シス
そうやって自分を六徒であることを前提に存在していると思われ
るのが、ひどく嫌だった。
俺はジェアン。
ただのジェアン=アジャン。
心の赴くままに、友人達の為に戦い、同胞のために涙し、家族の
440
グラン・オム
ために立ち上がった、ただの巨人族の男だ。
たまたま聖職者で、たまたま腕っ節が強かっただけ。
とも
友人達と善良な者たちと幸運に助けられて生き延びただけで、本
当に讃えられるべきは名前も語られない多くの戦死者ではないか。
己の意識と周囲からの意識の格差に心を磨耗して、一人になるこ
とを望んだ、ただの弱虫だ。
それが心の奥底で、常に俺を縛り付けていた︱︱いたはずだった。
だが、俺にはもうわからない。
戒めていた鎖の非ではないほど、彼女という存在に絡めとられて、
目が合った瞬間に、なにもかもが吹っ飛んで、ただ﹃彼女﹄が居た。
俺は今までどうやって生きていたのだろう?
何を考えて、動き、口にしていた?
根本を揺さ振られるほどの強烈な存在︱︱︱ただ手の届くところ
にいるというだけなのに、心は彼女に犯されて、満たされ、狂わさ
れる。
グラン・オム
これが巨人族の恋。
弟が調査の最中に妻を見つけて、妻を腕に抱いたまま自分の家ま
441
で何十キロも走ったという馬鹿みたいな笑い話を、今はもう笑えな
い。
当然だ、と彼女に出会った俺の心はそう囁く。
彼女がもし自分を受け入れたのなら、何百キロ先の家にだって帰
って、愛しただろう。
どれだけ離れていたって構わない。彼女を愛することを許された
パイプ
なら、どんな困難だって蜘蛛の糸のように惰弱で、風が花びらを散
らすように脆いものだと、思える。
彼女を愛することを許されたなら⋮⋮
ペタル
自室の机から、久しく口にしていなかった煙管を手にした。
湿気にやられないように瓶に入った花煙草を火皿に詰めて、外へ
出る。
外は雨上がりのせいか、しっとりとした風が頬を撫でる。
イヴレスピサンレ
玄関に凭れながら、掌に魔力を集めて着火すると、燻ぶる紫煙と
共に馨しい酔蒲公英の匂いが漂った。
それを肺に満たして、ゆっくりと吐き出した。 ﹁ダウ﹂
音消しの魔法を使っていたのだろう。
442
羽音も立てずに、木の葉が風に揺られて落ちるような静けさで、
見知った白い影が舞い降りた。
一度は帰ったが、気になって戻ってきたという所か。
心配そうな顔の青年は、なにを言っていいか分からない様子で閉
口している。
それに首を横に振ってみせた。
﹁彼女は大丈夫だ﹂
﹁⋮⋮おぃちゃんは、旦那の心配してるんだよ﹂
﹁そうか﹂
どこまでも思考の中心が、彼女でしかない事実が俺はまた自嘲を
漏らす。
プティアミ
だけど、それが苦しいのと同時に、心地いいと感じている自分に
呆れるより他ない。
ヴァンメゾンアミ
﹁風の隣を歩む友よ。小さき友に伝えてくれ。明日、雨が降らなか
ったら、お前に会いに行くと﹂
ワゾー・オム
﹁降らないよ﹂
﹁鳥人族が言うなら間違いないな﹂
それに俺は心を痛めながら、喜んでいる。
443
名前も知らぬ彼女の為に。
ただ、揺れ動く。
グラン・オム
﹁なぁ、旦那︱︱あんたは、巨人族以外の女を愛したんだね﹂
﹁そうだ﹂
ぐっと、何かを堪えるように目を瞑った白き翼の青年は、まるで
黙祷を捧げてるようだった。
しばらく、微動だもしなかった青年は、大きく白い羽を広げた。
音はしなかったが、風圧が紫煙をかき消す。
グランアミ
﹁大地に囚われし大きな友よ。頬に毀れる涙が偉大なる春風に乾く
が如く、君に恩恵あれ﹂
﹁愛しき人の髪を波打たせる緩やかな調べに、感謝を﹂
ダウは泣き出しそうな顔で、それでも笑顔を作ろうとしている。
俺が彼の姿を目に焼き付けているように、俺の姿を彼もまた目に
焼き付けているようだった。
﹁また英雄が狂うんですね﹂
シス
﹁ダウ、俺は︱︱﹂
﹁六徒じゃなくたって、旦那はおぃちゃんの英雄さ﹂
444
﹁⋮そうか﹂
俺は紫煙を吐き出しながら、高く舞い上がる友の背を眺めていた。
イヴレスピサンレ
酔蒲公英の香りが消えるまで。
445
Chapter 08. 雨、降る ︵後書き︶
イヴレスピサンレ
︻酔蒲公英︼
キク目キク科タンポポ属。多年生植物。
どんな気温にも適応する花で、どこにでも咲いている白から黄のグ
ラデーションのかかっているギザギザの細かな花を持つ。風が止み
終わっても茎の弾力性から揺れ続け、それが酔っている︵イブレス︶
ドゥマンディピサンレ
者を連想させたようだ。他にも地方によっては頭を下げて謝ってい
る者にも見えたらしく謝蒲公英とも呼ばれている。
利尿、健胃の効果があり、内疾患の薬として使われることもあるが、
パイプ
ペタル
シガール
チュチュナに漬して、乾燥させると、習慣性の弱いニコディーヌが
発生するため煙管の花煙草や葉巻煙草に使用されることが多い。よ
く一般家庭で作られているが味は素朴で、煙も多発するため、市販
はされていない。
生でも食べれるが、リゴの殻のような味がして美味しくはない。
花言葉:君に酔っている 心からの謝罪 離別 真実の愛 揺れ動
く心 ︻美しく高貴な女性の心を射止めるために男が学ぶ花︼ゼビアン=
ロリア著/大陸暦/431年/P31引用 コロロクルサス発行
446
Chapter 09. 夢中 R18
巨人族のベットはゆったりとしていて、頑丈なものが多い。
未婚の男女ならば眠るだけの空間でも、ツガイを得た者にはそれ
以外の用途がある。
ぎし、ぎし、と重みが移動するごとに、小さくではあるがベット
が軋む。
同時に粘着質な水音が響いた。
﹁っ、やっ⋮ぁ、っ︱︱﹂ 彼女は懸命に声を堪えようと口元を手の甲で塞ぐが、己が動くた
びに隙間から嬌声を漏らして、腕の中の細い体を小刻みに震わせた。
シーツに黒髪が広がり、涙に濡れた黒曜石の瞳の中に俺が居る。
象牙色の肌に散る無数の花は、喜びだった。
貪ることを許された口付け。
﹁っ⋮ぁっ、んぅっ﹂
そこは華奢な彼女の体に見合って小さい。長いこと白濁を注ぎ込
447
んいるというのに、俺のものを根元まで歓迎する。
絡み付くというよりは、搾り取るような内壁に、募る衝動を堪え
た。
もっと、もっと︱︱︱⋮彼女に喜びを。この俺の喜びを。
その間にも、彼女は幾度もなく背を撓らせる。
煽られるかのように唇を奪い、飢えた獣のように激しく貫きなが
ら、何もかもが蕩けていくような感触に頭の中が真っ白になってい
く。
そこにあるのは彼女。
﹁︱︱してる﹂
ただ、この存在が全て。
彼女が自分の人生に存在すること、そして愛することを許される
ことが、どんなに幸福か。
もう頬を流れるものが、汗なのか、涙なのかがわからない。
俺は彼女を呼ぼうとして、口を開いた。
そして、俺は冷や水を浴びせられたように、身を震わせた。
知らない。
俺は彼女の名前を知らない。
448
まるで溺れてしまったかのように、息ができなくなって、それで
も口を開いた。
たとえ、それでも。
﹁お前を︱︱﹂
与えられる快楽とは裏腹に、これは夢なのだ、と自覚した。
+ + +
俺は肺の全ての息を吐き出すように、長いため息をついた。
くしゃくしゃと切ることすら忘れている髪を掻き毟る。
﹁馬鹿か、俺は⋮﹂
夢の中で、夢を見ていることに気がついたものの、突き進む衝動
は止まらず、彼女をどれだけ穢してしまったのだろうか。
目を瞑るだけで、艶姿がちらつく。
449
朝にいつもどおりに振舞えるか︱︱いや振舞わなくては。
中心に集まる熱を持余したまま、強烈な罪悪感と背徳の悦に、も
う一度ため息をついた。
体を起こそうとしたが、ふわり、とベットから彼女の香りを感じ
た。
同じ石鹸を使っているはずなのに、はっきりとわかる。
数日間、彼女がここに眠っていた残り香。
さらに集中する熱に、やり過ごすように呻くより他なかった。
正直、こんな風に自分が反応するなど思いもしなかった。
若い頃は、それなりに衝動はあったが、耐えられないほどではな
かったし、振り回されることなどなく、問題などなかった。
パーティ
むしろ道連には淡白すぎると言われるぐらいだ。
彼らが骨休めで向かう娼館など、巨人族として足を踏み入れなか
ったせいでもあるが。
もう随分いい中年だし、性欲も廃れてもいいようなものだが、若
い頃よりも反応するとは、俺の体はどうなっているのだ。
原因は間違いなく、真新しい部屋で眠る彼女だろう。
若かった弟が嫁を直ぐに愛したいと本能的に任せて、里に帰還し
たことを思えば、可愛いものだが、それでも彼女に申し訳なく思う。
いや、しかし夢は不可抗力というか⋮⋮
450
俺は熱が収まるまで悶々と、心の中で言い訳を続けていた。 + + +
朝食が終わり、外出の仕度を整えた彼女が外で待っていた。
服装もシャツが太ももまで隠れてしまうような俺の物ではなく、
もう少し小さめの服だった。
ズボンも同様に裾も折り返した部分が少なくなっている。
依頼した服は身長しか指定しなかった割には、そこそこ合ってい
ると思う。 それに、若草色のマントがよく似合っていた。
象げ色の肌を引き立てていて、黒髪とも調和している。
正直、可愛らしい。
できれば、この姿を誰にも見せたくはないのだが、もうこれは仕
方がない。
しかし靴は歩くたびに踵が上下する様子からも、大きいようだ。
彼女は強めに抗議をしたが、俺は抱きかかえて歩くことを断固と
して主張した。
451
靴擦れなど、おきたらどうするんだ。
ただですら、少し前まで熱をだして寝込んでいたのに。
プティアミ
重いんじゃないかとか、疲れるだろうとか、呟いていたが、これ
でも俺は子供の頃から幼馴染である小さき友を三人担いで、これよ
りも長距離を往復したことがある。
小柄とはいえ、彼ら三人を担いで走るよりは、容易いことだ。
やつらには遠慮という言葉を覚えてほしかったが、彼女にはもっ
と甘えてほしい。
ついに彼女が折れる。
安全のために、首に腕を回させて、俺は走り出した。
無言で走り続けてどれくらいたったのか、耳元に刺激を感じて、
急止してしまった。
彼女が触れたのだ。
俺の耳に。
かっと体が熱くなるのがわかった。
なんて大胆な女性だ。
俺は朝の夢も手伝って、ぞくぞくと這い上がってくる欲望が暴走
しそうになった。
彼女が求めてる。
452
俺を。
このまま、外だって構わない。
﹁し、失礼しました。珍しい耳だな、と思って﹂
⋮⋮。
⋮⋮⋮⋮。
⋮⋮そうか⋮そう、だな。
彼女は丸い耳で、俺は尖った耳をしているから、気になったのだ
ろう。
きっと彼女の住んでいた所に、耳の尖った種族がいないのだ。
俺はぐっと、集まる熱を懸命に納めながら、彼女に﹃駄目だ﹄と
言うように厳しい視線を送って、走り出した。きっとその目じりに
は涙が溜まっていただろう。
なぜ俺が停止したのかも分からない彼女に一体、なにが出来よう
か。
耳は⋮⋮女性が男性の右耳に触れるという行為が、性交を強請る
という意味があるなど、知りもしないのだろう。
ダークエルフ
エルフ
長命種族の血が俺に流れていたなら、彼女は無垢では入られなか
っただろう。普通の長命種族であったとしても、難しい。
453
いや、どんな種族であっても、思いを寄せる女から触れられれば、
たちまち理性を焼ききるだろう。
ようやく集落付近へとたどり着き、その横道を歩んでいく。
彼は騒々しいのを好まず、そして異種族の客人を招くために、家
は里はずれに建てた。
なにせ、閉鎖的な里だから、珍しい誰かがやってくる度にお祭り
騒ぎだ。
プティアミ
その種族の中でもちょっとした変わり者である小さな友は、それ
を避けたのだろう。
家も客人に備えて、大きく︱︱彼らにとってはと注釈を加えねば
プティ・オム
なるまい︱︱建築された。
だが、小人族が使いやすいように取っ手や手すりが低くなってい
グラン・オム
るために、俺には使いづらいが、後頭部を天井にぶつけなくてもい
いだけ、ありがたい。
プティアミ
﹁我が小さき友よ︱︱巨人族のジェアンだ。相談したいことがある。
お前の家に招いてくれ﹂
扉をノックすると、部屋の向こうでバサバサと本が雪崩を起こす
ような気配があった。
454
Chapter 09. 夢中 R18︵後書き︶
竜を捻じ伏せて、駆け上がる
聖なるオーチィ山の頂上から、君の名前を叫ぶよ
だから、どうか聴いて
月と太陽が追い掛け回す、この世界で
昼と夜が別たれた、この世界で
ただ君に許しを請うよ
君の美しき耳に触れたいと
秋風に乱された髪の隙間から覗く、その左耳を
百の夜を越え、なお湧き上がる愛
聖なるオーチィ山の頂上から君に歌を送るよ
君に届くその日まで
ダークエルフ
語るラコンテ/オーチィ山脈を駆ける長命種族の歌/旧暦127年
455
Chapter 10. 最高の友︵アンティム︶
軽い足音が聞こえて、低い位置にあるドアノブが動く。
プティアミ
中から出てきたのは俺の腰ほどまでしかない小さな友のリュゼの
グラン・オム
姿だった。
これが巨人族ならば、まだ五歳児ぐらいの大きさだろうが、もう
成人を過ぎた俺と年近い幼馴染であった。
エルブ
ふわふわの茶色の髪に、新芽のような緑目、日に当たっていない
リュネット
のが容易に想像できる青白い肌。尖った耳に、集落独特の植物曲線
模様が袖と襟に刺繍された衣服。
特記すべき特徴はない平凡な面立ち。
ただ書物の読みすぎで悪くなった視力を補うために水晶眼鏡がか
けられている。
グランアミ
﹁やあ大きな友。日光を浴びて育つ、新芽の喜びを﹂
﹁あぁ。綴られる歌に耳を傾ける幸福を﹂
幼い容姿からは想像しがたい老成した賢者のような笑みを微かに
浮かべ、自身に付着していた埃に気がついたようで、パタパタと振
り払っている。
多分、紙埃だ。
本の山でも倒したのだろう。
456
プティ・オム
ベット・オム
小人族は獣人に次いで感情的で粗野なんて言われているが、獣人
と違い、彼らの純朴さは日々に足をつけている姿は大木のように揺
るがないと思う。
その中でも彼は、ちょっとした変わり者で知的好奇心が強い。
礼儀正しく、思慮深く、立ち振る舞いも優雅な者で、冒険者時代
パーティ
に得た知識により、どこに行っても恥ずかしい思いをしないであろ
う男だった。
王宮や城で矢面に立ち、彼の組み立てる作戦は幾度も道連を守っ
てきたのだ。
﹁君に女性関係の相談をされようとは、夢にも思いませんでしたよ﹂
﹁ん、すまん﹂
﹁ですが、とても⋮大変なことになっているようですね﹂
俺は、なんと言っていいかわからず、口を閉じた。
ワゾー・オム
すでに昨晩、鳥人族のダウから話を聞いていたのだろう。
グラン・オム
巨人族の恋愛︱︱と果たして呼べるか分からないが︱︱は極端で
あり、基本的に女性本位のものだが、不成立ということは極々稀で
ある。
グラン・オム
つまりは、相手が巨人族以外の女性であるということ。
457
グラン・オム
さらに俺が巨人族の一族と共に移動しなかったため一人で山脈の
奥地に住んでいることは知っているはずだ。
それなのに、起きた問題が女性ということは、その女性が並なら
ぬ事情があることを示唆している。
二重の意味で、俺の問題を指摘しているのだろう。
相変わらず、話の早い。
﹁ともかく入りなさい。僕から彼女に話を⋮⋮﹂
リュネット
リュゼは俺の影になっている彼女に視線を送って、言葉を切ると
水晶眼鏡越しに目を丸くしたのが見えた。
慌てて振り返ると、彼女は苦しそうな顔で真っ直ぐに俺を見てい
た。
その瞳は潤んでいた。
﹁わ、たしっ﹂
訳もわからぬまま、彼女のふらつく体を支えようと手を伸ばした。
だが、その手を避けるように、彼女が下がった。
﹁︱︱︱っ﹂
458
いつだって、手を伸ばせば動くことはなく、なすがまま身を預け
︱︱その後に抱き上げて、下ろす下ろさないの悶着はあった︱︱て
くれたはずだ。
確かに目の前で起きていることなのに、信じられなくて、一歩踏
み出す。
手を伸ばすよりも、先に彼女は更に後ろに下がる。
拒絶、だった。
風に揺れて消え入りそうな、か細い謝罪が耳朶に届く。
こんな絶望を抱えていても、己の体は彼女から与えられようとし
ているものを受け入れようとする。 たとえ、それが残虐な真実であっても。
﹁⋮私、迷惑、を⋮⋮かけてっ⋮﹂
なにを︱︱︱なにを、いってる?俺は迷惑だなんて、一度も︱︱︱
首を横に振って訴えるも、届かない。
彼女は儚い笑みを浮かべてただけで、一層目じりに涙を湛えた。
459
﹁ごめんなさい︱︱もう、大丈夫。助けてくれて、ありがとう。今
まで本当にありがとうございました﹂
違う。俺は一度だって、迷惑だなんて思っていない。俺がしたい
ことをしたんだ。お前を助けることが、何よりも優先すべき、大切
なことなんだ。
謝らないでくれ︱︱頼むから、礼を言わないでくれ。
喉の奥から反射的に吐き出しそうな声を、懸命に堪えるも、もが
く様に口を開き、閉じる。
堪えきれずに一歩踏み出すと、彼女はもう一歩下がる。
やめろ。やめてくれ。
俺を拒絶してもいい、嫌ってもいい、だから︱︱︱
﹁あの、後は自分で何とかしますから︱︱⋮なんのお礼もできずに、
ごめんなさい﹂
彼女は深々と頭を下げて、そのまま俺に一番最悪の結末を見せ付
けた。
最後には此方を見ることもなく、背を向けて歩き出した。
460
揺れる黒髪。
早くなる足。
微かな嗚咽。
﹁っ﹂
俺の側に、俺と共にいるのは、泣くほど、嫌だったのか?
いつから、なにが、俺の︱︱⋮わからない。俺には彼女を何一つ
わかってやれない。
ただ彼女は、俺を拒絶している。
それでも、聞こえる嗚咽に体が反応する。
流れている涙を拭いたいと、抱きしめて、涙の現況から遠ざけて
しまいたい。
だどいうのに、その原因が自身であることに、一歩も動けなかっ
た。
小さくなる背。
ただずっと微動出せず、瞬きすら忘れて、その彼女の最後であろ
う姿を目に焼き付けた。
461
パリーンッ
陶器が砕けたような音と同時に、頭部に鈍い衝撃が走った。
グラン・オム
とはいっても元々頑丈にできている巨人族にとっては微々たるも
ので、少し破片で傷がついた程度だった。
ぱらぱら、と破片が地面に落ちていく。
リュネット
のろのろと衝撃の正体であろう、腰元まで視線を落とすと、庭に
あった陶器の動物を振り上げたままリュゼが水晶眼鏡越しに睨みつ
けていた。
﹁⋮⋮なにを、してるんです﹂ 俺は鈍い思考で、リュゼの呻くように呟かれた言葉の意味を噛み
砕こうとしたが、それより先にリュゼの口が開いた。
グラン・オム
﹁すぐ追いかけなさいっ!愛しい女を悲しませるなんてっ!!それ
でも君は巨人族の男か!!!﹂
﹁だが、彼女は︱︱⋮﹂
462
俺を、嫌がっている。
グラン・オム
それならば、俺は彼女に近づくことなんてできない。
フォロウ
アンティム
アス
﹁君は馬鹿だ!大馬鹿だ!巨人族の男の中でも最低の部類だ!くそ
ったれ!!だが君は僕の最高の友だ!!だから僕は断言しよう!君
たちはお互いに誤解しているんだ!﹂
なにを、誤解しているというのか。
プティアミ
どう見たって、彼女は俺を嫌って逃げただろう。
小さな友、お前だって見ていたはずだ。
彼女が、俺を、拒絶したところを。 瞳を伏せたことで、俺の言いたいことを察したのか、日頃にない
大声を出して、荒々しく肩で息をしていたが、リュゼが室内に飛び
込んでいった。
数秒もしないうち、室内からひゅん、と空気を裂く様な音が響く。
同時に俺の左腕に焼けるような痛みが走る。
﹁っ﹂
パーティ
手には冒険者時代に、道連を大いに助けた﹃天空の弓﹄が握られ、
限界まで絞られている。
463
・・・・
その矢は間違いなく、俺の心臓を狙っていた。
プティアミ
俺は、小さな友に射られたのか?
リュネット
混乱する俺に、水晶眼鏡越しに、鏃よりも鋭い視線が突き刺さる。
・・
冴えた新緑色の瞳は、怒りが灯った時よりも数倍迫力があった。
アンティム
﹁あの女性を追いかけないなら、君は死ぬんですよ。だったら先に
・・
僕が殺してあげますよ。君は最高の友ですからね⋮⋮ええ、彼女と
共に心中しなさい﹂
ぞわり、と背筋に冷たいものが走る。
今、なんと言った?
彼女が?
﹁俺を殺すなら、そうすればいい。だがなぜ︱︱﹂
なぜ彼女が死ななければならない?
﹁彼女の足の速さは目算して、時速15キロ前後。すでに随分時間
464
を無駄にしました。どちらに向かっているのか分かりませんが、里
ではありません。だとしたら、すでに1キロは確実に離れています。
この森の広範囲を1キロ先に時速15キロで進む者は、僕の足では
もう追いつきません。現時点で追いつけるのはただ1人しかいませ
ん﹂
﹁リュゼっ!﹂
俺の苛立ちをよそに、リュゼは淡々と、ただ冷たい声色で続ける。
瞳には感情すら篭っていない。
﹁水も食料ももっていないのでしょう?武器も君が持たせるとは思
いません。里以外場所に向かう?笑わせないでください。近くても
100キロ以上先です。果たして女性の足でたどり着くのは何日か
かるんでしょうか?たどり着くまでに魔物は何度襲ってくるでしょ
うか?これは天の采配であり、彼女の気力と体力の問題ですから、
僕にはわかりかねます。それとも彼女が想像できない素晴らしい力
をお持ちなのでしょうかね?それでしたら、なぜ彼らは滅んだので
しょうか?﹂
射られた腕より、心臓が痛い。
頭が常に殴られているかのように、ガンガンする。
なにか言わねばと口を開いたが、カラカラの喉からは乾いた音し
か出てこなかった。
俺は、今、なぜここにいる。
465
魔物が潜む森に、彼女を放り出したまま、なぜ、ここにいるのだ
ろう。
守る、と決めたのに。
ただ唯一、と。
アンティム
ファン・オム
リュゼは、悲しげな顔で微笑んでいた。
﹁教えてください。我が最高の友︱︱︱純人族は何故滅んだのです
か?﹂
その最後の言葉が終わると同時に、俺は地面を蹴っていた。
枝か、石を踏んだだけで、血のでる薄い皮の足。
魔物に怯えて震えている姿。
脳裏に浮かぶ、涙を流す彼女。
湧き上がる強い恐怖心に煽られるがまま、俺は全力で走り出して
いた。
466
Chapter 10. 最高の友︵アンティム︶︵後書き︶
[世界の不思議な種族図鑑]第四巻 著 アルジャン=オット
プティ・オム
★★★ 小人族
ファン・オム
女性の平均身長140cm、男性平均身長155cmで世界で最も
純人族に酷似した姿をしていると言われている種族。耳が尖ってい
るのが特徴。
ファン・オム
種族全体としては純朴。好奇心が強く、感情が豊かでお祭りが好き。
純人族に次いで寿命も短く、世界最弱だという話もあるが、順応性、
プティ・オム
メレ
プティ・オム
繁殖能力が高く、世界各地のどこでも存在する。正確な統計ではな
いが小人族の混血児も含めば、世界の人口の四割から五割が小人族
であると考えられている。
その観点から、彼らは世界最強という話もある。
467
Chapter 11. 俺が君に願うこと
俺は森を走り抜けるには邪魔になった腕に刺さった弓を抜いて投
げ捨てた。
残った彼女の足跡は草の上を踏みしみたようで、すぐに見失った。
でも走り続けた。
ただ、彼女の姿を探して。
額から汗が流れてくるが、これが冷や汗であることは、自分がよ
く分かっていた。
じっとりと背中に張り付くシャツが気持ち悪い。
覚悟、していたのだ。
ファン・オム
彼女は純人族で、どこかはわからないが家に帰りたがっているの
だから俺は、彼女を家に帰さなくてはならない。
いつか別れは来る。
でも、こんな別れではよくないのだ。
468
お前が望むなら、この命すら捧げよう。
お前が望むなら、俺は︱︱︱お前から、離れよう。
俺が怖いなら、俺を厭うなら、俺を見たくもないなら、それでも
かまわない。
でも。
﹁⋮っ⋮ぅくっ﹂
微かな嗚咽に反応して、俺は距離を縮めた。
長いこと森を走り続けたのか、ようやく彼女の丸まった体を見つ
けた。幸いなことに魔物たちに襲われているわけではなかった。
だが悲痛な呻きを洩らしながらも、懸命に泣き声を殺している。
その姿が一層、痛ましく見えた。
すぐにでも手を伸ばし抱き上げて、震える背を撫でたい。
零れ落ちる涙を拭いたい。
だというのに、俺には、その資格がない。
触れれば一層、彼女を涙させるかもしれない。
どれくらい、そうしていたのか、不意に彼女がのろのろと顔を上
げると俺を見て、両目を大きく見開いた。
469
﹁⋮⋮っ、どう、してっ﹂
あぁ、お願いだから、そんな目で見ないでくれ。
俺を拒絶しないでくれ。
苦悶に満ちた表情で、掠れた声が耳朶に届く。
﹁お願い、だから⋮⋮もう優しくしないで︱︱⋮貴方に、優しくさ
れたら、私、嬉しくて、苦しいの﹂
﹁っ﹂
俺は、優しくなんてない。
優しくはないんだ。
お前を放っておいてやるほど、俺は優しい人間ではないんだ。
嬉しくて、苦しいなどいわないでくれ。
嫌なら、俺のすべてを拒絶したままでいてくれ。
頼むから俺に期待などさせないでくれ︱︱︱お前を手放せなくな
ってしまうから。
そのお前の曖昧な物言いが、いい方向にとってしまう自分がいる
470
から。
嫌われていてもいい。
お願いだから、守らせてくれ。
お前を。
視線を逸らした彼女が途端に何かを決意したように顔を上げて、
自分のシャツの肩口を掴み、少ししてからその場所を俺に握れとい
うように掴ませた。
びり、と音を立てて、シャツの袖に切れ目が入った。
驚いて手を離すが、彼女はそのままシャツの袖を破りきってしま
った。
白い腕が眼前に無防備に曝されて、涙を拭うと彼女は、俺の傍ら
に膝をついた。
﹁私に︱︱っ、触れられるのは嫌かもしれませんが、どうか我慢し
てください﹂
それは︱︱それは、お前だろう?
俺に触れられたくないのは、お前ではないのか?
わからない。
俺には彼女が分からない。
471
プティアミ
俺の袖を捲り上げ、ようやく俺は自分が小さな友に射抜かれたこ
とを思い出した。
先ほど受けた傷だが、すでに血は止まっていたので、忘れていた。
彼女は自身の若草色のマントで血を拭う。
そっと俺の傷に口を寄せた。
一気に頭に血が上るのが分かった。
彼女の柔らかい唇が俺の皮膚を這い、濡れた暖かな舌が皮膚を滑
る。
一瞬、その感触に頭の中が沸騰しそうな程、熱くなった。
もし傷のことを完全に忘れていたなら、恐れているはずなのに、
なおも俺を労わる優しい彼女に酷いことをしてしまっていただろう。
理性すら砕いて、ただ獣のように。
怖い。
俺は自分が怖い。
懸命に汚れと血を唇で拭う姿は、まるで彼女が足を怪我した日と
は逆だなと何処かで思う。
なにかほかの事を考えていなければ、残酷なことをしそうな自分
がなにより怖い。
それでも、柔らかく暖かな感触に、肩からぶら下がっている鞄の
472
中に水が入っているなど言えなかった。
彼女は、俺の傷を労わっている事実が、また俺の心を大きく揺さ
ぶる。
嫌われている。
だが、彼女の優しさは俺を見捨てていないのだと、縋るような渇
望が胸を覆う。
自分の破ったシャツの袖を傷口に巻きつける。 ﹁もう私のこと、追いかけなくてもいいですから⋮⋮戻って治療し
てくださいね﹂
潤んだ瞳は一度も俺を見ない。
﹁さよなら﹂
何か言いたそうに口を開いたが、自嘲を浮かべると、俺にもう一
度背を向けた。
すでに彼女の体力は限界にちかいのだろう。
フラフラの足で一歩踏み出した。
もう俺は、反射的に動いていた。
473
歩みだした彼女に手を伸ばし、自分の腕に納めると、きつく、き
つく︱︱︱彼女が壊れてしまうのではないかと思うほど、だが傷つ
けるのが怖くて、全力で彼女を抱きしめることもできない。
頭の中がグチャグチャになってしまった。
彼女が俺を嫌がるなら、仕方がないのだと。
離れ離れになるのが早いのか遅いかだけだと、割り切ろうとして
いた。
拒絶され、短い時間、離れていただけなのに︱︱︱それでも、な
お愛しさが募るだけだった。
信じたくない。
自分が彼女に嫌われている事実を。
信じたい。
彼女の優しさが、それでも俺を見捨てないのだと。
その彼女の憐憫に縋って、彼女が傍にいることを許してくれるな
ら、俺はなんだってしてしまうのだ。
どんなことをしても、この手を放したくない。
彼女がどれだけ俺を嫌っても、俺は彼女を嫌うことができない。
474
気がつけば、俺は子供のように泣いていた。
どうして、と彼女が掠れた声で何度も呟きながら、涙を流してい
る。 すまない︱︱︱すまない、俺はお前の願いをひとつも叶えてやる
ことなどできない、我侭な愚か者なのだ。そうだ最初から分かって
いたことなのだ。
アンティム
最高の友の言った通りだ。
俺はこの世に彼女が存在しないのなら、死んだも同然なのだ。彼
女がこの世に居ないのなら︱︱︱そんな世界には存在したくはない。
お前を元の世界に帰りたいというなら、彼女に道を示して、俺は
自害すればいい。
それでいい、と、納得してた。
もうお前のいない世界に未練などないのだから。
俺が俺を消さなければ、彼女にとって大きな災いになるのは目に
見えている。
475
でも俺が存在する限り、お前を元の世界に帰したりしない。
帰したり、できないんだ。
すまない。すまない。すまない。
許してくれなど、言えない。
だが何千回でも何万回でも謝ろう。
きっと俺は、お前を、帰すことができないんだ。
お前がもし本当に、故郷に帰りたいのなら、殺して︱︱︱俺を殺
してくれ。
恨んだりしない。
喜んで、その刃を受けるから。
グラン・オム
彼女を知ることができて、俺は幸せな巨人族の男だったのだと、
胸を張っていえる。
だから、殺してくれ。
そうでなければ、俺は望んでしまう。
お前と共にある未来を。
476
Chapter 11. 俺が君に願うこと︵後書き︶
[民族学者アルジャン=オットの研究手帳] ︱︱巨人族抜粋 グラン・オム
巨人族のツガイに対する感情は、他の種族の盲目、執着に近いもの
ベット・オム
があるが、少々異なるようだ。
たとえば獣人ならば強い執着を持つが、ツガイが不慮の事故や、不
運に見舞われて失った後、自失するだろうが、多くは立ち直れない
わけではない。新たに前を向き、新たなツガイを見つけるに至るま
グラン・オム
トンベアムール
でには時間がかかるが不可能ではない。
しかし巨人族は﹃一目惚れ効果﹄で恋を実らせるにもかかわらず、
心の繋がりがとても強く、男女問わず、事故や不運でツガイを失う
グラン・オム
と、残された片方は直ぐに狂気に陥るか、自害してしまうのが殆ど
である。
ツガイを失っても、生きている巨人族は殆どいない︱︱いや、いな
いといったほうがいいだろう。
ただ例外として、子供を授かっている者と、ツガイを殺された者は
ペ
死ぬまで殺害者を許すことはなく、命の限り追い続ける地獄の猟犬
となるだろう。
イカルト
ディアーブル
グラン・オム
一般的には知られていないが歴代でも五本の指に入るといわれた第
四領の七十六番目の魔人の領主が巨人族に暗殺されたことは、妻も
しくは恋人を殺されたために報復されたと伝わっている。
477
Chapter 12. 和解?
どれくらい俺と彼女は泣いていたのだろう。
だが唐突に背後から聞こえた咳払いに、俺はのろのろと顔を上げ
た。
出るタイミングを計っていたのだろう。
プティアミ
﹁そろそろ、君達二人の誤解を、解きたいと思うんだが、いいかな﹂
﹁⋮⋮小さき友﹂
追ってきていたらしいリュゼは、肩で息をしている。
それにしても誤解とはなんだ?
先ほども言われたような気がしたが⋮やはり、彼女は俺の腕の中
で、泣いていた。
これが、現実だ。
彼女が俺に涙するほど、厭うているのが。
意識を戻したらしい彼女が、俺の腕の中から出て行こうと暴れる
が、逃げていくとわかっていて、腕の中から出すことはできなかっ
た。
お願いだ。お願いだから、側に置いてくれ。
478
はぁ、と心底呆れたようなため息に俺が顔を上げると、嗜めるよ
うな視線を送られた。
それでも、俺はこの手を離せない。
さらに腕に力を込めた。
俺にかける言葉を失ったようで、視線が彼女に向いた。
なぜだろう⋮⋮二人が見詰め合っているというだけで、胸が締め
プティ・オム
付けられるような⋮モヤモヤとするような感情は??
アミ
﹁ご挨拶が遅れました。僕は小人族のリュゼと申します。その男の
友です﹂
﹁あ、え?⋮さくらばさくらと申します﹂
なぜか頭を下げるリュゼに、彼女が戸惑ったように、名前を告げ
る。
びく、と思わず反応してしまった。
サクラバ=サクラ。
不思議な音程の名前だ。
479
苗字がある、ということはそれなりの身分なのだろうか?貴族、
か?
彼女の名前を知ることができた︱︱知ってしまった︱︱という反
面、彼女が他の男と話していることが、とても悲しい?⋮⋮苦しい
?なんだ。さっきから、モヤモヤ?するのは。
﹁すみません⋮私はさくらばさくらと申します。助けていただいた
のに、名乗りもせず、失礼いたしました﹂
驚いた。
彼女が俺にも自己紹介をしてくれた。
自分の自己紹介ができない状態なのだが、それがとても嬉しい。
少なくとも、完全に嫌っている人間には自己紹介なんて、しない
だろうから⋮⋮︱︱ちょっとでも、好かれる可能性があるというこ
とだろうか。
プティアミ
その涙は小さき友が言ったように、誤解なのだろうか?
︱︱︱そうであれば、尚更いい。
僅かに見えた希望に縋る様な気持ちだった。
﹁ごほぉんっ!﹂
480
リュゼが再び咳払いをする。
先ほどまでの悲しみよりも、喜びが勝って、それに酔いしれてい
アヴォワール
た︱︱︱と思ったのだが、俺はどうやら、無意識に彼女に頬擦りを
していたらしい。
はっと、俺は我に返る。
一瞬だけ、リュゼから﹃恥知らず﹄と雄弁に語る視線が投げられ
た。
プティアミ
普通ならば分からないだろうが、この賢い小さき友は、記憶力が
とても優れている。
頬擦りが巨人族にとって何を意味するか知らないはずがない。
未婚の女性に行って良いものではない。
婚姻関係にある男女の朝の挨拶であるから、今俺が彼女にするの
は、非常によろしくない。
性的な意味合いが強いのだ。
だが、無意識にしていたかと思うと、自分の欲望の深さを思い知
る。
どうやって、押さえ込めばいいのか。
驚いた様子の彼女が意味を理解していなかったのだけは幸いだ。
481
﹁失礼。ファーストネームがサクラバで、ファミリーネームがサク
ラでよろしかったでしょうか﹂
﹁あ、逆です。ファーストネームがさくら。ファミリーネームがさ
くらばです﹂
サクラ︱︱名前が知れて嬉しい。
プティアミ
だというのに、ザワザワと腹の奥底から湧き上がる、不快感。
俺よりも先に小さき友が彼女を名前を呼んだというだけなのに。
グランアミ
﹁大きな友、我慢しなさい。君は彼女と話ができない状態なのでし
ょう?⋮⋮ジェアン﹂
プティアミ
俺の心情を見透かした小さき友は呆れた様子でため息を零す。
彼女は慌てた様子で、顔を上げた。
﹁ちょ、ちょっと待ってください。リュっ︱︱うぐっ﹂
リュゼ。
プティアミ
彼女が小さき友の名前を呼ぼうとした瞬間、頭に血が上る。
咄嗟に、彼女の口を塞いでしまった。
わけもわからず目を見開いている彼女は俺を見上げ、俺は顔を顰
482
めながら、反射的に﹃駄目だ﹄と聞かせるように首を横に振ってい
た。
すまない、と心で何度目になるか分からない謝罪をした。
だけど、呼んでほしくない。
俺以外の男の名など呼んでほしくない。
グラン・オム
彼女は巨人族ではないし、つがいでもないから強要できないが︱
︱︱嫌だ。
プティアミ
﹁思慮不足で失礼いたしました。僕のことは、小さき友とでも呼ん
プティアミ
でください。彼のことはジェアンと﹂
アミ
俺は友想いの小さき友に感謝しつつ、彼女の唇から手を引いた。
プティアミ
﹁え、っと⋮小さき友さん?その、彼が⋮私と会話が、できないっ
てどういった意味なのでしょうか?﹂
彼女は困惑げな表情で、リュゼに問う。
彼は﹃そうだろうと思った﹄と言った顔で苦い笑いを浮かべた。
﹁やはり、知らずに誤解なさっていましたか。グラン・オムは日常
的に血の繋がりのない女性と話す習慣がないのです。地域にもより
ますが、せいぜい話をしても、三親等以内ですので﹂
483
うん??
プティアミ
小さき友は何故か、巨人族の戒律を改めて細かく説明した。
この世界に住むものならば、大体誰もが知ってる常識的な事だ。
俺も彼女の様子からしても、知らないということは察していた。
そうでなかったら、あんなに無邪気に巨人族の男に話しかけて、
答えを期待するものか。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮は?﹂
やはり彼女は思いもしなかったという顔で、一音を発した。
難しそうな表情で長いこと固まる。
それから、彼女が言葉を発するまでとても時間がかかったが、俺
グラン・オム
たちは根気よく待った。
﹁⋮⋮あのー⋮巨人族って、なんですか?﹂
グラン・オム
リュゼは彼女に巨人族と、その戒律の説明をした。
484
彼女は全て初めて聞いたらしく、目を瞬かせて驚いていた。
﹁ですから彼が話さないからといって、貴女の存在が迷惑だという
ことは一切ありません﹂
﹁そ、そう、なんですか?﹂
彼女が不安そうに俺を見上げてきたので、頷く。
先ほどまでの、彼女から感じた頑なな拒絶はほとんどなかった。
纏う空気は、生活していた時のように柔らかい。
もしかすると、この会話ができないのが、リュゼの言う俺たちの
誤解だったのだろうか?
不意に彼女の頬に赤みが差してきて、うろたえる様に視線を彷徨
わせている。
︱︱︱可愛い。
許されるなら、このままリュゼとの対話を止めて自分の家に帰っ
て、閉じ込めてしまいたい。誰の視線にも晒さないで、俺だけの彼
女にしてしまいたい。
呼びたい。
彼女の名前を呼びたい。
485
帰さなければいけないが、帰したくない。
きっと、名前を呼んでしまったら、俺は絶対に彼女を帰せない。
どんな手を使っても、帰さない。
グラン・オム
良心と理性が自重するも、巨人族としての本能が、それを許さな
い。
﹁もしよろしければ、今までどおり、彼の元で暮らしてもらえませ
んか﹂
﹁え?で、でも﹂
困ったように眉根を寄せて、ちらちらと彼女が俺を伺う。
そうか、先ほどまで﹃一人で大丈夫だ﹄といった手前、素直に受
けにくい提案なのだろう。
グラン・オム
﹁巨人族にとって戒律とは約束事のようなものですが、生活に馴染
むほど重んじています。ですが、彼はそれを幾つも破って貴女を保
護しています。とても貴方をお慕いしていなければ、できることで
はありません。僕からも是非お願いいたします﹂
リュゼの言葉で、丸い耳元まで赤くして、潤んだ瞳で上目遣い︱
︱︱抱きしめていても身長差があるのでいつもといえばいつもだが
486
︱︱になっている。
あぁ、お前が俺のつがいなら、ここで押し倒していても可笑しく
はないぐらいだ。
﹁⋮その、一緒にいても⋮いいですか?﹂
おずおず、とか細い声で彼女が告げ、俺は頷いた。
すると、彼女がほっとしたように、俺の腕の中で力を抜いたのが
分かった。
﹁ありがとう﹂
それは俺の台詞だ。
ありがとう。
こんな俺を拒まないでくれて、厭わないでくれて。
必ず、お前を︱︱︱⋮
﹁ジェアンさん﹂
﹁っ﹂
487
己の理性を焼き切らないため、彼女の名前を呼ばないように、と
必死で我慢していたが、逆に自分の名前が呼ばれることを考えてい
なかった。
今まで色々彼女の言葉で驚いたことはあった。
しかし、己の名前を彼女の口から呼ばれたことは、一番衝撃的だ
った。
初めて呼ばれた、名前。
ぶちん、と何かが切れた音がした。
488
Chapter 12. 和解?︵後書き︶
気がつけば、お気に入り件数1400件越え。総合評価3900p
t越えしておりました。これも全部、読み手様のおかげです。この
拙い小説をお読みいただきまして誠にありがとうございますww
次回からは更新が分かりやすいように、巨人さん編も桜さん編も一
番下に最新話置き場を設置いたします。どうぞ、これからもよろし
くお願いいたしますw
489
Chapter 13. 暴走中 R15︵前書き︶
お察しのよい方は気がつかれていると思います。巨人さん編のキス
シーンですがこちらも濃い仕様︵当社比1.5倍︶になっておりま
す。
490
Chapter 13. 暴走中 R15
︱︱︱ジェアンさん。
彼女の穏やかな声が、頭の中で木霊する。
先程までの拒絶の色が消えた音は、心臓が掴まれた様に強烈だっ
た。 気がつけば、友の前だということすら忘れて、草原に彼女を押し
倒して、俺は覆いかぶさっていた。
草の上に広がる黒髪。
大きく見開かれた宝石のような双眸。
唇に触れる柔らかな感触。
暴れる本能を押さえ込みながら、唇の温もりから離れるも、その
僅かに離れた唇すらもどかしくて、吸い込まれるように、唇を押し
付けた。
何度も理性で引き剥がしたが、止まらない。
何度も本能に従い、唇を寄せてしまう。
繰り返すたびに、現状を理解したらしい彼女の頬が赤みを増して
いく。
491
驚くべきことに、真っ赤になった彼女は、悩ましく眉根を寄せて、
俺の腕に手を添えた。
そう押しのけようともせず、俺の腕を掴んだのだ。 まるで、誘うように。
﹁︱︱まっ⋮っ⋮ぁ⋮ジェアン、さっ﹂
再び呼ばれた己の名前に、狂いそうな衝動が突き抜ける。
今度こそ根こそぎ理性を焼き切った。
﹁︱︱んんっ﹂
俺の名を呼んで開かれた歯列に舌を忍び込ませると、小さな舌が
出迎えた。
ちろ、と舐めあげると、彼女は俺の舌を甘噛みして答えた。
先程まで俺を拒絶していた彼女が、リュゼの言っていた誤解が解
けたから、俺を受け入れてくれるのかと思ったら、もう止まらなか
った。
知りたい。
全部。
492
彼女の全てを。
甘い唇も、小さな舌の形も、歯列の並びも、唾液の味も、細部に
至るまで、何一つ残らず知りたい。
﹁っ、んぅ⋮っ⋮、ん⋮⋮っ﹂
ぐちゅぐちゅと卑猥な音が響き、俺は耐えられなくなった。
唾液を啜り、舌を絡ませ、歯列をなぞり、そのたびに彼女の鼻に
かかるような甘い吐息が零れた。
意図せず彼女の口内に流れ込んだ俺の唾液を、こく、と彼女が嚥
下する気配に、体が燃えるように熱くなっていた。
もっと、もっと、もっと︱︱︱彼女をもっと知りたい。
指先は自分勝手に、彼女のズボンの前部分のボタンに触れる。
元々ズボンも大きすぎたのだろう。
ウエスト部分も緩くて、大きいボタンはするり、と外れた。
彼女と一瞬、目が合う。
493
目尻に溜まった涙も、とろりと蕩けた瞳も美しかったが、僅かに
不安の色が見えて、俺は手を止めて、安心させるように彼女の髪の
毛を梳いた。
ああ、そうか︱︱︱外だし、昼間だし、緊張するのも無理はない。
﹁っ、はっ⋮ん、んぅっ﹂
自分の家にお前を連れて帰りたくても、もう駄目なんだ。
飢えた心が、お前を今、離さない。
ひとつになりたい。
再び彼女の衣服を剥ごうと、シャツに手をかける。
だが、ボタンが小さすぎてズボンのようには外せずに、短い時間
すら俺を苛立たせる。
シャツの端を肘で押さえて、反対側に軽く引っ張るだけで、あっ
さりとボタン部分を飛ばした。
きっと巨人族用ではない木綿のシャツだったのだろう。
そこで俺は、ようやく困ったことに気がついた。
494
このままくちづけをしたいのに、露わになった彼女の肌も貪りた
い。
なぜ俺の口はひとつしかないのだろう?
どうして、同時にできないんだ?
胸に触れたいのに、髪も梳きたくて、臀部にも触れたいのに、秘
部にも触れたい。隅々まで触れたい。
俺は、どれから優先すればいいんだ?
全部。全部がしたい。
彼女の全てを味わいたい。
でも、俺の口がひとつで、腕は二本しかない。
迷いと混乱の最中に、それでもたった一つ優先させねばならない
ことがある。
口内を味わっていた舌を名残惜しくも抜くと、互いの唾液できた
銀色の橋が繋がる光景に、くらくらと眩暈にも似た感覚を覚えた。
495
しばし茫洋とそれを眺めていたが、ぶっつりと切れて我に返る。
頬を染めた彼女は荒い呼吸を繰り返して、ぐったりと力なく草原
に寝転がったまま俺をとろんとした瞳で見上げていた。
淫靡な空気と、もう半裸といってもいい姿に思わず喉が鳴る。
彼女の面積の小さいレースのついた下着らしきものが、見え隠れ
している。
その頬に流れる唾液を、そっと指先で拭う。
ぴくん、と感度よく震える彼女。
この指で救い上げた唾液が己のものか、彼女のものか、それとも
交じり合ったものなのかと想像するだけで熱くなる体。
いわなければならないことがある。
お前に発したい言葉がある。
﹁さ﹂
さくら、愛している。
続くはずだった言葉はコメカミに入った強烈な一撃によって、切
断された。
496
+ + +
﹁⋮⋮⋮ジェアン。君は彼女を守りたくて、僕を尋ねてきたのです
よね?﹂
絶対零度の声色に、目覚めるように、正常な意識を取り戻した。
立ちすくむ彼の目元を手で覆う。
﹁み、見るな!リュゼ!﹂
﹁⋮⋮目の前で盛ったのは誰ですか﹂
プティアミ
かっと頭の中が煮えたぎるような羞恥が襲ってくる。
幼馴染である小さき友の眼前で、欲情を露わにした自分が情けな
い。
彼女に謝ろうと視線を向けたが、まだ淫靡な余韻を残す肌の露わ
になった姿を直視できなかった。
それにここで一言でも答えようものならば、今起きたことの二の
舞になるだろう。
確実に理性を飛ばす自信がある。
497
﹁リュゼっ!﹂
プティアミ
俺は顔を背けながら、助けを求めて、小さき友の名を叫ぶ。
﹁レディ・サクラバ。彼は無粋かつ野蛮な行為を心から謝罪してお
ります。無礼ついでに申し上げますが、目の毒ですので、身なりを
整えていただけるとありがたいのですが﹂
リュゼは俺が言いたいことの全てを言い切り、さらに的確な指示
を彼女にだした。
俺も自分の目元を手で覆うが、戸惑いながらも彼女が身なりを整
えるシャツの音に反応してしまう。
き、きつい。
もう己のズボンの中は痛いほど張り詰めているのだ。
プティアミ
これでマントがなければ︱︱︱いや、マントがあったところで、
この聡すぎる小さき友は俺の状態をわかっているだろう。
プティアミ
小さき友は時間稼ぎのように彼女と会話している。
プティアミ
何度も彼女と小さき友に心の中で謝りながら、俺は自身を鎮める
ことに集中した。
498
グランアミ
﹁大きな友⋮さん?﹂
泣き出しそうになるのをぐっと堪える。
せっかく名前を呼んでもらえたのに、その呼び名を変えられ、心
が軋む。
しかし、たしかにそれくらいしなければ、何かの拍子で俺は同じ
ことをしてしまうかもしれない。
彼女に、なんてことをしてしまったんだ。
名前を呼ばれただけで︱︱︱欲情してしまうなんて。
﹁僕も彼のアミとして謝ります。申し訳ありません。彼が日頃はと
ても温厚で、もの静かなのです。こんなことをするなんて︱︱︱僕
としても想定外のことでした﹂
プティアミ
すまない小さき友。
でも俺にとっても、これは想定外のことだったんだ。
﹁もうよろしいですか?﹂
﹁⋮はい﹂
﹁では、ここらは危険ですので﹂
499
両手を下ろすと﹃危険﹄で氷柱のような冷え切った視線を俺に送
るリュゼ。
悪かった⋮俺が悪かったんだ。
拒絶された事を考えると、体からさぁ、と熱が引いていくのがわ
かる。
こんな酷いことをして、怖くて彼女が直視できない。
リュゼと戸惑いながらも話しているが︱︱︱怒って、ないだろう
か??こんな俺を嫌わないでくれるか?分からなくて、怖い。
﹁僕の家に戻りましょう。込み入った話はそれからで。距離は4キ
ロほどだと思いますが、大丈夫ですか?﹂
﹁だ、大丈夫です﹂
だが、心とは別に体は、起き上がろうとする彼女に当然のように
手を差し伸べていた。
複雑そうにではあったが、彼女はその手を取った。
ほっと胸を撫で下ろす。
俺は彼女に嫌われては、揶揄なしに︱︱︱生きていけない。
﹁あ、すみま︱︱︱あ、あれ?﹂
500
立ち上がろうとした足が、草原にかくん、と膝をつく。
﹁腰が、抜けたんですか⋮⋮﹂
プティアミ
小さき友の言葉に、彼女の丸い耳まで真っ赤になっていく。
居たたまれなくなったのか、両手で顔を覆ってしまった。
501
Chapter 13. 暴走中 R15︵後書き︶
︻とある巨人族の聖職者の父と弟の午後︼
弟は父の心配をしていた。
この父は妻を失ってからというもの、時々よく分からないことを口
にすることが多い。そして、ここ数日、物凄く拍車がかかっている
気がしてならない。我が愛妻も父の様子を見てくるように進めてく
れた。なんてよくできた妻あろう。ハイキックで俺を外へと追い出
した姿すら可愛い。いや好きだ!愛している!たとえ妊娠していて
Hができずともこの燃え上がる︱︱︵二時間後︶︱︱話がそれたが、
様子を見に来た。
﹁はっ、神の声が聞こえる!あいつが女の足を光悦として、ナメナ
メしているような気がすると!﹂
﹁ないない!あんな巨人族の中の巨人族みたいな、奥手の堅物が!
また明日来るからな﹂
勘で適当なこというな適当な事を。
﹁はっ!!神の声が聞こえないのか!あいつが夢の中で女にエロエ
ロの限りを尽くしていた、と!﹂
﹁ないない!天変地異だぞ!また明日来るからな﹂
だから、ないって。
どんだけ、神が兄貴に女作らせたいんだ。
﹁お、やべぇ⋮昨日、こなかったけど大丈夫か親父﹂
502
﹁はっ!!神の荒い鼻息が聞こえる!あいつが女を真昼間から森の
ディユー
中でやっちゃってたり、なかったりだと!むむディープキスだけで
すか!相手が腰を抜かすほどの!おお女神よ!﹂
﹁⋮⋮親父、いっぺん領地の医者にかかんねぇか?﹂
ディユーブーシュ
弟は聖職者の父の特殊能力である﹃神託﹄の力を激しく疑った瞬間
であった。彼の言葉で自分を含む里の巨人族は移動したのだが⋮本
当に大丈夫だったのだろうか??
503
Chapter 14. 長い話の始まり
プティアミ
小さく苦笑を浮かべた小さき友は、俺に顔を向けると、声を出さ
ずに口を動かした。
今は滅多に使わないが、冒険者時代に活用した唇を読む会話方法
だ。
同じ会話方法を知ってても、顔を上げてない彼女にはわからない
だろう。
﹃︵大丈夫、君は自分が思ってるより彼女に好かれている。僕が保
障するよ。だから焦る必要ない︶﹄
その言葉は俺の腹に、すとん、と落ちた。
あぁ⋮そうか。
ファン・オム
俺は焦って、いたのか。
彼女は希少種の純人族というだけで、命を脅かされてもおかしく
ない立場にあって、自分の故郷に帰りたがってて。
俺はこの世界に家のない彼女に衣食住を与えたから、側にいられ
るだけの存在で。
504
だから、心を欲することすら許されない。
でも彼女は俺が勘違いしそうになるくらい何度も話しかけて、巨
人族の男女ならば、もう結婚していておかしくはないぐらいだった。
まるで妻を迎えたように同じ屋根の下に住むことを許されている。
甘い現状と厳しい現実の差が、俺を不安を煽る。
その不安が、彼女が決定的に戻りたいという前に、その前に自分
の手の内に納めてしまえば︱︱︱という焦りに変わり、簡単な切欠
で凶暴な後者が顔を出す。
﹃︵⋮すまん︶﹄
プティアミ
やはり小さき友は、俺のことを俺よりもよく分かっているようだ。
グラン・オム
﹃︵それから、彼女は巨人族じゃないんだ。ましてやそれを知らな
い。君が僕と話していたことにショックを受けていたんだよ︶﹄
﹃︵ショック?なぜだ?︶﹄
意味が分からず小首を傾げると、リュゼはやっぱりというように
首を横に振っている。
505
﹃︵では聞くが、彼女が僕にしか話しかけなくて、君に話しかける
ことを一切しなかったら、どうだ?︶﹄
想像しただけなのに、不思議な感覚が這い上がってくる。
苛立ち、怒り、悲しみ︱︱︱もやもやとしたよからぬ負の感情が、
強烈に胸を占める。
プティアミ
一瞬、そうなったら、小さき友に手をかけている自分が容易に想
像できて、怖かった。
﹃︵彼女は、それをとても悲しいと思ったんだよ。だから、逃げて
しまったんだ。今から君に彼女も運んで貰おうと思うが、断らない
だろう。たとえ、君が無理やり唇を奪った相手でも、嫌っていない
からね︶﹄
﹃︵⋮⋮本当か?︶﹄
本当に、俺を拒絶したりしないのか?
プティアミ
小さき友の言葉は、いつだって大方正しいが、この時ばかりは不
安になる。
でも、もしそうだというなら。
無体を働いたのにもかかわらず、俺を嫌っていないというのなら。
答えを聞くよりも先に、彼女が顔を上げる。
506
﹁それでは参りましょうか。歩けないようなので、ジェアンに抱き
上げさせますが、よろしいですか?﹂
﹁は⋮はい。ご迷惑おかけしました﹂
そろり、と彼女に手を伸ばして、華奢な体を抱えると、彼女から
抵抗らしい抵抗はなかった。
﹁すみません、よろしくお願いします﹂
拒絶されなかったことに喜びながら、俺は彼女を落とさないよう
に、しっかりと抱きかかえる。
頬は薄っすらと赤みが差していて、誰にも見せたくないぐらい愛
らしい。
離したくない、この温もりを。
グランアミ
﹁ん、っ、あの、じぇ⋮じゃなかった、あの大きな友さん﹂
控えめな声の彼女が、自分の名前を言い直されたことに、少なか
らずダメージを受けた。
俺は話もそこそこに、リュゼも肩に担ぎ走り出した。
彼女は驚いた様子だったが、二人とも軽い。
507
二人を合わせたって、父の体重になるかどうかの重みである。
よく昔は母に照れ隠しで、ボコボコにされた父を担いで家まで運
んだものだと、少し懐かしんだ。
+ + +
プティアミ
小さき友の家について、彼を投げ出すと、彼は体を回転させて器
用に着地した。
さすがに冒険者時代に培ってきた反射神経は衰えるほどではなか
ったらしい。
プティ・オム
並みの小人族なら尻餅をついていただろう。
彼女は俺の彼に対する粗雑な扱いに驚いていたようだが、構わず
に両手で抱えなおした。
入り口で彼女をぶつけぬ様に、屈みながら入る。
彼女は俺の家に来たときと同じように物珍しそうに、室内を見渡
していた。
﹁父の代から周辺に住む他種族と交流が多かったもので、彼らが過
ごし易いように立て直したんです︱︱どうぞおかけください﹂
508
彼の父親は、俺の父親と大昔に冒険者仲間だったせいか仲がよく、
いつも︱︱とはいっても、リュゼの父親が避暑に、この別荘で過ご
す間だけだが︱︱遊びにきていた。
ベット・オム
それから、遠いのだが時折獣人族も酒を片手に現れるらしい。
何度か遭遇したことがある。
プティアミ
いまでこそ、小さき友は苗字を名乗ることを許されないただのリ
ュゼだが、元々彼の実家はこの辺り一帯を治めるオット子爵の直系
の次男だった。
彼は幼い頃から優秀であったが、あまりにも優秀すぎたのである。
貴族は父親から長男へと爵位と領地が継承されるが、領地内は長
男よりも、優秀で才に溢れた次男を継がせたほうがよいのではとい
う声が日に日に大きくなっていた。
長兄は武技と人柄に恵まれたが、物静かで心の優しい青年だった
のだ。
それが領地内の一部の者には気弱という印象を与えたのだろう。
リュゼは若いながら敏感にその空気を悟って、家を飛び出し冒険
者となった。
結局、巻き込まれるように俺も付き合うことになったが。
元々彼は父親似で、好奇心が強かったせいもあるだろう。
俺の父親の話では、リュゼの父親であるオット子爵は元々次男坊
509
で、世界の種族を網羅したいと父と共に冒険者家業に足を突っ込ん
だ変わり者だった。若いころには、種族図鑑をいくつも発行してい
たらしく、父に見せてもらったことがある。
それが夢半ばで、長男が病に倒れたため、それを辞めて泣く泣く
領主となったらしい。
リュゼが兄に安全に爵位を継承させるためだったのだろうことは、
オット子爵にだってわかっただろうが、貴族としての世間の風体を
保つために、兄の爵位の継承儀式の後に、帰郷したリュゼにこの別
荘だけを与えて、勘当した。
プティアミ
彼女にコップを手渡しながら、荒れていた小さき友の昔を懐かし
んだ。
﹁あ、ありがとうございます﹂
目元だけで、礼は不要と訴えかけると、彼女は体から力を抜いて
感覚が伝わって︱︱︱んん?俺はなぜ彼女を膝の上に乗せているの
だ。
多分、俺は耳まで赤くなっていただろう。
本当に無意識だったのだ。
だが、今更横に下ろすのも何か不自然だ。
510
幸い嫌がられていないようなので、このままでもいいか。
一息ついた後、切り出したのは、リュゼだった。
ファン・オム
モデスト・プーサン
﹁ジェアン。彼女は⋮⋮純人族ですね?生き残りですか?﹂
ファン・オム
﹁わからない。慎ましき雛湖で溺れていた。確認したが角はなかっ
た﹂
プティアミ
どうやら、小さき友は彼女の耳で純人族だと悟っていたらしい。
そして、生き残りの可能性を考えていたようだ。
ファン・オム
絶滅したといわれているが、それは文章上のことであって﹃黒の
塔﹄にいる最後の純人族の死体を見たと書かれているらしいが、そ
もそも彼らの拠点がそこ以外にあった可能性とてある。
だから、真っ先に考えて当然だ。
モデスト・プーサン
しかし、それ以外の予想もしていなかったわけではないようで、
慎ましき雛湖の名前を出した時には、僅かな動揺を見せただけで、
すぐ立ち直った。
アンティキテ・リュイヌ
﹁まさか、古代遺跡?﹂
﹁わからない﹂
﹁ですが、可能性は高い﹂
511
アンティキテ・リュイヌ
いわれてみれば、それくらいしか思い当たらないが、彼女以外に
グラン・オム
思考が動いてなかった。
巨人族としては普通だが、古代遺跡を守る聖職者としては失格か
もしれない。
グラン・オム
エルフ
ファン・オム
アンティキテ・リュイヌ
﹁巨人族よ。君だって﹃ルマルカーブルの奇跡﹄を読んだだろう?
創作にしろ、真実にしろ長命種族領地の純人族も古代遺跡から現れ
たはずだ﹂
偶然とは思えない。
彼は鋭い視線で俺を見つめ、その事を示唆している。
﹁あの?﹂
﹁申し訳ありません﹂
プティアミ
彼女は不安そうに、小さき友を伺っている。
彼は拳を口に当てているということは、考えを巡らせている時だ
ろう。
言うべきか、言わぬべきか逡巡したようだったが、こういう時の
彼の判断は早い。
﹁レディ・サクラバ。今の会話の内容を説明するより先に、幾つか
質問があるのですが、許していただけますか?﹂
﹁え、はい﹂
512
そっと、彼女を伺うように視線を上げた。
﹁貴女はこの世界のことを如何ほどお知りでしょうか?﹂
問われた彼女も困ったように眉根を寄せて、固まった。
俺もはっとする。
よく考えてみれば、彼女の質問に肯定か否定する程度で、ここが
何処かも告げていない。
彼女を自分から守るので精一杯で、そうすることを考えもしなか
った。
もしかすると、彼女が不安定なのはそのせいだろうか。
プティアミ
その状況が思い当たったようで、小さき友もすぐに彼女が答えや
すいように質問を変えた。
﹁申し訳ありません。質問が悪かったのですね。貴女はどちらから
いらしたのでしょうか?世界の名前か、国の名前が、あればお願い
いたします﹂
彼女は出会った当初俺に語りかけてきた不思議な音の国名を次々
に当てていく。
513
やはり、再び聞いたところで覚えのある国はなかった。
ジュット
﹁⋮⋮ちきしょう﹂
俺よりも数倍博学であるリュゼも聞き覚えがなかったのか、現状
を小さく罵った。舌打ちしかけたが、辛うじて堪えたようだ。
もしかすると思っていたよりも、深刻な事態なのだろうか?
彼女が不安そうな顔を見せて、俺は思わず彼女の体を抱き寄せる。
それに気がついたようでぎゅ、と小さな手が俺の袖を掴む。
﹁リュゼ﹂
窘めるように名を呼ぶと、小さく息をついて、瞳を伏せた。
﹁あぁ⋮不安がらせたようなら、謝ります。どうも僕にも信じられ
ないことだ。もうひとつ聞かせてください。貴女は﹃人﹄ですね?﹂
﹁え∼と、普通に﹃人﹄ですけど﹂
きょとん、とした彼女だったが小首をかしげて、困惑げにだが、
あっさりと告げた。
彼女には﹃人﹄である自覚がある。
514
にもかかわらず、俺たちのような異種族の前で、それを認めると
いうことが、どれほど危険なことか自覚をしていない。
きっと、今の質問は彼女自身に自覚させるためではなく、俺に現
状の危うさを示唆したのだろう。
一瞬だけ、リュゼは此方に視線を送った。
それから、彼女を安心させよう微笑もうとして、失敗したような
顔をする。
水晶眼鏡を外して、目元を押さえながら、ソファーに深く凭れる。
﹁何からお話するべきか⋮⋮いえ、すべてを話すとなると、今日だ
けでは足りない。先に貴女が知らなければいけないことを掻い摘ん
でお話しましょう﹂
もう一度体を起こながら、眼鏡をつけると、彼は長い息を吐き出
した。
きっと、長い話になるだろう。
そんな予感があった。
515
Chapter 14. 長い話の始まり︵後書き︶
︻とある巨人族の聖職者の父と母と兄弟の思い出話︼
ピクニックに出かけようと言ったのは幼い弟だった。
プーサン
モデスト・
二軒隣のジャンソンさん家の弟と同い年の長男が、数日前に慎まし
き雛湖まで家族で出かけたのだと、自慢していたせいだろう。家の
すべての決定権は母にある。母が﹃駄目だ﹄いえば無理だろうが、
幸い母から了承をえることができた。
﹁いいわよ。明日行きましょ。あなた今晩私、自分の部屋で寝るわ﹂
﹁な、なんだってぇ!!﹂
大げさに驚いた父が、よろよろ、と数歩下がる。
その時点からひと悶着あったが、昔からなので、弟と俺は明日のピ
クニックのために早々と寝ることにした。
次の日、目の周りに痣を作っているにもかかわらず満面の笑みの父
が愛妻⋮愛父弁当を作り、母がよろよろと腰を抑えて夫婦の寝室か
らでてきた。子供ながらに二人のやり取りが目に浮かぶようだ。
ディユー
父は母が月のもので、自室に篭ると物凄く機嫌が悪いというか﹃は、
いま寝返りをうったのですね!おぉ女神よ﹄と一日中、妙な事を口
走っていて、正直怖い。この時ほど、早く母に出てきてほしいと思
うことはない。
父が母を抱き上げて、十数キロを進む以外はそこそこ順調なピクニ
ックだった。おかげで、大量の弁当を弟と二人で担ぐ羽目になった
が。
到着して、弁当を食べ終えて、俺たちは湖で泳ぎだした。
516
両親は相変わらずイチャイチャしていた。木に凭れて座る前に片膝
をついて母の手をとり口付けている。
﹁湖面の光を受けて、キラキラ輝くおまえはこの世のどんな宝石よ
りも美しいよ。世界中の誰よりも俺を魅了して︱︱︱ヘヴゥッ﹂
﹁もう、あなたったら!﹂
頬を染めた母の照れ隠しによる渾身の平手が入ると、鼻血を垂ら
し光悦とした表情の父は湖で泳ぐ俺たちの頭上を通り越して、湖面
をワンバウンドした後、ぶくぶくと音を立てて沈んでいった。
﹁﹁と、父さん!!!﹂﹂
弟と二人で泳いで沈んだ父を岸辺まで運ぶ。
その父の気絶した顔は鼻血を流しながら、母を喜ばせたという達成
感に満ちたいい笑顔だった。
その時、俺は固く誓った︱︱回復魔法を覚えよう、と。
︱︱︱たかまゆ様のママンにも会いたかったというコメントから、
ひよこマッチの妄想が膨らんだ一品でございますwたぶん、生きて
た頃はこんな感じでした。たかまゆ様、ありがとうございましたw
517
Chapter 15. 狂気の鱗片
﹁この世界の名はパラディモール。大まかに大小7の大陸から形成
されています。我々がいる大陸はヴェルセット大陸です。ここまで
はよろしいですか?﹂
びく、と怯えるように彼女の身体が腕の中で震えた。
住む種族たちにとっては当たり前の情報だが、彼女にとってはそ
うではなかったのだろう。
生き残りの説は、ひどく希薄だ。
そして生き残りではないのなら、これから話す内容はきっと、物
凄く辛いことになるだろう。
わからないはずのないリュゼは話を止めることもなく、続けた。
睨み付けたが、逆に睨み返された。
俺のシャツを握っていた彼女の手が、身を守るように寄せられて、
頑なに握られた。小さな背中を丸めて、微かに震えていた。
彼女の身を抱きしめるが、彼女から反応はない。
518
オリゾン
オプスキュール
﹁大陸が開拓され、ある程度安全な場所は、ほぼ領地になりますの
ランド
オリゾン
で白領地。魔族の国が形成されている非安全地帯を黒領地。未踏、
もしくは未開拓地を灰荒野。ここは白領地︱︱︱アルカンシエル王
国の、西方のル・マン地方、オット子爵領地のプティ・オムの村落
の一つでシャン村といいます﹂
彼女の耳を塞いでしまいたい。
この情報の全てが、彼女にとって苦痛だというのなら︱︱このま
ま家に連れ帰ってしまいたい。 全ての情報を遮断して、真綿に包
むように閉じ込めてしまいたい。
でも、俺だって、わかっている。
ここで話を止めてしまうのは、彼女にとってよくないことだろう。
話をやめて、改めてまた聞かせるとなると、今作ってしまった傷
口を抉るようなものだ。そっちのほうが、ずっと残酷であることを
リュゼは知っている。
だが、耐えられるのか?
ファンオム
自分の故郷ではないということを。
もう、純人族はどこにもいないということを。
恐怖や、絶望に心を痛めて狂ってしまった友を、俺は知っている。
519
﹁ここまでは、大丈夫ですか﹂
プティ
現実を拒絶して壊れた彼女を前に、俺は、耐えられるのだろうか
︱︱︱彼女を壊したリュゼを許すことができるのだろうか?
シス
俺は理性でそれを抑え込めるのだろうか?
アミ
プティ・オム
同じ六徒でもあり、何十年もの旅を潜り抜けただけあって小さき
友は強い。
きっとその智謀と最善を選択する能力に長け小人族の中では五本
グラン・オム
の指に入るであろう、強き男だ。
プティ・オム
だが小人族だ。
ファンオム
純人族の次に脆い一族。
シス
大地からの祝福で力に長ける巨人族とは基本が違う。
そして俺は︱︱俺もまた六徒としての力を持っているだけに、戦
闘能力の差は歴然としている。
脳裏に浮かぶ。
プティアミ
全てを拒絶して自分の殻に閉じこもってしまった狂った彼女と、
俺に首を跳ねられた小さき友の亡骸が︱︱︱それを、ただ無感動に
見下ろす俺が。
520
恐怖を覚えて、ソファーに立てかけてあった剣を音を立てぬよう
に地面に転がして踏む。
グラン・オム
俺も呪われた巨人族の男。
そうか、俺も、また︱︱︱﹃語るラコンテ﹄になる可能性を秘め
ているのか。
怖い。怖い。怖い。
もう俺の世界の中心は俺ではない。
俺の世界の中心は彼女になってしまったのだ。
それでも俺は彼女に出会ってしまった。出会わなかったころには、
戻れないのだ。いいや、出会うことすらなかったと思うと、それこ
そ恐ろしい。
彼女が狂うなら、きっと、間違いなく俺も狂う。
521
ぎゅう、と彼女を強く抱きしめる。
力の加減ができない。
痛みにか、彼女がのろのろと俺に顔を上げた。
あのキラキラした黒曜石のような瞳は光が消えたように濁り、何
も映っていない。喜怒哀楽のはっきりとしていた顔から表情が一切
抜け落ちている。
泣き叫んでいてくれたほうがよかったと思えるほど、彼女は憔悴
していた。
どうか、苦しまないで︱︱︱お前が苦しいと俺も苦しいのだ。
俺がお前の苦しみを癒してやれないのだとしても、せめて自分を
傷つけないでくれ。
握り締めた彼女の拳から、じわり、と血が滲む。
震える彼女の手をゆっくり、開かせようとするが、予想以上に強
く握り締めていたようで、関節が強張っていた。
唇を寄せて、懸命に血を舐める。
最初に会った時と同じで、俺に躊躇などなかった。
傷を癒して、その彼女の指の間にするりと自分の指を滑り込ませ
る。
522
一人で全てを背負わないでくれ。
俺がいる。
必ず俺が側にいる。
爪が食い込むほど己の手を握るなら、俺の手を握ればいい。俺の
血が流れようとも、俺には痛みなどない。お前が傷を負うほどの苦
しみはないのだ。
心の痛みをぶつける場所が必要なら、俺がなろう。
どうか。
お願いだから。
俺を。
ふと、硬くなっていた彼女の体から力が抜け、表情が柔らかくな
523
ると、瞳に僅かに感情の色が伺えた。それは決意にも似た色をして
いる。
そろり、と彼女の指が、俺の指に絡み、縋るように握られた。
俺の体にも力が入っていたのだろう。
ようやく筋肉が弛緩し︱︱︱俺は自分が震えていたことに気がつ
いた。
情けない。そう思いながらも、俺は彼女をもう一度、体がぴった
りと重なるくらい抱きしめなおした。詰めていた息を吐き出しなが
ら、その温もりを味わう。
彼女は、口の端を微かにあげたような気がした。
﹁大丈夫です。話を中断させて、すみません⋮⋮その、私、母国語
で話していたと思ったんですが、どうやら私の方が、お二人と同じ
言葉を喋ってたんですね。それで少し動揺してしまいました﹂
言葉が違う?︱︱︱そうか普通に大陸の共通語を口にしていたか
ら気がつかなかった。
そして、彼女が言語を聞いたのは今日が初めてだっただろう。 524
しかし、なぜ?
俺は小首をかしげて、リュゼは苦笑を浮かべていた。
﹁そう、ですか⋮⋮お話を進めても?﹂
リュゼは、彼女の様子を慎重に伺っている。
少し前までショックを受けて、発狂しそうだったのだから、疑り
深いところのあるリュゼは見極めようとしているのだろう。
﹁続きを、お願いします﹂
彼女は今までぼんやりとしていた口調だったはずだが、ずっと明
瞭だった。
リュゼがにこり、と笑みを浮かべた気がした。
彼も感じているのだろう︱︱︱彼女は現実を受け入れているのだ
と。
525
Chapter 15. 狂気の鱗片︵後書き︶
月刊人外妄想図鑑の絵を描いてくださった素敵な読み手様がいらっ
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弟に父までwwこの幸福を皆さんにも味わってほしい!ということ
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鼻血が止まらず、出血多量で死亡しても本望!昇天できる無敵イラ
ストの数々、どうぞご覧くださいwww
Regulus様、詠み人知らず様、本当にありがとうございまし
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526
Chapter 16. 最善策
アンティキテ・リュイヌ
﹁現時点で貴女に何が起こったか正確にはわからず、推測の域をで
アンティキテ・リュイヌ
ファン・オム
ませんが古代遺跡が関係しているのだと思われます﹂
﹁古代遺跡、ですか?﹂
小首を傾げながら、彼女が鸚鵡返しする。
アンティキテ・リュイヌ
ファン・オム
古代遺跡は純人族が残した、最大の遺産。
彼らの存在の象徴である。
アンティキテ・リュイヌ
﹃黒の塔﹄と呼ばれる古代遺跡に、最後の純人族が住んでいたと
も言われているのだが、その場所は明確ではない。
伝説の建造物として、名を残すばかりで、実際に目撃者はほとん
どいない。
オリゾン
﹁昔、人が作った遺跡です。人が最盛期であった頃の文明だと伝え
られ、研究者達も多くおりますが、基本的に白領地で発見された遺
跡は国保有や種族保有という関係もあり、ほとんど解明らしい解明
はされておりません﹂
魔法ではない独特な性質を持つ道具と不思議な習慣が根付き、他
の種族には理解のできない文化をその遺跡の中で謳歌していた。
527
というのか学者たちが結論付けた最有力の説である。
実証はされているのは、ほんの一部。
﹁数十年前にも、遺跡の解明の途中で遺跡の総てが吹き飛ぶという
事故が多発してから、手をつける国は数えるほどです﹂
世界の数多の種族が、それを未知なる文明を解明したいと思いな
がらも、手出しできない。
事故、とリュゼは言葉を濁した。
たしかに王都のアルカンシエル・タイムズを初めとする発行され
ている新聞には、遺跡の爆発事件は事故だったと報道されている。
ファン・オム
﹃遺跡を荒らされた純人族の呪い﹄だなんて、見出しがデカデカ
と載っていた。
実際は王都が事実を隠蔽したのだろうと、リュゼも俺も、そう判
断している。
王都の二度の判断ミスで、優秀な研究者たちが40名近く、そし
てその護衛であった70名近い騎士や傭兵、冒険者が命を落とした
とは、言えるはずもない。
528
ノワイヨ
遺跡は個々に意思を持っているのだ。
イミタシオン
メィル
これを知る者は、それを﹃核﹄もしくは﹃母﹄などと呼んでいる
ようだ。
ファン・オム
最深部に進入した純人族以外の人ならざる者︱︱つまりは俺たち
のような純粋な人以外の種族︱︱に対して敵意を向け、攻撃を繰り
出す。
強引に最深部に入ってくると、遺跡ごと自爆すらするのだ。
ランド
アルティフィ・シエル
灰荒野の遺跡など、それ自体が稀有とされる自動戦闘ゴーレムで
ある人口門番すら存在している。
シス
六徒が集まっても、倒せるかどうかという化物がひとつの遺跡に
アンティキテ・リュイヌ
十体は存在する。
だからこそ、古代遺跡は不可侵なのだ。
一般的には知られないことだが。
モデスト・プーサン
﹁私が溺れていた慎ましき雛湖の周辺にも遺跡、が??﹂
リュゼの言葉に逡巡した後、彼女が口にしたときには、ひやり、
とした。
529
テ・リュイヌ
モデスト・プーサン
アンティキ
﹁はい。まさに慎ましき雛湖の水中に人が作り出したであろう古代
遺跡が沈んでいるのです﹂
少々ぼんやりとしているのだが、彼女は頭が悪いわけじゃない。
むしろ、賢い女性だ。
今の話の流れから、状況を推測している。
どうやら、これが彼女の本質なのではないだろうか?
今までは︱︱現実を受け入れていいなかったのではないかと、思
うほどだ。
アンティキテ・リュイヌ
﹁ですから、僕の知識不足で申し訳ありませんが、なにか稀有な要
因が重なって、古代遺跡が動き出したのではないか、と推測いたし
ました﹂
リュゼの推測という言葉に苦笑を浮かべた。
過ぎた謙遜だ。
彼が迷いなく告げたということは、まず間違いないだろう。
﹁プティアミさん、貴方の推測でかまいません。教えてください。
私は︱︱⋮元の世界に帰れますか?﹂
530
深呼吸した彼女は落ち着いた様子で、真っ直ぐにリュゼを見つめ
た。
ずばり、と彼女が確信に迫り、俺の方が動揺している。
彼女が、帰れるのか、帰れないのか。
もし帰れるのだったら?彼女はその方法を見つけて、帰ってしま
ったら?俺は︱︱俺はどうすればいいのだろう?
どうするも、なにも︱︱⋮俺には何もできない。
彼女の望みを叶えるために動く以外には、なにも、できない。
﹁可能性が全くないわけではありません。ですが限りなく低いです﹂
ほっと胸を撫で下ろす反面、彼女に申し訳なくなった。
俺は所詮、自分勝手な男だ。彼女のためになら何でもできると思
いながらも、一番の願いの望みが薄いことに喜びを覚えるなど。
アンティキテ・リュイヌ
だが、可能性がまったくないわけじゃない。
モデスト・プーサン
一つ目の方法は、慎ましき雛湖の古代遺跡を調べること。もしそ
れが、彼女が現れた原因だというのなら、逆もまた然り。
531
リュゼの意見はもっともだ。
たしかに、もし現村長に断られても、弟は次期村長なので、時間
が解決するだろう。
ただ湖の水と、研究者は問題である。
湖の水を退けるとなると、周囲の生態系が変わる可能性があるし、
もし魔法で圧縮するにしても、大魔道師が最低でも三人は必要だろ
う。
魔術には金がかかる。だから、金さえ積めば動く者もいるかもし
れない。
数日で男の平均的な年収並みの金額を請求されるだろうが、幸い
金には困っていない。
だが研究者の確保は困難だ︱︱︱優秀な研究は学園の学院を卒業
する。
パトロン
それらの殆どが裕福な貴族の子供だ。金には困っていないだろう
パトロン
アンティキテ・リュイヌ
し、貴族ではないなら、どこかで後援者から支援を受けているのだ
から、その後援者の許可なく、田舎の古代遺跡に調査に出すわけが
ない。
パトロン
後援者には善良な人も勿論いるが、多くは見栄のためである。
それを失うようなまねをしたりするものか。
遺跡が彼女を受け入れるという可能性もあるし、彼女が遺跡を解
532
読できるかもしれないが、最低でも魔術師の確保は必要だ。
安全性を考えるなら、やはり彼女自身ではなく研究者に解読して
ほしい。
不可能ではない。
しかし、徒労に終わる可能性もあるし、研究者の能力もあるが、
長期的な展望が必要だ。
彼女もどうやら理解したようで、肩を落としているように思える。
﹁では、二つ目、三つ目もあると期待しても?﹂
﹁旅の中では一番楽な手段が一つ目ですが、それでも聞きますか?﹂
リュゼがそんな風に告げる場合は、今の案が最善策ということだ。
二つ目に関しては、もう言葉もない。
完全に不可能だ︱︱︱今まで何千年もの間、数多の冒険者たちが
血眼になって探している﹃黒の塔﹄を発見するなど、さすがの俺に
も無理だろう。
しかし、その二つの提案に安堵する自分の浅ましさが嫌になる。
前者にしろ後者にしろ、数年でできることではない。
533
つまり、彼女は長いことこの世界に滞在を余儀なくされるという
こと︱︱︱そして、﹃危険﹄を理由に、﹃守る﹄という免罪符の元
に彼女の側にいられる。
もし側にいれるのならば、何年でも何十年だって、黒の塔を探し
たっていい。
俺は、彼女の側に居たい。
この手の温もりを、失いたくない︱︱︱絶対に。
534
Chapter 16. 最善策︵後書き︶
︻とある巨人族の聖職者の父と、とある小人族の父︼
﹁オトンヌ⋮⋮本当にすまない﹂
グランアミ
プティ・オム
私はジャッポン民族の謝罪方法を用いて、ベットに横たわる大きな
友に頭を下げていた。ベットが巨大すぎて、小人族である私の姿な
グランアミ
ど、見えないかもしれないが、それでも他に誠意のある謝罪方法を
知らない。
医者からの絶対安静がようやく会った大きな友は顔面の右半分を包
帯で覆い、右目には眼帯がつけられている。痛々しいほど、全身に
至る所に包帯が巻かれている。
魔術は昔から得意で、図に乗って火炎魔法を創作しようとしたのが
間違いだったのだ。近くで私の姿を眺めていた私の息子と彼の息子
を守るために、彼はその身を挺して、守ってくれたのだ。巨人族で
なければ死んでいただろう爆発だった。いや迅速に彼の息子が回復
魔法を発動していなければ、死んでいたかもしれない。それくらい
の怪我だった。
もし、彼が身を挺してくれなければ、私の息子など、間違いなく死
んでいただろう。父である、私の、手で。
﹁気にするな、大したことではない﹂
﹁だが⋮﹂
幸い右目は失明しなかったが、視力の低下は回避できないと告げら
れたはずだ。それでも、これほど朗らかに笑っているなんて、私に
は到底まねのできない巨人族特有の大らかさである。
535
﹁いいんだ。目が見えづらいと、妻に顔を近づけることもできるし
な。さ、顔を上げて、林檎を剥いてくれ。利き手が動かんから後で
妻に食わせてもらう﹂
彼なりの巨人族ジョークに苦笑を浮かべて、私は体を起こして手を
拭くと、見舞いのフルーツセットから林檎を手にして皮を剥き始め
た。
私はこの男の寛大さに心から感動していた。
﹁ん、そうだ。アルジャン、大怪我をしていいことがあったぞ?﹂
﹁なんだ?﹂
私は眉根を寄せる。怪我をしてもいいことがあるなどと、変な言い
方である。彼はニコニコと笑いながら頷く。
﹁妻が跨って腰を振ってくれる﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮は?﹂
私は一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかった。
まさか、まさか、まさか??いや、そんなはずは⋮お前は昨日まで
面会謝絶だっただろう??なぁ、おい、なんでそんなデロデロに甘
い顔で笑うんだ、友よ!
﹁あの恥ずかしがりながら﹃いまだけ、だからね﹄と掠れた声で、
俺の傷に触らぬようにと腰を振っているのに、俺に巻いた包帯を妻
が蜜でぐしゃぐしゃにするんだ。あの大きく柔らかな乳房が揺れる
妻の痴態に︱︱あぁ、お前は想像するなよ。俺だけの特権だからな
︱︱騎乗位というのも、妻の魅力を最大限に引き出す体勢のひとつ
だと俺は⋮⋮⋮﹂
536
べらべらと、いつもの調子で妻の魅力を語りだす大きな友に、私は
強烈な眩暈を覚えた。
アンティム
最高の友よ⋮⋮お前、数日前まで、死に掛けて⋮んだよな?
537
Chapter 17. 絶滅種族
﹁もし帰らず、こちらで生活をする場合も、ジェアンが衣食住の全
てを提供してくれるでしょう﹂
リュゼが当たり前の事を彼女に告げ、ちらりと俺に視線を送って
きたので不思議だった。
当然、俺は彼女を養う気だ。
俺の意思は分かっているはずなのに。
﹁安全性から考えて、このままジェアンの家で暮らすのが、僕とし
てはお勧めです﹂
しかし、その視線の意味がすぐに分かった。
﹁で、ですが、ご迷惑がかからないように、自活の道を﹂
彼女は自分一人で生活しようとしている。
ぞわり、と恐怖に背筋が凍るような思いだった。
さっき、俺と一緒にいてもいいかと、問うたじゃないか。俺はそ
れを承諾したはずだ。部屋を作ったときも、口付けの後だって。
538
俺は一度だって、彼女を拒んでない。
だけど、彼女は俺に迷惑がかかるのを恐れて、側を離れるなんて
︱︱︱嫌だ。
﹁選びだい︱︱︱でぅっ!﹂
反射的に抱き寄せて、肩に顔を埋めて、駄目だと首を横に振る。
この世界にいるというのなら、どこにもやらない︱︱︱側を離れ
たりしない。
ドロドロとした重い感情が奥から這い上がってくる。
側にいるだけでいい、なにもしなくていい。
迷惑なんかじゃない。
俺はお前を手放したりしない。
自分ではどうしようもできない稚拙で強烈な独占欲に振り回され
ながら、彼女に分かるように首を横に何度も振る。言葉を発せない
し、向かい合ってもいないから意思を主張する方法がない。
539
彼女が擽ったそうに身を捩る。
もういっそ、彼女の言葉に答えてしまおうか︱︱凶暴な本能が剥
き出しになるより先に、絶妙なタイミングでリュゼが口を開いた。
﹁訂正させていただきますが、ジェアンは貴女のことをちっとも、
全然、全く、これぽっちも、迷惑だと思っておりません。むしろ喜
ぶでしょう﹂
ほっとしたような、がっかりしたような。
リュネット
リュゼは向かい合っているから、俺の思考を読みやすいのだろう。
眉根を寄せて水晶眼鏡越しにも、困惑した色を浮かべていた。
時々リュゼが彼女と会話しているのか、俺に現状を把握させよう
としているのか、判別が難しい。
燻ぶる凶暴な独占欲を落ち着かせながら、二人の会話に耳を傾け
た。
﹁それに、貴方が自活なさるのは、とても困難です﹂
﹁難しいのですか?﹂
﹁はい﹂
彼女の言葉に、リュゼが頷く。
540
言葉に読み︱︱書きはどうかわからないが︱︱には問題がないか
ら、一つ目は文化、習慣、種族間による誤認識だろう。
数日しかたっていないが、かなり認識に差がある。
まず、彼女の世界には魔法がないようだ。
単純な構成魔法であるお風呂を沸かすのも、怪我を治したのも、
驚いていた。
ファン・オム
そして、彼女の世界には純人族しかいなかったのではないかと思
う。そのため、他種族への感覚がずれている。
俺やリュゼを同種族のように扱っているところからも伺える。
しかし、リュゼが言ったとおり、努力して覚えていけば、問題な
いだろう。
問題はもうひとつある︱︱いや、もっと多くあるのだろうが、目
に見えて大きな問題がもうひとつあるのだ。
﹁貴女は気がついていないようですが、私たちは﹃人﹄ではありま
せん﹂
﹁ええっと、私にはお二人とも普通の﹃人﹄に見えますが﹂
リュゼが髪を避けて、自分の先が少し尖った耳を晒した。
俺は思わず、彼女の先の丸い耳を眺める。
541
エルフ
グラン・オム
比べてみるとわかるが長命種族みたいに、大きさは変わらないが、
一目瞭然である。
象徴ともいえる部分だ。
プティ・オム
﹁僕は人ではなく、小人族です。彼は先ほど言ったように巨人族で
す﹂
・・
戸惑ったような声をあげる彼女に、やはり自分がどれだけ希少で
あるかの意識は全くない。
つまり、気がついて、いないのだ。
ファン・オム
﹁この世界では人を純人族と呼び、そして既に︱︱︱絶滅していま
す﹂
542
長い沈黙が降りた。
そろりと、彼女を盗み見ると困惑げな顔をしていた。
お前には同胞がいないかもしれない。でも俺は、ずっとお前の側
にいる。お前の側にいるよ︱︱俺は絶対に一人になどさせない。
﹁え∼と、絶滅危惧種ではなく⋮その、すでに絶滅しているという、
過去形ですか﹂
﹁はい、そうです。貴女が現れるまでは﹂
ファン・オム
歴史上の正真正銘、最後の︱︱孤独の純人族。
彼女は少し困ったように考え込んだ後、口を開く。
﹁簡単な見分け方法が、耳なんですか?﹂
﹁はい。東の方には、少数派ですが耳の丸い種族もおります。です
ファン・オム
がその者たちには、類に漏れず﹃角﹄が生えているものですから、
少し純人族のことを知っていれば﹂
見分けがつく︱︱言いかけて、リュゼは言葉を飲み込んだ。
理解したというよりは、どう受け止めていいのかわからないよう
543
で、彼女は戸惑っているようだった。
視線をしたに落として、拳に口付けるように添えながら、考え込
んだ。
﹁自活とは少々異なりますが、この領地の持ち主であるオット子爵
の保護下、もしくは国王の保護下で一生、贅沢三昧な生活をするこ
とも可能でしょう﹂
贅沢がしたいというなら、俺のところでもできるはずだ。
どうせ一生使い切れないほどの金だけ、冒険者組合に預けたまま
なのだ。
服でも、家でも、宝石だって、好きなだけ使えばいい。
シス
ファン・オム
それでも足りないなら、また俺が冒険者を始めればいい。国家単
イミタシオン
位での荒事だからこそ六徒の報酬は驚くほど高額だ。
ファン・オム
﹁純人族は全ての人ならざる者の種族の始祖。全ての国は純人族を
公に発見した場合は蔑ろにできませんので﹂
ふと、リュゼの言葉の含みに、瞳を細める。
つまり、﹃内密利﹄に発見した場合は、危険度が高いということ
だ。
544
ファン・オム
イミタシオン
そして、﹃公﹄に発見された場合も安全とはいえない。
プティアミ
小さき友が言ったとおり、純人族は全ての人ならざる者の種族の
始祖。
種族の中では、最弱であろう。
ファン・オム
イミタシオン
しかし、純人族は始まりの象徴でもあり、種族の中では恐ろしく
希少性が高く、そして人ならざる者を生み出した偉大な存在である。
ファン・オム
巨人族を含め、廃れ始めているとはいえ純人族信仰すらある。
神の次に並ぶ名として、存在する。
そう認識されている。
だからこそ、危険だともいえるのだろう。
国が政治的に祭り上げないと、誰が言えるだろうか。
ファン・オム
多分、リュゼも分かっているはずだ。
アルカンシエル王国は、根強い純人族信仰が残っている。
ファン・オム
特に国の中枢である彼ら王族の直系は純人族の血を濃く引いてい
545
る事に、誇りすら持っているのだ。
シス
現王とは何度か六徒として会談したことがあるが、ガーヴェリア
王は多少血の気が多いが政治的手腕は確かで、国民にとって理想的
な王と言えるだろう。
ファン・オム
ファン・オム
だからこそ振って沸いた純人族を大事に、そして大衆に晒すであ
ろう。
イミタシオン
︱︱︱我ら、人ならざる者は、等しく純人族の子である。アルカ
ファン・オム
ンシエル王国に住まう諸君よ。空に輝く太陽と月にクレエ神の恩恵
ファン・オム
を祈ろう。善意と希望を持って純人族の名を、我らが子供の、子供
ファン・オム
に、末永く語り継がれることを。我らの中で受け継がれる純人族の
血が未来永劫に祝福を受けることを。
不意に、毎年催されるカーヴェリア王の純人族追悼日の国王演説
が鮮やかに蘇る。
彼は本気で思っているのは明白であり、だからこそ始末が悪い。
誇りなのだ。
ファン・オム
純人族の血が。存在が。
ファン・オム
少し前まで、敬虔なクレエ信者であり、純人族信仰者であり、純
546
粋に尊敬できる王だったはずなのに、今は胃の中の総てを逆流させ
そうなほど、不愉快だった。
オット子爵ならば︱︱リュゼの父と兄ならば︱︱内密に手厚く保
護してくれるだろう。
だが、城でどれくらい隠しとおせるかは彼らの手腕を頼りにする
ほかない。
発見されれば、即王国に引渡しとなるだろう。
たとえ、本人がオット領地での生活を望んでいたところで、辺境
領主で庇いきれるはずもない。
﹁その大きなメリットの反面、デメリットもまた大きいですよね﹂
彼女の声色は固く、否定的のようで、胸を撫で下ろす。
・
﹁多分ですが、今あなたの頭の中で思い浮かべているようなことだ
と思われます﹂
・・・
﹁⋮⋮絶滅種を︱︱現時点では絶滅危惧種ですけど︱︱それを、増
やそうと考える方もいるかもしれない?﹂
彼女の疑問に、一瞬、息ができなかった。
547
・・・
ふやす?
ファ
彼女が何を言っているのか、理解できなかった。いや、理解でき
たからこそ、息が詰まったのだろうか。
ファン・オム
王家は純人族の血を濃く継いでいる。
ン・オム
世代を重ねるごとに、薄まるのは仕方がない︱︱︱もう彼らに純
人族がいないから。
ファン・オム
じゃあ、純人族が目の前に現れたら?
一代限りの象徴として扱うよりも、ずっと、確実に︱︱︱王家の
548
威信を強められる。
ファン・オム
王は結婚、してる、けど、王子は妾がいるが、まだ、未婚だ。
純人族は、柔軟な、命で。
王家は。
ファン・オム
純人族を。
奴らは。
かのじょを︱︱︱おれの愛する、ひと、を。
おれのひかりを、おれのじんせいを、おれのいのちを、おれのこ
ころを、おれのすべてを、おれの、おれの、おれの愛しいおんなを
っ︱︱︱!!!!!!
549
﹁ジェアンっ﹂
プティアミ
小さき友の焦燥の声に、はっと、腕に込めていた力を緩める。
どんどん彼女を抱きしめた腕の力を込めていたらしく、圧迫され
たのか彼女の息は浅くなっていた。
﹁︱︱︱⋮⋮す、まん﹂
リュゼが名前を呼ばなければ、彼女を壊してしまったかもしれな
い。
自制すらできなないのか、俺は。
絶対にないとは断言できぬ、腸の煮え繰り返そうな下衆な想像に
任せて、頭の中が涙する彼女でいっぱいになった。どす黒い感情が
腹の奥底から、溢れ出して、止まらなかった。
550
純然たる怒り︱︱王家の者に殺意を。
よもや自分に、こんな感情があるとは、思いもしなかった。
不平や、不満は感じたことがあるが、こんな強烈なモノが自分の
中にあるとは思いもしなかった。
﹁じぇ⋮グランアミさん、大丈夫、ですか?﹂
不安そうな声を出した彼女が振り返る気配がして、柔らかな感触
が頬に触れる。
緩慢に顔を上げると、心配そうな黒い瞳が覗き込んでいた。
柔らかい感触は掌だった。
涙が出そうになるのを堪えながら、俺はその手に縋った。
551
俺の大切な、光。
お前と出会って、初めて美しい愛を知った。
俺の大切な、心。
お前と出会って、死にたくなるような苦しみを知った。
さくら。
お前を知って、俺は︱︱︱お前を知らなかった俺は、どこにいっ
たのだろう。
俺は自分が怖い。
お前を手放せない、俺が怖い。
俺以外を愛するお前に恐怖と絶望を感じる。
でも、お前から与えられる総てが幸せであることが、なにより怖
い。
・・
なぁ、語るラコンテ︱︱︱お前も、こうだったのか?こんな風に
552
ファン・オム
・・・・
歓喜を、絶望を、狂気を、幸福を、感じていたのか?
最後の純人族を愛した、我が祖先よ。
俺は、どうしようもない男だ。
きっとお前も、馬鹿で最低な男だったのだろう?
そっと、俺は彼女の掌に唇を寄せる。
振り払われないことに喜びながら、それでは足りない自分に自嘲
する。
それでも、俺はお前に、幾度も、幾度も、懇願するように口付け
た︱︱︱どうか、俺を狂わせないでくれ、と。
553
Chapter 17. 絶滅種族︵後書き︶
世界で最も有名な巨人族:語るラコンテ/﹃ヴェルセットの英雄た
ち﹄第二章抜粋/著エルール=フット
ファン・オム
アンティキテ・リュイヌ
最後の純人族の従者。巨人族の王子。
ファン・オム
ファン・オム
伝説の古代遺跡である﹃黒の塔﹄に入室することを許された六名の
ヌフ
うちの一人。
九徒として、純人族に付き従っていた巨人族の王の息子。純人族の
存在を狙った魔族大国ロロギィアとの三度の大戦で六カ国の兵士を
束ねる大将軍職を賜り、勝利を得たが、鼓舞のため将軍自ら前線に
立ち、その左腕と右目を失ったいわれている。
ファン・オム
当時の二つ名の正式名称は︻語られるラコンテ︼。その盲目なまで
の純人族の献身と奮闘に世界中から﹃語られる勇敢な男﹄としてそ
ファン・オム
う呼ばれていたが、長い歴史の中で曖昧な表記となっていったよう
ファン・オム
だ。大陸暦187年に純人族の死にも、付き従ったと伝えられてい
る。
その為、人妻︱︱後に未亡人になった︱︱純人族に邪恋していたと
ファン・オム
推測する研究者もいるようだ。ラコンテが生涯未婚で、死まで付き
従ったからであろう。だが歴史の公式文章には彼が一言も純人族と
会話したことはないと明記されている。
彼の死後、その喪失に耐えられなかった唯一の巨人族の王は、王子
の喪に服し、王国体制を解体したと伝えられている。現在では、巨
人族の王国がない原因のようだ。巨人族の市民は他国へ受け入れら
れて、世界各国に散った。
ラコンテには年の離れた弟がいたといわれているが、巨人族の王族
はその後歴史から名を消したといわれている。
554
語るラコンテの本名はラコンテ=アジャン。
王族の消息を他国が追わないように、そして新たな巨人族の国が設
立されないように、巨人族で苗字のなかった平民たちに王は﹃アジ
ャン﹄という苗字を国民全員に与えたと、言われている。そのため
巨人族で﹃アジャン﹄という苗字を名乗るものがほとんどだ。
現代まで王族の直系が生きていると噂されているが、歴史の表舞台
には一切出てこない。
555
Chapter 18. 触れる左耳
さくら。さくら。
俺の女王よ、俺のつがいよ︱︱︱どうか、俺を狂わせないでくれ。
俺を助けてくれ。
もはや本能に近い意思で俺は懸命に、懇願を意味する掌の口付け
を続けた。
俺は彼女を失っては生きていけないのだ。
何度も何度だって、お前に請い願う。
苦しみ、怒り、恐怖、絶望、喜び︱︱︱すべてが俺の幸福へと繋
がり、すべてが俺の地獄へと繋がっている。すべてがお前という存
在から派生するよ。
喜びと悲しみで俺の胸の中は滅茶苦茶になっていた。
わけも分からず、涙が零れる。
556
彼女を愛しすぎて、それでもツガイではない事実がもどかしかっ
た。
父が母を見つけた時、まだ母が未成年で、年もだいぶ違うからと、
懸命に奔流する心を戒めていたとよく笑って話していた。両思いに
なったのなら今では笑い話だと。
それから父は母と一言も話すこともなく、十一年も思い続けてい
たのだという。
十一年。
けして、短くない歳月だ。
父はどうやって、どす黒い感情を、止まらない欲望を、この本能
を押さえ込んでいたのだろう。
今になって、ちゃんと聞いておけばよかったなどと後悔した。
その年月を超えるほどの、一生を捧げたラコンテよ、お前はどう
なんだ?
けして自分に振り向かない女を愛し続けた巨人族の男よ。
最後の純人族を盲目に愛した巨人族の男よ。
557
そして、狂った純人族に、寄り添うように狂った祖先よ︱︱︱で
も俺は、愛を知ってしまった俺は、生涯お前を哀れむことはできな
い。
だけど、巨人族の国を崩壊させたことを今、許すよ。
俺が同じ立場でも、同じことをしたのだろうと、知らないはずの
何千年前の滅びを鮮明に思い知る。
それに比べれば微々たる日々だ。
この苦しみを数えるほどしかすごしていないというのに、もう味
わいたくなかった。
俺は。ただ、俺は︱︱︱⋮⋮
彼女が突然、腕の中で動いただけで、俺は消えるぬくもりに怯え
て反射的に力を込めてしまう。離したくないのに、彼女はそれを望
んでいる。
やんわりと、慈悲深い笑みを浮かべて彼女は俺の心の準備を待っ
ていた。
俺と離れたがっているのだ。
558
今は弟がとても羨ましい。
互いが成人していて、一目見て、己のツガイだと悟り、その瞬間
から愛を表すことを許された。
もしかすると、この感情は妬ましいというのだろうか。
それでも、俺は彼女の願いを叶えてしまう。
俺は苦痛を覚えながら、手から力を抜くと、温もりが消えて、い
っそう涙を誘った。
だけど、彼女は俺と真っ直ぐに向き合っていた。
はじめてだった。
彼女が自ら小さな手で俺の頭を撫でる︱︱︱まるで、慰めるよう
に。
559
彼女が悲しそうに俯くたびに、俺はその頭を撫でた。
まるで、それが肯定されたように。
彼女が自ら華奢な指で俺の涙を拭う︱︱︱まるで、泣かないでと
いうように。
俺は彼女が泣くたびに耐え切れずに、その涙を拭い続けた。
まるで、俺自身が受け入れられたように。
そして、彼女が自ら俺を抱きしめてくれた。
彼女が逆らわないことをいいことに、自分のために、抱きしめて
いた。
でも、彼女はそれをすべて許してくれているような気がした。
彼女が、自分から、俺を。
俺という存在を。
頭の天辺から、足の先まで、雷に打たれたように体中を駆け巡る。
560
内側から溢れる熱で全身が満ちる。
俺はもはや、繕うことなく涙を流して、彼女の体に懸命にしがみ
つく様に掻き抱いた。もしかしたら、彼女が苦しいかもしれないと
思ったが、力を緩めることはできなかった。
ほしい︱︱彼女が欲しい。
彼女を他の誰にも渡したくない。
彼女を元の世界になど帰したくもない。
つがいに。俺のつがいになっておくれ︱︱︱さくら。
お前がまだ俺のつがいではない故に、俺は語るべき言葉を持たな
い。
巨人族の男として、相手の求婚を待てないなんて、どれだけ心の
狭い男なんだろう。
561
︱︱︱さくら。
顔を上げて、呼べない名前を唇で象る。
彼女はそれに気がついたようで、大きく瞳を見開いた。
何度も呼んでいるうちに、彼女は涙を目尻にためながら、俺に嬉
しそうに微笑みかけてくれた。
お前が欲しい。さくら。
彼女の左耳にそっと触れる。そして求めた。
ありったけの願いを込めて、左耳の淵に指を這わせる。
さくら、お前のこれからの長い時間を俺にくれ、お前のこの先の
人生の全ての時間を、俺にくれ。俺の全ての時間をお前に上げるか
ら。
562
厳かな戒めを込めて、左耳の溝をなぞる︱︱︱絶対にお前を守る
ことを誓うから、と。
さくら、お前が俺を愛することで守っておくれ、この俺の弱く凶
暴な心を。お前を愛することを、俺はとっくに決めているから。
そしてこの胸の熱を意味を知る俺は、愛を込めて懇願のままに左、
耳の耳たぶに触れる︱︱︱どうか、俺をお前のツガイにしておくれ、
と。
さくら。さくら。さくら。
それから、懸命に右手を取って、懇願を意味する掌の口付けを続
けた。
左耳に触れながら、何度も、何度も。
それから、何度も何度も、彼女の名前を音なく呼び続けた。
563
どうか、おれのつがいに、なっておくれ。
564
Chapter 18. 触れる左耳︵後書き︶
﹃我が根本の父よ、我が血肉の母よ。俺のような不肖の息子を許し
てくれとはいわない、そう請うこともできない。俺は蔑まされて当
然だ。彼女を愛した。彼女だけを愛した。世界の全てが見えない盲
・・
人と化した俺を。だけど、どうか⋮どうか⋮彼女を許してくれ。彼
女の心を。俺が愛した彼女の全てを︱︱そして、俺たちの子供をど
うか頼みます﹄
アジャン家に伝わるラコンテ=アジャンの遺言
565
Chapter 19. 凶悪な小さき友
ゴッ
脛に痛みを覚えて、俺は眉根を寄せた。
涙がぴたりと止まり、彼女の背後から押し寄せる殺気にも似た気
配に冷や汗が流れ出した。
プティアミ
ちらり、と視線を送ると、小さき友が、テーブルに乗り出して、
手にしていた弓で俺の脛を殴りつけ終わった姿であった。
﹁⋮⋮⋮ジェアン﹂
魔女の冷たい吐息のように吐き出された俺の名前は、この世で最
も恐怖を掻き立てる。
しかし、俺とて愉快ではない。
求婚を強引に中断させられたのだから。
566
リュネット
笑顔でソファーに戻っていくが、その水晶眼鏡越しの目は全く笑
っておらず、不機嫌という感情は隅に追いやられていく。
むしろ背筋に寒気が走り、ぞくぞくとする。
﹁⋮あの⋮す、すみません﹂
彼女は本能的にリュゼに対して、恐怖を感じているようで、頬を
引きつらせている。
たぶん、俺の頬も引きつっていただろうが。
﹁いえ、レディサクラバ。貴女ではありませんよ。ねぇ、ジェアン
?﹂
お前が求婚するからだろうが︱︱︱という声が聞こえそうなリュ
ゼの目を見たくはないのに、視線を泳がすこともできずに、曖昧に
頷く。
いや、お前には悪いとは思っているんだが、止まらないのだ。
彼女を愛しいという心だけが、空回りして進んでいく。
なんだか寒い感じがして、温もりを引き寄せる。
物凄く嫌な予感がする。
567
﹃︵ジェアン、彼女は落ち着いたからもう大丈夫だ︶﹄
﹃︵⋮⋮どういう意味だ?︶﹄
リュゼが音もなく語りかけてきたので、彼女を胸に押し付けて、
唇を読めないようにする。
そうしたということは、彼女に聞かれたくない話なのだろう。
﹃︵彼女は、もう絶望して壊れる確率が限りなく低いということで
す。彼女は現実を受け入れている。そして前向きに進もうとしてい
る︶﹄
リュネット
水晶眼鏡越しの瞳が細められる。
そんなことは、お前に言われずとも、分かっているが、﹃限りな
く低い﹄だけで、皆無であるとお前はいえないのだろう。
だったら、絶対に離れない。
俺は彼女の側を離れたりしない。
﹃︵お前は冷静ではない︱︱︱席を外しなさい︶﹄
﹁嫌だっ﹂
﹁拒否は聞きません﹂
568
咄嗟に反論の声を上げると、リュゼはあわせる様に声を出した。
腕の中の彼女をぐいぐいと抱き締める。
俺の。
俺のつがい。
俺だけのつがい。
グランアミ
﹁いいですか、大きな友。貴方がいると、話のじゃ︱︱︱話が進み
ません﹂
﹁だからといって、俺が部屋を出る必要性は感じない﹂
とっとと出て行けと言わんばかりに、リュゼが睨みつけてくるが、
俺は首を横に振って、提案を拒否した。
プティアミ
種族は違えども、未婚の男である小さき友と同じく未婚である彼
女が密室に二人っきりというのが何より耐え難い。
現在話し合いをしているのだって、我慢しているのだ。
569
﹁俺は︱︱彼女の側を離れる気はない﹂
きっぱりと言い捨てると、ぴくと彼女が腕の中で跳ねたような気
がした。
リュゼは冷たい視線で俺を射抜く。
﹁ジェアン︱︱︱僕の家の菜園に雑草が多いとは思いませんか?﹂
にっこりといつもと変わらない笑みを浮かべていると見せかけて、
目が全く笑っていない。
アミ
かなりストレスを感じているようだ。
それを表に出すのはやはり俺が友であるからだろう。
苛立ちを感じたとしても他人であれば、やんわりと包まれた毒舌
を向けるか、表に出すことを控えるかのどちらかである。
﹁リュ︱︱﹂
﹁菜園に雑草が、多いですよね?﹂
﹁おれ︱︱﹂
570
﹁雑草が多いですよね?﹂
俺の話を聞くつもりは全くないらしい。
頑固な所はお互い様だが、こうなると昔から手がつけられなかっ
た。
ジュット
﹃︱︱︱ちきしょう﹄
声に出さずに呟くと、ぐっとリュゼが弓を握る手を強めた。
いつでも起き上がれるように、密かに体勢を変えるリュゼに、俺
が逃げ出す気配を悟ったのだろう。
敵対すれば、俺のほうが正直、強いだろう。
が、速度は互角か、少しリュゼが勝る。
このまま彼女を抱き締めまま走り出したとしても、遠距離攻撃の
追尾魔法がついている﹃天空の弓﹄相手では、まず無傷ではあるま
い。
俺はいいとしても、動くことで彼女にまで被害が及ぶ可能性があ
る。
571
無言の脅迫であった。
﹁僕の家の、菜園に、雑草が多いので、抜いてきていただけますか
?﹂
プティアミ
しかし、この小さき友が自分に関係ないことで、ここまで粘ると
いうことは、むしろ俺のためを思ってだというのも分かっている。
わかっているが、本能を押さえ込むのは難しかった。
﹁小一時間ほど、お願いします﹂
つまり、一時間は帰ってくるなと言うことである。
こうして俺は外へと泣く泣く追い出されてた。
最低条件として、玄関と窓を全開にして、玄関前の庭の雑草だけ
を抜くという条件付だが、無性に納得がいかないのはなぜだろう。
572
Chapter 19. 凶悪な小さき友︵後書き︶
貴方の期待を裏切らない!≪巨人族のベット≫が通販で初登場!!
ロワイヤル
︻遍くヴィーヴル商会︼通販の五周年記念!な、なんと、あのファ
ミーユ王家も代々愛用している≪巨人族のベット≫が今回限りの通
販で限定販売だ!!
ベットの最高峰ともいえる≪巨人族のベット≫は二百年は買い替え
・・
のご心配の要らない頑丈さに加えて、その大きさはほとんどの種族
を網羅。体重がご心配の方も大丈夫!あの巨人族の夫婦が毎晩使用
しても壊れない頑丈な作りとなっております!
マットレスはルシュンの小人族が手がけるトラスの素材を使い夏は
涼しく、冬はあったかの独自の高密度連続スプリング。布団も彼ら
が手がけ良質のウールだけを厳選し密度濃く編み上げた極上の心地
よさ。
デザインはあの伝説のローティアンの≪蜥蜴族の食卓≫を手がけた
ガルバス=グルド!!品のあり頑丈なティアロモーテ素材で高級感
あふれる仕上がり。彼が手がけたモダンなデザインは寝室の雰囲気
を一ランクアップさせてくれるはず!
≪巨人族のベット≫は三年待ちでも入手不可といわれましたが、な、
なんと今回は30組ご用意いたしました!!勿論早い者勝ち!︵幅
290cm×長さ400cm︶
この史上最強の寝具セットが今なら、な、なんと、たったの12G
で御奉仕させていただきます!!12Gでございます!伝説の≪巨
人族のベット≫がこの価格で!!いまなら組み立てもこちらでサー
ビスさせていただきます!そして二百年の保証書付!体が大きくて
ベットに寝られなかった、そこの貴方!購入のチャンスでございま
す!さあ、今すぐご注文を!
573
︻遍くヴィーヴル商会︼通販係まで、ふくろう便をゴー!
︱︱皆様の笑顔と快適な生活を支える︻遍くヴィーヴル商会︼より
574
Chapter 20. 恋する人
彼女を置いて、この部屋から出て行かなければならないというの
は、不本意である。
俺の移動のために立ち上がろうとする彼女。
温もりが離れるだけでも耐え難い。
プティアミ
思わず縋り付こうとすると、小さき友の視線が刺さる。
プティアミ
ぐっと耐えて、彼女が離れるのを待つと、俺のサイズの皮手袋が
小さき友より間髪いれずに放り投げられた。
⋮⋮いつの間に準備してたんだ。
ずっと持ち歩いていたのではないかと思えるほどだ。
うっすらと、この状況すら想定していたのではないかと、冷や汗
をこっそり流す。
リュゼは居間の窓を開け放つ。
玄関へ向かう俺は、まるで処刑台に送られる罪人の気分だ。
一歩一歩の足取りが重い。
575
普通に歩けば、4,5歩で玄関を出て行けるほどだか、少し進ん
では、ちらり、と不安そうな顔の彼女を振り返る。
そんな顔されると、出て行きづらい。
俺だって、お前を置いていきたいわけじゃないんだ。
グランアミ
﹁大きな友⋮⋮﹂
玄関へ向かっていたはずなのに、気がつくと彼女を抱きしめて、
頬擦りしていた。
それを二度も繰り返したら、さすがにリュゼがため息を零した。
﹁レディサクラバ。申し訳ないんですが、貴方からジェアンに庭園
の雑草を抜くようにお願いしてもらってもいいですか?﹂
﹁え?は、はぁ⋮?﹂
突如話を振られた彼女はきょとんとしていた︱︱あぁ、可愛い。
そんなきょとんとした顔のお前も世界で一番可愛いよ︱︱が、困惑
げに口を開いた。
﹁グランアミさん、えーと、雑草抜きをお願いします?﹂
576
いまいち分かっていない様子だが、お前がそういうのならば仕方
がない。
俺は泣く泣く玄関から外にでた。
幸い家の前の庭園は開け放たれた玄関から、居間を確認すること
ができる。
彼女が声を上げれば、すぐに飛び込んでいけるだろう。
しばらく茫洋と庭先からソファーに座る彼女の後ろ姿を眺めてい
たが、リュゼの睨みにのろのろと、手袋を装着して雑草を抜く。
どうやら、暫く庭弄りをしていなかったようで、雑草が多い。
プティ・オム
彼の種族である小人族は古き良き時代から晴れの日には畑を耕し、
雨の日には内職をするというのが基本ともいえる生活スタイルだ。
プティアミ
が、我が小さき友は、変わり者であり、晴れの日に本を読み、雨
の日にも本を読む。
家庭の事情で冒険者になったのには彼の好奇心もあるが、金を稼
ぐためだったようだ。
数々のえげつない方法で荒稼ぎする若き頃のリュゼが高笑いする
様が脳裏に浮かんだが、恐怖から慌てて消した。
なぜそこまで金に固執するのかと思い尋ねると﹃老後までなんの
不自由もなく、世界の様々な本を読んでみたいからですよ﹄とあっ
さり返答された。
577
それくらいなのだから、彼の生活スタイルに畑を耕し、内職する
というのは微々たる部分にしかない。
目が疲れたから、癒えるまで、庭を弄るとか。
お腹がすいたから仕方なく料理する、とか。
この読書狂いは唯一にして、最大の彼の弱点であるといってもい
い。
前に悪党に愛読書を人質に取られて、仲間を裏切りかけたことも
あったけな⋮⋮お互い若かったものだ。
子供の頃からも、冒険者時代も、思い返せば本を持ち歩いてたよ
うな気がする。
所々に、食べられる野草が生えていたので、雑草と分けておく。
プティ・
まだそんなに時間が経っていないのに、不安になって、ちらちら
プティアミ
と何度も彼女の背中に視線を送る。
オム
ないとは思うが、我が小さき友も独身で、戒律に縛られない小人
族男だ。
恋人は本であるといっても過言ではないが、男なのだ。
578
彼女は、あの通り素直だ。
おまけに可愛い。世界で一番可愛い。
できることなら一日中膝の上においておきたい。一日中抱きしめ
たいぐらい可愛い。
いや、もう、唇を飽くことなく奪って、邪魔な服を剥いで、恥ず
かしがる彼女を︱︱︵以下30歳未満お断り妄想︶︱︱ともかく、
魅力的な女性だ。
そんな彼女に、リュゼがくらっときたらどうしよう。
あいつはああ見えて、割とモテる。
同胞の女性はもちろん、他種族の女性も、猫をかぶっているリュ
ゼに﹁かわいいぃ∼﹂と騙される。
まぁ、読書狂いのせいで、若干ひかれることは多いが。
彼女だって、俺のような会話もできない、気のきかない男よりも
リュゼの方が好みかもしれない。
プティアミ
今まで俺しか側にいなかったから、彼女は優しくしてくれたが、
小さき友の方が頭がいいし、人の心情に聡いし、会話だって気軽に
できる。
不甲斐ない俺よりも、彼の方に心が向いても可笑しくはない。
579
はっ!そもそも、元の世界に、こ、﹃恋人﹄とやらががいるのか
もしれない!?
だから、帰りたがっているのか??
俺はようやく、それに思い至った。
巨人族は女性から話しかけられて、男がそれに応えたら即蜜期に
入り、事実上婚姻関係になるが、他の種族では、戒律もなく、この
習慣は珍しいのだという。
たしかリュゼの話によると﹃恋人﹄として、婚姻前にお試し期間
を設けるのだという。
なぜ、結婚するのに、﹃恋人﹄と称して試すのかがわからないが、
普通はそうなのだという。
いわいる﹃婚約﹄のようなものなのだろうか?
恋する人とは音はいいが、つがいのほうがよっぽど素晴らしいと
思う。
世の男どもは、なぜそんなまどろっこしい事をするのだろう??
しかし、彼女の世界や、種族の関係でそういった可能性があるの
だ。
今まで、考えもしなかったが。
580
彼女は⋮⋮帰りたがっている。
故郷に、恋人が、いるのだろうか?
口すら開けない俺が聞くこともできない。
そうだったとして、俺は、彼女を、他の男の元に、帰してやるこ
とはできるのか。
彼女が他の男に耳を触られている姿を想像するだけで、殺意を覚
えるのに。
ふいに、ぽたり、と地面に雫が零れ落ちる。
汗かと思った。
だが俺はどうやら泣いていたらしい。
目元を袖で拭い、雑草を無心で抜くように勤めるが、不吉な想像
に何度も手が止まった。
ふと気がつくと俺は雑草を握り締めたまま、玄関の前からしゃが
み込んで室内の彼女の背中を眺めており、リュゼに怒られた。
581
Chapter 20. 恋する人︵後書き︶
︻とある聖職者の父の独白︼
俺につがいはいらない。
若い頃の俺はつがいは絶対に娶らないと心に決めていた。
22歳の時、父が若くして病死した。その時の事を今でも鮮明に覚
えている。やつれた父が息を引き取った。何度も献身的な看病に感
謝と置いていく事に謝罪を母へ繰り返していた。そして俺に母を頼
むと。
母と二人で看取った後、俺は母の涙顔を見ることができずに部屋の
隅で膝を抱えて丸まっていた。出来事はほんの数分だった。涙を流
し失意する俺は、頼りない足取りで部屋を出て行った母に気がつい
たが、声にかけることもできないほど悲嘆に沈み込んでいた。だか
ら、母が部屋に戻ってきたのも、戻ってきたのか、としか思わなか
った。
﹁ごめんね、オトンヌ⋮ごめんね⋮﹂
か細い声で何度も母が俺に謝った。ついで切り裂くような音に続き
水が噴出すような音がして、俺はのろのろと顔を上げた︱︱︱が、
あげたときには遅かった。狂ったように母が包丁で己の胸を何度も
刺していた。鮮烈な朱色が噴出して、数歩足を進め、父に覆いかぶ
さる母はぴくり、とも動かなかった。何が起きたのか理解できない
まま、俺は動けなかった。真夜中に村長が村人を代表してやってく
るまで、俺はただ目の前の出来事を信じられずに、呆然としていた。
これが︱︱︱巨人族の、愛なのか、と恐怖を覚えたほどだった。
582
これが、愛だというのなら、俺は絶対につがいを求めない。王家の
血など知ったことか。こんな巨人族の王の血筋など、滅んでしまえ
ばいい。
月日が流れ、俺はいい年になっていたが、つがいは娶らなかった。
冒険者として巨人族の里を離れて生き、ようやく胸の内の怒りや悲
しみに決着がつき、その後帰郷し、父から継いだ聖職者の道を歩ん
だ。
そして、ある時、母親と楽しそうに話している少女と︱︱目が合っ
て、俺は﹃堕ちた﹄と悟った。父と母と同じように、巨人族の愛に。
少女もまた俺を見て、大きく目を見開いていた。彼女が俺の、つが
い。
年が違いすぎる。いい親父だし俺の身長は低く魅力的でもない。彼
女は背の高い若い男と一緒になると自分に言い聞かせて、奥底から
唸るような狂気を懸命に押さえ込む。恐怖を覚えるのに、もう俺は
逃げるように里を離れることもできなかった。
十一年の月日がさらに流れて、彼女が成人の日。
彼女はここに来ないと来てはいけないと、それでもソワソワしてい
た。
何年も前から、彼女の部屋を家に用意しているなんて、馬鹿らしい
こと、視線が交わるたびに感じる高揚は錯覚なのだと自分に言い聞
かせる。家の中をウロウロしていると、玄関の扉が吹っ飛んできて
意識が飛んだ。彼女に蹴られて目が覚めて、俺は結婚を申し込まれ
た。
﹁オトンヌ=アジャン、私を娶りなさい!!﹂
あぁ、もう逃げられない︱︱いや、目が合った瞬間から十一年も逃
げられなかったのだ。彼女のプロポーズに嬉しいのか悲しいのか分
583
からないまま、俺は泣きそうになった。
だけど今日は人生の最良の日で、きっと明日は今日よりも幸福で、
明後日よりも明日より幸福なのだろう。彼女が自分の側にいる限り。
俺は彼女を抱き上げて、ようやく両親の気持ちを知った。
﹁生まれてくれてありがとう。俺のつがい﹂
彼女に返事をして、俺は寝室へと飛び込んだ。
もう、逃げられないというのなら、全力で彼女を守ろう。愛しい彼
女の命を守ることで、俺もまた生きるのだろう。
584
Chapter 21. 風の隣を歩む友
追い出されてから、数分と経たないうちにそわそわする。
ちらちらと、雑草を抜いては、開け放たれた玄関から彼女の背中
を伺う。
気になって、あまり雑草抜きは進まない。
オレイユ
たぶん耳に耳飾がないから、未婚ではあるはずだ。
オレイユ
でも、彼女に恋人がいたらどうしよう。
恋人がいるというだけでは、絶対に耳飾をつけるというわけでは
ない。
それを知りたいと思いながら︱︱︱知って、恋人という存在がい
るというのなら、俺は彼女に酷い事をしてしまうような気がする。
そうでなくても、彼女がリュゼを好きになったらどうしよう。
我慢などできない。
彼女が他に好きな男がいたら、つがいにしたいと思う男がいたな
585
ら、そいつを放置などしておけない。もしも、リュゼが。
俺は。
彼女を自分のものにしてしまおうか︱︱︱自分だけの彼女に。
他には何も見えないぐらいに。
俺と、同じぐらい。
意識が深い闇の中に堕ちていくような、心が冷たく閉じていくよ
うな感覚。
﹁⋮ェ⋮ァン⋮⋮な⋮⋮﹂
しかし、名前を呼ばれたような気がして、ふと正気に戻る。
気がつくと視点が高くなっていた。
586
どうやら俺は立ち上がっているようだ。庭にいるが、手に雑草も
持っていない。
さっきも雑草を抜いていた途中で玄関前まで距離を詰めていたの
で、また無意識に彼女がいる方向に歩み寄っていたのかと思ったが
違うようだ。
右足に何かを踏んでいる。
踏んでいる何かが、もぞもぞと動く感触に、眉根を寄せて地面に
視線を落とす。
ワゾー・オム
白い羽をバタつかせながら、肌も髪の毛も真っ白な︱︱多少、土
に塗れているような気もするが︱︱鳥人族の男が地面にうつ伏せで
倒れていた。
ワゾー・オム
ばたばたと泳ぐように鳥足が上下に動いているが、鳥人族は泳げ
ない。
ダウのようだ。
なぜ俺の右足の下に、お前がいるんだ。
587
羽音がしないのは、また音消しの魔法を使用したのだろう。
いつもなら音がなくとも気配でわかるのだが、俺はよっぽどぼん
やりとしていたらしい。
﹁ダウ⋮⋮なにをしている?﹂
俺の足の下で。
まさか、そういう趣味があったのかと微妙な気持ちだ。
シス
長年連れ添って旅をしていたが、初耳︱︱︱いや、そうかもしれ
ないと、六徒の友と弟がいっていたような気がする。
わかっててわざととか、放置されるのが、なんだとか。よくわか
らんが。
﹁⋮⋮っ⋮⋮ぃ﹂
地面に突っ伏しているダウの言葉が拾えず、足を避ければいいの
かと、思い至った。
のろのろと、ダウは土塗れの顔を上げた。
よくみると、全身ボロボロである。
588
﹁どうした?魔物に襲われたのか?﹂
俺は眉根を寄せる。
﹃空の最速﹄ダウがこれほどボロボロになるとは、よほど凶暴な
相手なのだろう。
ますます彼女の周囲を警戒しなければいけないのに、ぼんやりと
している俺はなんて間抜けなのだろう。
揶揄なしで、彼女を失ったら、俺は生きていけない。
ぺっと口に入ったらしい泥を吐き出しながら、ダウがなぜか俺を
睨みつけてくる。
怒っているようにも見えるが、どうしたんだろうか。
﹁⋮ジェアンの旦那⋮⋮それ、本気で言ってますかぃ?﹂
﹁ここで冗談をいう意味がわからん﹂
プティアミ
そんな凶暴な魔物をここら辺に放置しておいて、彼女に何かあっ
たらどうするんだ。
後、小人族の集落も近いし、リュゼ︱︱︱いや、小さき友は心配
せずとも、大丈夫か。
589
﹁倒したのか?どんな魔物だ?お前が苦手とする爬虫類系か﹂
昔から、火属性の爬虫類系とは相性が悪く、よく丸焦げにされか
かっていた。
ジェルパ
特に走火竜という魔物は、ダウの実力からいって格下だというの
に、目に入った瞬間、空へと逃げてしまうほどだ。
キニャ
巨猫にも、小さい頃に食べられかけたらしく、トラウマで硬直し
てしまうが。
ワゾー・オム
元々、鳥人族は風の守護を受けており、火の守護を受けている魔
物や種族とは相性がよくないのだ。
確認のために口を開くと、ダウはがっくりと肩を落とした。
﹁そんなの、ここらにいるわけないじゃないですかぃ︱︱︱おぃち
ゃんは、世界で最も凶暴な﹃恋する巨人族の男﹄にやられたんだぃ﹂
それは凶暴だなと思ったが、ここいらで巨人族が出現するはずが
ない。
すでに俺が育った集落は、移住している。
だとすると。
590
﹁⋮⋮俺、なのか?﹂
﹁おぃちゃんを足蹴にしてる時点で気がつきましょうよぅ⋮旦那ら
しいっちゃ、旦那らしいけど﹂
﹁すまん﹂
全然、気がつかなかった。
てっきりお前の趣味だったのかと思ったが、違ったんだな。
﹁︱︱︱旦那、女の事考えてたんですねぇ﹂
俺は頷く。
実際、その通りだった。
ダウが現れたのも、足蹴にしていたのも全く、全然、ちっとも気
がつかなかった。
微妙な沈黙が降りて、ダウは微妙な顔をする。
悲しいというのか、困っているというのか、怒っているというの
591
か感情がひとつではなくて、複雑に絡んでいるような雰囲気である。
﹁なぁ、旦那﹂
単純だし、感情移入しやすい性質ではあるが、この青年がこんな
顔をするのは珍しい。
空気が読めなくて、負の感情に流されないのがダウだ。
そんな彼の声は静かだが震えていた。
グランアミ
﹁大地に囚われし大きな友よ。一生のお願いだ。頼む、頼むから︱
︱︱巨人族の女を愛してくれよ。他の種族の女なんかじゃ、なくて
さ﹂
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
短い沈黙の後、砕いてようやく意味を悟ったが、彼の一生のお願
いは聞いてやれなかった。
アミ
ヴァンメゾンアミ
すまない友よ。
風の隣を歩む友よ。
俺は、それだけは、もう絶対に叶えてやれないんだ。
592
﹁おぃちゃん、頭悪いけど、一晩中考えた。わかってるよ。巨人族
がつがいを決めたら、二度と変えられないってさ。でも旦那だって
知ってるだろう︱︱︱旦那が一番よく分かってるだろう﹂
目尻に涙を溜めて、顔をくしゃりと歪めた。
﹁語るラコンテが、どうなったか。最後にどうなったか﹂
お前が言うよりも、ずっと俺は知っている︱︱︱その言葉を飲み
込んで、俺は苦笑する。
人生を自分のつがいではない愛する人に捧げた男。
ファンオム
・・
最後の純人族の死を︱︱種族の絶滅を見届けた男。
ファンオム
ファンオム
・・・・
そして、純人族の亡骸を抱きしめたまま、笑って己に炎の攻撃魔
法を放ち、純人族の亡骸共々焼身自殺した、巨人族の男。
593
ヴァンメゾンアミ
﹁風の隣を歩む友よ⋮⋮すまない﹂
ドラ・オム
エルフ
﹁わかってるんだけどさ︱︱︱おぃちゃんは、旦那の味方だし。別
に竜人族とか長命種族とかなら、いいんだけどさ。旦那が狂うとこ
ろ⋮みたくない﹂
涙ながらに鼻を啜るダウは、もう立派な青年だというのに、甘や
かしてしまったせいか、精神面がまだまだ子供のようだ。
ぽんぽん、と頭を撫でると頬を膨れさせている。
ダウの翼越しに、彼女を眺める。
ファンオム
たとえ、命の短く、か弱い純人族で、俺が狂おうとも。
俺はもう、彼女以外を。
﹁ぅうううえええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!???﹂
﹁っ!!﹂
﹁ぎゃぁあ!!﹂
594
彼女の悲鳴が響いて、俺は瞬時に駆け出した。
クーリール
その時、何かにぶつかって、四足竜に踏み潰されたようなダウの
声を聞いたような気がしたが、もう俺はリュゼの家の中にいた。
595
Chapter 21. 風の隣を歩む友︵後書き︶
月刊人外妄想図鑑のイラストをまたしてもいただきましたwwひよ
こマッチは、鼻血と涎を垂らしながら幸福に浸っておりますwふふ、
そのうち出血多量になる気がしますよw
ひなき@様
http://4133.mitemin.net/i32519/
玄関から顔を覗かせる、涙を流すジェアンさんwwす、素敵w可愛
すぎるwしかもちゃんと桜さんのマントの正面が横になっている芸
の細かさwwさぁ、コピペしてれっつゴーw
ひなき@様、本当にありがとうございますww
596
Chapter 22. 強請られて
腕に抱える彼女は大きく瞳を見開いて俺を見つめていた。
リュゼに引き剥がされてから、そんなに時間が経っていたわけで
はないのに、この温もりが懐かしい。
いや、渇望していたといっても過言ではない。
気がつけば、手袋はどこかで脱ぎ捨てたようで、素手に直接触れ
ていた。
彼女は俺になにか言いたそうに、何度か一音を発しながら口を開
いたが、もごもごと口を閉じてしまった。
いつものように、求婚してくれないことが、俺の不安を煽る。
でも、本当はわかっている。
きっと、巨人族の戒律の話を聞いたのだろう。
やはり、彼女は知らなかったのだ︱︱︱女性から話しかけること
で、求婚に値するということは。
これで、よかった。よかったのだと言い聞かせながらも、距離が
597
遠のいたように感じる。
ずっとあのままでもよかったと惜しむ感情が、俺を揺さぶる。
本当に、ここへの訪問が良かったことなのだろうか。
あのまま。
ずっと、あのままでも。
俺は。
﹁⋮⋮リュゼ﹂
しかし、悲鳴の理由はなんだ?
無意識の内に、俺は拳を握る。
場合によっては、きっと俺はリュゼすら許せないのだろう。
598
﹁なにもしてませんよ﹂
そして上げさせた本人を睨みつけるも、涼しい顔であきれたよう
に首を横に振るばかりだ。
彼女が横で息を飲むような気配があったが、腕の中でもぞもぞ動
いていたが、先にこれだけははっきりさせなければ。
プティアミ
もし、リュゼに、彼女を傷つける意思があるなら。
小さき友よ︱︱︱俺は、お前を許せないだろう。
﹁お前は、彼女に何を、し︱︱︱っ!﹂
ぐりぐり、と。
肩口に何かを押し付けて、擦り付けられるような感触。
彼女が、俺の肩口に、頬擦りを。
599
強請っている。
彼女が。
俺を。
俺を強請っている。
600
ぷつん、と頭の中で何かが切れるような音がして︱︱︱気がつけ
ば、彼女を押し倒して唇を貪っていた。
口内に舌を捻じ込んで、彼女の舌を絡める。
それだけで、同意の上の行為だと思うと、頭の中が可笑しくなる
ほど気持がいい。
﹁っ、んっ⋮ん!﹂
丸みを帯びた胸、ほっそりとした腰、柔らかな臀部。彼女の体
の起伏を撫でながら、鼻にかかる甘ったるい吐息がこぼれるだけで、
全身が熱くなる。
その先を知りたくて、ズボンのボタンを外すと彼女が身を捩った。
﹁一説によると巨人族の頬擦りは、夫婦の朝の挨拶に多用されます
が、相手に性的な要求を、欲求不満であることをアピールする行為
だと言われております﹂
ここにリュゼがいるのか、彼の声が遠い。
あ、そういえば、リュゼの家だったような気もするが、それすら
どうでもよかった。
601
俺の愛の証明をしたくて、したくて、俺は彼女の体を弄った。
﹁ん、ぅんっ︱︱!!﹂
彼女に。
もう、目も眩むほどの、法悦に、俺は。
顔を上げた刹那︱︱︱頭部に強烈な一撃が入った。
+ + +
﹁この状態になったら、股間を全力蹴るぐらいをいたしませんと、
頑丈な体の作りのジェアンには効きませんので。貞操の危機ですか
ら、どうぞお気になさらずとも、ええ全力で蹴ってやってください﹂
602
プティアミ
痛みの走る頭を抑えていると、小さき友の非道な言葉が耳朶に届
く。
出血はしていないが、正直、さっきの弓よりも効いた。
彼女にそんなことをされたら、泣くぞ、俺は︱︱︱⋮するのか?
するんだろうか??い、今のは同意の上のはずだ。そんなこと、し
ない、はずだ⋮よな?
複雑そうな面持ちで、リュゼの迫力に負けたように彼女が小さく
頷いた。
俺は泣きそうになった。
﹁レディサクラバ。身なりを整えていただけますか﹂
﹁のひゃ!すみません﹂
はっと、俺も無意識に眺めていた日を浴びていないであろう白い
太ももから視線をそらす。あまつさえ、面積の小さいレースの下着
の色まで確認してしまうなんて。
俺は、何をやっているんだ。 彼女を俺から守るために来たのに︱︱︱先ほどから、逆のことを
しているような気がする。
603
自分が恥ずかしい。
突如として違う世界に放り込まれた彼女は頑張って、この世界と
向き合おうとしているのに。 俺ときたら、膝までズボンを下げられて、頬を染めて横たわる淫
らな姿を目に焼き付けていたり、晒された柔らかそうな太ももを嘗
め回したいとか、もっと甘い声を上げさせたいとか、その下着に隠
れている︱︱︱︵以下30歳未満お断り︶︱︱︱とか、したかった
だなんて。
あぁ、すまない、さくら。
お前のことを想っているのだ。
それは本当なんだ。
ただ︱︱︱俺は、お前を愛したくてしょうがないんだ。
この巨人族の本能は、お前に愛の証明をしたくて、歯止めなんて
きかない。
604
﹁未婚の巨人族の男に頬擦りは危険ですので、お控えください﹂
そのリュゼの言葉に、反論もできないまま、俺は項垂れた。
﹁もう身支度はよろしいですか?﹂
﹁はい﹂
立ち上がって、ソファーに戻ろうとした彼女を引き寄せる。
不甲斐ない俺だが、悲鳴の件をあやふやになどできるはずもなく、
リュゼを威嚇するように睨み付ける。
すると、腕の中の彼女が声をあげた。
﹁あっ⋮プティアミさん。グランアミさんにお伝えください。プテ
ィアミさんはなんにもしておりません、説明で少し驚いただけです、
と﹂
﹁だ、そうです。わかりましたか、ジェアン﹂
説明で驚いただけ︱︱︱彼女は嘘をつくような者には見えないの
で、それが事実なのだろう。
それならいいが、なんだか再び距離を感じる。
605
最初から距離が近すぎたせいか、寂しい。これが未婚の巨人族の
男女ならば普通のことだというのに、俺はもう耐えられない。
彼女に話しかけてほしいし、彼女に話しかけたい。
彼女を愛したい。
そして願わくば、彼女に愛されたい。
声を発することはできないが、この行為の意味を今は彼女は知っ
ているのだろう。
俺は強く彼女を抱き寄せて、身を屈めると、彼女に頬擦りをした。
彼女の白い頬が朱色に染まり︱︱︱それでもなお、彼女が身を引
き剥がそうとする気配がなくて、何度も頬擦りをし続けた。
あまりの可愛さに、唇を頬に触れさせてしまう。
彼女の世界では、これは愛の表現になっているのだろうか。
606
さくら。
どうか、愛することを許してくれ︱︱︱どうか、俺を愛してくれ。
607
Chapter 22. 強請られて︵後書き︶
ワゾー・オム
︻とある聖職者の友人の鳥人族2︼
青年が予想するに、大きな友は家からほとんどでない。せいぜい、
小人族の集落に立ち寄る程度だ。だとすると、大きな友の相手は小
人族の女なのではないかと思う。しかし、小人族は様々な混血児が
いるが、残念ながら巨人族とのハーフは聞いたことがない。
最もな理由は、体格であることは間違いないだろう。大きな友は巨
人族の男にしては小柄な方らしいが、どう見ても体格差は大きすぎ
る。小人族は滅多に一目ぼれ効果を起こすことはないらしい。
将来を見据えることのできる普通の小人族の女なら、そのうざいく
らいの一途で盲目の愛を断るんじゃなかろうか?そうなったら︱︱
⋮⋮
青年が脹脛から徐々に鳥足になった四本の爪を一本だけ、器用にコ
ツコツと叩いていたが、ぴたりと止まった。長い事、考え続けてい
た鳥人族の青年は大きく首を横に振った。
﹁も、もう駄目だ!おいちゃん我慢できないよ!﹂
その言葉と共に槍を手にして玄関を飛び出して、大木の上空から一
気に大空に白い羽を力強く羽ばたかせた。すでに修羅場であること
も考えられるので、音消しの魔法を唱える。小人族の集落へと、一
時間もかからずに到着して、小さき友の家に向かった。
すぐに目当ての大きな友の姿が庭先で︱︱︱まさか、小さき友を埋
めているのだろうかと、青年は背筋を凍らせた。
﹁だ、だんな﹂
608
覗き込むと⋮⋮なぜか、大きな友は草むしりをしていた。拍子抜け
はしたが、疑問が増えて、首を傾げながら、こちらに気がついてい
ない様子の大きな友の背中にぽんと手を置いた刹那。
﹁ぐはっ!﹂
顎に熱を覚えた青年は眼前いっぱいに空を見上げていた。体も浮き
上がっている。雑草がひらひらと舞っていた。落下途中でアッパー
を食らったのかと気がついたときには、ハイキックが迫っていた。
何とか防ぐも、隙のない華麗なるコンボも目まぐるしい速度で反撃
もできずに食らいながら︱︱途中、二度ほど意識が遠のきつつ︱︱
最後のかかと落としで撃沈した。
そのまま、後頭部を踏みつけられて、青年は身動きも取れぬまま、
大きな友が気がつくまで、じたばたすることとなった⋮⋮
609
Chapter 23. 耳飾
﹁ジェアン、いいから外にでてなさい﹂
お前がいると話が進まないと言外に語り、地面に投げ出していた
らしい手袋をいつの間にか拾っていたリュゼに手渡された。
プティアミ
やはり、小さき友と二人きりにしておきたくない。
勿論、それでは前に進めないというのはわかっているが、彼女が
一瞬でも俺を求めてくれているのに、放り出していくなんてできな
い。
このまま家に連れ帰りたい。
俺の脳内を見透かしているかのように、リュゼから冷たい視線が
刺さる。
限界まで粘っていたが、リュゼが許すはずもなかった。
﹁え∼⋮また何かあったら、いつでも悲鳴をあげるんだ。すぐに駆
けつける、だそうです﹂
プティアミ
俺が言いたかったことを先回りして、小さき友の口から言われた。
610
言葉を彼女に発せられないのだから、彼に頼るしかないのだが、
それが無性に悔しいような気がした。こんな気持ちは、初めてだ。
プティアミ
常に対等である小さき友に劣等感を覚えるなど。
彼女の温もりを名残惜しく思いながら、彼女に再び求愛を示して
から、俺はよろよろと開け放たれていた玄関から外に出た。
草むしりが終わっていないことを思い出し、受け取った手袋を装
着する。
﹁ぐぅえっ﹂
クーリール
途中で何かを蹴ってしまったと思ったら、四足竜に轢かれたよう
な潰れた悲鳴が聞こえた。
ワゾー・オム
発信源であろう足元に視線を向けると、鳥人族にしては珍しく仰
向けで地面に転がっていた。
﹁ダウ⋮⋮?﹂
お前は空を翔る種族ではなかった?
611
間違っても、仰向けで地面にで寝る種族ではなかったはずだが?
背中の翼は大丈夫なのか?
不思議に思いながらも、しゃがんで、白目を向いてるボロボロの
ダウを揺さぶった。
全く、こいつは昔から目を離すと何をしでかすかわからない。
﹁はっ⋮⋮だ、だんな!?﹂
勢いよく上半身を起こして、ぶるぶると顔を左右に振った。
グランアミ
﹁大地に囚われし大きな友よ。一生のお願いだ。頼む、頼むから︱
︱︱巨人族の女を愛してくれよ。他の種族の女なんかじゃ、なくて
さ﹂
﹁⋮⋮ダウ、それはさっき聞いた﹂
ヴァンメゾンアミ
本当に大丈夫だろうか。
俺は風の隣を歩む友が、心から心配になった。
﹁あ、そういえば︱︱︱じゃないっ!旦那に轢かれたんですよ、お
ぃちゃんは!﹂
﹁轢かれた?﹂
612
なにを馬鹿な。
どうやって俺が、轢くと言うのだ。
俺は思わず、ダウの首の後ろに手を当てて熱を測った。
ワゾー・オム
鳥人族の体温は40℃前後と他の種族よりも高めだ。ものすごく
体温が低い種族もいるが。
手で測っているので、正確というほどではないが、それ以上の温
度はないだろう。
昔はダウの首の後ろに手を当てて、熱を測るたびに、高熱だと思
っていたのが懐かしい。
﹁おぃちゃんは熱なんてないですよ⋮⋮まったく﹂
よろよろと立ち上がって、自らの埃を払いながら、ため息を零し
ている。
グラン・オム
恋する巨人族に蹴られるって、このことだったんだなぁと、しみ
じみ言うダウに俺は小首を傾げた。
グラン・
﹁10メートル譲って旦那がつがいを⋮うん、受け入れるよ。祝福
オム
したくないわけじゃないんだ、おぃちゃんだって⋮⋮この際、巨人
族ではなかったのはしょうがない。もう⋮⋮幾ら言ったって聞きや
しないんだから﹂
613
仁王立ちして腕を組むダウは、まだしゃがんでいる俺を睨むよう
に、見下ろしている。
﹁だというのなら、つがいさんに愛される努力をせにゃ、だよ。旦
那はそういうところ、疎いんだから﹂
﹁愛される、努力⋮⋮?﹂
﹁ちゃんと、繋ぎとめとかないと、他の雄に掻っ攫われちゃたり、
じりじりと胸を焼かれるような痛みが奔る。
間男作られちゃったり、したらどうするんですか﹂
想像するだけで嫌だ。
短絡的に間男を抹殺する映像と、嫌がる彼女を滅茶苦茶にしてし
まうものしか浮かんでこない。
﹁いや⋮ごめん。お、おぃちゃん言い過ぎたよ⋮旦那。これで、涙
拭って﹂
慌てた様子で、ダウがポケットからハンカチを出して、俺の目元
に宛がう。
想像の中の彼女は苦しそうな顔で︱︱︱この世界にやってきたば
かりの彼女が混乱して苦しんでいる姿と重なって、悲しみだけを誘
う。
614
いつのまにか泣いていたらしい。
少々気恥ずかしく思いながら、ハンカチを有難く借りた。
﹁旦那を悲しませる奴がいたら、おぃちゃんが殺っ︱︱いや、ボコ
ボコにするから﹂
俺は、少し考えたが、首を横に振る。
他人にされては、俺の歪んだものは消化されずに、彼女にだけ向
かってしまうだろう。
そうなれば、もっと酷いことをしてしまうかもしれない。
や
﹁⋮⋮⋮自分で殺る﹂
青ざめ引き攣るダウがびく、と羽を跳ねさせて、一歩下がったが、
彼もそーっと、しゃがんだ。 ﹁と、ともかく、そういうのも必要じゃないかなってことだよ﹂
615
たしかに愛してばかりで、愛される努力というのは、全くしてい
なかったように思える。
あまり器用ではない俺は混乱する彼女を宥めるので精一杯だった。
プティオム
﹁つがいさんは、何族?やっぱ、小人族?﹂
﹁いや﹂
俺は首を横に振る。
メレ
なぜかダウは少し驚いた様子だったが、眉根を寄せて考え込む。
エルフ
﹁じゃあ、長命種族とか?それともなんかの混血児?﹂
ファンオム
さすがに純人族などと答えられずにいると、ダウは呆れたような
顔をする。
どうやら、沈黙を勘違いしたようすだった。
﹁旦那⋮⋮とりあえず相手の種族ぐらい聞きましょうよ。いくら思
い込んだら一直線とはいえ、普通は相手の種族ぐらい聞くでしょう
に﹂
はぁああ、とダウは長いため息を零した。
俺の方がため息をつきたい。
616
ファンオム
お前に彼女が純人族と伝えるとややこしいことになるから嫌なだ
けだ。そうすると、絶対に何かよからぬことが起こるに決まってい
る。
良識と分別がないとはいわないが、意図せずうっかり言ってしま
うかもしれない。
シス
普通の者なら、彼の冗談かと取り合わないが、もしも他の六徒に
言おうものなら、即ばれるだろう。この青年は口調が軽いので勘違
いされやすいが、基本的に嘘がつけないのだ。⋮⋮誤魔化すことは
あるが。
プロフェスール カポ
それを理解している教授や首領にばれたら⋮⋮あぁ、考えたくな
い。
ファンオム
いや、彼らはまだいい。口では嫌味の5,6は言われるだろうが
思慮深い者たちだ。
相手が女性となれば純人族に手出しなどするものか。逆に秘密を
モノマニー
守ってくれる協力者となってくれるだろう。
シス
最も危険なのは六徒ではないが﹃偏執狂﹄だ。
ダウの上客という繋がりもある。
ファンオム
ファンオム
純人族に固執する奴で、相手が男性であろうと、女性であろうと
純人族なら容赦なく生態を調べようとするだろう。露骨に誘拐する
可能性だって考えられなくない。
617
一対一であったとしても、勝てるかどうか。
もし、俺が負けたら、最悪の場合、彼女は︱︱︱彼女は。
グラン・オム
﹁無頓着なのは、旦那らしいけどさぁ⋮⋮巨人族は民族的に珍しい
んだよ。まだ結婚してないんだよね﹂
﹁⋮⋮会話は、してない﹂
その意味を察してか、ダウはぶつぶつと一人で呟いている不服そ
うに眉根を寄せている。
殆ど音になっていなかったが﹃いまどきじゃない﹄やら﹃古い﹄
とか聞こえた。
﹁あ、いっそのこと弟さんみたいに逆プロポーズしてみたら?きっ
と言葉にしないと相手だって、わかんないよ。それに、全世界の女
性が全員、巨人族の戒律知ってるってわけじゃないんだしさぁ。旦
グラ
那だって全世界の民族の習慣を知ってるわけじゃないんだし⋮⋮ま
あ、リュゼの旦那なら知ってそうだけど﹂
確かに、ダウの言うことはもっともだ。
ン・オム
彼女が︱︱この世界のことをあまりにも知らなすぎる彼女が、巨
人族の戒律の一部を知ったのは先ほどなのだ。
618
その彼女に、言葉を発せずに、全てを察しろというのは無茶すぎ
る。
リュゼが説明してくれているだろうが、彼女が理解をしてくれる
かは彼女次第なのだ。
しかし、自分が彼女の流儀にあわせるというには、俺はあまりに
も彼女のことを知らないのだ。
どんなところに住んでいて、どんなことをして、どんな風に生き
てきたなど。
世界が違うというのなら、予測すらできない。
最初に彼女が着ていた服装ですら、俺の目には少し不思議に映っ
ていたぐらいだ。
彼女の反応からすると他の種族なんて、いないのだろう。
ファンオム
純人族しかいない世界。
﹁⋮⋮俺から、プロポーズしたら⋮⋮理性がもたない﹂
彼女に言葉を発したら、もうその場で致してしまいそうになる。
俺はそれを止められるか自信がない。
グラン・オム
﹁あぁ⋮普通巨人族は即蜜期ですもんね⋮でも、そこを我慢して、
619
申し込むんですよ。そのほうがきっと相手のポイントだって高いは
ず﹂
そんな、ものなのだろうか??
グラン・オム
でも、断られたら、それこそ俺は生きていけない。
現に彼女は巨人族の戒律を知ってから、俺に直接話しかけなくな
った。
それが、無性に悲しい。
オレイユ
オレイユ
﹁あ、でも耳飾を渡すってのは?﹂
﹁⋮⋮耳飾?﹂
オレイユ
オレイユ
そこで、なぜ耳飾の話になるのか分からず、鸚鵡返しする。
オレイユ
﹁なっ︱︱駄目ですよ。結婚するのに耳飾がなきゃ!普通の種族は
オレイユ
誓いの儀が先で、さらにその前に耳飾を渡すんですよ⋮あ、でも貴
族とかは婚約耳飾も渡すって聞いたことがあるような、ないような﹂
はっ、と俺は息を呑んだ。
オレイユ
彼女との共にある未来を望みながらも、今は耳飾など欠片も頭に
なかった。
620
ン・オム
グラ
里の同胞よりは、国際的な生き方をしてきたと思っていたが、巨
人族の戒律が生まれながらに染み付いていたせいで、そこまで頭が
回っていなかった。
グラン・オム
オレイユ
あれは普通︱︱︱いや巨人族は蜜期が終わって、誓いの儀の日程
が決まったら、その前につがいで耳飾を選ぶのだ。
グラン・オム
だから、事前に男が女の為に買うなど、ありえないことだ。
巨人族では、つがいを蔑ろにしている行為だと勘違いされるとい
っても過言ではない。
シャン村の現村長であるリュゼの従兄弟の結婚式に招待されたこ
とがある。
オム
幼少期からリュゼと一緒に仲が良かった友の一人で、昔はよく俺
の肩車を気に入って、背中をよじ登ってきていた記憶がある。
一緒に冒険者にはならなかったから、しばし疎遠にはなっていた
が。
その時にたしか、誓いの儀は結婚式といい、それが先でその夜に
蜜期︱︱いや、多くの種族は初夜と呼んでいただろうか?︱︱に入
グラン・オム
るのだと、リュゼに教わったような気がする。
巨人族は世界的には違うのだ。
しゃがみこんでいた俺は膝と両手をついて、項垂れるしかなかっ
621
た。
622
Chapter 24. おしゃれ?
暫くダウの慰めの言葉を聞きながら、項垂れていると、間隔の短
い足音が聞こえた。
﹁⋮⋮なにやってるんですか﹂
プティアミ
小さき友の冷静かつ呆れた声を浴びながら、俺はのろのろと顔を
上げた。
弓と本を片手に俺を見下ろし︱︱てはいなかった。
膝と両手を突いている状態だが、顔が位置がほとんど変わらない。
リュネット
グラ
首を横に振ると、俺の正面で膝を抱えたダウを水晶眼鏡越しに睨
みつけた。
ダウは強い視線に怯えたようで、びくびくと羽を震わせた。
額からは汗が滲んでいる。
﹁来るな、と言ったはずですよね?﹂
﹁う∼⋮で、でも、おぃちゃんだって、関わっ︱︱︱﹂
ン・オム
﹁黙りなさい。お前が来ると、ややこしくなるんですよ。恋する巨
人族に蹴られる覚悟ぐらいあるのでしょうね、まったく⋮⋮﹂
623
今にも弓で矢を放ちそうな硬い声色で、ダウの言い訳を遮る。
﹃もう蹴られた⋮っていうか、踏まれて、轢かれたんだけど﹄と
ダウは小さく口答えしたが、どうやらリュゼは聞いていないようで、
ため息を零した。
俺は別に蹴った記憶も、轢いた記憶もないんだが⋮⋮?
グランアミ
﹁あることないこと吹き込んで、大きな友の意気を消沈させてたの
でしょう﹂
彼は嘘はつかないが、間違った情報を仕入れていることもある。
だが、先ほどの言葉は誤っているとは思えない。
俺は、ただ彼女を愛しているだけで︱︱︱相手に愛してもらえる
ように努力していなかった。何処にいるかも分かっていない様子の
彼女と生活するので精一杯だったのだ。
その彼女の混乱を少しでも取り除いてやりたいと、ただ愛情を注
ぐだけで。
﹁で、でもさ、リュゼの旦那⋮⋮ジェアンの旦那は、自分の愛した
女の種族も分かっていないんだよぉ。一般的なアドバイスしか言っ
てないし﹂
﹁︱︱︱そのアドバイスが余計だと言ってるんです﹂
624
痛む頭を抑えて、リュゼが首を横に振る。
オレイユ
グラン・オム
﹁普通はさぁ、喋れないにしても耳飾を見せて、結婚の意志表示を
するもんだろぅ﹂
﹁お前にしては上策ですが、巨人族の男に強いても、しょうがない
でしょう。それに︱︱﹂
新芽のような緑目で俺を一瞥する。
ファンオム
相手は純人族だと、心の中だけで付け加えたようで、苦笑を浮か
べた。
ファンオム
ダウが幸いな事に、俺の愛する彼女が、純人族だと知らないこと
を察したようだ。
本当に、この男は少ない情報で現状を理解する能力に長けている。
開け放たれた玄関からダウが見えていても、予測範囲内の未来だ
ったと、顔色ひとつ変えなかったのではないかと思う。
﹁それに?﹂
ダウが首を傾げる。
625
﹁彼女は十分、ジェアンに好意的です﹂
彼女が。
俺に。
がばっと体を起こすと、リュゼは柔らかく微笑んで、頷いた。
﹁これを持っていってください。これは君の魔力なら十分に可能な
はずです﹂
と、手にしていた革表紙の本を差し出してきた。
少し保管が雑だったのか汚れているものの、リュゼの持つ本にし
ては、新しい部類に入るだろう。
それに、あまり分厚くはない。
プティアミ
この小さき友は類を見ない本狂いで新旧に関わらず読むのだが、
特に旧暦の古書を好む傾向にある。あの時代は一冊一冊が高価であ
ったため、分厚いモノが多い。
この男が差し出すぐらいだ。
俺と彼女がよりよい関係を保つには必要な本なのだろう。
が、その本のタイトルを眺めて、固まった。
626
ソルシエール
﹃今年一押し!これ一冊でおしゃれ上級者☆魔女の私でもできる男
ソルシエール
を惑わす社交界の淑女風ファッション本格アレンジ魔法︵永久保存
版︶ 著:魔女サン=セリテ﹄
⋮⋮。
⋮⋮⋮⋮⋮。
アンティム
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あぁ、最高の友よ。
お前は、俺に、何を、させたいんだ?
627
プティオム
お前は少ない情報から最善の未来を見据え、最良の答えを導き出
す、俺が知る中で最強の小人族の誉れ高き英雄だ。間違いない。
しかし、あまりにも複雑な未来を読むお前の思考は、俺には分か
らない。ついていけない。
︱︱︱頼むから、この本は冗談だと言ってくれ。 魔術師ならまだしも、なぜ俺に魔女の装い魔法のファッション書
を差し出すんだ??
﹁う、うわっ!これ、今都で大人気の魔女の指南書じゃないですか
ぃ!ま、まさか、旦那のつがいさんって、ヤバイ趣味の方?﹂
﹁⋮⋮違う﹂
と、思う。思いたい。
いや、だがしかし、リュゼが持ってきたという事は何か意味があ
るんだろう。
俺は、それを躊躇いながらも手に取った。
628
まさか、彼女が俺のような男に女の格好をさせて、喜ぶような性
質を持っているのか!?
いや、そんな、そんなはず⋮⋮いやしかし。
もし︱︱︱もし万が一、彼女がそういう性癖を持っているという
のなら、俺は︱︱︱いや、彼女の愛を得る事ができるというのなら、
俺は、俺は︱︱︱⋮⋮
﹁違います。その決意した瞳をやめてください。想像しただけで吐
きそうです﹂
俺の頭の中を覗いているのではないかと思うほど的確に、びしゃ
り、と青ざめたリュゼは言い切って、首を横に振っている。
否定されて、俺は思わず安堵の息を吐いた。
もしかすると、彼女のために用意したのだろうか?
だとしたら、俺に渡す意味がわからない。プレゼントとして俺か
ら手渡せ、ということなのか?
﹁そういうのは、ト・メッロン君︱︱︱いえ、ト・メッロン嬢にで
も任せておけばいいのですよ﹂
ぶはっ!と背後でダウが思い出したように噴出す。
629
彼︱︱︱いや、三人の共有の知人である彼女の想像を拒絶して、
思わず眉間に皺が寄る。
俺にとっては、忘れたい過去の部類に入る。
﹁大切なページに利用法と解決のメモを挟んであります。両思いに
なれば、現実的ですし、君の魔力ならば何とかなるでしょう﹂
改めて開こうと、リュゼがそれを制する。
多分、ここで開いて、ダウに何らかの情報を与えるのが嫌なのだ
ろう。
俺は複雑な思いを抱きながら、頷くことにした。
﹁彼女がどうでるか分かりかねますが、すぐに深い仲になれずとも、
筆談で交流していけば、君ならよっぽどの事がない限り、もう大丈
夫でしょう。それから︱︱︱﹂
にっこり、と後光が差しそうなほどの眩い笑顔を浮かべて、リュ
ゼがダウに向き直る。
︱︱︱︱あぁ、嫌な予感がする。
ダウも同じよう思ったようで、飛び上がって、一歩一歩後ろに下
630
がる。 そして、分かっているのに、聞いてしまうのだ。
﹁な、なんですか、リュゼの旦那﹂
いつでも飛び立てるように、ダウの足の鋭い鈎爪に、ぎゅっと力
が入っているのが分かる。
ヴィッド・サンティエ
クレ
﹃︱︱︱空虚に煌け﹄
その古語の鍵言葉によって、リュゼの弓が青白い光を纏った。
アネクス
刹那、ダウが見事な瞬発力で、大空へと力強く飛び立ち数メート
ル離れていたが魔法付与効果の発動した弓の速度には⋮⋮残念なが
ら、適わなかったようだ。
森にダウの悲鳴が響き渡った。
631
Chapter 24. おしゃれ?︵後書き︶
ソルシエール
﹃今年一押し!これ一冊でおしゃれ上級者☆魔女の私でもできる男
を惑わす社交界の淑女風ファッション本格アレンジ魔法﹄の永久保
存版発売記念、著者サン=セリテ先生の独占インタビュー
︱︱︱第三回目の永久保存版発行おめでとうございます。
サン=セリテ︵以下、サン先生︶:ありがとうございます。これも、
愛読んでくださる淑女の皆様、出版社の方々の後押しのお陰だと思
っております︵頭を下げるサン先生︶
︱︱︱特に今回、開発された﹃髪型が乱れてきても、鍵言葉ひとつ
で元に戻る形状記憶魔法﹄は六年の歳月を費やした伺いました。
サン先生:はい、そのとおりです。元々日常魔法の中でも魔女︵女
性の魔法使い︶が駆使する美容魔法は多くの使用者、使用願望者が
大いにもかかわらず、圧倒的に魔女の数が少なく、魔力をお持ちな
のに、自分では使うことができずに多くの女性たちが泣いてきまし
た。ですが、今回は魔法形式を簡略化し、本書に掲載された魔法陣
を使えば、気軽にご使用いただけます。
︱︱︱先日、魔術特許を取得された﹃これで貴方も朝から眉書き作
業とさようなら幻覚魔法﹄も今回掲載されているとのことでしたが。
サン先生:ええ、そうなんですよ︵苦笑︶前回の﹃オシャレして愛
される!銀製品のアクセサリーひとつでさり気無くキラキラ効果U
P☆魔力と本書さえあればできる本格美人魔法決定版﹄の永久保存
版発行の際は特許が間に合わず、こちらに掲載させいただきました。
︱︱もしかして、先生の今日のメイクも?
サン先生:勿論、この眉毛も朝から鍵言葉一つでバッチリ︵笑︶ぜ
ひ皆様にもこの快適さを味わってほしいものです。付属の魔方陣を
装着さえしていただければ、微々たる魔力だけで完璧な眉毛を再現
632
えきます。勿論、魔力が尽きれば、幻覚がなくなるので、そこは問
題ですが、この魔法を応用しての︱︱︱⋮
月刊﹁ルソン・コケトリ﹂9月号 巻頭特集 18P抜粋
633
Chapter 25. 蜜期に走る巨人
ダウが晴天から姿を消すと、リュゼはやれやれといった様子で肩
を竦めた。
﹁⋮⋮だから、来るなといったでしょう﹂
プティアミ
小さき友の様子に俺は苦笑を浮かべた。
この男は一体、何手先まで推測しているのだろう。
きっとダウが来ることも、そしてこうして追い払う羽目になるこ
とすら読んでいたように思える。
リュネット
こちらを向き直り、水晶眼鏡越しに鋭い視線を投げてきたので、
思わず俺は身構えてしまう。
グランオム
﹁ジェアン、君にはいくつか忠告しておきます。彼女が君の想いに
応えても事を急いではいけませんよ?相手は巨人族ではないのです
から︱︱︱つがいになっても、蜜期で壊してしまっては意味があり
ません﹂
﹁そん、なこと﹂
俺が彼女を壊すだなんて、本気で思っているのか。
顔を顰めたのがわかったのか、すぐにリュゼは鼻で笑った。
634
﹁誰ですか?名前を呼ばれただけで、抑えきれずにキスしたのは﹂
﹁っ、それは﹂
﹁つがいではない娘を、ひん剥いて、性交しようとする行為が紳士
的だと思っているなら考えを改めたほうがよろしいですよ﹂
目撃しているリュゼにとっては、俺の理性など信頼に値しないの
だろう。
だが俺だって我慢しているのだ。
彼女があまりにも無邪気に、俺の名前を呼ぶから。
グランオム
それに巨人族の男ならば、つがいに頬擦りされて、キスのひとつ
もしないだなんて、それこそ正気を疑われるだろう。もしくは不能
であるかを疑われるかのどちらかだ。
﹁ジェアン﹂
﹁すまん﹂
弁明を口にするより先に、睨みつけられて、反射的に謝罪してし
まった。
冷や汗を流しながら、俺は視線を逸らす。
わかっている。
グランオム
俺が常識だと思っているのは巨人族のであり、一般的ではないん
635
アミ
だということぐらい。
﹁友として忠告しますが、決して情事に急く事のないように﹂
﹁⋮⋮努力はする﹂
﹁そうしてください。とばっちりは御免です﹂
リュゼは苦笑を浮かべた後、昔を思い出しているのか遠い目で俺
を眺めていた。
﹁︱︱︱君は、解放されたんですね﹂
ジャイロル
昔の君は死ノ神の背中を追っているようで怖かった、と独白のよ
うに零した。
リュネット
彼は慈悲深い微笑を浮かべて、それを隠すように、ずれてもいな
シス
い水晶眼鏡を無意識に直している。
﹁今やもう、君は六徒でも、太陽戦争の英雄でも、ラコンテの末裔
でもない。僕が口にするまで、忘れていたんでしょう?﹂
その言葉に、俺は目を大きく見開いた。
驚いた。
あれほど俺を縛り付けていたものを、すっかりと忘れていた。
636
愛しいつがいに︱︱残念ながら、まだ俺のつがいではないが︱︱
あまりにも、翻弄され続けていたせいか、その呪縛は欠片も残って
いなかった。
﹁それでいいんですよ。君は、ただのジェアン=アジャン﹂
大きな音量ではない。
だが、その声はハッキリと耳朶を通って、全身に響く。
じんわりと満ちるように実感がある。
グランオム
﹁つがいの愛を得たい、普通の巨人族の男でしかない﹂
シス
俺は六徒になりたくはなかった。
英雄という呼び声にも、ラコンテの子孫である事実も、煩わしく
感じていた。
プティアミ
ただ俺は、小さき友の為に、剣を握った。
アミ
彼が旅立つ時、彼の家族は動けず、他の友は誰も気がつかなかっ
た。俺だけが気がついたから、一人旅の安全性をあげる為に、その
横に並んでいた。リュゼを託すことのできる信頼に足りる者がいる
なら、すぐに帰ってきただろうと思っていた。
アミ
だが信頼できる友が増えるたびに、厄介ごとが増えた。
637
アミ
シス
そうしている内に、六徒になり、戦争に巻き込まれて、死にたく
アミ
なかったから殺し、友を守るために、勝利を手にするしかなかった。
思えば惰性に流されるがまま、生きてきた。
シス
最後に残ったのは、得たときよりも少なくなった友と、厄介ごと
を押し付けられる﹃六徒﹄と、大量殺戮者というなの﹃英雄﹄とい
うレッテル。
どこにいても、常に存在した。
それが嫌で、誰もいない場所で一人生きることにした。
シス
だが結局、最後に残った自分という存在が、﹃六徒﹄であること
も﹃英雄﹄であることも忘れることができなかった。
鎖のように心に絡み付いて、離れなかった。
俺の前に彼女が現れてから、俺は彼女のことで頭がいっぱいだっ
た。
彼女が笑うと、俺は嬉しくて。
彼女が涙を流すと、俺は苦しくて。
そうして翻弄されるのが、少しも嫌ではなかった。悲しくても、
狂いそうになっても︱︱彼女から与えられる感情のひとつひとつが、
俺に生きている実感を与えてくれる。
638
お前が現れてから、俺の人生は光に満ちている。 さくら。
俺は涙が出そうなくらい、幸福だ。
会いたい。
今、とても︱︱︱お前に会いたい。
+ + +
俺が駆け出すよりも先に、絶妙なタイミングで、彼女が家から出
639
てきた。
歩み寄ると、彼女が俺を見つめる。
その上目遣いの愛らしさに、抱きしめたい衝動が湧き上がるが、
懸命に堪える。
リュゼがいったように、性急になって、彼女を追い詰めたくない。
彼女は何か俺に言いたいことがあるようで、口が幾度も開閉して
いた。 困ったような、どこか決意を秘めたような瞳を俺に向けた。
﹁か、屈んで貰ってもいいですか?﹂
俺は、その言葉に驚いた。
てっきり、先ほどの室内でのやり取りのように、リュゼを介して、
俺に話しかけてくると思ったから。
あぁ、さくら。
お前はもう、俺に話しかける意味を知っているだろう?
理解しているだろう?
640
俺に、求婚していると︱︱︱そう受け取っても構わないのか?
一方的な勘違いなどではなくて。
グランオム
ぐらぐら、と理性が脆く揺れて、この場で押し倒して、滅茶苦茶
にしてしまいたい巨人族としての本能を懸命に押さえ込む。
彼女は会話を望んでいる。
俺は心臓を高鳴らせながら、できるだけ動揺を表に出さないよう
に両膝をついた。
せめて、と。
緩慢に伸ばした手は彼女が優しく両手に納めた。
その手袋越しに彼女から与えられた温もりが欲望を塞き止めた。
﹁私は元の世界に帰りたい気持ちがあります﹂
声を出しそうになった。
641
思わず手に力を込め、彼女の華奢な手を砕いてしまいそうになっ
て、力を抜く。
かのじょは、かえりたがっている。
いまさら、だ。
さいしょから、わかっていたことだろう。
そう自分に言い聞かせるも、湧き上がってくるどす黒いもの︱︱
きっと俺の願い、欲望︱︱が愛しい人の願いを叶えるという純粋な
想いを容易に上回った。
誰かが鋭く息を呑む音が聞こえる。
すまない、さくら︱︱俺は何度も、何度も、心の中で彼女に謝っ
た。
この手の温もりを、失いたくない。
もう俺は、彼女を帰さない。
帰す気などない。
どんなことをしても、お前を離さない。
642
でも、と彼女は吐息のように囁いて、首まで真っ赤にすると、俺
の両手をぎゅう、と握り締めた。
﹁それでも、貴方が、好き﹂
潤ませた黒い瞳は、やはり宝石のように美しくて、吸い込まれそ
うだった。
俺を魅了してやまない神秘的な色。
柔らかそうな唇は、足りないというように、もう一度繰り返した。
﹁好きです。私は貴方の側に居たい﹂
彼女の言葉は矛盾している。
帰りたいと願っている。
643
でも俺の側にいたいと願っている。
たぶん、彼女自身も、その矛盾を分かっているのだろうと思う。
だけど、きっと彼女の偽りのない心。
考えたくはないが、もしかすると、いつの日か、現れた時のよう
に彼女は突然いなくなってしまうかもしれない。
だが、その瞳は俺に愛を語り、頬は俺のために朱色に染まってい
る。
それだけで十分だった。
お前を手放さない理由はそれだけでいい。
十分だけど、更に彼女は俺の掌に口付けた。
俺の側にいたいと︱︱︱懇願した。
くらくら、と眩暈がするほど、幸せな熱が全身を巡る。
心臓が張り裂けそうなほど、高鳴る。
644
﹁さくら﹂
俺は躊躇うことなく、彼女の名前を呼んだ。
たった三文字なのに、この世のなにものにも変えがたい大切な宝
のように輝いている。
擦れた声で恭しく返事をする彼女が︱︱︱愛しい。
いつも見せていた困ったような笑みではなく、満面の笑みを俺に
向けた。
それだけで、俺は世界の誰よりも幸福だと胸を張って言える。
その俺の手袋からついたであろう頬の泥すら、彼女を祝福し、輝
かせているようだった。
﹁ずっと⋮⋮お前の名を、呼びたかった﹂
645
お前が未成年でもかまわない。
もう、俺は耐えることができるはずもない。
お前のすべてがほしい。
﹁ジェ、アンさん⋮﹂
反射的にだろうが、俺の名前が呼ばれて、暴れる欲望を制御する
のが大変であった。
自分がつがいを得るとは思っていなかった。
だが、まさかつがいを得て、求めることを抑制することになろう
とは。
父が人生を賭して母を求めた心が、今なら分かる。
たぶん、これは尽きることも、枯れることもないのだろう。
美しい人。
愛しい人。
646
俺は、この手を離したりしない。
﹁一緒に家に帰ろう︱︱︱俺の、俺だけのつがい﹂
彼女は嬉しそうに頷く。
もうリュゼの元で説明を請う必要はない。お前が知りたいことは、
俺が何だって教えてやろう。分からないことがあったら、またリュ
ゼのところに来ればいいんだ。時間はたっぷりとあるから。
だから、家に帰ろう。
俺たちの家へ。
そして、お前のことを、たくさん俺に教えておくれ。
お前の知らない、お前のことも。
647
彼女を抱き上げようと、手を伸ばした。
刹那︱︱︱周囲の魔圧が一気に高まり、耳の奥が圧迫されるよう
な感覚に陥った。
こんな魔力を高める事と、その圧縮を行えるのは、世界において
も数は少ない。
そして、ここに二人しかいないであろう。
プティアミ
俺と小さき友。
しかし、俺ではないというのなら、必然的に答えはでた。
はっと、完全に忘れていたリュゼに視線を向けると、弓に触れな
がら、古語による攻撃魔法の詠唱をしている。
目視できるほどの魔力変動。
本来魔力というのは、目に見えない。
だがリュゼ自身の強烈な魔力の放出と、同時に足元の魔方陣が周
囲の魔力を吸い上げて、弓と体を青白く包み込んでいる。
648
弓で矢を放つ要領で、本来手元でしか発動しない魔術を矢のよう
に遠距離発動させるのはリュゼの十八番であった。
無論、こんな暴挙をしでかせるのは、リュゼぐらいだろう。
オンジエム
しかも詠唱内容から察するに高位の古代魔術である十一階級だ。
複数の魔術師が展開するもので、個人で扱えるものは一握りだ。
こんな横暴な使い方をするのは、世界でも数えるほど︱︱︱いや、
ティフォン・クディア
たぶんリュゼしかいまい。
オヒャディ
クレ
﹃姿なき神の晴嵐の鉄槌﹄
ディユーアルミュール
古語の鍵言葉と同時に、弦を弾き、巨大な魔方陣が出現する。
タトゥワーズ
俺は腕の詠唱刺青で﹃神々の鎧﹄を発動させた。
・・・・・・
そして、反射的に左右前後の四面に展開する魔法障壁をリュゼの
方向だけに四枚重ねてたが、それすら砕けた。
ティフォン・クディア
太古の千年戦争当時に開発されたという城壁を粉砕するためだけ
の攻城魔法の﹃晴嵐の鉄槌﹄を無効化するには至らずに、骨の髄ま
で響くような衝撃と、激痛。
そのまま俺は背後へと吹っ飛ばされていた。
649
+ + +
プティアミ
俺が何をしたというのだ、小さき友よ。
どれくらい森の中を吹っ飛ばされていたのか、痛む背中を押さえ
ながら起き上がる。
﹁⋮し、ぬ⋮⋮﹂
グランオム
確かに普通なら死んでいるだろう。
巨人族である俺ですら、どうやら肩を脱臼し、肋骨を何本か骨折
をしているようだ。
発せられた声が、自分のものではないことに気がついて、発信源
に目を向けた。
俺の真下︱︱︱白い羽がぴくぴく、と痙攣している。
﹁⋮だ⋮んな、ぉもいよぅ⋮しぬー⋮﹂
650
ついでに吐血して、ぜーはーいっているので、慌てて上から飛び
のいた。
よく見ると、羽の方向も若干おかしい。もしかすると、折れてい
るのかもしれない。
﹁ダウ、俺の下で何している﹂
回復魔法を発動させながら、問うとダウは馬鹿みたいな返答をし
た。
さすがの俺も頭を痛めた。
﹁だって⋮⋮だんな、とんできたから⋮うけとめ、て﹂
グランオム
だからといって、恐ろしい速度で飛ばされた巨人族を受け止めよ
うとするなんて。
竜の口の中に飛び込むほどの、馬鹿ではないか。
ワゾー・オム
リュゼの魔法を直撃しても生きているのだから︱︱︱たぶん、リ
グランオム
ュゼは加減をしているとはいえ︱︱鳥人族にしては頑丈なほうだろ
うが、体の作りからして巨人族には適わないはずだ。
数分もしないうちに、全快とまではいかないが、回復したダウは
羽を動かした。
651
﹁あ∼⋮死ぬかと思った﹂
普通なら、二回死んでいると思ったが、口にするのはやめた。
今は時間が惜しい。
リュゼがさくらに危害を加えることはないだろう。
だが、蜜期の終えていない自分のつがいが他の男の横に無防備に
立っているだけでも、胸を焦がすような嫌悪感を覚える。
﹁助かったが、あまり無茶はするな﹂
正直言うと、居ても居なくても、俺の怪我の具合はあまり変わら
ないだろうが、それでもダウのいいところだと思う。
頼むから⋮⋮本当に頼むから、死なないで貰いたい。
とりあえず、﹁でも﹂と呟きながら、落ち込んだ様子のダウの頭
を2、3度撫でておいた。
﹁それから︱︱︱俺の家に絶対に来るな﹂
蜜期に乱入などしようものならば、うっかり殺してしまうかもし
れない。
652
俺は念を押して、ダウに頷かせる。
それから、自分に回復魔法を施しながら、綺麗に出来た森の道を
全速力で駆け出した。
彼女の姿が目視できた。
リュゼの姿がなくて、内心ほっとした。 プティアミ
目の前に居れば、間違いなく一発殴っていたに違いない。全力で
殴れば小さき友はただでは済むまい。
彼女を抱き上げて、加速した。
どうやら俺の動きが見えなかったようで、さくらは驚きに目を見
開いている。
そのまま反射的に俺に縋るようにマントを掴んでいる。
殺人的な自分の可愛さを、彼女は絶対に分かっていないと思う。
許されるなら、この場所で奪ってしまいたい。
﹁ここは邪魔が入る︱︱さくら、家に帰るぞ﹂
﹁じぇ、じぇっ、ジェア、さっ!﹂
唐突に名前を呼ばれて、頭に血が上っていくのが自分でも分かる。
後、主に体の中心にも熱が集中しているようだ。
653
なにか言いたそうだったが、走りぬく振動で舌を噛みそうになっ
ていたので、手袋を投げ捨てて、彼女の口の中に指を入れた。
誰かの他の者の口に指を入れるなど、あまり楽しいことではない
が、それが彼女のだと思うだけで心地良い。
﹁話は後で聞く︱︱速度を上げるから、喋ると舌を噛むぞ﹂
﹁んくっ︱︱︱!!?﹂
答えるように、彼女は俺の指を甘噛みした。
ぞくぞく、と背筋を甘い刺激が奔る。
彼女は悩ましく眉根を寄せ、顔を真っ赤にして、誘うように俺の
指を何度も甘噛みしてくる。
爪で口内を傷つけないように指を前後にさせ、舌を撫でると甘っ
たるい吐息を零す。
なんて、情熱的な女性なのだろう。
俺の指は涎に濡れ、動かすたびにぐちゅぐちゅと卑猥な水音が響
いた。
654
目眩く蜜期を予感させ、俺は少し前屈みになりながらも、彼女を
欲して更に加速した。
655
Chapter 25. 蜜期に走る巨人︵後書き︶
本当に、長いことお読みいただき、ありがとうございます orz
ジェアンさん視点の出会い編は終了いたしました∼w
このまま蜜期なんですね⋮桜さんのご命運を︱︱いや、ご武運を?
祈っております︵汗︶完全にやる気満々ですよね、ジェアンさんは
⋮⋮
クリスマスまでは、更新が緩慢になりますので、気長にお待ちくだ
さい︵涙︶
656
Chapter 26. 今日から蜜期 R18
室内に入ると同時に、家の扉を閉めて、ドアノブに魔力を注ぐ。
俺の魔力を僅かに吸収し、建築された当初に聖職者によって刻ま
れた固有結界が発動し、家屋全体の壁に古語が淡い光を纏い浮かび
上がる。
家屋の強化、遮断、反射、防音、と他にも様々な効力が絡み合っ
て複雑に展開されていた。 瞬く間に完成。
同時に精密な魔方陣がドアノブを囲んで、壁の古語と共に消える。
これで俺が解除するか、死ぬかしないと、城砦並みの堅牢さは保
たれたままになる。
ガンジエム
デファンドル
ディユーアルミュール
俺は不必要だと言ったのだが、聖職者である父が古代魔術である
十五階級﹃守護壁﹄を家に施した
トレジエム
これは即席で展開される十三階級の﹃神々の鎧﹄の強度の約3倍
の性能がある。
ディユーアルミュール
階級でいうなら、﹃神々の鎧﹄の方が上だが、父はそれを他の機
能の階級の低い古代魔術とまるで編みこむように紡ぎ、驚異的な強
657
度を保つ。
たぶん、5倍の性能があるだろう。
ティフォン・クディア
リュゼの﹃晴嵐の鉄槌﹄でも打ち破れまい。
グラン・オム
しかも常時、周囲に漂う魔力を溜め込み、発動時に使用者の魔力
は殆ど消費しないのだ。
昔はもっと使用者の魔力を消費していたらしいが、巨人族の男た
ちの要望により、聖職者たちによって、改良されて消費が最小で抑
えられているらしい。
これだけ聞くと素晴らしいが、媒体となる物質がないと発動でき
ず、この家の壁に施すだけで、半月以上かかるのだ。
本来は城壁や、神殿に施される魔術だが、巨人族は自分の家に惜
しみなく使用する。
この風習は大昔かららしい。
だから、巨人族の男は自分の家につがいを連れ込むのだ。
完全に外から遮断され、惜しみなくつがいに時間を割き続けるこ
とができる︱︱︱そこまでせずとも、と若い頃の俺は思っていたが、
今は素晴らしい伝統だと思う。
新しく建てても、未婚の子供がいる家は、蜜期に備えて親が作る。
それが親の愛情なのだ。
父も、俺を思って術を施してくれたのだ。感謝しても、しきれな
い。
658
︱︱︱いや、今はどうでもいい。
出さなくてはいけないことを残念に思いながら、口から二本の指
を抜くと、彼女は熱い吐息を零した。
茫洋とした表情で、俺の唾液まみれの指を眺めている。
彼女の口と俺の指が、唾液で繋がっていたが、ぶっつりと切れた。
俺は思わず、喉を鳴らす。 一度は本能に負けて知った彼女の唾液の味を、忘れていなかった
からだ。
まるで砂漠で得た水のように、指に絡められた唾液を啜る。
あの時は夢中で、口付けをするだけで他には何も考えられなかっ
たが、彼女は甘い気がする。
﹁ん⋮⋮お前は⋮唾液も甘いのだな﹂
頬を染めて、俺を眺めていた彼女は口を開いた。
まるで、もっと味わってと誘うように。
659
俺は迷わず、つがいの誘いに乗って、先ほどまで指で堪能してい
た口内を舌で味わった。
それにしても、彼女の唾液は甘いし、なんだか美味しそうな匂い
がする。
時折、唾液を舌ごと啜ると、彼女が小さく震えた。
彼女が自分で感じているのかと思うと、ぞくぞくとするほどの快
感が全身を駆け巡る。
走ってた時から窮屈だったズボンが、更に窮屈になった。
俺は彼女の足に触れる。
どうやら、彼女には大きかった靴は片方履いておらず、残ってい
る片方を脱がせて放り投げる。
真っ直ぐに寝室に向かいながら、彼女のズボンに手をかけて、ベ
ルトを外し、手早く下着ごと脱がせ、マントの紐を外し、殆どのボ
タンのないシャツを脱がせて、床に捨てていく。
だが、それよりも先に、風呂だ。
さすがに俺は森の中を吹っ飛んで、地面に転がっていたので汚れ
ているだろう。身奇麗にしなければと思ったが、離れたくない。そ
れに、彼女の頬の泥も洗ってやりたい。
だったら、一緒に入ればいいのだ。
俺は彼女を抱きかかえたまま、風呂へと進路を変えた。
660
胸を覆うだけの珍しいコルセットのようなものは、どういう仕組
みになっているのか、背中の中心にある切れ目のようなところを紐
を探したが見当たらなかった。
軽くひっぱたりしていると、簡単に取れた。
むにゅむにゅ、とシャツ越しに感じる柔らかい二つの膨らみが気
持ちいい。 その感触をダイレクトに感じたくて、自分も手早く脱いでいく。
直接伝わる温もりが、ひどく心地がいい。
触れている彼女の肌は汗ばんでいるのか、吸い付くようだ。
他の場所もそうなのかと思い、肩から背中へ、尻へ手を這わせる。
柔らかくて気持ちがいい。しっとりとしていて、肌が吸い付く。
﹁⋮⋮さくら﹂
今すぐにでも、彼女に愛の証明をしたいのをぐっと堪えて、腕か
ら降ろした。
もうすでに、限界も近いが、先に風呂を︱︱︱と思ったら、彼女
が俺に抱きついてきた。俺もそれを反射的に抱きしめる。
﹁じぇじぇじぇ、じぇあんさっ︱︱⋮﹂
661
彼女は顔を真っ赤にして、上目遣いで何かを訴えている。
そう俺のものを腹に触れさせ、先っぽを胸で挟んで。
思わず少し溢れさせてしまった俺に、一体何の罪があろうか。
これはつがいが可愛すぎるせいだろう。
限界に近い俺を気遣って、その小さな身を挺して、俺の愛を受け
入れようとしているのだ。
なんて、優しい少女だろう。
言葉ではなく、行動で示すなど︱︱︱素晴らしく情熱的な。
俺は、﹃私にいっぱい愛をだして﹄と神秘的な黒い瞳を潤ませて
訴えてくる彼女に応えて、いっそう抱き寄せる。
﹁ぁあっ﹂
彼女は体を震わせた。
グラン・オム
ここで、つがいの健気な愛に応えない巨人族の男など存在しない。
﹁さくら⋮すまない⋮少しだけ、いいか?﹂
662
腹にこすり付け、谷間に先を挟みながら、彼女の肌を楽しむ。
だが、顔を真っ赤にしたまま、彼女は驚いた様子で、口をパクパ
クさせている。
もしかして、いきなり、繋がるとでも思ったのだろうか?
いや、無論、すぐにでも繋がってしまいたいぐらいだし、時折彼
女の肌と己のものが擦れてぐちゅぐちゅと音を上げるたびに穿って
しまいたい気持ちが勝る。
しかし、それはできない。
グラン・オム
彼女は巨人族ではないから、蜜期がどんなものか知らないのかも
しれない。
グラン・オム
巨人族の男はつがいが痛がるのを嫌がる。
話では聞いていたが、本当につがいであるさくらが痛いのは嫌だ
と、今の俺も本気で思っている。いや忌避しているといっても過言
ではない。
ましてや自分で彼女に痛みを与えるなど、もっての外だ。
それが、たとえ喜ばしい処女の痛みでも、だ。
だから、思う。
痛みも感じないほどの快楽を、と。
663
グラン・オム
俺は巨人族では、身長も低いし、性器も大きい方ではないが︱︱
残念ながら、弟や父の方が大きいだろう︱︱それでも、さくらの身
体は小さすぎる。
時間をかけなければ。
﹁先に出さないと、お前を滅茶苦茶にしそうだ⋮⋮自制がきかない﹂
俺は、お前の愛を得られるように、努力しよう︱︱︱だから、そ
の前に少しだけ、俺の愛を証明させてくれ。
お前を何よりも愛しているから、途中で本能に任せて、穿ってし
まう。
痛みを与えてしまうなぞ、考えたくもないから。
理解したのか切なげに眉根を寄せて彼女は何も言わずに、俺の胸
に顔を埋めてた。
あぁ、俺も早くお前に応えたい。
俺は貪欲なまでに彼女に擦り付けて、放った。
初めて俺の白い愛に彩られた彼女は茫洋としていた。
だがすこし青ざめているようにも思える。
664
裸で、脱衣室に長いこといたので、寒くなってきたのかもしれな
い。
俺は触れやすいように、彼女の体を回転させた。
彼女が背を撓らせると、中心に俺を誘うような窪みができて、先
っぽを這わせると、彼女が震えた。
少し前かがみになって、頭に口付ける。
﹁すまない⋮⋮﹂
俺一人だけ、気持ちよくなるなど、思慮不足だった。
だから、もう一度やり直しさせてくれ。
﹁今度は、一緒に﹂
熱くなろう。俺の、つがい。
胸を掴むと、指が食い込むほど柔らかかった。
まだ俺が愛を証明しただけだというのに、美味しそうな色をした
先端が少し硬くなっていることに、喜びを感じていた。
そして、股の間に指を刷り込ませると、ぐちゅり、と音がした。
彼女は秘部は僅かにではあるが︱︱︱俺の指に透明な愛を溢れさ
せていた。
665
滅茶苦茶にしたい衝動を堪えるのに苦労していた。
俺は背中に擦り付けながら、彼女の愛を得るべく、夢中で指が入
るのか懸念してしまうほどの小さな入り口を指を這わせた。
いつか、ここに俺のものを穿つのだ。
そう考えるだけで、今にも放ってしまいそうだ。
指先に触れるトロトロとした、熱い彼女の愛に、俺はたまらず右
耳に舌を這わせた。
彼女の胸の突起はもう、つん、と愛撫に応えている。
それを摘むたびに、彼女は甘い吐息を零した。
だが、なにより秘部の近くの突起のほうが快感を得られるようで、
ぐりぐりと刺激すると、俺のものを背中で擦るように、身を丸めよ
うとする。
﹁だ、だめぇ、ジェアンさっ︱︱︱⋮﹂
指では嫌なのか、彼女は顔を涙目で首を横に振りながら、俺に背
中を擦りつけ、強請った。
そんな切なそうな顔をしないでくれ。
できれば俺だって、すぐにお前の中に入りたい。
666
だが、こんな狭い場所ではイキナリ俺は入らないだろう。
彼女だってわかっているはずだ。
﹁まだ早い︱︱ほら﹂ ﹁ひぅっ﹂
少し慣らしたとはいえ、指を進入させようとしたら、案の定、第
一関節も入らなかった。
ぎちぎちと、柔らかい壁が指を食い千切ろうとする。
﹁あっ⋮っ、ん⋮やぁっ、もうっ﹂
秘部の近くの突起を指の腹で押しつぶしながら、ゆっくり指を挿
し抜きすると、彼女は限界が近いのか声を堪えきれずに、短い間隔
で震える。
俺は彼女を顎を捕らえて、上を向かせる。
初めての愛を知る顔を見たい。
熱に浮かされるがまま、入り口を指で挿入速度を上げた。
ようやく、第一関節が飲み込まれる。
﹁っぁあ!!﹂
667
一際甲高い声を上げて、彼女は悩ましげに眉根を寄せながら、絶
頂を迎えた。
痙攣する中が指を食み、透明な愛を一層俺の手に吐き出す。
その彼女の愛を手に感じて、俺は耐え切れずに悶える彼女の背中
に、長いこと放っていた。
668
Chapter 26. 今日から蜜期 R18︵後書き︶
︻とある聖職者の鳥人族と小人族の友人たち 2︼
﹁︱︱︱まさに、生涯最大の珍事件にして、誇り高きイス神の齎し
た試練と奇跡の具現化でしたよ﹂
話は小さき友のよく意味の分からない言葉で締めくくられて、鳥
人族の青年は小首を傾げた。
だが彼の話を総合すると、彼の力添えで、種族のよく分からない
女と大きな友はつがいになったようだ。その女と即蜜期に入ったら
しく、大きな友は自宅に走って帰ったらしく、姿はない。鳥人族の
青年が恐る恐る小さき友の家に戻った時には、すでにいなかった。
オンジエム
脳裏に昔見た大きな友の弟が蜜期へ走る光景が浮かび上がった。途
中で、なぜ十一階級の魔法を放ったのかは不明だが、よく自分も大
きな友も生きていたものだ。
せっかく近くにいたのに会えなかったのは残念だ。
会ったなら、絶対、女に一言言ってやろうと思っていたせいもあ
るだろう。大きな友を泣かせたら承知しないぞ、と。
﹁会いに行くのはおやめなさい。殺されても知りませんよ﹂
蜜期の巨人族の凶暴さは、よく知っているでしょう?と付け加え
る。
冒険者の笑い話のひとつだが、黒領地からやってきた恐ろしい三
人の悪魔がいて、残虐暴虐の限りを尽くしていたが、巨人族の蜜期
を邪魔したせいで、最後は巨人族に殺されるのだ。それくらい、巨
669
人族にとって蜜期というのは大切なものらしい。詳しいことはよく
わからないが、ともかく繁殖期の獣人族のように凶暴なのだという。
毎年、女の取り合いで重軽傷者とその被害がアルカンシエル・タイ
ムズにも掲載されるくらいだ。一線を退いたとはいえ、伝説的英雄
の繁殖期と考えて鳥人族の青年は身を震わせた。興味はあるが、命
は惜しいので、素直に頷く。それにそこまで野暮ではない。
﹁別に蜜期の後に会えるなら、いいけどさぁ﹂
その言葉に、小さき友は暫し考え込んで﹃五分五分ですね﹄と呟
いた。
会える確率が五分五分?まさか、大きな友の独占欲が発揮されて、
会わせててくれないのか?と疑問をぶつけると、小さき友は首を横
に振った。
﹁いいえ、さすがに大きな友も蜜期の後になれば︱︱もっとも身長
差を考えれば通常よりも長くなるでしょうが︱︱家からつがいを出
す事も許すでしょう。言葉を交わすことを許すかどうかは分かりま
・・・・・・・・・
せんが。レディ⋮⋮いえ、マダムアジャンは巨人族の女性ではない
ようでしたからね。巨人族の蜜期に耐えられるかどうかが、五分五
分です﹂
﹁え、耐えられるかどうかって?﹂
鳥人族の青年は不吉な言葉に、目を瞬かせた。
670
Chapter 27. 短い入浴 R18
俺は圧縮魔法で作り出した水の粒を放り、火の魔石を放り、風呂
を沸かした。
水蒸気が浴室に満ちて、一気に暖まる。
戸棚から取り出したバスタオルを床に敷いて、腕の中の彼女を降
ろそうとしたが、その弱い衝動にも甘い声を上げた。
身体は敏感のようで、荒い呼吸を繰り返していた。
やわやわと胸を揉むだけで、甘く呻いて、なすがまま兎のように
小刻みに震えてる。
朱色に染まる頬、瞳を潤ませ、眉根を寄せた表情。
誰にも見せたことはないであろう淫靡な顔に、ぞくぞくする。
若い頃よりも元気な俺のものは彼女のお尻の肉に先っぽを食い込
ませてしまうほどだ。
己の吐き出したものでヌルヌルしていて心地よくはないが、それ
を差し引いてもお尻は柔らかくて気持ちがいい。いや、身体の全て
が気持ちがいいが。
﹁さくら、一度降ろすぞ﹂
﹁⋮ん﹂
671
全然萎えない自身に驚きと、気恥ずかしさは多少あるものの、そ
の分彼女を愛してやれると思う。
肌が冷たいタイルの上に触れないようにバスタオルに乗せた。
今後このような状態も十分に考えられるので、浴槽の床はオーロ
ジョ火山岩入りの暖房タイルに作り変えようか?
ぐでぐでと自分で支えられない様子の身体を風呂用の椅子に凭れ
させる。
その気だるげな姿のなんて色っぽいことか。
無防備に両目を瞑り、惜しげもなく肌を晒した姿。
身体は俺の白い愛に塗れている。
腰を撓らせて、尻を此方に見せ付けるように向けており、先ほど
まで触れていた秘部どころか、後ろの穴までヒクヒクさせて、俺を
誘っていた。
ダークエルフ
長命人種は基本的に性に奔放だ。
だが貴族は純血統主義であるため、貴婦人たちは純潔を保ちなが
ら性交するために、後ろを使うようになったらしい。もともと快楽
に弱い種族であるため、その風習が市民にも根付いたのだとか⋮⋮。
もしや、彼女も後ろの経験が?︱︱︱ちり、と想像だけだという
のに、後ろの純潔を奪った誰かに胸が焼けるような殺意を覚える。
それとも俺との後ろの営みを望んでいるのだろうか?
672
普通ならば後ろなど、と萎えるだろうが、彼女なら興奮の対象で
しかない。
使い方は違うだろうが、清浄魔法も覚えているので、大丈夫だろ
う。
全てを捧げようとしてくれているのならば、俺だってやぶさかで
はない。
ファンオム
純人族の生態はあまり多く文献に残っていないが、リュゼの父親
の話によると彼らは年中性交渉が可能で、一部の四足のように常に
発情期であるといっていたような気がする。後ろはどうなのだろう
?そういえば、四足も尻尾を持つものは後ろを使うらしいが⋮⋮?
秘部から溢れる彼女の愛を啜りたい衝動を堪える。
一度彼女と交わる夢を見たが、それとは比べ物にならないほど強
烈な欲情だ。
あの時はやめようと思えば、できたかもしれない。
でも、もう無理だと思う。
できることなら、このまま彼女の可愛らしい︱︱︵以下30歳未
満お断り妄想︶︱︱のようにして、︱︱︵以下30歳未満お断り妄
想︶︱︱をじっくりと味わって、もう本能のまま︱︱︵以下30歳
未満お断り妄想︶︱︱してしまいたい。
つがいとなったからには夢ではないのだ。
673
ごくり、と喉がなる。
自分のものが我慢できないと訴え、主張するように涎を垂らす。
理性と本能が激しくせめぎあって、勝ったのはどちらでもなかっ
た。
いきなり彼女を貫くことはなかったが、かといって収まらない己
の欲をそのままにもできなかったのだ。
俺は自分のものを握り締める。
目の前の彼女を眺めながら、手を上下するとすぐに限界が︱︱い
や、ずっと先ほどから限界だったが︱︱きて、彼女に向けて放って
しまった。
愛しいつがいの艶姿を眺めながら一人でなど、なんて贅沢な。
細い足にかけてしまったが、目を瞑っていた彼女は気がついてい
ないようだった。
さっと俺は身体を洗い、何事もなかったかのように彼女を抱き上
げた。
深刻な事態である。
俺は自分の欲望を上手くコントロールできない。
ちょっとした衝動で、本当に犯してしまうかもしれない。
674
彼女の頬の泥を落として、顔を拭って、さらさらの黒髪を洗った。
気持ちよさそうに彼女は瞳を細めているのが可愛い。
セル
身体を一度お湯で流して、石鹸を泡立てて、彼女の身体を素手で
味わっ︱︱︱洗った。
しかし、彼女が身を捩って、自分ですると主張しだした。
﹁駄目だ﹂
俺は反射的に声を出していた。
パン・オム
よく考えてみれば、相手と身体を密着させて素手で洗うなんて蛇
人族ではあるまいし、何をやっているのだろう。
ビユ・ココティエ
彼女の顔を拭いたタオルは無意識に放り投げていたようだ。
セルパン・オム
蛇人族はつがい同士で、玉椰子という実から作られる体に無害な
液体石鹸を身体に垂らして絡み合って互いをお互いの肌で洗い合う
のだ。それが、彼らにとっての愛情表現なのだという。
特に妻が自らタオルとなって液体石鹸を自らの体に垂らして、夫
の身体を洗うのが普通だ。地域によっては逆もあるらしい。
﹁これは﹂
675
グラン・オム
他の種族には見られない風習である。
勿論、巨人族がそんなことをしているなど聞いたことがない。
セルパン・ムセ
セルファム・サルドゥバン
だが、行為を真似る者達もいて、それを﹃蛇の泡遊び﹄などと呼
ばれている。
パーティ
そういえば昔、一時期的に道連となった男が﹃蛇女の浴室﹄など
という、最後まで致さないが風呂にて、体を肌で丸洗いされる違法
ギリギリの娼館に通っていたような気がする。
あの時は、なにが楽しいのかと思っていたが⋮⋮。
抱き合う彼女の肌が石鹸の泡でにゅるんと滑るが、肌と肌が密着
すると、彼女の柔らかな感触をよりいっそう感じた。
最高級のタオルなど目ではないぐらいの肉感の心地よさ。
一瞬、彼女が俺専用のタオルになってくれるなら、家にあるタオ
ルを全て燃やしてしまおうかと思うほどだ。
にゅちゃにゅちゃと粘着質な水音が響く。 ⋮⋮⋮⋮⋮いい。
676
﹁つがいの勤めだ﹂
欲望に負け、俺は疑問を浮かべている彼女の意向に目を瞑り、素
手で身体を撫でまわ︱︱︱洗った。
案の定、敏感な肌の彼女は、すぐに甘い声を上げた。
ついでに先ほど誘惑された後ろに指を這わせると、きゅ、と窄ま
った。
俺は弄って念入りに確かめ、純潔であることに密かに安堵した。
そして、やはり此方での性交も強請られていたのだと確信する。
グランオム
だが、巨人族の蜜期は普通は前からなので、こちらは後で可愛が
ることにしよう。
俺は再び、秘部を丁寧に指でほぐ︱︱︱洗った。
彼女は透明な愛を溢れさせながら、何度も身体を痙攣させていた。
ビユ・ココティエ
俺は彼女との快適な生活を送るためにオーロジョ火山岩入りの暖
房タイルと玉椰子の液体石鹸を買おう、と心に硬く誓っていた。
677
+ + +
彼女から漂う美味しそうな香りを鼻腔に吸い込む。
凭れさせるように自分の膝の上に乗せて、朱色に染まる右耳を甘
く噛んだ。
嫌がるそぶりもなく、大いに耳を口内で愛で、時折、彼女の秘部
が俺を求めるように震える感触を楽しんでいた。
唐突に、腕の中で彼女が大きく身体を震わせる。
名前を呼ばれて、彼女を伺うが、身を捩りだしたのには困った。
閉じた太ももの柔らかな肉感が、俺のものを包み込み、まるで扱
くように動いて、危うく湯船に放ってしまいそうになる。
⋮⋮⋮太ももの良さに、少し出たかも知れないが。
﹁抜いて、くださぃ﹂
678
その甘い懇願に、身体が燃えるように熱くなるのを自覚した。
今度は彼女は言葉と態度で明確に示した。
つまり収まらない俺を察して、自分の身を使って、精を吐露しろ
というのだ。
もしかすると、先ほど耐え切れずに足にかけてしまったのも彼女
は気がついていたのかもしれない。
グラン・オム
情熱的な気遣いに応えられない巨人族の男がいたら、見てみたい
ものだ。
俺は愛されているのだと強く感じた。
瞬時に彼女の身体を抱き上げ、湯船の外側を向くように、その淵
に腰をかけた。
自分に背を預けさせ、片腕で彼女の両膝を纏めて、胸に寄せる。
彼女は柔軟ではないようで、太ももが胸につくことはなかったが、
身体を折り曲げて、太ももと秘部に己をこすりつける。
己に伝わる柔らかな圧迫が心地いい。
679
﹁ん、ぁっ!﹂
彼女の身体を素早く上下させると、すぐに互いに愛を零した。
荒い呼吸、粘着質な水音、打ち付ける肉の感触︱︱︱擬似的に交
わっている錯覚を覚えて、俺は直ぐに放った。
彼女に叩きつけた大量の白い愛は緩慢に肌のまろやかな曲線を伝
う。
体勢も相俟って、股の間の俺を挟んでいる部分に、白濁が溜まっ
ていく淫らな光景に、頭がくらくらした。
﹁あ、ぅっ⋮ちが⋮ん、っ、ちが、ぅのっ﹂
彼女も擦り付けただけで軽く達してたようで、蕩けた声で告げた。
恥ずかしながら、すぐに俺は元気になっていて、無意識に再び彼
女の身体を揺らして悦を求めていたため、途切れ途切れになってし
まったようだ。
挿入を期待していたのか、彼女は真っ赤になって首を横に振る。
彼女の嬉しいオネダリを叶えてやりたいのは山々だが、時期はま
だまだ早い。
俺は彼女を宥めるように、再び絶頂を迎えた彼女に口付けを何度
も落として、速度を速めると、彼女に放った。
680
この短時間で何度も放ってる筈なのに、どっぷり、と変わらず大
量に放たれた。
股の間に溜まった白い愛は、許容量を超えたようで、溢れて、地
面へと滴っていた。
俺は耐え切れずに、彼女の身を清めると、寝室へと向かった。
681
Chapter 27. 短い入浴 R18︵後書き︶
ビユ・ココティエ
︻玉椰子︼
単子葉植物ヤシ科に属する植物の一種。
熱帯地方に多く見かけられ、薄い黄色の小さな花を咲かせる。
ビユ
ココティエ
様々な種類があるが、その花とは逆に大きな球体の茶褐色の実をつ
けることから玉のような椰子の実をつけることから、命名されたと
いわれている。
実は中心に大量の半固形状態の液体が詰まっており、皮に一センチ
前後の果肉がついている。油分はあんまりない。
古代では空腹を満たすためだけに果実水とされていたようだが、栄
養はほとんどなく、人体に影響はなく、無味無臭。果肉も同様。現
代では、果実水や食用として出回っているものはなく、ジャナクア
等を加え、肉体に無害な液体石鹸や化粧水として加工されている。
乾燥肌や敏感肌によく効くようだ。
やや高値だが、粘膜に入っても影響はなく、子供が誤飲しても体に
まったく影響はない。が大抵の場合は子供が吐き出すように酸味を
セルパン・オム
つけている。
主に蛇人族は家庭で伝統的に女が男のために液体石鹸を作り、男は
女のために化粧水を作るようだ。
花言葉:貴方を潤わせる 蓄えた生命力 勝利 溢れ出す愛 ︻美しく高貴な女性の心を射止めるために男が学ぶ花︼ゼビアン=
ロリア著/大陸暦/431年/P102引用 コロロクルサス発行
682
Chapter 28. 純人族の愛 R18
水差しから水を飲ませようとしたが、彼女は茫洋としていて、反
応しなかった。
ただ、俺の目を期待に潤む瞳で見つめている。
察して口移しすると、彼女は水を嚥下した。
始めてきた頃、風邪を引いた彼女を世話していた事があったが、
意識がなかったせいか、こんなに積極的に水を飲んでくれなくて、
悪戦苦闘した。
それに唇が小さくて、頬に水が流れてしまう。
飲み終わらせた後、俺も残りの水を飲み干して、彼女の頬を伝う
水を拭った。
額に口付けて、愛しい名前を呼ぶと、彼女は花が咲くように口元
を綻ばせて微笑んでいた。
﹁ジェ、アンさん﹂
掠れた声で、俺の名前は密やかに、美しく響く。
683
眩暈がするほど、官能的に。
グラン・オム
自分の名前など、巨人族ならばありきたりだが、彼女に呼ばれる
と、特別に感じられるから不思議なものだ。
彼女がふと、視線を落とし、俺のものを凝視した。
期待と好奇心に満ちた視線を受けて、元気な俺はさらに元気にな
っていく。
だが、残念なことにまだまだ先は長い。
口付けて、彼女の体を愛撫していると、突然、下肢に鈍い感触が。
その擦りあげられたような感覚に、俺は放ってしまう。
見れば、彼女が足首の辺りで俺のモノを刺激していたのだ。
もう立ち上がることもできないほどだろう。だというのに、彼女
は彼女なりに懸命に俺を求めてくれているのだろう。
嬉しい。
俺は強く求められている。
さくらは瞳に涙を浮かべて、切なげに俺を見つめていた。
そして、ふと気がつく。
684
ファン・オム
お風呂では太もも、今は足首︱︱︱もしかすると純人族の愛情と
いうのは足で示すものなのかもしれない。
ファン・オム
俺は純人族の事を多く知っているわけではない。
ましてや、文献に残らぬ愛の形も知らない。 だが考えてみれば、尻尾や、耳で快楽を得る種族とてあるのだか
ら、足で快楽を得る種族がいてもおかしくはない。
彼女が自分で言い出せないのだろう。
ファン・オム
受け入れられるか分からないのだから、不安なのかもしれない。
﹁俺は、どんな純人族の愛の形も⋮⋮お前の愛であるなら全て受け
入れよう﹂
ファン・オム
たとえ足で快楽を与えるのが純人族の愛だというのなら、俺は、
それを拒んだりするものか。
その宣言に戸惑っているような彼女を安心させるように俺はすぐ
に実行した。
膝を立てた足の間に、己を挟んで、揺さぶる。
お前の太股と脹脛の感触が、柔らかくて、なかなかいい。
685
悦というには弱いかもしれないが。
ファン・オム
だが、回数を重ねていくたびに、腹部に俺吐き出した白い愛が少
しずつ滴って広がっていく。このもどかしさが純人族の愛し方の醍
醐味だというのか。
彼女は首を横に振って、違うと訴えるので、俺は謝罪した。
ない知恵と想像力を絞る。
なかなかいいと思ったのだが⋮⋮二人で気持ちよくなれる、先ほ
どの素股のような状態の方がよかっただろうか? それとも曲げた膝の裏に俺を挟む行為なのだろうか?
だとしたら、今のとあまり変わらないか。
セルファム・サルドゥバン
太腿や脹脛に拘るから、だめなのだろう。わからない。
レーヌ・グリフトラス
斬新な発想が︱︱︱いや、まてよ。そういえば﹃蛇女の浴室﹄に
通っていた男は﹃女王の爪痕﹄にも一度行ったことがあるらしく、
語っていた。
ペット・オム
たしか獣人の姫猫豹種の女性にアレを踏まれて射精してしまった
とかいっていたような。⋮⋮ダウにぴったりの娼館だと、男はぐっ
たりとテーブルに突っ伏していた記憶が。
それを踏まえ、様々な可能性を探して、俺は彼女の足首を手にし
た。
細くて、力を入れてしまうと折れてしまいそうだ。
686
俺は、小さな足の裏を己に宛う。
足の裏の皮膚は太股ほど柔らかくないが、弾力があり、先ほど放
った俺の白い愛でヌルヌルと滑り、素晴らしい心地よさだった。
自分の手で、強さや速度を調節できるのもいい。
うっとりしていた彼女が、はっとしたように首を横に振る。
﹁やっ、ジェアンさん、汚い、からっ!﹂
と、愛らしく俺を気遣うも、時折足の指が不規則に動いて、俺に
悪戯してくる。
器用に足の親指で先端をぐりぐりと押されたり、丸まった指先が
俺の側面を圧迫したりで、くらくらするほどいい。
どうやら、正解のようだ。
俺は胸を撫で下ろし、素直に刺激を楽しんだ。
ついでに、彼女の秘部が俺を求めるように蠢くのが目に入って、
視覚的にも楽しめる。
アフレシュドゥガニェ
これが一矢二獲というやつだろうか。
687
﹁さっき、洗っただろう?﹂ 彼女は風呂場から地面に足をつけていないし、俺のものもちゃん
とお風呂で洗ったので、不衛生ということはないだろう。
彼女は眠たそうにしていたので、気がつかなかったかもしれない。
ちゃんと綺麗だということを教えておこう。
さくらは年若いつがいなのだから、年長者のつがいである俺が色
々と教えねば。
ファン・オム
慣れない感覚ではあるが、純人族としての彼女からの愛情だと思
うと、高ぶって仕方がない。
もしかして、いつか彼女の意思で、俺を足で喜ばせてくれるのだ
ろうか。
背筋がゾクゾクとする。
俺は現実の快楽と、将来の快楽を想像するがままに、放った。
+ + +
688
膝下で俺の白い愛を受けた彼女は、涙を溜めた黒い瞳を大きく見
開いて俺を眺めていた。
ファン・オム
たぶん、驚いているのだろう。
俺が純人族の愛情を受け入れたのを。
お前が俺を受け入れてくれるように、俺だってお前を受け入れた
いのだ。
﹁さくら、愛している﹂ 彼女は恥ずかしそうに頬を染めた。
あんなに大胆に俺を煽るというのに、愛を囁く度に初々しい顔を
覗かせるものだからたまったものではない。
犯罪的に可愛すぎる。
いや、三十歳未満という未成年に手を出している俺は犯罪者かも
しれないが、止まらないし︱︱︱止める気もまったくなかった。い
や、つがいだから犯罪ではない⋮⋮はずだ。
689
身を乗り出すと、俺は唇を奪った。
グラン・オム
巨人族よりもずっと小さい唇を貪ると彼女が震えた。
﹁っ、んぅっ︱︱︱﹂
両胸に触れると、色づいた小さな先端はつん、と硬くなっており、
やはり足で感じていたんだなと、改めて実感する。
まだ成長しきっていない身体なのか、胸は手に覆われるほどだっ
たが、その内成長するだろう。いや、このままでもまったく問題な
いが。
お風呂中ではぬるぬるとした感触で気持ちよかったが、今は汗ば
んでいる肌が手に吸い付くようだ。
彼女の胸は形が綺麗だし、柔らかい。
ふわふわとしていて、指が食い込むほどだ。
そういえば、胸をマッサージすると大きくなるという事を聞いた
ことがあるが、本当だろうか。迷信なのだろうか?
彼女が望むのなら、一晩中でも、喜んでマッサージしてあげたい。
むしろ、マッサージしたい。
690
胸を愛撫しながら、長いこと小さな舌を味わった。
甘い唾液を夢中で啜っていたが、彼女は鼻にかかった弱弱しい呻
きを零しいる。
小刻みに震えて、もぞもぞと俺の下で動く。
先ほど放ったもので、俺の太股の内側を彼女の足が滑る。
重力にしたがって、溢れる俺の唾液が彼女の口内に流れ込むが、
それを喉を鳴らして嚥下したのには身体が熱くなる。
それだけでも、十分俺を高ぶらせるというのに。
﹁っ!⋮んんっ⋮んぅっ、ぅん!﹂
瞬いていた彼女は、何かを訴えるように俺を見つめている。
それがなにか、俺にはわかった。
肩を掴んでいた彼女の小さな手が、俺の両耳に触れた。
右耳も、左耳も俺の頭を抱えるように。
691
心も。
身体も。
彼女は俺の全てを欲した。
これが夢なら、永遠に覚めないで欲しい。
俺の中で、なにかが、ぶっつりと切れる音を聞いたような気がし
た。
理性とかだったのかもしれない。
今、友人であれ、肉親であれ、なんであれ、俺を邪魔をするよう
な無粋な奴がいたなら、間違いなく瞬殺すると思う。
昔、聞いた三匹の悪魔の寝物語の、家から出てきた男の気持ちが
わかる。
692
︱︱︱誰にも邪魔などさせない。
俺は本能のままに、彼女を長いこと愛した。
彼女の身体が俺を受け入れることができるようなるまで。
しかし、この時の俺は忘れていた。
たった一つだけ︱︱︱この蜜期が中断されることがあるのだとい
うことを。
俺がどうにもできない唯一の事が。
693
Chapter 28. 純人族の愛 R18︵後書き︶
レーヌ・グリフトラス
︱︱︱記者も数度﹃女王の爪痕﹄で﹃女王﹄と呼ばれるサービス嬢
と一夜を共にしたが、被虐趣味がないため楽しめるわけがないと、
決め付けていたが、あの姫猫豹種には恐れ入った。かの種族に男性
はいない。他の男性から精液を搾り出し、自らの子孫を残すことを
手段としているため、精技のなんと巧みなことか。
ピエアサイール
特に男が床に正座してベットに座った姫猫豹種の足の裏でナニを扱
かれるという行為を通称﹃足攻め﹄と呼ばれているが、その指のな
んと複雑に動くことか。元より足の指が長い種ではあるが、ほとん
ど手と変わらない心地よさである。だが受ける屈服感は半端ではな
レーヌ・グリフトラス
い。もしも﹃女王﹄をアルカンシエルの12番街で探すなら、記者
はこの﹃女王の爪痕﹄をお勧めする。この趣向に突出しているとい
ピエアサイール
う声も聞くが、特化しているともいえよう。
初心者には本番なしの﹃足攻め﹄がお勧め。
女王三名による﹃女王の繚乱フルコース﹄は調教といっても過言で
はない。
従順なる下僕を夢見る雄達よ。真の﹃女王﹄は身体にではなく、心
にその爪痕を残すのだということを忘れなきよう。
ディープな世界にはまっても、記者は責任を負いかねる。
風俗誌﹃ウィエロスボンヴォヤージ﹄アルカンシエルの裏の顔特集
[12番街のお勧めスポット]より/記者グロシエール
694
Chapter 29. 蜜期休暇 R18
元々物置であった彼女の部屋は、この家の聖域となった。
本来つがいであっても、妻の部屋は簡単に入れない。
その小さなベットに、彼女を横たわらせて、布団をかけてから、
出て行︱︱︱かなければならないのだろうが、離れがたかった。
ベットの脇の床に直接腰を下ろして、彼女の寝顔を眺めていた。
あまり見つめていると襲いかねないと判断して、ベットに顔を埋
めたが、彼女の香りが鼻腔に届いて、元気いっぱいになっていくナ
ニを懸命に宥める。
蜜期が始まってから、六日の朝。
濃密な甘い幸福な時間は、一時期的に終わりを告げた。
レーグル
彼女に月経がきた。
唯一、蜜期が中断される理由である。
そうでなければ、あのつがいの温もりを誰が手放すというのか。
いや、病気などだったら、我慢するかもしれないが⋮⋮耐え難い
695
ものである。
朝起きたとき、本気で焦った。
裸で抱き合って眠っていたのだが、甘い香りに混じって血の香り
がして、目が覚めてしまった。
互いの下肢が赤く染まっている状態だったので、怪我をさせてし
まったのかと︱︱寝ぼけていたし、月のものという考えはなかった
︱︱傷を探したりした。
ようやく思い至って、彼女と風呂に入ってから、彼女をタオルで
つつんで、部屋に向かう。
レーグル
部屋に彼女の洋服などを収納している時、月経専用の下着が入っ
ていたのを覚えていた。たしか父が母のを洗っていた形と同じなの
で間違いないだろう。
それを準備してから履かせ、ゆったりとしたネグリジェを着させ
た。
体を温めたほうがいいという、おぼろげな知識から、布団を一枚
多めに被せた。
あと一日あれば!
696
未練がましく、叫ぶ本能に蓋をして、涙を拭った。
+ + +
彼女は一度眠ると、なかなか起きない。
どうやら寝付きはいいようで、愛を確かめ合っている最中もうと
うとして、途中で寝てしまうことが多々あった。
何度か止まらずに、寝てる彼女に白い愛を注いでしまったが、起
きない。
触れると身体だけは、いじらしく俺に反応するものだから︱︱︱
︵以下30歳未満お断り︶︱︱︱して、︱︱︱︵以下30歳未満お
断り︶︱︱︱とか、︱︱︱︵以下30歳未満お断り︶︱︱︱を徹夜
でしてしまった。
罪作りなつがいである。
697
﹃駄目っ、そんな所舐めちゃ⋮っ、じぇ、ジェアンさんっ!﹄
﹃む、無理っ、できなっ、あ、ぁあっ︱︱⋮さ、三本も、入らなっ﹄
﹃あまい⋮ジェ、アン、さんの、おいし⋮んっ﹄
﹃も、らめぇっ、じぇあんさ︱︱ぁ、じぇあんっ﹄
﹃すきぃ⋮じぇあん、だいすき﹄
だが、起きている時は、もっと罪作りである。
グラン・オム
身体はまだ受け入れられないというのに、強請るものだから何度、
本能のままに壊しそうになったことか︱︱︱若い巨人族の男ならば、
間違いなく彼女を傷つけてでも、ひとつになった事だろう。
俺は辛うじて理性を握り締め、彼女に回復魔法を掛けながら延々
と続けた。
ハイ・スピック
一日のほとんどを睦み合い、水も食事も︱︱︱幸いな事に冒険者
時代の超薬丸が残っていた︱︱ベットの上で口移しで与えていたか
ら、彼女は風呂ぐらいしか移動していないだろう。
甘い日々を思い出したせいか、足の低い彼女のベット淵にナニが
当たった。
ハイ・スピック
そこで、ようやく俺は一度服を着るために彼女寝室を後にした。
さすがに食事も超薬丸ではまずいと思い、食料庫をあけると、い
くつか食材が腐っていた。
698
当然といえば当然である。
ジェラトゥール
いくら冷却保存庫に入れているとはいえ、七日以上たっているの
で、魚肉類は完全にだめだろう。
あるもので、手間のかからない野菜と燻製の煮込み。
ふらふらと、俺は吸い寄せられるようにノックもせず、彼女の部
屋に入ると、まだ眠っていたので、先ほどと同じようにベットに顔
を突っ伏した。
それから何時間たったのか。
﹁⋮身体が⋮⋮そう、お前の身体が⋮第一、だからな﹂
彼女が起きたとき、そう己にいい聞かせる。
涙を流さないように気をつけた。
できることなら、血塗れになるのもかまわずに、愛し合いたい。
だが、彼女の身体を労わる心も嘘ではないのだ。
多く知識があるわけではないが、女性は気分の上下が激しく、腹
に鉄を流し込まれたかのような重圧感をかんじるのだという。そん
なの拷問ではないか。
重くなると、肩こり、頭痛、貧血、などの症状がでるとか、どう
699
だとか。
﹁俺たちがつがいであることはかわりない﹂
優しい彼女は勝手に部屋に入って居座っているのに、俺を気遣っ
て、頬を撫でてくれるので遠慮なく触れた。
月のものになったつがいに男は自分から意思で触れていはいけな
い。
不文律の掟だがつがいを得て、初めて意味を知る。
昔は別にどうでもいいんじゃないだろうかと思っていたが、なに
かの拍子に調子の悪いつがいを犯してしまいそうになるからだろう。
父が母が月のもので篭るたびに、苦悶していたのが今わかる。
彼女が一日中部屋に篭ったなら⋮⋮考えたくもない。
﹁ゆっくり、愛を深めていけばいい﹂
といいつつ、すでにナニがズボンの中で大暴走ぎみで、限界の近
い俺ではあるが、数日は耐えねばなるまい。
⋮⋮耐えられるだろうか。
700
﹁ジェアンさん⋮どうか、したんですか?﹂
時折、視線を玄関に向けていた俺に気がついたのか、彼女は問う。
﹁ん。誰かきてる﹂
二日ほど前から、この時間になると訪問者︱︱気配から察するに
ダウだろう︱︱があり、執拗に家のドアを叩いていた。
勿論、邪魔されているのはわかっているが、面倒なので放置して
いた。
ジャイロル
強引に家に入ってくるようなら死ノ神の腕に抱かせてやろうと狙
っていたが、本当に扉を叩くだけだった。
イライラしたが、彼女との営みの方が大切だ。
﹁そう、なんですか?あ、どうぞ、私は大丈夫ですから﹂
彼女は朗らかに笑っているが怒っているのだろうか?
そんな相手を放置していた俺を?
やってきた訪問者を?
彼女の顔色を眺めるが、普段通りにも思える。
701
グラン・オム
普通なら︱︱いや、普通の巨人族ならば激怒するところだろう。
とりあえず彼女が行けと進めるなら、俺は頷いて玄関に向かった。
玄関を僅かに開ける。
﹁あ、だん︱︱︱︱へぶぅっ!!﹂ その隙間から、玄関をノックしていた輩に︱︱やっぱりダウだっ
たような気がする︱︱穏便に拳で話をつけた。ふっとんでいったが、
死なないだろう、たぶん。
すぐさま玄関を閉めると、俺は彼女の元に戻った。
﹁え、早っ!﹂
自分のベットから上半身を起こし、布団を捲り、彼女は頬を染め
てネグリジェの裾をたくし上げていた。あまつさえ、自分の下着に
手をかけている。
702
面積の広い、レースがついた下着。
日差しに曝される白い太もも。
大きな花びらが、いくつも咲き乱れている。
そうか⋮⋮誘われているのか。
惜しいことをした。
もう少し遅く戻ってきたなら、彼女は全裸だったかもしれない。
いや、着衣というのもいいかもしれない。それに、自らの手で彼
女が俺のためにたくし上げたなら、それはそれでとても嬉しい︱︱
︱なんて、情熱的なつがいなのだ。
視野に入った瞬間、準備万端となってしまった。
だが、それとこれは別だ。
﹁さくら⋮月のものの時はつがいを誘ってはいけない﹂
﹁は?さそ?え?あの、ちょ、ジェアンさん!?﹂
鼻血が出そうになるのを堪えながら、彼女の太ももに顔をうずめ
た。
703
そう、誘われ︱︱︱いや、これは教訓だ。
月のものの時に、睦み合えない分かっていて、つがいを誘うとど
うなるかということを身をもって知らねばなるまい。教えられるの
はつがいである俺しかいない。
けして、本能的に誘われたわけではない。
己に言い聞かせて、大きな花びらを更に増やしていった。
﹁ん、ぁあっ︱︱︱!!﹂
太ももを愛撫し続けて、暫し後に息を殺していた彼女が背を撓ら
せて、甲高い嬌声をあげ、俺も太ももに顔を埋めたままズボンの中
で放っていた。
704
Chapter 29. 蜜期休暇 R18︵後書き︶
ハイ・スピック
17時間、戦いますか!!そうですか!ならば応援いたします!!
ヴィプリエ製薬から回復薬≪超薬丸≫バージョン17登場!!
ハイ・スピック
な、なんと﹃17時間戦いますか?﹄でお馴染みのヴィプリエ製薬
ハイ・スピック
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度の超薬丸は一粒で、不眠不休、食事もしないで、17時間の戦い
まくりだ!!高い栄養価と満腹感を得られると大好評!しかも消化
して10時間、常に体力が微回復が続く優れもの、おまけに排泄行
為も催さない、肉体強化魔法付与付!一瞬たりとも誰かに隙など見
せません!
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ハイ・スピック
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食べていいのは一日二粒まで!
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ハイ・スピック
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705
バター、王子大豆、塩、アシュヴァンスの実、七色草、狐薄荷、黒
苺、オリゴン若葉、外ゴジョウ、昼蜜、ビルベル粉、リバオール、
ボラージオイル、竜魚卵、水蜥蜴の尻尾
内 容:80g
賞味期限:包紙に記載
保存方法:直射日光・高温・多湿をさけて保存ください。
原産国名:ハルオーティ
製造者名:ヴィプリエ製薬
︵※いずれかの食物アレルギーの場合はご遠慮ください︶
706
Chapter 30. 良い夢を
俺は訪問者に割く時間があるなら、さくらの側に居たかったが、
結局促されて、ズボンは履き替え、玄関へと向かうことになった。
扉を拳ひとつ分開けると、予想通りダウの姿があった。
なぜか姿が確認できた瞬間、横に避けた。
もう一度殴られると思ったようだ。
﹁⋮⋮ダウ、何のようだ﹂
感情を繕うこともなく、自分でも大人気なく不機嫌な音で声を掛
けると、ようやくダウがこちらを伺うように顔をだす。
その彼の左頬に拳の後が︱︱︱唇も切れている。
どうやら、本能に負けずに、ちゃんと手加減できたようだ。
玄関前には、箱が二つほど並んでいる。
﹁リュゼの旦那から食料とスカートや化粧品を、ジェアンの旦那に
送るとのことだよぅ﹂
己でも眉間に皺ができたのがわかった。
707
リュゼから、俺のつがいに贈り物をしたのかと、一瞬気分が悪く
なったが、どうやらそうでない⋮⋮ということにしておこう。
女性物のスカートや化粧品など俺は使わないから、さくら宛だろ
う。
俺が受け取った物をさくらに渡すのならよいが、直接贈ろうとし
たならば、その贈り物と贈り主をどうにかしそうだ。
わかって、リュゼは﹃全部俺に贈った﹄とダウに言わせたのだろ
う。
﹁旦那︱︱まだ蜜期なの?﹂
睨み付けると、察したようで、ひぃ、と小さく悲鳴を上げて、ダ
レーグル
ウは白い羽を小さく折りたたんで震わせている。
レーグル
フィジオロジー
﹁⋮⋮つがいが、月経になったんだ﹂
﹁月経って⋮⋮あぁ、血月って⋮⋮うん、愁傷様だよぅ﹂
ご愁傷様っていうな︱︱︱恨めしい目で見つめていると、ダウは
頬を引き攣らせた。
フィジオロジー
﹁あ、でもほら、血月でも大丈夫だよ︱︱︱前におぃちゃんが結婚
708
祝いで上げたの使えばいいし!早速活躍だよ!﹂
フォローするように、ダウは慌てて声を上げた。
⋮⋮前に、貰った?あの本と一緒に貰ったけど、開けるのが恐ろ
しくて、物置にそのままつっこんでいたが。
﹁え、まさか、まだ開けてないの!結婚祝いなのに!﹂
オーク
子供みたいに頬を膨らませて睨まれた。
しかも鼻息が食鬼のように荒くて、気持ちが悪い。
﹁旦那は知らないかもしれないけどさ、あれは競争率高くて、いっ
つもすぐなくなるんだよぅ!普通に予約したって15年待ちだし!
ようやく︻遍くヴィーヴル商会︼のプレミア会員にならないと貰え
ないローズカタログの限定非売品付販売の抽選で運良く手に入れて
︱︱︱おぃちゃんだって⋮おぃちゃんだって、いつかつがいができ
クーリール カトルヴォワ
たら使おうと思って大事に、そりゃもう大切に持ってたのに、他な
らぬ旦那だから、譲ったんだよぅ!二頭四足竜四輪車一台並の値段
余裕でする超高級品なのにぃ!おぃちゃんの浪漫が⋮⋮﹂
一息に吐き出して、うぅう、とその場に泣き崩れるダウ。 俺はあまりの早口と迫力に飲まれながら、しゃがみ、ドアの隙間
からポンポンとダウの頭を撫でる。
709
クーリール カトルヴォワ
よくわからないが、二頭四足竜四輪車一台並の値段というのは、
普通の一軒屋を賃貸で一年以上借りれるぐらいだ。
よほどの思い入れのある物なのだろう。
それを見ずに物置に入れたというのは、まずかった。
﹁す、すまん?﹂
﹁そうだよぅ、おぃちゃんだって今年こそ可愛いつがいと、アルカ
ンシエルのスイーツ巡りの大空デートを⋮⋮﹃やだ、スイーツ食べ
過ぎちゃったみたい﹄﹃大丈夫だよ。お前は食べ過ぎても軽いよぅ、
ほら﹄って、カッコよくお姫様ダッコして﹃きゃ、ダウさん素敵w﹄
って、なる予定なんだよぅ⋮⋮ぅうっ﹂
とりあえず涙を拭けダウ︱︱︱そして、中身を詳しく。
ソルシト・ヘゼ
﹁⋮⋮あれは、ジョワ・サンニュイ社の﹃黒魔女のキス遍くヴィー
ヴル商会コラボ限定非売品付﹄セットだよぅ﹂
な、なにっ!!!
710
+ + +
ハイ・スピック
ビユ・ココティエ
傷心?のダウに、オーロジョ火山岩入りの暖房タイルと玉椰子の
液体石鹸と、超薬丸が少なくなってきたので二瓶と、ついでに食料
も頼んだ。
ジェラト
その大空に飛び立つ背を見送り、二つの箱を室内に入れる。
ゥール
ひとつは食料ということだったので、中を確認してすぐに冷却保
存庫に入れるか、食料庫に入れた。
リュゼからの手紙が入っていたが、後で読もう。
もうひとつは彼女の部屋に運ぶ。
彼女に渡すと、金銭の関係で申し訳なさそうにしていたが喜んで
くれたようだ。
蜜期が終ったら、彼女が自分で自分の物を買えるように一緒に里
に下りて見ようかと考えている。
どちらにせよ、一度は確実に耳飾を買いにいかねばなるまい。
その時に、彼女の好きなものを沢山買ってやりたい。
彼女さえいてくれれば嬉しいが、さすがに山の中で大した娯楽も
ないし、女性ならば刺繍や縫い物、編み物を欲するだろう。
711
いい案だと思うが、耳の事もあるし、あんまり他の男に会わせた
くない。
未婚の男がいっぱいいるだろう。
しかし、この世に多くの男がいるのに、俺を選んでくれてありが
とう。
さくら︱︱︱俺の大切なつがい。
その思いを口にすると、彼女は微笑浮かべながら、目尻に涙を貯
めて何度も頷いた。
あぁ、月のものでなければ、抱きしめて、その涙をぬぐって、心
行くまでしたい︱︱じゃなくて、慰めたい。
それくらい、泣き顔を耐える彼女は可愛かった。 勿論、昨晩の啼き顔も可愛いが。
たまらずに、彼女の許可を得て、その身体に触れるが、全身が飢
えて、もっとと叫んでいる。
はちきれんばかりのナニがばれない様に、彼女の寝室から出た。
⋮⋮耐えられそうにない。
俺は真っ直ぐに物置へと向かった。
712
上に乗せてあるあのダウから貰った本を横に置いて、箱を手に取
った。
ゆっくりと、それを開く。
+ + +
夕食時、さくらは種族の話を興味津々で聞いてきた。
平均身長が三メートルというのは本当なのかとか、女性至上主義
なのはなんでなのかと、一喜一憂して楽しそうだった。
グランオム
だが巨人族の話ばかりだったので、不思議に思って問う。
すると、頬を赤らめて、恥ずかしげに視線を逸らした。
白い首筋がやけに艶めいて見える。
﹁だ、って、ジェアンさんの種族だから﹂
一瞬、彼女は俺を悶え殺す気かと思ってしまった。
今、もし蜜期が終わっていた後ならば、間違いなく彼女を抱えて
即ベットに向かっていただろう。
713
うっかり彼女を抱き上げてしまっていたが、誤魔化すようにソフ
ァーに腰掛けた。
彼女の話題は尽きずに、俺の膝の上で彼女は生き生きとしている。
リュゼからアルカンシエルの観光案内を貰ったようで、耳のこと
がなければ、一緒に歩いてみたいと頬を染めたり、上目遣いで誘っ
たりする。
まったく、駄目だといったばかりなのに。
理性を総動員して耐えていたが、俺が元気になったのがわかった
のか、恥ずかしそうに俯いた。
日が沈みきって、そろそろ就寝という時間だ。
﹁ジェアンさん?私の部屋あっちなんですけど⋮⋮﹂
無意識とは恐ろしい。
彼女を抱き上げたまま自分の部屋に向かっていた。 レガ・ル・
慌てて彼女を部屋のベットに下ろし、布団をかけて、色々話し合
エルフ
った結果勝ち得た、頬にオヤスミナサイの口付け。
メルシー
彼女の﹃ゴチソウサマ﹄は、長命種族の食事に対する﹃命の糧に
感謝を﹄という言葉の意味のようだ。
714
ュイ
ボン・ニュイ
ボン・ニ
オヤスミナサイは、眠るときの挨拶のようで、俺たちが﹃良い夢
を﹄と声をかけるような感覚らしい。
ボン・ニュイ
﹁オヤスミナサイ、ジェアンさん、えっと⋮良い夢を﹂
﹁良い夢を、さくら﹂
出て行こうと思ったが、ひとつだけ確認しなければ。
彼女は月のものの時でも触れてもいいと言ってくれたので、その
頬を撫でるとくすぐったそうに目を細めた。
﹁⋮⋮夜は、俺の夢を見て欲しい﹂
そう懇願すると、彼女は驚いた様子だったが、頬を染めて、初々
しく微笑んだ。
﹃頑張ります﹄だなんて、小さく囁くものだから、ちょっと長め
のオヤスミのキスを唇に落としてしまった。
了承も得たので、自室に戻ってそわそわした。
ソルシト・ヘゼ
﹃黒魔女のキス遍くヴィーヴル商会コラボ限定非売品付﹄の箱を
開け、準備をする。
715
後は彼女が寝るのを待つだけだ。
そうして、リュゼの手紙を思い出し暇つぶしに読むことにした。
716
Chapter 30. 良い夢を︵後書き︶
︻超凶悪愉快犯の討伐︼
︻依頼内容︼
コシュマール
大陸暦769年にアルカンシエル3世の末の姫に6年間にもの間、
ナイトメア
悪夢を見せた罪により、禁固刑172年を判決された﹃夢魔バクパ
ク﹄の討伐依頼。魔人族夢魔種。性別雄。身長188センチ前後。
本体は夢の中︵精神世界︶にあり、現実世界での討伐不可能。
刑務所に収容途中で逃亡。末の娘を誘拐の後、以後消息不明。
︻報酬︼
大陸共通通貨15G
︻依頼破棄のペナルティ︼
冒険者ランクー2 冒険者活動の6年間停止処分
︻適正冒険者ランク︼
二等級∼零等級
︻依頼主︼
アルカンシエル白騎士団長テルス=バーミグロス
===冒険者ギルド依頼掲示板に貼られたボロボロの年代物の依頼
717
用紙は誰も手をつけておらず、大量の依頼用紙に埋れている。
718
Chapter 31. ご利用は計画的に R18︵前書き︶
※当社比1.3倍ぐらい?
※ジェアンさんA×桜さん×ジェアンさんB+ジェアンさんCぐら
いの複数3P?要素有り。後ろでの性交表現あり。苦手な方はお戻
りいただくか、最初を+++まで、お飛ばしください orz ひよこマッチからのお知らせでした。
719
Chapter 31. ご利用は計画的に R18
﹁や、ぅっ︱︱︱﹂
懸命に首を横に振りながら、さくらは身を捩る。
幾度となく高みに追いやられたせいで、華奢な身体は小刻みに震
えていた。
己を支える両腕は、ほとんど役割をこなしていない。
今にも崩れ落ちそうだ。
寝そべる俺の上に跨り、深く奥底まで受け入れる姿に、何度も中
に放ったというのに、再び熱と硬質さを取り戻していた。
全然、足りない。
幾度放っても、足りることがない。
いくら繋がっていても、いくら欲望を突き立てても、これが精神
的な夢の世界での交わりだと理解しているせいだ。
リアルな感触に肉欲は満ちるが、彼女の甘い香りだけがしない。
それを無意識に感じているせいだろう。
精神的な世界の交わりで、心だけが満たされないという感覚は不
720
思議なものである。
蜜期の後ならば、我慢できただろう。
心も身体も全てを欲している蜜期においては、より一層、渇望を
追い立てた。
﹁﹁さくら⋮﹂﹂
発した彼女の名前が、同じ音で、違う場所から発せられた。
それがなんの前兆であるか察したのだろう。
きゅう、と彼女の中がキツくなる。
﹁っ︱︱ジェ、アンっ⋮んぅっ﹂
・・
馬乗りになっている彼女の背後から、鏡の中から抜け出したよう
な自分が抱きしめるように手を伸ばした。
硬くなった小さな突起を摘みながら、柔らかな胸を揉んでいる。
片方の手は彼女の愛液を救い上げて、下になった俺が埋められた、
さらに後ろの窄みに指を宛がう。
﹁ぃ、やぁっ⋮そこっ、もぅ︱︱ぁっ、﹂
721
入り口を指の腹でゆるゆると撫でると、埋められた俺を小刻みに
締め付けた。
傷つけないように︱︱勿論夢なのだから、俺が望まない限りは傷
つかないだろうが︱︱指で慣らす。
じらされていると思ったようで、彼女が涙を流すが、紛らわす様
に下から強く突き上げると、背を撓らせた。
彼女の身体が弛緩した刹那、二人目の自分が小さな蕾につき立て
た。
だが甘い悲鳴は、三人目の俺の口付けで塞がれた。
+ + +
言うべきことはただひとつ。
ソルシト・ヘゼ
黒魔女のキスは凄かったということである。
ナイトメア・スピール
取り扱い説明書を読んだところ、セットの中の五つの内の一つに
﹃夢魔のため息﹄があり、それが月経時には適していた。
722
肉体的なあれはないが、精神世界である﹃夢﹄の中で彼女と触れ
合うことができる。
誤差があるとすれば、匂いがまったくしないことである。
朝になると記憶がおぼろげになるとかいてあったが、割と鮮明に
覚えている。
後はほとんど本物と変わらず、だけど想像力があれば、それだけ
様々な方法や場所で楽しむことができる。
俺は意図したわけではなかったが、結果的に複数の俺で彼女を愛
でた。
前に手がいっぱいあったらいいのに、と思ってはいたが︱︱︱ど
うやら、よほど彼女の全てを欲しているらしい。
起床したら、全員の俺の感覚も記憶があるから不思議なものだ。
イミタシオン
アデュルト・ジュエ
噂ではこれは最初は、遠距離恋愛のために開発されたとも言われ
ているが、人ならざる者の欲望が勝り、もはや立派な大人の玩具と
化していた。
オリゾン
ただ、これは白領地で違法ギリギリの代物だ。
少し制約が変わるだけで、途端に違法物だ。
しかも、数が少なくて、6個しか入っていなかった。
今回だけで使い切りそうだ。
723
個人で楽しむための物ではあるが、多くの規制がある。
お互いに知り合い関係なければ使用できない、相手が了承しない
と使えない、他人の夢には入れず、逆に相手を自分の夢に招くこと
しかできない、それには相手が拒絶すると招けない、などなど、全
部で34の項目をクリアーしなければならない。
コシュマール
幸い彼女は俺を拒むことはなかったし、つがいだから関係性でも
クリアーした。
アデュルト・ジュエ
オプスキュール ナイトメア
ただの大人の玩具ではあるが、悪夢犯罪となりうるためにであろ
う。
コシュマール
コシュマール
特に、大昔ではあるがアルルカンシエル王家で黒領地の夢魔種が、
悪夢を利用して犯罪を起こしたために悪夢法という条例までできて、
取締りが厳しいのだ。
だから入手しようとすると他国からの輸入となる。
元々精製方法が難しく、値段が高いが、国内で入手しようとする
と、さらに高い。
しかし、通販は︱︱いや、正確には﹃遍くヴィーヴル商会﹄がで
あるが︱︱様々なレアアイテムも多く、王家にも人脈があるようで、
関税を掻い潜っているようだ。
とにかく、精神的な交わりだけでは駄目だ。
贅沢にも彼女の精神に触れて行う自慰に近いものがある。
724
心も、身体も。
一緒に。
しかし、おかげで幸せな気分を味わった。
自分の強すぎる本能を誤魔化し抑えるためには丁度いいのだろう。
︱︱︱ただ毎朝、朝立ちが収まるのに、大変な苦労である。
+ + +
﹁スライム?﹂
﹁はい﹂
レテュ
台所で緑菜球の葉を毟って洗っている彼女が頷いた。
白いレースのついたエプロンをつけた彼女の姿。
いつもは下ろしている黒髪を一つに束ねているせいか、いつもと
雰囲気が違い、何度見ても新鮮だ。
あまりの愛らしさにエプロンはそのままにシャツを裂いて手を突
725
っ込み、胸の部分を覆うだけのコルセットをずらして、胸を弄くり
まわしていた。
勿論、怒られた。
というか窘められたが、リュゼの手紙のとおり、危険な状態にあ
るらしい。
意識してないと、無意識に犯してしまいそうだ。
上目遣いで、言葉を待つ彼女。
相変わらず気がついていないようで、大きいシャツの間からは、
グラン・オム
谷間が覗いている。
巨人族を基準にしていたせいか、小柄だと思っていたが、その胸
は身長しては豊かなのだろう。
⋮⋮鼻血がでそうだ。
ではなくて、妙な物に興味を持ったものだ。 彼女の世界に魔物がいないというのだから、仕方がないが。
﹁公害だ﹂
﹁は?え、え∼と、自然環境破壊の意味での﹃公害﹄ですか?﹂
﹁スライムというのは、魔石という核がある、98%が水分という
魔物だ。丸みを帯びた三角形の形をしてて、森の中で水溜りを装う。
近くに来た小動物を襲ったり、大きくなると冒険者なんかも襲う﹂
726
しかも、金属や鉱物以外を消化するのだ。
食べられた動物は骨すら残らないし、時々スライムの中に骨が漂
っていたりするので見て楽しい気分にはならない。
﹁魔物なのに、公害??﹂
俺は頷いたが、彼女は不思議そうな顔をしている。
意外と知られていないが、実はアルカンシエル公害対策基本法で
も定められている。
ミヌール
その魔石というのが、鉱夫が地下鉱脈から鉱石類を発掘する際に
岩盤や土壌に含まれている魔燐を粉末と共に浴び、そのまま外に出
たものが、蓄積されているともいわれている。
それが積もって、そのスライムの核となる。
この核が周囲の木々や土壌の水分を吸い上げて、体?を形成して
いる。
勿論、他の理由もあるので、一概にそうとは言わないが。 ﹁スライムが発生すると森の一部が枯れ公害になり、火魔法か、核
を壊して退治するのだが、後者の場合が公害になる。核が壊れた分、
酸性は弱まるが消化液が森によくないらしく、近くに木なんかがあ
ると、5日ほどで根腐りを起こすんだ﹂
727
彼女は目を白黒させている。
﹁え、え?わ、私の用意してもらった下着が、スライム製だってか
いてあったんですけど?違うスライムですか?﹂
苦笑を浮かべて、俺は首を横に振った。
﹁多分、南スライム製なんだろう。亜熱帯地域で発生したスライム
はパラゴムという木の水分を吸い上げるために、死骸は弾力があっ
て、天然弾力性素材として加工されている。収縮する布や通気性の
格段にいい布として使われているらしい﹂
北の地方でもストムと呼ばれる硬い木の水分を吸い上げるため、
違う性能を持つらしい。たしか、その布を纏うだけで涼しいので、
南方では人気らしい。
豪雪地帯など、冬になるとスライムは凍てつき自滅するため、数
は少ないのだ。
だが生き残ったスライムは氷属性を持っていて厄介だが。
﹁凄くおっかない魔物なんですね⋮﹂
﹁そうだな。雨も降っていないのに、水溜りがあったら気をつけろ﹂
728
このあたりに鉱脈などないので発生率は低いが、気をつけるに越
したことはない。
それに、スライムは共食いをして巨大化する時もある。
昔、川の近くで発生したらしいスライムの討伐を頼まれたことが
ある。
発生してから、一ヶ月ほどで川の水を溜め込み横が8メートル、
高さが4メートルぐらいの巨大な塊になっており、退治する時にダ
ワゾー・オム
ウが食べられて大変だった。
スライムの中で泳ぐ鳥人族を見るのは後にも先にもあれ一度だろ
う。
﹁ひ、ひえぇええ!大丈夫だったんですか?!仲間の方!!﹂
﹁あぁ、羽根と服が溶けたぐらいで、事なきを得た﹂
﹁そうですか、よかったですね。羽根と服だけで︱︱って、は、羽
根?﹂
ワゾー・オム
俺は別に混ぜなくてもいい鍋をぐるぐると混ぜながら、彼女の隣
に居たいがために続けて、鳥人族の種族の説明をしていた。
ダウが来ても、会わせるつもりは全くないが。
729
ソルシト・ヘゼ
リュゼが示唆したように月経の対策をせねばなるまいが、とりあ
えず﹃黒魔女のキス遍くヴィーヴル商会コラボ限定非売品付﹄セッ
トを頼もう。
730
Chapter 31. ご利用は計画的に R18︵後書き︶
拝啓 ジェアン=アジャン様
日光を浴びて育つ、新芽の喜びを申し上げます。
シャン村の小人族のリュゼです。
大きな友よ︱︱︱お前のことだから、僕はあまり心配ありません。
文化や認識、習慣の差は、種族の違うつがいであれば起きること
ですし、出会って日も浅いのですから、そこの辺は気をつけて、誤
解を招かないように、よく話し合うことです。
ただひとつ。
彼女に巨人族の性欲を求めてはいけません。
そして、ぶつけてはいけません。
グラン
お前たち巨人は、つがいに対する性欲が強すぎます。
他種族では、あまり考えられないほどなのですから、そこの辺り
を考えて、自制しなさい。特に月経などで拒まれていた後など特に。
壊してしまってからでは遅いのです。
せっかく両思いなのですから、よく考えなさい。
731
その辺りも、二人でよく話し合うように。
︻世界最弱の純人族と一緒に楽しく暮らす7の約束︼を綴り、添
付いたしましたので、よく頭に入れなさい。
+ + +
︻世界最弱の純人族と一緒に楽しく暮らす7の約束︼
1.巨人族の本能に任せて、つがいを己の性欲に晒さないこと。
2.住む世界、生態系も違うのだから、疑問を持つでしょうが、
知能が高いですが赤子と一緒です。分かる範囲で詳しく教えましょ
う。
3.病気や怪我に気をつけましょう。食事はしっかり。︵彼女が
手伝いを望んだら室内作業を推奨。送った箱の中に裁縫道具が入っ
てます。外出時は同行するように︶
ソルシエール
4.蜜期が終わり次第、最初に渡した﹃今年一押し!これ一冊で
おしゃれ上級者☆魔女の私でもできる男を惑わす社交界の淑女風フ
ァッション本格アレンジ魔法﹄の最後のページに挟んだ古代術式を
本と照らし合わせながら彼女の耳に施すこと。
5.月経時には二人で話し合って、どうするか決めること。
732
6.これから外出もする事もあるでしょうが、未婚の男性に話し
かけられても不可抗力なので、相手を殴ったりしないこと︵殴る場
合は、彼女の見てないところで︶
オレイユ
7.耳飾を買う時は値段に糸目をつけず、彼女が健やかに過ごせ
るように付与されているものを。
+ + +
ジェアン、君が僕より先に嫁を貰うなんて、想像してませんでし
たよ。
女性を連れ立って家に来ると分かっていたのに、二人の姿を見て、
アンガーフォークスの森を彷徨っているかと思ったぐらいです。
なんだか、大陸を駆け抜けた日々がようやく昔話となったような
気がします。
覚えてますか?
僕が一人で誰にも告げずに家を飛び出したというのに、気がつい
た君が僕を守るためにずっとこっそりついてきた時のこと。未熟だ
った僕は、二日も気がつかないで君に守られていたことに憤慨して、
小人族の気質そのままに口汚く罵ったこと。
それから、長いこと苦労をかけました。
色々と君に無理を強いました。
733
あのまま里にいれば、味わうことのなかった重圧を与えました。
君にはどれほど感謝しても足りないでしょう。
今まで苦労した分、これからずっと幸せになってください︱︱︱
そして、その幸福が永遠と続きますように。女王が君の手を離さな
いように。
良き友として、心から願っています。
なお、この三枚の手紙は読み終わった後に、数分で溶けます。
こんな恥ずかしい手紙、一生に一度読めば十分でしょう?
734
Chapter 32. 君の側に R18
彼女の服を脱がせると、まるで果実の皮を剥いたように香りが広
がった。
汗ばんだ肌を味わえば、ほんのりと優しい甘さ。
どれほど舌を這わせても、飽きることはない。
その肌の柔らかさも、高くなっていく温もりも蕩けそうなほど。
傷つけないように気をつけながらも、飢えた心のままに彼女をひ
たすら貪った。
﹁俺はもう我慢なんて⋮できない﹂
﹁じぇ、あん、さっ︱︱﹂
食欲ならぬ、性欲をそそる様な甘い香りが強まって、身体が芯か
ら熱くなる。
﹁そ、こっ⋮やぁっ!﹂
溜まらずに彼女から漂う香りの正体へと顔を埋めた。
俺の顔を挟む太股の感触が気持ちいい。
735
さくらから溢れ出す透明な愛︱︱︱俺への愛の証。
ソーマ
ナルコ
俺の指でとろとろになった秘部に舌を這わせると、果実酒のよう
な味がした。
甘くて、癖になりそうな、俺だけの神酒。
柔らかい器から、湧き水のごとく溢れる。
ティック
蜜期に入ったときに何度も味わったのに、飽きるどころか、黒葉
麻薬のように強烈な中毒性を齎した。
一気に溢れ出る透明な愛が喉に流れていき、俺の心を潤していく。
背を撓らせ、絶頂を迎えたであろう彼女は息も絶え絶えだ。
きゅうきゅうと、俺の舌を締め付けるも、かまわずに奥へ、奥へ
と蹂躙し、舌先に一滴残らず絡め取るように内壁を舐めあげた。
ぴんと張り詰めた彼女の身体が悦の余韻に弛緩するよりも先に、
強く啜る。
﹁や、らぁあ︱︱︱っ!﹂
736
がくがく、と大きく身体を震わせ、甲高い声が室内に満ちて、溢
れる愛に背筋が震えるほどに狂喜した。
身を捩り逃げる身体を押さえ込んだまま。 ただ貪り続けた。
連続で味わう狂おしいほどの悦に耐えられなかったのだろう。
一際大きく跳ねた後、舌の締め付けが弱まった。
ひとまずの満足を得たが、直ぐに貪欲な飢えにかき消され、意識
のない彼女を貪った。
シーツに染みた透明な愛すら、勿体無く感じる。
ひとつに。
もっとふかくつながりたい。
かのじょを。
だから。
737
下肢がぬるりとしていると思ったら、どうやら俺は耐え切れずに
白い愛を吐露していた。
+ + +
夢の中であれほど彼女を愛したというのに、止まらなかった。
抑止であったはずの夢は、欲を加速しただけだった。
目が覚めた時、すぐに寝室をでると、彼女の部屋の前に座りこん
でいた。
悶々と彼女が起きるのを待ち続けて。
七日近く。
長い期間待っていたくせに、一分一秒が、尋常ではなく長かった。
二人でいれば瞬く間に過ぎ、一人だと耐え難い。
彼女が部屋の中で、動き出した気配がした時には、扉を突き破っ
て、その小さなベッドで犯してしまいたいぐらい。
738
彼女の寝室の扉が開いた。
鼻腔を刺激する芳しい彼女の香り。 背中にごん、と当たったとき、防波堤のようなものが決壊した気
配がした。
ドアを閉めて、再び扉が開いた刹那、我慢できなかった。
優しくしたいと、願った心は嘘じゃない。
だが、もう磨り減った理性は限界で、犯すように彼女を食らった。
短時間で小さな彼女の秘部に己の指を三本も入れれるようになり
はしたが、あまりの性急さに幾度も意識を飛ばした彼女の焦点は合
っていなかった。
ほとんど正気すらないのだろう。
僅かな後悔︱︱︱それを上回る圧倒的な欲望。
恥じらいに足を閉じる力すらない彼女の痴態に、達成感すら覚え
た。 739
了承らしい了承も得ぬまま、張り詰めたまま、時を待ちわびる性
器を押し当てて、腰を進めた。
まだ早かったのだ。 どこか遠くで理性が警告を発する。
彼女はあまりにも小さくて、俺を受け入れるほど、身体は慣れて
いない。
だけど、ギチギチと食い千切らんばかりに締め付けてくる感覚は、
眩暈がするほど気持ちいい。
やめなければと考えながらも、止まらない。
彼女に包まれる快感に、あっさりと本能が腰を更に進める。
それでも、身体は繋がる喜びと快楽に堪えることもなく、全部納
めるより先に放っていた。
﹁すまない﹂
740
浅ましく何度も謝罪した。
彼女の痛みを変わってやることも、和らげてやる事もできない。
ましてや、止める気など、まったくない。
だというのに。
彼女は薄く微笑んでいた。
微かに唇を震わせて︱︱︱︱小さな手は、俺の両耳に触れた。
頭の中で再び、ぶっつりと、何かが焼き千切られるような音がし
た。
本能のままに、彼女に。
隙間のない柔らかい壁を潤滑だけを頼りに削るように進むと、薄
い絹のような感触。
おれがうばった。
741
脳髄を焼く独占欲。
背筋を駆け上がる残虐な征服感。
どす黒い感情に飲まれて、強引に引き裂いたまま、彼女に穿った。
おれのものだ。
おれの、はんしん。
薄々察してはいた︱︱︱叩きつけるように先端が最奥を小突いた
が、彼女の蜜壺は小さすぎて、俺の総てが入りきらなかった。
夢とは違い、根元まで受け入れることはない。
だというのに、目も眩むような歓喜の渦に飲み込まれたまま、ミ
チミチと音を立てながら、俺は先端で壁をこじ開け様としていた。
もっと。もっと。もっと。
おれだけしかしらない、ばしょ。
おれだけが、ゆるされる︱︱おれいがいゆるさない。
おれの、つがい。
742
ひとつ。ぜんぶ。おれのすべて。
だから。
そばに、いて。
どこにも、いかない、で。
﹁っ、っ︱︱︱!﹂
彼女は苦悶を浮かべてまま、涙を流している。
743
弱い理性を取り戻した時は遅かった。
息すらままならない様子で、彼女の触れた耳の裏の当たりに爪を
立てられたのか、チリっ、と痛みが走る。
だが今の俺には、快楽でしかなかった。
﹁さ、くらっ︱︱︱﹂
腰の動きを止めて、それでも抜こうとしない自分の残酷さを理解
しながら、少しでも苦痛を和らげようと、腹部に回復魔法を何度も
施した。
﹁す、まないっ﹂
どこまでも醜い己の心に、涙が溢れてくる。
彼女は短く浅い呼吸を徐々に整えて、うっすらと瞳を開いた。
黒曜石のような瞳は、涙に濡れている。
﹁も、ぅ⋮ら、いじょ、ぶ⋮、から︱︱︱う、ごいて?﹂
舌ったらずな音だった。
言葉もろくに話せるような状態ではないのだろう。
744
俺は首を横に振って、回復魔法を続ける。
まだ額に浮かぶのは冷や汗だろうに、どこが大丈夫なものか。
なぜか、さくらは微笑んでいる。
﹁じぇあ、ん⋮き、もちぃ?﹂
罪悪感に見舞われながら、それでも上回る欲に、止めることのな
い己へ、自嘲を浮かべて頷いた。
彼女は、そんな俺に信じられないようなことを言った。
嬉しい、と。
罵倒される覚悟であった俺は、目を見開いたまま彼女を見つめて
いた。
745
﹁あな、たとっ、ひとつになれてっ⋮わたし、もっ⋮うれし、ぃ﹂
再び、俺の両耳を小さな手で優しく包み込んだ。
こんな俺を愛している、と。
今、口付けられないのが、もどかしいぐらいの歓喜だった。
彼女と同じように、その丸い耳に手を伸ばした。
﹁ずっと︱︱︱そばに、いる﹂
何度も愛を囁いたけど、言えなかったことがあった。
俺のために、元の世界を捨ててくれと。
俺の側にずっといてくれと。
それでよかった︱︱︱いわなくてよかったんだ。
746
言うべき言葉は、違ったから。
﹁さくら﹂
俺はゆるく首を横に振って、その涙の流れる頬を撫でた。
﹁俺が、お前の側にいる︱︱︱元の世界に帰りたいなら、俺も一緒
に行く﹂
彼女に故郷も家族も全部捨てさせようとして、鎖に繋ごうとして、
馬鹿なことをした。
最初から繋がれていたのは俺だったのに、捨てる事すら考えてな
かった。
747
彼女に強いた決断を、俺がしよう。
黒曜石のような瞳を大きく目を見開いて、不意に幸せそうに笑っ
た。
俺は耳に触れていた彼女の手を取り、その掌に口付けると、意味
を悟ったらしく、恥らうように頷いた。
748
Chapter 32. 君の側に R18︵後書き︶
︻とある巨人族の聖職者の父と弟、そして母︼
﹁名前は決まったのか?﹂
﹁⋮まだだよ﹂
足音は消したはずなのに後ろを振り向きもせず、父は当然のように
弟に問いかけた。弟の嫁は長時間の出産を終えて、ようやく子供が
生まれた。扉越しの嫁の呻きを聞き続けて、恐慌状態に陥っていた
弟を宥めていた父。元気な赤子の産声が響き渡り、室内に雪崩れ込
むように入った弟は泣きながら、赤子と嫁を抱きしめ、苦労を労い、
嫁と結婚したときのような喜びに泣いていた。
疲れた嫁が赤子と共に眠りにつき、しばらくして父の姿がないこと
に気がついた。
探さなくても、何処に向かったが察しはついた。
なにかあるごとに、誰にも知られないように、報告へと向かう。
﹁お前たちの名前は、とても時間が掛かったよ︱︱︱毎日、名前を
考えて、時々喧嘩も︱︱いや、しなかったっけ、ねぇ母さん?﹂
父はしゃがみ込み、綺麗に磨かれた一族の墓石に口付けた。
それを眺めて、弟は妙に胸が締め付けられた。
なんと声をかけていいのかわからなかった︱︱︱つがいを失っても
自分たちのために生きてくれる父に。
749
﹁嬉しいことが続くから、母さんとの逢瀬が増えたよ﹂
墓場に足を運ぶことが逢瀬といういうのかと弟は苦笑を浮かべたが、
ふと小首を傾げた。
﹁続くって?﹂
﹁あいつが、つがいを得たよ﹂
﹁はっ、まさか!﹂
﹁ふふ⋮⋮その内、つがいを連れてくるさ﹂
ディユーブーシュ
いつもの調子で笑い飛ばしたが、珍しく父も穏やかな微笑を浮かべ
ディ
ていた。父の特殊能力である﹃神託﹄が脳裏を掠めたが、弟は首を
横に振って息巻いた。
﹁こねぇよ!﹂
ユー
ディユーブーシュ
﹁くるさ、小さくて可愛い黒髪のお嬢さんを連れてね︱︱︱おお女
神よ!神託に感謝申し上げます!﹂
弟はふと、兄が黒髪の女性と並んで歩いている所を連想したが、
噴出しそうになっただけだった。
次に口から出てきた言葉はいつもどおり。
﹁⋮⋮親父、いっぺん領地の医者にかかんねぇか?﹂
750
Epilogue リュゼ宅にて
﹁まったく、お前には呆れました﹂
そういいながら苦笑を浮かべたリュゼは、前に尋ねてきた時と変
わらず、ジェアンと、その膝の上に座る存在に向いていた。
アンティム
幸せそうな最高の友に安堵した。
ファン・オム
それは膝の上の異世界の純人族の存在だろう。
サクラ=サクラバ︱︱︱改め、サクラ=アジャン。
シス
世界でも最強の部類に所属するであろう元六徒のつがいとして、
穏やかに微笑んでいる。
もっとも、世間に出たことはないので実感はないだろう。
もしかすると、ジェアン自身がその事を話していないかもしれな
い。
でもそれでいいのだろう。
彼にとって大切なのは、つがいが幸せであるということ一点のみ
だ。
751
ワゾー・オム
なので当然、彼のつがいを口説こうなどというアホな輩がいると、
床で転がって痙攣している鳥人族の青年のようになるのだろう。
グランアミ
まだ会わせる気は更々なく︱︱︱もしかすると大きな友にしてみ
れば、一生会わせる気などなかったのかもしれないが︱︱︱たまた
ま家に遊びにきて、目の入った彼女の手を握ろうとするなど自殺行
為である。
﹃な、なにこの子、リュゼの旦那のお友達さん?か、可愛い∼w黒
ディア
い毛並みきれーwwおいちゃん、ダウっていいます♪常時彼女募集
中で︱︱︱がぶぅっ!﹄
瞬殺された。
ーブル
言葉だけは我慢したようだったが、ダウが手を伸ばした瞬間、魔
人の形相のジェアンの足が高く上がったと思ったら、踵落としで撃
沈していた。
﹃俺のつがいだ﹄
追い討ちをかけるように、地面に転がる顔面を踏みながら告げた
752
が、踏まれた青年に意識があったかどうかはわからない。
凹んだ床の修理代は原因であるダウに支払わせることにしよう。
マダムアジャンは、ダウの好みの範疇なのだろう。
ダウは気は強くなさそうだが、芯がしっかりとしていて控えめ。
懐の深そうな奥ゆかしい女性が好みなのだ。
そんな感じの女性に告白してはしょっちゅう振られている。
ワゾー・オム
マダムアジャンは、ジェアンの踵落としと、始めてみる鳥人族に
驚いて、奇声を上げていた。気を失ったダウに歩み寄ろうとしたが、
ジェアンがそれを許すはずでもなく抱きしめ妨害する。
﹁予想では一ヶ月は来ないと思ってましたが︱︱︱まさか、四ヶ月
も来ないとは﹂
何をしていたかなど、想像に容易い。
蜜期なのだ。
ただ、体格差から時間はかかるであろうと思ったが、この期間の
長さは予想外である。
グラン・オム
そのためダウを使って、食料をずっと補給させていた。
この期間、巨人族の男は全く仕事をしない。
753
せいぜい家事程度だ。
グラン・オム
普通は里にいるため、周囲の巨人族が食料をお祝いとして蜜期が
終わるまで分け続ける伝統があるためだろう。
だがそれも長くて半月程度だ。
四ヶ月も家に篭るなど、聞いたことがない。
﹁ん。すまん、助かった。食費だ︱︱︱こっちも起きたら渡してお
いてくれ﹂
不機嫌なままジェアンがテーブルの上に皮袋を二つ置いた。
じゃら、と聞こえる金属音に、食料に対する料金を上回る額であ
ろうと推測できた。
相変わらずの気前の良さである。
この分だと、この四ヶ月で色々ダウに仕入れさせたのだろう。
﹁この四ヶ月、お手数かけました。ありがとうございます﹂
﹁いえ、微々たるものですよ﹂
彼女が恥ずかしそうに頭を下げると、眉根を寄せてジェアンが頬
擦りしている。
754
インディゴ
まだ蜜期の余韻を残しているようで、彼女は苦笑ひとつ浮かべる
と慣れたように、彼の夜明色の髪を撫でる。
ジェアンは嬉しそうに目を細めると、口元を綻ばせた。
どうやら、つがい生活は良好のようだ。
﹁お体のほうは変わりありませんか?﹂
その問いには流石に踏み込みすぎたかと思ったが、途端に彼女が
遠い目になった。
どうやら、死地を彷徨ったのは一度、二度ではないようだ。
﹁ええ⋮⋮なんとか⋮﹂
﹁︱︱︱もし、なにかありましたらご相談ください﹂
なんと声をかけていいのかわからず、当たり障りなく返す。 とはいえ、今時点で最初に来たときと変わらぬ理性があるのなら、
大丈夫なのだろう。
オレイユ
﹁そろそろ、耳飾を買いにいくんですね?﹂
アルカンシエル王国の中央都市サントル。
755
エルフ
長命人種が治める一番近い大都市である。
﹁明日行こうと思っている﹂
ジェアンにわかっているんだろうな、と視線だけで告げると、さ
らに頷く。
オレイユ
念を押しておかねばならないが、彼女が装備する耳飾は、付与が
あるもののほうが好ましいだろう。
万が一にでも、故意に誰かに傷つけられ、ましてや天に召されれ
ば、ジェアンは正気を保つことはできずに、狂うであろうことは目
に見えている。
手綱と御者のない暴れ馬だ。
自分としても、長年の友を失いたくはない。
﹁初めて外に出るのに大都会というのは、その︱︱︱︱﹃小さな島
国からの難民﹄には少々、刺激が強い気がします﹂
﹁いえ、大きな都市の方が種族も多いので﹂
﹁逆に安心だ﹂
ちゃんと設定を覚えてきたようで、この様子であれば細かなとこ
ろも打ち合わせしているのだろう。
756
ワコク
ジェアンに渡した本のメモには、彼女の設定も書いた。 キョウワコク
暁和国諸島︱︱︱通称・和国には大まかに大小4つの島国が存在
するが、小さな島国も多い。
現在も一部の開港をしてはいるが、鎖国を貫いている国である。
そのため、遠くはない距離でありながら、ヴェルセット大陸に比
べると極々規模の小さな島国の情報は少ない。
独特の生態系からなる魔物が跋扈し、長期間の戦乱が続いていた
せいで、何年も前から難民と密航者が多かった。
しかし、青馬航路の異常気象と水中の魔物により、多くの船は沈
んだ。
コクテイマル
ベル・キャロイン号、黒蹄丸︱︱︱小さな船なら、数え切れぬほ
どであろう。
彼女の顔立ちは、西方ではやや珍しい東方系の顔立ちだ。
幼い頃に両親と大陸域の船に乗り、難破し、その後の記憶は曖昧
で、ジェアンに救われたということにしておけば、問題もないだろ
う。
彼女の顔立ちが珍しい部類であるとはいえ、中央都市サントルは
種族の坩堝である。
悪目立ちするほどではない。
ただ﹃丸い耳﹄という一点を覗いて。
757
ファン・オム
この世界で純人族は普通に生きることは難しい。
だったら、その特徴を隠せばいいのだ。
﹁その、どうでしょうか?﹂
彼女は苦笑を浮かべて、己の耳に触れた。
︱︱︱︱先端の尖った耳に。
﹁ええ、大丈夫ですよ﹂
ソルシエール
幻魔法で耳の先端だけ、少し尖らせるように﹃今年一押し!これ
一冊でおしゃれ上級者☆魔女の私でもできる男を惑わす社交界の淑
女風ファッション本格アレンジ魔法﹄で開発された眉を書かずとも
書いてあるように見せる術式を弄ったのだ。
人の作り出した魔方陣を一部変えるのには自信がなかったが、う
まくいったようだ。 ﹁こう見えて、ジェアンは聖職者です。その手の魔法の適正が高く、
758
元々持っている魔力も桁違いですので、朝飯前の芸道でしょう。で
すが、﹃刻む﹄というのは高等技術ですので多少痛みがあるかもし
れませんが﹂
﹁いいえ、違和感程度で﹂
よほどジェアンの魔力に犯されているのだろう。
普通、他者の魔力で刻まれるとどんなに近い属性同士でも痛みは
あるものだ。
麻痺魔法で患部を痺れさせておかないと、激痛らしい。
その後も、魔力が定着するまで、痛みが続く。
最も、本に書かれていた術式は刻むものではなかったが、それを
改良したので、ちょっと不安だったが、良好でなによりだ。
﹁ですが、こんな風に幻覚が使えるなら︱︱︱⋮﹂
一瞬、鋭さにぎくり、としたが笑顔で返した。
実はそうなのだ。
この術式を耳に刻めば魔力を殆ど使用せずに、常時尖った耳に見
せることができる。
しかし、そうなると彼女はジェアンから離れて自活の道を歩むだ
ろう。それだけはなんとしても阻止したかった。
759
なにせ、意気消沈するであろうジェアンを慰めるのは僕の役目な
のだ。
その後も、ジェアンと彼女をつがいにさせようと、徒労するのは
目に見えている。
だったら、あの時点でつがいにした方が何倍も手っ取り早い。
﹁いいえ。ジェアンとの性交渉で魔力が近しいものにならなければ、
幻覚魔法を施すのも難しいのです。それに、貴方は殆ど魔力がない
ようでしたから﹂
﹁そう、で︱︱︱あ、ジェアンさん、もう駄目ですよ⋮人前で﹂
彼女は納得がいかない様子だったが、ジェアンがちゅ、ちゅ、と
彼女の頭に口付けを落としだしたので、気が削がれたようだった。
意図してか、無意識か。
﹁だ、旦那︱︱︱ま、まさか、つがいさん?﹂
いつの間にか鼻血を拭いながら、起き上がったダウが、その光景
に裏返った声をだした。
﹁そうだ、俺のつがいだ。さっきも言った﹂
﹁さ、さっき??﹂
760
たぶん、ジェアンの踵落としで気絶していたのだろうけど︱︱︱
などと、迂闊に突っ込んだりはしない。
紅茶を持って、安全圏に移動して、静かに啜る。
﹁そ、そんな⋮⋮こんな可愛くて若い子がつがい⋮⋮旦那のつがい
⋮﹂
よろり、と足元をふら付かせ、羽を振るわせた。
これから言うことが予測できるだけに、己も男だったのだなと実
感する。
﹁う、嘘だ!ジェアンの旦那の馬鹿でかい︱︱︱︵三十歳以下お断
り︶︱︱︱が、こんな小さい彼女の︱︱︱︵三十歳以下お断り︶︱
︱︱って、︱︱︱︵三十歳以下お断り︶︱︱︱したり︱︱︱︵三十
歳以下お断り︶︱︱︱れるはずがないですよ!︱︱︱︵三十歳以下
お断り︶︱︱︱が、裂けちゃうじゃないですか!!﹂
ぱりーん、とガラスの割れる音が響く。
761
彼女を抱えたまま、ジェアンの見事な蹴りが決まり、凄い速さで
窓を突き破って、ダウの姿は室内から消えた。
﹁さくらで、妄想するな﹂
彼の父親から似たような言葉を耳にしたことがある。
その時は二階建ての窓から落ちたのは自分の父親だった違いはあ
るが。
微かに怒りを滲ませた声で呟いて、真っ赤になってうろたえてい
るマダムアジャンに頬を摺り寄せていた。
グラン・オム
ファン・オム
ダウに請求するための床と窓の修理費を計算しながら、幸せそう
な巨人族と純人族のつがいの背を見送った。
762
Epilogue リュゼ宅にて︵後書き︶
これにて蜜期編終了となりますw
誤字脱字とツッコミ所の多い﹃月刊人外妄想図鑑﹄ではございまし
たが、ご愛読ありがとうございました orz
後、幾つかの﹃新婚編﹄と、番外編﹃もしも﹄シリーズ等を投稿し
て﹃巨人編﹄が終わる⋮⋮はず?
最後までお付き合いいただければ、幸いですw
ひよこマッチ
763
■■■ ︻もしも、初日で桜さんが筆談を思いついたら︼ R1
5︵前書き︶
読み手様にありがとうと感謝の気持ちを込めてww
お気に入り件数1500件突破記念小説!
桜さん視点﹃Chapter 02. 異世界の洗礼でした﹄のジ
ェアンさんが見せてくれた地図の文字が読めた後、もしも桜さんが
筆談できることに気がついたら︱︱のIFの物語でございます。
※本編とはなんの関係もございません︵たぶん︶
※ジェアンさんが出会って早々、プッツンがきてしまってます︵汗︶
※9/25加筆によりダークエロでR15ぐらい?
ずいぶん前のことですが、香苗様のコメントで妄想のかきたてられ
た一品でございます。香苗様、ありがとうございますww
764
■■■ ︻もしも、初日で桜さんが筆談を思いついたら︼ R1
5
︱︱︱私は羽ペンとインク壺を見て、はっと気がついた。
彼は言葉を話せない。だが、インク壺と羽ペンがあるということ
は、文字は書けるのだろう。
それに、私は何故かこの世界のうねうねした文字を読むことが出
来る。
イコール
=筆談できる可能性有り。
﹁あ、あのっ、紙、紙に、質問の答えを書いていただけませんか?
私、なんでかよく分からないんですけど、文字が読めるみたいなん
です!﹂
彼もはっとした様子で、ひとつ頷くと、また物置の中に入ってい
った。
戻ってきた、その手には紙の束が握られている。
様々な質問がイエス、ノー以外で返ってくると、会話︵?︶はよ
く進んで、日が傾くまで続けられた。
ともかく、私はあの湖に突然現れて溺れていたらしく、どこから
来たのかもよくわからないと書かれた時にはしょんぼりした。
765
彼は悪くないのに、謝られた。
私は首を横に振って、自分の頭の中の情報を整理していく。
寸前の記憶は︱︱少しあやふやだが、仕事に行くために歩いてた
のは間違いないはずだ。
会社に行く途中で普通に道を歩いていたが、気がつくと溺れてい
た。
溺れていたのは、街中ではありえない湖。
森の中。 多分、ここは予想通り日本ではない。
もしかしてタイムスリップとかそんな感じかと思ったのだけど、
地球上のどこでもないようだ。
彼に更に、大きな地図を見せてもらったが、まったく別の形の大
地が広がっていた。
それに未開拓の大地まであるらしい。
せめて、文明が発達している場所ならばよかったのに、どうやら
家の中にある身の回りのものから推測するに、時代的に中世と呼ば
れるぐらいだろう。
がっくりと、肩が落ちる。
彼はあわてた様子で、紙に文字を綴っていく。
766
﹃もしよければ、ここに身をおくといい。衣食住は保障するし、歓
迎する﹄
随分大きいソファーに腰掛けた︱︱彼にとってはちょうどいいよ
うだ︱︱彼の隣で、文字の書かれた紙を覗き込みながら、私はほっ
と胸を撫で下ろした。
﹁い、いいんですか?迷惑じゃ⋮﹂
﹃かまわない。俺の身内は移住してしまって、一人暮らしだし、不
自由させてしまうかもしれないが、できるだけ善処はする﹄
﹁そ、そんな、見知らぬ私をおいてくださるだけで﹂
﹃なら、問題はない。今後をどうするか、ゆっくり考えればいい﹄
﹁⋮⋮はい﹂
ファイアブルー
にっこりと、彼が青火色の瞳を細めて笑う。
初めて会ったばかりの男性というのに、少しドキドキしてしまう
のはなぜだろう。
それを誤魔化すように私は口を開いた。
﹁あ、そうだ、私、桜庭桜っていいます。えーと、ファーストネー
ムが桜で、ファミリーネームが桜庭。名前も名乗らず失礼しました。
桜って呼んでください﹂
767
そういえば、根気よく彼は私に付き合ってくれたが、名前も名乗
っていなかった。
しばらくお世話になるというのなら、必要なことだろう。
彼と会話ができないから、うっかりしていた。
大きく目を見開いた彼は、うっすら頬を染めて、私を見詰めてい
る。
その瞳が少し潤んでいるのは気のせいだろうか??
﹁え、あの?どうかしましたか?﹂
びく、と体を震わせて、首を横に振っている。
私の名前、やっぱり変なのが外人にも分かるんだろうか?桜庭で
桜だものと、投げやりに考えていると、彼はペンを手にした。
﹃すまない。なんでもないんだ、さくらさん。俺はジェアン。巨人
族の聖職者をしている﹄
その手は動揺を表すように、少し震えていた。
なんでもないといわれたので、突っ込んでいいのか分からず、見
なかったことにして会話を振る。
768
聖職者って、神父とか、牧師だろうか?
ちょっとイメージとかけ離れているワイルドな感じだ。
それよりも、巨人族ってなに、巨人族って。
﹁えっと、ジェアンさんは︱︱︱んぅっ﹂
かたん。
インク壺が割れんばかりの勢いでテーブルの上に倒れて、紙の束
がみるみる黒く染まっていく。
ひらり、と羽ペンが床に投げ出されたのが見えた。
気がつけば私はソファーに押し倒され、口付けされていた。
+ + +
769
﹁あ、そうだ、私、桜庭桜っていいます。えーと、ファーストネー
ムが桜で、ファミリーネームが桜庭。名前も名乗らず失礼しました。
桜って呼んでください﹂
さくら=さくらば。
さくら。
彼女の名前を聞いたとき、腹の底から湧き上がる欲望を押さえ込
むのに精一杯だった。
さくら。さくら。さくら。
口には出せなかった︱︱だしてしまったなら、きっと止まらない
︱︱が、俺は心の中で、まるで敬虔な信者が神の名を呼ぶように、
何度も心で繰り返していた。
呼びたい。
彼女の名前を。
喉から音を漏らさないようにするのは一苦労だった︱︱︱それに、
体の中心が熱くなるの抑えるのも。
770
﹁え、あの?どうかしましたか?﹂
﹃すまない。なんでもないんだ、さくらさん。俺はジェアン。巨人
族の聖職者をしている﹄
俺は彼女の言葉に、慌てて紙に文字を綴る。
震えないように気をつけたが、それでも文字は少しガタガタにな
っていた。
意識してはいなかったが、今思えば苗字を名乗らなかったのは、
名前を呼ばれることを期待してだったのかもしれない。
事実、彼女の柔らかそうな唇が、俺の名前を︱︱︱紡いだ。
﹁えっと、ジェアンさんは︱︱︱﹂
ぞくっ、と背筋を駆け上がる欲望。
本能のままに勝手に体が動き、気がつけば彼女をソファーに押し
倒していた。
俺が横になれば窮屈なソファーだったが、彼女が横たわると、と
ても大きく見えるんだな、とよく分からないことを考えていた。
771
ただ無防備で、柔らかそうな唇が、見た目よりも蕩けるほどに柔
らかく暖かいのだと、知った。
知って︱︱︱止まるはずもなかった。
角度を変えて重ねる軽く舌を這わせると唇は甘い。
すぐに丸い耳まで真っ赤になって、俺のシャツを掴む細い指。 呼吸に喘ぎ、開いた口に舌をねじ込む。出迎えた小さな舌が愛し
くて、何度も、何度も俺の舌を絡ませて、啜った。
その度に、びくびく、と華奢な体が跳ねる。
どれくらいそうしていたのか、彼女の瞳はとろりと焦点が定まら
ず、ぐったりとソファーに身を預けている。
﹁っ⋮んっ⋮ぅっ⋮⋮んぅ!﹂
布越しに感じる熱にとうとう我慢出来ずに、シャツに手を伸ばし
た。
ボタンを外すと、ぶるん、と弾力のある乳房が零れる。
ズボンは大きすぎたのだろう。
ベルトを外して、軽く引っ張っただけで、ボタンも外していない
のに、するり、と奪うことが出来た。
772
﹁さくら︱︱︱きれい、だ﹂
﹁だ⋮だめぇっ﹂
月並みの言葉だが、シャツ一枚の彼女の姿にそれ以外に思い浮か
ず俺は呟くと、彼女は拒絶の言葉を口にして悲しくなった。
773
■■■ ︻もしも、初日で桜さんが筆談を思いついたら︼ R1
5︵後書き︶
もしもエンディング﹃名前呼ばれてプッツンで即効強制蜜期﹄
どんなにがんばって妄想しても桜さんの性格を考えると、和解には
長いことかかりますね︵涙︶その後、蜜期が終わったジェアンさん
はものすごく怒られて、自粛しますが、桜さんとHした後なので、
名前を呼ばれる度にプッツンになりやすくなって、頬擦りしまくり
の、右の耳を触りまくりに違いない。基本的に桜さんも一目惚れっ
ぽいので、嫌いにはなれないけど、こんなのなんか違う︱︱けど、
もう離れられない、みたいな。少しすれ違ったまま二人で悶々とす
ることになりそう。
この後の話も書こうかと思ったけど、なんかほのぼのと銘打ってい
るのに、溺愛ダークエロ︵主にジェアンさんが︶に突入するので割
愛。
774
■■■ 閑話︻リュゼの六徒綴り︼︵前書き︶
読み手様にありがとうの感謝を込めて、第二段ww
総合評価5000Pt突破記念小説!
※今回はリュゼさん視点で過去の失敗談?
※ジェアンさん、リュゼさんの六徒だった若い頃のお話
※桜さん要素皆無、ラブなし、コメディ
775
■■■ 閑話︻リュゼの六徒綴り︼
これは、僕の失態だ。
作戦を考えたリュゼは、軽い眩暈を覚えた。
シス
とある小さな村に滞在中に、猫系の獣人族の村長から、子供たち
が行方不明になるという事件の解決を依頼され、六徒は調査に乗り
出した。
ファン・オム
その結果、貴族が純人族を召喚しようと、子供を生贄に捧げてい
ることが分かった。
ファン・オム
ありえないことである。
純人族がそんなことで召喚されたという記述はない。
しかし﹃黒聖典﹄と呼ばれる魔族に継承される古書を手にした男
は、狂ったように続けていた。
後に僕の手に回ってきたが、魔術要素がすでに魔族の膨大な魔力
でなければできないものであり、多分推測するに、近隣に古代遺跡
があったせいだろう。
戦で何百人、何千人という死した魔族の魔力が遺跡に集中して、
偶発的に召喚されたのだろう。
776
そんなことも読み取れずに、子供たちを生贄にするなんて。
とはいっても、王都でも有数の貴族に真っ向から乗り込むわけに
はいかない。国王に証拠と共に貴族の不正を叩きつけたとはいえ、
シス
強大な権力というのは常に動きが鈍い。
パーティ
だからこそ、治外法権的な六徒が存在するわけだが、表立つこと
を道連は望んでいるわけじゃない。
シス
元々、六徒に望んでなったわけじゃないものがほとんどだ。
シス
六徒は陽動部隊と、救出部隊の二手に分かれた。
単純な計画だが、効果は高い。
アスフォロウ
子供たちが収監されているのが二箇所︱︱双方の情を利用して相
乗効果で逃亡を防ぐためだろう、くそったれ︱︱であったために、
救出部隊はさらに二手に別れた。
シス
そして、屋敷は陽動部隊に襲撃され、蜂の巣をつつくような騒ぎ
になった。
強靭な私兵を持つ貴族だが、さすがに六徒が二人には適うものが
いるはずもない。
ついに僕たちは子供たちの所へ。
僕とジェアン、ダウの三人で駆けつけた場所には、すでに殆どの
777
子供がいなかった。
残っていたのは、二人。
話を聞けば、数日前に連れられた子供は戻ってこなかったのだと
いう。
ぐっと胸の奥から湧き上がる、貴族への殺意を押し殺し、魔法の
発動により、こちらにかけてくる私兵の音を聞きつけて、すぐさま
逃亡の行動に移る。
﹁くっ、私兵が気がつきました。ジェアン、子供を。ダウ、誘導を
︱︱︱﹂
﹁無理だ﹂
ジェアンが間髪いれずに淡々と拒絶する。
グランアミ
大きな友の表情はいつもとかわらないが、ふるふると首を横に振
っている。
いや、すこし額に冷や汗をかいているようにも思える。
﹁え?﹂
﹁二人とも、メスだ﹂
ふるふると怯えて身を丸めている猫獣人の子供は、見た目は大き
さと、二本足で歩く以外は毛並みも猫と変わらない。性別の判別は
難しいが、服装をよく見ればスカートを穿いている。
778
グランアミ
瞬時に、性別の判断できる大きな友は凄いというか、呆れるとい
うか。
し、しまった!
本気で失念していた。
グラン・オム
巨人族の男は、戒律的に妻と身内以外の女に触れられない。
子供であろうと、赤子であろうと関係ない。
かといて、自分が持ち上げるには、猫獣人の子供︱︱︱いや、少
女たちを二人も担げるはずもない。しかし、少女二人の足ではすぐ
に私兵に追いつかれてしまうだろう。
ちっ、と思わず舌打ちしてしまった。
グラン・オム
こんなことなら、陽動部隊に組み込めばよかったと思ったが、里
の外に出てくる巨人族は割と珍しくて、すぐに正体がばれてしまう
779
だろう。
﹁ダウっ!﹂
しかたない。
少女二人ぐらいならば、ダウでも運べるはずだ。
誘導をジェアンにさせよう。
瞬時に、作戦を変えて、ダウを振り返る。
﹁え?﹂
﹁⋮⋮⋮え?﹂
僕とダウは見合ったまま固まった。
ダウはいつの間にか三つの袋を首と手からぶら下げており、その
袋の口からは金銀財宝が覗いていた。
この屋敷の貴族のものであろうことは、容易に想像がつく。
780
お前は鴉鳥人か!!
そういえば、こいつは何故か鴉鳥人並に貴金属に目がないんだっ
た!
ジェアンが子供たちを回収する手はずだったので、途中で手癖の
悪さを働かせていたのだろう。袋まで持参とは恐れ入る。
近づく私兵の足音。
怯える子供︱︱︱いや、二人の少女たち。
力のない小人族。
力はあるけど、性別が女ならば触れられない巨人族。
ほぼ役に立たない鳥人族。
この日こそ、本気で焦ったことはなかった。
781
■■■ 閑話︻リュゼの六徒綴り︼︵後書き︶
絶体絶命、大ピンチ!?
策士、策に溺れる、ってやつですね︵笑
たぶん、マントを袋状にして、その中に子供たちを入れて、ジェア
ンさんが運びました。
782
■■■ ︻もしも、ジェアンさんに風邪がうつってたら︼前編 ︵前書き︶
読み手様にありがとうと感謝の気持ちを込めて、第三段ww
お気に入り件数1600件突破記念小説!
桜さん視点﹃Chapter 09.声﹄の冒頭からで、元気にな
っておきたけど、今度はジェアンさんに風邪がうつっちゃった!︱
︱のIFの物語でございます。
ジェアンさん視点だと﹃Chapter 09.夢中﹄のエロイ夢
の後で熱に犯されて、現実だかどうかよくわかってない状態?でも
本当は頑丈なので、風邪はひかないんじゃなかろうか、ジェアンさ
んは。
※本編とはなんの関係もございません︵たぶん︶
※ジェアンさんがやっぱり、プッツンがきてしまってます︵汗︶
※本当はもっと続きがあったけど、最後まで致してないけど、熱に
浮かされて、ジェアンさん暴走でマニアックなプレイになってカッ
ト︵笑︶
※なぜかひよこマッチの妄想では、風邪をひいて言葉を話すジェア
ンさんとは上手くいってしまってる⋮⋮?
783
■■■ ︻もしも、ジェアンさんに風邪がうつってたら︼前編 自分の部屋。
彼が作ってくれた私の部屋で起床して、恥ずかしく思いながら、
居間にでた。
ただ部屋を与えられただけで、長いことわんわん泣いて縋ってし
まうなんて、彼にとってはいい迷惑だっただろう。
﹁⋮⋮あれ?﹂
いつもなら、漂ういい香りもない。
台所で料理をしながら︱︱いい年の親父だが、ちゃんとエプロン
つけてて可愛い︱︱巨大な背中を見せていてもいいはずだ。
小首を傾げて、昨日まで寝ていた部屋の扉に視線をむける。
もしかして、私の部屋を作ったせいで疲れたのだろうか?
お世話になっているのだから、食事を作ろうと台所の仁王立ちす
る。
784
⋮⋮。
⋮⋮⋮⋮。
⋮⋮⋮使い方がまったく分からない。
薪をくべてたいのだが、その周辺に火種となるものはないし、失
礼と思いながら食器棚の引き出しを開けたりして探した。
釜?に火がついているのは見たことがある。
しかし、よく考えてみれば、どうやって火をつけたか見てない。
暖炉の方も最初の日に火がついていたので、あるはずであろう火
種を探したが、やっぱりライターはないにしろ、マッチのようなも
のも存在していなかった。
残念ながら、お湯すらも沸かせない状態だ。
気がつかなかったが、ちゃんと食糧庫のようなものがあって、食
材が収納されている。
見知った食材もあり、まったくわからない食材もあるが。
私はがっくりと肩を落とし、迷惑をかけないように、大人しく彼
を待った。
785
しかし、出てくる気配は一向になかった。
+ + +
熱い。
身も心も焼けるように熱い。
ふと、目が覚めたのに、全てが遠くて、感じたのは熱さと渇きだ
った。見慣れた天井を眺めながら、温もりを探して、布団の中を弄
る。
︱︱︱いない。
鼻腔に甘い残りが漂うのに、彼女の姿がないことに、驚いて体を
起こそうとしたが怠い。
布団の中に自分以外の温もりはなく、存在は香りだけ。
どれくらい茫洋としていたのか、ようやく俺は彼女を愛していた
のは夢だったのかもしれないと思った。
786
彼女が湖から現れたのも。 彼女がずっと俺に求婚し続けていたのも。
彼女とひとつになったのも。
自分の見た都合のいい︱︱︱⋮⋮だというなら、ずっと夢の中で
暮らして、もう目覚めなくてもよかったと心底思った。
控えめなノックで、のろのろと扉に視線を向ける。
一人暮らしのはずなのに、なぜ扉をたたく音がするのだろうか?
声を出そうとして、喉がカラカラなのに気がついた。
何度目かのノックの後、ドアが静かに開いて、隙間から︱︱︱彼
女が顔を覗かせた。
夢?現実?
どちらでもいい。側にいてくれるなら、それでいい。
なにか言葉をかけながら、こちらに近づいてきて、目が合うと何
処か焦ったように俺の触れた。
﹁やだっ!すごい熱﹂
787
のろのろと、その手に触れようとするより先に、大きく目を見開
いて、部屋の外に出て行ってしまった。
追いかけようとしたのに、体が自分の物ではないみたいに重い。
やっぱり夢なのだろうか。
あぁ、いかないで。
おれのつがい。おれのうんめいのじょうおう。
おまえがいないといきすらできない。
でも聞こえる慌しい足音が、俺の胸を慰める。
そのうち何かが断続的に音が響いていたが、静かになって、彼女
が戻ってきた。
彼女には大きすぎるお盆と、水差しとコップに布に、小脇に抱え
たのは俺には小さい掛け布団。
サイドテーブルに置くと、彼女はベットに足をのせて俺の上に掛
け布団を一枚増やした。
少し熱い︱︱いや、寒い?
788
体の芯は熱く、外側が異常に寒い。
﹁失礼しますね﹂
濡れた布が額に載せられて、気持ちいい︱︱︱たとえ、それがテ
ーブル布巾でも。
﹁あの、お水飲みますか?起き上がれますか?﹂
泣き出しそうな顔で彼女が俺を覗き込みながら、俺の頬を撫でる。
心地のいい感触に身を任せたいと思いながらも、喉もカラカラに
渇いていたことに気がついて、怠い体を起こした。
彼女に進められるがまま、コップを受け取って、一気に飲み干し
た。それから、もう半分だけ飲んで息を吐き出した。
少しだけ、体に力が戻ったような気がした。
さきほどから、不安そうな顔をしているできたツガイに俺は微笑
みを返す。
﹁⋮⋮ありがとう﹂
﹁え、しゃべれ︱︱︱?﹂
彼女は大きく目を見開いたが、何を驚いているのだろう。
789
己のツガイに声をかけるのは当たり前だろう?母も姉妹もいない、
この世で唯一話しかけるのはお前だけだろう?
俺は不思議に思いながらも、彼女は瞳を瞬かせたあと、首を横に
振る。
すぐに顔を上げて、俺のコップをサイドテーブルに戻した。
﹁あの、他になにかできることありますか?薬があるならとってき
ます。お腹がすいてますか?料理はできませんが、果実を剥くぐら
いは︱︱︱なにか欲しいものは?﹂
ほしいもの︱︱︱俺の、ほしいもの。
ひとつしかない。
たったひとつ。 おまえしかもってない、たいせつなひとつ。
それを、おれにくれるのか。
790
俺は手を伸ばした︱︱︱彼女を抱きしめて、布団の中に引きずり
込むと、彼女が可愛い悲鳴を上げた。
+ + +
﹁んぎゃぁあ!﹂
いきなり布団の中に引きずり込まれて、変な声を上げてしまった。
+ + +
ずっと彼を居間で待ち続けたが、さすがに昼をだいぶ過ぎても起
きてこなかったので心配になった。
嫌な予感がして、何度も部屋をノックすると、人の気配はするの
に、こちらに向かってくるような足音はしなかった。
791
丁重に詫びてから、寝室に入ると、彼は布団の中にいる。
こちらを見つめて起き上がろうとするのだが、動いているだけで
起き上がっていない。
珍しく、胸のボタンが幾つか開いて、ぐったりとしている。
潤んだ瞳はとろーんとしてて、浅黒い肌でも分かるぐらい耳まで
赤くなっているし、どことなく息も荒い様子である。
近寄ると、汗を流しているようで、日頃にない男の色気が溢れて
て、ドキッと︱︱︱じゃなくて、触れると、案の定、彼は熱かった。
風邪だ。私の風邪がうつったのだ。
二日も意識がないぐらいの風邪なのだから︱︱もしかして、イン
フルエンザとかじゃないよね?︱︱今意識がある彼はかなり凄いの
だろう。
慌てて、家の中を走り回って、私の部屋から布団を確保する。
﹁み、水、水だよね?薬⋮薬って、どこにあるの?﹂
さっき棚を勝手に開いたときに、それっぽいものはなかったが、
引き出しのひとつに使ってなさそうな布があったので拝借する。と
にかく食器棚から水差しとコップを取り出して、台所の隣の勝手口
から、水を手に入れるために、井戸に向かう。
792
ポンプ式の取っ手は硬くて、苦労したが、なんとか準備して、戻
った。
﹁⋮⋮ありがとう﹂
﹁え、しゃべれ︱︱︱?﹂
私にできる一通りのことをして、彼が水を飲み終わった後に、掠
れた声で告げられて、驚いた。
喋れたのか。問い詰めたいところだが、でも、それを問うのは、
風邪が治ってからでもいいはずだ。後回しにしよう。
﹁あの、他になにかできることありますか?薬があるならとってき
ます。お腹がすいてますか?料理はできませんが、果実を剥くぐら
いは︱︱︱なにか欲しいものは?﹂
と、言ったのだが、次の瞬間には布団に引きずりこまれていた。
な、何で!??
793
■■■ ︻もしも、ジェアンさんに風邪がうつってたら︼前編 ︵後書き︶
︻ひよこマッチの独り言︼︵読まなくても、本編に影響はございま
せん orz︶
初期設定を見直してて大失敗。
ひよこマッチはテンションが高いと、字が驚くほど汚い。
ジェアンさんの設定でテンションが最高潮だったようで、一番文字
が乱れている。パソコンに設定を打ち込んでいると、かろうじてジ
ェアンさん設定に﹃エクスシスト﹄と書いてあるような文字が⋮⋮
??
はて、こんな設定したんだっけ??しかも﹃エクスシストな親父﹄
??悪魔祓い?↓神父↓聖職者⋮ほほぅ、聖職者設定だったんだジ
ェアンさん。あ、でもオールバックで神父服のジェアンさんも、ス
トイックで逆に男の色気が醸し出されていいよねwと一人納得して、
パソコンに打ち込んだ。数日前に手書きのメモを眺めて気がつく、
ジェアンさんは、な、なんと﹃エクスシストな親父﹄ではなくて﹃
エキゾチックな親父﹄だった︱︱︱容姿の設定かい!!思わず自分
に突っ込んでしまった。
自分でも解読できないなんて⋮ orz
本編に影響ないんで、一応このまま聖職者︵涙
794
■■■ ︻もしも、ジェアンさんに風邪がうつってたら︼後編R
18︵前書き︶
読み手様にありがとうと感謝の気持ちを込めて、第三段の後半ww
お気に入り件数1600件突破記念小説!
桜さん視点﹃Chapter 09.声﹄の冒頭からで、元気にな
っておきたけど、今度はジェアンさんに風邪がうつっちゃった!︱
︱のIFの物語でございます。
ジェアンさん視点だと﹃Chapter 09.夢中﹄のエロイ夢
の後で熱に犯されて、現実だかどうかよくわかってない状態?でも
本当は頑丈なので、風邪はひかないんじゃなかろうか、ジェアンさ
んは。
※後半はR18でございます。マニアックプレイ︵涙︶
※本編とはなんの関係もございません︵たぶん︶
※ジェアンさんがやっぱり、プッツンがきてしまってます︵汗︶
※意外とマニアックでもいいという読み手様の声が多かったので後
編としてアップしてみました︵笑︶
※なんと、気がつくとほぼ前編の倍の量が⋮ orz
795
■■■ ︻もしも、ジェアンさんに風邪がうつってたら︼後編R
18
﹁あああああ、あのっ、な、なにか、そのほしいものっ、とりにっ﹂
しかもベットに横になる私の上に覆いかぶさって、肩口に幸せそ
うに顔をぐりぐりと埋める。
彼の体温は高いが、私の体温もぐんぐんと上がっていることだろ
う。
﹁ここに、ある⋮俺のほしいもの。俺の⋮⋮ツガイ﹂
﹁んっ⋮﹂
掠れた熱い吐息が、左耳にかかる。
熱に浮かされた音は、背筋をぞくぞくとさせた。
一瞬、思考が停止してしまったが、彼は熱で意識が朦朧と混濁し
ているのだろう。
まだ瞳が、とろーんとしている。
﹁あの、つがいって、湯たんぽ、えっと、暖房器具ですか?どこに
あるんですか?とってきますよ?﹂
796
恥ずかしさのあまり早口になってしまった。身を捩って、彼の下
から逃げ出しながら︱︱でも、あんまり意味もなく︱︱彼に問うと
不思議そうな顔をしていた。
これだけ体温が高くなっているということは、彼は多分寒いので
はないかと思う。
だから、ツガイというのは、暖をとるものじゃないだろうか?
それとも、暖をとるものを総称してツガイ?
﹁俺のツガイはお前だ⋮おれの⋮おれだけの、つがい⋮⋮﹂
﹁ぁっ﹂
熱っぽくまた耳元で囁かれて、体が熱くなる。そして、ぐりぐり
と、彼は肩口に顔を埋めている。
つがいが、わたし?
懸命に頭を働かせようとするものの、彼の手の動きで、また思考
が寸断される。
﹁っぁ!﹂
﹁⋮⋮きれいな、さこつだ⋮﹂
つぅ、と彼の太い指先が、私の襟元から覗いていたであろう鎖骨
を優しくなぞった。
797
襟元の深くまで進入して、肩口の辺りまで。
瞳を細めて、幸せそうな顔で、鎖骨を指で往復している。
﹁あ、あの、ちょっ⋮んっ⋮まっ⋮⋮っ!﹂
彼の手を止めようと掴むも、力の差は歴然というか、なんにも感
じていない風に、鎖骨を撫でている︱︱と思ったら、生暖かく、湿
ったものが反対側の鎖骨に体が震えた。
何が起きたか一瞬理解できなかったが、彼が、私の、鎖骨を、舐
めてた。
舐めてるというか、口付けているというか、甘噛みまでなさって
いる。
ちゅうちゅう、と鎖骨周辺の薄い皮膚を吸い上げられて、熱くな
っている全身を走る痺れに、腰がびくん、と跳ねた。
さすがの私も、はっと貞操の危機に気がついた。
身長が高いし、身奇麗にするように心がけてはいるが、美人とい
うわけでもない。
男性からは恋愛範囲外だと思われていることをよく知っていたの
で、危機感は薄かった。
798
ましてや、性的対象で見られるとは。
膝の辺りに、ぴったりと添えられた彼の腰が押し付けられてて︱
︱︱⋮硬く、熱く、大きなものの感触が布越しに伝わってくる。
﹁⋮あの⋮っ⋮すみませっ、ちょっ⋮んっ、こういうこと、は⋮す
きな、ひと⋮と⋮っ⋮﹂
駄目だ。頭が朦朧とする。
鎖骨と彼の顔の間に手を突っ込んで引き離そうとしたら、嬉々と
して指ごと舐められた︱︱︱しかも、私、それすら気持ちいいなん
て。
ぴた、と彼の行動が止まる。
ほっとしたような、残念のよう︱︱ちがっ、私は何を考えてるの
だろう。
まだ出会って数日だ。
助けてくれて、感謝はしてるし、厚意を抱いて⋮⋮あぁ、でも全
然、嫌じゃないなんて。駄目だ私。
﹁きらい、なのか?﹂
799
﹁え?﹂
﹁おれはおまえをあいしてるのに、おまえはきらいなのか?﹂
無表情で顔だけ上げて、私を見下ろしたと思ったら、つぅう、と
潤んでいた瞳から涙が零れ落ちた。
その雫は、私の頬に弾ける。
﹁ち、違います!嫌いじゃない!﹂
大の男が涙を流す姿と、﹃愛している﹄の言葉に、びっくりして
反射的に声を上げた。
彼は驚いたように目を見開いたが、本当に嬉しそうに瞳を細めて
微笑を浮かべた。
きっと彼は風邪で意識が朦朧としているんだ。
だから、私なんかに縋っちゃうんだ。
風邪が治って記憶が残っているなら、彼はじたばたするに違いな
い。
そう、記憶が無くなる可能性だってあるんだ⋮⋮私の考えがそこ
まで行き着いて、この向けられる好意が消えてしまうことに胸を痛
めた。
つまり、それって、私は︱︱︱かぁ、と羞恥に顔が熱くなる。
800
﹁でも、駄目です、よ?貴方は、風邪なんだから、安静に寝て⋮⋮
ね?﹂
私は羞恥と胸の痛みを微妙なバランスで抱えながら、彼を諭すよ
うに頬を撫でると、困ったように眉を八の字にして、首を横に振る。
私の首にまた顔を埋めるのかと思ったら、湿った感触が今度は左
耳に。
﹁ひぃあっ!﹂
﹁︱︱︱いやだ﹂
﹁や、まっ︱︱んんっ!﹂
びちゃびちゃと生々しい音が耳朶のすぐ近くで響く、合間に囁か
れる。
その間にも右耳に手を伸びて、耳の穴に指を入れようとしたり、
余すところなく触れようとする。
もう丹念に左耳を舐められ、上の丸い輪郭や、耳たぶすら、飴玉
でも食べているように口に含まれて、ちゅうちゅうと音を立てて吸
われて、しゃぶられた。
ぬるっとした感触が、耳の穴にねじ込まれると、ぞくぞくと感じ
たことのないものが全身を痺れさせた。
801
右からも左からも攻められて、逃げれずに、彼の体を押し返そう
とするも無駄だった。
基礎の力が完全に違うのだ。
おまけに、どんどん腕に力が入らなくなる。 ﹁⋮だしたい⋮⋮おまえにふれたい⋮﹂
ぐい、とまた彼の腰のものが私にこすり付けられて、もうどうし
ていいか分からなかった。
体が熱くて、震えて、耳を嬲られているだけなのに、頭の中が朦
朧としてくる。
﹁すこし⋮すこしだけでいいから⋮いいだろう?﹂
気持ちよくて、可笑しくなるから︱︱︱もうやめて。
彼の問いに頷きながら、自分でも聞いたことのないような、媚び
るような声を上げた。
+ + +
802
﹁いい、いいからっ⋮もうっ⋮みみ、だめぇっ﹂
顔を真っ赤にして、荒い呼吸の合間に、掠れた声で俺に許可を出
した。
+ + +
ほしいもの。おれのほしいもの。
首に顔を埋めて、擦り付けていると、彼女は擽ったそうに身を捩
っていた。
体温がどんどん高くなって、暖かい。
それに胸の中も。
そう、これは、きっと︱︱︱幸せというのだろう。
不意に視界に彼女の襟元から細い首筋と鎖骨が見えた。
それは、とても美しい鎖骨で思わず手を伸ばして、その形を確か
803
めるように撫でると、彼女の体が小さく震えた。
俺のつがいの鎖骨だ。つまり触れていいのは俺だけ。俺だけの鎖
骨。
そう思うと、とても気分がいい。
彼女も手を添えて、それを勧めてくれている。嬉しい。
もうひとつの鎖骨も触りたくなってきたが、あいにくと体を支え
ているので触れられない。少し考えたが、別に指ではなくてもいい
じゃないか、という世紀の発見をした。
ぺろり。
唇でその形を感触を確かめて、舌先でなぞる。
堪えた様子の、甘い声が彼女から零れ落ちて、ぞくぞくと背筋を
駆け上がる欲。
この鎖骨の形も、窪みも、皮膚の柔らかさも、指と唇で覚えよう
とすると、彼女は頬をほんのり紅潮させて、熱い吐息を吐き出す。
﹁んっ、ぁ﹂ ちゅう、と皮膚を吸い上げると、びくん、と彼女は腰を跳ねさせ
た。
彼女が気持ちよくなっていると思うと、俺も気持ちいい。
804
﹁⋮あの⋮っ⋮すみませっ、ちょっ⋮んっ、こういうこと、は⋮す
きな、ひと⋮と⋮っ⋮﹂
と、彼女がとても悲しいことを言う。
お前が好きだから。俺のツガイだから、愛しいから、俺はお前に
触れているのに。お前は違うのだろうか。
もしかすると、彼女は俺が嫌いなのだろうか。
でも、聞くと違うということがわかり、どうやら彼女が俺の愛を
誤解をしているようだ。
こんなに愛しているのに、届かないなんて。
﹁でも、駄目です、よ?貴方は、風邪なんだから、安静に寝て⋮⋮
ね?﹂
それに俺の体を気遣っているらしい。
でも嫌だ。やめたくない。彼女が俺の愛を誤解しているというな
ら、俺の愛を証明したい。
わかるだろう。お前を愛したくて、俺の体が熱くなっていること
ぐらい。
懸命に左耳を口に含んで、愛を証明しながら、この体に留まる熱
805
を開放したくて、何度も何度も右耳を指先でなぞり、右の耳穴に指
を入れ⋮たかったが、穴は小さくて、入り口をいじるだけになって
しまった。残念だ。
お前を、中に︱︱︱お前の中に入りたいんだ。
でも、誘うような甘い声を上げながら、体を震わせているのに、
彼女は頑なに許可をしてくれない。俺は痺れを切らして、懇願した。
﹁すこし⋮すこしだけでいいから⋮いいだろう?﹂
入りたいのは我慢するから、俺の愛の証明をさせてくれ。
俺の願いが届いたのか、彼女が耳を触れることではなくて、言葉
で受け入れてくれた。
まるで、初めて彼女に触れるみたいに、心臓が高鳴っている。
昨日の夜だって、あんなにしたのに。
体を起こすと、彼女は荒い呼吸を繰り返しながら、ぐったりとし
ていた。
うっすら開いた瞳は潤み、とろりとしている。
その姿に、ズボンの中の張り詰めていたものが、彼女の中に入り
たいと、さらに大きくなったのが分かったが、少しだけという約束
806
だ。
へそ
彼女は身悶えていたせいで、シャツが捲れ上がっている。
可愛らしい臍が、覗いている。
俺は思わず顔を埋めて、ぺろぺろと舐める。唾液で滑るようにな
ると、その奥に舌をねじ込んでいたが、彼女が駄目だと声を上げた。
首を横に振って逃げようとするので、俺は腰を捕らえて、押さえ
込む。
舌以外がいいのだろう︱︱いや、もう彼女に柔らかな肌に触れて、
俺の方が限界に近い。
もう、彼女に愛の証明できるだろう。
俺はズボンのボタンに手をかけて、自分を取り出す。
もうすでに今か今かと待ち望むように、怒張し、天を仰いで、先
端からは待ちきれない様子でダラダラと涎のように雫が溢れ出して
いる。
俺は彼女の腰の上の辺りに跨った。
今から彼女にこれで触れることができると思うと、ぞくぞくと欲
望が背筋を駆け上がる。
こぷ、と想像だけで先走りが彼女のシャツから覗く腹部に、零れ
807
落ちた。
﹁んっ!﹂
少し放置したことに腹を立てているのか、俺から顔を背けていた
彼女がぶるり、と体を振るわせた。
それが、どろり、と流れた臍の中に溜まっていく、淫靡な光景に
眩暈がした。
前かがみになって、自身を彼女の腹部に押し当てる。
柔らかくて、少し汗ばんでいて、俺の唾液でぬるり、と暖かな皮
膚の上を滑った。
﹁う、うそぉっ⋮ん、まっ︱︱やぁっ﹂
自分を彼女の腹に擦り付けるように腰を動かすと、彼女が首を横
に振る。
あぁ、嘘なものか︱︱わかるだろう?
俺はお前に欲望を感じているんだ。愛しいお前だから。俺がお前
を愛しているから。
彼女は俺を受け入れてくれたようで、俺の胸に縋り付きながら、
808
自ら俺自身にシャツ越しとはいえ、手を添えてくれた。
ようやく俺の愛をわかってくれたようだった。
嬉しくて、俺もその自身に添えてくれた手に、自分の手を添える。
初めての共同作業に、俺はくらくらとするほどの、幸せを感じな
がら、彼女の腹とシャツ越しの手の間に、躊躇うことなく白濁を吐
き出した。 + + +
耳を舐められて、我慢できずに許諾してしまった。
そこからは、怒涛だった。
シャツが大きすぎて、だらりと裾をズボンの外に出していたのが
悪かったのだろう。
捲れ上がった臍を彼が、舐めだした。
﹁まっ⋮やめっ⋮﹂
ぬるり、と臍の中に舌が強引に入ってきた感触に腰が引けたが、
809
彼の手が私の腰を捉えて、実際はまったく動いていなかっただろう。
時折、彼の歯と髭が腹部に当たって奇妙な感覚を覚えた。
くちゅくちゅ、と幾度も抜き差ししたかと思うと、ねっとりと中
の皺の一つまで唾液を刷り込むように舐められ、ぎゅう、と彼が。
足がびくびくと何度も跳ねるが、彼の体重で動くことはなかった。
自由になる足の指がもがく様にシーツを掴む。
﹁やっ⋮んっ!⋮へそっ、やだぁっ﹂
懸命に訴えると、彼は素直に私の臍から顔を上げて、頷いた。
嫌じゃないのだ。
嫌じゃない自分が恥ずかしい。
その上︱︱︱気持ちがいいなんて、耐えられなかった。
いたたまれなくて彼を直視などできようはずもなく、顔を背けて
息を整える。
頭が真っ白で、回らない。
足の上にあった彼の体重が移動して、ほっとしたのもつかの間、
今度は腰の上に移動してきた。
えっと思った瞬間、舐められていた臍の辺りに、溶けた蝋燭でも
810
垂れてきたように、熱い液体が零れ落ちた感触に驚いて顔を上げる。
火傷をするかと思ったが、そんなことはなかった。
﹁んっ!﹂
そのまま、液体が窪んだ臍に流れていく感触に思わず背を撓らせ
て震えてしまった。
腰の上に座る彼が、ズボンの前を開放して︱︱︱︱びっくりする
ほど大きな性器を晒していることに脳が許容量を超えて、思考が止
まった。
彼が前かがみになって、私の素肌の腹部にそれを押し付けた。
﹁う、うそぉっ⋮ん、まっ︱︱やぁっ﹂
焼けた鉄のような熱を孕み、皮膚を押し返すほどの硬さが、腹に
擦り付けられているのだ。
私の混乱は最高潮だった。
反射的に、それを引き剥がそうと手を伸ばした。
811
だが迂闊にも想像とは違い、刹那に私のシャツの中まで入り込ん
だそれを握り締めてしまった。
一瞬、彼の動きが止まったが、彼は嬉しそうに瞳を細めて、それ
から手を退けようとするよりさきに、私の手ごと自分のモノを握り
締めてしまった。
パニックで、彼を押し返そうと胸に手を突き出すも、とてもじゃ
ないが、彼の力には適わなかった。
そのままシャツ越しに、彼の性器を握らされたまま、動かされる。
﹁っ﹂
幾度目かで、もう手の中で先走りを零しながら暴れるそれは、彼
が息を詰めた刹那、シャツと腹の間で、白濁を放った。
﹁や、だめぇっ﹂
やはり溶けた蝋のように熱い白濁は、微かに甘い香りを漂わせて
いた。
一度では収まらなかったようで、びくん、びくんと手の中で跳ね
て、数度吐き出す。
シャツと肌の間に広がって、胸の辺りまで、雫が跳ねた。
812
現実を受け入れられずに、呆然とする私に追い討ちをかけるよう
に、彼はとろりとした瞳で幸せそうに笑った。
びくん、と手の中で彼の性器が大きくなる。
私は熱いものを注がれた腹とは別に背中に冷や汗を掻いた。
直感的に悟ったとおり、彼は腰を再び降り始める。心なしか、少
し顔のほうに寄ってきている。
もう私は泣きながら、それを受け入れた。
結局三度も彼は腹とシャツの間に放ち、最終的には、胸の辺りま
でよってきた彼の白濁は私の顎の辺りまで放たれていた。
シャツはもう、彼の白濁をすってぐちゃぐちゃだ。
鎖骨の窪みに精液が溜まり、溢れて、つぅ、と緩慢に肩へと流れ
ていく感触に意識を遠のかせた。
813
■■■ ︻もしも、ジェアンさんに風邪がうつってたら︼後編R
18︵後書き︶
︻ひよこマッチの独り言︼︵読まなくても、本編に影響はございま
せん orz︶
一番悩んだのはヒロイン女性の名前。
覚えやすくて、読みやすくて︱︱︱悩みまくって、花言葉の一覧を
眺めて、﹃桜﹄という名前にしようと決定。花言葉が素敵だ。
よし、苗字だ!と意気込んだはいいが、名前よりも決定が難しい。
たぶん先に名前を決めてしまったから、ロゴが合わないのだろう。
だけど、あんまり難しいとひよこマッチが覚えられない&打ち間違
える可能性大⋮⋮でも、簡単すぎると、もしかすると同名の方がい
て、ご不快な思いをされたら申し訳ない⋮桜って名前を絶対につけ
ない苗字⋮はっ!むしろ桜庭さんとか、桜井さんって、名前に桜っ
てつけないんじゃない??と思って下から読んでも上から読んでも
﹃桜庭桜﹄決定。
⋮⋮⋮思い出すとこの小説に、特に深い意味があるものは少ない︵
涙︶
814
■■■ ︻もしも、桜さんがあの時に来てたら︼R18︵前書き
︶
読み手様にありがとうと感謝の気持ちを込めて第四弾ww
お気に入り件数1700件突破記念小説!︵遅っ!︶
あれ桜さんが溺れてる時点で、なんか時代が違うんですけども?︱
︱︱なIFのお話でございます。
※本編とはなんの関係もございません︵たぶん︶
※ジェアンさんが目が合って早々、プッツンがきてしまってます︵
汗︶
※あれ?あの方まだご存命なんじゃ??
※最後までいたしてませんが、もういたしたといっても過言ではな
いんじゃなかろうか?なのでR18に。
※お、オトンヌ!?フランス語で﹁父﹂じゃなくて、﹁秋﹂の意味
だった orz ご指摘、ありがとうございますw
815
■■■ ︻もしも、桜さんがあの時に来てたら︼R18
気がつけば、溺れていました。
私はカナヅチなので、短い生涯を閉じたと思ったら、猫の子みた
いに、襟首の辺りを掴まれて一気に水から引き上げられました。
咽ながら、持ち上げた人物と目が合う。
インディゴ
ファイアブルー
ぼさぼさの灰色がかった紺色の髪︱︱︱夜明色の髪。
長い前髪の間から炎が高温になったときのような青火の鋭い瞳は
驚いたように見開かれていた。
浅黒い肌をしている、外人風の青年。
176センチと無駄に大柄な私を持ち上げても、足元はつきそう
でつかない。
つまり、目の前の人は私よりも、背が高いということになる。
多分、2メートルは超えていないと思うけど、大きい。
なぜか、青年は下着?一枚だった。
あやしい⋮⋮周囲を見渡す限り森で、そこで下着?一枚って物凄
く怪しい。しかし、彼自身も全身水に濡れていることを考えると、
湖で泳いでいたのだろうか?
816
彼は私の襟首を掴んで、じっと私を見つめたまま動かない。
現状はまったく理解できないが、そろそろ首が絞まって苦しいの
で、話しかけてみる。
﹁あ、あの、どなたか存じませんが︱︱︱﹂
﹁ジェアン⋮俺はジェアン=アジャンだ﹂
彼は私を下ろすと、とろーんとした瞳を潤ませて、ぴったりと体
を密着させてきた。温めようとしているのか、私の体のラインを仕
切りに撫でている。
しかも時々、耳も触れてくるのはなぜだろう?
それに若干怯みながらも、私は頷いた。それにしても、日本語が
流麗である。
今の流れからすると、彼の名前なのだろう。
外人風なのだから、名前がジェアンで苗字がアジャンだろうか。
﹁失礼⋮んっ⋮しました。私は、桜=桜庭と申します⋮っ⋮アジャ
ンさんにお伺い︱︱﹂
触れてくる大きな掌がくすぐったくて、身をよじりながら尋ねる
と青年は首を横に振った。
﹁ジェアン。ジェアンと呼んでくれ、さくら﹂
817
﹁︱︱⋮⋮えーと、ジェアンさんに、お伺いしたいことがあるんで
すが﹂
いきなり名前を呼ばれて、面食らった。でも、そういえば偏った
知識かもしれないが、外人はファーストネームを呼び合っているよ
うな気がする。
だから、彼らにとっては普通なのかもしれない。
﹁なんでも、聞いてくれ﹂
その言葉に、ここは何処だとか、貴方は何者だとか、聞くよりも
先に聞かなくてはならないことがある。
﹁あ、あの⋮っ⋮な、なんで私⋮んっ、地面に寝かされてるんでし
ょうか?﹂
﹁すまない。家まで我慢できない﹂
地面に押し倒されるような形で、その上に彼が跨っていた。
彼が長身のせいか、ものすごく圧迫感がある。
優しく私の頬を撫でていた彼は、恥ずかしそうに頬を染めて︱︱
︱私に口付けた。
﹁ん、っ︱︱ちょっ、まっ⋮んっ⋮ぅんっ⋮﹂
818
さすがの私も、口の中に彼の舌が侵入して、ようやく己の状況を
理解しかけていた。
懸命に体を押し返そうとするものの、彼の体はびくともしない。 口付けは深くなり、体からどんどん力が抜けていく。
貞操の危機、というやつなのでは?︱︱︱その考えが正解だった
ようで、体を弄っていた大きな手が襟元で止まる。
びりりりりっ
水で張り付いていたシャツとジャケットが一気に素手で引き千切
られた。
大小のボタンが弾け飛ぶ。
前が全開になったと思う暇もなく、ぶつん、とブラジャーが引っ
張られて、谷間から千切られたていた。
+ + +
819
家族でピクニックの最中に、弟が昼寝をしていたので、俺は一人
で湖を泳いでいた。
両親はいうまでもなく、いちゃついているのだろう。
そろそろと、岸へ上がった時だった。
背後で突然、バシャバシャと水の跳ねる音が聞こえ、驚いた。
今、水中を潜っていた時には、大きな魚などいなかったはずなの
に、よく見ると人の形をしており溺れているようだった。
俺はタイミングを見計らって、引きあげた。
象牙色の肌。
肩を超えた程度の濡れた黒髪。
黒曜石のような神秘的な瞳。
水で張り付いた黒味の強い衣服から、はっきりとする丸みを帯び
た体は女性なのだろう。
眉根を寄せて、苦しげに、息を求めて喘ぎ、口から水とも涎とも
付かないものが端から零れていく。
潤んだ瞳︱︱溺れていたのだから、当然だが︱︱は吸い込まれそ
うだった。
ゾクゾクと背筋を駆け上がる、不穏な感情。
820
つがいだ︱︱︱彼女が、俺のつがい。
そう認識した途端、全身が熱くなるのがわかった。
お互い名乗りあい、俺は彼女を地面に降ろし、気がつけば彼女を
抱き寄せて、その柔らかな肉体の感触を味わっていた。
ほっそりとした体つきで、抱きしめたら折れてしまいそうだ。
もうちょっと肉がついていいと思うが、それは今後どうにでもな
るだろう。
オーグル
指でなぞると耳が丸い。鬼族だろうか?
胸に押し付けられる二つの弾力は眩暈がするほど心地がいいが、
布越しではなく直接味わいたい。
尻は小振りだがやはり柔らかく、濡れた布越しに撫でるとふるり、
と彼女は体を震わせた。
どうやら、とても感度がいいようだ。
家まで我慢できずに、俺は押し倒した。
口付けで彼女がぐったりしていくのが、とても可愛いて、艶めい
821
ている。
彼女の素肌を味わいたくて、前を開けようとしたのに、力の加減
ができずに引き裂いてしまった。
﹁ゃ、やだぁっ!﹂
服を引き裂いたことを怒っているのか、胸を隠そうとするので俺
はそれを阻止して、謝罪した。
﹁すまない。後で俺が繕う﹂
﹁は?﹂
彼女が大きく目を見張って、困惑げな顔をした。
たしかに、千切れてしまったが、ボタンさえあれば何とかなると
思う。
だから、拒まないで、俺のつがい。
細かに説明することもできず、内側から這い上がる欲望に流され
た。
胸に顔を埋めて、思う存分色づいた突起を舐めて、甘噛みした。
ぷっくりと硬くなると、体が震えるほどの喜びを感じだ。俺の口で
822
感じているのだ。
同時に、片方の胸を手で弄っていると、それは指が食い込むほど
柔らかかった。
こちらも、突起を何度も摘むと、硬くなっていた。
﹁っ、ん⋮ぃっ⋮んんっ!﹂
ちゅうちゅう、と突起を吸い上げると、彼女が甘い声を上げなが
ら、身体を震わせた。
あまりの可愛さに、至る所にキスマークをつけた。
そのたびに、彼女が熱い吐息を零す。
彼女は俺よりは色白なので、朱色の花が綺麗に咲いた。 今度は彼女を怒らせないように、足の露出するスカートを破らな
いようにたくし上げた。こんなスカートで俺を誘うなんて、なんて
情熱的な女性なんだ。
しかし、これは俺の前以外は履いてほしくない。
彼女には長いスカートを用意しよう。と心に誓い、水分でぴった
りと張り付いているそこを下着越しに撫でた。
﹁ん、っ、あっ!だ、めぇっ⋮⋮﹂
823
下着越しでは我慢できないということだろうか。
俺は布をずらして、直接指で触れた。
くちゅり、と水ではない粘着質な音が微かに耳朶に触れる。
彼女が自分の愛撫に感じているのだと思うと、理性さえ吹き飛び
そうになる。懸命に本能を押さえ込んで、狭い入り口を解しながら、
指を挿入すると、彼女の背が大きく撓った。
﹁ひぃうっ︱︱﹂
指の一本すら拒むように狭く、だけど熱くて絡みつく壁が、頭を
くらくらさせる。もっと慣らさなければ、自分は到底入らないだろ
うと分かっているのに。
ここに自分を入れたくてしょうがない。
早くひとつになりたい。
俺の焦る心に応えるように、彼女の敏感な体は、絶頂を迎えた。
彼女も俺を愛してくれているのだと、俺は幸福を味わった。
身体が熱くて、おかしくなりそうだ。
+ + +
824
自分が信じられないくらい、細い悲鳴をあげていた。
手で口を押さえても、すぐに荒い息が零れる。
こんな昼間から、森の中で、外で︱︱私は、初めて会った青年に。
﹁も、やぁッ、んんっ!﹂
でも中をグチャグチャにかき混ぜられるたび、なにも考えられな
くなる。
胸を片手で隠してしまいそうなくらい大きな掌が︱︱その彼の太
い指がもう二本も中で蠢いていた。
ただ身体が熱くて、誤魔化しようのないほど濡れていた。
臀部を伝っていく感触すらある。
﹁っ、や、あぁっ︱︱︱﹂
指が複雑に動きながら、速度が速くなって、もう何度目なのか頭
の中が真っ白になった。
最初は抵抗したのに、絶え間なく愛撫されて体に力すら入らない。
貪るといってもいいかもしれない。
825
ファイアブルー
酷い事をされているのは分かっているのに、彼の青火の瞳と視線
が合うたび、飢えにも似た熱を灯しているのが伺えた。
出会ったばかりの人間に浮かべるには、強烈な。
そして、彼が熱い吐息に混ぜて囁く言葉が、何度も聞こえた。
﹁愛している﹂
ぐったりと、足を閉じる気力すらなく体を地面に預けていると、
彼が覆いかぶさってきた。
﹁や、もっ⋮っ﹂
﹁大丈夫だ⋮さくらっ﹂
﹁んっ﹂
大きなものが中心に宛がわれて、怯み首を横に振る私に彼が口付
けた。
先端がそこを押し広げて、入ってくる。
指よりも太くて、ギチギチと嫌な音が内側から聞こえ、痛みがは
しるが、彼はやめてくれなかった。
826
﹁っ、ん、んっ︱︱︱!!﹂
限界まで押し広げられて、先端が入った刹那︱︱︱熱いものが勢
いよく体内に吐き出された。
あまりの勢いでそれが体内から抜けて、下肢を汚した。
一度、二度、と長い事大量に吐き出したが、ようやく収まり、荒
い呼吸の彼は恥ずかしそうに瞳を伏せ、頬を染めて此方を伺うよう
に見た。
﹁すまない⋮あまりにも、気持ちよくて﹂
なぜか少年のようなういういしい彼が、私の腰を抱えようとした
瞬間。
彼の体は空中を舞っていた。
+ + +
827
﹁ジェアン!お前こんな小さな子になんてことしてるの!このロリ
コン!お母さんはそんな子に育てた覚えはないわよ、このロリコン
!﹂
えぇえええ∼∼!!
私に体力があったら絶対叫んでいたであろう台詞であった。
もう、どっからつっこんでいいのか分からない。
ロリコンか、母親であることか。
これでも私いい年なんですけども︱︱⋮⋮外人から見ると日本人
って︵以下略︶
かなり巨大な女性が体にマント?をかけてくれて、私を軽々と抱
き起こした。
﹁ごめんなさいね。うちの馬鹿息子が、こんな外で⋮⋮子供の癖に、
初っ端からマニアックだなんて。つがいなら、ちゃんと家の中に連
れ帰ってからしなさい。まったく﹂
いや、家に連れ込まれても困るんですが︱︱ってか、彼、子供!?
だめだ、ぜんぜん頭がついていかない。
当の話題の中心である彼は、目の辺りにハンカチらしきものを巻
828
かれ、頬に手形のくっきりとついた巨大な男性に、頭を片手で捕ま
れたままぐったりとしている。
気がつけば彼は丸出しで、泡を吹いて、ボロボロの状態で失神し
ているようだった。
﹁もういいかい?おまえの顔が見えないと、俺は寂しいよ﹂
﹁も、もう、あなた、たらっ!﹂
﹁がふぅっ!﹂
と、頬を染めた巨大な女性が手身近な石を持ち、巨大な男性に向
かって、時速150キロはあろうかという剛速球を放った。
ごっ、と鈍い音がする。
頭部に当たって血を流し、よろめきながらも、幸せそうな顔で笑
っているのがわかる。
そうか、これは生々しい夢なのか。いや、夢だよね。夢だ。
私の意識は、急速に遠のいた。
829
■■■ ︻もしも、桜さんがあの時に来てたら︼R18︵後書き
︶
もしもエンディング﹃これってあの時のピクニックの後じゃない?﹄
ジェアンさん桜さんと同い年ぐらい?だろうか。30歳未満。
ですが桜さんの感覚で考えると、ジェアンさん年齢16∼18歳ぐ
らいかと思われます。身長は190センチぐらい。た⋮多分、が、
がんばれば入りますよね︵苦笑︶かなりの若造なので、もう会った
瞬間から彼は未成年にも関わらず即発情。我慢できないお年頃でご
ざいますw
びっくりした。この後、最初のこれで多少じれじれするけど、言葉
を話していることもあり、見合いを勧めるおば様がごとくやり手の
ジェアンママンの大活躍︵時々弟とオトンヌ︶で、ひよこマッチの
妄想だと物凄く上手くいくいき、巨人族の里にも受け入れられ⋮⋮
あれよあれよというまに歓迎会かと思って出席したのに実は結婚式
で、気がつくと、ジェアンさん︵若︶と新婚さんに。しかも新婚生
活を満喫しようと、結婚前からジェアンさんは桜さんの部屋どころ
か、二人の新居を建ててたりするんですが⋮⋮ orz
もう帰る帰らないとかの話ではなくなってしまった︵汗︶
それまでは、ママンのお部屋に置いてもらっている︵は駄目か;え
ーと教会なので他の人たちのための大量にあるお部屋のひとつかな
ぁ︶桜さんは毎朝起きると、将軍並みの暴れん坊︵笑︶で戦闘態勢
になっているジェアンさん︵若︶がいつの間にか桜さんを抱っこし
て寝てたり、溺れたら困るとお風呂に一緒に入ろうと駄々をこねた
り、﹁ちょとだけ、ちょっとだけしたい﹂といいつつ、勿論とまら
ない彼に随時襲われるので欲情を発散させるためにママンの教えで
830
手でジェアンさん︵若︶に触れてださせちゃったり、風邪なんかに
なったら、意識が朦朧としているのをいいことにジェアンさんに色
々しちゃったりで、ものすごい貞操的な意味で桜さんの受難の日々
が︵涙︶
久々に、ひよこマッチの妄想が暴走中いたしました;
楽しんで妄想していただければ幸いですw
831
■■■ 閑話︻とある巨人族の愛の育み︼ ︵前書き︶
読み手様にありがとうの感謝を込めて、第五段ww
総合評価6000Pt突破記念小説!︵実は気がついていなかった;
︶拙い小説ですが、ポイント入れてくださって、本当にありがとう
ございます orz
※今回はとある聖職者の愛の育みの最初らへんでございますw
※シリアス⋮と見せかけてコメディ?
※多分、本人は、真剣︵特にオトンヌさんは︶
※桜さん、ジェアンさん要素皆無。エロなし。
832
■■■ 閑話︻とある巨人族の愛の育み︼ グラン・オム
母と食料の買い物に出かけた時だった。
村では数日前に帰ってきた巨人族の男が噂になっていた。
なんでも、彼の両親が悲劇的な他界をしてから、村を飛び出して、
冒険者になったのだという。
なぜ皆、彼が帰ってきただけで大騒ぎなのだろう?
同胞が無事であったことは喜ばしいが、なぜあれ程までに騒がし
いのであろう?
私が生まれるかどうかぐらいで、村を飛び出したようで会った事
もない。
私の両親はどちらも、彼の両親にとてもよくしてもらったらしく、
そわそわしている母は、その男のいるであろう人ごみを遠目で眺め
ている。
多分、買い物は言い訳で、彼が無事な姿を見たかったのだろう。
﹁オトンヌさん!ご無事で!﹂
833
私の後ろから野菜屋の親父が声を掛け、手を振ると、人ごみの中
心の男も手を振った。
後ろから駆けていく野菜屋の親父と、どうやら顔見知りらしい。
オトンヌ︱︱︱その名前で思い出した。
オトンヌ=アジャン。
グラ
昔、父が私の名前をつけるときに、参考にした人の名前。彼の名
ン・オム
前の意味は﹁秋﹂と言うらしい。若かりし父の憧れの男。曰く、巨
人族の見本のように男の中の男らしいとか。
だから、私は女だから名前は﹁夏﹂になった。父の思考はよく分
からない。
エテスエテ︱︱︱夏に願う。
素敵な意味だとは思うが、いかんせん語呂が悪いし、小さい頃の
あだ名は﹁エテエテ﹂でよくからかわれた。親しい人間には必ず﹁
テス﹂の愛称で呼ばせている。
それに私は秋生まれで、夏に生まれてないのに。
834
やっかみ半分で、そのオトンヌとやらの顔を見てやろうとした時
だった。
人ごみの中心の男と。
視線が交わって。
私は。
息ができなかった。
心臓が止まる。
835
まるで、矢に射抜かれたみたいに、その場から一歩も動けなかっ
た。
男も大きく目を見開いたまま、私を見つめている。
たぶん私も、目を見開いていただろう。
これって。
なに?
ああ、でも︱︱︱そう、母さんが言っていた記憶がある。
オール・サンフォンセ
﹃黄金の矢﹄が降ってくるって。
836
オール・サンフォンセ
父と目があった日に、父と出会った瞬間、空から目に見えない﹃
黄金の矢﹄が、心臓を貫いたって。
イス神の福音書の一説を揶揄しての言葉だと思っていた。
でも、違った。
母の言っていることは、いつだって正しい。
オール・サンフォンセ
降ってきた。
私にも、﹃黄金の矢﹄が降ってきた。
動き出した心臓は激しく脈打って、口の中がカラカラで、ただ呆
然と眺めているしかなかった。
私は母が袖を引っ張るまで、ずっと男を見つめていた。
男は周囲の者たちの言葉に声を返しながら、時折私に視線を送っ
てきた。
熱っぽくて、喜びに満ちていて︱︱︱どこか苦しそうだった。
837
+ + +
頭の中でけたたましく教会の鐘の音が鳴り響き︱︱︱俺は相反す
る狂喜と絶望を抱いて、彼女を眺めていた。 ようやく俺が自分の心に整理をつけて、帰郷して数日後。
ペール
俺は村人に神父として歓迎されながら︱︱俺が特殊な血を引いて
いることも関係しているだろう︱︱教会の修繕に必要な物を揃える
ため、挨拶がてら村の中を歩く。
足りなければ、町まで行かなければならないだろうと、考えなが
ら話しかけてくる見知った顔に返事していた。
ついには囲まれ、村人の相手をしていると、昔の弟分が手を振っ
ていた。
﹁オトンヌさん!ご無事で!﹂
遠かったので片手を挙げて返す。
838
ふと視線を感じて、駆け寄る男から、視線を彷徨わせて。
少女と。
目が。
あって。
俺は。
俺の世界は。
︱︱︱堕ちた。
+ + +
839
グラン・オム
あれから、私は一人で森に出かけることが多くなった。
巨人族の女として、勧められた行動ではないが、私はこうする以
外になにもできないのだ。
私は19歳で未成年。
結婚もできない。
だから、こうして祈ることしかできなかった。
モデスト・プーサン
慎ましき雛湖に通い、湖の前で膝をついて、胸に手を当てる。
ここには他愛もない伝説がある。想いの通じなかった男女の涙が
零れ落ちて湖になったとか。それから、恋に悩む者に力を貸してく
れるのだという︱︱︱無論、御伽噺でしかないし、信じてなかった。
いや、今だって信じてない。
それでも、私は祈っている。
ただ私の胸の奥深くに彼がいる。常に私の意識が彼にある。
グラン・オム
でも、私は話しかけることすらできない。
未成年の巨人族の恋は最悪だといっていたけど、本当だった。
彼を見かけることができたら、その日は、とても気分がよくって、
840
夢心地で、何度も頭の中で彼の姿を擦り切れるほど思い出す。
彼は聖職者なのだから、教会にいけば会えるだろうという私の考
えは浅はかだった。
いつ何時だって、彼は怪我をした人間のところへ駆けつけるし、
ここ一ヶ月近くボロボロだった教会を改築していた。
ディユーブーシュ
その後も、彼は﹃神託﹄という特別な力があるらしく、祈りの部
屋に篭っている事が多いのだ。
ペール
教会はイス神に祈るために開放されているだけで、神父が在住し
ているわけじゃない。
もっと奥まった部屋にいるらしく、呼び出せるのは当然男だけだ。
会えない日の方が圧倒的に多い。
オプスキュール
そんな日は、黒領地を一人で彷徨っているような気分になる。
なにもかもが、不安で苦しい。
あんなに愛してやまない両親の小言が、尖った耳を素通りしてい
く。
なにも手につかない。
一日中、ぼんやりと長い時間を過ごす。
841
こんな苦しい思いをするなら、彼に話しかけてしまいたい。
そうして、答えてくれたら、彼は永遠に私の﹃王﹄になるのに︱
︱︱でも、もしかしたら、これは私の独りよがりで、彼は私のこと
を何とも思っていないかもしれない。
でも私は、あの日感じた。
彼が、私のつがいなのだと。
少しお転婆だと昔から言われる私は、他の女の子たちがつがいの
ために、ここで祈っていると聞いて、ただの伝説だと、小馬鹿にし
わたし
たものだが、今はそれができない。
昔の自分が恥ずかしい。
これしかないのだ。
つがいに何もできない恋する巨人族の女たちは、ただ祈ることし
かできない。
せめて話すことができなくとも、彼の姿が見たい。
842
オレイユ
いつか彼の耳に触れたい︱︱︱そして、触れてほしい。右の耳も、
左の耳も。二人で選んだ揃いの耳飾をつけて歩きたい。
がさ、と横から音が聞こえ、自分の願いが叶ったのかと、期待を
込めて顔を上げた。そして、すぐに私は青ざめた。
サングリエ
草むらから出てきたのは、縞猪の群れだった。 + + +
ディユー
か
神の︱︱女神の声が聞こえなくなった。
何を問うても、偉大なる彼の者の答えは何一つない。
ディユーブーシュ
神託︱︱︱俺が持つ特殊能力であり、その気配を体内に感じるも、
今までどんな風に使っていたのかも分からない。
長いこと、祈りの部屋に篭っていたが、無駄だった。
843
﹁たまにそんなこともありますよ﹂
﹁しかし、なにかあってからでは遅いじゃないか﹂
﹁オトンヌさんは働きすぎで疲れてるんですよ。ここ一ヶ月、村は
お祭り騒ぎだったし、一人で教会の修繕をしてて、忙しかったんだ
から﹂
教会はずっと村長が管理していてくれたとはいえ、長いこと放置
していたので、そこそこ痛んでいた。結局、改築することにした。
村の人間に頼もうかと思ったがやめた。
そうしている間は、﹃彼女﹄に顔を合わせる機会も少なくなるか
ら。
︱︱︱俺のつがい。
それを狂ったほど喜ぶ俺と、それを頑なに拒絶する俺。
どちらも俺の本心であるというのに、全く逆の想いが、俺の思考
を乱し、滅茶苦茶にする。
間違いなく能力の不調は、それが原因であろう。
このままではいけないと考えながらも、極力、俺は彼女を考えず
844
に、会わずに、心の内側に鍵をかけた。
時間が解決すると願いながら、日々彼女を思う気持ちが強くなる。
相手は子供だ。言い聞かせても、駄目だった。
﹁ほい、おまけだよ。それ食べて、元気だしなよ﹂
レテュ
野菜屋の親父が苦笑をして、紙袋の中に緑菜球の半分を放り込ん
でくる。
俺も苦笑を返して、礼を言ってその場を後にした。
その帰宅の途中で、彼女の姿を発見して、俺は建物の影に隠れた。
幸い彼女は俺を発見せず、森の中へと入っていく。
だが昼間とはいえ森の中に女子供が一人で入っていくなんて︱︱
︱拒絶しながらも、抗えずに俺は、小さな背を追う。
モデスト・プーサン
彼女は慎ましき雛湖の前で、長いこと膝をついて祈りを捧げてい
るようだった。
ここは、未婚の男女の祈りの場だった、と思い当たった。
それは自分にか、誰か他の者か、どちらにしても、胸が痛んだ。
845
俺は木陰に隠れて、彼女を眺めていた。
少し気の強そうなエヴァーグリーンの双眸と、整った鼻梁に、柔
らかそうな唇に、美しい銀髪。
小柄ではあるけど、若いながら肉付きのいい体︱︱︱そこまで考
えて、30禁の思考へと旅立ちそうになって、首を横に振る。
何を考えているんだ。
まだ相手は未成年だというのに。 ロリコンか。俺は。
そう思いながらも、憂いを帯びた横顔に、彼女に欲情せずにはい
られなかった。
サングリエ
すっかり油断していたせいで、横から出てきた縞猪に、気がつか
なかった。
﹁きゃ、きゃぁああ!!﹂
可愛らしい悲鳴を上げて︱︱︱ああ、美しい!お前の声ははじめ
サングリエ
て聞いたが、それだけで俺は一ヶ月は十分に︵以下30歳未満お断
り︶︱︱︱彼女は近寄った縞猪を蹴りで迎えた。
846
サングリエ
縞猪はふっとんで、木に当たり、ぐったりとしている。
サングリエ
だが、彼女の背後からも迫っていた。
じりじり、と縞猪の包囲が小さくなっていく。
彼女を救おうとして、一瞬、足が止まる。
ここで俺が助ければ、彼女の父親を通して、お礼を言われる機会
を作ってしまうだろう。
縁を作ってしまえば、俺は︱︱︱俺は、彼女を手放せなくなって
しまう。
そう際限なく。
グラン・オム
嫌悪した巨人族の愛へと堕ちていく。
が、このまま見過ごすことなど、最初からできなかった。
たけど、正体がばれなければ、俺の所にやってくることはないだ
ろう。
ぐっと、野菜の詰まった紙袋に力が入った。
怯えた俺が出した答えは︱︱︱⋮⋮
847
+ + +
風が吹いた。
サングリエ
一瞬にして、縞猪が蹴散らされた。
その数は数え切れないほどだ。
サングリエ
淡い燐光を放つ魔方陣が透明な四角の箱に入っているかのように
展開され、私に向かってくる縞猪はぶつかって、地面に転がってい
た。
結界魔法だ。
それも前後左右に展開できる者は一握りしかいないと聞いたこと
がある。
グラン・オム
この巨人族の里には、たった一人だけ。
どきり、と胸が高鳴る。
グラン・オム
小柄な︱︱といっても、私よりも大きい︱︱だけど、巨人族とは
っきりと分かる姿。
848
モデスト・プーサン
数秒で慎ましき雛湖に静寂が訪れた。
﹁ぁ⋮え??﹂ そして、助けてくれた人物の風貌に驚く。
グラン・オム
黒い革手袋、丈の長い黒の法衣に、袖口に繊細な銀の刺繍の入っ
た衣服を身に纏う者は、里の巨人族には一人しかいない。
でも顔は見えない。
なにせ、頭から紙袋を被っていたからだ。
ファイアブルー
目元の部分だけ乱暴に破られており、青火色の瞳が覗いていた。
849
ペール
多分、間違いないであろうオトンヌ神父。
でも、なぜ頭から紙袋を被ってるの?
モデスト・プーサン
彼は私の心の疑問に答えるはずもなく、出てきた時と同じように、
サングリエ
音もなく消えた。
私と大量の縞猪の死体だけが、慎ましき雛湖に存在していた。
850
■■■ 閑話︻とある巨人族の愛の育み︼ ︵後書き︶
残念な巨人族の男オトンヌ=アジャン。
顔さえ見られなければ、わかんないよね!とか思ってたけど、その
後やっぱり彼女の父親からお礼を言われているだろうに⋮⋮ orz
そして、これから十一年、じれじれ︵長っ!︶
851
■■■ 閑話︻ジェアンの六徒綴り︼ ︵前書き︶
読み手様にありがとうの感謝を込めて、第6段ww
総合評価7000Pt突破記念小説!
※六徒、史上最強の敵、現る!みたいな感じ?
※コメディ︱︱変なキャラ増えた︵汗︶
※本編に早く!という方、本当にすみません orz
※桜さん、要素皆無。エロなし。
※紫林檎様、ジェアン綴りで申し訳ありません;
852
■■■ 閑話︻ジェアンの六徒綴り︼ ワゾー・オム
シス
灰色の羽を震わせて、鳥人族の執事は哄笑をあげた。
プティアミ
﹁ふ⋮ふははは、よくぞ見破った。さすが六徒というべきか﹂
内通者がいる。
情報漏洩から、それに小さき友気がついたのはすぐだった。
プロフェスールファントム
教授も亡霊も薄々気がついていたようで、特に驚いた様子もない。
後者は、仮面をつけているせいで分からないだけかもしれないが。
プティアミ
が、炙り出すのは小さき友をもってしても至難だったようだ。 相手は姿を現さず、尻尾も見せない。
まさに正体不明。
罠をすり抜け、油断した所に罠を。
853
相変わらずのリュゼのえげつない罠により、こうして追い詰める
に至った。
依頼してきた公爵はまさか自分の執事が偽者だったとは、夢にも
思わなかったらしい。
驚愕に両目を見開いて、黄色い嘴と斑の翼を震わせている。
シス
だが、六徒としても、内通者ではなくて、本人だったことには驚
きである。
﹁なっ!本物のセバスチャンは!?﹂
﹁はんっ!なにを今更︱︱︱と言いたいところだが、南の島でバカ
ンス中だ﹂
﹁ま、まさか、あの男が金で⋮そ、そんなっ﹂
﹁いや、お前からのサプライズプレゼントだと偽って、旅行券を渡
したら妻と一緒に飛ぶようにでていった。鳥人だけにな!後、十日
は帰ってこまい!ふはははは!﹂
くだらない冗談の後、男は幻影魔法を解いた。
ワゾー・オム
壮年の鳥人族の執事の姿から、燐光を帯びて、金髪碧眼の見目の
いい青年の姿へと変貌を遂げた。
エルフ
プティオム
メレ
170センチ弱ほどのすこしだけ耳の尖った白い肌の青年︱︱た
ぶん、長命種族と小人族の混血児だろう。
エルフ
長命種族は平均身長が180cmだと記憶している。
純潔だったとしても、身長が低い。
854
全身に常時、幻影魔法を施していたとなると、そこそこの魔力持
ちだ。
そして、繊細な魔圧のコントロールができるからこそ、いままで
誰も幻影魔法の発動に気がつくことはできなかった。
むげんめんそう
﹁千紫万紅、華美絢爛!聞いて驚け、見て惚れろ!この麗しき姿を
後世まで伝える栄誉を与えよう!俺様は怪盗フレイーズ!﹃∞面相
のフレイーズ﹄とは俺さ︱︱ぎゃぁああ!﹂
﹁ほい、と﹂
カポ
聞くに堪えなかったようで首領の尻尾から放たれた﹃風網﹄︱︱
彼が改良し、動けば動くほど食い込むというサディスティックな仕
様で完全に魔法を遮断する︱︱義賊は足を絡めとられて転んだ。
自称・怪盗だったか。
盗みに入る家に予告状を送るなど、そんな馬鹿なと思ったが、実
際に馬鹿が居た。
納得の馬鹿である。
﹁な、なんだよぅ!みんなして!﹂
シス
背後にいたダウに六徒全員の視線が向いた。
855
世の中には自分に似た者が三人はいるというが︱︱︱皆が、生暖
かい目で頷いている。
とてもよく似た馬鹿のようだが、うちの方がまだマシだろう。
うっかり持ち前の手癖の悪さを働かせて、この怪盗に間違えられ
投獄されかけていたので、極々僅差だろうが。
だが、この怪盗は市民のやたら人気が高い。
あくどい方法で稼ぐ商人や、権力を振りかざす貴族から金を奪い、
義賊紛いに街中に金をばら撒いたり、買った情報によると時折、他
人を助けたりしているようだ。
目立ちたがり屋というのを抜けば、頭の良さも、魔力コントロー
ルもあちらの方が上だ。
大掛かりな盗みを単独で行う度量もある。
むげんめんそう
﹃∞面相のフレイーズ﹄といえば、割と市民にも知れ渡っており、
アルルカンシエルタイムズにも乗っているぐらいの派手でそこそこ
知名度も高い。
⋮⋮あっちのほうが僅差で上だろうか?
﹁小さいの、もう言質とったからよいじゃろう。もうワシも年じゃ
し⋮もう眠いんじゃが、下がってもよいかの?﹂
﹁ええ、後は手続きだけですから︱︱︱ご老体は、先にお休みくだ
さい﹂
856
ランプラセ
カポ
面倒そうに獣面を顰めて、力なく尻尾を振る首領。
ベット・オム アンティオム
獣人の古代種である彼は﹃魂転﹄を繰り返しており、実年齢は知
らないが噂では四桁の年齢であるらしい。
プティアミ
俺と、小さき友の父が駆け出しの冒険者時代からの知り合いだ。
噂にも信憑性がある。
後はリュゼが、公爵に引渡しや報酬等の話を詰めるのだろう。
シス
他の六徒は用無しだろうと、俺も引っ込もうと思案していたのだ
が、フレイーズが立ち上がる。
といっても、両足が縛られているので、蛙のように跳ねてだが。
シス
﹁ふははは、甘い、甘いぞ!六徒相手に、俺様がこんな時のために
なにも策を講じていないとでも思ったのか!!﹂
まるで策があるのだとでも言いたげだが、構うだけ面倒になった
ので、無視していた。
構えば構うほど付け上がるのは、ダウで経験済みである。
857
シス
﹁六徒リュゼよ!お前は、俺様を助けるしかないのだ!﹂
小首をかしげて、フレイーズの一言の不可解さに眉根を寄せる。
リュゼは完全にまるっと無視していたが、男の見慣れた本を手に
していたので俺は確認するように問う。
プティアミ
プティアミ
﹁ん⋮⋮小さき友、﹃あの本﹄は持っているのか?﹂
﹃あの﹄という本は、たった一つしかない。
タイトルが擦り切れており読めなくなっている、小さき友の愛読
書である。
タイトルがわからないから、それで通じるのだ。
﹁は?あれは、部屋の荷物に︱︱︱⋮っ!!﹂
俺は、フレイーズを指した。
部屋の荷物の中に入れっぱなしの小さな愛読書が、盗賊の手に収
まっていた。
そして反対側の手には、火の魔法石。
バランスが上手く取れないのか、ぴょんぴょん跳ねながら吼えた。
858
﹁ふははは、魔法は使えずとも、火石を発動させるぐらいの造作も
ないぞ!﹂
この盗賊は執事に変化していたので、公爵の家ならばどこでも出
入りできる。
そして、自分たちは依頼の間この屋敷で寝泊りしていた。
部屋から遠ざかっている間に盗んだということか。
怪盗と自称するだけのことはある。
﹁小さい旦那が、そんなちんけな脅しになんか乗らないよぅ!たか
が本一冊のために!ね、旦那!﹂
アミ
アンティム
とダウが叫んだが、俺は剣に手をかけた。
この友は善良で最高の友ではあるが、こと本の事となると人格が
変わる︱︱︱それも、大事にしている愛読書ならなおさら。
﹁⋮⋮たかが一冊、されど一冊﹂
プティアミ
小さき友の声は冷静であった。
859
しかし、その小さな肉体からは、目視できるほど魔力があふれ出
している。
﹁え?だ、旦那!?﹂
﹁皆さん、僕の本のために死んでください﹂
シス
輝きを増した矢の先には、苦楽を共にした六徒が定められていた。
﹁いや、殺さなくても足止めしてくれるだけでいいんだけど⋮⋮﹂
と、怪盗フレイーズは首を横に振っていたが、もうリュゼには聞
こえていまい。
にっこりと笑っているが、目が据わっている。
ファントム
亡霊は事足りると判断したのか、呆れたのかわからないが、依頼
人と部屋を出て行ったようだ。
最後に彼のため息が聞こえたような気がしたので、後者かもしれ
ない。
﹁やれやれ、﹃藪中の伏兵﹄という事かね﹂
﹁まったくじゃのぅ﹂
﹁⋮ん⋮すまん﹂
860
カポ
プロフェスール
レイピア
首領と拳を構え、教授は仕込み杖の細剣を抜く。どうやら援護を
してくれるようで、俺は音もなく剣を抜いた。
正直、リュゼを傷つけずに押さえ込めるかといわれると、自信が
なかった。
ファントム
おろおろしているダウ以外が武器を構える。
亡霊よ、できればダウも遠ざけてほしかった。
こうしてリュゼと対峙し、公爵の屋敷を半壊し、広大な庭を焦土
としてしまった事を明記しておこう。
シス
プティオム
後に解散するまで、言われ続けることになる。
六徒最大の難敵は愛読書を奪われた小人族であった、と。
+ + +
足が不自由となったまま、死闘に巻き込まれた怪盗フレイーズは
861
瓦礫の下敷きになって泡を吹いて失神していた。
確保は簡単で、すぐに屋敷をほぼ失い号泣する公爵へ引き継がれ
た。
しかし後日アルルカンシエルタイムズに連行途中で脱走したと一
面に掲載されていた。
シス
もう、六徒の管轄ではないから、放置。
シス
ボロボロのリュゼは愛読書を胸に抱き、にこにこ笑いながら謝罪
ボン・サック
し、同じくボロボロの俺をはじめとする六徒は釈然としないまま旅
が続けられた。
ファントム
日頃は他人に興味の薄い亡霊が個人識別の魔法の鞄をリュゼに買
い与えるという光景が目撃された。
勿論、リュゼが真っ先にいれたのは、愛読書であった。
862
コマンタレヴー
■■■ 閑話︻ジェアンの六徒綴り︼ ︵後書き︶
マダム・エ・ムッシュ
紳士淑女の諸君、御機嫌よう。貴方がお持ちの﹃純人族の黄金の爪
切り﹄を頂に参上いたします。 ∞より
863
■■■ ヒギエイア戦記 R18︵前書き︶
※本当はムッシュアジャンの新婚生活のオマケで導入される予定だ
ったのですが、長くてカット。お蔵入り予定でしたが、他の種族も
読みたいvという読み手様の優しいお言葉で背中を押されて、UPw
※まったく本編の人物は出てきません︵汗︶
864
■■■ ヒギエイア戦記 R18
ジンロンが王宮の自室に足を踏み入れたのは、実に一ヶ月ぶりだ
った。
大勝利といってもいいが、機嫌は良くない。
カンフ
肩の凝りそうな豪奢な漢服を乱暴に投げ捨て、風呂へと向った。
新婚二ヶ月で長期不在となった不甲斐ない己に、愛想つかしたの
か、侍女を通じて間接的に﹃鱗洗い﹄を妻に断られ、空しく自分で
全身の鱗を洗う羽目になった。
これだけを楽しみに馬を急かしたというのに︱︱︱ジンロンは内
心ぼやきながら、さっと肌と鱗の汚れを落とし、温い風呂を上がっ
た。
ブランエカイユ
﹁まったく⋮⋮無能な白鱗どもめ﹂
悪態と共に二股に分かれた長い舌を覗かせ、暖かな寝室に向った。
865
モンストルボンプ
突如として国内で魔物の集中爆発が発生したのだ。
ファイイールスポット
コア
昔からあった噴湧地点と呼ばれる魔物の発生率の高い場所は規模
が小さかった。
ダンジョン
国内選りすぐりの12人の魔道師で作成された核︱︱純人族の遺
ダンジョン
・・
跡のように作り上げた︱︱︱を中心とし迷宮を建設。周囲に被害を
もたらす魔物を迷宮の内部に召還する。
もちろん、外部へと出さぬように建物に結界が施されている。
ダンジョン
魔物が死と同時に生み出す魔石を目当てに、冒険者が集まり、進
入し倒すことで、新たに迷宮に魔物が召還される。
ファイイールスポット
冒険者は無闇に森を探索せずに、魔物を狩れると通うのだ。
コア
その循環があって、国内に四つの噴湧地点を持っていてもヒギエ
イア王国は大陸有数の安全地帯なのだ。
モンストルボンプ
お抱えの学者達の話では、国営の二青迷宮は核は性能がよく、後
二年は魔物の集中爆発は起きないと見解を示した。
つい半年前の話だ。
それが正確ならば、準備の期間は長かった。
しかし、事は起きた。
二青迷宮はリーエン領地に近く、そこはまた国境に近い。
866
迅速に兵を動かしたことで隣国ガーインズに無駄な脅威を与え、
進軍してきたと誤解を招いた。兵を率いたガーインズの将がロクス
ターン王立学院時代の友人パトリックでなければ、間違いなく戦の
火蓋を切って落としていただろう。
モンスト
出発前にバーインズに放ったはずの早馬は、両国が滅亡すること
ルボンプ
モンストルボ
を望む草原のテイヨンに潰されたであろうと知れたのが、魔物の集
中爆発が落ち着いた頃であった。
だが、それが逆に自軍には幸いした。
ンプ
パトリックはガーインズの父王と連絡を取り合い、魔物の集中爆
発の収拾に尽力してくれた。
おかげで、後三ヶ月の目算であったが、一ヶ月ほどで帰城するこ
ととなった。大きな貸しとなり、後日、場を設けなければならない
が、二ヶ月間の軍営を考えれば些細なことだった。
特にパトリックは俺を庇って、尻尾に怪我を負うこととなった。
放っておいても、数ヵ月後に生えてくるのだろうが、彼らにとっ
ては威厳の象徴でもある。
だが、パトリックは剛毅に笑っていた。
カッシェ
自身が唯一誇れると信じてやまない丸耳の﹃ガーインズの至宝﹄
に慰めてもらうのだろう。
それに、周囲の村人が即座に逃げ出したこともあって、幸い死亡
867
者は少なかったが、リーエン領地で生産されていた虹葡萄は大きく
被害を受けた。
﹁シュカ?﹂
ケイケリュオン
鱗洗いを断ったはずの愛しい半身の姿に思わず、口元が緩む。
少なくとも寝室にいるということは、共に床につくことは許され
るのだろう。
﹁あ、あのっ⋮⋮へ、陛下っ﹂ ノン・エカイユ
びくんっ、と怯えたように身体を震わせて、ほとんど鱗ない妙齢
の女性が︱︱︱無鱗と虐げられた為に、どこかオドオドした様子で
︱︱︱振り返った。
鮮麗さはないが、野原で小さな白い花を見つけた時のような感覚
がある。
ケイケリュオン
﹁陛下とはつれんな、我が半身﹂
﹁も、もうしわけありません﹂
868
﹁よい︱︱︱なにかあったのか?﹂
ケイケリュオン
それでもなお固い口調の半身に苦笑を浮かべ、湯水を誘うように
優しく促すと、彼女は頷く。
ノン・エカイユ
無鱗だと臣下には反発されたが、押し切って望んだ。
たとえ鱗洗いを断られても愛しいという気持ちにはなんら変わら
ない。
この鱗娘が卵だった頃から、自身を惹きつける。
ノン・エカイユ
そもそも、この鱗娘は無鱗ではないのだから、堂々としてればい
いものを︱︱︱だが、逆鱗の存在を自分だけが知るという愉悦もあ
る。
﹁こ、このたびは⋮⋮我が故郷にご慈悲くださいまして、感謝して
ダンジョン
もしきれません。両親も無事に家へと帰れたと喜びと御身への御礼
手紙を受け取りました﹂
モンストルボンプ
心配すると思い魔物の集中爆発の起きた国営の迷宮が妻の故郷で
あることは黙っていったが︱︱︱なるほど、周囲の者達に口止めし
たが、彼女の両親の手紙までは気が回らなかった。
感謝の手紙くらいは后となった鱗娘に書くだろう。
869
﹁⋮⋮よい。お前になにも告げずに行った、我を許せ﹂
逆に心配を掛けたようで、謝罪すると、鱗娘は首を横に振った。
﹁いい、のです。た、ただ、祝わせていただきたく⋮﹂
﹁祝う?﹂
鸚鵡返しで問う。
チーパオ
チーパオ
引っ込み思案な若い蛇娘は、答えの代わりに大胆にも自ら薄い布
地の旗袍を脱いだ。
地面にふわり、と花が咲くように白い旗袍が広がった。
下には何もつけていなかったようで、透き通るような白い肌と、
下腹部の︱︱それも蜜壷の近くに︱︱小さな数枚の美しい白い鱗と
朱色の宝石のような逆鱗があった。
こんな場所に、少量しかないのだ。
自分のように殆どが金剛石のような頑丈な鱗に覆われているわけ
ではない。
870
他人に言い出せなくて当然だ。
しかも普通は身を守るように硬く感覚が鈍いというのが普通だと
いうのに︱︱︱ジンロンがなぞると、指に伝わるのは肌のような柔
らかさだった。
﹁ひぃうっ!﹂
驚くほど敏感で逆鱗だけは硬いものの指の腹でなぞっただけで、
妻は身体を振るわせた。
膝を震わせ、辛うじて立っているものの、蜜壷からはとろとろ、
と愛蜜が太ももを伝わるのが見て取れた。
ジンロンはシュカが純潔だった頃から、これに触れるのが好きだ
った。
弄れば弄るほど敏感になっていき、逆鱗に口付けて軽く吸い上げ
ただけで、舌で愛撫しただけで、何度も絶頂を迎え続けた。
たぶん、最初に覚えた悦も逆鱗だったのだろう。
息荒く、崩れ落ちるように、ベッドに腰掛けると彼女はサイドテ
ーブルの酒瓶を手にし︱︱︱︱ジンロンは目を見張った。
シュカは己の膝同士をくっつけて、喉元の辺りから、自らの身体
871
に酒を浴びせたのである。
酒は胸の谷間を通り、逆鱗を滑る水の感覚にすら、びくんびくん
と大きく震えるシュカの閉じた両足の付け根に溜まっていく。
ワイン
彼女の故郷の名産品である虹葡萄酒の香りが広がり、思わずジン
ロンは喉を鳴らした。
﹁ジンロン様、ご無事に、お戻りくださって何よりです︱︱︱︱ど
うぞ、わ、私の﹃勝利の媚酒﹄を味わいください﹂
ケイケリュオン
恥じらいながらも告げる愛しい半身がいい終わると同時に、恋人
時代から望んでいたリーエン地方に伝わる﹃勝利の媚酒﹄の振る舞
いに飛びついた。
ワイン
虹葡萄からできた葡萄酒は鱗に触れると、弱いとはいえ媚薬に変
わる。
﹁っ、ぁ、あっ、ひぃ、っ︱︱︱!!﹂
顔を埋め、酒を啜りながら、長い舌を伸ばす。
その先の蜜壷をこじ開けると、愛撫もしていないのに、中はもう
ジンロンを待ちわびていたかのように、蕩け絡みつく。
872
簡単に舌は沈み、痙攣からシュカが軽く達したことに気が付いた
が、止まらなかった。
ケイケリュオン
全てを飲み干し、柔らかな肌を味がしなくなるまで舌を這わせて、
半身を乱暴にベッドに転がした。
﹁今日は、覚悟しろ︱︱︱寝かせんぞ﹂
﹁あぁっ︱︱︱ん、ぁっ、あっ!﹂
ずん、といきなり貫かれたのにも関わらず、シュカは悦で応えた。
蛇娘の小さな芽と逆鱗を弄ると、動いてもいないのに絶え間なく、
絶頂を続けている。
ケイケリュオン
強引に自分を向かせて、互いの長い舌絡ませる。
意識は朦朧としているのだろうが、半身は己の舌の根近くにある
虹色の逆鱗を反射的に舐める。
幾度も、ジンロンが教えた成果だ。
ケイケリュオン
いつもなら自制を考えるが、この時ばかりは余裕がなかった。
本能的に半身に卵を孕ませるべく、ジンロンは蛇人族特有の気質
873
に流され、思うがまま執拗に狂わせた。
874
■■■ ヒギエイア戦記 R18︵後書き︶
な、なんとアルコールの粘膜摂取は急性アルコール中毒になるよう
で、大変危険なようです。純人族の皆様はお控えください。
ひよこマッチからのお知らせでしたv
875
■■■ ヒギエイア戦記 2
幼い頃、ジンロンは預言者とで会ったことがある。
王宮に入り込むにはみずほらしい姿であったが、逆に他者の注意
を引いた。 カンフ
服装も漢服ではない。
この王国では見かけない西の流れを汲んだ衣服だった。
若き父王カンロンに命を救われたことがあったようで、その礼の
ために謁見したのが切っ掛けだった。
+ + +
﹁一つだけ予言を献上申し上げる﹂
預言者は恭しく頭を垂れたが、王は苦笑を浮かべた。
彼は、﹃困難は自分で乗り越えるべし﹄という信条を胸に抱いて
おり、少なからず王政に問題はあったが、長年に治世を守ってきた。
876
そして、これからの問題も、自分と優秀な家臣達で共に乗り越え
て、当たり前なのだ。
が、そんな彼も一つだけ、大きな問題を抱えていた。
それが息子のジンロンである。
第一王位継承権を保持する鱗男であり、能力的にはカンロンと並
ぶであろう才気と度量を持ち合わせており、なんら不満はない。
今はまだ経験は浅いが、カンロンはいずれ自分を超えるという予
想していた。
ただ、後10年ほどで成人するというのに、未だに婚約者はいな
い。
セルパン・オム
蛇人族は婚姻を交わし、守るべきものを得て、一人前の鱗男だと
いう風習が強い。
ケイケリュオン
カンロンは元々、兄王が王位を継ぐはずであったが病死し、王名
を告いだ。
その時にはすでに、名前だけの華族だった半身と恋愛結婚してい
たのだ。それは王ではないからできた暴挙だ。
離婚するか、妾として、周囲の国との友好関係のために政略結婚
877
ケイケリュオン
しろと、暴言を吐いたが、カンロンは、この鱗娘以外は愛せないと
突っぱねた。それどころか、半身と引き離すというのなら、王位継
承権を破棄すると家臣を脅迫した。
その結果、国に忠誠心のある家臣ならば、王宮を跋扈する魑魅魍
魎どもが、カンロンの兄の幼い息子であるエンラを象徴とし、傀儡
政治をすることは目に見えていた。
忠義ある家臣たちは、涙を飲んで二人の仲を祝福するしかなかっ
た。
王というのは、周囲が思っているほど崇高な仕事ではない。
華やかな部分はほんの一部。
ほとんど自由になる時間もなく、仕事に忙殺され、周囲の情報を
耳にして、ありとあらゆる国の雑務を一手に引き受け、責任をとる
ということだ。
一生は、国のために費やされる。
ケイケリュオン
そのためには理解があり、信頼できる半身が必須だと、カンロン
は思っている。
というのに、当のジンロンといえば。
﹁適当に数名、見繕いください。国の繁栄のためならば、政略結婚
878
も否めないでしょう﹂
セル
という、ある意味王の中の王の発言をして、父王の時代を知る家
臣達を泣いて喜ばせた。
ケイケリュオン
自分で選ばないジンロンにカンロンは止めた記憶がある。
パン・オム
ケイケリュオン
ヒギエイアの諺で﹃この世で最も不幸なのは、半身と出会えぬ蛇
人族﹄と言われる。
クシン
かの有名な古の偉大なる大符術師パイランオウですら、半身と出
会えぬ不運を嘆いた歌行を詠うほどだ。
息子が、そんな不幸に見舞われるのを見たいという親はいない。
いい機会だと、それを預言者に問うた。
﹁息子にいい鱗娘はいないものか﹂
子煩悩な願いに、今度は預言者が苦笑を浮かべた。
これまでに高名な預言者は、自然災害を言い当て、大惨事を回避
879
し、鉱脈の場所を紡ぎ、言葉で戦争を抑制してきた。
が、このように場末の酒場で相談されるような内容を耳にしたの
は久方だった。
もしかすると初めてかもしれない。
それが、逆に預言者に微笑ましさを誘った。
本来なら個人の未来を特定することはあまりしないが、二つ返事
で返す。
﹁リーエン地方のリーエン領主に、翌年の11の月、最初の満月の
ケイケリュオン
夜に生まれた朱色の卵はあるかどうか訪ねるといい。その卵から孵
る鱗娘が、ジンロン王子の運命の半身でございます﹂
先が二つに分かれた長い舌を出して喜んだのは父王のカンロンだ
けで、ジンロンは不機嫌そうに眉根を寄せた。
予言は公言されることはなく、預言者と父子の三人だけの秘密と
した。
情報が漏れることで、混乱を招くからだ。
翌年の11月の最初の満月の日に生まれた朱色の卵はあるかと、
リーエン領主、フォンフェイ=リーエン卿に問いただしたところ︱
︱︱
880
﹁さすがは我が王!耳が早い!つい先日の満月の日に、我が鱗娘が
玉のように愛らしい朱色の卵を産んだのですよ!﹂
︱︱︱と、二人目の孫を喜ぶ老領主は満面の笑みで返してきた。
+ + +
ジンロンが内密に城を抜け出したのは、数ヵ月後だった。
父王には興味のない振りを続け、注意が他の事に向くのを待ち続
けた結果だ。
興味がないわけじゃない。
だが、それは好意的なものではなく、嫌悪に近かった。
自分の未来だ。
誰にも支配されず、尊敬する父王のように民草の為に人生を終え
881
ることを、彼は幼心に誇りに思っていた。 母は優しい女性で息子として愛してはいる。
しかし、身分は高くなく、彼女がいるからこそ、父王は妾を一切
受け容れなかった。
王政に唯一抜かりがあるとすれば、その一点だ。
妾を受け容れていれば、もっと周囲との交易や同盟の摩擦も緩和
されていただろうに。
王家の婚姻など、政略的な価値以外などない。
だから、自分は身分の完璧な鱗娘と、周辺の鱗娘を妾にして国の
安定を早急に図ろうと考えていた。
領主なのだから身分は悪くないが、寵愛がなければ普通は妾どま
りである。
だからこそ、運命の鱗娘など邪魔な存在でしかなかった。
それ以外の何者でもなかった。
﹁︱︱︱っ!﹂
882
鱗顔の見知った老領主のリーエン卿に促されて、朱色の卵の前に
立つまでは。
+ + +
﹁あの王子、そろそろ戻られたほうが⋮⋮﹂
リーエン地方に滞在すること、早半月。
王家への帰還を促すも、ジンロンは頑なに首を横に振る。
王宮の社交界で会うジンロンは、年近い子供たちよりも、大人び
て見え、王家の子供らしい風格すらあったが、いまや、ただの幼い
子供のようであった。
﹁い、いやだ!我は帰らぬ﹂
ランパオ
ジンロンは蛇肌で母親よりも長時間、朱色の卵を入れた卵包の紐
を肩にかけ、腹部にあたる卵を温め続けていた。 883
彼に兄弟はいない。
最初は初めて触れる生命の誕生に感動しているのかと、リーエン
卿の家族はジンロンを微笑ましく眺めていた。
娘は二人目の孫だったし﹃楽でいいですわ﹄なんていっていたも
のだ。
まだ、一人目も手のかかる年だからかもしれない。
が、もう半月である。
老いたリーエン卿は気が気ではなかった。
愛しそうに卵を撫でるのはいい。
話しかけるまでは、無邪気な子供で許されるだろう。
が、まだ性別すらわからぬというのに、朱色の卵に口付け、あま
つさえ光悦とした表情で先の二つに分かれた舌でチロチロと舐めて
いることすらあった。
求愛というのなら、頷けるが、相手はまだ赤子ですらない。 884
﹁この卵は、我の未来の后だ!﹂
﹁お、王子、まだ性別すらわかっておりません⋮⋮﹂
﹁よって、もらって帰る!﹂
﹁おうじぃいっ!﹂
リーエン卿は、﹃王子を帰還させてください﹄という12枚目に
なる嘆願書を泣きながら、王に送りつけることとなる。
885
■■■ ヒギエイア戦記 2︵後書き︶
歴代最強最悪の大符術師:二面のパイランオウ/﹃ヴェルセットの
ブランエカイユ
英雄たち﹄第三章抜粋/著エルール=フット
セルパン・オム
出生不明の蛇人族の160cm程の白鱗の小鱗男。
一説によるとリーエン地方の生まれだとも噂されている。
ヒギエイアのコウハン学園の生徒で、元々は魔道師であったようだ
コフ
が、天才的な能力をもってして、魔道学問に﹃符術﹄という新たな
分野を作り出した先駆者。血の混じる赤墨と胡符という魔力を帯び
た紙に魔方陣を書き、僅かな魔力と鍵言葉だけで術を発動させると
コフ
いう様式である。魔術の最大の難点である詠唱がほとんどないが、
事前に胡符を認める必要があり、一文字間違うと発動はせず、試し
てみないとわからないというのが難点である。
これほど繊細な学問を生み出したパイランオウであるが、彼自身は
酒豪で酒に目がなく、血の気の多い性格ですぐに拳に訴えるため、
敵が多かった。特に華族との折り合いが悪かったようだ。符術を馬
鹿にした華族に﹃威力を見せてみろ﹄言われ、符術を取り出し、華
族の庭を吹き飛ばしたというのは有名な話である。その反面、干ば
つの起きた村に、見返りを求めずに財を分け与えたり、村人に混じ
って畑を耕したりする姿も描かれている。
こうした相反する凶悪と慈悲の二面性から﹃二面のパイランオウ﹄
と二つ名がついた。
アルカンエカイユ
生涯で8名の弟子を設けたが、パイランオウほどの符術の使い手は
現れることはなく、その中の一人が虹鱗のジンロンの高祖父母であ
る二代目ヒギエイア王タンロンにも伝授されたという。
886
が、パイランオウの覚書には﹃タンロン、弟子五名中五。最符術才
無鱗男︵タンロン、弟子五名の中で五。最も符術の才のない鱗男︶﹄
クシン
と五人目の弟子であるタンロンを酷評していた。
また、パイランオウは歌行を詠う事を趣味としており、通じてタン
ロンと良き友であったという。
887
■■■ ︻もしも、王宮に保護を求めていたら︼ 悲恋注意︵前
書き︶
見よ、西方の空を血色に焼かれた煉獄の炎を。
目を逸らすなかれ。
これが、汝が犯した罪である。
汝は知るだろう。
地獄の業火に焼かれて、なおも汝の願いは叶わない︱︱︱︱その
黒き絶望を。
︱︱︱︱イス聖典 第十七章 888
■■■ ︻もしも、王宮に保護を求めていたら︼ 悲恋注意
桜は、薄い窓硝子越しに隔絶させられた外世界を、茫洋と眺めて
いた。
端から端まで到達するのに数分要する広い部屋。
目も眩むような絢爛豪奢な調度品が埋め尽くされ、ありとあらゆ
る魔法道具で不自由すらない。
すっかりと慣れた強いアルコールを一気に煽って、だらりと腕を
下げると、そのまま華奢なグラスを美麗な絨毯に落とした。
ぱりん、と呆気なく、粉々に砕けては、修復不可能なまでに小さ
な破片がちらばった。
もはや酒の味はわからないものの強く高級な酒だろう。
液体は喉を焼き、胃袋から、かっと全身が熱くなる感覚をもたら
した。 願えばなんでも与えられる︱︱︱︱だが、それが一体なんだとい
うのだ。
889
桜にしてみれば、空々しく、虚しいだけ。
広く美しい牢獄だった。 王宮に保護を求めた彼女は、自分がどこで何を間違ったのかを考
えていた。
そもそも、正しい選択があったのかもすらわからない。
ファン・オム
アルカンシエル王国のガーヴェリア王は、敬虔なクレエ信者であ
り、純人族である桜を、その生存を手放しで喜んだ。
彼女が望んだ帰還を実現するために、遺跡の調査をすることを約
束してくれた。
帰還するまでの間の生活は、桜の短い一生を何不自由なく、養う
事を誓ったが︱︱︱︱いくつか条件を出してきた。
会ったばかりの王か、その息子の嫁にとの言葉だけは断ったが、
他の条件は飲んだ。
重要な祭典に顔を出すこと。
彼女の身の安全を最優先すること。
それ以外の仕事らしい仕事などなく、むしろ気を使わせたのだろ
うと、内心居心地の悪いものを感じていたが、生きるためと押し殺
した。
たぶん自分を使用し、王家の威信を高めるのであろうことは察し
た。
だからといって、異世界の常識も知らない桜は、他に生きていく
890
術をしらない。
しかし、嬉しい誤算もあった。
自分を拾った巨人族の彼・ジェアンは、桜の身を案じてか、共に
王宮に入った。
彼は元々この世界では知らぬものがいないと歌われるほどの英雄
で、多くの国から仕官を望まれていたようだが、すべてを断り、隠
居していたらしい。
護衛としては申し分ない。
一方で、なぜか巨人族の護衛は純人族には不吉だと言われたが、
強く望んでくれたようで、ジェアンの好意に甘え、是非に願った。
誰も知らない場所で、暮らし始めるより、少しの間でも知ってい
る人がいるほうがいい。
そうして、緩やかに桜は、知らず知らずに非望の結末へと歩みだ
していた。
最初は慣れない王宮暮らしで、四苦八苦した。
習い始めた礼儀作法。
違和感しかない豪奢なドレス。
891
違和感を感じたのは、上手く着慣れずに、ドレスの裾を踏んで、
転んだ時の事だった。
自分専属という侍女が驚いて、助け起こそうとした時に腕に爪を
立てた。
ちょっと血が滲む程度。
次の日に、彼女は出勤してこず、違う部署に配属になったという。
あれとは思ったが、気にしていなかったし、その程度のことであ
ったせいで、原因だと気がつかなかった。
新しい侍女も、周囲の専属の侍女もやたらピリピリしているのを
肌で感じていたのを覚えている。
ようやく慣れ始めた頃、桜は王宮のパーティで不慣れな社交界へ
と足を踏み入れた。
気軽に外出できない身の上は窮屈だったが、己から保護を願った
身だ。
仕方がないと、己を納得させていた。
だが、その社交界で、桜を偽者だと言い張って耳を掴んだ貴族の
少年が居た。
なにせ絶滅した種族である。
少年が疑ったのも仕方がないと、桜は思った。
892
耳が本物であったとわかったようで、少年は真っ青になって、手
を引っ込めて、謝罪のために口を開こうとしたのだろう。
それに対して、桜は構わないと苦笑ひとつで終わる︱︱︱︱はず
だった。
ひゅんっ、と乾いた音。
桜の耳を掴んでいた手が︱︱︱︱地面に転がり、綺麗な腕の断面
図を覗かせた。
少年の絶叫と共に、噴出した朱色の血に、頭は真っ白になった。
なにが起きたのかも理解できぬまま、隣に居た巨人族の彼の腕の
中に居たのだ。
すぐに少年は、憲兵に取り押さえられて連れていかれた。
目の前の事件にガチガチと震え続け、気がつけば部屋の中で、巨
人族の彼が泣き出しそうな顔で、頭を撫でていた。
命が狙われるかもしれないという話は聞いていた。
だけど、今のあれは。
幾分落ち着いた頃、王から貴族を纏め上げられなかったと謝罪を
893
受けた。
ジェアン、よく働いた、と︱︱︱︱その瞬間、安堵していたのが
嘘だったように、巨人族の彼の腕の中で、冷や汗が流れだした。
無礼な少年に、当然の報いである、と︱︱︱︱恐怖に囚われ、桜
は二人を外に出して、一人でベッドの中で丸まっていた。
一睡もできずに、震えていた。
過剰防衛ではあったが、彼は自分を守ろうとしたのだ。
そう強引に納得させて、王との謁見を申し込み、耳を掴んだ少年
に寛大な処置を、と願った。
この時、桜が持っていたのは﹃帰りたい﹄という思いだけだった。
その後は、桜の意に望まぬ方向へと、転がっていった。
最初に起きたのは、アルカンシエル王国の人口増加だった。
純人族信仰の信者たちが、加護を求めて、一斉に中央都市サント
ルへ集まってきたのだ。
それに伴い食糧不足、治安の悪化など、世情が一気に不安定にな
り、幾度目かに開かれたパーティで、桜はミスを犯した。
この頃の桜といえば、笑みという名の仮面を付け、極めて周囲を
刺激しないように常に気張っていた。
894
一度だ。
たった一度、微かに、ため息をついただけ。
アルカンシエル王国は純人族を不当に閉じ込めている。と隣国は
主張、幾度かの隣国の王とガーヴェリア王は対立し︱︱︱︱瞬く間
に戦火を招いた。
もしかすると、単純に純人族という信仰を手に入れたかっただけ
かもしれない。
そうして、さらに情勢が悪化した。
ついで、その最中に起きた反純人族による、暗殺だ。
その頃の桜は随分と追い詰められていて、まだ幼い少女が、自爆
式の魔術痕を体に焼き付けて、自身に走って向かって来たのがわか
っていた。
﹃人ならざるもの、万歳!﹄と叫びながら。
とはいえ、遠かったのだから、桜は走って逃げればよかった。
明瞭な殺意を向けられて、彼女の足は、動かなかった。
心のどこかで思ったのだ。
少女を待てば、この最悪の日常から、抜け出せると。
しかし、彼女は生き残った。
895
巨人族の彼が身を挺してかばって、右目を失ったことによって。
+ + +
グラスが割れた音に気がついたのだろう。
巨人族の彼が、転送魔法を使用したのか、音もなく背後に立って
いた。
その姿が窓硝子に写り、彼の隻眼と視線が交わる。
いつも何か言いたそうに、口を開くも、苦しそうな表情を浮かべ
ては、すぐに口を閉じた。
﹁ごめんなさい﹂
首を横に振った彼は、傷だらけだった。
つ、と窓硝子の中の彼の、失われた右目をなぞる。
自分の薄暗い欲望につき合わせて、失わせてしまったものだ。
だが、桜の罪はそれだけではない。
896
多くの市民を巻き込み、情勢を悪化させ、幾人もの死者や運命を
狂わせてしまったものは何千、何百、何万という命であった。
自分の存在、そのものが罪。
桜はわずか数年で、それを自覚していた。
それでも生きていくため︱︱︱元の世界に帰るため、彼女は死な
なかった。
だが、それも先日までの話だ。
ただですら、平和な日本で生きる平凡な桜がギリギリまで精神を
すり減らしていたというのに、彼女の支持者から、齎された真実は
残酷なものだった。
︱︱︱︱遺跡の調査は、一切されていなかった。
報告書は王宮で、もっともらしく捏造されたもので、現地に人す
ら派遣されていなかったのだ。
王家の、手酷い裏切り。
桜の唯一の拠り所であった﹃帰還﹄すら、マヤカシでしかなかっ
た。
897
足元からすべてが崩れ落ちる。
その事実を王家に突きつけて、自分の命を盾に、きちんと、調査
をさせることもできたであろう。
実行に移せば、協力者に迷惑がかかるであろう。
もはや桜の心は限界であった。
気がかりであるとすれば、最も自分の出現で、最も人生を狂わせ
てしまった目の前の男の事だけであった。
幾度と無く自分を守るために、無残な死体を作らせた。
あまりの容赦の無さに、恐れたこともあった。
しかし、桜は結局、最初からずっと、己の側にいてくれた彼を嫌
いになる事はできなかったのだ。
きっと、違う道を選んでいたのなら︱︱︱︱⋮⋮
﹁もう、いいの︱︱︱自由に、生きて、ね?ジェアンさん﹂
意識を朦朧とさせて、彼女は大きく体を揺らした。
898
傾いた彼女を、彼が抱きしめた時には、すでに息はなかった。 多くの酒瓶に紛れて落ちている香水の瓶によく注意すれば、毒物
の香りが漂うことに気がつくだろうが、ジェアンはただ桜を見つめ
ていた。
グランアミ
﹁こうなると、わかっていたはずでしょう︱︱︱︱大きな友よ﹂
どこかで、桜の協力者は小さく呟いて、燃え上がる王宮を眺めて
いた。
騒がしくなる城下で、くいと水晶眼鏡を直し、長いため息をつく
と、駆け出す野次馬とは逆方向へ静かに歩み始めた。
899
ヒップアタック
■■■■ 月刊人外妄想図鑑 ︻超短編集︼ 他愛ない日常生活
﹁よい、しょ⋮っふ⋮⋮え、いっ﹂
井戸での水汲みがこんなに大変だとは思わなかった。 ジェアンさんは、片手で簡単そうに井戸のポンプ部分を押してい
たというのに︱︱︱私ときたら、全体重をポンプに乗せないといけ
ないなんて。
これが筋力の差なのだろう。
﹁はぁ⋮はぁ⋮﹂
何度も押していると、その内スピードが出て、スムーズに水がポ
ンプから溢れてくる。
なんとか桶一杯に水を入れるまでに、五分以上はかかる。
額からは汗が流れ出し、息は更に荒く、腕が筋力の使いすぎでガ
クガクしてくるが、水を出せるだけマシだ。
900
最初は手押し部分が、びくともしなくて、水が殆ど出せなかった
のだから。
しかし、不思議な事が一つある。
家の裏口を背にしているのだが︱︱︱振り返ると、時々ジェアン
さんがドアの隙間から、じっとみているのだ。
なぜ隙間から!?
しかも、なんで膝を抱えているの!?
﹁手伝うか?﹂
視線が合うと、聞いてくるが、もう終えたので首を横に振った。
頬を染めているジェアンさんは、満足そうな︱︱︱どこか寂しそ
うな顔をしている。
一体、なぜだろう⋮⋮???
901
私は頭の上に疑問符を浮かべながら、水を汲み終え、ジェアンさ
んによる手動ドアにお礼を言って、料理を開始した。 ■■■■ 月刊人外妄想図鑑 ︻超短編集︼ 葛藤
﹁んっ⋮はぁっ、はぁ⋮⋮﹂
スカート越しに伺える二つの膨らみをこちらに突き出して、熱い
吐息を吐き出す。
それが甘い汗の香りと共に耳朶に届くと、背筋がゾクゾクとする。
外は駄目だ。外は駄目だ。外は駄目だ。
愛しい妻の揺れる臀部を撫で回して、スカートを捲りあげ、俺の
︱︱︱︵三十歳以下お断り︶︱︱︱を、︱︱︱︵三十歳以下お断り︶
︱︱︱して、︱︱︱︵三十歳以下お断り︶︱︱︱したい衝動を懸命
に押さえ込む。
これは、ある種の拷問である。
902
妻に誘われているのか、いないのか。
いや、昼間から妻が誘ってくることは時々しかない。
﹁はぁ⋮はぁ⋮﹂
抑制するのが大変なら見なければいいじゃないか。
まったくもって、その通りだ。
しかし、視線は臀部に釘付けで、真正面から見るために自然と屈
んでいた。
見るのは目の毒。
が、見ないわけにはいかない。
愛しい妻が俺のためだけに、惜しげもなく、臀部を揺らしている
のだ。
それを見ずして、巨人族の男などと胸をはっていいえるはずもな
く、本能に従うがまま、俺はじっくりと嘗め回すように見つめ、記
憶にしっかりと焼き付けた。
903
904
身長差
■■■■ 月刊人外妄想図鑑 ︻超短編集︼ 私の身長
切実な問題だった。
私は元の世界では、女性としては背が高い方であった。
だから学生時代の身体測定で、友人たちは体重の増加を心配して
いるのに、私だけ身長が伸びているかどうかの心配をしていた。
名前も変なのに、身長まで高いなんて。
幼い頃は別に嫌いではない乳製品を、カルシウムが身長促進を促
すという、TVの情報を鵜呑みにして避ける様にしていた。
専門学生の時代も同じようにあやふやな情報ではあるが、煙草を
吸うと身長が伸びないと小耳に挟み、その日の煙草を買っていた︱
︱︱もっとも、一本も吸わないうちに咽てばかりで、喫煙者にはな
れなかったが。
社会に出て、身長の事は考えないようにしていたが、やはり背の
低い男性を見ると、妙に身構えてしまった︱︱︱この女デカイ!と
か、一人山脈だとか、心の中で言われているのかもしれないと、ド
キドキしていたのだ。
しかし、そんなことを考えていた私であるが、この異世界に来て
905
から、あんまり考えなくなった。
コンプレックスについて、考える暇もないためかもしれない。
それにジェアンさんの身長が高いためだろう。
彼と視線を合わせようとすると、常に見上げることになる。
家のテーブルや椅子が彼の種族に合わせて、大きく誂えてあるた
め、逆に私は小人になったような感じさえある。
プティアミさんのように、種族的に小さい方々もいる。
配達人さんのように、ちょっと身長が高い人も方々もいる⋮⋮と
いうか、羽が生えている。普通に空を飛んでいた⋮⋮
人という狭い種族の枠で考えていた私にとっては、目から鱗が落
ちるぐらいの衝撃だ。
ジェアンさんや、周りの人は別に私の事をでかい女だという視線
はないし、身長が高い低いからといって、彼らには関係ないのだ。
結局、私は人の視線を気にしていたのだろうと思う。
﹁ジェアンさん、私って女性にしては大きいですか?﹂
なんて巨人族の男性に、分かりきっている質問をすると、当然。
906
﹁小さい﹂
と返答されるのだろう。
あんまり気にしないとはいえ、ないもの強請りだったのか子供の
頃から﹃お前って本当に小さな﹄的なことに、憧れていたので、ち
ょっと嬉しい。
しかも、好きな人に言われると、尚更︱︱︱って、なんだかジェ
アンさんの様子が?
﹁ジェアンさん、どうかしました?﹂
表情はあまりかわらないが彼は口元を押さえて、哀愁を漂わせて
いるような気配。
よろよろと、台所に向かい、保存室からチーズと果実酒を手に戻
ってくる。
﹁さくら、食べるといい﹂
907
﹁は、はぁ⋮⋮﹂
曖昧な返事をして、チーズと果実酒を口にした。
なぜかジェアンさんが﹃沢山食べろ﹄と頭を撫でている。
私がお腹を空かせていると思ったのだろうか??
いまだに夫のすべてを理解しているわけではないが、不可解な行
動に首を傾げながら、チーズを食べていた。
■■■■ 月刊人外妄想図鑑 ︻超短編集︼ 小さき妻
﹁小さい﹂
それが悪いことではない。
種族的なものかもしれないし︱︱︱もしかするとこうして尋ねて
くるぐらいだから、純人族としても小さい方なのかもしれない︱︱
︱小さいさくらは可愛いし、もしさくらが大きくたって可愛いと思
908
う。
何が嬉しいのか、うっとりと頬を染めるさくらに至っては、殺人
的に可愛いと思う。
それに必然となる上目遣いとか、襟元から覗く谷間とか、恩恵は
大きい。
軽いので何時でもどこでも持ち運びができる所もいい。
軽くなくとも、持ち運んでいくのだが。
俺は幼い頃から、体が小さかった。
子は親に似るというが、俺の父もまたあまり大きいほうではなか
った。どちらかというと、母のほうが平均的か、ちょっと高めだっ
た。
だというのに、同じ両親を持つ弟は21歳で俺の身長を越してい
った時は、嘆きもしたものだ。
俺だって男なのだから、﹃身長高くて素敵﹄なんて言われてみた
い。
チーズを頬張る彼女を眺めながら、俺は逆に聞いてみた。
﹁⋮⋮⋮お⋮﹂
﹁お?﹂
﹁⋮⋮俺の身長は?﹂
909
﹁すっごく大きいです﹂
ドキドキしながら問うと、彼女が﹃でも、もし身長が低くてもジ
ェアンさんなら好きです﹄と真剣な顔で即答した。
ちょっとした夢が叶い、嬉しくてちゅ、と口付けると、彼女も微
笑んでちゅ、と口付けを返してくれた。幸福である。
ほのかにチーズと果実酒の味がする。
彼女はまだ成長期だろうから、乳製品で伸びる可能性があると思
う。
しかし、現実逃避するばかりではいけない。
俺には残酷な運命が待ち受けている。
集落に挨拶に行けば、俺が高身長の男ではないという事がさくら
にばれてしまうだろう。
今の発言から考えると、さくらが愛想を尽かす事はない、と思う。
ただ。
910
彼女は小さい。
それに、未成年だ。
﹃さ、三十歳未満だと、三十過ぎるまで我慢しなさい!このエロ親
父!﹄
﹃このロ●コン!幼妻にしても若すぎるだろう!﹄
﹃ちっちぇぇ!!まだ180センチもないじゃないか!﹄
幼妻を貰った俺を囃し立てる村人の幻聴がリアルに聞こえる。
いや、ここまで冒険者のように口汚くは罵りはしないだろうが、
女性からは犯罪者をみるような冷たい視線が向けられるに違いない。
蜜期が終わったのだから、里で結婚式を挙げるのが普通だが︱︱
︱︱帰りたくない!
俺が里帰りを先延ばしにしてしまうのは、言うまでもない。
911
サクラ=アジャンの節約大作戦! R18
■■■ 月刊人外妄想図鑑 ︻超短編集︼ サクラ=アジャンは
気がついた!
週に1,2度。
白い鳥人族の青年が、指定された荷物を配達してくれる。
私がジェアンさんの家に住んでから、結構な月日が経過している
が、対面したことは一度しかない。
ジェアンさんが出かけていて、予想外にやってきた時だ。
荷物の配達員とはいえ、男性なのだから話しかけていいものかわ
からないのだが、かといってノックをしているのに無視も出来ずに
ドアを開けた。
﹁あっ!アジャン婦人だぁ!やっぱ、黒い毛並みが、可愛︱︱︱︱
︱へぐぅっ!!﹂
即座に、吹っ飛んだ鳥人族の青年。
﹁⋮⋮⋮ダウか、よくきたな﹂
追い討ちをかけるように転がる青年の後頭部を、ジェアンさんが
踏みつけ歓迎しているらしく︱︱︱ジェアンさん曰く、配達員さん
912
はM的な嗜好の方らしい??︱︱︱青年は地面に口付けして、手足
と羽をバタつかせている、喜んでいるようだ。
これが、果たして会った事があると認識していいものかわからな
い。
︱︱︱というか、このタイミングの良さ!
それはさておき、受け取った荷物の殆どは食料である。
旬の素材や、穀物、パン、オヤツ、酒類、茶や、減ってきた調味
料やらが、箱にびっしりと入っている。
ジェアンさんにとっては買い物を頼んでる感覚なのだろうが、結
構な量である。
朝食は大体似たり寄ったりだが、日々の献立はジェアンさんが考
えてくれている。
前は一定の食材と量を頼んでいたらしいが、私が来てから栄養管
理も、と頑張ってくれているらしい。
日持ちしない食材もあるようになり、ボックスの一部は保冷がで
きるような部分を作ったようで、時々凍ったものまで入っている。
テキパキと保冷庫に入れていくジェアンさん。
⋮⋮⋮なんだか、私よりも主婦っぽい気がする。主夫?だろうか。
913
そして、もう一つの箱には、月刊誌や小説などの本が何冊かと、
通販で頼んだりものやら、ジェアンさんが頼んでいたものなどが入
っている。
密かに二つ目の箱の方が、開けるときにわくわくする。
その中から、私の下着などの衣類と、頼んでいたファッション誌
なんかを手に部屋に入っていく私はきっとホクホク顔だろう。
なんか、ジェアンさんが時々微笑ましそうに私を眺めているので
恥ずかしくなるが。
﹁も、もう、そんな目で見ないでください⋮⋮﹂
ちゅ、ちゅと頭に口付けを落として、ジェアンさんは笑っていた。
+ + + しかし、或る日、突然気がついたのである。
914
晩餐が終わり、ソファーに腰掛けて、酒を飲みながら、まったり
としていた時だった。
時々あるのだが、お風呂に入るより先に、ジェアンさんの大きな
手が身体を這い回り、窘めるも押し倒されていた。
実はジェアンさん、お酒が弱いのだろうか?
頬を染めて、うっとりとするジェアンさんの色っぽい︱︱︱いや、
違う、えーと、ボタンの外れた襟元から覗く胸襟がセクシーで︱︱
︱はなく、勢いあまったらしく、びりぃいい、と私の服を簡単に裂
いた。
いつまでたっても、これには驚く。
ジェアンさんの力では、服が紙みたいに破れてしまう。
﹁やっ!服、んぅ⋮破いたら⋮だ、めっ﹂
﹁む⋮⋮すまん﹂
露になった胸の先っぽを食んでいる彼には、微妙に反省の色がな
い。
ボタンは弾けとび、ぽいっと、ジェアンさんは用がないとばかり
に、服の残骸をそこらに放った。
915
ほとんど服ともいえないような布を纏ったまま、ソファーで愛さ
れた。
︱︱︱次の日である。
痛む腰を抑えて、家の掃除をしていて、その修復不可能な衣服の
残骸を、ソファーの下で見つけて、専用の籠の中につっこんだ。
無地のものは雑巾にしたり、柄ものは大きさを揃えて、パッチワ
ークにしてクッションカバーに使ったり、冬になったら焚き付けに
つかったりするので、捨てずにとっておくのだ。
ふと、気がついたのである。
その専用の籠が満杯になっていることに。
﹁え、あれ?これが昨日で⋮⋮これが五日前?こっちは先週⋮だよ
ね?﹂
どうやら、週に2回ぐらいのペースで服やら下着やらが破られて
いる計算になる。
916
そして、配達員も週に1.2回ほどのペースで来ている︱︱︱︱
が、考えても見れば、毎回二つ目の箱には1、2着ずつぐらいの、
服やら下着やらが入っているのである。
最初に結構な数の衣料が部屋に備えられていたし、普通ならば、
もう箪笥がいっぱいになっていても、おかしくない量だ。
でも、そうはならなかったので、気がつかなかった。
⋮⋮⋮もしかして、我が家の一番の浪費って、私の衣服ですか!?
■■■ 月刊人外妄想図鑑 ︻超短編集︼ サクラ=アジャンの
節約大作戦!! ある日のこと。
夕食を終えて、ソファーでまったりしていた所、膝の上で頬を染
めているさくらが、何か言いたそうに俺を上目遣いで伺っている。
不思議なもので、昨日も致したというのに、ムラムラする。
今にも襲い掛かりそうなのを堪えて、湯水を誘う。
917
﹁どうした、さくら﹂
﹁ジェアンさん⋮⋮その、相談があるんですけど﹂
Hの催促ではなかったようだ。
この夕食後の語らいのひと時は、お互いの理解を深める時間でも
ある。
精神的なものや知識的なものも嬉しいが、肉体的なことであれば、
なお良い。
﹁私の服のことなんですが﹂
﹁服?﹂
鸚鵡返ししながら、彼女が身に着けている服を眺める。
柔らかい緑褐色のシンプルな膝下ワンピースで、袖と胸の部分に
大振りの木目の丸ボタンがあしらわている。
腰骨の辺りに、気泡の入った小さなガラス球が通った細い革の紐
が数本束になり纏められているものがあり、それを腰の後ろで結ん
でウエストサイズを調整するフリーサイズのもののようだ。
覗きこむと、お尻の下まで紐が垂れている。
ワゾー・オム
が、どうやらダウが鳥人族の女性用の者を買ってきたのか、背中
918
の肩甲骨の辺りに二箇所、大きく縦に穴が空いており、彼女の肌着
が見え隠れしている。
その肌着のらしい、黒い紐が襟元から出て首の後ろで結ばれてい
る。
後は、南スライム製ストッキングなる伸縮性のある薄い黒地の靴
下を履いているようで、ガーターで釣っているのではないかと思わ
れる。
﹁できれば、今後︱︱︱あの、致す時に破らないで欲しいと﹂
致す、で真っ赤になって視線を逸らしたさくらに、思い当たる節
があり過ぎて苦笑を浮かべた。
時々、さくらへの欲情が強すぎて、制御できずに襲ってしまう。
その場合は、さくらの服は翌日には、着ることができないほど無
残な姿になっている。
しかし、これが難しい。
俺の着ている男性服は冒険者などが好んで着る特殊なもので、繊
維に﹃粉鉄﹄と呼ばれるものが含まれており、普通の衣服より長持
919
ちするが、重めで、ちょっとやそっとじゃ破れない頑丈なものだ。
その中でも、特に厚手の物を買っている。巨人族ならば﹃粉鉄﹄か、
後は一ランク耐久性は落ちるものの軽くて値段の安い﹃竜染め﹄な
んかが好まれる。後者は通気性がいいので夏用に使っている。
対して、さくらが着るような一般的な女性服は、下着や肌着が幾
枚か着重ねできるように薄手のものが多いのだ。当然、﹃粉鉄﹄や
﹃竜染め﹄の処理はされていない。
なので俺の力では紙のように、あっけなく破れる。
⋮⋮⋮気持ちが、急いでいるのは、まったくもって否定できない
が。
しかも女性の服というのは、高貴な者の服になるほど複雑で、そ
れをスマートに脱がせるのが男の甲斐性らしい。
さくらは、一般的な女性服ではあるが、やはり男物のつくりとは
違う。
特に下着類は、微妙だ。
女性の服を脱がせるなんてさくら以外にありえないし、さくらの
服は時々洗濯しているが、その時は破かないのに不思議である。
下着は自分でやるというので、数えるほどしかしたことがない。
﹁でも、私に触れる時は力加減ができてるし、その要領で︱︱︱︱
練習、して⋮ほしいんです﹂
920
さくらが瞳を潤ませて、お願いしてきたので、思わず二つ返事し
てしまった。
だが、さくらに触れる時は、本能的に制御できているだけなのだ。
細心の注意を払っているが、あれほどは無理だろうと思う。
﹁ん⋮⋮でも、どうやってするんだ?﹂
なにかボタンのついたものを外したり、と思ったら、耳まで真っ
赤になったさくらが俺の手をとって、己の胸に添えた。
﹁⋮⋮⋮破いたら、だめ、ですよ?﹂
可愛い小悪魔の誘惑に、くらくらと眩暈を起こしながら、襲わな
いように﹃練習﹄を開始した。
+ + + 921
ワンピースを破り捨てて、さくらの肌を直接味わいたい衝動をぐ
っと堪える。
それの気配を察したのか、手を添えて阻止しようとするが、﹃練
習﹄のご褒美のボディタッチのためか、弱弱しい静止である。
﹁だ、めっ⋮⋮つぎ、は⋮こっちがっ、さき、れ⋮⋮ん、ぁあっ﹂
呂律も回っていないらしく、さくらは息を弾ませて、気だるそう
にソファーに凭れている。
ワンピースのボタンを一つを引きちぎってしまったが、なんとか
前を肌蹴させて、臍まで晒すことには成功した。
前掛けのように首の紐で支えていたキャミソールも、腰で蟠って
いる。
今日はこうなることを予測していたようで、比較的に簡単に外せ
るように、肩紐のなく、コルセットのように胸の前の紐を引っ張っ
て調節するタイプのブラジャーだった。
奪って放り投げた後は、曝け出された果実のつん、とした先端と、
922
唇を味わった。
褒美という意識があるのか、彼女の舌が俺を楽しませようと、い
つもより積極的に口内に差し込まれて、その濃厚さに俺の身体は熱
くなっていた。
時間はかかったが、彼女の服は、まだ原型がある。
素晴らしい成果だ。
﹁ふぁ、あっ⋮⋮﹂
長い事、コリコリの先端を味わっていたせいか、小刻みに震えな
がら、さくらは背を撓らせる。
もう、さくらの身体は俺を受け入れるには十分なのだろう。
俺の身体は、それを本能的に悟っており、一度放ったというのに
硬くなっている。
ワンピースの裾をたくし上げて、力の入っていない足をM字に大
きく広げると、意識の朦朧としている彼女は涎を垂らしながら、微
かに首を横に振る。
下着は役目を果たしておらず、彼女の愛蜜を吸ってグシャグシャ
だった。
923
﹁っ、や、まらっ︱︱︱﹂
かろうじて残る理性で、サイドを紐で結ぶタイプの下着を右側の
結びを解く。
直接触れてもいないのに、ねっとりと糸を引くほど蜜を溢れさせ
る秘部が晒され、外気に晒されたためか、彼女の腰がぶるり、と震
えた。
思わず指を差し込むと、ずぶずぶと呆気ないほど、根元まで簡単
に飲み込んでいく。
いつもよりも中は熱く、完熟した果実のような心地で、壁は指が
蕩けそうなほど柔らかいのに、奥へ奥へと誘うように妖しく蠕動し
ている。
﹁ひ、ぅ⋮⋮ら、めっ、ま⋮、くつ、ひぃら⋮⋮っ︱︱︱﹂
黒地の靴下はガーター式のようだったが、ボタンに引っ掛けてし
まったのか、もうビリビリで、太ももが部分的に露出している。
924
これはもう、どう頑張っても繕えそうにない。
おまけに、先程の﹃ご褒美﹄で放った白い愛が、卑猥な軌跡を残
して滴っている。
彼女の願いに目を瞑り、己の欲望を優先すべきか。
己の欲望を抑え、健気に訴える彼女の願いを優先すべきか。
具合の良い秘部に堪らず、二本目の指を入れ、ゆっくりと前後す
るだけで、欲望を掻き立てるような粘着質な音あげ、俺を大いに葛
藤させた。
いつもだったら、俺を受け入れるまで慎ましく閉じているという
のに、軽く指を左右に開いただけで、くぱ、と中を覗かせた。
それでも小さい彼女の作りだ。
俺が入れば、きっと窮屈なほど締め付けるに違いない。
中を覗かれた羞恥になのか一層、愛液が溢れ、ソファーにシミを
作っていく。
﹁⋮ぁ、ぅあぁ⋮ぁあっ⋮⋮﹂
925
さくらは、もう言葉にならない嬌声を吐息のように漏らし、小刻
みに揺れるのを止められないらしい腰を突き出すように、大きく足
を広げたまま、ぴんと、爪先立つ。
半裸のまま俺を求めるさくらの痴態に、ごくり、と己の喉が鳴っ
たのがわかった。
彼女の指先が、俺の右の耳朶を掠めるように触れ、﹃ジェアン﹄
と彼女は音もなく、唇を震えさせた。
淫猥に蕩けた表情の彼女の中指が︱︱︱︱俺の右の耳穴に入る。
一瞬の空白。
ぶるり、と背筋が震えた。
俺は耐え切れず、白い愛を近距離から、彼女にたっぷりと浴びせ
ていた。
926
サクラ=アジャンの節約大作戦! R18︵後書き︶
サクラさんの大作戦!キャラクター図鑑
■■■ サクラ=アジャン
もしかすると、食費を抜いた一番の散財って、自分の衣類だと思
い至った。
すこしお高めである服や下着を月に5,6枚ほど新品を買ってい
たので、良く考えなくても、かなりの出費である。
原因である、ジェアンの暴走時に破る服を守ろうと決心。
ジェアンに女性の服の脱がせ方を実地で教え、上手くいくと﹃ご
褒美﹄を与えるという画期的?な方法で、暴走後も服は原型を留め
ている確率がぐんと高くなり、二回に一回は無事になるようになっ
た。
服の購入率が半分になる。が、サクラには焦らしの効果があるよう
で、﹃ご褒美﹄と相まって、いつもより積極になったり、ならなか
ったり。
中央都市サントルから帰宅後は、衣類を古着にしてもらい、更に
消費を抑えた。
見事にアジャン家の節約を果たした、良くできたつがいである。
しかし、本人としては試合に勝って、勝負に負けたような気がし
てならない。
ちなみに両耳に触れると、相手のすべてが欲しいという意味だが、
左耳だけだと精神的な求愛で、右耳だけだと肉体的な求愛を示し︱
︱︱相手の右耳の穴なんかに指をつっこんじゃったりしたら、﹃中
を滅茶苦茶にして﹄やら﹃壊れるほど犯して﹄やら﹃孕ませて﹄な
ど、ちょっぴり危険な意味がある。
927
■■■ ジェアン=アジャン
エロに関して﹃待て﹄のできない残念なつがい。
本能が暴走すると待ちきれずに、サクラの服をビリビリに破いて
しまう。
散財の根本的な理由であり、自覚はしている。
なので、別にサクラは気にしなくてもいいのになぁと思っている
が、実地の﹃ご褒美﹄が魅力的なので黙っている。
その後、着エロにちょっぴり目覚めてた。
局部だけ晒して半裸で繋がったり、いつもの服装を乱れさせずに
紐パンだけ奪って繋がる事に、一時期ものすごく嵌り、時々自分の
シャツなんかも着せて、ぶかぶかのシャツを﹃重い﹄というサクラ
を視覚的にも肉体的にも愛でていたが︱︱︱が、最終的に、やっぱ
り肌同士が触れ合うのがいいなと思い至って、時々になった。
そして彼の中では服を破かなければしてもいい、と都合よく解釈
し、密かに昼間からのエロの回数が増えたのはいうまでもない。
サクラの指やら舌が、右耳の穴に入れられると、白い愛を放つ習
性をもつ?
その後、どうなるかは言わずとしれているというものだ。
ちなみに男性が女性の右耳の穴に指やら舌を入れると﹃死ぬほど
犯したい﹄やら﹃中出しして孕ませたい﹄という意味合いがあり︱
︱︱ジェアンはよく、サクラの右の耳穴に指を突っ込もうとしてい
るのが目撃される。
■■■ ダウ
まだサクラには、ジェアンと長い付き合いの荷物の配送係だと思わ
れている。
後、あまりにも扱いが乱雑なので、暴力は駄目とジェアンを嗜めた
ところ、そういう危ない嗜好の持ち主なので逆に喜ばれているとい
う、話を聞いてなぜか納得されている。
928
お馬鹿な性格から、通常運転で不幸体質っぽい。
929
とある聖職者の妻と、義理の妹
■■■ とある聖職者の妻と、義理の妹
⋮⋮か、可愛い。
いきなり抱きつかなかったリタは、密かに自分を褒めた。
冒険者時代は、よく愛らしい少女︱︱︱まだ巨人族としての感
性が抜けない頃は、周囲の女性達の多く、小人族の白髪の老女です
ら︱︱︱に抱きついては仲間に窘められていたのだ。
都市を巡り、歳を重ねて、収まったと思っていたが、子供を生
んだためか再発したのかもしれない。
ツガイの父親の話の通り、義理兄がツガイを連れ、帰ってきた。
﹃兄貴は⋮⋮背負わなくてもいいものを背負いすぎた﹄
女王は得られないかもしれない、と夫が悲しそうに呟いてたの
930
を聞いたことがある。
実際、彼は他人を思いやるが故に、非常に物静かで、身内とな
ったはずのリタであったが、義父のように直接会話もしない、自分
の父のような巨人族らしい巨人族だった。
冒険者として、異国を巡ったなら夫のように柔軟でもよいもの
だが、習慣とは恐ろしいもので頑なだった。
夫か、義父を通じて話をする程度である。
そもそも遺跡の残る昔の里の近所に家を建てて、ここに足を向
けることは少ない。
夫は義理兄が一人でいることに何か思ったようで、手紙を出す
たびに、里に住めと促していたようだが、よい返事はこなかったよ
うだ。
義理兄は、いつも心だけは違う場所にあるような、遠い目をし
ていた。
夫と同じ血を引き、外見は似てはいたが、喜怒哀楽の激しい夫
とは、似ても似つかない。
連れてきたのは、胸元ほどまでしかない少女。
巨人族の中でも、背も低い母よりも、さらに小さいだろう。
美貌というほどではないが、オリエンタルな面立ちは愛嬌があ
り、やや不安そうな真っ黒な瞳は庇護欲を擽られる。
931
リタは里の巨人より比較的、他種族に明るい。 巨人族ではないようだし、東洋系の顔立ちは若く見えるという
のだから、きっと少女ではなく女性だと理解はしている。
しかし、他の巨人族には少女にしか、見えないことはずだ。
身長からすると、二十代前後ぐらいの未成年だ。
三十歳を超えてるとは思えない。
先ほど聞こえた広場の叫びの原因であったことを知り、苦笑を
かみ殺して微笑んだ。
小柄な義理兄が隣にいても、かなりの身長差だろう。
これが、自分の義理姉︱︱︱姉妹になるのだ。
子供の少ない巨人族では、夫の家のように兄弟がいることは珍
しく、リタもまた一人っ子であったため、姉妹は憧れであった。
すぐに自分と同じように、母も彼女を好きになるだろう。そん
な気がする。
父の副業もあって、家は多少、裕福だった。
若い娘というのも里には数が少ないので、譲る機会もあまりな
いし、幼い頃の服を売らずに取ってあるだろう。
932
きっと裁縫が得意な母は、腕によりをかけて、調整するに違い
ない。
その前に彼らの結婚式だから、ドレスか。
義父の入れた茶の入る、己の子供用に買った小さなカップに口
付ける姿は、小動物を眺めて癒されるような感覚であった。
表面上は物腰穏やかではあるが、ツガイがいないから不安なの
だろう。
ちらちらと、玄関に視線を送っている。
その姿が可愛くて、頭をナデナデしたくなったが、さすがに成
人女性に対する行動ではなく、我慢するのが大変だった。
933
とある聖職者の妻と、義理の妹︵後書き︶
グラン・オム
セルパン・ムセ
﹁ここに来るまで、騎竜で何日かけてんだい!巨人族が蛇の泡遊び
するなんて、初耳だよ!﹂
リタの言葉に、大いに反応してしまった。
う、と言葉を詰まらせる兄に対して、肉親とあって手加減して
しまったが、全力で叩き潰せばよかったと、今更ながら思った。
﹁⋮⋮⋮兄貴⋮⋮﹂
ロリコンの上に、羨まし︱︱︱︱いや、変態か!
リタと、そんなことしてな︱︱︱︱ではなく、風習を知らぬ、
異国からの娘さんになんてことを!!
そうでなくとも、巨人族は独特な文化であるというのに。
ヌー・フィス
﹁⋮⋮⋮我が息子よ﹂
934
親父が遠い目で﹃俺だって、したことないのに﹄と、ぼそりと、
呟いた気がした。
935
サントル冒険者酒場︻星の揺り篭︼
︱︱︱︱祝いの席であった。
豪華な、とは、口が裂けても言えないが、冒険者組合から正式
に格上げされて、その足で宿を併設している冒険者酒場︻星の揺り
篭︼に戻ってきた。
まだまだ酒場のノイズ交じりの鉱石ラジオからは、朝のニュー
ス番組である﹃サントル・マティネ217﹄が放送されている。
その時間から、浴びるように飲んでいた。
この度、リーダーが三等級++を経て、二等級へとなった。
シャットフロン
それに伴い、我が旅団︻猫の額︼は、六等級++から五等級へ
と格上げされた。
ようやく中堅の中でも、有数の、と言えるほどになっただろう。
そこそこ名前も売れるようになってきたため、昔は渋られた依
頼も受けることができた。
ここまでくるのに、11年もかかった。
それでも他の小さな旅団に比べると、比較的、早い出世といえ
よう。
936
ようやく入団して四年目の私も、新米に毛が生えたような十等
級++から九等級になった。
六年ほど前まで、異国の中級貴族であったのに、いまや冒険者
とは。
自然と浮かぶのは、曖昧な苦笑であった。
適応している。
しかし、そんな自分が嫌ではなかった。
なにせ、中級とはいえ貴族の生活には、さほど自由になる時間
はないし、社交界では一枚壁を隔てたような付き合いばかり。会話
なんて、下劣な噂話とおべっかと陰口。
父親の事業の失敗から没落して、責務もしがらみもなくなった
時︱︱︱うろたえたのが懐かしいほどだ。
ともかく、やはり旅団の格上げの一番の功績はリーダーであろ
う。
彼曰くとしては、強いというわけではない。
戦いの立ち回りと数手先を読むのが上手く、相手の強さを見極
められる、らしい。
後数年もすれば、一流の仲間入りも夢ではない。
937
五人という人数の少なさから旅団にしてみれば、快挙だ。
普通は人数制限が階級に伴い制限されているが、五等級でこの
人数の少なさは、あまり例を見ない。
ワゾー・オム
メレ
有名所は一人で赤き竜を討伐したチームリーダが率いる︻十三
グリエル
月の赤竜︼やら、全員が鳥人族や、翼持ちの混血児で固められ空中
随一の︻灰の翼︼やら、鍛冶志望の夫婦が作り出した︻鍛冶屋の底
力︼と呼ばれる旅団であろう。
中でも、随一なのは︻鍛冶屋の底力︼だ。
現在は創立者が引退してしまったが、三十年ほど前に若い夫婦
が作り出した旅団で、店を持ちたい鍛冶屋が寄り集まったといわれ
ているが、その同じ人数を相手にした時の戦闘能力は並みの冒険者
を超える。
パーティ
冒険者の道連の職業は、本来、特化型が好ましい。
魔術師なら、魔法。
剣士なら、剣。
時折、魔術師や精霊師の後方支援が弓を併職することもあるが、
魔法系職業も、武力系職業も専門職である。
基本的に冒険者になるような者は、自分の身一つでなりあがろ
うとする。
なので、職業特化か、万能とは聞こえはいいが、どの職業も中
途半端な器用貧乏になるか。
938
だが、︻鍛冶屋の底力︼は全員が戦士であり、全員がサポート
でもあった。
後者の器用貧乏なタイプの集団だ。
武器専門の鍛冶屋である彼らは、弓から剣、槍から始まって、
一通りの武器は使用できるため、誰か一人が怪我をしたら、即座に
誰もが補えるのだ。
フーディユ
レア
殆どが武器製造に欠かせない火女神の加護を持つため、火炎魔
ルド
法に使用できる。おまけに一部は、金属の冷却も必要なため、氷中
ヘーラー
の神と呼ばれる水氷系の魔法を使用したりするのだ。
特に魔法付与術師として有名な、夫婦の妻の方は、四系統の魔
術を操るともいわれている。
極めているというわけではないだろうが、それでも使えるのと
使えないのでは大きな差。
︻鍛冶屋の底力︼では、その柔軟性こそが生きたのだろう。
シャットフロン
この訳ありで、不器用者が集まる︻猫の額︼は真似できぬ芸当
だ。
特に率いた若い夫婦は群を抜いていた。
シス
魔人が魔物を率いて攻め込んできた﹃コスティニクスの乱﹄で
は、現在は引退した前六徒と共闘した冒険者で、その都市を守った
939
シス
功績から、六徒と並んで、コスティニクスの栄誉騎士職を賜ったほ
どだ。
一握りほどしかいない一等級で、しかも+付である。
もっとも、惜しまれつつも二十年ほど前に引退してしまったら
しく、現在は世界のどこかで鍛冶屋を営んでいるらしい。
その﹃アングル・ブランド﹄は、この大陸十本の指に入る名店
だ。
オーダーメイドの武器なんか持っていた日には、羨望の眼差し
を向けられるだろう。
冒険者の憧れのオートクチュールである。
﹁これは奢りだ⋮⋮トーテル、女遊びは控えろ。女難の相が出てい
る﹂
ローカル・ビール
いつもより倍の食事と人数分の地麦酒を食卓に並べてくれた︻
星の揺り篭︼のマスターは、にこりともせずに﹃お前達程度の冒険
者が消えたのはよく知っている﹄と低く響くような声で、世知辛い
スパイスを乗せて去っていった。
メンバーの沈黙の後、苦笑が落ちる。
マスターは、旅団のことを思っての発言してくれたのだろう。
940
ベット・オム
ウルス
獣人族の熊種だというのに、理知的で物静かなマスターは、寡
黙で必要最低限しか口を開かない。
それに現在は解散してしまったが高名な︻火蛇の舌︼の元一員
で、引退してもなおリーダーが勝てるかどうかわからない人物であ
る。
噂では、二等級++だったとか。
同じ階級だからとリーダーでも勝てるのではと思うかもしれな
いが、+がついているのとついていないのでは、格段に差があるの
である。
旅団で三番手であるトーテルは五等級++で、腕は確かだが、
よく女絡みの厄介ごとを引き受けてくる事を理解しているのだろう。
マスターは他者を見る目もあるし、旅団でも信頼されている。
メンバーが口を揃えて言って効かせてもどこ吹く風なのだから、
戒めは丁度よかった。
ファム・ファタール
﹁っつーか、運命の女捜してるだけだし!俺の家はね、曾曾曾曾爺
さん︱︱︱えーと⋮⋮﹂
941
どれだけ前の祖先だったのか、指を折って数えていたが、指が
多重に見えたのか﹃ともかく﹄と声を荒げた。
コボルト
メレ
﹁ご先祖様の代からの﹃旅して自分の女を探せ﹄っつー、掟がある
の!﹂
ベット・オム
ドラ・オム
獣人族の犬種と、何か色々な混血児である彼は、犬耳をピクピ
クさせながら、尻尾で椅子を叩いている。
一体、何百回聞いただろう。
グラン・オム
いつもと変わらず、最後には﹃巨人族と竜人族以外の可愛い子
ちゃんをね!﹄と吼えていた。
マスターからの戒めでも、相変わらずで、三時間後には、べろ
んべろんに酔っ払って、宿泊に来ていた女冒険者の尻を触って殴ら
れていた。
やはり昇格したということで、メンバーは少し気が緩んでいた
のだろう。
+ + + 942
また少し時間が流れて、鉱石ラジオから、サントルの定番ラジ
オ番組である﹃素敵な音楽を食卓に﹄の軽快なオープニング曲が流
れだした頃︻星の揺り篭︼へ、珍客がやってきた。
グラン・オム
︱︱︱︱巨人族の男である。
メレ
街中で暮らしているのは殆どいないので、そこそこ珍しい種族
のひとつだ。
男にしては身長が低いので、もしかすると何かとの混血児かも
しれない。
装いは軽装で、冒険者の風体ではないが、腰に剣をぶら下げて
いるのだから、使えるのだろう。
それだけで十分に、強いということが窺い知れる。
グラン・オム
巨人族の男は温厚であるが、ただの村人ですら、素手か桑を持
ってる程度でも、並みの冒険者を軽く凌駕する。
メレ
まだ自分が貴族と名乗っていた頃、グ・グラググス=フラッグ
ン著の﹃華麗なる戦闘種族の系譜と、混血児における能力のメリッ
トとデメリット﹄という本で読んだことがあるが、たしか冒険者組
合の等級で示すと、平均的に六等級前後という話だ。
女であっても、十等級前後。
943
それが通常時であり、もし女性が絡んでいるとなると、発揮さ
れるは能力は四等級を上回るものも少なくないとか。
種族により恩恵を受ける者も少なくないが、かの種族は郡を抜
いている。
が、国家の解体と共に、緩慢的に、純血種は衰退の一途を辿っ
ているとか言う話で締めくくられていたような気がする。
もちろん弱点は少なくないし、話し合いを申し出れば大抵は受
け入れられる温厚さがある。
隣には女の子を連れていた。
西方では、あまり見かけない東方のあっさりとした顔立ちだ。
グラン・オム
男の胸元までしかなかったが、隣が巨人族の男であるため、遠
近感として小さく見えただけのようだ。
東方系の面立ちは、不思議なことにオリエンタルで、妙に若く
感じる。
前に三十歳だと申告してきた、東方のトール=メグロザカは、
どう見ても十代後半か二十代前半ぐらいにしか見えなかった。
一時、旅団に身を寄せていた常識知らず。
自称﹃壮大なる迷子﹄という、ちょっと頭の弱い男が脳裏を過
ぎった。
944
ともかく、それを考慮して、少女ではなく女性なのだろう。
なにせ、男と繋いだ手は指を絡めるように恋人繋ぎだ。
こと女性に関しては戒律の厳しいので、触れているということ
は﹃ツガイ﹄と呼ばれる夫婦なのだろう。
使い込まれていない真新しい衣服や、酒場の洗礼に戸惑う姿を
伺えば、いい所のお嬢さんなのかもしれない。
グラン・オム
もっとも、巨人族は女に対して、金を惜しまないので、衣類に
関しては確証はないが。
冒険者家業をしていると色々なものに出会うのだから、すぐに
酒場の客の注意はそれて、他にも囃し立てるように口笛を吹いて見
せる程度だ。
こういう流れる商売をしていると、特定の恋人を連れて歩くと
いうのは滅多にない。
男は年と身なりを考えると冒険者ではなさそうだが、こんな酒
場を選ぶくらいだ、﹃元﹄という可能性はあるだろう。
グラン・オム
ヌー
冒険者は暗黙の了解で巨人族が連れて歩く女性に手を出したり
ヴェル
はしない。手を出すような冒険者は無知か、自殺願望者であり、新
星扱いされるような事である。
﹁へい!そこのお嬢さん可愛いねぇ!﹂
945
残念ながら間接的自殺願望者の男が、すぐ隣にいた。
トーテルの方からは、彼らが手を繋いでいるのが見えなかった
のだろうか?
いや、女と見れば、男がいてもお構いないし︱︱︱︱というか、
賭けてもいい。
気がついているけど、無視している。 グラン・オム
グラン・オム
巨人族の女には手を出さないんじゃなかったのか?と思ったが、
彼女は巨人族が連れている女であった。
グラン・オム
どうみても、女は巨人族ではないと判断したのだろう。
肉体の曲線に視線を流した後、トーテルの口笛が響く。
異国情緒漂う面立ちも、肉付きも好みだったらしく、鼻の下を
伸ばしている。
ついでに、尻尾ははちきれんばかりに左右に振られている。
﹁俺と熱∼い一夜なんて、どう?ま、イチモツの大きさは負けるけ
ど﹂
下賤な冗談に、酒場でどっと笑い声が起こる。
946
まさに立派な三下の悪役である。
﹁ちょ、トーテル﹂
リーダーが口を塞ごうと慌てて立ち上ったが、足元がふらつい
ていた。
酒豪の彼ではあるが、既に樽ひとつと、無数の瓶を空にしてい
る。
﹁俺、朝までがんば︱︱︱︱﹂
グラン・オム
流れるように巨人族の男が女を守るように片腕で抱き上げ、椅
子から立ち上がったトーテルを一瞥することもない。
ただ男は、ぽん、と軽くトーテルの肩を叩く。
挨拶でもするかのように。
瞬間、硬直したトーテルの言葉が途切れ、椅子に逆戻りした。
947
無詠唱でなんらかの雷系列の術式を放ったようで︱︱︱もしか
すると、詠唱がなかったので、違うかもしれないが︱︱︱見た目、
さして変わりないもののトーテルは白目を向いて、口と毛並みの部
分から、プスプスと僅かに黒煙を吐いている。
どうやら、魔術師系列の御仁だったようだ。
シス
ペレヌ
聖職者系列だったら、生ける伝説である前六徒の﹃歩く聖地﹄
やら、﹃武威の法王﹄とふたつ名で知られるアジャン神徒であった
だろうが、彼は確か未婚であるので、別人であろう。
冒険者酒場としては、チェーン店に比べれば、﹃星の揺り篭﹄
は規模は小さい。
サントル中心に活動する初心者から、中堅ぐらいが使用する宿
だ。
まさか、そんなところに、引退したとはいえ大陸の英雄がいる
はずもない。
ローカル・ビール
一気に地麦酒を煽る。
やはり、世界は広いと感じる。
少なくとも自分では泥沼戦か、勝てないであろうトーテルが一
瞬である。
酒場に一瞬の沈黙。
鉱石ラジオから流れる音楽だけが響く。
948
女は不思議そうな顔をしたが、そのまま二人はカウンター席に
向かっていった。
しかし、すぐに酒場は何事もなかったように、喧騒に包まれた。
冒険者同士の喧嘩も、一方的に伸されるのも、よくあることな
のだ。
冒険者酒場の調度品は、なにより頑丈であることを好まれるら
しいというのに妙に納得できる。
致死ではなかったようで、痙攣して﹃あばばば﹄と意味不明な
言葉を発している。
リーダーは苦笑を浮かべて、神法官であるマイズがトーテルに
回復魔法をかけようとしているが、杖が定まっていない。
﹁え∼と、どのトーテルにすれば⋮⋮右か、左か、真ん中か?﹂
鉱石ラジオから流れるタン・レンザ指揮の﹃おお尊き人よ、霧
の中の我らを導きたまえ∼純人族の帰還∼﹄の第六楽章の悪の純人
族フェン・ツィーを倒して都に戻る﹃アスカ=オオクラの勝利の凱
旋行進曲﹄の力強い管弦楽器を聞きながら、私たち旅団は再び浴び
るように飲みだした。
949
人業の欠片、戦禍の火種︵前書き︶
微妙に世界のダークサイド的なしょっぱいオトンヌさんと???さ
んで、掲載はちょっと考えちゃったぐらいの、あれなのでお気をつ
けくださいませ。
ひよこマッチからのお知らせでした orz
950
人業の欠片、戦禍の火種
ジ、ジジと、まるで昆虫の羽音にも似た音が、微かに耳朶に届く。
宴会場となった中央広場の喧騒を遠巻きにしたこの場所で、それ
を合図にしたかのようにオトンヌは足を止めた。
その音以外に、予兆はまるでなかった。
本来、生き物にはあるはずの生命力も、魔力もまるで感じられぬ
まま、フードを被った男が隣に立っていた。
目の良いものならば、その姿に時折ノイズが走るのが見えただろ
う。
更に勘のいいものならば気がついたはずだ。
その足元に、影がないことに。
﹁あれが⋮⋮⋮お前の息子の、つがい、か﹂
鷹揚に欠け、確認作業をするような声色で、見知った誰かと似た
951
ような声ではあるが、誰の声だったかオトンヌは思い出せない。
フード
身長の高さだけを伺えば、巨人族なのだろう。
イアブルー
ファ
外套の頭巾が風に靡いて、一瞬だけ長い黒いの前髪の隙間から青
火色の瞳が晒された。
細められた眼差しは、強い羨望が浮かんでいるが、すぐに前髪に
隠れる。
﹁ええ、そうですとも﹂
隣に立つオトンヌ=アジャンは、その招かねざる客に困ったよう
な、誇らしいような、微妙な表情を浮かべ、されど明瞭に答えた。
巨人族の出生率は、緩慢にだが下がっている。
それに合わせて巨人の子供は減り、異種間とはいえ、他の里は知
らぬがペイ・ナタルでの、つがいの誕生は久しかった。
だから里を上げてのお祭り騒ぎとなり、住人ほとんどが参列して
いるが、近くの巨人の里の村長か、それに近い上役が駆けつけてい
た。 今は八しかない巨人の里の上役が五人。
それから、その付き添いが数名。
952
里を離れていた期間が長いとはいえ、オトンヌが知る限り、この
数の上役の集結は異例のことだった。
皆、古き良き時代に、︻十二の剣︼と呼ばれた最後の王の腹心達
の子孫である。
﹁⋮⋮︱︱︱︱貴方の方が、よくご存知でしょう?﹂
里の誰もがオトンヌが彼らを呼び寄せたと信じているだろう。
彼の先天的な能力は隠されているものではない。
だからオトンヌが﹃彼らが来たのは君が呼んでくれたからであろ
う?﹄と言われれば、是と答えるより他ないし、やってきた来訪者
たちも、同様の質問に﹃オトンヌが招いた﹄と答えるだろう。
しかし、それは気の進まない嘘であった。
彼は息子と、息子のつがいがやってくることは無論、知っていた。
だが、オトンヌは、上役の誰一人にも、連絡していないのだ。
彼には彼の思いがあって、このつがいの結婚式は、里内で︱︱︱
︱我侭を言えば、家族と数名の親戚の内々で終わらせてしまいたか
った。
そうなると、彼らに連絡したのは、自分に息子の到着を告げたも
953
の。
もしくは、それに連なるものだけだ。
無言を貫くことで、黒髪の人物はオトンヌの言葉を肯定した。
主役である小さな義理の娘が此方に気が付いて頬を綻ばせ、喧噪
から遠いオトンヌへと、なにが嬉しいのか感謝するように頭を下げ
た。
片手を上げて、微笑みを返しながら、胸を痛めた。
カッシェ
ふわりと揺れる風に舞い上がる黒髪から、他の者達には見えぬで
あろう丸耳が覗いたせいだろう。
それを目にした刹那、堪らずに口を開いていた。
﹁なぜ、ですか?﹂
ため息にも似た吐息で、オトンヌが口を開く。
先ほどと変わらぬような声色だが、男に対する詰難の色は濃い。
﹁我が一族は、次男のヴェルスに子がいる。細々とはいえ、血は続
く︱︱︱それでは足りないと言うのか?﹂
954
ずっと答えが知りたくとも、そう問うことを恐れていた。
オトンヌの知識と想像で、導き出した答えが、歴史に隠された裏
の真実である可能性があるからだ。
ファンオム・ジュア
たとえは、︻ラコンテ=アジャン︼の。
そして︻終末の純人族︼の。
禁忌の二人の間にできた子供が、オトンヌの始祖であるというの
ならば。
この男は、ずっといた。
オトンヌが生まれた頃から、父の話の中で、祖父の幼少期に︱︱
︱︱同一人物であるならば、巨人族としては、想像を絶する寿命で
ある。
彼が巨人族ではないというのならば、なぜ彼は巨人族の王族の血
を守り続けようとするのか。
﹁そもそも、なぜ貴方達は⋮⋮ジェアンに固執するのですか?﹂
955
ディユー
本来ならば女神やこの男はオトンヌが望まぬ限り、答えを出さな
いし、導くことはない。彼等ではなく、オトンヌの負荷になるから
だ。
兄弟揃ってなら、自分の息子、もしくは王族の血筋と割り切れた
だろう。 何もせずとも、与えられるのは長男のジェアンの情報だけ。
﹁私が⋮⋮︱︱︱を、模して、人に︱︱︱︱︱れた⋮⋮だろう、な﹂
そよ風にですら消え入りそうな、苦悩の滲む呟き。
フード
男は祭りの喧噪に背を向け、静かに頭巾を取る。
長い黒の前髪が、悪戯な風に踊り、露になった面立ちに思わずオ
トンヌは呻いた。
少なくとも男がジェアンに興味を持つ理由を知り、男の本当の種
族を間違いなく理解した。
﹁⋮⋮⋮燻ぶる戦火を消せぬかもしれぬ﹂
956
嫌な予感が脳裏を過ぎり、オトンヌは眉根に深く皺を刻んだ。
・・・
巨人族の王族である息子のつがいが、純人族であること。
この結婚式に︻十二の剣︼が終結したという事実。
そこから導き出される、最悪のシナリオ。
男たちは、世界を巻き込むほどの戦渦を、再び巨人族の力を持っ
て、終結させようというのか。
まだ起きても居ない戦争のための︱︱︱︱︱︱布石だというのか。
﹁私とて、望んではいない﹂
ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせようと開いた口を、その言葉で
オトンヌは辛うじて飲み込んで、奥歯が砕けんばかりに噛み締めた。
望んでおらずとも、必要とあらば、戦禍を収める為に祭り上げる
のだから。
シス
そうして、導かれ、捧げられたのだ。
オトンヌも、自身が望まぬ六徒への道を歩んだように。
957
﹁オトンヌ=アジャン。お前達一族を憂う気持ちは嘘ではない。何
ファンオム
ファンオム
事もなければ、彼らは静かに一生を終えるだろう⋮⋮今まで多くの
純人族が来た。そして、これからも多くの純人族がやってくる﹂
昆虫の羽音にも似た音が再び耳朶に届くと、男の姿は何処にもな
かった。
まるで、最初から存在などしていなかったように。
﹁お前も、人の遺物で知っただろう。人は神ではない、種を守るた
めに神になろうとした愚かで高慢な生き物であった、と︱︱︱︱︱
⋮⋮﹂
しかし、男の声だけは、明瞭に響いた。
眩いばかりの祝福を受け、輝く息子夫婦を眺めながら、オトンヌ
は信仰するイス神に祈りを捧げた。
老い先の短い自分がどうなってもいい。
せめて、彼らには一日でも長く平和が続くように、と。
958
959
異世界の夏は今日も平和です R18
サクラが、異世界で初めて迎えた夏である。
都心のヒートアイランドを経験したことがあるサクラにしてみれ
ば、非常に過ごしやすかった。
家の周りが緑に囲まれているということもあるだろうが、あの日
本の夏独特ともいえる纏わりつくようなジメジメ感が殆どない。
あるとすれば、虫が発生するが、通販で買った虫取りが室内では
大活躍しているので、外出時には虫除け香水が欠かせないが程度の
話である。
大雨の日ぐらいだが、気温が下がるので、過ごしづらいというこ
とはない。
スコールでも数時間すれば、涼しげな風が吹く。
扇風機やエアコンといった空調設備のようなものは高価な魔法道
具らしく、一般的には普及してないようだがあるようだが、必要な
さそうだ。
四か月近くある夏の中で三十度を超える日は片手もない程度。
サクラは冷え性だったので、下手に冷房がかかっていると、なに
か羽織らなければいけない時もあるほどだったし、外との気温差で
体調を崩すこともあったが、ここではそれもない。
960
十分、快適と言える部類だろう。
なので夏バテなどの心配は皆無で、普通に過ごす分には問題ない。
︱︱︱︱そう、普通に過ごす分には。
+ + +
夫ジェアンは、我慢強い巨人である。
夏の暑さにもさして動じないが、熱くないわけではないようだ。
体温は上昇しているようで、殊の外自分よりも体温が低いサクラ
の肌で涼んでいた。
最初の頃は頬を寄せたり、露出した部分を触れているだけだった
が、徐々に服の中に手を突っ込むようになり、仕舞にはサクラの服
を奪い、自らもまた裸に直接触れ︱︱︱︱無論、それだけで済むは
ずもない。
夫の辞書に書かれた我慢強さの欄には、妻に対する性欲を除くと
明記されているに違いない。
961
盛り出したのは、すぐだった。 ﹁あっ、い⋮⋮んっ!じぇあん⋮っつぶ、れちゃうっ、からぁ﹂ ひんやりとした壁に背中を押し付けられ、夫・ジェアンと板挟み
になっているような状態だった。
いくら巨人族では平均身長を下回っているとはいえ2メートルを
超えたジェアンと、日本人女性としては背が高いが180センチも
ないサクラの身長差だ。
ジェアンは見た目以上の腕力を有しており、サクラを持ち上げる
など日常茶飯事だ。
衣服をはぎ取られ、愛撫の間に浮遊感を感じた。
いつもなら、寝室へと向かうはずなのに、壁に背を預けさせられ
た。
﹃背中、冷たくて気持ちいいだろう﹄
夫の親切心であったのだろうが、その後が酷かった。
いくら過ごしやすいとはいえ、真夏。
少し動き出すと汗が噴き出して、全身至る所を汗が流れている。
962
いつもの愛撫ではあるが、すっかりと性感を開発され、ジェアン
からの悦に慣れきったサクラは朦朧としていた。
気が付けば腰が浮き上がり、立ったまま花園を貫かれていた。
当然、身長差から足が付かないどころか、全身を貫く悦に、ぴん
と爪先までのびきった状態で、浮き上がったままである。
いくら腰と片足で身体を支えられ、背を壁に預けているとはいえ、
己の体重が花園に集中した。
身体に見合ったジェアンの太く長い性器に幾ら慣れたとはいえ、
不安定な体勢のまま、最奥を容赦なく突き上げられ、高みに上りそ
うだった。
すでにドロドロに蕩けて、太腿に幾筋も愛蜜が伝い、数度小突か
れただけで、床に滴るほどだ。
﹁ぃ、んあぁっ、まっ、てぇえ、ぃあぁぁっ︱︱︱﹂
力の入らない腕で、懸命にしがみ付き、両足をジェアンの腰に回
す事で、サクラは強すぎる悦を緩和しようとするが、しがみつく姿
に興奮したジェアンは、更に激しく下から突き上げる。
もう数え切れぬほど情を交わしているとはいえ、子宮まで受け入
963
れることはここ最近の話だ。
それも、長時間の交わりの後で、だ。
だというのに、今はごつ、と一際強く責められ、子宮まで侵入し
てきた。
﹁︱︱︱︱︱︱っ﹂
﹁さ、くらっ⋮⋮ぜんぶ、はいった﹂
子宮の奥まで受け入れ、根元まで入ったジェアンは感極まったよ
うに囁く。 声もなく絶頂を迎え、震えるサクラの腰を抱え直し、ジェアンは
サクラの肌で涼を取っていることなど完全に忘れ、荒々しく腰を揺
す振りだした。
964
世界の不思議な種族図鑑 著アルジャン=オット︵前書き︶
Introduction はじめに
私の一族は昔から研究者気質の家系だったようだ。
父親は純人族をテーマに趣味で研究をしていたし、祖父は魔学の中
でも恐れ多くも第七階級の時間魔術を、曽祖父は世界の魔圧分布を、
曽祖父の父は︱︱︱そうして家の書庫は積み重ねられた専門書と、
彼らの覚書で埋め尽くされていた。小人族は記録を取るのが好きだ
というが、いうまでもなく我が家もそうであった。著名な歴史家に
小人族が多いのもうなずける。一説には一番日記を綴る種族も小人
族なのだとか。ともかく普通の子供ならば蔵書の数と光の指さない
書庫で泣き出しそうなものだが、私には格好の遊び場だった。
そうして、私が興味を持ったのは﹃種族﹄だった。
﹃民族﹄といってもいいだろう。
自分と友人の身長の差を僻んで︱︱︱私は小人族で彼は巨人族のだ
ったので当たり前だが︱︱︱喧嘩したこともあったが、それが種族
差であることを知った。
それがきっかけとなり、なぜあの種族は尻尾があるのに自分にはな
いのか?羽を持つ種族がいるのに、なぜ自分は羽がないのか?
どんどんとのめり込み、気がつけば幼少の私は、様々種族を覚書に
書き込んでいくようになった。
世界には数多の種族がいるが、数も生態もはっきりしているものは
少ない。
ただこの本は覚書から、簡単にまとめただけで、図鑑というのには
お粗末だが、あえてそう呼ぼう。
本書を手にした貴方が、他種族に対しての理解を深め、少なくとも
965
私のように馬鹿な事で友人と喧嘩をしなくてすむように、心を込め
て。
アルジャン=オット
966
世界の不思議な種族図鑑 著アルジャン=オット
[世界の不思議な種族図鑑]第五巻 著 アルジャン=オット
ファン・オム
★★★ 純人族
オム
現代では絶滅した古代種。
この世のすべての人族の始祖といわれているが、その実態も多くの
謎が残っている。
その姿を見たものは数が多くはなく、写実も現存しているものが少
ないため、正確かどうかはわからないが、ミュゼ博物館に飾られて
いる多くの源流となった種族が並んでいる﹃最後の箱舟﹄の絵画か
ら、ほかの並んでいる種族から比較し、推測すると、女性は身長1
55センチから160センチ。男性は175センチから180セン
チぐらいだろうか。描かれているのは男女共に﹃ジャッポン民族﹄
プティ・オム
なので、他にも存在したといわれる民族は身長は不明である。
グラン・オム
巨人族、小人族の姿に酷似しているが、彼らの種族の特徴はなんと
オーグル
オーグル
いっても耳が丸かったらしい。
鬼族のような耳だが、鬼族のように額から角は生えていない。
サヴァン
ディリジェ
特殊な魔法を使う者はごく少数おり、彼らは学者と呼ばれており、
他の種族にない力を持っていた。
ノーファン・オム
サヴァン
彼らが永遠の生命を持つといわれる鉄と賢者の石で出来た﹃道標﹄
と呼ばれた人造純人族を生み出した学者の死亡で、大陸暦187年
に絶滅されたと発表されている。
ファン・オム
純人族は、この世のどの種族よりも弱いであろう。
しかし、その﹃柔軟な命﹄を持つが故に、我らが地上に住まう種族
967
オム
は、すべて彼らから派生したのである。
我ら、この世に生きる人族存在こそが、彼らの生きた証ともいえよ
う。
+ + + [世界の不思議な種族図鑑]第七巻 著 アルジャン=オット
ワゾー・オム
★★★ 鳥人族
女性の平均身長168cm、男性平均身長182cm。人型であり
背中に二枚の翼、四枚の翼、六枚の翼を持ち空を飛行することので
きる種族。足は四又の鳥足。嘴のある種族もある。
ソム・デニエ
種族全体としては同族意識が強く、集団での行動に長ける。反面、
和否者と呼ばれる全身に色彩を持たない突然変異の固体に忌避感が
あるようだ。
一部の鳥人族を除けば、共通するのは夜目が利かず、陸を走るのが
速くはない。それから獣人族とは本能的にそりが合わないようだ。
ゴジェゴジェなどの大木を自然に利用して、高い場所に巣を作るが、
種族によっては寒くなると南へ渡るので、巣を複数持っているのも
珍しくはない。
+ + +
[世界の不思議な種族図鑑]第二巻 著 アルジャン=オット
グラン・オム
★★★ 巨人族
968
ファン・オム
女性の平均身長250cm、男性平均身長300cmの純人族に酷
似した姿をしているが、耳が尖っているのが特徴。
種族的にとても力が強い。女性も自分の体重以上の物を持ち上げる。
女性は情熱的であることが美徳とされ、男性は身長が高いことが美
徳とされている。
グラン・オム
この種族は女性が嫉妬深く、身内以外の女性と口を聞いたり、ひと
つの部屋に一緒にいることも許されないため、巨人族の男性には不
文律の戒律となっている。
ちなみに男性は温厚で物静かだが、女性と真正面から接することが
少ないので純情であるらしい。
世界でも数本の指に入る女性至上主義。
+ + +
[世界の不思議な種族図鑑]第四巻 著 アルジャン=オット
プティ・オム
★★★ 小人族
ファン・オム
女性の平均身長140cm、男性平均身長155cmで世界で最も
純人族に酷似した姿をしていると言われている種族。耳が尖ってい
るのが特徴。
ファン・オム
種族全体としては純朴。好奇心が強く、感情が豊かでお祭りが好き。
純人族に次いで寿命も短く、世界最弱だという話もあるが、順応性、
プティ・オム
メレ
プティ・オム
繁殖能力が高く、世界各地のどこでも存在する。正確な統計ではな
いが小人族の混血児も含めば、世界の人口の四割から五割が小人族
であると考えられている。
その観点から、彼らは世界最強という話もある。
969
970
民族学者アルジャン=オットの研究手帳︵前書き︶
[民族学者アルジャン=オットの研究手帳] ︱︱︱最初の一ページ
きょう、あいつとけんかをした。
つよい。
わたしよりも、おおきいだけでもはんそくなのに、まほうまでつか
ってくるなんて。
まともにやってはかてるわけがない。
まえに本でよんだ。
えらいひとが﹃おのれをしり、あいてをしれば、ひゃくせんあやし
からず﹄といっていた。
そーきゅーに、あいつのじゃくてんをさぐってかつのだ!!
=== 拙い文字が並んでいる。
971
民族学者アルジャン=オットの研究手帳
[民族学者アルジャン=オットの研究手帳] ︱︱巨人族抜粋 年頃の男女が会話もなしにツガイになるのは難しいのではないかと、
思われたが、意外にも多くの夫婦が存在する。
どうやら、年頃の娘が男を見初め、声をかけ、男がそれに声を発す
ると恋人同士︱︱を通り越して、夫婦になるらしい。驚くことに、
トンベアムール
それで成立するらしい。
グラン・オム
一説によると﹃一目惚れ効果﹄とも言われている。
他の種族ではあまりないことで、一説によると巨人族のハーフが滅
多にいないのも、このせいではないかと言われている。
今後も、調査が必要である。
それに図鑑に書き込むことは憚られるが、どうやら夫が妻に対して、
グラン・オム
奴隷のように甲斐甲斐しいのは、どうも夜の営みが激しい?ねちっ
グラン・オム
こい?らしい。巨人族の男は体に見合った性器であるせいかもしれ
ないが⋮羨ましい限りである。
さすがに実地の調査はできなかったが、夜に巨人族の里を歩くと、
女性の艶声に事欠かない。
考えてみると、朝に未婚の娘と妊婦以外に歩いているところを見た
ことがない⋮⋮それをどう解釈するべきか、悩むべきところである。
+ + +
972
[民族学者アルジャン=オットの研究手帳] ︱︱巨人族抜粋 地方によっても異なるが、彼らはとても不思議な習性を持っている。
血の繋がらない男女が話をしないことも含まれるだろうが、男女の
会話が成立し、婚姻関係となると、なぜか自分の家で初夜︱︱彼ら
の言葉では蜜期と呼ばれている。夜ではなく期というのは初夜が一
日ではなく数日から一週間程度続くせいだと言われている︱︱を迎
える。
その間、同居している身内は大抵巨人族の里に建られている教会で
寝泊りをするのだ。教会はいついかなるときもそれを拒まないよう
だ。
それから、新婚生活が始まると、夫婦は同じ寝室で生活するにもか
かわらず夫は妻の為に新しい部屋を準備する。これは自分の家に妻
の居場所があるということを言外にアピールしているようだ。主に
妻が月経になった時に使用される。夫は妻を自分の性欲から妻を守
るという意味合いがあるらしい。このことから、巨人族の里では、
ベット・オム
蜜期が終わって、真っ先に妻の部屋を作る夫は、かなり性欲が強い
と言われている。
そして、頬擦りだ。これは獣人の四本足の間では求愛行動だろう。
だが婚姻した男女には朝の挨拶代わりに使われている。種族にもよ
って異なるが多くの夫婦は挨拶に頬に口付けるのが一般的だ。しか
し、彼らは夫婦になると挨拶は頬擦りになる。その経緯や詳細は未
だ不明である。
夫から頬擦りすることもあり、妻から頬擦りすることもある。
回数が多ければ多いほど、欲求不満の度合いを示すと言われている
が、はっきりとはしない。
+ + +
973
[民族学者アルジャン=オットの研究手帳] ︱︱巨人族抜粋 グラン・オム
﹃触らぬ巨人族の女に災いなし﹄︱︱世界の諺
グラン・オム
ファン・オム
巨人族は閉鎖的な民族であるが故に大陸史の表舞台に出てくること
は滅多にない。最後の純人族の多くいた従者の一人﹃語るラコンテ﹄
ぐらいだろうか。
グラン・オム
地味ともいわれている民族だが、上記の言葉は有名であろう。
最初の諺は、何千年も前から伝わっており、女性至上主義の巨人族
の女を酒場で見かけても、その尻を撫でてはいけないという警告で
グラン・オム
ある。
グラン・オム
巨人族の女だけならば、一発殴られて、前歯を一本か肋骨を折られ
る程度で済むが、もし巨人族の男が周囲にいたなら、たとえ同郷の
グラン・オム
グラン・オム
女ではなくとも、触れた男を八つ裂きにするだろう。
巨人族の男は温厚で物静かというが、それは巨人族の女がかかわっ
グラン・オム
ていなければ、である。
私の友人である巨人族の男は、魔法の展開の失敗で顔の半分の火傷
を負わせ、右目を失明させかけてしまった。私が心から謝ると、あ
っさりと謝罪を受け入れてくれた。失明はしなかったが、大怪我だ
ったし、火傷の跡も残ってしまったのに笑っていた。ワザとじゃな
いのだから、叱責などないと。なんという大らかさだろう。
だが友人は他愛のない茶の席で、社交辞令として﹁お前の妻は美し
いな﹂と言ったところ、私は半殺しにされた。
+ + +
974
[民族学者アルジャン=オットの研究手帳] ︱︱純人族抜粋
ファン・オム
世界の種族の根源である純人族は、どの種族よりも肉体的にか弱い
とされている。
オプスキュール
様々な文献から読み取れるように、急激な温度変化に弱く、世界に
ある黒領地の毒沼に近寄っても、火山地帯の炎の大地に入っても、
ほとんど生命の望みは薄い。
血液が体内から三分の一が流れるまず助からないとも、個人差はあ
サヴァン
るようだが水中に数分と入ってもいられないらしい。
魔物から身を守る術をほとんどもたず、学者が作ったといわれる魔
法道具だけが、彼らの命綱だったとされている。
そう考えると、この大陸は彼らにとっては非常に住みづらい場所だ
ったのだろう。
エルフ
寿命も長くても、たったの百年であるらしい。
共に生まれた長命種族の子供が成人するとしには、老衰していると
いうことになる。
大陸暦元年には数が老若男女合わせて、4名しか確認されておらず、
彼らは何百年も閉鎖的な﹃黒の塔﹄で近親者の婚姻を繰り返してい
サヴァン
たために、さらに数を激減したようだった。
彼らは学者の一族で、最後の一人まで古代遺跡を蘇らせ旧世界の研
究をしていたというが、その資料は﹃黒の塔﹄に保管されたままで
ある。もし万がそれらが流出したとしても、我らはその光輝く文字
を解読する術はない。
ただ彼らは、驚くほどに﹃柔軟な命﹄を持っている。
・・・・
これは歴代の研究者たちの命題でもあるだろうが、はっきりとはい
えないが彼らの特性は驚くことに、どの種族とも、子をなすことが
975
できるといわれている。
ン・オム
オプスキュール ディアーブル
ファ
大陸で法が規制されていなかった頃黒領地の魔人たちがこぞって純
人族狩りをしたというの有名な話だ。その被害者数は正確には記載
ドラ・オム
されていないが、何百とも何千とも言われ、奴隷のように扱われた
エルフ
という。彼らの数が激減したのは想像に容易い。
ディアーブル
ダークエルフ
寿命の長い生物は繁殖が難しく、理知的な長命種族や、竜人族とは
違い、欲望に流される魔人や長命種族にこそ、人の血が多く流れて
いるとは皮肉なものである。
+ + +
グラン・オム
[民族学者アルジャン=オットの研究手帳] ︱︱巨人族抜粋 ドラ・オム
﹃この世の最後の女が竜人族か巨人族だったとしても、ツガイがい
るなら手を出してはならぬ。自分の命が惜しいなら﹄︱︱︱栄えあ
るトュルキル領地の迷える若き青年の理想の花嫁探しの旅 第六巻・
最終章﹃遺言﹄より抜粋
ベット・オム
上記の言葉は、世界でも有名な南国出身の獣人のプレイボーイの男
の半生を綴った書物で、たしか数年前に絶版になったように噂で聞
いた。非難を浴びはしたが、民俗学者としては、そこそこ面白かっ
たといえよう⋮⋮男と女性たちの夜の描写が生々しくはあったが、
艶本として購入したわけではなく、様々な種族の女性の研究材料と
して︱︱︱中略︱︱︱ともかく、内容はお察しの通り、生涯をかけ
976
て、理想の花嫁を探し、様々な種族の女性と恋に落ちた男の話であ
る。
グラン・オム
彼が138歳になった時に、西の都で出会った身長247センチの
巨人族の女に一目惚れしたのだ。
その場でたまらずに口説き、手を握ったらしいが、それにはツガイ
グラン・オム
がいたようで、その場で切りつけられたという。
グラン・オム
後に領地の最高裁判で目撃者が巨人族の女を口説き、ツガイの目の
前で手を握ったと証言すると傷害罪で拘束されていた巨人族の男は
ベット・オム
青年を半殺しにしたにもかかわらず、無罪となった。当然の結果で
ある。
青年が獣人でなければ死んでいただろう。
ドラ・オム
ちなみに竜人族の女には、口から火を吹かれて、ミディアムにされ
たらしい。
+ + +
[民族学者アルジャン=オットの研究手帳] ︱︱巨人族抜粋 グラン・オム
巨人族のツガイに対する感情は、他の種族の盲目、執着に近いもの
ベット・オム
があるが、少々異なるようだ。
たとえば獣人ならば強い執着を持つが、ツガイが不慮の事故や、不
運に見舞われて失った後、自失するだろうが、多くは立ち直れない
わけではない。新たに前を向き、新たなツガイを見つけるに至るま
でには時間がかかるが不可能ではない。
977
グラン・オム
トンベアムール
しかし巨人族は﹃一目惚れ効果﹄で恋を実らせるにもかかわらず、
心の繋がりがとても強く、男女問わず、事故や不運でツガイを失う
グラン・オム
と、残された片方は直ぐに狂気に陥るか、自害してしまうのが殆ど
である。
ツガイを失っても、生きている巨人族は殆どいない︱︱いや、いな
いといったほうがいいだろう。
ただ例外として、子供を授かっている者と、ツガイを殺された者は
ペ
死ぬまで殺害者を許すことはなく、命の限り追い続ける地獄の猟犬
となるだろう。
イカルト
ディアーブル
グラン・オム
一般的には知られていないが歴代でも五本の指に入るといわれた第
四領の七十六番目の魔人の領主が巨人族に暗殺されたことは、妻も
しくは恋人を殺されたために報復されたと伝わっている。
978
とある巨人族の聖職者の家族
︻とある巨人族の聖職者の両親による正しい巨人族の求婚︼
私は巨人族の女である。
今日は私の三十歳の誕生日。ようやく私も成人の年となった。
朝起きると両親が⋮否、母はまだベットから出てきていないので、
朝食を作っていた父が挨拶の変わりに﹃おめでとう﹄と声をかけて
きた。
私は﹃生んでくれて有難う﹄と感謝の言葉を口にして、二人で朝食
を食べ、終わった辺りで母が腰を抑えながら、覚束ない足取りで出
てくる。
珍しいこともあるものだ。父も驚いたようすで、すぐに手を貸して
いた。雨が降るかもしれないと思ったが、娘の誕生日を祝うために
出てきたのだと思うと胸が熱くなり、母と熱い抱擁を交わした。父
同様に感謝を告げる。母は部屋に戻り、父は近所の家に移動した。
昼ぐらいになると身なりの整えた母と近隣、親戚、友人の女が集ま
ってくる。多分狭い村なので、村の半分近くの老若の女が成人祝い
に、刺繍の美しい綺麗なドレスやら髪飾りを用意して、部屋で私を
美しくしてくれる。
この日だけは、私は村で一番綺麗な女だ。
数時間後、白いドレスに身を包んだ私は逸る思いに任せて、ある男
の家の扉を蹴破っていた。目的の男は、ふっとんだ扉が当たったよ
うで地面に転がり伸びていたが数度蹴りを入れると、よろよろと起
き上がった。
979
﹁オトンヌ=アジャン、私を娶りなさい!!﹂
生粋の村生まれで、外にも出たことがない私は、生まれて初めて他
人の男に話しかけた。煩いくらい、心臓が高鳴る。
男はものすごく呆けていた。それはそうだ。彼は六十歳近い聖職者
で、私よりも一回りも違うのだ。二メートルの私と身長が十五セン
チしか変わらない。
男は泣き出しそうな満面の笑顔で応の答え、私のファーストキスを
奪い抱き上げると、素早く寝室に移動した。
鍵を閉めて、私をベットに放り出すと、雄雄しく覆いかぶさってく
る。
新婚の蜜期だ︱︱そう、私たちは結婚した。
+ + +
パーティ
エルフ
︻とある巨人族の聖職者の弟による世にも珍しい巨人族の求婚︼
プティアミ
シス
俺は兄と小さき友とさまざまな種族の数名の道連で長命種族領を歩
いていた。
このところ複数の土地で魔物の増加に伴い六徒に王国より正式な調
査が依頼され奔走していた。もしかすると、この事件は世界を揺る
シス
がすほどのものとなるかもしれない。
兄も六徒の一人であるがため、俺も付き添うことにした。
いつものことだ。兄は不器用というか巨人族らしい巨人族である。
女との会話を拒み、ある時は女が止まる宿には泊まれないと外で野
980
宿したこともあった。難儀な人である。
そのせいか父も心配して、俺をいつも一緒に行かせる。俺も兄ほど
ではないが武術にも魔術にも、心得があるし、家で心配しているよ
りはましだ。尊敬もしてるし、助けになってやり︱︱︱⋮⋮ふわり、
と香る汗は花の香りがした。
年は四十台ぐらいだろうか、この領地に似合わない巨人族の女性で
オレイユ
ある。身長は二メートルもないかもしれない。赤毛で褐色の肌、彼
女も冒険者らしい。耳に耳飾もない。未婚だ。きっと俺の住んでい
た所の女だ。どこかで見たことがある。そうあの時は未成年だから
何も思わなかったが、俺はもう成人しているのだ。
どきどきする。胸が破裂しそうだ。
彼女が俺の不躾な視線に気がついたようで、目があった。
頭の中でからーん、ころーんと協会の鐘が鳴って、今まで生きてい
た世界が灰色のように思えた。彼女も同じだったのか大きく目を見
開いていた。その表情が、年上なのに可愛い。好きだ。いや、愛し
ている!
﹁俺の妻になってくださいぃぃぃ!!!!﹂
俺は全力で駆け寄りながら、滑るようにジャッポン民族特有の謝罪
体制に入り、大通りのど真ん中で叫んでいた。
しまった!普通は逆だ!しかし、叫んでしまったものはもうしょう
がない!俺はこの女が否と言ったら自害する所存だ。
その決意が伝わったのか、女は頬を染めて頷いた。可愛い!綺麗だ
!もうお前しか見えない!愛してる!名前も知らない、我が妻!
俺は彼女を担いで、領地を疾走する。一秒でも早く家に戻って、彼
パーティ
女を愛さねば!
背後から兄と道連が叫んでいたが、どうでもいい。
ついでにいうと、世界を揺るがす事件もどうでもいい。目の前の名
981
前もしらない妻より勝るものは何一つない。俺はそう断言できる!
俺は薔薇色の新婚の蜜期に向かって百キロ先の村まで、自分の家ま
で彼女を抱えて、全速力で走り続けた。
+ + +
︻とある巨人族の聖職者の父と弟の午後︼
弟は父の心配をしていた。
この父は妻を失ってからというもの、時々よく分からないことを口
にすることが多い。そして、ここ数日、物凄く拍車がかかっている
気がしてならない。我が愛妻も父の様子を見てくるように進めてく
れた。なんてよくできた妻あろう。ハイキックで俺を外へと追い出
した姿すら可愛い。いや好きだ!愛している!たとえ妊娠していて
Hができずともこの燃え上がる︱︱︵二時間後︶︱︱話がそれたが、
様子を見に来た。
﹁はっ、神の声が聞こえる!あいつが女の足を光悦として、ナメナ
メしているような気がすると!﹂
﹁ないない!あんな巨人族の中の巨人族みたいな、奥手の堅物が!
また明日来るからな﹂
勘で適当なこというな適当な事を。
﹁はっ!!神の声が聞こえないのか!あいつが夢の中で女にエロエ
982
ロの限りを尽くしていた、と!﹂
﹁ないない!天変地異だぞ!また明日来るからな﹂
だから、ないって。
どんだけ、神が兄貴に女作らせたいんだ。
﹁お、やべぇ⋮昨日、こなかったけど大丈夫か親父﹂
﹁はっ!!神の荒い鼻息が聞こえる!あいつが女を真昼間から森の
ディユー
中でやっちゃってたり、なかったりだと!むむディープキスだけで
すか!相手が腰を抜かすほどの!おお女神よ!﹂
﹁⋮⋮親父、いっぺん領地の医者にかかんねぇか?﹂
ディユーブーシュ
弟は聖職者の父の特殊能力である﹃神託﹄の力を激しく疑った瞬間
モデスト・
であった。彼の言葉で自分を含む里の巨人族は移動したのだが⋮本
当に大丈夫だったのだろうか??
+ + +
︻とある巨人族の聖職者の父と母と兄弟の思い出話︼
ピクニックに出かけようと言ったのは幼い弟だった。
プーサン
二軒隣のジャンソンさん家の弟と同い年の長男が、数日前に慎まし
き雛湖まで家族で出かけたのだと、自慢していたせいだろう。家の
すべての決定権は母にある。母が﹃駄目だ﹄いえば無理だろうが、
幸い母から了承をえることができた。
983
﹁いいわよ。明日行きましょ。あなた今晩私、自分の部屋で寝るわ﹂
﹁な、なんだってぇ!!﹂
大げさに驚いた父が、よろよろ、と数歩下がる。
その時点からひと悶着あったが、昔からなので、弟と俺は明日のピ
クニックのために早々と寝ることにした。
次の日、目の周りに痣を作っているにもかかわらず満面の笑みの父
が愛妻⋮愛父弁当を作り、母がよろよろと腰を抑えて夫婦の寝室か
らでてきた。子供ながらに二人のやり取りが目に浮かぶようだ。
ディユー
父は母が月のもので、自室に篭ると物凄く機嫌が悪いというか﹃は、
いま寝返りをうったのですね!おぉ女神よ﹄と一日中、妙な事を口
走っていて、正直怖い。この時ほど、早く母に出てきてほしいと思
うことはない。
父が母を抱き上げて、十数キロを進む以外はそこそこ順調なピクニ
ックだった。おかげで、大量の弁当を弟と二人で担ぐ羽目になった
が。
到着して、弁当を食べ終えて、俺たちは湖で泳ぎだした。
両親は相変わらずイチャイチャしていた。木に凭れて座る前に片膝
をついて母の手をとり口付けている。
﹁湖面の光を受けて、キラキラ輝くおまえはこの世のどんな宝石よ
りも美しいよ。世界中の誰よりも俺を魅了して︱︱︱ヘヴゥッ﹂
﹁もう、あなたったら!﹂
頬を染めた母の照れ隠しによる渾身の平手が入ると、鼻血を垂ら
し光悦とした表情の父は湖で泳ぐ俺たちの頭上を通り越して、湖面
をワンバウンドした後、ぶくぶくと音を立てて沈んでいった。
984
﹁﹁と、父さん!!!﹂﹂
弟と二人で泳いで沈んだ父を岸辺まで運ぶ。
その父の気絶した顔は鼻血を流しながら、母を喜ばせたという達成
感に満ちたいい笑顔だった。
その時、俺は固く誓った︱︱回復魔法を覚えよう、と。
+ + +
︻とある巨人族の聖職者の父と、とある小人族の父︼
﹁オトンヌ⋮⋮本当にすまない﹂
グランアミ
プティ・オム
私はジャッポン民族の謝罪方法を用いて、ベットに横たわる大きな
友に頭を下げていた。ベットが巨大すぎて、小人族である私の姿な
グランアミ
ど、見えないかもしれないが、それでも他に誠意のある謝罪方法を
知らない。
医者からの絶対安静がようやく会った大きな友は顔面の右半分を包
帯で覆い、右目には眼帯がつけられている。痛々しいほど、全身に
至る所に包帯が巻かれている。
魔術は昔から得意で、図に乗って火炎魔法を創作しようとしたのが
間違いだったのだ。近くで私の姿を眺めていた私の息子と彼の息子
を守るために、彼はその身を挺して、守ってくれたのだ。巨人族で
なければ死んでいただろう爆発だった。いや迅速に彼の息子が回復
985
魔法を発動していなければ、死んでいたかもしれない。それくらい
の怪我だった。
もし、彼が身を挺してくれなければ、私の息子など、間違いなく死
んでいただろう。父である、私の、手で。
﹁気にするな、大したことではない﹂
﹁だが⋮﹂
幸い右目は失明しなかったが、視力の低下は回避できないと告げら
れたはずだ。それでも、これほど朗らかに笑っているなんて、私に
は到底まねのできない巨人族特有の大らかさである。
﹁いいんだ。目が見えづらいと、妻に顔を近づけることもできるし
な。さ、顔を上げて、林檎を剥いてくれ。利き手が動かんから後で
妻に食わせてもらう﹂
彼なりの巨人族ジョークに苦笑を浮かべて、私は体を起こして手を
拭くと、見舞いのフルーツセットから林檎を手にして皮を剥き始め
た。
私はこの男の寛大さに心から感動していた。
﹁ん、そうだ。アルジャン、大怪我をしていいことがあったぞ?﹂
﹁なんだ?﹂
私は眉根を寄せる。怪我をしてもいいことがあるなどと、変な言い
方である。彼はニコニコと笑いながら頷く。
﹁妻が跨って腰を振ってくれる﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮は?﹂
986
私は一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかった。
まさか、まさか、まさか??いや、そんなはずは⋮お前は昨日まで
面会謝絶だっただろう??なぁ、おい、なんでそんなデロデロに甘
い顔で笑うんだ、友よ!
﹁あの恥ずかしがりながら﹃いまだけ、だからね﹄と掠れた声で、
俺の傷に触らぬようにと腰を振っているのに、俺に巻いた包帯を妻
が蜜でぐしゃぐしゃにするんだ。あの大きく柔らかな乳房が揺れる
妻の痴態に︱︱あぁ、お前は想像するなよ。俺だけの特権だからな
︱︱騎乗位というのも、妻の魅力を最大限に引き出す体勢のひとつ
だと俺は⋮⋮⋮﹂
べらべらと、いつもの調子で妻の魅力を語りだす大きな友に、私は
強烈な眩暈を覚えた。
アンティム
最高の友よ⋮⋮お前、数日前まで、死に掛けて⋮んだよな?
+ + +
︻とある聖職者の父の独白︼
俺につがいはいらない。
若い頃の俺はつがいは絶対に娶らないと心に決めていた。
22歳の時、父が若くして病死した。その時の事を今でも鮮明に覚
987
えている。やつれた父が息を引き取った。何度も献身的な看病に感
謝と置いていく事に謝罪を母へ繰り返していた。そして俺に母を頼
むと。
母と二人で看取った後、俺は母の涙顔を見ることができずに部屋の
隅で膝を抱えて丸まっていた。出来事はほんの数分だった。涙を流
し失意する俺は、頼りない足取りで部屋を出て行った母に気がつい
たが、声にかけることもできないほど悲嘆に沈み込んでいた。だか
ら、母が部屋に戻ってきたのも、戻ってきたのか、としか思わなか
った。
﹁ごめんね、オトンヌ⋮ごめんね⋮﹂
か細い声で何度も母が俺に謝った。ついで切り裂くような音に続き
水が噴出すような音がして、俺はのろのろと顔を上げた︱︱︱が、
あげたときには遅かった。狂ったように母が包丁で己の胸を何度も
刺していた。鮮烈な朱色が噴出して、数歩足を進め、父に覆いかぶ
さる母はぴくり、とも動かなかった。何が起きたのか理解できない
まま、俺は動けなかった。真夜中に村長が村人を代表してやってく
るまで、俺はただ目の前の出来事を信じられずに、呆然としていた。
これが︱︱︱巨人族の、愛なのか、と恐怖を覚えたほどだった。
これが、愛だというのなら、俺は絶対につがいを求めない。王家の
血など知ったことか。こんな巨人族の王の血筋など、滅んでしまえ
ばいい。
月日が流れ、俺はいい年になっていたが、つがいは娶らなかった。
冒険者として巨人族の里を離れて生き、ようやく胸の内の怒りや悲
しみに決着がつき、その後帰郷し、父から継いだ聖職者の道を歩ん
だ。
そして、ある時、母親と楽しそうに話している少女と︱︱目が合っ
て、俺は﹃堕ちた﹄と悟った。父と母と同じように、巨人族の愛に。
988
少女もまた俺を見て、大きく目を見開いていた。彼女が俺の、つが
い。
年が違いすぎる。いい親父だし俺の身長は低く魅力的でもない。彼
女は背の高い若い男と一緒になると自分に言い聞かせて、奥底から
唸るような狂気を懸命に押さえ込む。恐怖を覚えるのに、もう俺は
逃げるように里を離れることもできなかった。
十一年の月日がさらに流れて、彼女が成人の日。
彼女はここに来ないと来てはいけないと、それでもソワソワしてい
た。
何年も前から、彼女の部屋を家に用意しているなんて、馬鹿らしい
こと、視線が交わるたびに感じる高揚は錯覚なのだと自分に言い聞
かせる。家の中をウロウロしていると、玄関の扉が吹っ飛んできて
意識が飛んだ。彼女に蹴られて目が覚めて、俺は結婚を申し込まれ
た。
﹁オトンヌ=アジャン、私を娶りなさい!!﹂
あぁ、もう逃げられない︱︱いや、目が合った瞬間から十一年も逃
げられなかったのだ。彼女のプロポーズに嬉しいのか悲しいのか分
からないまま、俺は泣きそうになった。
だけど今日は人生の最良の日で、きっと明日は今日よりも幸福で、
明後日よりも明日より幸福なのだろう。彼女が自分の側にいる限り。
俺は彼女を抱き上げて、ようやく両親の気持ちを知った。
﹁生まれてくれてありがとう。俺のつがい﹂
彼女に返事をして、俺は寝室へと飛び込んだ。
もう、逃げられないというのなら、全力で彼女を守ろう。愛しい彼
女の命を守ることで、俺もまた生きるのだろう。
989
+ + +
︻とある巨人族の聖職者の父と弟、そして母︼
﹁名前は決まったのか?﹂
﹁⋮まだだよ﹂
足音は消したはずなのに後ろを振り向きもせず、父は当然のように
弟に問いかけた。弟の嫁は長時間の出産を終えて、ようやく子供が
生まれた。扉越しの嫁の呻きを聞き続けて、恐慌状態に陥っていた
弟を宥めていた父。元気な赤子の産声が響き渡り、室内に雪崩れ込
むように入った弟は泣きながら、赤子と嫁を抱きしめ、苦労を労い、
嫁と結婚したときのような喜びに泣いていた。
疲れた嫁が赤子と共に眠りにつき、しばらくして父の姿がないこと
に気がついた。
探さなくても、何処に向かったが察しはついた。
なにかあるごとに、誰にも知られないように、報告へと向かう。
﹁お前たちの名前は、とても時間が掛かったよ︱︱︱毎日、名前を
考えて、時々喧嘩も︱︱いや、しなかったっけ、ねぇ母さん?﹂
父はしゃがみ込み、綺麗に磨かれた一族の墓石を口付けた。
それを眺めて、弟は妙に胸が締め付けられた。
990
なんと声をかけていいのかわからなかった︱︱︱つがいを失っても
自分たちのために生きてくれる父に。
﹁嬉しいことが続くから、母さんとの逢瀬が増えたよ﹂
墓場に足を運ぶことが逢瀬といういうのかと弟は苦笑を浮かべたが、
ふと小首を傾げた。
﹁続くって?﹂
﹁あいつが、つがいを得たよ﹂
﹁はっ、まさか!﹂
﹁ふふ⋮⋮その内、つがいを連れてくるさ﹂
ディユーブーシュ
いつもの調子で笑い飛ばしたが、珍しく父も穏やかな微笑を浮かべ
ディ
ていた。父の特殊能力である﹃神託﹄が脳裏を掠めたが、弟は首を
横に振って息巻いた。
﹁こねぇよ!﹂
ユー
ディユーブーシュ
﹁くるさ、小さくて可愛い黒髪のお嬢さんを連れてね︱︱︱おお女
神よ!神託に感謝申し上げます!﹂
弟はふと、兄が黒髪の女性と並んで歩いている所を連想したが、
噴出しそうになっただけだった。
次に口から出てきた言葉はいつもどおり。
﹁⋮⋮親父、いっぺん領地の医者にかかんねぇか?﹂
991
とある巨人族の聖職者の家族︵後書き︶
﹁なんか、旦那の家族って凄いよね﹂
夜行性の虫の鳴き声が聞こえるほどの静寂を破るように、鳥人族
の青年が呆れた声で呟いた。
旅の途中である。森の中で夜の移動は︱︱︱特に鳥人族の青年に
とっては︱︱︱危険であり、夜営となった。寝ずの番を交代でして
いたが、なんのきっかけだったが、巨人族の聖職者の家族の話にな
った。たぶん魔獣避けの結界を巨人族の聖職者が施し、それを眺め
ていた獣人族の好々爺が聖職者の話をしだしたのだろう。
現在の道連は、予定外の人物を含めて10人である。
簡単なモノとはいえ、全員を覆うほどの結界を﹃個人﹄が作り出
すというのは、並大抵のことではなかった。本来なら範囲が一メー
トルほどの高値の結界石を、いくつも準備せねばならないのだが、
彼は簡単に行使したのだ。
それでも彼の父親に比べると、万能ではないと︱︱︱言ってのけ
た巨人族の聖職者の弟に、道連達はどこか遠い目をしていた。
その弟もまた並大抵の武力ではないのだ。
冒頭の言葉を、鳥人族の青年が呟いたのは必然であろう。
992
が、巨人族の聖職者は首を横に振った。
﹁俺の家は︱︱︱普通の、一般的な巨人族の家だ﹂
993
とある巨人族の聖職者の友人たち
ワゾー・オム
︻とある聖職者の友人の鳥人族︼
樹齢何千年と思しき大樹の十メートルほど上に、奇妙な空間があっ
た。中は四十畳ほどの天井の高いワンフロアーのど真ん中で、青年
が脹脛から徐々に鳥足になった四本の爪を一本だけ、器用にコツコ
ツと床を突付いていた。
腕を組み、不規則に音を響かせながら、とある方向をちらちら不安
プティ・オム
そうに眺めている。
小人族の集落である。
﹁⋮⋮リュゼの旦那なら間違いないと思うんですがねぇ﹂
昨晩から眠れずに一日中、悶々と部屋の中央をぐるぐる回り続けて
いる。
あまり頭のよろしくない自覚のある青年は、自分が行けば、耐え切
パーティ
れずに口を開いてしまうだろうし、なおかつ状況を悪化させる恐れ
があるということをよくわかっていた。この軽口で道連を救ったこ
グランアミ
ともあるが、状況を不利にさせたほうが圧倒的に多い。
プティアミ
大きな友の伝言を伝えに行ったときに、自分よりも三十歳近く年上
の小さき友には、くれぐれもこないようにと念を押されてしまった。
﹁来るなって言われたってなぁ⋮おぃちゃんだって、かかわっちゃ
ったんだし⋮もし﹂
グランアミ
大きな友が狂ってしまったら?
994
シス
プティアミ
プティ・オム
いくら六徒の一人であり、﹃神弓﹄の二つ名があり、小人族の中で
プティ・オム
も最強と呼び声の高い小さき友でも、彼を押さえ込めるはずはない。
元々小人族は他の種族に比べて、身体能力が勝るところはほとんど
グラン・オム
ない。
シス
逆に巨人族は体の頑丈さが並ではない。
おまけに相手は同じ六徒だ。分が悪いのは目に見えている。
ただ青年は悶々と、部屋の中心をグルグル回り続けた。
+ + +
︻とある聖職者の鳥人族と小人族の友人たち︵数日前︶︼
﹁リュゼの旦那!見てくださいよ、これ!﹂
にやにやと嫌らしい笑みを浮かべながらと彼が戦利品といわんばか
りにメモしたらしい商品の名前が書かれた紙が鼻先に突きつけられ
る。
衣類や日用品の羅列と傾向から、すぐに頭の中で推測される。
すべて女性物のようだ。身長は165cmから185前後。選び方
が杜撰なので女性本人がもしくは他の女性が依頼したものではない。
スカート類や化粧品の類が一切かかれていない。多分男だ。それも
無骨で女性に慣れていない。多く必需品の欠如があり、注文の順番
に統一性がなく、思いついた順番なのだろう。慌ているのが手に取
995
るように分かる。その男は突然身一つの女性を受け入れた。そうで
なければ、女自身の持参した荷物があるはずだ。
依頼した男に身近な女性はいない。そうであれば、先にそちらに頼
んでいるだろう。裕福な一人暮らしだ。村や町にはすんでいない。
それなら、そこで買っているはずだ。隠居もしくは理由があって人
里からは離れた生活をしている。もしくは家から離れられない事情
があるのだろう。それに東で作られる、とても高価な櫛を買ってい
るところから、男は突然やってきた女に入れ込んでいるらしい。
鳥人族、特に目の前の青年の宅配は普通よりも桁がひとつ違うぐら
いの金銭を要求してくる。かける金額から垣間見える執着が半端で
はない。
どんどん、頭の中に見知った人物像が浮かんでくる。そもそもこの
鳥人族の青年がはしゃいでいるのだから、共通の知人なのだろう。
二ページ目のベットマットまできて、確信をえて頷いた。
巨人族の男は妻の部屋の箪笥や机などの調度品は木を切り倒すとこ
ろから自分で作るらしい。特に巨人族のベットは頑丈にできていて
美しく巨大だ。そのため、諸国の貴族に重宝されている。しかし、
そんな彼らもなぜかベットマットは作れないらしい。裁縫が苦手な
のだろう。
グランアミ
﹁おやおや、大きな友に結婚祝いの準備をしなければなりませんね﹂
﹁早っ!旦那、理解するの早すぎ!!﹂
﹁ダウ、レザン・バンの白ワインと赤ワインを一本ずつ、買い付け
ておいてください。48年モノですよ。あの年は最高のワインだ。
口当たりもいい﹂
﹁うわぁあ!そんなの送るんですか?家一軒立つじゃないですか!﹂
﹁かまいませんよ。めでたいことです﹂
シス
それに六徒として賜った報酬にはほとんど手をつけていないのだか
ら、ここぞとばかりに使わねば。
996
鳥人族の青年が自分のことに用に喜んでいるのはこのためか。青年
は彼に拾われたも同然で、英雄視しているところがあるのだ。
﹁みてください。実はおぃちゃんも、もう買ったんですよ﹂
﹃男女の正しい結婚生活の手引きと、有意義な夜の生活を続けるた
めの体位﹄手渡された本をぱたん、と閉じる。
﹁ま、まさか、こ、れだけ?﹂
﹁あはは、まさか。そいつはおまけです﹂
巨人族の新婚家庭に何を送っているんだと冷や汗を流したが、胸を
なでおろし、今度は立派な大きな箱を手渡される。開いて、ぱたん、
と思わず、即効で閉じてしまった。
﹁ダウ、君の勇姿は忘れません﹂
思わず青年に弓を構えてしまった自分に何の罪があるのか。
+ + +
ワゾー・オム
︻とある聖職者の友人の鳥人族2︼
青年が予想するに、大きな友は家からほとんどでない。せいぜい、
小人族の集落に立ち寄る程度だ。だとすると、大きな友の相手は小
997
人族の女なのではないかと思う。しかし、小人族は様々な混血児が
いるが、残念ながら巨人族とのハーフは聞いたことがない。
最もな理由は、体格であることは間違いないだろう。大きな友は巨
人族の男にしては小柄な方らしいが、どう見ても体格差は大きすぎ
る。小人族は滅多に一目ぼれ効果を起こすことはないらしい。
将来を見据えることのできる普通の小人族の女なら、そのうざいく
らいの一途で盲目の愛を断るんじゃなかろうか?そうなったら︱︱
⋮⋮
青年が脹脛から徐々に鳥足になった四本の爪を一本だけ、器用にコ
ツコツと叩いていたが、ぴたりと止まった。長い事、考え続けてい
た鳥人族の青年は大きく首を横に振った。
﹁も、もう駄目だ!おいちゃん我慢できないよ!﹂
その言葉と共に槍を手にして玄関を飛び出して、大木の上空から一
気に大空に白い羽を力強く羽ばたかせた。すでに修羅場であること
も考えられるので、音消しの魔法を唱える。小人族の集落へと、一
時間もかからずに到着して、小さき友の家に向かった。
すぐに目当ての大きな友の姿が庭先で︱︱︱まさか、小さき友を埋
めているのだろうかと、青年は背筋を凍らせた。
﹁だ、だんな﹂
覗き込むと⋮⋮なぜか、大きな友は草むしりをしていた。拍子抜け
はしたが、疑問が増えて、首を傾げながら、こちらに気がついてい
ない様子の大きな友の背中にぽんと手を置いた刹那。
﹁ぐはっ!﹂
顎に熱を覚えた青年は眼前いっぱいに空を見上げていた。体も浮き
998
上がっている。雑草がひらひらと舞っていた。落下途中でアッパー
を食らったのかと気がついたときには、ハイキックが迫っていた。
何とか防ぐも、隙のない華麗なるコンボも目まぐるしい速度で反撃
もできずに食らいながら︱︱途中、二度ほど意識が遠のきつつ︱︱
最後のかかと落としで撃沈した。
そのまま、後頭部を踏みつけられて、青年は身動きも取れぬまま、
大きな友が気がつくまで、じたばたすることとなった⋮⋮
+ + +
︻とある聖職者の鳥人族と小人族の友人たち 2︼
﹁︱︱︱まさに、生涯最大の珍事件にして、誇り高きイス神の齎し
た試練と奇跡の具現化でしたよ﹂
話は小さき友のよく意味の分からない言葉で締めくくられて、鳥
人族の青年は小首を傾げた。
だが彼の話を総合すると、彼の力添えで、種族のよく分からない
女と大きな友はつがいになったようだ。その女と即蜜期に入ったら
しく、大きな友は自宅に走って帰ったらしく、姿はない。鳥人族の
青年が恐る恐る小さき友の家に戻った時には、すでにいなかった。
オンジエム
脳裏に昔見た大きな友の弟が蜜期へ走る光景が浮かび上がった。途
中で、なぜ十一階級の魔法を放ったのかは不明だが、よく自分も大
きな友も生きていたものだ。
せっかく近くにいたのに会えなかったのは残念だ。
999
会ったなら、絶対、女に一言言ってやろうと思っていたせいもあ
るだろう。大きな友を泣かせたら承知しないぞ、と。
﹁会いに行くのはおやめなさい。殺されても知りませんよ﹂
蜜期の巨人族の凶暴さは、よく知っているでしょう?と付け加え
る。
冒険者の笑い話のひとつだが、黒領地からやってきた恐ろしい三
人の悪魔がいて、残虐暴虐の限りを尽くしていたが、巨人族の蜜期
を邪魔したせいで、最後は巨人族に殺されるのだ。それくらい、巨
人族にとって蜜期というのは大切なものらしい。詳しいことはよく
わからないが、ともかく繁殖期の獣人族のように凶暴なのだという。
毎年、女の取り合いで重軽傷者とその被害がアルカンシエル・タイ
ムズにも掲載されるくらいだ。一線を退いたとはいえ、伝説的英雄
の繁殖期と考えて鳥人族の青年は身を震わせた。興味はあるが、命
は惜しいので、素直に頷く。それにそこまで野暮ではない。
﹁別に蜜期の後に会えるなら、いいけどさぁ﹂
その言葉に、小さき友は暫し考え込んで﹃五分五分ですね﹄と呟
いた。
会える確率が五分五分?まさか、大きな友の独占欲が発揮されて、
会わせててくれないのか?と疑問をぶつけると、小さき友は首を横
に振った。
﹁いいえ、さすがに大きな友も蜜期の後になれば︱︱もっとも身長
差を考えれば通常よりも長くなるでしょうが︱︱家からつがいを出
す事も許すでしょう。言葉を交わすことを許すかどうかは分かりま
せんが。レディ⋮⋮いえ、マダムアジャンは巨人族の女性ではない
1000
・・・・・・・・・
ようでしたからね。巨人族の蜜期に耐えられるかどうかが、五分五
分です﹂
﹁え、耐えられるかどうかって?﹂
鳥人族の青年は不吉な言葉に、目を瞬かせた。
+ + +
︻とある聖職者の鳥人族と小人族の友人たち 3︼
﹁話をする前にひとつ。﹃術式の精密さと魔力の濃度における魔法
発動の効果と、偶発的に齎されている平和の足跡﹄という本をご存
知ですか﹂
知るわけがない。
鳥人族の青年は首を横に振った。
小さき友が読むような、曰く﹃優しい魔学書﹄は、ほとんどが様
々な分野の専門書である。
話は脈略もなく、がらりと変わったが、大抵、前の話と繋がって
いたりするので、迂闊に聞き流せない︱︱いや、時々まったく関係
ないときもあるけれど。
﹁791年にヴォーナ=ボステビアという聖職者が発行した本で、
この方が魔力には濃度があり﹃魔圧﹄があるという概念を生み出し
1001
たといわれております。本格的な研究こそ行われませんでしたし、
当時は嘲笑されたようですが、現代ではボステビア氏は﹃魔圧の父﹄
とも呼ばれています。この本を読んで849年に、モステロ=カジ
ュ=フォロヴァスタル卿が私財を投げ打って、世界初の魔圧計測器
を︱︱︱⋮﹂
﹁旦那、簡潔にお願いします﹂
ジャっポン民族特有の謝罪方法をしそうなほど深く頭を下げると、
小さき友はやれやれといった様子で頷いた。話が繋がってると分か
る前に眠ってしまう。
﹁魔圧のことは、さすがにパラスに習っているでしょう﹂
魔法を習うときに、聞いたような事がある。
たしかに魔力には祈言や魔方陣の術式の精度と、篭める魔力の濃
さ薄さで威力が決まるのだという話を聞いたことがある。だから、
最初に習うのは、持っている魔力の高め方だった。魔力を濃くする。
魔力を圧縮するのだ。
﹁魔族達が白領地に本格的に撃って出てこないのはこのせいです。
黒領地の魔力濃度は、白領地よりも高い。つまり﹂
﹁黒領地から遠ざかれば遠ざかるほど、魔族は弱くなるから﹂
﹁ええ。黒領地ほどの力を発揮できません。魔法もそうですが、肉
体的にも惰弱になる種族も多い﹂
逆に白領地が撃ってでられないのもこのせいだ。
強すぎる魔力を制御できなかったり、聖域で魔力が高まるのとは
逆に、魔域と呼ばれる場所では、魔力が濃すぎて、発狂するものや、
肉体発火するらしい。強い魔力は毒にも薬にもなる。
すべての場所や生き物は魔力を帯びている。少ないか多いかの違
1002
いはあるが。たとえば、河の近くで水魔法を使うと、川辺の魔力を
吸い取って、その威力が上がるし、逆に砂漠で同じ魔法を使っても
威力は劣る。
しかし、それがなんだというのだ。
テールサント
﹁つまり、詠唱破棄でも、通常と変わらぬ威力の魔法を強引に駆使
できる歩く﹃聖地﹄と呼ばれるほどの男の魔力が⋮一説では精液は
圧縮された魔力とも言いますし⋮⋮一人の女性に集中するというこ
とは何を示すのかということです。正直僕には想像できかねます﹂
+ + +
ワゾー・オム
︻つがいを得たとある巨人族の聖職者と鳥人族の青年︼
スリーズ
﹁は、はぁ?桜桃の木??﹂
頷く巨人族の男に鳥人族の青年が、唸ったのはしかたのないこと
だった。たしかに鳥人族の青年は今までなんだって、客のニーズに
合わせて商品をかき集めてきたので、変な依頼は多く受けてきた。
が、まさか果実ではなく果実の木を買って来いというのは、初めて
である。
さすがに鳥人族の青年もこれで何度目かになる妙な依頼に、想像
がついた。
1003
﹁つがいさんですかぃ?﹂
むしろ、それ以外考えられない。
ブラン・ダット
﹁ん。来月は白曜祭だ⋮⋮巨人族にはないが一般的には、祝うのだ
ろう?﹂
﹁あぁ!﹂
ぽんと、手を叩く鳥人族の青年ではあるが、正直この巨人族の男
とは結びつかない﹃恋人たちの日﹄である。つがいや、夫婦も相手
に食べ物送ったりする祭りじみた習慣だ。本当はどこかの部族の習
慣だったらしいが、お祭り好きの小人族が真似をするようになり、
それが爆発的に他の種族にも広まり、今や大きな都市なら大体行わ
れている。
恋人のいない鳥人族の青年には縁のない﹃リア充、爆発しろ﹄の
日なので、完全に脳裏から消し去っていた。
しかし、この巨人族の男の命ならば、喜んで引き受けよう。そして、
仕事が忙しかったから彼女を作る暇なかったんだ︱︱︱と自分を慰
めよう。
﹁わかったよぅ⋮⋮とびっきりの桜桃の木、探すから﹂
とはいえ、胸に残るダメージを抱えて、鳥人族の青年は短い旅に出
ることとなった。
1004
とある巨人族の聖職者の友人たち︵後書き︶
影の主人公、ダウ参上だよぅ!
⋮⋮え?おいちゃんは、お呼びじゃない??
そ、そんなこと言わないで、ほら、おいちゃんのとっておきの情報
教えたあげるからさぁ!
⋮⋮じょ、情報にもよる?
う、うぅ⋮⋮旦那達の情報なら飛びつくのに、おぃちゃんは駄目な
の!?これでも、冒険者ランク上位者なんだよ!ソロ活動じゃ30
本の指にはい︱︱︱⋮⋮え?微妙?う、うわぁあああん!だ、だっ
て!おぃちゃんの時代の少し前が冒険者の黄金期とかで、そいつら
ぜんぜん引退しないんだもん!若手なら、殆ど負けな︱︱︱ぐはっ
!!
=== 酒場で酔っ払った鳥人族の青年が暴れだした⋮⋮が、数秒
で背後にいた巨人族に取り押さえられた。水晶眼鏡を掛けた小人族
は他人の振りをしているようだ。
1005
遍くヴィーヴル商会︵前書き︶
社名:ヴィーヴル商会
所在地:マシュゼロウ共和国・イドル・中央第二区ネュ通り十一番地
代表者:代表取締役社長マッケンドラ=オーズ=ヴィーヴル2世
正社員数:512名
店舗数:16店︵パラディモール7カ国︶
︻経営理念︼
1.社の原点
我がヴィーヴル社はお客様の笑顔のために、より安価で、よりスピ
ーディで、より高品質をモットーにお客様の生活と幸せの向上に貢
献する。
2.目指す未来
国際的な物流、社会交流を活性化し、より広い視点からの魅力的な
商品の発掘、開発、他社との協力体制でシェアの拡大と安定を目指
し、社会に貢献する。
1006
遍くヴィーヴル商会
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今世紀最大のトイレ革命!現在まで排泄場所契約を余儀なくされて
いた家庭栽培が大好きな貴方に朗報です!
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費用がかかりましたが、これなら不要!家庭栽培している貴方にも
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1007
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リュ
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ハイ・スピック
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ルド受け渡しも可︶
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名 称:超薬丸ヴィ・プリエ17
1010
原材料名:砂糖、水あめ︵小麦粉を含む︶、花羊血、生クリーム、
バター、王子大豆、塩、アシュヴァンスの実、七色草、狐薄荷、黒
苺、オリゴン若葉、外ゴジョウ、昼蜜、ビルベル粉、リバオール、
ボラージオイル、竜魚卵、水蜥蜴の尻尾
内 容:80g
賞味期限:包紙に記載
保存方法:直射日光・高温・多湿をさけて保存ください。
原産国名:ハルオーティ
製造者名:ヴィプリエ製薬
︵※いずれかの食物アレルギーの場合はご遠慮ください︶
+ + +
[アルカンシエル・タイムズの記者ロンジェ取材メモ] ︱︱︻遍
くヴィーヴル商会︼抜粋 家に在宅していても買い物ができると中流階級から貴族、果ては王
族まで強い支持者を持つ通販会社。通販業界自体が歴史があるわけ
ではないが、︻遍くヴィーヴル商会︼が業界最大手であり、﹃通販﹄
の元祖であるといわれている。鳥人族運送の独自のルートを確保し
ており、ふくろう便が到着してから五日以内に届くようだ。
カタログは季刊発行されており、普通に買うよりも安価。品質も確
かであり、実は労働階級でもお金を貯めて買う人間が多い。本屋で
もカタログは購入可能だが、カフェなどにも置いてある。
年間50G以上のお買い上げでシルバー会員となり、カタログが注
文せずとも無料で家に直接送られ、年間100G以上お買い上げの
1011
お得意様にはプレミア会員となり特権として、全国どこでも送料が
無料となる。
そしてプレミア通販カタログ︵ゴールド︶をプラス年二回、発送し
ている。貴族の中では通販浪費は一種のステータスであり、プレミ
ア会員は一目置かれている。
そして一部ではプレミア通販カタログ︵ローズ︶というものがあり、
その通販内容は一切極秘であるらしい。主に顧客が男性という噂も
あるが、真偽のほどは定かではない。
とてもじゃないが、俺の安月給では100Gなんて大金は逆さにな
ってもでてきやしないぜ。
余談だが、プレミア会員NO77には、リュゼという小人族の六徒
の名前が記載しているともっぱらの噂だ。
1012
とある小人族からの手紙
拝啓 マダムアジャン様
日光を浴びて育つ、新芽の喜びを申し上げます。
シャン村の小人族のリュゼです。
この度は大きな友であるジェアン=アジャンとの、ご結婚おめで
とうございます。
お二人が末永く健康をお祈りし、生涯の伴侶、永遠のつがい、失
われた半身を見つけましたことを、心よりお祝い申し上げます。
ジェアン宛てに気持ちばかりのお祝いの品を送らせていただきま
した。
特に元のいた場所よりも種族が多く、この世界でのある程度の常
識が必要かと思われましたので、少々本を入れさせていただきまし
た。
是非、お読みいただければ、幸いです。
末長く、お幸せに。
1013
+ + +
さて、本題ではございますが、蜜期をご経験されて、巨人族のつ
がいに対する性欲の強さはご理解いただけたかと思います。
基本的にジェアンに悪気はありませんので、広い心で許してくだ
さい。
友として僕も謝罪いたします。
他種族の雄ならば、多かれ少なかれ美しい女性に目移りするやも
しれませんが巨人族は一途です。
その分つがいにのみに発情し、性欲が集中しているようです。
そのため、それを遮る者には容赦しません。
もし、あなた自身が遮ったとなると、我慢はするでしょうが、爆
発したときに大変な目︵主に性的な意味合い︶に合われると予測さ
れます。
特に月経はお気をつけください。
不文律の掟のようですが、巨人族の夫は月経中の妻に触れないよ
うにしております。
そのため、終わった後、反動で執拗に愛されるようです。ですが、
途中で何度か発散させておけば、なんとかなりますので、どうぞ手
でも口でも足でも愛して差し上げてください。
1014
ダウという鳥人族の知人が送りになりました結婚祝いの本を、ジ
ェアンは多分、物置に無造作につっこんでいるでしょう。
そちらを探してご参照ください。
タイトルは﹃男女の正しい結婚生活の手引きと、有意義な夜の生
活を続けるための体位﹄。32∼35P、もしく78∼80Pをご
推奨いたします。
僕の分かる範囲で︻安心安全、巨人族のつがいとの楽しい新婚生
活︼の綴り、添付いたしましたのでご参照ください。
+ + +
︻安心安全、巨人族のつがいとの楽しい新婚生活︼
1.長期間、性交を拒む場合は計画的に。ある程度発散しましょ
う。
2.拒むときは全力で︵※そうでなければ脳内で都合のいいよう
に解釈されます︶
3.大方ジェアンに悪気はありません︵※何かあった場合は、ど
うしてそうしたのか彼の話を最後まで聞いてあげましょう。基本的
に彼は嘘をつきません︶
1015
4.お願い事がある場合は、上目遣いで。ボディタッチしながら。
︵※できたら御礼にキスのひとつでもしてやってください︶
5.今まで女性との接触がなく朴念仁ですので、できるだけ広い
心で接してください。
6.暫く家からは出れないでしょうが、蜜期が終わり半月もすれ
ば落ち着くはずです。
7.未婚の男性の名前を呼ばないように。基本的に会話もNG。
贈り物も受け取ってはいけません。特に手渡しは相手の生命の危機
から絶対不可。︵今回のようにジェアン宛てに送られたもの、女性
からは受け取り可︶
なお、この三枚の手紙は読み終わった後に、証拠隠滅のため数分
で溶けます。
しっかりとご記憶のほどお願いいたします。
■ ■ ■
拝啓 ジェアン=アジャン様
1016
日光を浴びて育つ、新芽の喜びを申し上げます。
シャン村の小人族のリュゼです。
大きな友よ︱︱︱お前のことだから、僕はあまり心配ありません。
文化や認識、習慣の差は、種族の違うつがいであれば起きること
ですし、出会って日も浅いのですから、そこの辺は気をつけて、誤
解を招かないように、よく話し合うことです。
ただひとつ。
彼女に巨人族の性欲を求めてはいけません。
そして、ぶつけてはいけません。
グラン
お前たち巨人は、つがいに対する性欲が強すぎます。
他種族では、あまり考えられないほどなのですから、そこの辺り
を考えて、自制しなさい。特に月経などで拒まれていた後など特に。
壊してしまってからでは遅いのです。
せっかく両思いなのですから、よく考えなさい。
その辺りも、二人でよく話し合うように。
︻世界最弱の純人族と一緒に楽しく暮らす7の約束︼を綴り、添
付いたしましたので、よく頭に入れなさい。
1017
+ + +
︻世界最弱の純人族と一緒に楽しく暮らす7の約束︼
1.巨人族の本能に任せて、つがいを己の性欲に晒さないこと。
2.住む世界、生態系も違うのだから、疑問を持つでしょうが、
知能が高いですが赤子と一緒です。分かる範囲で詳しく教えましょ
う。
3.病気や怪我に気をつけましょう。食事はしっかり。︵彼女が
手伝いを望んだら室内作業を推奨。送った箱の中に裁縫道具が入っ
てます。外出時は同行するように︶
ソルシエール
4.蜜期が終わり次第、最初に渡した﹃今年一押し!これ一冊で
おしゃれ上級者☆魔女の私でもできる男を惑わす社交界の淑女風フ
ァッション本格アレンジ魔法﹄の最後のページに挟んだ古代術式を
本と照らし合わせながら彼女の耳に施すこと。
5.月経時には二人で話し合って、どうするか決めること。
6.これから外出もする事もあるでしょうが、未婚の男性に話し
かけられても不可抗力なので、相手を殴ったりしないこと︵殴る場
合は、彼女の見てないところで︶
オレイユ
7.耳飾を買う時は値段に糸目をつけず、彼女が健やかに過ごせ
るように付与されているものを。
1018
+ + +
ジェアン、君が僕より先に嫁を貰うなんて、想像してませんでし
たよ。
女性を連れ立って家に来ると分かっていたのに、二人の姿を見て、
アンガーフォークスの森を彷徨っているかと思ったぐらいです。
なんだか、大陸を駆け抜けた日々がようやく昔話となったような
気がします。
覚えてますか?
僕が一人で誰にも告げずに家を飛び出したというのに、気がつい
た君が僕を守るためにずっとこっそりついてきた時のこと。未熟だ
った僕は、二日も気がつかないで君に守られていたことに憤慨して、
小人族の気質そのままに口汚く罵ったこと。
それから、長いこと苦労をかけました。
色々と君に無理を強いました。
あのまま里にいれば、味わうことのなかった重圧を与えました。
君にはどれほど感謝しても足りないでしょう。
今まで苦労した分、これからずっと幸せになってください︱︱︱
そして、その幸福が永遠と続きますように。女王が君の手を離さな
いように。
1019
良き友として、心から願っています。
なお、この三枚の手紙は読み終わった後に、数分で溶けます。
こんな恥ずかしい手紙、一生に一度読めば十分でしょう?
1020
イス神の福音書
ワード
ランタン
夜の荒野を彷徨う愚者よ、進むがよい。
右手に古びた杖を持ち、左手に錆びた角灯。
汝が踏みしめた覚束ない勇敢な一歩が、やがて後ろから続く愚者た
ちを﹃道﹄となろう。
その背中は続く愚者の﹃道標﹄となろう。
黄金の月は、ただ冷たく汝を見下ろす。
いつか彼らは気がつく。
この道は名もなき愚者の第一歩から、続くものであると。
たとえ汝が後ろから来る愚者の存在を知らずとも。
ランタン
角灯は汝の足元を映し出す。
彷徨う偉大なる愚者よ︱︱お前の故郷は見えない。
進むがよい始まりの愚者よ︱︱︱お前の故郷は、まだ見えない。
︻イス神の福音書 二章十七節︼
+ + +
1021
汝は世界で最も小さな王国に君臨する王よ。
その存在が汝を生み出した幾百の神々に勝り、その存在が汝の人生
の歓喜の美酒ならば、永遠の鎖に繋がれよ。
その存在は汝の絶対たる神、その存在は汝の絶対の法。
汝は巡る世界で離別した女王を探し出した王。
汝は今生に許される︱︱︱その麗しき服従と、甘美な屈服に溺れ、
死が二人を別つとも、再び巡り合うことを、今許される。
幸運の王よ。
己の命に刻み給え、女王の名前を。
幸福の王よ。
己の唇に刻み給え、汝の女王の唇の感触を。
オレイユ
優しき鎖に繋がれし王よ。
唯一無二の女王と、耳飾の交換を。
︻イス神の福音書 二十七章九節︼
+ + +
1022
汝が望まぬとも善良な敵はやってくるだろう。
たとえ昼でも朝でも夜でも、汝の都合も構わずにやってくるだろう。
汝の﹃人生の時間﹄という最も尊い宝を奪いに。
そして汝の敵が善良であればあるほど、汝は無抵抗に奪われ続けな
ければならないのである。
︻イス神の福音書 十六章二節︼
1023
今更、誰かに聞けるわけないじゃない!お、教えなさいよ!︱
︱箱入りツンデレ子とうっかり鬼畜先生、大人の常識マナー講座
著マグマグ560 エルフ
ツンデレ子﹃べ、別に貴方が好きなわけじゃないんだからね!﹄
鬼畜先生﹃おや、嫌いな長命種族と結婚したのですか、獣人娘は心
が広いですねぇ﹄
ツンデレ子﹃そ、そうよ!アンタみたいな鬼畜、私以外じゃ制御で
きないでしょう!し、しっかり養いなさいよ!﹄
鬼畜先生﹃ふふ、まったく⋮さて、結婚のお返しはどうしましょう
かね?﹄
ツンデレ子﹃え、結婚した時って、お返しするの?素直に祝われて
おけばいいじゃない﹄
鬼畜先生﹃いけませんよ。これから親族やご友人となる方々に、お
礼のひとつもしなければ、今後不利益な状況になった時に、大変な
思いをされるのは貴方なんですからね。お礼のひとつもできない嫁
エルフ
か、と私の母や姉妹達に、ねっちねち言われるのは嫌でしょう?た
だですら長命種族は礼儀に煩いのですから﹄
ツンデレ子﹃⋮⋮絶対、嫌!ど、どんなお礼をすればいいのよ!教
えなさいよ!﹄
リュネット
焦るツンデレ子、水晶眼鏡を光らせる鬼畜先生。
鬼畜先生﹃やれやれ、ツンデレ子は相変わらずですね。いいですよ。
教えて差し上げますよ⋮⋮貴方もう生徒ではないので、勿論、お礼
はベットの中で﹄
ツンデレ子﹃な、もうっ、ば⋮馬鹿!﹄
1024
︻お祝い返し︼
結婚に限らず﹃お祝い﹄としてもらった物にたいしての返礼。直接
会って御礼を言うのが好ましいが、遠方、相手が多忙で難しい場合
は御礼の手紙を早めに書くのが基本。
大体、頂いたお祝いをお金に換算して、その三分の一∼半分程度が
相場。御礼の手紙の書き方と例文と、他のお祝い返しの種族別の一
覧は121Pを参照。
今更、誰かに聞けるわけないじゃない!お、教えなさいよ!︱︱箱
入りツンデレ子とうっかり鬼畜先生、大人の常識マナー講座/第四
章﹃結婚のマナー﹄より/著・マグマグ560
+ + +
ツンデレ子﹃なによこれ?﹄
鬼畜先生﹃ふふ、見てのとおり指輪のプレゼントですよ﹄
ツンデレ子﹃でも、内側にあんたの名前が書いてあるわよ?自分用
ノンパセ
にかったんでしょ!まったく!﹄
ノンパセ
鬼畜先生﹃おや、もしかして﹃名前送り﹄も知らないのですか﹄
ツンデレ子﹃﹃名前送り﹄??﹄
鬼畜先生﹃そうです。身に着けるものに自分の名前を入ったものを
意中の異性に送るのですよ。それに意味があるのですよ﹄
ツンデレ子﹃⋮⋮意味なんてあるの?﹄
鬼畜先生﹃ありますよ﹄
ツンデレ子﹃ど、どんな意味なのよ!教えなさいよ!﹄
1025
リュネット
焦るツンデレ子、水晶眼鏡を光らせる鬼畜先生。
鬼畜先生﹃やれやれ、ツンデレ子は相変わらずですね。私が身をも
って教えて差し上げますよ﹄
ツンデレ子﹃あ、あんっ!ど、どこ触って︱︱︱っ、そこ、やっ、
らめぇっ!﹄
鬼畜先生﹃相変わらず、この尻尾をニギニギされるのが弱いのです
ね!ふふ、今晩は寝かせませんよ!﹄
ノンパセ
︻名前送り︼
身に着けるものに自分の名前や、貴族ならば家紋の入れ、相手に送
る行為の事。告白の際によく用いられる方法で、受け取るとOKと
いう意味合いがあり、恋人、夫婦同士でも誕生日プレゼントなどに
用いられる。
意味は﹃私を捧げる﹄﹃一生側にいる﹄など。
今更、誰かに聞けるわけないじゃない!お、教えなさいよ!︱︱箱
入りツンデレ子とうっかり鬼畜先生、大人の常識マナー講座/第三
章﹃恋人たちのマナー﹄より/著・マグマグ560
1026
いい旅ぶらり散歩道ラブ&ホットDEサントル︵街歩きマップ︶
春号 ︵前書き︶
des
matiseres
サントルを最高に楽しむための歩き方 ★★★ tabil
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
最初にサントルでするべきことの20⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮4P
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
初めてのサントル 絶対見逃せないスポット特集⋮⋮6P
★大人気5大スポット⋮8P
★隅々まで楽しむサントル観光⋮10P
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
東コンチェル通りの芸術ガイドツアー⋮⋮⋮⋮⋮⋮12P
★歴史を巡るアートギャラリー⋮14P
プリマドンナ
★三大劇場公演⋮16P
★旬の実力派名歌姫♪⋮18P
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
今、サントリアンが注目するパシー通り⋮⋮⋮⋮⋮20P
★新鋭ブランド大特集⋮22P
★絶対に損しない!お土産屋のススメ⋮24P
1027
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
おいしいサントルを召し上がれ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮26P
★サントルグルメ講座⋮28P
★ビストロで選ぶ優雅なひととき⋮30P
★人気&定番のスイーツ特集⋮32P
★憩いのカフェ&ワインバー⋮34P
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ブラン・ダット
ハッピーな気分になれる必須イベントをセレクト⋮36P
★白曜祭⋮38P
★アルカンシエル創立記念日祭⋮40P
★オベリオン・コンクール⋮42P
★蚤の市⋮44P
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
トラブル・サントル⋮48P
1028
いい旅ぶらり散歩道ラブ&ホットDEサントル︵街歩きマップ︶
春号 ルルド・トゥール
︻ルルド塔︼
サントル全域を見守るルルドの鉱石電波塔
ルルド・トゥール
ルルド=カーロンJrが、アルカンシエル創立記念日祭の100回
記念に設計した建造物。
今や、サントルの顔といってもいいルルド塔。スルマド大公園に設
置された高さ224mの高層建築物でありパラディモールの人口建
築物の中では三本の指に入るほどだ。
間近でみれば、その迫力に驚くだろう。
しかし、もっとすごいのは展望台からのサントルを一望できる景色
である。
本来は無線放送を行う鉱石ラジオの為に建てられた塔である。
だが、側面に時計も併設されており、その正面は北を向いている。
公式ガイドによると、国王の執務室の窓から調度正面であるように
と設計されいるようだ。
これを聞いた時のアルカンシエル5世は︱︱︱当時貴族内で当然の
ようにあった業者からの賄賂や高すぎる納税を良しとせず廃止運動
を続け潔癖王と歌われていた︱︱︱ルルドに対し﹃我が執務室には、
代々受け継がれた時計があるのだが﹄と素っ気無く返した。
が、これにルルドは真面目な顔で﹃失礼ながら、陛下。これは私か
1029
おくりもの
らの賄賂ではございません。国民全員からの賄賂でございます、ど
うぞ国民一同、よしなに﹄と告げ、堅物のアルカンシエル5世が破
顔したという。
賄賂は自分を売り込むための贈り物や金であるが、﹃国民一同﹄か
らの賄賂では王が受け取らないわけにはいかなかった。
結局アルカンシエル5世が受け取った賄賂は、生涯でこれだけだっ
たという話である。
***
展望台 営業時間:午前9∼17時まで︵一部祭開催時は都内のラ
イトアップにより、19時まで営業︶
定休日:毎月15日、13月
アクセス:全ての市門から乗合馬車で中央公園行きへ、中央公園の
エレベーター
噴水前からルルド塔直乗合通馬車有り
入場料:一人銀貨1枚︵昇降箱魔機を使用する場合は追加で半銀貨︶
***
/初めてのサントル 絶対見逃せないスポット特集/大人気5
いい旅ぶらり散歩道ラブ&ホットDEサントル︵街歩きマップ︶春
号
大スポットより
■ ■ ■
1030
パラディモールでもトップクラスの恋歌の紡ぎ手 ≪レディ・カス
ラ≫
今世紀最高とも囁かれるソプラノ歌手
出生、年齢、種族などは、正式発表されておらず、謎に包まれたミ
ステリアスな女性。
歌唱力、技術、美貌もさることながら、甘い恋歌であるならば彼女
の右にでるものはいないとされている。
登場人物に血肉を与えるような歌描写は心に訴えるようなものがあ
る。
特にロクレール王立歌劇場で、アルカンシエル3世の末の娘をモチ
ーフとしたダッタル=パジェの﹃黄金姫と青き夢魔の行方﹄の古典
歌劇で黄金姫ルチアナを見事に演じ、出世作となると同時に、彼女
の代表作となった。
翌年には、マーレアン音楽祭でラマティコの﹃ヒギエイアの夜に﹄
で儚くも芯の強い、后シュカ役を熱演している。
この二つは、何度も復活上演されるほどの人気ぶりである。
おん
彼女の活動はオペラハウスにとどまることはなく、昨年度にサント
たく
ルラジオ放送局の人気番組である︻素敵な音楽を食卓に︼通称・音
卓のゲストコーナーで生出演し、惜しげもなく、その歌声を披露し
た。
即興であったとはいえ天才ヴァイオリニスト・ジェラハムを伴奏に、
レディ・カスラの聖歌﹃純人族の奇跡﹄を聞けなかったサントル市
民は、涙を流したといわれている。
1031
次回作は彼女の新たな挑戦である。
恋歌のレディ・カスラがクシロフォヌの三大悲劇といわれる﹃ボナ
ル家とメフェスラ家﹄のメフェスラ家のシアの主演が決定されてい
る。
恋人役のボナル家のサムルにはバリトン歌手の新星・獣人族熊種の
ジョセフ=キーンリーサイド。
しかし、前売り予約販売はすでに指定席が売り切れとなっており、
当日販売以外の購入は難しいようだ。
/東コンチェル通りの芸術ガイドツアー/旬の実力派名歌姫♪
プリマドンナ
いい旅ぶらり散歩道ラブ&ホットDEサントル︵街歩きマップ︶春
号
■ ■ ■
サ ン ト ル の カ フェ
古くは四百年頃に生まれ、市民層で広がり、現在ではサントルに欠
かせない存在
カフェのマナー
1.軽く挨拶したら、好きな席に座ろう。
1032
ビストロと違い、案内はされないので、自由に座ろう。
ただ椅子なしのカウンター席は無料だが、テーブル席は銅貨一枚料
金に加算されるので、体力と財布と相談しましょう。
テーブル席の場合、羽や尻尾のある種族は大抵どのカフェにも、背
もたれなしの椅子を用意してくれるので確認しよう。
2.注文しよう
バーカウンターなら直接頼もう。
テーブル席の場合は男性店員なら﹃ムッシュー﹄女性店員なら﹃マ
ドマゼル﹄で気がついてくれるはずだ。
3.お会計は、注文と同じか、先払い。
各テーブルには担当者がいるので、その人に頼むのが基本。
中には、料理をテイクアウトできる店もあるので、最初に頼んでお
こう。会計は一緒に。
チップは自由。
***
営業時間:大体朝8時∼夕方6時頃
そのまま、夜に酒場になるところもあるが、閉店間際は早めにご飯
を食べ終えよう。
***
おさえておきたい、ハズレなしのカフェメニュー
飲み物、食事、スイーツから定番メニューまで、迷ったらコレ!
☆☆☆ ショコラ・ショー ☆☆☆
暖かいココアとショコラを混ぜた飲み物。サントルでは一般的。
甘さはカフェによって違うが、疲れた体を優しく労わってくれる。
1033
☆☆☆ カフェ・クリーム ☆☆☆
珈琲にあわ立てたミルクを入れたカフェ定番の飲み物。
ほろ苦で、甘さは控えめだが、ミルクでマイルドな味わい。
☆☆☆ キッシュ ☆☆☆
タルトの中に野菜、肉、チーズなどを入れ焼いたもの。
店によって入れる食材が違うので、どこで食べても目新しい。
☆☆☆ タルティーヌ ☆☆☆
具沢山のオープンサンド。
具材や量を注文もできる所もあるが、少量でも竜羊肉や花蝸牛など
は高めなので最初に値段は確認しよう。
☆☆☆ チーズケーキ ☆☆☆
アルカンシエル地方定番のチーズを使ったお菓子。
西方特有のチーズの多さも相俟って、ブレンドされていることも珍
しくなく、同じ味はないと言われている。
☆☆☆ クリーム・ブリュレ ☆☆☆
表面がぱりぱりで、中はとろーり。
地方によっては焼きプリンと呼ばれているところもある。
/おいしいサントルを召し上がれ/憩いのカフェ&ワインバー
いい旅ぶらり散歩道ラブ&ホットDEサントル︵街歩きマップ︶春
号
より
1034
エルフ
ベット・オム
いい旅ぶらり散歩道ラブ&ホットDEサントル︵街歩きマップ︶
春号 ︵後書き︶
プティオム
*** トラブルサントル
メレ
民族:小人族が六割ほどを占め、他にも長命人種、獣人族などの混
血児を初めとするさまざまな種族が存在している
宗教:7∼8割ほどがイス教、クレエ教
言語:公共語であるメトランス語、一部訛りの強いジランス語を話
す区画もある
︻グレーブ︼
公共機関の労働者が効用改善のために起こす、一斉に労働を拒否す
ることで、年に1、2度起こる。事前に広告塔へ張り紙がされてい
るので﹃グレーブ﹄の文字を見かけたら、要注意。国営の美術館や、
劇場、飲食店、お土産やなどが閉鎖している場合がある。
︻交通機関︼
*** 航空便
サントル発ババジム行きは第八区空港。サントル発ジーテン行きは
第九区空港。飛空竜は乗員十人前後となっており、定員となった場
合は次便に回されるので、時間に余裕がない方は事前に予約してお
いたほうが懸命だろう。
激しく揺れるので、乗り物に弱い方は酔い止めを推奨。
風魔法で風圧を抑えているとはいえ、まったく感じないわけではな
いので、厚着をしたほうが無難。
一便が大体一時間に一本で、一日8便程度。天候によっては欠航の
可能性有。補給地点を経由するが、込み合うことが予想されるので、
先に用を足しておいたほうがよい。大きな都市まで良くと、大体金
1035
オ
貨一枚。途中の町での食事を考えると、余分な金を持つか、携帯食
を持っていこう。
オムニヴュス
*** 乗合馬車
ムニヴュス
各区に停留所が存在し、そこで待っていると時刻表にしたがって乗
ハックニーキャリッジ
合馬車がやってくるが、時刻が5∼10分ほど前後することもある
キャブリオレ
ので、時間のない時は辻馬車を拾うといいだろう。また近距離の場
オムニヴュス
合は手力車がお勧め。
国営である乗合馬車は格安で先払いだが、銅貨5枚。一日乗りたい
放題で、銅貨15枚である。
︻緊急時の対策︼
アローリス
*** 事件、荷物の紛失の場合
各区の大通りに面して憲兵の詰め所があるので、そこに駆け込むこ
と。荷物をなくした場合は紛失・盗難届けを発行してもらおう。発
見した場合に、戻ってくる可能性も。
*** 病気や怪我の場合
軽症や体調不良の場合はサントル中央神殿か最寄の神殿に出向こう。
もし緊急時は周囲の人に訴えて、搬送してもらうか、巡回しちえる
サミュ
憲兵に声をかけると緊急搬送してくれる。
フクロウをお持ちの方は、神殿に神官付搬送馬車の要請をしよう。
1036
雑誌・書物・新聞︵順不同︶
︻この世で最も気高き魔力の詐欺師であり恐れ多くも数多の神々に
八百長を挑む魔術師たちの作り出した生活魔法小話百選︼ 著者:
モンテ・アン・クー
第二章 砂漠におけるペテン師たちより 126ページ抜粋
3.圧縮魔法 属性:水
砂漠に住まう種族が水を集めるため開発したといわれている魔法。
空気中の水分を凝縮したり、砂漠植物の中の水分を効率よく抽出す
るために編み出されたが現代まで改良されたようだ。圧縮された形
は魔術師にもより、その形態を保つのは魔術師の力量と言われてい
る。
だが大体は、1リットルの水を六分の一ぐらいの大きさにするのが
限界だといわれているが、中には10リットルの水を赤子の拳ほど
に凝縮できるものがいるらしい。そんな大きな魔力を持つ偉大なる
詐欺師はほんの一握りで、滅多に会うことはないだろう。
時々、圧縮を解除するのに失敗して水浸しになる者たちも少なくな
い。
現在では果実ジュースや、ワインの製造の工程で使われることが多
く、多くの工場には専属の魔術師が3∼5人は専属で存在する。
彼らの力量がジュースやワインに影響するといわれており、就職の
際にはかなり厳しいチェックが入るらしく、その分給料がいいので
かなりの倍率で人気の職業である。
最も多く在籍しているのは名門ワイン工房︻レザン・バン︼で︵大
陸暦991年現在︶確認されるだけでも、16名の詐欺師が在籍し
1037
ている。
そのワインは最低でも一本2Gの破格である。
+ + +
永遠に続く歌はない
永遠に続く命はない
この世界に生まれたが故に、死に向かう宿命を持つ者たちよ
ファン・オム
ドラ・オム
純人族よりも長く生き
竜人族より早く死ぬ
我らにできるのは、ただ人生を輝かせるだけ
時間は無限ではない
常に影の如く我らを追ってくる
だから、我らは恋をする
人生をもっとも輝かしい光で満たすために
クシロフォヌ/歌劇≪綴るアヴォシェヌの悲劇≫第四章・暗澹より
/大陸暦115年
1038
+ + +
オプスキュール
ペイカルト
︱︱︱の歴史書によると、黒領地の東に存在する第四領の領主、つ
まりは一般的には﹃第四魔王﹄と呼ばれている職業であるが、これ
は世襲制ではない。その領地は﹃力﹄の存在が総てであり、暗殺で
ペイカルト
あろうが、決闘であろうが、領主を殺した者が新たなる領主となる。
そのため第四領は地位や財産を目当てに、下克上を狙う狡猾な魔族
ディアーブル
を筆頭に業の深い数多の種族の欲望の巣窟となっていた。現在では
第百五十八代目の﹃第四魔王﹄で名前のない魔人が120年に及ぶ
統治で安定しつつある。
登場した歴代の﹃第四魔王﹄の中に、実にユニークな記録を閲覧し
ディアーブル
た。七十七番目の﹃第四魔王﹄である。現領主である百五十八代目
オリゾン
グラン・オム
の魔人と同等かそれ以上と歌われている。
ディアーブル
七十七番目の領主はなんと、白領地の巨人族であり、先代の四十二
年統治していた七十六番目の魔人に若い頃に妻を殺され、復讐を果
ペイカルト
たし、七十七番目の領主となったようだ。しかし七十六番目の死を
見届けた後、つまりは第四領の領主に就任し地位と名誉を手にして
数秒後、妻に謝罪しながら、自害したといわれている。
著ラガ=ラクシ/︻歴史書から読み取る埋葬された数多ある恋︼下
巻/大陸暦477年
+ + +
1039
︻伝説の武道家キュールダン師匠の燃える野郎のクッキング︼ リィ
1.まずは人数分の米を用意しろや!
アジ
リィ
2.仕留めたばかり︱︱ふん、男なら肉ぐらい自分で狩ってこんか
い!!︱︱の???の挽肉を米の三分の一ぐらい準備せんかい!
3.鍋に1、2を流しこめや!塩コショウを適量に突っ込めや、ご
ぅら!!料理は気合じゃい!
アジ
4.腕が痺れるほど、死ぬ気でかき混ぜろや、三十分じゃい!!
???の挽肉に火が通って、米が軟らかければできあがりじゃ
い、ヴォケ!!味見をしないやつは死刑じゃい!
5.まずは寝ている妻の様子を伺い、寝ているようなら無理に起こ
さないようにしよう。もし起床していて大丈夫そうならば優しくベ
ットから起こし、︵※必要な場合はナプキンを用意し、首元に当て
るか、膝の上におくとポイントがとても高い︶自分の胸にもたれさ
せながら、スプーンの半分程度の量を掬う。︵※女性の口は男のよ
うに大きくはないので、たくさん乗せると、食べられない可能性が
ある︶この時には必ずふーふーと息を吹きかけ︵※恥ずかしがるな
!男ならこれくらいの愛嬌が必要だ!そして、妻の舌が火傷したら
お前はどう責任をとるんだ!!︶あら熱を取り、妻に食べさせる。
しかし﹃もういいわ﹄と言われたら、無理に進めないこと。逆に吐
いてしまう可能性がある。この時、必ず水と事前に薬を用意してお
リィ
くこと。︵※気が利くところを、ここでアピール︶そして、頬にう
っかり、うっかり、もううっかりと手が震えて、米がついてしまっ
た場合は仕方がなく、ぺろり、と舌で舐めとること。︵※幾ら妻の
頬が熱で高潮して色っぽくても、病人を襲ってはいけない。これで
我慢しよう︶
そして、最後に早くよくなるように願いを込めての、軽いキス︵※
1040
お前の病気を俺はもらっても、お前が良くなるなら本望だ、のアピ
アジ・リゾット
より
ール。くれぐれもディープキスは体力を奪うのでNG︶
第3章 寝込む妻のための料理 + + +
ファン・オム
[ル